さて、七夕当日。あるいは世界改変までのカウントダウン最終日。
俺達は授業も終えて部室でそれぞれ短冊を相手に云々唸っていた。
とは言え、台風が今まさにその片足を校舎に乗っけているそんな中である。正直、短冊を書く手も鈍る……と思いきや。
意外や意外。ハルヒと俺を除く三名は楽しそうに(長門はよく分からんが)短冊へと向かっていた。
「今日は晴れそうに無いわね……」
窓際に立ってハルヒが呟く。そりゃそう思うのも無理は無い。
「台風直撃だそうだからな。仕方ないさ」
心にも無い事を呟く。窓は今にも吹き飛びそうな頼り無さで、叩き付けられる雨粒に必死で耐えていた。室内にデスメタルのドラムみたいに雨音が響く。
「はぁ……折角、鶴屋さんに頼んで笹も用意したって言うのに」
ハルヒが手元に飾ってある笹を揺らした。そこには既に書き終えた赤い短冊が三枚吊ってある。言うまでも無く全てハルヒのものな。曰く、リーダーは赤と昔から決まっているそうだ。
「台風一過という言葉が有ります。夜には晴れるかも分かりませんし、取り敢えず吊るすだけ吊るしてみても良いかと考えますが」
俺の隣で優男が言う。まったく、コイツもどの口でもってそんな事を言いやがるのか。流石は機関の送り込んだ超能力少年、って所かね。嘘を吐くのはお手の物かい。
「それもそうね」
ハルヒはうんうんと頷きながら新しい短冊を手に取る。お前はまだ願い事をする気か。台風でなくともそんなに欲張ったら叶わないんじゃないのかと……いや、俺が不安に思う必要は無いな。
「台風もなぁ……何もこんな日に来なくても良いんだけどな。空気読めないヤツだ、全く」
「本当ですよね。あ、でも、台風の日ってなんだかワクワクしません?」
ピンクの短冊をヒラヒラと揺らしながら朝比奈さんが言う。いえ、貴女が居るだけで俺なんかはワクワクよりも和んでしまいますよ。ええ。
「でも、やっぱり台風よりも七夕の方が大事よね」
そう仏頂面で言うハルヒには同意出来ない事も無い。だが、この台風を呼び寄せた当人が何を言ってやがるんだと、ああ、ぶっちゃけてやりたいのをぐっと堪える。あ、視界の端で古泉が苦笑いしてやがる。
「そう言えば皆さん、台風が来るから生徒は早々に下校する旨の放送は聞きましたか?」
「聞いたけどね。でも、教師が職務怠慢で見回りに来ない以上、そんなのは無視よ無視」
そう言うと思ったよ。行動と言動が逐一分かり易い団長様で今回ばかりは本当に助かる。素直というか、単純というか。
「わたしは鶴屋さんと一緒に帰る事になっているんですよ。この風雨ですから」
「へぇ。あ、車ですか? 鶴屋さんなら迎えを呼んだりとかも有りそうな話ですね」
はい、と朝比奈さんは頷く。実際は機関の車が迎えに来ている筈だ。コレは古泉と長門も同様。つまり、この会話は仕込みである。朝比奈さんはその台本通りの台詞を、危惧していた淀みも無く口にする事に成功。
未来人少女が台詞を噛んだ時のフォローとして考えていた展開が無駄になったのは、別に惜しくも何とも無いさ。肩を竦める俺だけに見える様、朝比奈さんが小さくガッツポーズを取った。ああ、そんな仕草も素敵です。

 

俺とハルヒだけがこの学校に取り残される。それが俺達の計画。その第一段階である。取り敢えずは序盤の山は越えたと考えて良いだろう。
「それにしても、よく振るわね、雨」
「台風だからな」
雨が降らない、風が吹かない方がオカしいさ。
「言われなくても分かってるわよ、それくらい」
そうかい。だが、この部屋に教師が来ないのはなぜか分かるか、ハルヒ?
俺は横目で長門を見やる。少女はじっと短冊を見ながら、今この瞬間にも情報操作をしている筈だ。まさに、縁の下の宇宙人。頼りになるなる、長門有希。
……「一家に一台、長門有希」の方がキャッチフレーズっぽいな。
「皆! 雨が酷くなって帰れなくなる前に、ちゃっちゃと短冊を書き上げちゃうのよ!」
ハルヒの号令に伴って俺達はまた、短冊に向かってうんうんと唸り始めた。……俺の短冊、「平穏無事」にダメ出しをしたのはどこのどいつだよ。
つまらないから? ハイハイ、どうせ俺はつまらない男ですよーだ。

 

部室へと顔を出した鶴屋さんに誘われてノルマを消化した朝比奈さんが帰宅。ついで長門と古泉も部室を出て行き、今現在この室内には俺とハルヒしかいない。
計画通り、とか言ってニヤリとしてしまいたいが、実際はそうでもなく。
只、単純に俺が書いた短冊がまるで無双系ゲームの雑兵の様にハルヒに蹴散らされていただけだった。
書き損じの短冊で埋まったゴミ箱を見て「もののあはれ」を感じる俺は、案外風流の似合う男なのかも知れん。戯言だ。聞き流せよ?
「キョン、あんたどんだけ待てばちゃんとした短冊を提出出来るのよ!?」
俺の書き上げた短冊を千切っては(ゴミ箱に)投げ、千切っては(ゴミ箱に)投げした奴の口から出た台詞がコレである。おい、ハルヒ。自業自得、って言葉を知ってるか?
「知らないわよ! 大体、アンタがせせこましい事ばっか短冊に書くから悪いんじゃない! 挙句の果てに『平穏無事』!? 不思議を追い求めるSOS団の心に真っ向から反逆するなんて……アンタもしかしてどっかのスパイ!?」
「阿呆か」
古泉曰く。この短冊に書いた願い事は有り余るハルヒパゥワーによって十六年後、あるいは二十五年後に実現しない事も無いかも知れず。
そんな事を言われてしまえば下手な事は書けないし、かと言って何の欲望も抱いていないような解脱しきった坊さんでは俺は無い。所詮、一介の高校生だ。
庭付き一戸建ては去年書いたし、今年も被ってはいけないだろう。となると俺が迷うのもむべなるかな。
そんなこんなで俺がノルマの二つの願い事を書き終えた時には既に午後六時半を過ぎていた。
「……つまんない願い事ね」
ようやく、渋々とオーケーを出したハルヒが次いだ二の句がコレ。ほっといてくれ。叶っちまうかもしれないって前提で書くとなると中々難しいモンなんだよ。
流行のゲーム機なり音響機器なりは十六年もすれば既にヴィンテージだし、かと言ってここで下手に結婚願望なんぞを書いた所為で、三十過ぎまでどう足掻いても結婚出来ないとかそんなのは勘弁だ。
未来の選択肢をこんな下らないイベントで奪っちまう趣味は俺には無いんだよ。
俺はハルヒの手から緑の短冊を二つ受け取ると、それを速やかに笹に吊るした。チラリと桃色の短冊に目が行ってしまうのは……男の性みたいなモンだと思おう。
……朝比奈さん、「早く大人になりたい」って教育番組みたいです。
「良いのよ、可愛いから!」
そういうモンかい。ああ、そうかい。

 

さて、部室を出て下駄箱へと歩を進めた俺とハルヒを待っていたのは、これでもかと言う程の土砂降りだった。この中を帰るのは……勇気と蛮勇を取り違えるなよ、小僧!
「……帰れないわね」
「帰れない訳じゃないが、強行軍だな」
傘を差せばそれが簡易のパラボラアンテナになる事請け合いの暴風雨。朝比奈さんとか、冗談抜きに飛ばされそうだ。それはそれで愛らしいだろうか。ちょっと見てみたい。
「キョン、突貫!」
おうよ! 突き抜けろ、青春! ……って、違うだろ。
「ざけんな」
「意気地が無いわね」
「なら、お前が突貫してみろ」
「嫌よ!」
……人にされて嫌な事は人にしてはいけません、って幼稚園辺りで習わなかったか、ハルヒさんや?
「しょうがないわね。雨が弱くなるまで部室で待ちましょう」
全面的に賛成だ。幸いにもと言うべきだろう、校舎に人は残っていないみたいだしな。
「……宿直の教師も帰っちゃったのかしら。珍しいわね」
「ま、所詮公立の教師なんざサラリーマンだしな。給料以上の働きを求めるだけ酷だろ」
実際は某宇宙人の暗示による事などおくびにも出さずに俺は言った。お、今ならハリウッドから誘いが来てもおかしくないんじゃないか?

