橘京子の溜息シリーズのおまけ話です

 


 長らく沈黙を保っていた太平洋高気圧もその重い腰をようやく上げ、北から押し寄せて来る高気圧との接戦に備えて湿気を日本中にばら撒いている今日この頃。
 六月の終盤からしとしと降る雨は決して強いものではないものの、何日も何日も降り注ぐものだから結果としてかなりの降水量をもたらしている。
 気温が高く飽和水蒸気量が上がるっているにも関わらず湿度もそれに比例して上昇の一途を辿るものだから、汗は表皮で気液平衡となり潜熱を奪って気化しようとはせず、それどころか空気中の水分すら凝集して汗と交わっていそうな感覚が支配する。
 何が言いたいのかと言うと、汗をかくだけで全く涼しくならいんだ。
 じめじめむしむし。
 誰が考えたのかは知らないが。的を射た表現である。
 
 こんな天気だと言うのにハルヒのパワーは留まること知らず、年中照りつける真夏の太陽の如く俺達を蒸し焼きにしようと試みている気がしないでもない。
 だが、ここ最近まではハルヒのパワーと言うのは違った意味で強烈であり、それは何が原因かと言うと例の空気読めないツインテールがあの時――橘だらけの世界になったあの時――に、お馬鹿かつお下劣なことをしでかしたおかげである。
 今現在のハルヒのパワーを正とすると、あの時のハルヒのパワーは間違いなく負に傾いていた。長年ハルヒのクラスメイトとして前の席に鎮座していた俺が言うんだから間違いない。
 そして、負のパワーを撒き散らしているのはもう一人。言うまでもなくハルヒの対となる存在、佐々木である。
 彼女の負のパワーもハルヒと以下同文なので詳しく説明することは避けるが、結局何が言いたいのかと言うと、あのバカのせいで俺は辛酸舐められっぱなしだったってことが言いたいだけだ。
 分かるか? この気持ち。
 ハルヒが……いや、佐々木が……これも違うな、両方だ――が、世界を塗り替えようとしたあの一件から無事帰還した俺は暫くそのバカからの接触を断っていた……って、これは前回言った気がするので詳細はパス。
 おかげで毎日毎日が凄く快適で……って、これも前回言ったな。
 では何が言いたいのかというと、今回の一件にはヘタレバカ……そろそろ名前を出してあげないといじめと揶揄されかねないので仕方なく本名を口にすると、橘京子はモノノーグからエピローグに至るまでその存在は確認できないのである。
 やったぜバンザイ。
 楽しみにしている方がいるとは到底思えないが、何かの間違いで居たとしたら心よりおめでとうと申し上げたいと思う。
 何故かって? そりゃあその方が真っ当な人生を歩めるからに決まっているからである。
 
 
 つまり、今回は別の人物のお話をしたいと思う。
 
 
 
 俺が無事改変世界から戻ってきてから最早一ヶ月以上が経ち、文月を数日過ごした日のこと。俺はハルヒに命じられて七夕の準備をするべく一人で商店街を巡って必要部材を買い込んでいた。
 因みにハルヒはまた私有地から笹を伐採するために単身学校裏の竹林に乗り込み、他三人は部屋の準備に追われている。
 本当は古泉に買い物を任せて部室で残る二人娘と囲まれてわいわいがやがや楽しく準備をしたかったのだが、「絶対ダメ」というハルヒの拒否反応で俺の妄想はお流れになってしまった。
 で、ハルヒと笹を取りに行く勇気が無い(私有地に入るのが怖いんじゃなくて、万が一佐々木に見つかった時の方が怖い)ので、結局買出しが一番無難だという結論に達した。
 買出しにするものは特別なものではない。所謂七夕の時に必要な飾りや短冊、その他諸々の文房具類。これくらいならホームセンターや文房具屋を回るだけで事足りる。
 久しぶりにまともな仕事に辿り着いたな、何て心安らかにしていた。
 が、甘かった。
 俺の平穏な心境を尽く瓦解させる災いの元は、抜き足差し足で音も立てずすぐそこまでやってきていたのだ。
 
 
 果たして当初の読みどおり、何のトラブルも無く買出しを終えた俺は再びローカル鉄道に乗って北高まで戻ろうと商店街のアーケードをくぐり抜け、コーナーを曲がった瞬間、そいつがいた。
「――――――――」
「げっ!」
 と絶叫しそうになった口を両手で思いっきり塞ぎ、本能でも反射神経でも叶わぬ反応を以って電柱の影に身を潜めた。
 お嬢様学校の制服に身を包んだ黒い物体は身じろぎもせず、店の看板が立ち並ぶ街灯を睨んでは不可視コヒーレント光のような横棒を放出しつづけている。
 なにやってんだよ、あの野郎はよ!?
 外壁と電柱の隙間から顔を覗かせる。
 まるで俺の行く手を阻むかのように通りの邪魔をしているのは天蓋からきた宇宙人、周防九曜だった。
 正直九曜とこんなところで会うこと自体奇蹟中の奇蹟で、もっと分かりやすい例えで言うと俺が今度の中間テストでオール90点以上を叩きだす位に在り得ないことだと言えば今の俺の気持ちの数分の一はお分かりいただけると思う。
 自分で言っておいて何だか、少し虚しいな。
 まあそれはともかく、九曜がそこにいる事も問題だが、あいつがいると言うことはあの空気読めない橘京子も近くにいる可能性が大なわけで。むしろこっちの方が大問題だ。
 気が進むわけでもないが、あいつが居なくなるまで移動せずじっとしておいた方がいい。体中の神経がそう叫んでいるように感じたからだ。
 然して俺はその場で待機することを決定した。だが、ただ待っていても部室に居る皆には状況が伝わってないわけで、とりわけハルヒに連絡を入れておかないと後で叱られる羽目になる。
 制服のズボンのポケットにしまってあった携帯を取り出し、メールを開いて文章を打ち込んだ。「スマン、ちょっと遅れる」……と、送信。
 因みに音声着信で無い理由は、万が一に備え、声を聞かれるのを阻止するためだ。頭いいな、俺って……あ、もう返信がきた。
『何で遅れるのよ。理由をいいなさい』
 ああ、そう言えばそうだな。少し端折りすぎたか。「見つかったらまずそうな人物を見つけたんだ。今必死で身を隠しているんだ」……送信。
 さらに受信。『もしかして万引きして警察に見つかりそうとか言うんじゃないでしょうね? あるいは下着ドロとか。もしそんなんだったら絶対許さないわよ』
 おいおい、なんで俺が警察のご厄介にならなきゃいけないんだよ。「もっと人道的理由だ」
『何よ人道的な理由って。簡潔に述べなさい。万が一あたしが納得したら許してあげるわ。でも納得できなかったら……わかってるわよね?』
 ふう、信用されてないな。仕方ない。本当のことを言ってやる。「橘京子に見つかりそうなんだ。だから身を隠してるんだ。頼むから許してくれ」
『許す』
 うわあっさり承認しやがった! いや許してくれるのを期待してたんだがギャップありすぎだろ!
『だって関わりたくないもの。あんたもそうでしょ?』
 まあ、確かにそうなんだがそれはそれでちょっとかわいそうな気が……あれでも一応血の通った人間なわけですし。
 因みに上記の文章は俺の心の思いであってこれはハルヒに送信していない。送信したら俺と古泉の命が絶たれかねない。
『まあ、そういう理由なら仕方ないわね。許すわ。でもその代わり絶対逃げ延びることね。見つかるなんてシナリオ、あたしのシラバスの中にないから』
 シラバスって……普通辞書だと思うんだが……
『あと』
 あと?
『遅刻には変わりないから、罰としてあんたのお金で皆にアイスクリームを買ってくること。以上』
 …………ガクッ。
 
 
 ってなわけで。
 主人の帰りを待つ某忠犬か、あるいは黄色いハンカチを吊るした某家の奥さん並に九曜がその場から去るのを待ちわびた。
 こうなったら根競べである。
 なに、宇宙人の気まぐれであんなことしているだろうし、すぐにそこからいなくなるだろうさ。
 
