「ソコ歪んでるわよ!何やってんの!」
 
俺は今、ココ真夜中の北高でハルヒ指揮の元、グラウンドで線引きを転がしている。
今この状況じゃ何がなんだかわからん人が多いだろう。
事の発端は今日、いや昨日か?そんなことはどうでもいいが、とにかく俺たちが部室にいたときまで話を戻すことになる。
 
 
「オーッス」
そろそろ本格的に太陽が照ってきたなと思う三年の夏。
俺はいつものように部室に足を運んでいた。
「あ、キョン君こんにちは。今お茶淹れますね」
「ありがとうございます。朝比奈さん」
と言いつつ俺は自分の特等席へと腰掛ける。
どうやら今日は朝比奈さんの方が早かったようだな。
朝比奈さんは今、北高を卒業し近くの大学に通っていて、こうやって出来るだけ部室に通っているのだ。
荷物を置き一息ついてるといつもの0円スマイルを輝かせながら古泉が話しかけてきた。
「今日は何をしましょうか?」
なんでもいい。どうせ勝敗は見えてる。
「これは手厳しいですね」
そう言うならもっと強くなれよな。
俺と今まで何戦やってると思ってんだ。
何にしようかとアナログゲームを漁っている古泉を横目にふと窓際を見れば長門がいつものようにハードカバーを開いてる。
題名は、よく読めんし日本語じゃないようだからわからん。
「そういえば、涼宮さんはどうしたんです?」
「ハルヒか?あいつはHR終わった頃にはすぐいなくなったぞ。どうせ今年も裏の林に行って笹でも漁ってんだろ」
そう、何を隠そう今日は七月七日、七夕である。
去年もハルヒは学校の裏の林から笹を持ってきて願い事を吊るさせたのだ。
二年もやったことなら今年もやる可能性は十分だ。
去年も去年でひと悶着あったのだがそれはその内語る機会があるだろう。
 
「ヤッホー!みんなそろってる?」
 
と、盛大に扉を開けて入ってきたハルヒの手には案の定笹が握られていた。
ああ、やっぱり今年も書くのか?
「何言ってんの?そんなこと当たり前じゃない」
まあ、聞くまでもないけどな。
「それじゃ、早速みんなで願い事を書きなさい」
 
 
数分後、団員全員の短冊が吊るされていた。
ん?なんて書いたのか気になるって?そんな野暮なことは聞くな。
今年もたいしたことは書いていない。
他の団員たちも毎年似たり寄ったりな内容だったんだが、ただひとついつもと違うものがあった。
それはハルヒの短冊である。
一枚しかない上に、何にも書いていないのように見えるのだが少し角度を変えてみると短冊に何かしら書いてあるようにも見える。
あれか、ブラックライトを当てなければ見えないインクとかそんな感じのか?
「おいハルヒ、これなんて書いてあるんだ?」
「別になんでもないわよ。ただ、願い事が叶ったときにみんなの度肝を抜きたいからそんな風にしただけ」
ホントかそりゃ?本当なら頼むから厄介事は無しだぜ。
40過ぎてから面倒な事件に巻き込まれるのだけは勘弁して欲しいぞ。
 
 
その後はいつも通りのSOS団の活動だった。
俺は朝比奈さんの淹れてくれた甘露を楽しみながら『たまには初心に帰ってみるのも良いでしょう』
とか言って古泉の出したオセロで連勝記録を更新し、長門は読書、朝比奈さんは編み物、ハルヒはネットサーフィン。まったくもっていつもの風景だ。
暫く後、日も傾きだしたところで長門が本を閉じた。
 
 
駅前までの道のりはたいしたことも起きなかったのだが解散直後、朝比奈さんに手を振っているとハルヒが俺に耳元で囁いた。
「今日の9時に学校に来て」
一瞬、二つ以上の意味でドキッとしてしまったのは内緒だ。
オイオイ、そんな時間に学校に呼び出してどうするつもりだ。
それに七夕の夜9時って言ったら2年前にそこからさらに3年前まで朝比奈さんと時間遡行し、ハルヒの落書きを手伝った時間帯とほぼ一緒じゃないか。
「何でそんなことせにゃならんのだ。それに捕まりでもしたらどうすんだ」
「そんなもの、見つかんなきゃいいことでしょ。いいから来なさい団長命令よ」
ここで俺が断れば確実にハルヒは機嫌を損ねるだろうから俺は渋々命令を承諾した。
家に帰ってからは特に変わったことは起こらなかったので、晩飯を食い、しばらくしてから両親に適当な言い訳を言った後、学校へと自転車を走らせた。
 