 

「台風ね」
「台風だな」
「暇ね」

「暇だな」

 

「ねぇ……キョン?」
「なんだよ?」
「宇宙人って本当に居るのかな?」
「何言ってんだ、お前」
蒸し暑くて頭沸いたか? らしくないぞ?
「らしくない……か。そうね……そうかも」
短冊が疎らに吊るされた笹を横目で見て、涼宮ハルヒは唐突に語り出した。

 

「織姫と彦星ってさ」
少しだけ言いよどむハルヒ。その姿に既視感を覚える。頭の片隅で踏切がカンカンと甲高い音を立てる幻聴。
……俺はこのシチュエーションを知っている。去年の五月だったか。
自分がどれだけちっぽけなのかを、俺に淡々と喋って聞かせたあの時の……そう、あのハルヒが目の前の少女と綺麗に重なった。
「実在するとしたら宇宙人よね?」
「神様じゃなくて、か?」
「神様よりも宇宙人の方がまだ居そうでしょ?」
どちらも居る訳は無いとか俺の持論はさて置くとして。そうだな……。
「どちらかと言うとまだ宇宙人の方が有りかも知れん。」
「アンタでもそう思う!? ……でも」
でも? なんだ、続きが有るのか?
「でも、宇宙人なんて結局の所、居やしないのよね……」
「はァ?」
「……馬鹿面」
すまん。俺の聞き間違いだと思うんだが……ハルヒお前、今なんっつった?
「宇宙人なんて実在しない」
……聞き間違いじゃ、なかったみたいだな。
「なんでそんなに驚いた顔すんのよ」
お前がそんな事を言い出すのが不思議だったんだよ。俺の身になって考えてもみろ。日本酒職人が「下戸です」って言ったら普通に驚くだろ。そんな感じだ。察しろ。
「……あんた、あたしを馬鹿にしてない?」
「まぁな」
「否定しないって事は覚悟完了って意味なのかしら?」
ハルヒが握り拳を作ってこちらに見える様に振り翳す。その姿を見て俺は溜息を吐いた。
「……俺は……俺は、ずっとお前が羨ましかったんだよ」
「え?」
「ハルヒ、窓見てみ。今なら馬鹿面が映る筈だ」
やり返した満足感に笑ったら、額にスリッパが飛んできた。どこから出したんだよ、コレ。

 

「で? 何が羨ましいのよ?」
椅子に座って腕を組み、詰問口調はコイツのデフォなのだろうか。態度がデカいのは生まれつき? 実るほど、頭を垂れる稲穂かな、って良い日本語だろ。
「うーん、なんて言えば良いのか」
……ちょいと俺の中でも整理が付いていないんで聞きづらいとは思うんだが。
「宇宙人、未来人、超能力者……俺は残念ながら子供の頃からそんなモン信じちゃいなかった擦れたガキだったけどさ」
「うん」
「でも、居たら面白いだろうな、ぐらいは夢想しなくもなかったんだよ」
「……つまり、あたしがガキ以下だって言いたいワケ?」
スリッパ二射目が即座に装填される。待て待て。どうして、そうヒネタ受け取り方しかしないんだよ、お前は。
「言っただろ、羨ましかったって」
「だから、何が?」
「俺も、信じてみたかったんだよ。その、お前が言う所の不思議とやらをさ」
「……よく分かんない」
少女が首を捻る。だろうな。お前と俺じゃ多分物を見るレンズの規格自体が違う。勿論、俺とお前に限った話じゃない。誰だって、たまに似通っちゃいるが同一の視点を持っている人間なんざ居やしないだろう。
そんくらいは十六年ほど生きてきて理解したつもりだ。だからこそ、シンパシーを大切に感じる事も。
「お前みたくクソ真面目に、この世の不思議を探せる性格に産まれついていたら……少なくとも諦念なんかは抱かなくても済んだんじゃないか、ってな。そう思う訳だ」
「……要するにツマンナイの?」
「最近はそうでもないけどさ」
だが、お前のそれは砂の下に必死にロマンを追い求める考古学者みたいで、正直嫉妬の対象だ。
「アンタがあたしに嫉妬……」
そうだよ。だから、その涼宮ハルヒが宇宙人の存在を疑問視し始めれば、俺の調子も狂う。
「なんで、あたしの変調がアンタに関係有るのよ?」
太陽の女神様が岩戸に隠れちまった時、他の神様は皆大慌てだったそうだ。
「これ以上は聞くな」
「……っっ!?」
その顔を分かり易く赤く染めて……俺も臭い事を言っちまったと思ってるから引き分けって事にしておかないかと言い出す前にまたスリッパが飛んできた。鼻頭が痛い。
「んで? 何がどうしたらこの期に及んでお前が宇宙人を否定する様な事態になるんだ?」
スリッパを顔にくっ付けたまま、そんな疑問を投げかける俺はさぞかし滑稽だっただろうよ。ほっとけ。

 

「……今日は何月何日?」
「七月七日」
「七夕よ」
「さっきまで短冊に強制されて願い事書いてたんだ。言われんでも分かる」
「アンタ、また下らない願い事してたわね」
うるせー。アレでも俺的には石橋を叩いて叩いて叩き壊す慎重さと大胆さを併せ持って書いた渾身の内容なんだよ。
「でもね。あたしはキョンとは違うわ」
「はいはい、そうですか」
「あたしは真面目に考えて願い事を書いたのよ!」
「……あれ、マジな願い事なのか?」
思い返す。日本沈没とか、日本以外全部沈没とか、両方が同時に叶ってしまったら人類は水棲生物になる以外生き残る道が無いんだけどな……。
海底都市、ってのも浪漫か。だが、半世紀は気が早い。
「あったり前じゃないっ!」
「……いや、今更何も言わねぇけど」
「だから、叶って貰わないと困るのよ」
一つだって叶って貰っちゃ困りまくる様な短冊吊るしてるヤツの言う台詞では無い、絶対に。こんなんが神様だってんだから、俺がそれを頑なに信じない気持ちも察してくれ、誰かさん。
「なんか言った?」
いーえ、なんでも。下手な事を言ってスリッパのおかわりを貰うのは丁重にお断りさせて貰うとするさ。ソイツは一足で十分だ。
俺には足は二本しかないんでな。

