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神の少女(おとめ)

 

むすっとしたキョンを横目に、あたしは有希を見やる。有希にとっては三年ぶりのベースだ。…確か、佐々木さんに会っちゃってから、音楽が楽しめなくなっちゃったんだっけ。

 

あたしがKKK団に引き込むまで、ただ苦しむためだけにフルートだけをやってきた。

 

人間関係も、未来までも捨てて。 

 

 

有希の部屋に行った、あのとき見えた、散乱した譜面に隠れた、血だらけの音楽ルーム。

もう少しで光が当たったはずの、努力しつつ音楽を楽しんでいた天才フルートは、佐々木さんのせいで表舞台から姿を消した。

 

もちろん、佐々木さんは悪くない。頭では分かってるわ。でも、心じゃ納得できない。

だから、それをどうしても、目の前で見てみたかった。お二人には失礼かも知れないけど、言う。

 

「佐々木さん、『神の能力』見せてくれませんか?」

 

佐々木さんの微笑んだままの顔が少し曇る。客席から立ち上がると、舞台へ上がる。
皆の視線が佐々木さんに集まり、そして、その視線はピアノの方角へと移動する。

佐々木さんは真剣な顔でピアノの横に立ち、つぶやく。

 

「これが私の『能力』です」

 

それから、ピアノの前に座ると、まるでレコードのように。本当にレコードのように。
あたしと同じように、あのアドリブのピアノを叩き始めた。

 

『夢がないの?ばっかじゃない?』
あたしのクセのあるピアノを完全に叩き出す。
感情をたたきつけたあの音が、寸分の狂いもなく演奏される。

 

『決めつける事なんて絶対に許さないんだから!』
挑発的な音から、なまらない『あたし』の言葉が響いていく。
まるでもう一人の自分が存在するみたいに。

 

『誰かじゃなくて、あたしがやるの!』 
「あたし」じゃないあたしが叫ぶ。 自分は「涼宮ハルヒ」だと、主張する。

 

『さあ、あたしの音楽を聴けぇっ!』

 

佐々木さんは絶対音感の持ち主だった。そして、よい観察力・天才的記憶力、そして器用な手の持ち主でもある。 それらを全て組み合わせると、どんな楽器の、どんな人の演奏でも大体再現できるのである。

 

これが通称『神の能力』といわれる、佐々木さんの力だった。

 


 

佐々木さんはドラムに座り、朝倉になる。ベースに触り、有希になる。

 

そして、キョンのトランペットを触った。その鉄のかたまりをみて、何故か目をとろんとさせる佐々木さん。

マウスピース(笛口)を自分のハンカチで拭き、息を吹きかける。緊張からなのか、少し赤面している。

 

それを見て、あたしは。
何でだろう。何でだか分からないけど、ものすごく、叫びたい。

 

突然襲ってきた感情に戸惑う。

 

…佐々木さんは、キョンになろうとしてる。 
あたしについてきてくれた、あの音を、あのトランペットで出そうとしている。

あんなに情けない音でも、それはキョンなんだから。
ほかのうまい人達じゃ、絶対に表せないはずのキョンの音だから。

何故か知らないけど、キョンの偽物なんて、絶対に絶対に聞きたくない。

「やめてっ!」

必死に、声にならない声を出そうとする。でも、声は出ない。


決意したように、佐々木さんは、キョンが吹いていた笛口に口を付ける。そして、すぐに吹き始める。

 


長門・2

 

「なんかちょっと、有希の気持ちが分かった気がする」

 

その日の夜。東京・秋葉原の普通の喫茶店。最近はしゃれたお店も多い。
駅前のビルの中にあるこの喫茶店は、夜景がとてもきれいな場所だった。

 

「と言っても泣き出すことはないだろ」

 

だって泣きたかったんだもん。えっ…ええと、別にあんたのためじゃないわよ。
単にあの情けない音を二回も聞かされると思うとうんざりしただけ。

 

「…そんな事いわれると、俺だって落ち込むぞ」

 