 
 十分経過。
 九曜は目線どころか眉一つ動かす気配がない。
 因みに橘の姿も現れない。
 
 二十分経過。
 最早風景と同化しているように思えた。
 通行する人全てがまるで見えてないかのようにスルーしている。
 
 三十分経過。
 俺の足元に来た犬にきゃんきゃん吼えられた。
 縄張りの場所だったらしい。
 
 
 ああもう、いい。負けだ負けだ。
 完全無欠の宇宙人にケンカを売った俺が悪かった。姿を現せばいいんだろ、ここで。
 やや自暴自棄気味になりつつも、あいも変わらず吼えつづける犬に場所を譲り、ダークマター九曜の前に姿を現すことを決意した。気は進まないが仕方あるまい。
 それに橘京子の姿も見られないし、ならばあいつがいないうちに過ぎ去ると言うのも一つの手である。
 俺は念のためもう一度辺りを見渡し、橘京子の気配が無いことを確認した後、「よう」と声をかけた。
「何してんだ、九曜。橘との待ち合わせか?」
 九曜は俺が今までそこに居たことを気付いていた風でもなくギギギという擬音がピッタリなくらい段階的に振り返り、俺を一瞥した後再び視線を上空へと移し、
「――――彼女……は……――――いな――――い――――――ひとり…………――」
 なんと珍しいこともあるものよ。こちらとしては大助かりだ。
 が、
「その一人っきりのお前が一体何の用があってこんなところにいるんだよ?」
 そう答えると今度は油膜切れを起こした並列二気筒エンジンのようにギクシャクと腕を動かした。
「――――――あれ…………は――――なに…………――――?」
「何って、笹と短冊じゃないか。七夕の飾りだな」
 商店街のイベントでよくありそうな、ちゃちいものである。町おこしやフェアの一環として商店街全店舗が飾るアレだ。
 因みに「商店街七夕フェア」と題したそれは、近年客を奪われがちになっている近所の大型ショッピングモールが行う夏のバーゲンに対抗するための措置なのだろう。正直、それで勝てるとは思わないわけだが、特に関係ないのでその辺は伏せておく。
「それがどうしたんだ? 欲しいのか?」
「七――――――夕――…………――それ……は――――なに――?」
 初めて疑問形で聞かれた気がする。
「この国に伝わる民族的伝承の一つさ。聞きたいか?」
「――――――――」
 宇宙人の沈黙は肯定の意味と受け取れ。高校生活三年間において俺が得た経験則である。根拠は無いが、九曜は否定しなかったので聞きたいのだろう(と勝手に思い込んだ。厳密に言うと肯定もしなかったんだけどその辺は無視)。
 というわけで、
「七夕というのはな、昔々あるところに織姫と彦星っていう奴らがいてな…………」
 俺が知る限りの七夕伝説を語ってやることにしたのだ。
 なお、俺の乏しい知識では七夕における伝承を詳細にこと細かく且つ正確に伝えることはできないであろうから、本気で興味ある方々は俺に聞くんじゃなくて長門に聞くか、あるいはウィ○ペ○ィアでも使って調べて欲しい。
「…………というわけで、織姫と彦星は一年だけ会うことを約束されたんだ。どうだ、大体分かったか?」
「――――――把握……――」
 それは何より。
「――あの――――二恒星間に…………――そのような――――情事が…………あった――とは――――」
 全くだ。人間の及びもつかないところで様々な恋愛模様が描かれているんだなって思う。
「――――観測…………する――――――必要が…………ある――――――」
「観測? 望遠鏡か何かで覗くのか?」
 それはそれで面白そうだが如何せん一昨年くらいに(リセットされた分も含め)散々やったから俺は遠慮しておこう。
「――――違う…………直接――――――観測する……」
 へ? どうやって?
 そう言葉を口にしようとした瞬間、ガシッと腕を捕まれた。
「今から――――行く………………」
 行くって、まさか!?
「転移空間捕獲…………超光速回路ダウンロード――――了解…………プランク時間確保――――目標…………ライアα星――――ベガ…………」
 およそ理解し得ない単語を連発すると、それに伴い九曜の体が黄金に光り始め――
「スリー――――トゥ――――ワン――――ファイア!」
 
 
 
 ――瞬間、俺と九曜の存在は地球上から消失した。
 
 
 
「――――つい……た――――目を…………開けて――――」
 ……ん。ここは一体……俺は何をしていたんだっけ……
 よろよろとする体を無理矢理起こし、意識のハッキリしない頭で現状確認を試みた。
 確か九曜が『行く』って言い出して、そしたら体が光って、それから何やら叫んで、んでもって……
「ああっ!」
 思い出した。
「どこだここは」
「宇宙――――空間…………織女星の――近く…………」
 通常なら『何寝言言ってんだよ、はははこいつバカじゃねえの』で済むのだが、如何せんそれだけの能力を行使するに足る実力の持ち主九曜が相手だとそんな発言を囁く俺の方が寝言にされかねない。
 第一、広大な蒼穹空間に浮く俺達二人の姿が九曜の言葉に真実味をもたせている。大小様々に光る星々もまた然り。
 加えて空気中とは異なり、星の光が瞬くことの無いのもポイントだ。知ってたか? 星が瞬くのは空気の揺らぎや塵埃による光の散乱が原因なんだ。だから真空中である宇宙空間では星はずっと光って見えるわけだ。
 以上、ワンポイント豆知識である。たまには俺だって博識な部分を見せたい時もある。
 ……いや、そういう気分なんだ今は。ちょっとした現実逃避、ってやつだな。嘘だとして済ませたいことが意と反して真実嘘偽り無しとして面前に迫ったら全人類のおよそ94.6パーセントくらいは思考回路を停止させるに違いない。
 第一だな、宇宙空間に来たって事は普通息が出来ないじゃないか。お前はどうか知らんが、人間その他諸々の有機生命体は酸素がなければ生命維持活動が出来ないんだよ馬鹿野郎。
「大丈夫――――情報……改竄を――――行った…………あなたは――呼吸をしなくても…………生命活動を――――維持できる…………」
 マジか!?
「マジ――で…………」
 うむ、そうだったのか。取り乱してすまなかった。
 しかし本当に宇宙人は便利な機能を満載してるから大したものだ。一家に一台くらいは置きたい逸材である。長門や九曜のパトロンに頼んでバックアップを増やせてもらえないかね。
「今度――――申請……してみる――――」
 いや、冗談のつもりだったんだが……ま、いっか。
「それで、」俺は腕を広げて「この中のどこに織姫がいるんだ?」
「…………――――あそこ」
 天の川のほとりにいる何かを指差した。あれは人影に見えるんだが……まさか俺達以外に人間がいるとでもいうのか?
「あれ人……こそ――……織姫――――」
 マジでか!? パートツー!
「マジ――で…………パート――トゥー」
 微妙に発音がいいのがいやらしかった。
「会いに――――行く……――――」
 九曜は再び俺の腕をガッと掴み、織姫のいる方に向かって歩き出し――いや、思いっきり地面(?)を蹴った。
「うおっ! ひ、引っ張るな!」
 
 突然且つ常識的なことで恐縮だが、宇宙空間は重力が無い。
 重力が無いということは下に引っ張られることがない。上に力を作用させれば上に動くし、他の方向も同様だ。
 しかも空気の抵抗も無く慣性が働くものだから、一度ある方向に力を加えたらその方向に一定速度で移動するわけだ。止まる力が加わらない限り、な。
 つまり、物体は力が加わらない限り一定の速度で動き続ける。これを『等速直線運動』と言うんだ。静止している物体は速度ゼロで等速直線運動をしていると考えられるんだ。
 以上、ワンポイント豆知識その二。終わり。
 
 何が言いたいのかというと、九曜が作用した力で俺達二人は今現在かなりの高速で移動している。詳しい速度は分からないが、新幹線並みの速度は出ていると思われる。
 もちろん肌身で感じるとかなり怖い。
 
「ちょ、九曜! もっと速度を落とせって!」
「――――無理――……――」
「無理。じゃねえ! このままだとあの人にぶつか……」
 
 
 ドォオォォッォォォォッォン!!!
 