「十六年後でも二十五年後でも、この際往復掛かって三十二年後でもまぁ、大目に見ようじゃない。でも、叶って貰わなきゃ困る事ばかり書いたの」
ばかり、って……笹に吊るしてあるの四つじゃねぇか。
「この笹だけじゃ勿論、無いわよ。商店街、大型デパートその他諸々。二十は吊るし上げたわね」
なるほど、最近テスト終了と同時にクラスを飛び出して行ったのにはそんな裏事情が有った訳だ。納得。それにしたって随分と強欲じゃないかい? ……聞いてねー。
「だってのに、その肝心の織姫と彦星が居なかったら、あたしの願いはいつまで経っても叶わない!」
ダン、と机が叩かれる。おい、お前の拳は鉛か何かで出来てるのか? かなり良い音がしたぞ、今。そうツッコミを入れようとして……息を呑む。
ハルヒが今にも泣きそうな……涙を必死に堪える子供のような横顔を見せる。モンだから、俺は得心した。
「それで神様よりは宇宙人の方が実在するかも知れんって話に繋がってくる訳か。だが、そもそも宇宙人が存在していなかったら……」
そっか。そういう事、ね。
ようやく理解したよ。コイツが何を思い、何を望み、なぜに諦めたのか。
今回の事件の真相は、こんな単純な子供染みた理由だったって、ああ、俺達らしいオチだぜ、全く。
……やれやれ。

 

愛すべき馬鹿、ってのはコイツみたいなヤツを言うんだ、きっと。
夢を忘れそうになって、短冊に吊って必死に空へ送り出したSOS。星に届いたかどうかは知らないさ。でも、星に届かなくても。

 

俺達には、ちゃんと届いたぞ。

 

 

だから……後は、任せとけ。

 

 

「ハルヒ」
出来る限り気に障らないような声を作って話しかける。
「何よ」
「お前、柄にも無く不安なのか?」
「……叶わなかったら本気で困るだけよ」
「そうかい」
「にも関わらず、宇宙人実在の証拠は全然見つけられない!! この一年半ちょっと、皆で力を合わせて一生懸命探したのに!!」
そんな意図が有った訳だ、このSOS団の今までには……って、ちょいと物言いが有る。
「野球大会とかプールとかは関係無いだろ」
「大有りよ。たまに息抜きする方が能率は上がる事くらい理解しなさい」
「……今、その理由取って付けたよな、お前も」
と、ハルヒの右手に更なるスリッパが装填されている事に気付いて俺は追加で喋るのを寸での所で押し止める。剣呑、剣呑。
「織姫も彦星も居なかったら……叶わないじゃない……」
おい、俺のツッコミはまるで無視か。気弱に見せといて、その実、結構いつも通りか、涼宮ハルヒ?
「叶わないだけならまだ良いわよ? 自分の手で叶えてやるだけだもの」
ふむ。お前にしちゃ賢明な意見だな。星三つをやるにもやぶさかじゃない。
「でも……もしもその願い事が、受け取り手の居ない笹に吊るしたせいで絶対届かない所まで行っちゃってたら……あたしはどうすれば良いのよ!?」
常識的なのか夢見がちなのか、どちらか一つに統一しろ、馬鹿。
「……叶わなかったら……本当に困る……あたし……」
「あー……えっとな。唇噛んで落ち込んでる所、心底悪いとは思うんだが」
「何よ?」
だから、事有る毎にスリッパを構えるな。俺も身構えちまうだろ。
「日々是平穏を願う俺にとっては真に残念至極なんだが、宇宙人は実在するぞ?」
「ハァ? どこに? 証拠は?」
長門を持ってきてコレが宇宙人です、とか言っても面白いかも知れないと、出来もしない事を一瞬考えた。頭を振ってその思考を吹き飛ばし、口を開く。
「ここに。地球人だって立派に宇宙人だろ」
「……馬鹿キョンに一瞬でも期待したあたしが愚かだったわ……」
だから最後まで話を聞かずに捨て置く癖を直せ、この阿呆。
「まだ、何か有るの?」
有るさ。取って置きの話が。唇を口内に引き込んで湿らせる。

 

さぁ、始めよう、企画発案、俺。実行、SOS団超七夕祭り運営委員会。
開幕のベルは……この際だ。幻聴でも構わないだろ?

 

「……あー、ある所に変な奴が居た。丁度、お前みたいな奴で、ソイツは宇宙人の存在を信じながらも、証拠を見付けられない事に苛立っていた訳だ、が」
「……それ、あたしを遠回しに馬鹿にしてない?」
良いから人の話は最後まで聞けって。
「ソイツとお前の違いはな、ココの出来だ」
トントンとこめかみを人差し指で叩く。少女の形相が一気に般若へと変わった。沸点低いぞ、ハルヒ。
「やっぱ馬鹿にしてんじゃない!」
「そうじゃねぇよ。ソイツはな……」
息を大きく吸い込む。ジメジメとした空気は、しかし笹の香りを纏わせて意外と爽快だった。ソイツを吐き出すと共に確信とも言える言葉を伝えてやる。

 

「数学者だったのさ」
「へ?」

「なモンだから俺達地球人の他に宇宙人が居る確率から、ソイツとコンタクトが取れる確率まで割り出しちまったんだな」
「そんなの分かるの?」
さぁな。俺にはその数式を理解するだけの脳味噌が足りてねぇから真偽は知らん。お前なら、もしかしたら分かるのかもな。
「……続けなさい」
「……なんだったかね。太陽みたいな恒星が発生する確率がどうとか、生命が発生するのに適した温度になる距離に惑星が存在する確率がこうとか」
「つまり、地球がどんだけレアな星なのか、って事ね」
うんうんと俺の言葉に頷くハルヒ。その顔は少しではあったが紅潮している。さっき泣いたカラスがもう笑ったとか言うつもりは無いが、その瞳にはトレードマークのキラキラ星が戻り始めている。良い兆候だ。
話に食い付いてきている。元々、コイツは宇宙に関して強い興味を抱いているからな。この機を逃しては役者失格。俺は畳み掛けるように続きを話す事にした。
「そんなトコさ。で、その星が存在している間に生命やら文明やらが発生する確率。プラス核戦争なんかで滅ばない確率。
でもって、地球人類が生存している同時期にソイツらが重なる確率なんかを掛け合わせたんだが」
「ふんふん」
「さて、その数学者はどんな答えを出したと思うよ?」
「……さっさと言え」
「痛い!」
スリッパを投げるな、この馬鹿!
「なら、勿体付けずに言いなさい」
「……解答は大分前に既出なんだけどな。気付かないか?」
「回りくどい!」
「甘い! ……ふふふ、逃げ回っていれば死にはしな、がふゥッ!?」
アゴにクリティカルヒット。こ……ここが戦場だったなら四回は死んでたな、俺。
「って、どっからどんだけスリッパを出してんだよ、テメェ! ポケットか!? 叩いたら叩いただけ物が溢れ出るデフレスパイラルへの救世主でも持っていやがるのか、お前!!」
「こんな事もあろうかと、って言えば大抵の物は用意出来る物なのよ! 最近の子は漫画も碌に読まないからそんな事も知らないのね! そら、もういっちょっ!!」
「止めろ、テメッ! だからスリッパは投げる物じゃなくて履く物だと言っているのが分からんのか、この阿呆団長!」
「だったらさっさと続きを言いなさいっ!」
弾雨の隙間にチラリと見えたハルヒの眼に百Wの輝きが戻ってきている気がした。俺は迫り来るスリッパの一斉射撃を学生鞄で残らず叩き落としながら叫ぶ。
「確率は零じゃない、ってな。割と有名な話なんだぜ!? お前が知らないのが不思議なくらいだ!!」
「論拠が見当たらないわよっ! ……なっ、キョンのくせに全弾回避っ!? 生意気だわっ!!」
「有るさ、証拠ならな! ハッ、そうそう当たる物ではないっ!」
「だから、それをさっさと言いなさいっつーの!!」
ハルヒが振りかぶって投げた亜音速の(ちょいと表現がオーバー過ぎるか)一撃は俺の反応速度を超えていた。鞄乱舞を掻い潜り、俺の眉間へと直撃。
「ちょ……直撃だとッ!?」
「出で来なければ……死なずに済んだのよ」
言いながら唇を触るカトル……違った、ハルヒ。オイ、どうでも良いが「勝利の後はいつもむなしい」とか言ってみてくれるか。
「じ……ジオン公国に栄光有れッ!」
爆発は撃たれてから時間差で起こるのを忠実に再現する。俺は死に台詞を残して椅子ごと後ろに倒れた。パイプ椅子の骨が背中に当たった痛みで我に返る。ああ、何やってんだ、俺達。
子供みたいだ。いや、真実子供なんだ。それでいい。今はまだ。
今はまだ……それがいい。