 
「遅い、罰金!と言いたいとこだけど今日はいいわ」
学校まで来ると正門前にかなりラフな格好のハルヒが立っていた。
で、今日は夜中の学校なんか来て何すんだ?見たところ他のみんなは来てないが。
「今日呼んだのはアンタだけよ。ありがたく思いなさい、団長の手伝いを直々に出来るんだからね」
そう言いながらふふん、と胸をそらすハルヒ。
本当に何も起こらなきゃいいんだが。
「それじゃ、行きましょ」
ハルヒは校門をよじ登って学校へと不法侵入していった。
……やれやれ。行くしかなさそうだな。
俺はハルヒに続いて校門をよじ登った。
ハルヒについていくとハルヒは体育倉庫の裏にやってきた。
「夕方に倉庫から出して隠しておいたのよ。いいアイデアでしょ」
そう言いながらリアカーに石灰を乗せ、引っ張ろうとするハルヒ。
「代わってやるよ。お前は線引き持て」
若干のデジャビュを感じつつもそう言うと。
「え?」
ハルヒは少し驚いたように俺を見た。
なんだ?俺は何かおかしなことを言ったか?と思ったのだがすぐに俺は己の過ちに気付いた。
何の気なしに言ってしまったがこいつにとっての5年前の俺、つまり『ジョン・スミス』=『俺』という方程式をこいつに感づかれたら非常に不味い。
「団長様を疲れさせたら不味いだろ。重いもんは雑用の俺にやらせておきゃいいだろ」
「そ、そうね。アンタもたまには気が利くようになったじゃない」
ふぅ、何とか誤魔化せたか?
こいつに俺がジョンだってことがバレたら今まであったことを全部こいつに打ち明けねばならんことになる。
そんな自体だけはなんとしてでも避けたい。
「それじゃ、あたしの言う通りに線引いて」
大量の石灰と線引きをグラウンドまで運ぶとハルヒは俺にそう命令した。
俺の予想は見事にど真ん中だったようだ。
「やるべきことはわかったがさすがに不味いんじゃないのか?高校のグラウンドにそんなことすれば停学になるんじゃないのか」
いつだったか谷口が一年のとき話していた話を思い出し俺は忠告した。
たぶんハルヒにはあんまし意味を成さないだろうがな。
「その時はその時でどうにかすればいいでしょ。それに高校生活も今年で最後なんだからどのイベントでも派手にやりたいじゃない」
後半は正論といえば正論なのだが、如何せんこいつはベクトルの方向性が違うからな。
そう思いながら俺は石灰を線引きに入れ、グラウンドに白線を引き始めた。
 
 
それからしばらくして冒頭の部分に戻ってくるわけだが、今回のマークは5年前の記号とは違うが妙に既視感がある気がするのはなぜだろう?
しばらくして俺がハルヒの指示通りにグラウンドに線を引き終え、ハルヒのいる場所へと戻ってきた。
「まあまあね」
俺が戻ってきたときにハルヒは開口一番そう言った。
「そうかい」
しばしの沈黙が続く。
「出来具合を見に行きましょ」
見に行くってどこへだ。
「そんなの屋上に決まってんじゃない」
だろうと思ったがな。
俺とハルヒは屋上へと上っていった。
鍵が開いていたのもこいつが開けといたのかね?
屋上に上がるとグラウンドが一望でき、そこに書かれているマークを見た。
もしやと思ったがやはり一年のときにハルヒがカマドウマ事件を引き起こした――もっとも、ハルヒの知らない所でだが――あのSOS団のシンボルマークの長門編集前のオリジナルバージョンである。
「これで織姫と彦星あたりにSOS団の存在を教えるとか言うつもりか?」
そんなことを聞いたが次の答えは目に見えてる。
「もちろんその通りよ。これでSOS団の存在を地球だけじゃなく宇宙全体まで知らしめることが出来るわ」
と自信満々のハルヒだが、もうこいつの知らない所で宇宙までお前の存在を知っている連中がいるんだがな。
さすがにこれは口が裂けてもいえないが。
そう思いながら、しばらく二人でエンブレムを眺めていたのだが唐突にハルヒが話し始めた。
「キョンも知ってるでしょ?あたしが5年前の七夕に校庭に落書きしたの」
俺はどう答えようかと考えをめぐらせていたのだがハルヒはそれを肯定ととったのか、そのまま続けた。
「その時ね、実はあたし一人でやったんじゃなくて、手伝ってくれたやつがいるのよ。そいつはどことなくあんたに似てたんけど、変なやつだったわ。『居眠り病』なんてのにかかってるお姉ちゃんがいて背負って帰ってたって言うのよ?おかしいと思わない?」
おかしいと思うところには大いに同調するのだが、如何せんそのおかしな奴は俺自身と朝比奈さん(大)に眠らされた朝比奈さんなのでコメントし辛い。
似てたのは俺本人であるからして当然と言えば当然だが。
「それでね、そいつは宇宙人や未来人、超能力者の友達がいるみたいに話してたのよ?異世界人には会ったことないって言ってたけど」
そりゃそうだ、それどころか神様まがいの団長様までいるぞ。
「そいつは北高の制服着ててね。あたしが北高に入ったのはほとんどそいつのせい。それに、SOS団の名前の由来もそいつが言ってた事から取ったのよ」
やっぱり、こいつが北高に来たのもSOS団結成も、名前も俺の差し金だったのか。
「でね、北高に入ったらキョンに会って、有希に会って、みくるちゃんに会って、古泉君に会って。中学の頃よりかはずっと楽しくなったわ。相変わらず不思議なことは起こんなかったけどね」
それはお前が知らないだけで、何回も起こってたんだぞ。
やっぱりそのことをこいつに言えないだけ少し歯痒い。
「だからね、そいつにはすっごい感謝してるの。こんな、どこにもいないような仲間に巡り合わせてくれて」
俺は、それが間違いだと、本当はお前のおかげなんだと言ってやりたかった。
間がさしたのかもしれんが、いままでこいつにすべて隠してたことを言ってやりたくなった。
古泉や長門はハルヒに力を自覚させんのは危険というが、もうこいつもそんなガキじゃないことは俺が一番よく理解している。
 
「なあ、ハル……」
あいつの名を呼びながら振り向いたのだが、ハルヒがどこにもいなくなっていたのだ。どこを見渡しても、影も形も見えない。
「ハルヒ?」
再びハルヒの名を呼んでも返答はなし。
「っ!?」
突如として俺は強烈な立ち眩みに襲われた。
世界がグニャリと歪み立っていられなくなった。
やがて俺の視界は完全にブラックアウトした。
 
