(この作品には原作には名前しか出ていないキャラクター及び、佐々木の母親が登場します。そのため、そのキャラクター性は想像です。ほとんどオリジナルキャラクターです。よってあらかじめ了承できない方はご遠慮ください)
「ハッピーニューイヤーササッキー!アンードフォールボールプリーズミー!」
さて、どこからツッコミをいれるべきかしら。ミス,オカモト。
そうね、まずは「ハッピーニューイヤー」の部分から言おうかしら。今日はまだ十二月三十一日であり、世間一般では大晦日と理解されているのはおわかり?ほら、テレビを点ければ、毎年恒例の赤と白のお祭り歌謡合戦が開催されているはずさ。
次は「アンードフォールボールプリーズミー」の部分をいかせてもらうわ。フォールボールつまりお年玉と言いたいのだろうけど、お年玉と言う単語は実際にイングリッシュになっているから、本来は「ニューイヤーズギフト」と発音するべきだよ。
そして一番気になったのは「プリーズミー!」の部分でもあるのだか……なぜ私があなたにお年玉を渡さなければならないの?確かに弥生時代ぐらいまで家系図をさかのぼれば、あなたとは親戚でもある可能性があるが、お年玉の有効範囲など、せいぜい三世代くらいだと思うのだけど。
そして最後に、
「なんか用?」
電話越しで、今年度一番厄介なササッキー友人大賞に文句無しで受賞したミス,オカモトが(他ノミネートにキョン・国木田)盛大な溜め息を吐いたのを察知できた。
『ササッキーってさ、絶対人生損してるよ?』
大きなお世話だ。
またもや溜め息。溜め息を吐きたいのはこっちだ!受験生である私の貴重な勉強時間にかけてきた電話がこれかい?
「用がないなら切るぞ」
少々冷たい気がするが、このくらい言わなければイタ電が夜通し鳴り止まない展開になるに決まっている。それに私たちの内では、これぐらいは暴言の内には入らない。
「なんだ佐々木?もしかして岡本からか?」
ああ、親友よ。その素晴らしき第六感をこんなところで発揮しないでくれたまえ。君が僕の家で勉強会をしてると彼女が知ったら……
『きゃー!ササッキーたらヤーラーシーイー!キョンくんと2人っきりでどんな勉強会をするつもりぃ?!』
こうなるに決まっていやがる。2人っきりなわけがないでしょ?母さんと父さんが家で晩酌してるわ。
『えーでもさー、キョンくんと2人っきりの方が良かったんでしょー?』
ここでいつもの如く「私たちはただの親友だから、そんなんじゃない」と突っぱねるべきだったのだが、一瞬だけ返事に躊躇したのは、私にとって今年最後の大失敗だった。
『やっぱりー!このエッチ!中学性の分際で不純異性交遊なんて、お姉さんが許しませんよ!』
いい加減何を勘違いしているんだ?このアマ。つーかあれか、中学性の分際で飲酒しただろ、岡本。
『こんぐらいじゃ酔ってないもーん』
本気で面倒くさくなったので、「そう、じゃあ良いお年を!」と、無理矢理電話をガチャ切りしておいた。おっと、この際だ。電話線も抜いておこう。
「さぁキョン。僕の部屋へ帰り、勉強会を続けようか」
キョンはやれやれと肩を竦めたが、私と彼女の関係はこんな物なので、特に気にせず階段を登っていった。
その直後、唐突に玄関からインタホーンが鳴り、同時に何だかとても嫌な予感がしたが、ここで私が災厄を招き入れなくても、どうせ母が彼女を(面白がって)招き入れるはずだ。勘弁してくれ。受験生なら勉強しろ勉強!
「ヤッホーササッキー!会いたかったよー!」
大方の予想通り、玄関先にいたのは岡本さんだった。あっそう。なんか用?
「んーとねー、ササッキー達と新年を過ごそうかなーって。てへっ」
決定。このアマ、マジで飲酒してやがる。じゃなきゃ素面で「てへっ」なんか言えるか。
「あ!キョンくん!あけましておめでとうございます!」
「まだ年は開けてないけどな」
あぁキョン、頼むから淡々と受け答えをしないでくれ。
「大丈夫大丈夫。あたし1人じゃないから。心配しないで」
なにを心配すればい……は?