 

「わたしはここにいる」
部室の天井を見ながら、そう言った。

 

「は?」
「それが宇宙人が居る証拠さ」
「わたしは……ここにいる」
勘の良いコイツの事だ。これ以上の説明は無用だろう。
「分かったか、宇宙人は居るんだよ」
宇宙人の実在を求める方程式。その解は零じゃない。だって、もうこの星には地球人って言う名前の宇宙人が実在してる。
そうさ。俺達っていう前例が有る以上、少なくとも可能性は零じゃ、決して無いんだ。絶望は方程式を立てた時点で……夢を追い求めた時点で既に否定されてたのさ。

 

「でもってな?」
俺は椅子に座り直しながら続きを紡いだ。ああ、座る時に口から出る「どっこいしょ」に年を感じずにはいられない。……まだ青春真っ盛りの高校二年生だった筈なんだけどなぁ、俺。
「何よ。まだ何か有るワケ?」
「俺達がここにこうして生きている確率は奇跡の連続なのは分かって貰えたと思うんだが……ハルヒ、二度有る事は三度や四度じゃ済まないって知ってるか?」
それはもう、俺が毎回喫茶店の奢りを担う様に。奇跡は連鎖する。ぱよえーん。ぱよえーん。お邪魔ぷよを満載した赤玉はもう何十個と画面外で出番待ちしてるんだ。
「……知るか、馬鹿キョン!!」
そう唾を飛ばして叫びながらも、満足そうにハルヒは笑っていた。ああ、取り敢えず宇宙人の実在に関しては信じて貰えたと楽観的になっても良いかね。

 

「宇宙人は居なくも無い、って事は理解したわ」
そうかい。助かるね。これでお前の願い事は織姫と彦星に届くだろ。よし、万事解決……と、そんな都合の良い話は有る訳無い。
なんせ相手はハルヒだ。
「でも、居るかも知れない、よね。居るっていう確たる証拠では無いわ」
はいはい、そうですよ。俺もこんなんで誤魔化そうなんて……少しばっかりコレで今回の事件が終息してくれたらなとかは思わないでも無かったが。
そうはハルヒが卸さない、ってな。ま、お前の天邪鬼な反応なんざ予想の範囲内さ。どんだけ涼宮ハルヒって人間に付き合ってきたと思ってる?
信じたいけど、信じられない。だけど居たら良いなぁ、って高校二年生になっても子供みたいに思ってる。知ってるよ、そんなコトくらい。
「確かにな。……なぁ、もしもさ」
俺はそこら中に散らかっているスリッパを片付けながら呟く。
「もしも、未来人や超能力者が居たりしたら、宇宙人も居るんじゃないか、って思えないか?」
雨音に混じってハルヒの咽喉が鳴るのを聞きながら片付けを続ける。……どこからこんなにスリッパが出て来たんだろうな。
「あんた、未来人や超能力者を知ってるの!?」
朝比奈さんと古泉の事だとは……口が裂けても言えんよなぁ。溜息を一つ。やれやれ。そして、なんでこの馬鹿はそんなに嬉しそうに俺に詰め寄って来るんだよ。
気持ちは分からなくも無い所がまた、小憎らしい。
「知らなくも無いが、知っているとも言い難い」
「どっちよ!?」
アヒル口でぶー垂れる少女。お前は子供か。あ、ナリはともかく中身はガキそのままだったな。
「……喧嘩は売る相手を選びなさい?」
「いや、折角部室のスリッパを回収した直後にそのスリッパを全弾発射って、ここはどんな賽の河原だ。お前は鬼か。鬼なのか」
一つ拾っては朝比奈さんの為。一つ拾っては長門の為。……勘弁してくれよ。
「なんっつーのか、説明しづらいんだよな。具体的にこういう奴だ、って言葉にする事が出来ん」
「だったら百聞は一見にしかずよ! 今すぐこの場に連れて来なさい!」
……こう言えばこう来るだろうな、とかは思っていたが。しかし、台風直撃中、ちょっとした隔離空間である所の校舎でもってこんな事を言われるとは思いたくなかった。もう少し常識を持ってくれ。頼む。
皆はこんな困った女の相手はしちゃダメだぞ? そんな物好きは俺達だけで十分だ。
「台風来てますよ、ハルヒさん」
「それが何? 未来人や超能力者に会う為ならタクシーでも何でも使ってやるわよ!」
……そのタクシー代はどっから出す気だ、テメェ。
「決まってるじゃない!」
ですよねー。ああ、皆まで言うな。俺が凹む。財布クンとか誰かが陰口を叩いている幻聴が聞こえてきそうだ。……古泉、領収書切ってお前の機関に支払いは回すからな。
「で? どこに居るのよ、その未来人に超能力者は!?」
ソワソワと、落ち着かない様子でハルヒが辺りを見回す。……いや、流石に今回はロッカーの中から誰かがこんにちはしてきたりはせんと思うが。……しないよな?
「よし。取り敢えず落ち着け、ハルヒ。ハウス」
「犬扱いとか……覚悟は「うがふゥッ!?」出来てるんでしょうね?」
……出来れば警戒を促す発言の後でスリッパは投げて頂きたい。俺にも心の余裕とか身構える時間とかガ○ダムネタを仕込む時間とかが必要なんだ。
「卑怯? 戦場で暢気に構えている方が悪いのよ」
いつから文芸部室は戦場になったのかを小一時間ほど議論したい。
「さっき」
うん。ふざけろ。
「で!? ああ、もう! どこに居るのよ、その未来人に超能力者は!!」
今頃、両者共に河原で七夕祭りの準備中です、ええ。この台風の中を機関の人間まで借り出して仕込みの真っ最中。言い出したのは俺だが、しかしご苦労様な事だよな、なんて言う訳にはいかないだろう、やはり。
であるならば。さて、台本通りに動くとしますかね。
「分かったよ。だが、この台風の中をソイツを訪ねるのはゴメンだぜ?」
俺は鞄からケータイを取り出す。
「……何やってんのよ」
「見りゃ分かんだろ? メール打ってんだよ」
「誰に?」
「未来人」
嘘。実際は超能力者宛である。こちらは順調、っと。お、返信早いな。なになに……準備完了、か。ま、そっちは心配してないさ。なんせ、機関の全面バックアップに加えて長門まで居るんだからな。
「なんて返ってきたのよ?」
ハルヒが俺の背後からケータイを覗き込もうとしているのが気配と床に落ちている影の動きで分かった。俺はごく自然にケータイを尻ポケットに突っ込んで画面を見せない。ケータイは流石にプライバシーの塊だ。
「この台風で学校から出れてないらしい」
「ここの生徒なの!?」
途端に眼を輝かせるハルヒ。ああ、コイツ阿呆だ。知ってたけど、再確認。
「あたしとした事が抜かったわ……キョンにさえ見つかる様な間抜けな未来人に気付けなかったなんて……一生モノの不覚、末代までの恥だわ……」
いや、「orz」なポーズ取られても困るんだが。……あ、立ち直った。両手を天高く突き出して……何? エイドリアンとでも叫びたいのか、お前は?
「気落ちしていても仕方ないわ。って事で、早速突撃するわよ、キョン!」
「ちょいと待て、猪武者」
アクセルを全力で踏み抜いたスポーツカーも吃驚の加速で飛び出していくHARUHI360が俺の制止を聞く筈も無い。全力で壁に叩き付けられた扉は……そろそろ接続部が金属疲労で寿命だろう。
今度、古泉にでも言って直させるか。
「……ところで、あの馬鹿はどこに未来人が居るのかも聞かずに飛び出して……ああ、馬鹿だもんな」
腕を組んで納得である。うんうん。仕方ない。アイツはちょいとばっかり可哀想な子なんだ。一年以上の付き合いだ。これでもかと知ってるさ。
「うーん、どんくらい待てば帰って「キョン! 一体校舎のどこにその未来人は生息してんのよ!?」きやがったよ。予想より幾分早いお帰りで何よりだ」
全力疾走をしたハルヒは肩を上下させている。……お前、猪年だろ。もしくは牡牛座だな?
「まぁ、落ち着け、ハルヒ。未来人もそんな勢いで詰め寄られたりしたら速攻で未来に帰る」
蝉取りじゃねぇんだから、と内心で自分の発言にツッコんでみた。咳をしても一人。
「落ち着ける訳ないじゃない! 大丈夫よ。帰る暇も隙も与えたりはしないわ! こう、後ろからガバッと羽交い絞めにしたり……キョン、クロロホルムとか科学準備室に置いてないかしら!?」
やめて? ねぇ、普通にお願いするから。俺、この年で目に黒線とか入れられたくないっスよ、ハルヒさん?
「なら……声を掛けて相手が振り返り様、鳩尾に一発ね」
「同じだ、馬鹿野郎! いや、さっきの発言より悪化してるじゃねぇか、この犯罪者予備軍が!!」
聞く人が聞けば……いや、そうでなくても完全に誘拐犯の台詞としか思えないっつの。
「……むぅ。だったらキョンには何か良い案が有るワケ?」
「フツーに接触すりゃ良いだろうが、フツーに」
ツッコミ疲れてきたのが声に出る。頼むからトチ狂った発言はこれくらいにしといてくれ。十分付き合ってやっただろ? もうやめようぜ? 俺のライフは零よ?
「フツーって……つまんないじゃない」
「あー、ハルヒ。お前、ちょいと部室で待ってろ。俺が連れて来る」
「嫌よ! 団長自ら迎えに行くわ!」
そう言って胸を張る猪……もといハルヒ。鼻息荒いぞ。俺が幼稚園児とかだったら今のお前を見た時点で取り敢えず「にげる」を選択するね。
触らぬ神に何とやら。剣呑、剣呑。
「ダメだ」
「何でよ」
キラキラと眼を輝かせたままにぶー垂れる。器用な表情筋をしているモノだ。俺には出来そうにも無い。
「お前が行くと未来人が逃げる」
「そんなんやってみないと分かんないじゃ……」
「分かる」
一刀両断。だから、一々「orz」になるな。スリッパを投げるな。地味に痛いんだよ、それ。
「キョンのくせにっ! 上官に口答えする時は意見の前と後に『サー』を付けなさいっ!」
サー、嫌であります。誰が上官だ、ふざけんな、サー。
「ハルヒ、お前は取り敢えず、このスリッパを片付けろ。ファーストコンタクトだろ。きっちりしとかないとSOS団の悪評が未来にまで轟くぞ?」
北高に限って言えば隅々まで轟いてるけどな。
「そ……それもそうね。キョンのくせに、気が利くじゃない」
「後、お茶の準備でもしておいたらどうだ? ゆっくりと歩いてくるから、五分くらいを見ておいてくれ。その間に……まぁ、落ち着いておけ。な?」
俺は部室を出た。戸を閉めるとギチギチと金具から黒板を爪で引っかくような嫌な音がする。ああ、やっぱり立て付けが寿命か。日頃、暴力団長の標的になっている第二位だもんな。今度、直してやるからそれまで持ち応えてくれよ?
あ、ちなみに標的第一位は言わずもがなダントツで俺。誰か、このひび割れたグラスハートを優しく包んでくれないだろうか……結構デリケートなんだぜ、これでも。