 
「……ョン、キョン、ねぇ、起きてよ!」
俺はハルヒの声と顔を叩かれる軽い衝撃によって起こされた。
目を開くとそこには心配顔のハルヒが居た。
「……ハルヒ」
俺がハルヒの名を呼んでやるとハルヒは安堵の表情になった。
「よかった。急に変な立ち眩みに襲われて、目が覚めたら横にあんたが伸びてたのよ」
辺りを見回すと屋上なのだが、空も世界もあたり一面灰色空間だった。
……閉鎖空間。
なぜだ、ハルヒは世界を崩壊させようとしたのか?いや、そんなことはないはずだ。少なくともさっきまでのこいつは世界に不満を抱いてるようには見えなかった。
「どうなってんの?確かにキョンと屋上に居たはずなのに」
前にも似たようなことなかったか?俺と一緒にこんな空間に来たことなかったか?
「うん。来たことはあるけど、あれって夢じゃなかったの?でもこの前はちゃんとベットで寝た後だったのよ?」
さすがに、今回は夢オチにするのは難しいか。
「あの時は確かあんたと一緒に学校でしばらく探検した後に変な……」
ハルヒの言葉が途中で途切れ、驚愕の表情になった。
俺の背後で強い光が起きたかと思うと、巨大な影が立ち上がった。
おいおい、神人までご登場か、けどなんだ?この神人は赤いぞ。
でも、ハルヒと一緒なら襲われることはないだろう。
「……あれよ。あんな巨人が出てきて、でも前は赤じゃなくて青かったんだけど。あの時は校舎だけ壊してたんだけど……」
またハルヒの言葉は途中で遮られた。
それもそのはず、赤い神人はその腕を大きく振り上げたのだ。
そのまままっすぐ振り下ろせば確実に俺とハルヒがペシャンコになる。
「ハルヒ!!」
 
ドカァァァァン!!
 
考えるより早く体が動いていた。俺はハルヒの体を抱きかかえると横っ飛びで神人の拳を回避した。
ガラガラと音を立てて校舎が崩れ落ちていた。
奇跡的に俺たちが飛んだほうの校舎は倒壊することはなかった。
「どうゆうこと!?この前はあれは襲ってこなかったのに!?」
「そんなことどうでもいい!とにかく今は逃げるぞ!」
そう言うが早いか、俺はハルヒの手を握り一目散に階段へ向かい一気に駆け下りた。
その間も赤い神人は数秒前に俺たちが走り抜けた場所へ的確に拳を振り落とし、そのたんびに校舎は揺れ動いた。
俺とハルヒはなんとか生徒玄関まで逃げ校庭へ駆け抜けた。
俺たちは急いでグラウンドの端の茂みに隠れた。
「いったいどうなってんのよ」
「俺が知るかよ」
俺たちは肩で息をしながらあの神人の様子を窺った。
あの赤い神人はどこかで俺たちを見失ったらしく校舎の間を徘徊していた。
どうなってんだよ、俺が聞きたいくらいだ。
その時、俺のポケットのケータイが振動がした。
一瞬度肝を抜かれたが、すぐケータイを取り出すと、いつだったかのパソコンのように文字が浮かび上がった。
 
YUKI.N>みえてる?
 
俺は結構驚いた。まさかケータイでも出来るとはな。
そのまま俺はケータイに打ち込んだ。
 
<ああ>
 
YUKI.N>今あなたと涼宮ハルヒがいる世界は彼女が作り出した
    閉鎖空間とは違う空間。
 
<どういうことだ?>
 
YUKI.N>そこは彼女の能力を利用した情報生命体の作り出した空間。
 
<情報生命体ってのはお前んところと違うやつか?>
 
YUKI.N>そう、情報統合思念体と同等の存在だが今まで涼宮ハルヒの存在には気付いていなかった。
    しかし、あなたが校庭に描いたあのマークによって呼び寄せられた。
    おそらく、涼宮ハルヒの力を狙ってると思われる。
 
そう言えば、あのエンブレムには画像データにすればありえない桁の情報量があるんだったっけか。
でも、狙ってるというより殺しに来たの方がしっくりくる勢いだぞ。
それにしても、存在がわかったら即刻襲ってくるとは……空気読めない宇宙人だな、オイ。
 
<どうすればいいんだ?>
 
YUKI.N>今のところ、私も古泉一樹の組織も侵入出来ない状態。
    涼宮ハルヒ本人が作り出した空間ではないため、以前と同じ方法でも脱出できるかは不明。
 
オイオイ、最終手段として使おうかと覚悟してたのにそれじゃ意味がねぇじゃねぇか。
 
「ちょっとキョン。なにケータイなんかいじってんのよ」
チョット待ってくれ。
今、どうしたらこの状況を切り抜けられるか思考をめぐらせてんだから。
 
ズドォォォォォォォン!!
 