 
 遅かった。
「わきゃあ~!」
 俺と九曜の衝撃をモロに喰らったその人……九曜曰く「織姫様」は俺達の運動エネルギーをまともに受けて俺達以上の速度で虚空の彼方へと飛んでいき。
「きゃあーーーーああああーーーーーーぁぁぁぁーーーー…………ーーーーー」
 そして見えなくなった。
 
 因みに俺達はそのおかげで停止した。これは運動量保存の法則によるもので、ビリヤードの玉が玉にぶつかった時のことを想像してもらえれば理解できると思う。
 なお、俺と九曜の体重と移動してきた速度を乗じたものが運動量で、その運動量が織姫様にすべて加わったことになる。二人分の質量の運動量を一人で受けた場合、移動する速度は俺達が飛んできたときの二倍以上になって移動することになる。
 織姫様の速度が俺達以上だったのはそこから考えれば分かるよな。
 これが所謂『運動量保存の法則』って奴だ。よく覚えた方がいいぞ。テストに出るから。
 以上、まさかの豆知識その三とその例でした。ちゃんちゃん。
 
 
「いったいじゃないですか! なにをするんですかぁ! いきなり!」
 主役がいなくなってこの先どうしようか九曜と相談している最中、意外と早いお付きになった織姫様が俺達に向かって開口一番にそう捲くし立てた。
 彼女はいかにも空想上の天女が身に着けてそうな羽衣を身に纏い、栗色のツインテールを揺らしてどこかの誰かのような怒り方をした……って、
「いきなりで出てくるなこのKYがぁー!」
 ベコン!
「きゃん!」
 織姫様……いや、織姫様のコスプレをしていた橘京子は、俺が手にしていた七夕道具の袋の攻撃をモロに喰らって犬の鳴くような声を上げた。
「だ、誰がKYですかぁ! あたしはこれでも空気が読める方なのです!」
 なら出てくるなあ! 俺がモノローグで『橘京子は今回出てきません』って自信満々に言ったんだぞ! どう責任を取る気がこの野郎!
「せ、責任って……いけませんわ。まだあたし達会ったばっかりなのにいきなりそんな……」
 とりゃあ!
「へぶぐっ!!」
 ビニール袋を横に一閃し、アホなことを言い出した橘の口を封じ込めた。
「い、いたたたた…………じょ、冗談なのにそんなに本気にならないでください……」
 こいつの冗談はたまに本気で笑えないときがあるから困るんだ。
「ところで、どちらさまですか?」
「おい、」ガン見した俺は「さっそく笑えない冗談を言ったつもりか?」
「何のことでしょうか?」
 キョトンとしたまま、まるで身に覚えが無いような口調で首を傾げた。
「じゃあお前は一体誰なんだ?」
「あたしですか? あたしは織女星の織姫ですが、それが何か?」
 あくまでもシラを貫き通す気かこのやろう。
「違う――――彼女……は――――――まぎれもなく……――――織姫…………――――橘京子……とは――――構成要素が――――――異なる…………――……」」
 マジですか九曜さん! どう見たって瓜二つじゃないですか!
「マジ――――だから…………信じて……――」
 信じる信じないはこの際おいといて、それよりも幻滅した。
 神よ。あなたは何を好き好んで伝説の織姫様を橘京子そっくりに仕立てたんだ。お遊びも程が過ぎますぞ。あんなのに願い事を言ったらまとまるものもまとまらなくなるじゃないか。いるだけではた迷惑なヘタレが何人いたところで……
「あのー。どうかしましたか?」
 ……いや、なんでもない。思わず口ごもった。
「そうですか、少々目が血走ったように見えたんですが」
 ウィ、正解だ。でも本当のことを言ったら泣くだろうから敢えて黙っておくことにし、代わりと言っちゃ何だが違う話をすることにした。
「ところで、こんなところで何をやってたんですか?」
「ああ良くぞ聞いてくれました!」橘に瓜二つの織姫様はよよよと泣き崩れた。
「実は、故あって牽牛星の彦星様に会いにいけないのです。今日は年に一度会えるのを許された日ですのに……ううう……」
「飛んでいけばいいじゃないですかさっきみたいに」宇宙なんだから重力関係ないでしょうし。
「いいえ、そう言う訳にはいかないのです。ですからここで泣き崩れてたんです」
 織姫様はグッと拳を握り締め、
「天の川を渡れるか渡れないかって言ったら渡る事は可能です。ですが今年、あたしが天の川を渡って彦星様に遭うのを良しとしない方達に阻まれているのです。あたしの唯一の楽しみを奪いやがって……あの腐れメス豚共め、今に見てろよ……」
 なんか目が危ないんですが……
「で、その人は誰なんですか、聞くからに女性の方だと思われますが」
 そう言うと彼女はふうと溜息一つついて、
「あたしの姉……お姉さんです。二人の姉が、あたしと彦星様との仲を嫉妬してるんです。自分達が彦星様に選ばれなかったからと言って、ずっとあたしをいぢめるんです……」
 はあ、さいですか。
「さいなんです。しかも今日、彦星様が主催するパーティーに自分達だけ参加して、あたしは掃除洗濯家事手伝いを押し付けて………せめてカボチャの馬車があれば、二人の監視の目を潜り抜けてパーティに参加できるんですが……およよよ……」
 あのー、それは違う話のような気がするんですが……
「気のせいです。細かいことを気にしたらこの先やっていけません」
 それは何となく分かるが……
「あっ! 噂をしたら影です! お姉さん達が来ました!」
 そそくさと俺の後ろに隠れた。っていうかモロばれでしょうに。
「病は気から! です!」
 あんたは今病気にかかっているのか……いや、アホの子という不治の病にかかっているのかもしれない。
 やれやれ、なんで俺はこう言った輩と縁があるのかね。
 
 
 等と自分の歩んできた人生に悲観していると、天の川の上流から二人の姿が現れ、俺達と対峙するかのように動きを止めた。
 これが織姫曰く、二人の姉上なのだろうが……ちょっと待てい。何でこいつらがここにいるんだ?
「ふふふ、織姫さん。あたし達は今から彦星様のパーティに行ってくるわね」
「くくく、サボっちゃダメだからね」
「うう……わかりました」
 内心の動揺を余所に、織姫の姉達は交互に喋り始めた。
「ちゃんと家事をこなすのよ」
「迅速且つ丁寧に家事をこなせれたら、ご褒美としてパーティーの残り物を捧げよう」
「本当ですか!? お願いします! タッパー渡しますんで大量に!」
「えー、タッパー? まじ、きもーい!」
「出来の悪い妹に至福の料理を提供する義理はヘルパーT細胞の一欠けらも無いよ!」
「それに残り物を包むなんて真似、恥ずかしくてできるわけ無いじゃない」
「タッパーを持ち込むのが許されるのは小学生までだよね!」
『キャハハハハ!!』
「…………うう、ひどい……」
 
 ええと、どこからつっこもうかな。
 七夕の伝承だったのが、本気で西洋のおとぎ話になりかけているのもかなりの高確率で突っ込めるポイントだし、それ以前にどっかで聞いたことのあるネタを使いまわしているのもすっげえ気になる。
 それよりなにより、織姫様のお姉さん二人がそれぞれハルヒと佐々木にそっくりなのは一体どう言うことでしょうかね?
 しかし、お姉さんのいびり方には目を見張るものがあった。積年の恨みが篭っているというか、ストレス解消法の一つと言うか……
何かこう、いじめるためだけに存在している感じだ。まるでリアルの世界のハルヒと佐々木と橘をみているようで少し怖い。
 等と橋にも棒にもかからないことを考えていると、
「あら、そちらの方は?」
 お姉さんの片割れ、ハルヒに似ている方が声をかけてきた。「俺? えーと、ちょっとした通りすがりです」
「あらそう」
 くるりと踵を返し、もう一人の佐々木似のお姉さんと体を潜めた。
(……ちょっといい感じね、彼)
(やる気のなさそうなユルキャラ系だけど、だがそれがいい)
(うんうん、何だか苛めたくなっちゃうよね!)
(そうそう、小難しい話をして彼が困るとこなんか見たら感じちゃう!)
「あのー」
『はいっ! 何でしょう!』
 いや、何でもないですが……
 
「コホン。まあ、そういうわけだから、あたし達は行くわよ。ちゃんと留守番してなさい」
「つまみ食いなんてもってのほかだよ。わかったね」
「はあ……わかりました……」
 二人の姉は、織姫をいびるような口調で蔑み、足場を蹴って天の川を渡ろうとしてそこで立ち止まった。
「そうそう。忘れてたわ。そこの彼」
 何でしょうか?
「よければメアド交換しません? ああ、番号も是非」
 ケータイ持ってるのかおまいら!
 