 

「さってと」
男子トイレに入って伸びをする。あー、面倒臭い。だがまぁ、ホンモノの未来人を逢わせる訳にはいかないしな。
俺は古泉提供、スーツに身を包んだ。耳にカフス。……アレ? 最近、こんな格好しなかったっけって妙なフィット感。オカしいな……魅惑のジェネラルパーソンとか言いたくなってきた。
……まぁ、良いさ。俺は鏡を見ながら髪の毛をちょちょいと弄ってやる。ワックスとか付けると戻る時が大変だからパス。
勿論、こんな事でハルヒを騙し通せるとは俺だって思っちゃいない。だが、別に騙す必要は無い事にも気付いていた。
未来人が居たら面白いだろうなと、そう、もう一度思わせる事さえ出来ればそれで勝利条件はクリアなんだから。
だったらギャグで構わない。アイツを笑わせてやりさえすれば良い。
大体、アイツだって本当に俺が未来人と知り合いだなんて思っている訳は無いだろう。分かってる。アイツは諦めたくないだけ。
だからこその、あのテンション。強がりだって、そんな事俺だって気付いてる。
だったら俺は夢を見せよう。夢が夢でしかないって気付かれても構わない。
夢の中で「ああ、コレは夢だ」と気付く夢。明晰夢って言ったか。そんな感じ。諦めなければ、きっといつか朝比奈さんだってアイツに未来人である事を告白出来る日も来るに違いない。
そうさ。だから、ここで終わらせさえさせなきゃ良い。
こんな格好までしたんだ。繋げてやるさ、俺が。
今と、未来を。

 

準備完了、トイレを出て部室棟への道をゆるりと歩きながら、心に仮面を被った。今から俺はちょっとだけ未来人。そう、自分に言い聞かせる。
横殴りの雨に晒される窓に俺の姿が映る。着せられてる感が否めないスーツ姿ではあったけれど、少しいつもの自分とは違って見えるのは……コレがコスプレの魔力ってヤツかも知れん。
魔力でも何でも良いさ。そこに力が有るなら、借りさせて貰う。たった一人の少女に夢を見させる為なら、世界だって喜んで力を貸してくれるだろうよ。
部室棟の扉の前で深呼吸。俺の役者振りに世界の未来が掛かってるなんて言うつもりはないけれど。さぁ、準備は良いかい、一般人代表、俺!?