その時、轟音とともに地震と勘違いするほどの衝撃が起きた。
どうやら赤い神人もハルヒの力を利用したものらしいが、もう手当たり次第にぶち壊すことにしたらしい。
数十メートル右手の木々が見事なまでに破壊されていた。
「ここもヤバそうだな、ハルヒ逃げるぞ」
また俺はハルヒの手を握り走り出しながら考えた。
どうすればいい?長門も古泉も侵入出来ないならあいつら以上の力でもない限りどうすることも出来ない。
「キョン、あんた何か知ってるの?知ってるんだったら教えなさいよ、あれは何なの?前は青くてあたしたちには無頓着だったのになんで今回は赤くて執拗に追っかけてくんのよ。ねぇ、どうやったらこの夢みたいな話は終わるの?教えなさいよ!」
ハルヒは少し混乱してるのか、俺の矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。
ええい、少し待っててくれ。
お前の力を狙ってるっぽい宇宙からの来訪者がそこまで迫ってるんだから。
……待てよ、ハルヒの力?そうだこいつだ!何でこんな単純なこと考え付かなかったんだ。
長門や古泉たちの力で入れないなら、それ以上の力なら穴を抉じ開けられるんじゃないのか。
「おい、ハルヒ。この世界には何で俺とお前だけなんだ?
俺とお前の二人が来ればあとの三人が来ててもおかしくはないだろ」
「キョン、なに言ってるの?」
「いいから聞いてくれ!天下無敵のSOS団ならこんなありえない状況でも乗り越えられるんじゃないか?
それに、お前は以前夢で似たような状況に置かれたんだろ?それなら、これも夢だと仮定して夢ならばお前が強く願えばみんなを呼んでこの状況をぶっ壊すことも可能じゃないのか?」
「………」
「頼む。俺に騙されたと思って一度やってみてくれ。どんな状況でも乗り越えられるSOS団を、
お前の世界にたった一つしかないような存在を集めたSOS団を強く願ってみてくれ」
ハルヒは俺の言葉を信じる気になったのか、目を強く閉じ、ちょうど教会で神に祈るように手を合わせていた。
早く、早く来てくれ!
そんな俺たちの想いとは裏腹に何も起こらずにすぐそこまで神人もどきが迫っており手を振り上げた。
やっぱりダメかと思い俺はハルヒに覆いかぶさるように庇おうとした。
このとき俺は神人もどきの腕力なら人二人なんて一瞬のうちにペシャンコに出来るだろうとか、そんなくだらないことを考えていたのだがどうやらそれは杞憂に終わったようだ。
 
 
「くぁwせdrftgyふじこlp;!!」
 
バシィィィィィィィン!!
 
訳のわからない例の早口呪文の後、押し潰されるのではない、風圧のような衝撃が起きた。
俺はそこに立っている人物を見た。
それは、SOS団が誇る読書好きの万能無口少女、長門有希。
「……遅れた」
「長門!来てくれたのか!」
「え!?なんで有希が?」
ここで状況が飲み込めてないのが一人いるがお前が来てくれるように願ったんだろうが。
「でも、なんで有希があんな巨人の手を止めてんのよ」
至極まっとうな質問だが答えてる暇などない、長門がバリアを出してくれているがそこに神人もどきは連続で拳を叩き込んでる。
「長門!大丈夫なのか!?」
「……問題ない、あとの二人も来た」
「ふんっもふ!!」
 
ズドォォォォォォン!!
 
あの奇妙な掛け声の直後神人もどきにハンドボール大の紅球が直撃し爆炎をたて神人もどきを吹っ飛ばした。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「「古泉(君)!?」」
「話は後です。朝比奈さん、二人を連れてどこか安全な場所へ」
「わかりました」
俺はギョッとした、俺たちのすぐ後ろに朝比奈さんが立っているのだから。
いったい何時からいたんですか。ぜんぜん気付きませんでしたよ。
「さっき来ました。それよりも早く逃げましょう」
……ああ、これは本当にあのSOS団専属マスコットなのか。
あのカマドウマに怯えてた未来人なのか。その凛とした姿は俺には戦場に舞い降りた聖母のように見える。
「なになに?勝手に話し進めないでよ。訳分からないじゃない」
一人状況を飲み込めないハルヒが大声を上げている。
「涼宮さん、すみませんがお話は後にしましょう。今は朝比奈さんとキョン君と一緒に逃げてください。それでは、後で会いましょう」
言うが早いか、古泉は紅い球になり起き上がろうとしている神人もどきに飛んでいった。
「え?古泉君が紅い球に……」
「涼宮さん、キョン君行きましょう。掴まってください」
朝比奈さんがハルヒの言葉を遮り俺とハルヒを掴んだと同時にあの時間遡行独特の立ち眩みが起きた。
……やべぇ、いきなりだから吐きそう。
そう思った頃に感覚から抜け出した。目をしばらく瞬かせているとココが部室であることが分かった。
てか、朝比奈さん許可下りないと使えないんじゃないんですか?
「ハイ、実は下りたんです。この空間から抜け出すまでいくらでも使っていいって。ごめんなさいこれ以上は禁則事項です」
こんな状況じゃなかったら和んでいられるんだろうな。
俺は急いで窓に駆け寄りグラウンドを見た。
……いた。古泉が周りをビュンビュン飛び回ってるせいか、鬱陶しげに腕を振っている。
よく見れば長門も神人もどきの周りを跳躍し、古泉のサポートをしていた。
「今はさっきからどんくらい遡ったんですか?見たとこそんな経っていないようですけど」
「ハイ、ほとんど同じ時間のこの場所に来ました」
なるほど、そう言うことか。
「チョット、キョンもみくるちゃんもなに二人で話し進めてるのよ。あたしにも説明しなさいよ」
いままで呆然としていたハルヒがようやく正気に戻ったようで、唾を飛ばしながら俺たちに迫ってきた。
「あの……その……」
朝比奈さんが俺に助けを求める目を向けてきた。
「ハルヒ、これはな……」
俺が言い訳のために口を開いたと同時に、轟音が鳴り響き地が揺れた。
「古泉!長門!」
俺は窓から身を乗り出した、あの神人もどきが地面に拳を振り下ろしている。
さっきまで飛び回っていた古泉と長門の姿が見えない。
「朝比奈さん!」
俺は朝比奈さんに大声で呼びかけたせいか一瞬、ビクッと震えた後に、
「ハ、ハイ!」
姿を消した、頼む、あいつらになんかあったら俺のせいだ。
 