あ、やばい。こいつ、本気で落ち込んでる。
肩を叩いて、ちょっと笑ってやる。ほんと、やれやれ、ね。

 

ガラス窓をみる。

 

キョンのやる気のない顔が、光に照らされている。 ポニーテールのあたしが写っている。 
その向こうに透ける光の列。

 

「長門が俺たちを呼び出した理由って、なんだろうか」

 

夜景が本当にきれい。真珠のような光る点を見つつ、あたしは言葉をつなぐ。

 

「仲直りしたかったり、してほしかったり、したんじゃないの。どうせだから、全部まとめて」

 

路上ブルースバンドへの飛び入りの時、有希は楽しそうだったらしい。

有希はそのとき、今までの苦しいだけの音楽じゃなくて、『楽しい音楽』をまた見つける事ができた。 音楽が『好き』か『嫌い』か、じゃなくて、音楽が『楽しい』か、『楽しくない』かが問題だってわかったから。

 

あの『楽しい』音楽なら、また佐々木さんと会うことができる、みんなが仲直りできる。
人間だって『好き』か、『嫌い』か、で分類するんじゃない。一緒にいるのが『楽しい』か、『楽しくない』かが問題なのよね。

 

「ああなるほど…『どちらでもいい』ってそういう意味か…」

 

キョンは一人で勝手に納得してる。ちょっと不機嫌になったあたしは横を向いて、夜景を眺める。

 

それにしても、キョン食べるの本当に遅いわね。罰金よ罰金。

 


 



夢を見る。


そこではあたしが神様だった。ある意味で、佐々木さんみたいに。
あたしは、長かった髪をばっさり切ってしまっていた。

有希が、あたしを「観察対象」って呼んでる。あたしが有希からやっと得ることのできた「親友」という言葉じゃなくて。
みくるちゃんがあたしを時空の歪みとか言ってる。指揮者に従う楽器のように、不自由に、ただただ操られてる。
古泉くんが、あたしを神とあがめてる。まるで、佐々木さんがそうされていたみたいに。

そして、そこの『あたし』が信じている、あたしのキョンとそう変わらないキョンも、嘘つきだった。
みんな、立場があって、あたしには嘘ばかり。みんな、あたしを全然仲間だと思ってくれてない。

そこでのSOS団たる団体は、団長のあたしだけ、のけ者だった。そう感じた。



夢のシーンは変わって、体育館。バニーちゃんと魔法使いが舞台に立つ。
有希はベース、あたしはギター。

おぼろげに、あたしは叫んでる。


大好きなひとが遠い。みんな、みんな何でそんなに遠いの?
遠すぎて泣きたくなる。少しは近づいてくれても良いじゃない!


その声を聞いて、ベースを置いた有希が、あたしに手をさしのべる。
リボンがほどける。

皆が近くに、目の前にいる。有希が、みくるちゃんが、古泉くんが、そしてジョン…キョンが、あたしの望みのままに。
だからあたしは、微笑んで、皆の方向に行こうとする。だけど、なぜだか、後ろをひっぱるものが足に絡みつく。

絡みついたリボンが、何故かあたしを頭から後ろにひっぱる。あたしは必死に抵抗する。みんなに触ろうと、する。
そしてその彼らに、一瞬だけ触れる。そして、力に負け、引きずられていく。

後ろを見る。キョンが、古泉くんが…あと…

 


 

音楽からの自由・2

「ってこらぁっ!」

 


ここはさっきの喫茶店。あたしは居眠りしてたみたい。
そのスキを見計らって、キョンと、古泉くんがあたしのポニーテールを引っ張っていた。

この状況下で次になすことは、当たり前にただ一つである。
二人の顔に、思いっきりビンタ。

「いてぇっ!」
「痛いです…」

これでも手加減してやったのよ!感謝なさい!

「…自業自得」

二人に向けられる、有希の冷たい視線。

あ、みんな戻ってきたんだ。
では、行きますか。滅多に行けないことだし、KKK団、いざ、秋葉原、出陣よっ!!