 
「あああ、行ってしまいました……くやしいのです……」
 二人の姿が完全に見えなくなった後、最後まで取っておいたお気に入りのスイーツを食べられてしまった橘と同じような悔恨の表情を露にした。
「ううう……彦星様のパーティーで出てくる特製スイーツはほっぺが落ちるくらい美味しいのに……あれを独り占め、いいえ、二人占めするなんて贅沢にも程があります……」
 訂正。スイーツ好きな性格も一緒かよ。
「せめて……せめて、何とかばれないようにパーティーに参加できたら……あたしだって死ぬ物狂いで食べてやるのに……」
 あのー、当初は彦星様に会いたいって言ってませんでしたか? まさか彦星様宅のパーティーに参加したいってのはスイーツを食べたいだけとか……この人の性格が橘京子と瓜二つと考えるならば本気でそんなことを考えかねん。
 手段のために目的を見失う少女、それが橘京子なのだ。悲しいことに。
「まあまあ、今年は諦めましょう。一年間まともに暮らしていればきっと来年は参加できますって」
「一年間も我慢できませんっ! あなたは知らないからそんな無責任なことを言えるんですよ!」
 いやあ知る気もなんてもともとさらさら全然これっぽちもありませんから。
「じゃあ聞いてください!」
「やだ」
 ……等と断っても絶対喋りだすだろうな、この性格なら。
「人間一日一回くらい甘いものを食べなきゃ調子が悪くなるじゃないですか、あれと一緒です」
 一日どことか一週間甘いものを抜いても死にはせんだろうが。そしてあなた今、『人間』って仰いませんでしたか?
「ああ、それは言葉の綾です。気にしないでください」
 果たしてこの人は何者だろう。九曜と同じく宇宙人なのか? いや、橘京子の異次元同位体……って、まさかそんなわけないよな。
「ともかく! 甘いものが食べれなければあたしに取って死も同然。こうなったら天の川に飛び込んでやる!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あの」
 何でしょうか?
「止めてくださいよ。そこは」
 いやまあ、俺如きが止めたところで無駄かな、って思いまして。
「な、何と言う人畜非道の扱い! うわぁぁぁぁん! みんなであたしをいぢめるう~!」
 どうすればいいんだこの場合……
「あたしなんか要らない子なんだぁぁ~!! なんて可愛そうな娘なんでしょかぁぁぁ!!! 誰にも同情されないですぅ~! うっうっ……」
 何と言うか、似たような性格の奴を知っているから可愛そうだとしても同情しきれないってのが根底にあるわけで。橘京子の性格を鑑みれば誰だってそう思うわけで……
「……――う゛う゛う゛う゛…………――――」
 く、九曜!? まさかお前泣いているのか!
「――――う゛う゛…………感動したっ!――――」
 それ違う人や!
「ってか感動したのか!」
「――――あなたを……助ける…………――――」
「ふえ! ほ、本当ですか!?」
「――――本………当――」
「ありがとうございます! 全身毛だらけの黒い人!」
「――……九曜――――……周防――――九曜…………」
「九曜さんですね。覚えました!」
 ああああ。やっぱりこんな展開になるわけで……
「ところであなたのお名前は?」
 ここで本名を教えてやるってのも考えたが、ここまでの流れからして絶対俺の本名は使われないだろうからしょうがなく『キョンとでも呼んでくれ』と話す羽目になった。
「キョンくんですね、これからヨロシク!」
 こっちはヨロシクしたくないです。
 
 
 とまあそんなわけで。
 容姿だけならまだしも性格まで橘京子と瓜二つな織姫様と、何を勘違いしたのかそれに感銘を受けた周防九曜に振り回される羽目になってしまい、そこにはやっぱり災いの元が転がっていたのは言うまでもない。
 
 
「ところで、どうやって行くんですか?」
 ようやっと正気に戻った(?)織姫様は不思議そうな顔をして九曜に問い掛けた。
「姉二人の監視は並外れています。いくらあたしが変装して天の川を渡ろうとしても、すぐに見破ってしまうんです」
 因みに今までどんな変装をしたんだと聞いたところ、
「ええとですね、伊達眼鏡に鼻とお髭がついたアレです。ほら、宴会とかで使う奴」
 なるほどなるほど、聞いた俺がバカでした。
「他にもバンダナを巻いたりとか、フルフェイスヘルメットを被ったりとか、目と鼻と口のところに穴のあいた毛糸の帽子を被ったりとか……」
「いや、もういい。黙っててくれ」
「…………」
 意外と素直に黙るんだな、この人は。橘とはちょっと違う……と信じたい。
「九曜、現状は理解できたか? バレずに天の川を渡ってパーティーに参加できればいいそうだ」
「――――把握……馬車を…………出す――――シンデレラの――馬車……――出す――」
 右手を虚空に上げるや否や、しゃらんという音と共に光る杖が現れた。先端が星の形をした、スターリングインフェルノにそっくりな魔法のステッキである。
「――――」
 無言のまま杖を振るうと星屑が飛び散った。飛び散った星屑はやがて一箇所へと集まり、その一瞬の間にはカボチャを模した馬車……って、
「これは馬車じゃねーぞ!」
 そう、九曜が出現させたのは馬車ではなかった。では何を出現させたかと言うと、それはご自分の目できっちり確かめてほしい。
 
 カボチャの形をした客室。
 御者と馬を操るための手綱。
 そして、カボチャの下に張り付いた二枚の板。
 
 一般的に、これはソリというものである。
 
 シンデレラの馬車との違いを事細かに説明したいところだが、でっけえカボチャに二枚の板が取り付けてあるだけの、これ以上説明のしようがないくらい簡素な一品なので、まあ実際に見てくださいとしか言えない。
 シンデレラのカボチャの馬車がソリになったと考えてもいいが、サンタクロースのソリにカボチャが乗っかったと考えたほうがもしかしたら理解が早いかもしれない。
「すっごいです! さすがです、九曜さん!」
「――いやあ…………それほど――――でも……あったり――――」
 照れる宇宙人ほど面妖なものはない気がするが、それは感情に希薄な宇宙人の知り合いしかいない俺の経験不足が祟ってのことだろうと勝手に結論付けた。
「でも、馬車はいいんですけど、引く馬がいませんよ」
 馬車じゃないから馬は必要ない……って、そんな突っ込みはナシか。
「どうするんだ九曜?」
「心配――いらない…………」
 再びしゃらんと杖を翳し、今度は俺に光が集中し――えええ???
「フンガ~!!!(なんじゃこりゃ~!!!)
「馬――じゃなくて……鹿――――だけど……大差――ない……――――わたし……は――――御者……――――」」
「完璧です! これで向かいましょう!」
「フガー!!!(何で俺が鹿なんだよぉぉぉぉ!!!)」
「あたしはカボチャさんの中に隠れてますから、上手いこと姉二人をやり過ごしてくださいね!」
「――ざっつ…………おーらい――――」
「フガガガガ!!!!!(人の話をきけぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!)」
「――ハイ――ヨー――」
「フギャー!!(痛てえーっ!!)」
 
 
 
「ねえ、アレ何かしら? 異様な物体がこっちに向かって走ってくるんだけど……」
「な、何かの乗り物、に、見えるんだが……しかし何とも面妖な……」
「顔、合せない方がいいわね」
「そのようだね。無視しましょう。無視無視」
 
 
(やった! 気付かずに通り抜けることができました!)
 カボチャの中から、織姫様の嬉しそうな声がささやかに聞こえた。
 あれは気付かずにというより、力の限り無視したせいだと思われますがこれ如何に。
 そうつっこみたいのだが、鹿となってしまった俺は上手く言語化できなかった。長門の気持ちが曲がりなりにも分かった瞬間でもあった。まあ、冗談だが。
「――――完璧……くくくくく…………――――」
 手綱を持ったままほくそ笑む九曜の姿はとてつもなく怖いものがあった。
「――うる……さい――――黙って――――走……れ――――」
 バァン!
 ってええええええええ!!!!!!
 