数秒後、朝比奈さんが、二人を連れて戻ってきた。
長門はなんともなかったのだが……。
「古泉!!」
古泉が頭から血を流していたのだ。
ハルヒも朝比奈さんも顔面蒼白だ。長門はすぐに古泉の頭に触れ。
「くぁwせdrftgyふじこlp;」
どうやら、古泉の血は止まったようだ。
「長門さん、ありがとうございます」
「……いい、私の責任。私が油断したから」
「いえ、油断したのは僕です。それに、女性を守るのは男の仕事です」
こんなときまで気障にキメやがって。
そんな口が利けるんだったら心配して損したぜ。
「おや?あなたに心配していただけるとは、僕も捨てたもんじゃありませんね」
「うるへー」
などと無駄口叩いてる暇はないんだった。
まずは、ハルヒへの説明だ。ハルヒは古泉の傷が塞がったから安堵したのかちょっと血色がよくなったようだ。
「あのな、ハルヒ、これはお前の夢さ」
「ウソ」
即答で否定するか。まあ、ここまでリアルな夢早々ないもんな。
だが、これは予想済みさ。
「でも、そうじゃなかったらここまで出来すぎた展開はないだろう」
「そうだけど……」
「それに、今はまだ悠長には話していられないだろ」
そう、今はとりあえずあいつをなんとかしなけりゃな。
「とりあえず移動しましょう。ココはいずれ見つかってしまうでしょうから」
古泉のナイスアシストのおかげでハルヒはこの問題をしばらく棚上げしてくれるみたいだ。
「そうね、とりあえず移動しましょ」
そう言うハルヒを先頭に俺たちは移動した。
とりあえず部室棟から出た俺たちはそのまま、まだグラウンドをうろついている神人もどきに見つからないように校舎裏を通りながら瓦礫と化した本館まで来た。
とりあえずどうするか。
「なあ長門、どうすりゃいいんだ」
「私にも分からない。情報統合思念体は現在この空間を作りだした情報生命体に呼びかけを行っているが返答は確認されていない。今は『アレ』をどうにかすることが最優先事項」
やっぱりそうなのか、でもどうすりゃいいんだ。
ハルヒはそこらへんをウロウロし始めていた。
「そうですね、とにかくあの擬似的な神人をどうにかしなければゆっくり対策も考えられませんし」
うお!いきなり後ろからしゃべんな。そして顔が近い!
そんなことよりハルヒがその内どっか消えそうなので、今のうちに呼び止めとくか。
「オイ、ハルヒ、お前どっか行くつもりじゃないだろうな」
ハルヒに近付きそう声を掛ける。ハルヒは見るからに不機嫌顔だ。
「行くわけないでしょ、そこまで馬鹿じゃないわよ」
今回はしゃいでないのは俺が夢と言ったせいか、それとも神人もどきが襲ってきたせいか。
とにかく今はあれが一匹しかいないうちに何とかしなきゃな。
いつ痺れを切らして神人もどきを量産してくるかわからないわけだし。
その時グラウンドにいた神人もどきがこちらの方向に向かって歩いてきた。
「とりあえず物陰に隠れましょう。ただしすぐに動ける場所にしてください。でないと、いつここ一帯を破壊するかわかりませんし」
古泉の提案により俺たちは物陰に隠れてやり過ごすことにした。
俺はハルヒと共にあれの死角になるように隠れることにした。
バキバキとそこらへんのものを踏み砕きながら歩いてきた、俺たちのすぐ近くの場所に止まり、あたりの様子を窺っている。
「……キョン」
ハルヒは消え入りそうな声で俺を呼び手を握ってきた。
俺はそれに答えるように握り返す。
やがて、神人もどきはここに居ないと判断したのか別の方向へ歩き出した。
……行ったみたいだな。
俺はハルヒを連れて物陰から出てきた。
向こうの方に残りの三人も確認できる。三人はなぜか顔を引きつらせて走ってくる。
「逃げて!!」
朝比奈さんの絶叫が響き、その意味を完全に理解する前に今の状況を判断できた。
後ろで何かが空を切る音が聞こえる。
……クソ、引っ掛けみたいなことしやがって。間に合うか!?
俺はハルヒを抱き寄せて横に回避、紙一重と言うやつで新たに出現した神人もどきの拳を回避したが、屋上のことで少し学習したのかその手を持ち上げることなく……。
「!?」
こちらに向かって薙ぎ払おうとしたのがわかった。
クソ!なんとしてでもハルヒだけは。
「キョン!?」
驚き俺の名を呼ぶハルヒ。
俺は自分の体をフル活用してハルヒを投げ飛ばしたのだ。これでハルヒは腕の軌道上に入らない。
途端、俺の体は物凄い力で吹き飛ばされた。
不幸中の幸いと言うやつか、俺の体に全衝撃が加わる前に少しジャンプしたおかげで怪我はしなかったようだ。
……って言っても、すぐそこに迫るコンクリートで出来た壁に激突したらもう助からないだろうけどな。
「キョーーーーン!!!!」
ハルヒの叫び声が聞こえる。
じゃあなハルヒ。
お前が巻き込んでくれたおかげでこの二年間チョットは退屈せずに過ごせた。
 
 
本当にお前に会えてよかった。
 
 
目を閉じた俺が最後に見たものはハルヒの泣き顔だった。
 
 
 
 
 
 
……が、俺はどうやら助かったらしい。
何時までたっても俺の体に衝撃は来ず、最初は死んだから体の感覚がなくなったのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
 
目を開けた俺の視界いっぱいに広がるのは、いつか見たあの青白い巨大な影。
古泉の機関による名は神の人、通称『神人』。
どうやら俺は神人に受け止められたらしい、そう言えばハルヒは?
残りのメンバーを見れば長門と古泉は驚きの表情で――もっとも、長門はSOS団しかわからない程度だが――目を見開き、朝比奈さんはその場でぺたんと腰を抜かしているようだ。
肝心のハルヒは余程安心したのかた立ってはいるが涙をボロボロ流していた。
俺を受け止めてくれた神人の手から降り「ありがとな」と言っておいた。
神人は数秒間俺を見つめた後――もっとも、目がどこにあるかわからんが――あの、俺を吹っ飛ばした神人もどきに向かって歩いていき、いきなり顔面にストレートをかました。
俺は被害が及ばないように、急いでハルヒたちの元へ駆け寄った。
「本当に無事で何よりです」
「キョン君……本当によかったです」
「……よかった」
ハルヒ以外は三者三様のリアクションをしてくれた。が、肝心のハルヒは俯いたままこっちを見ようともしないし何も言ってこない。
「どうした?」
俺は出来るだけ優しい声でハルヒに呼びかけたのだが……。
 