「あたしも忘れないでくださぁぃ~」


 

 

… 

 

 

後ろに何か感じる。…いや、バレバレだわ。
佐々木さんが後ろから付いてくる。何で?ストーカーなの?

あたしは立ち止まる。佐々木さんも立ち止まる。
そして、後ろを見る。佐々木さんはたじろぎ、すこし赤面する。

「この場所の楽しみ方がわからないの…だから」

あたしは微笑み、こちらに来るよう促す。

 



「私は音楽ばかり。でも、もう少しこの世代の女の子らしい青春だって過ごしたいんです」

佐々木さんはUFOキャッチャーの横でにこやかに微笑む。

「部活をしたり、クラスルームで他の人と話したり、男の子を好きになったり、したいんですよ」

その目に少し憂いが見える。明るい空気が、ここだけさっと暗くなる。

「それでも、私が音楽をすることで人を救えると思えるから、今までがんばってこれたんです」

でも、でも。

「知らぬ間に神様って言われてから、みんなただ、よそよそしくなって、嘘ついて。それだけならいいの。音楽で人を傷つけられる事も分かってる今、音楽を続けられるのかな、わたし…」

暗い空気のまま、こちらを見て微笑む。


 暗黒と白色

 


「ごめんね、みんな泊まるだなんて、無理言っちゃって」


鍵を回しつつ、佐々木さんは普段通りに微笑む。

「いやいや、こっちも嬉しいんですよ、涼宮さん。最近ちょっと寂しかったので今日ぐらいは賑やかでいたいんです」
がちゃん、という音がして、部屋のドアが開く。

広めの部屋、高級アパートと言ってよい、清潔感あふれるアパート。
佐々木さんの部屋は、有希とは別の意味で、殺風景だった。

本、楽譜、テーブル、チューナー(電子音叉)、ピアノ。ゴミ箱、そして、棚。

そして、異常な数の、振り子、メトロノーム、電子メトロノーム。
テンポを指し示す、あらゆるもの。

暴走したメトロノームが刻む、カチカチ、という音が部屋に響き渡っている。

「どうぞ皆さん、そこに座って」

 

スマイルフェースの佐々木さんは、暴走していた一台のメトロノームを止めると、テーブルに案内した。
台所に行くと、有希みたいに、全員分のお茶をつごうとする。

「あ、すごくよさそうなグランドピアノですぅ。弾いてみても良いですかぁ?」
「いいわ」

佐々木さんはやっぱり微笑む。さっそく無邪気な笑顔を見せたみくるちゃんは、すぐに黒みがかった表情になると

「せえのっ!」
かけ声をかけて、ピアノを弾き始めた。


曲目『cavatina』
     映画「The Deer Hunter」中曲

「…せっかくの佐々木さんなのに…ぶつぶつ」
…曲調が、なんかしらないけど、真っ暗ね…

「長門さんに、ホールで演奏、呼んでもらえなかった呼んでもらえなかった呼んで…」
あのう…大丈夫?みくるちゃん?

「…良いんで、すぅ…、こうやってストレス発散なので、すぅ…」
のんびりお茶飲むってレベルじゃない。周りの空気が真っ黒になっていく。
そう、ちょうど…ロシアンルーレットが回ってる雰囲気ね…これ、こんな曲だっけ…

 

「ドド~ン…♪」

弾き終わり、えへへ、とみくるちゃんは笑う。空気が一気に明るくなる。


 

「良かったですぅ、これで佐々木さんにも、あたしの演奏、聞いてもらえたですぅ」

畜生、忌まわしいほど可愛いわ。あの黒さとのギャップで、かわいさ倍増、特盛りぃっ!
キョンがデレデレしてる…って、もう!ああ忌まわしい忌まわしい。

「どうですかぁ~佐々木さん」
 「トレビアン!…黒さが」
「ええと、それ、ほめてないですぅ」
 「きっとこの忌々しい胸もあの曲みたいに…」
「何言ってるんですかぁ、って佐々木さん、表情真っ黒ですぅ…」    
   「はいはいストップストップ、やれやれ…」