「あたし一人じゃない?」
なんだ?そのしてやったりみたいな不快な笑みは?別に待ってなどいないから。
「じゃーん!国木田君!いやーみんなでササッキーの家で忘年会をしようって言ったら、すぐに来てくれたよ!」
見ると岡本さんの背後には国木田がおり、ニヤニヤと不快に笑っていた。
「勝手に忘年会を開催するな!」
「じゃぁ勝手じゃなきゃいいんだね。すいませーん!ササッキーのお母さん!忘年会させてくださーい!」
そう来たか。そう、母は現在酔っている。それは正確な判断力を失っていることと同義であり、母の性格上、
「いいわよー。どうせならビールとおつまみを持って行きなさーい」
「ありがとうございまーす」
ということになるわけである。と言うよりお母様。中学生に飲酒を薦めるな。
その後の事を少しだけ語ろう。岡本さんは母から仕入れたビールとおつまみを私の部屋に持ち込み、法律に真っ向からケンカを売るつもりで浴びるように飲酒をしていった。
こうまで飲みまくる姿を見ると、なにかヤケ酒したくなるようなことでもあったのかと疑いたくなる。もっとも、彼女の事だから何にもなさそうだが。
そしてお客様その2の国木田だが、こいつは悪魔だ。酒の悪魔だ。目の前のグラスに注がれたアルコール入り黄金色の炭酸水を、物の数秒で吸収し、ドンドンと注ぎ続けている。あれか?水みたいな物ってやつか?
ちなみにキョンだが、先ほど国木田と岡本さんに無理矢理グラスを煽られ、忘年会開始数秒でノックアウトしてしまった。酒に弱いのだろうか?
……私?私は上手く飲むふりをしながら、グラスには殆ど口をつけてないさ。ま、騙す相手は酔っ払いだけだ。そんな連中を欺くくらい、私なら造作も無いさ。
それに酔って醜態を晒すなど、私には耐えられそうに無いからね。
そんな形で今年最後の年越し勉強会を邪魔された私だが、不思議と不満は感じていない。
私だって人間だ。勉強を忘れ、こうやって友達と夜通し遊びたくはなる。たまにだけどね。
「さて、あと一時間ほどで新年か」
四人で始めて宴会も、気を保っているのは私だけ。私はただ一人、部屋に散らかるゴミくずたちの処分を始めた。
部屋の中に月の光が差込み、やけに幻想的で青白い光が私たちを照らしている。
「今年もいろいろあったな……いや、今年「は」かな」
この世界に生を受けて15年と数ヶ月経つが、この一年間ほど密度のある一年は無かった。
四月にキョンと出会い、五月には彼が好きになり、六月には私の短所を晒すハメになった。
七月は私にとって忘れらない思い出になったし、八月の流れ星はキレイだった。九月は恥ずかしかったな。
十月も恥ずかしかったな。十一月は久しぶりに母に怒られ、そして今日、心許せる友達たちとお遊びみたいな忘年会を開いた。
「うん、よいお年だったね。今まで生きてきた中で、一番人間らしい生活を送ってた。その自信がある」
泣いて、笑って、怒って、楽しんだはずだ。
「……う~ん」
私の感慨を壊し、突如、キョンがその場に立ち上がった。その目は泥酔者特有の空虚な目だ。どうしたんだい?
「……国木田ぁ~」
うわぁ!っと、無様な悲鳴をあげてしまった。
それもそのはず。僕を国木田と呼び間違い、なぜか生まれたての小鹿のように僕の方に歩いたかと思ったら、いきなり僕の方に倒れこんできた。足元にビール瓶があるってことは、こいつが加害者か。
「いたたたたた……。ワリ~ワリ~」
すぐに飛びのいて僕の上から退いてくれた。痛いのはこっちだ!確かに一瞬ドキッと心臓が脈打ったが、同時に肘鉄が腹に突き刺さったんだ。痛みでときめきなんか一瞬で吹き飛んだよ。この野郎。
「誰ダ~?俺を転ばせたのは~?」
そのビール瓶だよ。と言ってやろうと思ったが、この時、僕の頭に、良からぬ姦計が浮かび上がった。あー、テステス。マイクのテスト中ー。あーあー、本日は晴天なりー。こんな感じかな。
「キョンは本当にドジだね。そんなドジ、佐々木さんが知ったら嫌われるかもよ?」
ちょうど僕を国木田と勘違いしてくれたんだ。少しからかってやるか。
くっくっ、さぁ!どう出る親友!