「っのバカーーー!!」
「ぐおぁ!」
 
ぐあ!こいつ本気のグーで殴りやがった。無事だったのに殴られたのは文句の一言でも言ってやりたい。
「何しやが……」
最後まで言うことが出来なかった。
なぜならハルヒがまだ涙を流していたからだ。
「バカ!なに勝手にあんただけ死のうとしてるのよ!たとえ夢の中だったとしてもあんたが死んでいいわけないでしょ……」
ハルヒは俺の胸の中に飛び込んで嗚咽を漏らし始めた。
「ごめんな、心配かけて」
俺はハルヒの頭を優しく撫でてやった。
このまま、終われれば一番よかったのだろうが、そうは問屋が卸さなかったようだ。
どうやら、そこで行われていた神人VS神人もどきの異種格闘技戦にもう一体のほうの神人もどきが乱入し本物の神人を袋叩きにし始めたのだ。
「クソ、どうにかなんねぇのか」
俺がそう呟いたと同時にハルヒは泣き止んだようで俺から離れ、神人に向かって言い放った。
「なにやってんのよ、だらしない!この前の夢に出てきた見たくもっといっぱい出てきてそいつらを打ちのめしなさい!!」
ハルヒがそう言い放った直後、そこら中から神人が現れた、目視しただけで十体はいる、その神人がもどきのほうを逆に袋叩きにしてやっていた。
もう何て言うか、合掌するしかないような状況だな。
数分後神人もどきは音もなく、あえなく消滅していった。
「案外あっさりだったな」
俺が呟いてると長門が言った。
「情報統合思念体がこの空間を作り出した情報生命体を押さえ込んだため自由にコントロールできなくなった。また現れることもない」
つーことは、後はこの空間だけどーにか出来れば問題ないわけか。
「……そう」
そう聞いた俺は消えてゆく神人を眺めているハルヒの元に行って。
「もう現れないそうだ。とりあえず部室にでも行こうぜ」
「そうね、そうしましょ。ねぇ、みくるちゃんさっきみたいなことってまた出来る?」
いきなり話を振られた朝比奈さんは、
「ふぇ?あ…ハイ。たぶんまだ使えると思います」
「そう、ならもう一回それで部室まで行きましょ」
ハルヒの提案により朝比奈さんの力により部室に戻った。
もし移動する直前の光景を誰かに見られた場合、おもしろ珍百景にノミネートされそうな光景だ。
 
 
「みくるちゃん、お茶淹れてちょうだい」
「あ、ハ~イ」
こんな状況下でもマイペースなのはどこまでもハルヒらしい。
ハルヒがそのまま団長席にドカッと座り込むのを見ていたのだが。
「ちょっとよろしいですか」
と、さっきまで黙っていた古泉が俺に囁きかけた。
言ってみろ。
「さっきまで考えてたのですよ。長門さんの言ったように、情報生命体の作り出したこの空間は思念体により通信が遮断されてると思われます。しかし、一向に壊れる気配がないのはなぜでしょう?」
なにが言いたい。はっきり言ったらどうだ。
「これはあくまで仮説ですが、涼宮さんが神人を呼び出したとき、
擬似的な閉鎖空間の中に本物の閉鎖空間を捩じ込んだのではないでしょうか。
そうすることで神人を呼び出し偽の神人を撃退、消滅させることに成功し擬似的な閉鎖空間は消滅しました。
しかし、本物のほうが残ってしまったのですよ」
つまり、ここはもう偽の閉鎖空間ではなくハルヒの作り出した本物の閉鎖空間だということか。
「そうです、しかし厄介なのは、神人が自分で消滅したにも関わらず空間は消滅の兆しが見えない。
つまり、この空間は一年の頃に涼宮さんが作り出した特殊なほうの閉鎖空間ではないかと思われます」
古泉の考えを整理していると、長門と目が合った。
「長門、お前はどう思う」
「彼の言っていることは概ね正しいと思われる」
そうか、長門が言うんじゃそうなんだろうな。
だが、そうすると俺はあの時みたくしなきゃいけないのか?
「そういうことになりますね」
古泉がそう言うのを無視し長門を見たが。
「……sleeping beauty」
「マジでか」
「マジで」
俺は暫くガックシと膝を付く体勢、いわゆるorzになっているわけだが、ここで今どんな話をしていたか知らないハルヒは、
「キョンそんなところで何やってんの」
普通に茶を飲んでくつろいでいた。
俺はハルヒの近くまで歩いて行った。
「どうしたの?」
……クソ、俺がどうすりゃいいのかも知らないで。「ああ」とか「うー」とか言っている俺はさぞかし奇妙に見えることだろう。
横目で見れば朝比奈さんも含めた三人でジッと俺のことを見つめていた。
なんて切りだしゃいいのか思案しながら部室に目を巡らしていると、今日みんなで短冊を吊るした笹に目が止まった。
一見、あの時と全然変わりがないのだが、ハルヒの短冊の文字が見えるのだ。
なぜだ?などという疑問はその願い事のほうに気をとられていて頭の外に放り出されていた。
 