 

「いやいや、ここはお前の出番と違うだろ。残念だが誰がどう見ても役者が不足してるって言うに違いない。なんせ、相手は他称神様だ」

 

俺とハルヒ以外誰も居ない筈の校舎。渡り廊下に俺の物でもハルヒの物でもない声が雨音と共に響く。いや、俺の物じゃない、って言うと語弊が有るか?
「久し振りに高校の制服なんか着たね。マジで、この年齢になってこんな恥ずかしい格好させられるとは思わなかった。今のお前の姿よりも恥ずかしいのは間違いない」
振り向く。視線の先には男が居た。北高の制服を着て、苦笑いをしている。
「……やれやれだ、全く。既定事項がこの年でまだ残ってるなんざ悪夢でしかない」
眼が点になってんのが分かる。口は馬鹿みたいにあんぐりと開いて閉まらない。
「良い表情だ。そうでないと、こんな格好までした甲斐が無いよな」
ソイツは笑った。少しづつ、まるでさっきまでの俺みたいにゆるりとこちらに歩いてくる。
その姿は果たして堂々と。演劇で主役が壇上に上がるそれを思わせて。
「今日の為に髪の毛まで切らされたんだぜ? ああ、床屋代は古泉に払わせたけどな」
さて、世界の為に一仕事やってきますかね。そう言って男は俺の隣を歩いて過ぎた。止められない。止められる、訳が無い。
すれ違い様に後ろからトン、と肩を叩かれる。ほのかに柑橘系の匂いがした。
「役者交代だ。未来人との邂逅を望んだんだろ、アイツは。だったら、夢くらい見せてやらないとな」
俺はその場にへたり込んだ。背後で部室棟の扉がギィと開く。
「……び、吃驚し過ぎて腰が抜けるなんて漫画の中だけだと思ってたんだけどな?」
空笑い、渡り廊下を覆う雨に掻き消される。完全に予想外にして、これ以上無いくらい最強の助っ人。なるほど、アイツに未来人の実在を信じさせるんだったら、そりゃアンタ以上の適役はいないだろうよ。
未来人だとはとてもじゃないが信じられる筈も無い。だけど完全無欠に未来人。確かに、最高の配役はここぞと言う時に持ってくるのがセオリーだったな。
下半身には力が入らない。俺は首だけで振り向いて、親指を中空に高く翳した。
「頼んだ、未来人!」
爆笑。ああ、愉快でたまらない。未来人は今回ノータッチかと思いきや、こんな所でやってくれるとはね。完全に虚を突かれたよ、ああ、チクショウ。
ドッキリカメラにものの見事に騙された爽やかな気分だ、クソッタレ!!
ソイツは後ろ手にはたはたと手を振った。
「任せろ」
座り込んだ俺を残して文芸部室へと続く方向へ踵を返す。
「よぉ、連れて来たぜ。ご指名の、未来人だ」
誰も居ない校舎を反響してここまで声が聞こえる。俺は分厚い雲に覆われた空を見上げた。
「マジモンが来たら、そりゃ俺なんかの出る幕なんざ無いよなぁ」
狂った様な笑い声は、そりゃもう綺麗に雨音に流されちまった。

 

「さて、ご説明頂けますか、朝比奈さん?」
足腰に力も入らない格好悪い姿勢のままに俺はそう問い掛ける。渡り廊下の校舎側からぴょこんと見た事の有る顔が現れた。
この暴風雨の中でさえ、その微笑みに何の干渉も出来ないレベルアップしたアルカイックスマイル。朝比奈さん(大)のご登場だ。
「アイツを連れて来たのは貴女ですね?」
「はい」
強い風に吹かれる髪を右手で押さえながら彼女は言う。
「既定事項なんですけど、良い仕事したと思いませんか?」
「思いますよ、ええ。素晴らしいタイミングでした。お陰で腰がダメになりそうです」
少しづつ下半身に力を入れていく。まるで生まれ立ての馬みたいにカタカタと震える俺の両足。じゃじゃ馬グルーミンかよ、ってな具合。頑張れ頑張れー。
「未来人は時間にはちょっと煩いんですよ」
知ってます。ただ、今度からは素振り程度でも入れて頂けると助かりますね。俺の下半身の為にも。
「気付いていますか、私がここに居る意味に」
ま、なんとなくで良いなら。
「……未来は閉ざされちゃいない。ここで終わっちゃいない。続いている。そういう事ですね?」
何とか立ち上がって俺は答える。ああ、尻が濡れて気持ち悪いったら無い。
「その通りです。貴方達は、私達は、続いていくんですよ、ずっと」
そうさ。最初から分かっていた。朝比奈さんが居る以上、藤原が未来からの指令を受け取っている以上。
未来は決して閉ざされてなんかいない事。
「既定事項なんです。キョン君達がここで頑張ってくれる事も、全部」
「貴女達からしてみたら、既定事項でない事なんて無いでしょうけどね」
俺の皮肉にクスリと笑う女神。
「キョン君がこれ以降、何もしなかったら既定事項から外れますよ?」
そんな事しませんよ。ただ、俺としては自分達が仕掛けたつもりで居ながら、実際は全部ハルヒの奴に仕掛けられた祭だって事が少し気に障るだけで。
「嘘吐き」
近付いて来た朝比奈さんがそんな言葉と共に俺の額を指で弾いた。
「『楽しければ、それで全部チャラにしてやるか』。今のキョン君はそう思っているって聞きましたよ、彼から」
本当に、未来人ってのは全部知っているから始末が悪い。

 

朝比奈さん(大)は北高の校舎を「懐かしい」なんて言いながら、ふらふらとどっかに歩いていってしまった。
俺はトイレで服を着替え直す事にする。ああ、このスーツ、尻を汚される為だけに用意されたのだろうか。古泉、哀れ。合掌くらいはしてやろう。
「いや、卒業したら古泉から貰うんで、あんまり無下に扱うなよ? それ着て大学の入学式に出るんだからな」
「マジかい」
振り返れば未来人。って……おお。お疲れさん。
「いや、ハルヒの相手に関しちゃ懐かしいって気持ちが勝ってあんま疲れちゃいないな。それよりも制服を着せられた事の方が疲れた。精神的に」
そんなもんかね。……ん? ハルヒとは最近会ってないのか?
「そうじゃない。この年齢のハルヒとは、って意味だ。お前にもいずれ分かるさ」
だろうな。全く、誰よりもアンタが言うと説得力が有るね。
「だろうよ。俺以上にお前を分かっているヤツなんてそう居ないさ」
「違いない」
俺は未来を映す鏡と向かい合って笑った。
「で、なんで来たんだ? アレか? やっぱり既定事項ってヤツか?」
俺の問い掛けに男は笑った。よく笑う男だと思う。俺もこんな風になるのだろうか。どうも、思っていたよりもあっけらかんとしている感が否めない。
「それも有る。お前の馬鹿面を見たかったから、ってのも有る」
忌々しい。全くもって忌々しい。ああ、コイツがコイツでなかったら脱いだズボンを投げ付けてやる所だってのに。
「だが……一番はやっぱ今日が七夕だったからだろ。うん」
はぁ? 七夕がお前と何の関係が有るんだよ?
「そりゃ、決まってる。俺はジョン=スミスだからな」
……三年前からご苦労な事だ。飴食うか? 制服のポケットになぜか転がってたヤツだが。昆布味。
「要らん。今日は七夕だからな。全国的に今日は……良く知らねぇけど『願いが叶う日』なんだろ、きっとな」
「ああ……ああ、なるほど。納得」
律儀なものだと溜息を一つ。他人の事は言えないのも憂鬱に拍車を掛けた。
「アイツの願いは一つ叶えてやったぞ。って訳で特別ゲストはこの辺で退場だ」
ソイツは笑った。手を掲げる。タクシーでも停めたいのか知らんが、どこの世界の車が高校の、それも男子トイレを走ってるっつーんだ?
「未来の車に舗装された道は必要無いんだよ。外に付けてあるのさ」
「三年で車は空を飛ぶようになるのかよ。そりゃ未来が楽しみだ」
ハイタッチ。男子トイレの濁った空気を切り裂く様に破裂音が響き渡る。自分と握手するなんて孫の代まで馬鹿にされそうな経験だ。
「それじゃ再度、役者交代だ」
「任せとけ」
俺は未来に背中を押されて男子トイレを後にした。バイバイ、ジョン=スミス。三年後にまた会おう。