「そいつは……嫌だな」
「どうして?」
会話が直線的で脈絡が無い気がするが、相手はどーせ酔っ払いだ。気にしないでおこう。
「だって俺、あいつが好きだし」
「……は?」
今、キョンはなんて言った?僕がす、好き?
「うわ、キョンが素直だ。気持ち悪いな」
「うっせ~国木田ぁ~」
と、とにかく落ち着いて真意を問いただそう。この好意が「恋愛」の好意とは限らないしね。フラクラ王の彼のことだ、喜んだところで「親愛」の感情ってオチが待ち受けてるハズだ。絶対。
「みんながみんなあいつを変人とかなんとか言うが、俺はそうは思わん。あいつはただ……寂しいだけだ」
「……寂しい?」
「そう、寂しい。ちょっと前に二年生だった時のあいつのクラスメイトにあったんだが……佐々木は二年ん時、まるで笑わなかったらしいぜ?」
……そうだね。思い出の中の笑顔は、いつもキョンたちと一緒にいた時だけだ。一年生二年生のころは、まるで無表情だった。
もちろん意図的だ。僕は誰かの荷物を持ってやれるほど強くないし、持ってもらえるほど弱くはない。
「俺の中での勝手な解釈だが、あいつの特殊なしゃべり方は、誰かに注目して欲しいからじゃないのか?」
愕然とした。
はっきり言って、僕はそんなつもりは毛頭ない。だが、それ以上に覚えがある。ありすぎる。
僕は今まで、相手と同じ目線に立つためにこんな会話の仕方をしてきた。そのつもりだ。
だが、もしキョンの言うとおりだったら?
私は誰かにかまって欲しい?他者を拒み続けた私が、自分から他者を求めている?
「うん、そうかもね」
……そうよね。じゃなきゃ、私はこんなことをしない。今頃、一人寂しく勉強をしていた。「寂しくなんかない」と、自分に嘘をつきながら。
「だろ~?かまって欲しいからあんなおかしな言葉遣いをするなんて、うちの妹みたいだよな~」
うるさいな。いいだろ別に。
「人間が他人を求めるなんて普通のことだ。佐々木はただ、それの仕方が苦手なだけだ。ま、そこが可愛いんだよな~」
どうやらキョンは酒を飲むと、こんなに素直になるようだ。よし、今度からもてなしのお茶に少量のアルコールを混ぜてみようか。
「じゃあ告白すれば?佐々木さんだったら絶対オーケーするよ」
さぁ!ラブワードカモンカモン!
「ばーか。あいつは寂しがり屋だって言っただろ?もし告白が上手くいったとしても、その先はどうなる。あいつはなりふり構わず恋人を求めるだろうね。こんな時期にそんなことになってみろ。あいつの人生は破滅だ」
……うん。間違いないね。僕ですら気が付かなかった心根を看破したような人だ。絶対甘える。甘えないわけがない。
「好きだからこそ、あいつの進む道を狂わせたくない。だからこの思いは俺が墓の下に持っていく。そう決めたんだ」
その時のキョンの顔を、私は確かに見えた。
彼は……泣いていた。
「それでいいの?」
「いいんだよ。俺一人が悲しんで済むなら、それでいい」
好きだからこそ、私とは付き合わない。彼はそう言ってくれた。
……そうよね。私は、こんなバカみたいに人の良い、優しい彼を好きになったんだ。
「そう……それでい……い……」
途切れ途切れに言葉を呟き、彼は電池の切れたおもちゃの様に、その場に寝こけてしまった。
「まったく。君は本当に人騒がせだね」
僕の心をここまで燃え上げさせといて、自分からフェードアウトするなんて。
「……どうやら本当に寝てしまったようだね。人の気も知らないで」
やれやれ。君の寝顔を見ていると、僕もなんだか眠くなってしまったようだ。
僕はベッドから自分の毛布を引っ張り出し、キョンを起こさないようにかけてあげた。おっとキョン、もう少し詰めてくれたまえ。僕が入らないだろ?
「それではキョン。僕も寝させてもらうよ。おやすみ」
毛布の中はキョンの体温で気持ちいい温度まで温もっていたから、僕は何の苦もなく夢の世界に行けた。
これから先の未来、もしもあなたが私をまだ好きでいてくれたなら……もう一度、言ってくれる?
完