 
『SOS団が永久不滅でありますように』
 
 
……なぁ、ハルヒ。
「なによ」
この短冊って……。
「ああ!なに見てるのよバカキョン!」
この際バカってのは否定しない、だけど何でこんな願い事頼んだんだ。
お前の言うSOS団は永久不滅っていつも言ってただろ。
「それは……」
普段だったら絶対に口を割らないであろうハルヒが話してくれたのはココを夢の中だと思ってるからなのか、それとも本当は言ってしまいたいという気持ちがあったのかはわからない。
だが、俺は次に出てくるハルヒの言葉に即座に対応することが出来なかった。
それくらい俺を動揺させちまうには十二分な言葉だった。
「みんなあたしに隠れてなんかやってたんでしょ?それがあたしに隠し事してるようで……それに、そう遠くない未来にあたしの前から……みんないなくなっちゃいそうで、それが怖くて」
俺は動揺を通り越して愕然としてしまった。視界の端に他の三人が目を伏せてしまっているのがわかる。
確かにハルヒは感が鋭いとこもあるがまさかここまで勘付いて、しかもそのことでずっと思い悩んでるなんて俺たちは思いもよらなかった。
五人の中に流れる沈黙がどんどん自分の自己嫌悪を加速させていく。
このとき、俺はいろんな言い訳を考えていた。
ハルヒに力を自覚させるわけには行かない。ハルヒが長門たち三人の正体を知ってしまったらなにしでかすかわかったもんじゃない。
……違う!そんなことじゃねぇ!!
ハルヒだっていっつも強がっちゃいるが、その実ただの女の子でしかない、俺たちと団を結成してからずっと強がってたのに俺はハルヒのこと何も気付いてやれなかったじゃねぇか。
ハルヒのことを誰よりも理解してるつもりだと?勘違いも甚だしい。
ハルヒだって俺たちの仲間だ。知る権利は十分持ち合わせている。
それに、俺はここ数時間で何回もこいつにすべてを教えてやろうとした。邪魔さえ入らなければ俺は全部こいつに話していただろう。
もう決心したことをいまさら悩む必要なんてないじゃないか。
覚悟を決めた俺は、残りの三人のほうを向いた。
古泉はいつもよりずっと自然な笑顔で頷いている。
朝比奈さんも優しく微笑んでいる。
長門はいつもの無表情の中にも誰にでもわかるような温かみを帯びてる。
三人とも俺の思いには同意してくれたみたいだ。
後はこいつに話すだけだが、いくつか話すにあたって聞かなきゃいけないことがある。
「なぁ、ハルヒ」
ハルヒは黙ったまま俯いていたが、俺の呼びかけには思ったよりも早く反応し顔をあげた。
「なに?」
今お前が言ってくれたことに答える。だけどその前にお前に聞かなきゃいけないことがあるんだ。
お前の答え次第では、俺たちは何にも話せなくなる。
だから、真剣に答えてくれ。
「わかった」
この夢の中では多少のおかしなことが起こったけど大体はお前の思い通りに動いてくれたよな?
もし、それが目が覚めても実現可能だとしたらお前はどうする?
ハルヒは俺の質問の意図を数瞬考えた後口を開いた。
「そんな力があるんだったら、みんながいなくなっちゃうような問題を出来るだけなくした後に捨てるわ」
俺はこの言葉でひどく安心した。
ハルヒだってこんな場面で嘘はつかないだろうし、なにより自分の私利私欲のために使わないってとこが一番安心した。
「だってそうでしょ?そんな能力あるんだったらこの世のものが余計つまんなくなっちゃうわ。それだったら捨てたほうがマシよ」
じゃあ前者の答えは何なんだ?それに『出来るだけ』ってのはどうしてだ?
「そのまんまよ。みんながあたしの前からいなくなっちゃうんだったらそうしないようにしたいだけよ。それと、もしかしたら自分で解決したい問題だってあるじゃないそう言う問題には首を突っ込まないってだけよ」
こういうところはどんな状況でもハルヒらしいな。
わかった。それなら俺はすべてを教えてやるつもりだ。みんなはどうだ?
「いいですよ。機関の一員としてではなくSOS団の古泉一樹として、あなたの意見には賛成です」
「わたしも同じです。わたし一個人として」
「私も同意見」
三者三様で同意が取れたことだし俺も心置きなく話すことが出来る。
けど、まずはこの空間からどうにかしなきゃな。
「ハルヒ、絶対に教えてやると約束する。だから、先にこの質の悪い夢から覚めちまおうぜ」
「え?」
ハルヒはちょっとの間、俺の台詞を理解し、過去の体験がフラッシュバックしたのかもしれない。みるみるうちに顔が真っ赤になってきた。
「いいか?ハルヒ」
俺の呼びかけに赤いままハルヒは席から立ち、俺に言った。
「いいけど、その前に指切りしなさい」
そう言って頬を赤くしながら目を逸らし、小指を突き出しているハルヒを見て俺は正直にカワイイと思っちまった。
俺は自分でもびっくりするぐらい自然に小指を出し二人であの歌を口ずさんだ。
その後、数秒の沈黙の後……。
「じゃあ、今日の放課後、部室でな」
そう言った俺はハルヒの唇に自分のそれを重ねた。
前回同様、目を閉じていたのだが瞼の向こうで強い光を感じる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺は今、部室への道を歩いている。
あの後俺はハルヒとほぼ同時に目が覚めた。ハルヒは俺に向かって何か言いたげな表情をしていたが『今日はもういい、帰るわ』と言って帰っていこうとしたのだが。
『指きり、忘れんじゃないわよ』と言ってから帰ってった。
俺は暫くした後、家まで無事帰り着き就寝中の家族を起こさないようにして自室に戻り、ベットに潜ったのが午前3時のことである。
 