世界的演奏家の前にいるのに、みんないつも通りじゃない。ほんとうに、やれやれね。

  「次は僕のバイオリン、お願い申し上げます」
     「アニソンは無しだぞ、古泉」
  「ええ~…そうなると、弾ける曲が無くなってしまうのですが…」

そんなこんなくだらない会話を聞きつつ、少し冷めたお茶を飲もうとする。

 

 と、柔らかい物が口をふさいだ。


 …緑茶パックかぁ、有希は急須で入れてくれるわよ…
 それはそれとして、何であたしのだけ緑茶パックが沈んでるの?
 取り忘れ…?
 
 あたしはツマヨウジを使ってお茶から緑茶パックをつまみ出すと、ゴミ箱のほうに向かう。
 そして、何気なく、ゴミ箱に捨てようとする。

 

 

 え?

 

 

 ゴミ箱は、いっぱいだった。そして、あたしは凍り付く。

 

 

 

 …え?

 

 
 えと…ええと、何だっけこれ、まさか、違うわよね、ええと、何これ、嘘…でしょ?…

 


 
 すぐにあたしの頭の中に、いくつかの忌まわしい蛇の輪が、うごめき始める。
 哀れなラット(実験用ねずみ)の写真を思い浮かべる。そして、そのイメージを必死に頭から振り払おうとする。


第六章 〆


神・3(キョン・カットイン)


「そうへこまないでくれたまえ、ジョン・スミス氏」
ササキ改め佐々木は口に手をあて笑っている。

「だれがジョンスミスだっ!ってかお前、俺の名前を勝手に改変するな!」
そして、俺はちょっと切れている。いや、ツッコミじゃなくて本気なんだって!

何故かパトカーで拉致され、楽屋で楽器の運搬を手伝わされたあげくコントラバスのケース(何故か空気穴あり)に閉じこめられ、 やっと出られたと思ったら気まぐれでほとんど公開処刑に近いソロを押しつけられ、突然出現したフルートの美少女に「…」と目線で下手と言われ、 何故か客席に残ってた客に「ただいまのトランペットはジョン・スミス氏です」などと謎の偽名を紹介され…ってその客白けた視線よこしてきたじゃね~か!恥ずかしくてまともに前向けなかったぜ。

こんなこんなで、佐々木は出会った時とは考え物にならないぐらいテンションが高かった。
ちなみに、フルートの少女のほうも名前を言っていたが、小さな声だったのでよく聞こえなかった。 ちょっと気になるのだが、今更楽屋へ行ったところで見つけられる気がしないし、そこまでして重要な事でもない。

佐々木はやはり変な笑い方をしつつ…雰囲気黒くなっていく。

「さあ次だ、次を考えるんだジョン・スミス」
もうたくさんですお願いですやめてください…

「何を言ってるんだね、男のキミにリベンジという考えは無いのかね」
音楽家ってみんなこうなのか?お前のリベンジは再チャレンジの意味ではなく、復讐(Revenge)の意味に近いんだろうな。

「へえ?既存音楽家に復讐かね?ダダ(反芸術)でもやるつもりかい?」
お前だお前!お前に復讐だ復讐なんだ佐々木っ!

「そう、僕と復習だ、ってことで、次だ次を考えようジョン・スミス」
…『ふくしゅう』のじがちがいます、ささきさん。

「次のコロセウムは神のみぞ知る!そう、そうだよ、パンフレッド開催地おみくじだぁっジョン・スミス!」
にやっと笑う佐々木。ごめん、もうそろそろ意味不明。


佐々木は鞄から大量の音楽のパンフレッドを出すと、俺の手をつかみ、無理矢理一枚弾かせた。

つかんだ紙を取り上げて、
「ふんふん、エロか!こんな所がいいのかジョン・スミス!よしっ、頼まれてやろうじゃないか。早速新幹線だ!」

…やれやれ

そのとき見た佐々木は、楽しそうだった。何故か、期待に輝いた目、だった。

二人だけの共演et amo



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