 


宇宙人に引き続き、未来人の話は終わった。さて、理解してるとは思うが後は超能力者の話だ。そう、これでこのグダグダなお話も終わりってな。

 

「あ、阿呆キョン、お帰り」
「帰ってくるなり阿呆呼ばわりは無いだろ、お前」
まぁ、そう言いたくなる気持ちは分かるけどさ。……ジョン=スミス、まさかとは思うがお前、失敗したんじゃないだろうな。
いや、それは無いか。未来からアイツが来た以上、この計画は成功してるって事だ。そして、それより何より、アイツは信じるに足る男だって俺は知っている。
自信過剰? 何とでも言ってくれ。
「未来人には会えたか?」
「ビミョー」
お得意のアヒル口でハルヒはそう漏らすも、満更でも無さそうに眼が笑ってるのはどういう了見だい? 思わず俺の口の端も上がっちまうぜ?
仕事はきっちりやってくれたみたいだ。流石は、未来人。俺じゃこう上手くはいかなかっただろうよ。今更届きはしないだろうが、感謝はしておく。サンクス。お疲れさん。
「大体、あんなので『自分は未来人です』って言われて納得する様な馬鹿居るの?」
少女が愚痴る。えっとな、ハルヒ。「あんなの」でも本当の本当に未来人なんだ。
当初の予定では未来人ですら無かったんだぜ? それに比べれば鯉と龍ぐらいの違いが有るとか……いや、詳細に説明は出来ないんだけどさ。
服を着替えただけの俺が未来人として登場するつもりだったんだ。馬鹿にしていた訳じゃこれっぽっちも無いんだが、当てが無かった末の苦肉の策ってな。それに比べれば破格の配役だろ、アイツは。
なんせ、お前が長年会いたがってたジョン=スミス御本人様だ。……気付いて貰っても困るが。
「……ん? あれ?」
どうした、ハルヒ? 鼻なんか鳴らしても笹の匂いしかしないぞ、此処。
「ううん、何でも無い……気のせいよ、きっと」
そうかい。ま、引っ掛かりくらいは覚えてくれないと、こちらとしても困るし言及はしないけどさ。
「宇宙人と未来人については……納得はしてないわね。キョン、超能力者はどうしたの!?」
ハルヒが俺をねめつける。声にこそ出さないものの「今度こそ本物を自分の前に用意しろ」と眼が雄弁に語っていた。右手がゆるゆるとスリッパに伸びていっているのは自重してくれ。
俺は壁に掛かっている時計を見た。時刻は八時を少し過ぎた辺り。別働隊との取り決めまでには少しばかり時間が有った。
「超能力者をお披露目しても良いんだけどな、ハルヒ。未来人はお気に召さなかったみたいじゃないか」
やれやれとオーバー気味に肩を竦める。少女はせせら笑った。
「あんなんじゃ今時、幼稚園児さえ騙せないわよ。せめてサンタの衣装でも着て来ないと」
「時期外れだろ」
「だったら平安貴族の格好して『彦星です』ぐらい言いなさい」
オイオイ。彦星はお前の話じゃ宇宙人なんだろうが。未来人で出て来たらそれこそ本末転倒も良い所……って、そんな事が言いたいんじゃないよな、コイツは。分かってるさ。
だがしかし、やられっ放しも悔しいのでちょっとだけ真実を言ってやる。
「お前が未来人に対してどんな感想を抱いたのかは知らんけどな。アイツは正真正銘、未来人だぞ。天地神明に誓っても良い。……神様なんざ信じちゃいないが」
「ふーん……何にでも誓える? 例えば……初恋の相手とか」
「親戚のねーちゃんは駆け落ちして音信普通だ」
「妹ちゃんは?」
「誓える……が、アイツに誓った所で何の束縛効果が有るってんだよ?」
相変わらずハルヒの考える事はよく分からん。この一見意味の(俺にはどう足掻いても)見出せないやり取りにもコイツ的には何か思う点が有ったようで、ふんふんと楽しそうに頷いている。
「そんなに疑わしかったかよ、未来人は?」
「まぁね。信じるのは……みくるちゃんぐらいじゃないかしら?」
ハイ、その人本物の未来人ですからっ! 残念っ!
……ネタが古いな。俺とした事が。
「ああ、もう! 過ぎた事はどうでも良いのよ! キョンっ、超能力者は用意してないの?」
「用意とか意味が分からない」
「ハァ? この流れは超能力者が扉を叩いて、『どうも、古泉一樹です』って来る流れでしょうが! 察しなさい、ニブキョン!」
……今のは冗談だよな……うん。
でも、その手の冗談は止めとけ? そんな「全部まるっとお見通しだ」的発言は、メタとかそれ以前に話の根底が崩れそうで怖い。背筋がゾクッとしたわ、マジで。
「なんだ? 古泉が良いのか?」
「そうじゃないわよ。ただ、あんな感じで颯爽と登場する超能力者は用意してないのか、って話じゃない」
少女が腕を組む。どこの面接官を気取ってるのか知らないが、偉そうだな。ま、そうは言っても用意してない事も無いさ。ああ、っつーか当然に準備はしてあるとも。
「さっき、超能力者にもツテが有る的な事を言ってたわよね?」
ハルヒが「越後屋、お主も悪よのぅ」なんて今にも言いそうな顔をしていた。期待している……されている。
「待ってました」と言いたいのを堪えるのは中々難しかった。
「あ? そんな事言ったか、俺?」
「言ったわよ!」
ハルヒがこちらに近付いて来たのは、恐らく締め上げて白状させる為。抵抗はしない。時間も……そろそろ引っ張らなくても良いだろう。
「さぁ、キリキリ吐きなさい!」
「ちょ……ハル……おま、マジで締まっ……ギブ! ギブッ!!」
堪らずタップ。気が遠くなって「この道300m先を右、お花畑」って看板が見えた所でようやく解放された。
お前の馬鹿力で締め上げたら普通に人が死にますとか、そんな恨み事を言うよりも先に空気を味わうので手一杯で。ああ、生きてるって素晴らしい。
呼吸、超大事。
「ち……超能力者は色々と限定が付くんだよ」
咳き込みながら、なんとかそれだけを伝える。するとハルヒは眼に見えて輝きだした。なんだ、今の俺の台詞に食い付く所が有ったのか?
名古屋名物手羽先並に、食える部分なんざ俺には見当たらないんだが?
「限定! アレね? こう、限られた空間でしか力が行使出来ないとかそういうのね? 何よ、キョンのくせに分かってんじゃない!!」
分かっててやってるんじゃないのか、とツッコミたくなった俺を誰が責められよう。まぁ? 古泉の能力はコイツに起因するものであるのだから、コイツが思い描く超能力者像であっても何の疑問も無いのだが。
しかし、釈然としないのは俺の心が狭いからか。そうか。そうですか。
「で? キョンの知り合いの超能力者はどんな場合にその能力を発揮するのよっ? ちゃっちゃと教えないとあたしの32mm砲が火を噴くわっ!」
スリッパじゃねぇか。いや、確かに威力は折り紙付きだけどさ。止めろ。止めて下さい、お願いします。
「……次のやられ台詞は『やっくでかるちゃー』かな」
「何もロボットものに固執する事も無いでしょ。『あべし』とか『ひでぶ』とかも分かり易くて好きよ?」
何の話だ、二人揃って。話が脱線してるぞ、馬鹿。
「あー、俺の知り合いの超能力者はな」
「ふんふん」
「その力を使える時間が決まってるんだよ。パートタイマー制っつーのか? あんな感じ。今日の所は八時半過ぎだな」
「……何、その中途半端な時間設定。二十四時と零時の狭間、辺りにしておきなさいよ。夢が無いわね」
悪かったな。お前だってラノベやら漫画やらの読み過ぎだ。大体、そうじゃないといけない理由が有るんだよ。
「理由って何よ。一応聞いてあげるわ」
あたしは心が広いからね、とホザく団長様。誰を比較対象にしてるのやら。どうせ、俺は心も器も小さいですよ。だが、分相応を知ってる時点でお前よりはマシだと思うね。うん。
「……今日の台風、この街を直撃すんだとよ」
「知ってる」
「直撃、って意味分かるか?」
「……死にたいの?」
まさか。俺は平々凡々に生きて畳の上で大往生が夢なのさ。だからフロントチョークは止めて? 続き喋れなくなっちゃうから、永遠に。
「あーもう! 何が言いたいのよ?」
「窓の外を見てみろって。何か、気付かないか?」
ニヤリ、口の端が上がっていくのを止められない。台風直撃中だってのに、さっきから風雨の描写をまるでしてなかったのは決して俺の怠慢じゃないんだ。
なぁ、そこんトコには気付いたかい?
「台風にはな……」
ハルヒが窓を振り返って言葉を失っていた。背中が震えているのは歓喜か? それとも驚嘆? どっちでも良いさ。
「『目』が有るんだよ。そして、直撃ってのは、それが上空を通るって意味さ」
部室の外、雨と風はその姿を隠しひっそりと夜は静まり返っていた。
まるで、これから俺達が何をしようとしているのか分かっているように。神様も中々粋が分かるじゃないか。