 
ちゃんと睡眠が取れるはずもなく、そのまま夜が明けてしまったのでシャワーを浴びて朝飯食って重い足を引きずりながら登校した。
朝は谷口に会うこともなくホッとしていたのもつかの間、古泉に出くわした。
「機関には今回の件を僕に一任してくれることになりました」
どちらが聞いたわけでもなく、古泉はそう言った。
聞いてもいないことだが、古泉自身がいいと言っても機関の方でダメだしされたら少なからず面倒なことになりかねない。
そこは少し安心したと言っておこう。そんなことより。
……なぁ、古泉。ハルヒの短冊があの閉鎖空間で読むことが出来たのはやっぱりハルヒがそう望んだからなのか?
「僕にもわかりかねますが、そう考えるのが妥当でしょう」
とりあえず古泉と下駄箱で別れた後、教室へと足を踏み入れた俺は真っ先にハルヒを見たのだが机に突っ伏して完全に寝ているようだ。
ハルヒの後頭部は別になんともなってなかった。
閉鎖空間帰りだったので、少なからず期待をしていなかったと言えば嘘になる。
チョット残念だ。
その後のハルヒは授業、昼以外の休み時間、HRまでぶっ通しで放課後になるまで眠りこけていた。
昼だけは確認をしていない。長門のところに行ったからな。
 
 
「今回の一件で、先の情報生命体は情報統合思念体と共にあの空間で得た涼宮ハルヒのデータを基に私が報告したノイズを含め、進化の可能性を模索することになった」
部室に入って挨拶もそこそこに長門はそういった。
そうかそれはよかったな。ところで話題が少しずれるが今日の件に関してお前の親玉はどう言っているんだ?
「ここ暫くの涼宮ハルヒの精神状態や行動から検証した結果、涼宮ハルヒに真実を明かしても問題ないと、情報統合思念体の大部分は許可をした」
そうか、お前の親玉も随分と丸くなってきたな。
「……それと」
長門はまだ言うことがあったらしく続いて言った。
「私が普通の人間とほぼ変わらない状態でこの星に残ることを申請した」
それは、つまりどういうことだ?
「私自身の能力に制限を掛けてあなた達と共に過ごすことを申請した。情報統合思念体からは今までの功績を踏まえて前向きに検討するとの事」
……前言撤回。どうやら凄く丸くなったらしい。世界改変した長門を処分しようとしたのに随分と前向きになったもんだ。
少しは長門の報告するところの『感情』と言う名のノイズの意味がわかってきたのか?だとしたら非常に喜ばしいことでもある。
よかったな、お前らの未来は幸先いいぞ。
 
 
未来と言えば、俺が長門とわかれ、教室に戻る途中で朝比奈さんから電話がかかってきた。
『もしもし、キョン君?』
電話越しでもこの声には癒されるね。
どうも朝比奈さん。その後の状況はどうですか?
『ハイ、こっちでは今日のわたしやみんなの働き次第で未来が確定するので頑張って来いって言われました』
そうですか、なら俺たちも全力で取り掛かったほうがいいですね。
もうほとんど心配はないんだろうから冗談交じりでそう言うと……。
『フフフッ、ホントにそうですね。あ、それともし未来の確定が出来たらSOS団関連なら未来への行き来を許可してやるって』
なんと、それは驚いた古泉や長門の件も踏まえて考えるとどうやらハルヒパワーは昨日のうちに発動しちまったんじゃないか?
この調子ならハルヒが変に怒ることもないだろう。朝比奈さんと二三言葉を交わした後、教室に戻ってきたらハルヒは『まだ』なのか『またも』なのかはわからないが机に突っ伏したままだった。
午後の授業は俺もほぼ寝て過ごした。ハルヒはHRが終わった瞬間に目を覚まし、『部室、絶対に来なさい』と言って部室に行ってしまった。
俺は掃除当番があったので適当にこなした後、部室に向かったのだ。
 
 
そして今に至る。俺は今、部室のドアの前に立っている。
おそらくはみんなもう既に揃っていて、俺の登場を待っていることだろう。
俺は、今日のほとんどをこれから何を話すか考えることに没頭していた。
宇宙人、未来人、超能力者のことはもちろん、俺が実はジョン・スミスだということも話そうと思っている。それに、いままでハルヒが巻き起こしたいろいろな事件も、合宿に協力してくれた荒川さんたちのことや、我が飼い猫、シャミセンのことも話してやろう。
そう思いながらドアをノックしたが、ここで俺はこの状況でまず第一に言うことはなにがいいかなどいまさらになって思いついた自分に若干の苦笑いをしながらハルヒの『どうぞー』と不機嫌気味な入室許可を聞きドアを開けた。
 
……まぁ、これから何を言ったってこれからハルヒに話す内容でハルヒの機嫌が少なからずよくなることはなんとなくわかっている。
なぜわかるのかは自分でもわからないが、古泉の言葉を借りれば『わかってしまうのだから仕方のないこと』なんだろうよ。
そうだ、ハルヒの機嫌がよくなったらチョット俺の要望を聞いてもらってポニテにしてもらうのも悪くない。
もし、ハルヒがポニテにしてくれたらなんとか二人きりの状況を作って俺の本当の気持ちを話そうかな。
随分前に自覚してたが、こっ恥ずかしくってそんな態度見せないようにしてたからな。あいつは面食らった顔するに違いないがそれもいい。
ま、結局のところ行き当たりばったりだな。けど、どんなことになっても俺たちがバラバラになることは絶対にないだろう。
なぜなら我らが団長様がSOS団は永久不滅、絶対無敵と願ってるんだからな。
 
 
 
……なぁ、そうだろ?ハルヒ。
 
 
 
Fin
 

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最終更新:2009年07月20日 01:48