 
 
「着きましたぁ!」
「――――到着…………」
 二人の満足そうな表情を見ればおわかりの通り、無事天の川を渡り終えた俺達一行は、牽牛星のパーティが行われると言う沿岸沿いの別宅に到着した。
 今更かもしれないが、彦星様の家はとってもお金持ちらしい。本宅の他に別宅も構えているし、何より色んな人を呼んでパーティーをするくらいだからさもありなんと気付くのにはマクローリンの級数展開を解くより簡単な問題だった。
 なお日本に伝わっている伝承によると、織姫は天帝の娘であり、こちらの方が金持ちのイメージがあるのだが、何故かこの橘似の織姫様はそんな気質は全く感じられず、小市民且つ凡人のオーラしか発していなかったりするのだが……
 ううむ、世間は広いものよう。
 余談だが、別宅到着後には九曜は魔法を解き、馬車だかソリだったものは消失し、俺も普通の人間の姿に戻ることになった。というかいつまでも鹿の姿でいようなんて思っても無い。
 更に余談だが、九曜が思いっきり鞭で叩くものだから背中が痛くて堪らん。
 
「では早速参りましょう!」
「まて、このまま侵入したら訝しく思われるだろ。変装とかした方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫です」と織姫。「あたしを参加させたくないのは二人の姉だけです。むしろ彦星様はあたしの参加を待ち望んでいるから、来たもん勝ちなのです! 心配に及びません!」
 本当だろうかね……
「嘘じゃありません、証拠を見せてあげましょう」
 得意そうに橘……じゃなかった、織姫は別宅前で声を張り上げた。
「たのもー!」
 登場破りでもする気だろうかこの人は?
 彼女の甲高い声が別宅内に響き渡り、待つこと暫し。邸内があわただしく動き始めた。
『……その声はもしや織姫殿……今すぐ行きます!』
 とまあこっちも織姫様に負けないくらい轟音を響かせ、そして約束どおり幾多も経たないうちに現れたのは、
「織姫殿! 一年ぶりでございます! お慕い申し上げて候!」
 と、元気の良い青年は頬を朱に染めて彼女の来訪を歓迎した。
「お元気でしたか彦星様?」
「はははっ、モチのロンでございます。いくら不調を訴えていたとしても、あなたの声に勝る特効薬はありませぬ!」
「それはよかったのです。あなたが倒れられると、スイーツが食べれなくなりますから」
「私めのスイーツをそんなに喜んでくれるとは……非常にうれしゅうございます……」
「うん、頑張ってくださいね」
「ははっ!」
「美味しくなかったら帰っちゃって、もう金輪際会いませんから」
「そ、それだけはご勘弁を!」
 
 えー、さて。
 カンの良い諸兄諸姉の皆様ならばそろそろ気付かれていると思われるのだが、この彦星様、俺の知るどこかの未来人さんに瓜二つだったんですね、これが。
 こっちでもパシリ的立場なのは全く変わっていない。既に死語と化しているがアッシーくんという呼称がピッタリである。
「ふふふ、嫌ならもっともっと精進なさい。それともお仕置きされたいのかしら? 往復ビンタ、いいえ、手足を縛ってヒールで踏みつけるってのもいいわね」
「ああう! それはそれでエクスタ……いや、御免被りたいと思いますので精進します!」
「はい、よろしくお願いしますね」
 ……ええと、俺の知る限りこの二人ってば仲睦まじい夫婦関係にあった気がするが……なにこの師弟、いや女王様と下僕の関係は!? もしかしたら現実の藤原も結構M……これ以上は禁則に該当するので申し上げれない。残念。
「ささ、それよりも準備は出来ておりますぞ。どうぞお上がりください!」
「あらそう、それはありがとう」
 じゃあ俺らもご相伴に預かるとするか。
 そう思って織姫様と一緒に星で出来た別宅に入り込もうとした瞬間、「何だお前は?」と呼び止められた。
 何だって言われても、人間ですとしか答えようがない。
「誰だと聞いているんだ?」
 俺はこいつをここまで
「こいつって呼ぶなこの無礼者!!」
 ……は?
「このお方をどなたと心得る!」
 藤原を模した彦星様は偉そうに踏ん反り返り、懐から黒いキーケースを取り出した。多分、印籠の代わりなんだろう。
「恐れ多くも先の……先の……えと、何だっけ?」
 詰るな、そこ。
「はて、何でしょう。別に引退するような役職やスポーツなんかやってませんし……」
『うーん……』
 悩むくらいなら最初からやらないで頂きたい。
「うむ……はっ! そうだ! この方は天帝様のご令嬢なるぞ!」
「あ、そうでした! あたしったらすっかり忘れてました!」
 おまいが忘れるな。
「もう、この。お茶目さんなんだから♪」
 そして藤原似の彦星よ。気持ち悪いから器用にウィンクすな。
 
 
「ところで、パーティーが行われるって聞いていたんだがどんなことを祝うパーティーなんだ?」
 何とか織姫様の取り成しがあったおかげで、彦星はいやいやながらも俺と九曜を別宅内へと招待してくれることになり、広間でお茶を啜りながら疑問に思っていたことを口にした。
 因みに別宅とは言うものの、俺の家より広く、通されたこの広間と言うのも俺の自宅の敷地面積のゆうに三倍はあるだろう。広大すぎる宇宙空間においては微々たるものかもしれないが、日本のベッドタウンの実情から比べると非常に羨ましい。
「ああ、そういえばまだ詳しくお話していませんでしたね」
 ズズズと同じく茶を啜りながら(正確には啜る音が俺よりお下品)、織姫様は事の詳細を語ってくれた。
「実は本日七月七日、あたしと彦星様の結婚を祝してパーティが開かれることになっているんです。それで、その記念にとあるものが寄贈されるそうなんです」
 織姫と彦星が結婚していた事実は結構驚きだったが、そんな雰囲気を全く感じさせないところがある意味オリジナルの構成要素を模した結果と言っても過言ではない。一応伝承どおりだし、その辺はつっこまないようにして、他の事を問い質すことにする。
「そのとあるものというのは一体何なんだ?」
「実はあたしも詳細を聞いていません。確かお父様の知り合いがお作りになられたとは聞いていましたが……彦星様はご存知ですか?」
「いや。残念ながら」と彦星。「ですが僕の……こちらの別宅に寄贈されると言う話だけは聞きました」
「あら、そうだったんですか。それは初耳です」
 何だか妙な話である。二人の結婚祝いであると言うのに二人が詳細を知らないとは。確かに披露されるまで夫婦に秘密にしてあると言う事も考えられるが、どうも釈然としない。二人の伝聞に差異があるのも気になる。
 それより何より、二人のためのパーティなのに何故織姫様の出席が認められないのか。これはどう考えてもおかしかった。
「あ、そう言えば」織姫様はポンと手を叩いて、「その品が完成間近になってから、お父様が異様に慌てだしたのを思い出しました。よくよく考えたら二人の姉がパーティの参加を拒みだしたのもその時期でした」
「寄贈の話も、元は天帝様……織姫様のお父様に贈与するはずだったのに、いつの間にか僕のこの家へと送られることになったんです」
 ふむ、なるほど。
「少なくとも、」俺は指を虚空で動かし、「その寄贈品が今回のパーティの肝だってことはわかった」
 秘密にする理由、寄贈場所を突然変更した理由、姉二人が織姫様のパーティ参加を拒んだ理由。これらは全て繋がっていると見てよいだろう。
「九曜、何かわかるか?」
「――――橘…………京子――なら……間違いなく――――プッツン…………」
「は?」と俺。「どうして橘京子が出てくるんだ」
「似たり…………依ったり――――だから……――」
 貯めつ眇めつ織姫様と彦星を見渡した彼女は、自分に言い聞かせるように再びダンマリモードに突入した。
 九曜ならもしかして真相を知っているのかもしれないが、どうやら答える気はないらしい。自律進化の可能性を探るべく長門が累計216972日を過ごしたように、九曜もまた彼女の成すことをじっと観察する気なのかもしれない。
 しかし、残念ながら織姫様は織姫様であって橘京子ではない。彼女の行動を観察したところで天蓋的な情報が得られるとは思えない。できればその辺をプッシュして事の解決に努めたいが……
「ともかく、ここでじっと考えていても話が解決しないでしょうし、ここは一つパーティーの準備もしながら様子をうかがうって事でどうでしょうか?」
「そうだな、もし寄贈品に何らかの意味があるならその時感づくだろうし」
 二人がそう言うのであれば仕方あるまい。俺は特に文句もつけず立ち上がる二人を追いかけてそのパーティーとやらの会場へと足を運ぶことにしたのだ。
 