 

「雨……止んでる」
「一時的に、だけどな」
雲は変わらず立ち込めて、渦を巻いているのだろう。暗くて確認は出来ないが、星が見えないから恐らく俺が頭の中で思い描いた図で間違いない筈だ。
「台風の目に入ったんだ」
俺はハルヒの隣まで歩き、一緒に窓の外を見つめた。
「ベガもアルタイルも見えない……か」
ハルヒが呟く。俺は首を振った。縦にじゃない。横に。少女の言葉を否定した。
「見えるさ」
「……あんた、明日にでも眼科行って来たら?」
「いや、俺にも流石に今は見えねぇよ?」
「明日じゃ意味が無いの」
知ってる。七夕の今日だからこそ願いも叶うんだしな。それも含めて口にしたつもりだが、そうは聞こえなかったか?
「……どんだけ楽観主義なのよ、キョン。台風が過ぎるとしても零時過ぎになるわ。今年の七夕は残念だけど……流れちゃったの」
「決め付けんのは早い」
じっと夜を見つめながら呟く。
「お前は言ったな。無いなら創れば良い、って」
「それは部活の話。流石に星を創るのは無理よ。神様の仕事ね」
ああ、だから神様に仕事をして貰おうと思ってんのさ、ハルヒ。俺達で後押しはしてやるが、星を創るのはお前の仕事だろ?
「そうでもない。人間は過去に沢山の星を創ってきたからな」
超能力者の言葉を借りると、だ。
「人間原理、って言葉が有る。観測者が居なきゃ、そもそも何も存在しちゃいないって考え方だ。だったら、星を見つけた過去の人間が、星を創ってきたと言い換えれない事も無いよな」
より質の良い望遠鏡を使って新しい星を発見する。その作業は星を創るのとまるで変わらない、ってのは自分で言っていても極論が過ぎるとは思っちゃいるが。
「だーかーらー。無理だって言ってんでしょうが。もし仮に望遠鏡をどっかから持って来たとしても、こう雲が立ち込めてたら星を見る事すら出来ないのよ?」
確かに。なら、話を変えようか。
「台風ってのは結構局地的なものだよな。今日、この街は台風にもろ晒されちゃいるが、他所じゃ晴れてる所も有るだろう。七夕花火大会なんてのを今、丁度やってる所も有るだろうさ」
「あー、確かウチの市でも今年は七夕に花火大会を企画してたのよね。この空気を読まない低気圧の所為で延期になっちゃったけど」
部室のホワイトボードに貼ってある、A4サイズのチラシをしみじみと見ながらハルヒがボヤく。ソイツの周りには「女性陣浴衣着用!」と「台風のバカ」の二文が殴り書きされていた。
「キョン……あんた、まさか他が晴れてるから良いんじゃないか、なんて考えてるんじゃないでしょうね」
「少しばっかり考えてる」
俺がそう言うとスリッパで頭を叩かれた。脳天直撃、セガサターン。
セガのゲームは世界一だ。
「馬鹿じゃないの!? 他で晴れていようが花火してようが、あたし達が願い事を吊るした笹からベガとアルタイルへの直線状に雲が掛かっていたら願い事は叶わないのよ!?」
……まぁ、織姫と彦星のラブロマンスよりは目先の願い事の方を重要視する気持ちは分からんでもない。だが、あまり人をボカスカ叩くな。頭が悪くなったらどうしてくれる?
「映りが悪いテレビは叩いて直すモノなのよ」
人を昭和生まれの電化製品みたいに言わないでくれるか。
「あたし、ああいうの直すの得意なのよね」
「ざけんな。あんまり俺の待遇が悪いと超能力を見せてやらんぞ?」
「へ?」
ハルヒが俺を見上げて馬鹿面を晒す。
「……なんだよ?」
「……聞き間違いよね。いくらあんたが馬鹿だからって、自分は超能力者だ、とか中学生みたいな事を言い出す訳無いわ」
「そう言われると同じ言葉を繰り返すのが難しくなるんだが」
可哀想な捨て猫を見る様な目を向けてくる少女。止めろ。そんな目で俺を見るな。泣けてくる。
「……キョン? エターナルフォースブリザードが使えるのは十四歳までよ?」
あー、死にたい。自分で書いたシナリオを遵守しているだけで、このリアクションも予想の範囲内なんだが……死にたい。ロープは無いか、ロープ。人一人の体重を余裕で支えられそうなヤツ。
「……疑ってんのかよ」
「信じるようなヤツが居たら連れて来なさい。笑ってあげるから」
ハルヒが溜息を吐く。キョンの頭が悪い理由がようやく分かったわ、とか勝手に人を痛い子認定しないで貰えないだろうか。
「もうすぐ、八時半だな。あー、証拠を見せてやる。だから人を指差して涙ぐむのを止めろ」
俺は大きく息を吐いて、窓の外を見つめた。俺の視線移動に釣られてハルヒも顔を横に向けたのを視界の端で確認する。上出来だ。


「今から、星を創る」

呟いた。少女が沈黙する。俺の言葉の中に本気を見出したのだろうか。ま、冗談でも何でも無いからな。
「人に創れる星だから、大きさには期待すんな。だが、数は保証する」
尻ポケットでケータイが着信を告げるバイブレータ。首尾は上々。後は仕上げをごろうじろ、ってな。

 

さぁ、始めるぜ、SOS団。自分から神様少女の下に集った、お人好し連中!

 

 


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