「長門さん、まつげ長いよね」
放課後。当番制の教室掃除を行っていた私に、同じ掃除当番のクラスメイトが声をかけてきた。
「やっぱそうだよね。ほら、ちょっとうつむくとまつげの影が頬に落ちるの」
「え、あ、ホントだスゲー。マスカラしてないよね?」
「お肌もつるつるで色白だしねー。なんか手入れしてるの?」
次々と女生徒が集まってくる。
「特別なことはしていない」
身体的な造形は思念体が人間と相違ないよう作られたものだし、入浴や洗顔も基本に倣ったようにしか行っていない。
「ほんとに?!なにもしないでこのプリティフェイスかぁ…」
「うらやましい事山の如しってヤツですな」
「うちらが塗りすぎなだけな気もするけどねー」
掃除もほぼ終わり、あとはごみを捨てに行った男子生徒を待つだけな今、お喋りに夢中になっても咎められることはない。
しかし、こんなにまじまじと顔ばかりを注目されるのは、私にはあまり経験がなく、得意なことではない。
「ん~…そうだ!ねぇ長門さん」
なに?
「あのね、えっと…お化粧とか、興味ない?」
 
現在、掃除が終了した教室の私の机の上には、様々な化粧道具が並べられている。
私のものではない。全てクラスメイトの所持する小さな巾着から出てきたものである。
「なんでアンタ今日こんなに道具持ってきてんのよ。」
「だってこれからデートだもの。あ、長門さんちょっと視線下向けて?」
形状がはさみに似ていてるものでまつげを挟まれ、少しづつずらしながらそのまま持ち上げられる。それを数回繰り返された。
「大学生の?」
以前に、大学生の恋人が出来たと携帯電話で撮影した写真を見せられたことがあるのを思い出したので聞いてみる。
「そう!前に写メ見せたあの人!あっちのバイト終わってからだから待ってなきゃならないんだけどね」
「え、アンタあのバーバリーとまだ付き合ってんの?!」
「チェック柄ばっか着てるよねーあの人。あんま似合ってないよって言っといてよ」
「良いじゃない、私はそんなださいところもまとめて好きなんだから」
「あーハイハイごちそうさまですぅ」
 
どうやら、いわゆる『ラブラブ』な状態らしい。少し羨ましい。
…羨ましい?なぜ?
 
「あ、ねぇ、長門さんは好きな人いないの?」
 
………一瞬、誰かの姿が頭をよぎった気がするが思い直す。私は、そのような気持ちで彼と接しているわけではない。
「…特別な好意を抱いている異性はいない」
「え、部活の彼とかは?」
「あの人は涼宮さんの彼氏じゃん」
「あ、そっか」
二人が聞いたら顔を真っ赤にしながら否定するだろう。それは、見てみたい…気がする。
「古泉君はどうなの?彼女いるとか?」
「そりゃいるっしょ、あんだけイケメンなら」
「だよねー残念だわー」
私が答える前に自己解決してしまった。
ちなみに以前にも彼女達は同じ質問を私にして、回答を自分達で出している。
 
こんな話をしている間にもクラスメイトの手はよどみなく動いたままで、私のまぶたや眉に鉛筆で書きこんだり、唇になにかを塗ったりしていた。
そして…
「ん、よし完成!どうどう?鏡見てみて長門さん」
作業が完了したらしい。広げた折りたたみ式鏡を手渡される。
「長門さん元がいいからあんまいじれなかったよ。ちょっとビューラーでまつげあげてライン入れて、眉整えてチークと口紅つけたくらい」
「グロスもポイントで付けたじゃん。ほら、唇つやつや」
「ほんのりほっぺが紅いのが萌えですなぁー♪」
鏡に映る私は、まつげが上向きになったことと、目じりに黒い線が引かれたことにより瞳が大きく見えるようになっている。唇もふくらみ、みずみずしい。
頬に赤みが入ることで顔に立体的と柔らかさが生まれている。
 
「どうかな…?気にいらなかったら言ってね?メイク落としシートもあるから」
「なんでシートまであんのよ」
「デートだからでしょー?」
無言の私が怒っていると思ったらしい。不安げな表情で訊ねられた。
「ありがとう。…素敵」
私のためにしてくれたことだ。嬉しい、そう感じた。だから礼を言った。
「よかったぁ、こっちこそやらせてくれてありがとね。前から長門さんはもっと可愛く出来るなぁって思ってたのよ」
「それは言えてるね。ダイヤの原石ってヤツですからな」
「それだねーダイヤの原石。あ、長門さんうちにメイク落としある?試供品で貰ったの持ってるからあげるねー」
 
私という個体は、涼宮ハルヒとその周辺の観察を重要視して作られているため、人間とコミュニケーションを取る能力が不足している。
その問題があったため、私のバックアップに朝倉涼子が配属されていたのだ。
しかし、涼宮ハルヒや彼、朝比奈みくる、古泉一樹、それに彼女達も。私の短所を理解し、それに合わせてコンタクトを取ってくれる。相手を思いやり、理解しあおうとする。
これは思念体にはない行動である。
もしかしたらそこに、自立進化の鍵があるのかもしれない。
 
「長門さんはこれから部活だよね?」
「そう」
「今年も文化祭で映画撮るの?」
「まだ分からない」
「古泉君とみんなによろしくねー」
「伝えておく」
自身の化粧もあっという間に終えたクラスメイト達と一緒に教室を出て、廊下を歩く。
人の少なくなった校舎に、彼女達の声はよく響く。
「それじゃ長門さん、また明日ね」
「バイバーイ」
「ばいちゃー」
階段を降りた曲がり角が別れ道だ。私は部室に、彼女達は昇降口へ。
「…ばいばい」
彼女達に倣って、私も挨拶をする。小さく手を振った。
「…な、長門さんがばいばいして手までふってくれた!」
「レアレア!チョーレアじゃね?!」
「写メ撮っとこうよ写メ!ケータイどこー!?」
こんなに騒がれるのは想定外…。まだ、彼女達への理解が足りないようだ。
 
 
部室までの廊下を、一人で歩く。
クラスメイトが私にしてくれた化粧を、はたして部室に揃っているであろうみんなは気づいてくれるのだろうか。
おそらく「ワクワク」「ドキドキ」に該当するであろう感情の芽生えを感じながら、私はいつもの部室へと急ぐのだった。
 

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最終更新:2009年07月05日 23:42