 
 パーティー会場は天の川に隣接した別宅のテラスで行うことになっており、既にパーティーに向けて準備が着々と進められていた。
 テーブル、イス、クロス、司会者用のマイク、幟、その他諸々……もちろん食事の準備もバッチリである。
「こちらが本日のメニューになります」
 メインテーブルの前で食器の配膳を行っていた料理長を捕まえた彦星は、彼に本日のレシピを持ってくるよう指示し、俺達に見せてくれた。
「こ、これは……合鴨の香草ソース和え、それにスズキのパイ皮包み、それにデザートはなんとザッハトルテ! ううん、たまりません!」
 そして、例えではなく思いっきり腹の虫を鳴かせた織姫様は、羞恥心などどこ吹く風で涎をポタポタと垂らした。
「ふふふ、どうですか。あなたのために一生懸命作りました!」
 お熱が篭った眼差しを浴びせる彦星。しかしお前が作ったわけでは無かろう。作ったのはこの家に居るお手伝いさんたちだ。
「何を言うか。確かに僕が全員分の料理を作ったわけではないが、本日のコースを決めたのは僕の裁量だし、それに織姫様の分は間違いなく僕が手作りで創り上げたものだ!」
 はあ、それはご苦労様です。
「くっ、信じていないなその瞳は」
 いやあ、信じる信じない以前に俺にとってはどうでもいいことなので話半分にしか聞いていなかっただけのことです。他意はありません。
「ならば食べて見るがいい! 僕の料理の腕を思い知れ!」
 だーかーらー、話を聞いてくださいっ……って、やっぱり俺の思いなんて徒労に終わるんだろうな。
 やはりというか何と言うか、俺の予想通り時を待たずして彦星殿は邸内にある一室――恐らく厨房だと思われる――に入っていき、暫くの後に一皿の料理を持ち出してきた。
 見た目一欠けらのチョコレートケーキに見えるが……
「こ、これがかの有名なザッハトルテ!」
 なんだそれ?
「知らないんですか!? オーストリアの名門店が一子相伝で引き継いだ伝説のスイーツなのです!」
 と、やたらと饒舌に語りかけた。ところで一惑星の些末な情報、一体どこで手に入れたのだろうか? まさかウィ○ペ○ィアで調べましたなんて言うんじゃないだろうな?
「いいえ、美○ん○ぼです! 富○副○長がイタイかの名作です! 子供の頃から楽しく読んでました!」
 本来なら『宇宙に美○ん○ぼが売ってるんかい!』とか、『どこで手に入れたんだあんたは!』と突っ込むところだが、『彼のイタさに比べたらあなたのイタさの方が遥かに上を行っています』と冷静に突っ込めた自分を誉めてあげたい。自画自賛ものだ。
「あたしあそこまで酒癖は……いえ、なんでもないです」
 どうやら酒癖はかなり悪いらしい。
「もう、そんなことはどうだっていいのです。せっかく彦星様が作ってくださったものですし、食べて見ましょうよ」
 いいのか、と一応彦星様にも了承を得ることにした。こいつのことだから『織姫様に作ったものを勝手に食べるな』と叱られそうだったからである。
 しかし以外にもあっさり食べてみろと承認がおりたため、俺と織姫様は同時に口の中に運び……
「んまいっ!」
 ぐうの音も出さないくらい賞賛した。
 正直俺は甘ったるいものが特別好きというわけではない。出されたら食べるが、自ら進んで食べることは殆ど無い。
 しかし、このザッハトルテは違った。濃厚なカカオの香りに包まれた生地が口の中で踊り、適度な甘さと苦味が食欲を増進し……いや、止めておこう。俺のつたない表現力ではこの美味しさの万分の一も伝えられない。
 その辺はあの本職の新聞記者にお願いするとして、
「本当にこれ、お前……いや、あなたが作ったんですか?」
「当然だ。姫様のお気に召すように毎日修行を重ねたんだ。銀河系で一番のパティシエにお願いして指導してもらい、今では一分間に百個卵を割る事も可能になった」
 すげえ……けど、そんなに自慢できる特技でない気がする。
「ふっ、これだから凡人は困る。卵の鮮度を落とさずいかに効率よく割って泡立てるかがケーキ作りの真骨頂なのだ」
 いや、別に否定はしてないんだが……
「織姫様、どうでしょうか、お味の方は?」
「あ、ひゃい、ほいひいへしゅ」
 喰いながら喋るな橘京子の偽者よ。
 俺がそう言うとはむはむこくんと喉の音を立てて、
「あ、失礼しました。ちょっとした癖なのもので。ええと、このザッハトルテの出来ですが、中々素晴らしいと思います。美味しくいただけましたよ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも……」
 でも?
「シグナスさんところのデネブくんの方が腕は一枚も二枚も上手ですね」
 
 
「がーん!!!」
 
 
 ……あ、白目向いて気絶しちゃった。
「えーと、シグナスさんところのデネブくんってのは一体誰ですか?」
「ああ、あたしの家のお隣さんですよ。家が近かったから昔はよく遊んでいたんです。最近はお仕事が忙しいらしくてなかなか会えないんですが……あ、前に写メ撮ったんです。見ますか?」
 こそこそと懐を弄った織姫様は一体あの服のどこに隠していたのだろうか、携帯電話を取り出して一緒に撮ったと言う写メを見せてくれた。
「ほら、この人」
 ブロンド長髪で流し目が素敵な二枚目(念のために言っておくが、俺の記憶に無い人だった)が、織姫様と指と指を合わせてハートマークを作っている写真だった。しかもお内裏様とお雛様の格好をしている。
「そうそう、桃の節句にあわせてその衣装を着たのです。そして二人で桃のマークを作ってポーズして。楽しかったな……そう言えば彦星様ったらデネブくんが来るといっつも不機嫌な顔して……何がお嫌いなのかしら?」
 そら、まあ。勘違いするわ。
 天然では済まされないと思うのだが、しかしそれでも彦星は織姫を慕っているのは、一途と言うか、バカ正直と言うか……織姫様が罪悪感の欠片も無いのが根本的な要因な気がしてきたが。
 やっぱりこの人、橘京子の性格とそっくりそのままである。
 
 
 さてさて、真っ白に燃え尽きた彦星様をこのまま放っておいても話が進まないので、何とか正気に戻らせた後、いよいよそのパーティーが執り行われることとなった。
 彦星が名士なのか、或いは織姫の父親が名士なのか(織姫が名士だという可能性は絶対に在り得ない)、会場にはそこそこたくさんの来賓が集まり、余裕を持って用意しておいたはずのイスとテーブルも埋め尽くさんばかりになっていた。
「あ、あれはタウラスのアルデバランおじさん、それにシリウス様にカノープスさん。わわ、プレアデスのむつら星大御所まで来てる!」
 と驚嘆の声を上げるのは橘京子さながらの奇声を上げる織姫様だった。一体どういう人なんだと問い掛けたところ、全星連(?)の歴代総長や星座形成組合(??)のトップなど、各界の名士が目白押しだという。
 更に聞くところによると、これだけ多くの名士が揃うのは前代未聞だと言う。それほどまでにして二人の結婚を祝していんだわと織姫様は嬉々としていたが、恐らくそれはノー。
 結婚何周年か知らないが、記念パーティにわざわざ参加するほど皆さん暇じゃないだろうし、何より本当に祝う気持ちがあるのなら、記念パーティなどではなく結婚式に参加するはず。
 結婚式の様子をきちんと聞いたわけではないが、先ほどの織姫様の言から、少なくとも結婚式に集まった人よりも今回の記念パーティに参加した人の方が多い事がわかる。
 つまり、各界の名士は二人の結婚記念パーティを見に来たわけではない。もっと他に理由があるからここに来た。そう考えれば納得がいく。
 しかし、一体何のために……?
 
 
 ヒントは、既にたくさんあった。
 
 織姫様不在の結婚記念パーティ画策。
 二人の姉の執拗なまでの参加妨害。
 各界の名士の参加。
 橘京子の如き織姫様と藤原の如き彦星様。
 
 ここから導き出される結論。
 ヒントを一つに集約すると、ああなるほどそう言うことだったのかと納得できる結論へと辿り着くことができる。
 いや、できたはずだった。
 しかし悲しいかな、その時の俺はそこまで頭が回らなかった。
 
 
 
 関係者各位の席は既に満席となり、主賓である彦星様は一番前にある席に、そして俺と織姫様、そして既に忘れられた感のある九曜は幕の裏で身を潜めて事の成り行きを見守ることにした。
 元々部外者である俺と九曜がこの場で隠れているのは当然であるが、もう一人の主賓でもある織姫様を隠したのは、彼女を出席させたくない勢力に見つかると面倒になると感じたからである。
 彼女がここに居ないと鷹を括った時点で、彼らは必ずボロが出るはず。そこを掴めば今回のパーティの真相が掴めるってもんだ。
 当初織姫様は「お料理が食べたいです……」と駄々をこねていたが、パーティが終わったらいくらでも食べさせてやると何とか説得してこの場に引き込ませた。
 あとは、表の彦星様が上手いこと真相を聞き出してくれるかどうか……
「……そろそろ時間となりましたので、パーティを開催致します。先ずは開会の言葉を、主催者であります天帝様より拝領したいと思います」
 フッと辺りが暗くなりスポットライトのような光が中央の壇上に降り注ぐ。
(なお、『暗くなる』とか『スポットライト』とか、宇宙空間にあるまじき演出効果はどうやって醸し出しているか俺の頭脳では到底理解不能なので、気が向いたら宇宙空間まで行って彼らに聞いて欲しい)
 そこに現れたのは寸分の隙もなく正装を着こなした一人の壮年だった。ただあのおっちゃん、どこかで見たことあるような……あっ!
(どうしましたか!?)
(いや、何でもない)
 言葉を濁した。
 そうか……すっかり忘れていた。橘の父親が『組織』のボスだということを。
 つまり、織姫様の父上である天帝は、あのぷっつん親父がキャストを演じていると言うことになり、事実そのままの姿の人がお披露目したのだ。
「皆様、本日は娘と婿殿のためにお集まりいただき……」
 
 渋い声で鷹揚に演説するは、確かに俺の知る組織のボス……橘の親父さんにそっくりな人だった。彼が今回のパーティを引責する張本人であるわけだが、だとしたら余計娘を蔑ろにした理由が分からなくなる。
(お前、何か変なことしでかしたんじゃないだろうな? 親父さんを怒らせるようなことを)
(そんなわけありません。あたしはお父様のお言いつけ通り、正直に生きています)
 正直と言うよりバカ正直と言う方があってる気がする。
(なっ! それはいくらなんでも!)
(いいから黙って話を聞け!)
「生憎娘の織姫は故あって今回は不在とさせていただきましたが、彼女も今回皆様にお集まり頂いたことを大変嬉しく思っている次第でございます。なお、……」
 やはり、彼女を欠席にしたがっているか……だがまだ尻尾はつかめない。一体何が原因なのだろうか?
 そうこうしている間に開会の挨拶は終わり、続いて来賓の挨拶へと場を移し、そして聞きたくも無いうざったらしい長い話を延々と聞くことになる。舞台裏とはいえ、これはかなりきつい。
 そして、更なる問題が発生。
(あのう、キョンくん、あたしおなかがすいてきましたぁ……腹の虫が治まりません……)
 耳をすますと、確かに腹の音がぎゅうぎゅう鳴っているのがわかった。
(だから我慢してくださいって。パーティになったら彦星さんに取ってきてもらいましょう)
(でも……でも、いい匂いをプンプンさせてお預けってのはどんな拷問よりもひどいですぅ……ああ、お肉にお魚お野菜、そして究極至高のスイーツを食べたいです……ぎゅるるるる……)
 確かに話の長さにはうんざりするが、ここで外に飛び出そうものなら計画がおじゃんである。何とか踏みとどまっていただきたい。
(九曜、お前の力で織姫の腹を満タンにさせるとか、織姫を寝かせるとかできないのか?)
(――――――)
(九曜!?)
(――――――)
 ええい、こんな時に限ってダンマリモード継続中かよ。
(はあ……はあ……お料理……まだかな……まだかな……)
 やべえ、涎垂らして目が若干トリップしている。こりゃ早めに料理を持ってきてもらわないと大変なことになる。
 早く終わってくれ、来賓さんよ!
「――以上で、祝福の言葉と変えさえていただきます」
 パチパチパチと疎らな拍手が終わる。やった。ようやく挨拶終わりだ。あとは乾杯の音頭のみ! 織姫様もう少しの辛抱ですから絶えてください。
(ひゃい……がんばりましゅ……)
 もう飢えて飢えて死にそうな顔をしている。正直変顔である。
「有難うございました。それでは乾杯の音頭……の、前に」
 まだあるんかい!
「皆様にご覧頂きたいものがあります。それでは、どうぞ!」
 暗がりの中、入り口のドアが開き、スポットライトが一斉に照らし出される。
 映し出されたのは……
(何だ、アレは?)
 残念ながら白い布が覆い被さっているため詳細は確認できない。が、俺達の身長の二倍はあろうかと言う長身と、塔のように細長く聳え立つ形状だけは把握することが出来た。
 加えて、仄かに香るこれは……
(ああう! スイーツです! スイーツのかほりですぅ! 頂きますぅ!)
(ちょ、外に出ちゃダメですって!)
 発狂直前の織姫様が声を張り上げたところ俺が何とか制止した。
「こちらはお二人の結婚を記念して、料理研究家件フードデザイナー、ヴァーゴのスピカ様が創り上げました、特製シチセキケーキです。それでは皆様、ご覧下さい、どうぞ!」
 バサッ、と音を立ててて白い布は地に落ち、代わりに現れたのは織姫と彦星、二人が仲睦まじく手を取り合う美しい彫刻のようなデザインド・ケーキであった。
 色こそ白一色だが、髪の毛一本に渡るまで細かく創り上げているのが遠目からもわかった。そんじょそこらの気取ったパティシエなんかには絶対出来ない芸である。
 最早これは芸術と言っていい。その手に疎い俺ですらそう感じた俺はポカンと口を開けてしばし見入っていた。
 
 
 だが。
 俺のこの行動が仇となった。
 あまりのことについ力を緩めた俺は、とんでもない野獣を野放しにしてしまったのだ。
 
 
「皆様もご存知の通り、スピカ様は星系間宝珠にされている御仁でもあり、作るもの全てが永年文化財に指定される程の達人でもあります。今回のこの作品も、お二人の宝物として永遠に記憶されるでしょう」
 パチパチパチ……と、盛大な拍手が響き渡った。
 頭を下げる彦星と天帝と、そしてあっちで手を振るのは先ほど紹介に上がったスピカ様か。
 いやいや、本当に素晴らしい。食品と言うレベルを超越している。惜しくらむは食べ物で作るのではなくもっと腐りも色あせもしない材質で作ってくれればそれこそ未来永劫子々孫々家宝として伝えられるのにな。
 いや、食べ物でこれだけのものを作るから価値があるのかもしれないが。
 そして司会者は彦星へとマイクを渡し、お返しの挨拶となる。
「こんな素晴らしいものを、わたしたち夫婦のためにありがとうございます」
 ここ一番では常識人なのか、彦星様はまともな口調で皆にお礼の挨拶を述べた。
「本当に有難うございます。決してムダにすることなく全部食べます!」
 対して食いしん坊の織姫は食べることしか考えてないらしい。やれやれ。だがそれも重要なことだ。せっかく作ってくれたスピカ様に対する礼儀ってものだ。ちゃんと残さず食べろよ……って、
 
『ええっ!!?』
 皆の声が一斉に響き渡った。
 
 
 あ、あいつう……何時の間にちゃっかり席を並べてるんだぁ!
「それでは、いっただっきまーす!」
 ぱくっ。
 ぱくぱくぱくぱくぱくむぐむぐむぐむぐもしゃもしゃもしゃ……ごっくん。
「うーん、おいひー! さいほーれすぅ!!」
 あ……あ……あ……
「ほ、ほほひはふりーふははっふひへすぅ。んんっ! ひゅるーふほひふひふひふへかひうはっふりへ……ひみるぅ~」
 ああ……ああ……ああ……
「ほうふほし、ほうふほしはへ……ふう、おなか一杯。ご馳走様でした!」
「アホかおのれはぁぁぁあ!!!!!」
 ゴスッ!
 九曜からふんだくったスターリングインフェルノもどきのスティックを橘目掛けて一閃、見事星の先端が彼女のこめかみにめり込んだ。
「いったーい!! 何するんですかぁ!」
「それはこっちのセリフだぁ! お前一体なんて事をしやがったんだぁ!!!」
「え? あたし達にプレゼントされたケーキを食べただけですけど……」
「作製者の許可なくたいらげるなこのKYがぁ!」
 ボコン!
「いたっ! いたたたたたっ! だ、だってお腹すいてたし、もらい物だったし……」
「大概こう言うのは観賞用なんだ! 本当に食べるアホがどこにいるんだぁ!」
「え? 観賞用なんですか? でもとっても美味しかったですよ?」
「知らんわそんなことぉ! どうするんだこの空気!?」
 見れば完全沈黙を貫いている一同、それに真っ白に燃え尽きているお父様こと天帝とフードデザイナースピカ様、加えて夫である彦星様。
 もう完全にしらけモード突入である。
「あの……えーと、その……」
 顔にひとすじの汗を垂らしたところでもう遅い。困った織姫……いやもう橘でいいや……は、えへへへと苦笑いをしつつ、こう言った。
 
 
「みなさーん、食事は腹八分目にしましょうね♪」
 
 
 ――その後、二人の姉を始めとする、怒涛の集中砲火が浴びせられたのは言うまでもない。
 
 
 
 その迷惑千万な織姫を何とかふん縛った後、俺は二人の姉に平謝りを繰り返した。パーティを無茶苦茶にしたのは織姫本人だが、間接的に俺達も関わっていたとなれば当然の報いである。
 本当なら彼女の父である天帝とケーキを作ったスピカ様にも謝りを入れないといけないが、相変わらず真っ白に燃え尽きているため時を待って謝罪を入れようと思う。
「あなたたち、彼女のそそのかされてここまで送ってきたのね。うかつだったわ」
 ハルヒと佐々木に似た姉二人は、以外にもあっさりと許してくれた。
「本当に申し訳ありません」
「いいえ、僕達がちゃんと説明しなかった事にも非があるんだ。まさかあの子が見ず知らずの人を手篭めに取るとは思っても見なかったからね。それに関してはこちらこそ申し訳なかったよ」
 そう言って頂けるとありがたいです。
「彼女……見てくれはまあまあなんだけど、頭の中がちょっとあんな風でしてね。お父様も早く厄介払いしたかったのよ」
「折りしも天の川の対岸にお住みの彦星様が何を思ったのか彼女にぞっこんになってね。引き取ってくれるといった時のお父様の喜び様といったら……こっちまで泣けてきたよ」
 うむう……苦労してるんですな、お父様並びにお二人の姉君。
「愚昧の娘を引き取ってくれたせめてもの償いにと、彦星様にプレゼントを渡すため今回パーティをすることになったんだけど、その寄贈品がケーキだったのが問題だったのよね」
「そうそう、あの子の耳に入れば我先に喰い尽くすだろうから、この事は秘密裏に動いていたの」
 なるほど、だから彼女は詳細を知らなかったのか……
「結局、パーティは無茶苦茶になったし、父も面目丸つぶれになったわね。ま、仕方ないか」
 ハルヒ似の姉上は少々残念そうな顔をしながらも、何故だか楽しそうに微笑んだ。何故だろう。
「それはね、」佐々木似の姉上も希望に満ちた顔で、「あの子を上手くコントロールできそうな人を見つけたからですよ」
 ほほう、それは一体誰でしょう。是非ご紹介に預かりたいものだ。身近な人物にあの性格にそっくりな人がいるから、その人の話を聞いて上手く扱えるようになりたいものである。
「いやいや、ご謙遜しなくても宜しいですよ。あなたが一番あの子を上手くコントロールできてましたから」
 へ!?
「正直彦星様はあの子の言うなりでしたから、暴走を止めるほどではなかったんですよね。好き好んで接してくれるのは助かるんですが。」
 は!?
「どうですか、あの子の夫になる気はありませんか?」
「っていうか結婚して下さい。お願いします」
 な、何でこんな流れになるんだ!?
「結婚といっても別に一緒に住まなくてもいいですから。一年に一回だけ、牛飼として形式的に遭えば世間が納得しますから」
 ぎゅ、とハルヒ似のお姉さんが俺の左腕を掴んだ。
「それ以外の364日はこちらで一緒に住みましょう」
 きゅ、と佐々木似のお姉さんが俺の右腕を掴んだ。
「正直あの子より結婚が遅れたのも腹立たしかったのよね。でも彦星様はちょっと頼りなかったし」
「こうして頼りがいのある上に自分好みの殿方が現れて、本当にラッキーだよ」
「七夕の一日はあの子にあげるとして、残りの半分、一日交代であたし達のお相手をお願いしますわね」
「丁度偶数だからもめる事もないですし円満解決ですね」
「あ、でも。最初の日はどちらにしましょうか?」
「うーん、取り合いになるのも面倒ですし、初日は仲良く3(放送禁止音)にしましょう」
 だめだぁ!! 毒電波を受信してやがる!!
「あ、それ名案! でもその次の日はまたどっちか決めないと……」
「ああ、それもそうですね」
「しょうがない、ずっと3(だから放送禁止音)で頑張りましょ!」
「うん、それなら公平だし、不満も無いわ。3(しつこいようだが放送禁止音)バンザイ!」
 何が3(放送禁止音だってしつこいな)だぁぁぁぁ!! そんなに出来る体力無いわ!!!
「九曜! 帰る! 帰るぞ!!」
「――――ダメ……」
 何で!?
「――――七夕の――――観測…………――まだ――――未完了…………」
 頼むから帰らせてくれぇぇぇ!!!!
 
 
 
 こうして、俺は橘京子そっくりの織姫や藤原そっくりの彦星、その他諸々が出てくる七夕が大嫌いになりました。
 めでたしめでたし……なわけないやい。
 
 
 因みに九曜さんですが、彼女の調査が不完全なのに無理矢理戻ったから暫くの間溜息ばかりついて不機嫌になってしまいましたとさ。
 とってつけたような纏め方ですが、めでたしめでたし……なのか?
 
 
 終われ。
 


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