第二話 到来

              ――――――キョン――――――

すっかり忘れていた。
いや、宇宙人を見にいく事に対してじゃない。
団活終了間際、長門に「終わったら待っていて」と伝えられ、二つ返事で了承した。
長門が俺に用件を教えてくれるまで頭の中では様々な予想が錯綜していた。

―――もしかしたら、明日は見に行くの禁止とか…
―――いや、多分愛の告白…これは一番ないか…

そんな俺の中の思惑とは裏腹に長門は大層意味不明・用途不明のお薬を処方してくれた。

「超猿剤、か…」

ベッドの上に寝転がりながら、透明なプラスチックケースの中の物をまじまじと見ている。
黒と黄色…いや、金色か? いかにも裏社会の闇ルートで流通していそうな程の怪しいカプセル状の薬。
こうして見たならば薬物と見紛う雰囲気を醸し出している気もするが、実際この薬についての情報を知れば麻薬と大して変わりないような印象を受けた。
"ちょうえんざい"と読むこの薬は、そう遠くない未来で開発された物らしい。
未来という事は、このアイテム…なかなかの代物なのかもしれないな。
細かく説明を受けた訳ではないが、所謂ドーピング作用を引き起こす薬であるらしい。
こんな見た目ちゃっちい物で体が強化されるとは…未来人はマッチョだらけか? 気持ち悪いな。
だが、長門が話してくれたのはそこまでで、ドーピング以外のことについては何も教えてくれなかった。
まああっちにも色々事情があるのは俺も今までの経験で察するけどさ、やっぱり気になるよな。
最後に「今はまだ使わないで」と言われたが、俺だってこんな怪しい薬、自ら好んで使う程のチャレンジャー精神は身につけていない。
見るのもなんか飽きてきたのでそれを再びポケットに突っ込み、天井を眺めていた。
その体制をずっと保っていたが、いつのまにか目の前が暗闇に包まれた。


              ――――――――――――――

それは降り立った。
周囲の草木を派手に薙ぎ倒し、一掃する。
円盤と呼ぶには、あまり似つかない形状をしているが、明らかにそれは宇宙船であった。
船体から脚のように生えた数本の細い支えがしっかりと地面につくと、横のハッチが緩慢な動きで開いた。

「ここが、地球ですか」

中から姿を現したのは、浮遊するポッドに乗っている小柄な怪物であった。
目立つ特徴といえば、頭の横には黒く短い角が左右に生えており、黒い唇。
薄紫色や、紫色等の色が体中に目立っている。
その見た目に合わない冷静かつ大人びた口調が、妙な圧力を周囲に振りまいていた。
しばらくすると中からぞろぞろ数十名の人影が巣穴からでてくる蟻のように出てきた。
いずれも体は人のように二足歩行、両手があるが、頭部が蜥蜴(トカゲ)のようであったり見た目人に近いが、皮膚の色が橙色や緑色であったりと様々であった。
大多数の宇宙人は片腕にブラスターのような物を嵌め、左眼には謎の機械を装着している。
「申し訳ありません、フリーザ様。当初の着陸予定の位置から大きく外れてしまったのに加え、ザーボン様、ドドリア様の乗った船をも見失ってしまいました」
蜥蜴頭の宇宙人がポッドに乗った宇宙人、フリーザに困り顔で謝罪をする。
それに対し、フリーザは穏やかな笑みで答える。
「いいのですよ、彼らもきっと何処かにいますよ。早速落ち合いましょう」
「は、はい。では―――! スカウターが反応しております! 数は…少数です、いずれも戦闘力は100近いと」
その場にいたほぼ全員の顔につけている機械が電子音を鳴らしている。
「100ですか、私の知る限りでは地球人の平均的な戦闘力は6くらいであったような気もしますが、少しはできる奴もいるみたいですね」
浮遊ポッドに乗ったままフリーザが更に前に出る。
「まあ最もゴミであることに変わりはないのですが…相手にするのが時間の無駄です」
「!! おい皆、離れるぞ! フリーザ様が"やる"おつもりだ!」
一人の掛け声で宇宙人達は皆、フリーザから距離をおいた。
それを確認すると、フリーザは自分の横へと掌を向ける。

刹那、眩い閃光と共にその掌から青白く光る極太の柱が形成され、フリーザはそこからほぼ180度腕をゆっくりと薙ぎ払った。

その動きに准じて柱も移動、木々を一瞬にして消し飛ばし、数秒後には何一つない綺麗な新地が出来上がった。
土を晒した地面は仄かに黒煙を吐き出している。
「流石フリーザ様だ…あれでまだ5%も力を使っていないのだから凄過ぎる…!」
「…な! まだスカウターの反応が消えていない! どういうことだ!?」
再び彼らの"スカウター"と呼ばれる機械が大いに反応していた。
各々が戸惑いの色を隠せていない。フリーザも、
「おかしいですね…確かにこの方向でまず間違いないのですが…」
怪訝な表情を浮かべ土が丸出しになった所をフリーザは耽耽と見つめていた。

そう、その見つめていた視線の先に突然、数十名の人影が姿を露にした。


              ――――――キョン――――――

カーテンの隙間から陽のの光が差し込み俺の顔を優しく撫で下ろす…。
その向うでは木の枝に止まった雀達が朝を告げるかのように歌っている。
なんていい朝だろうか。
時計を見ればほら、長い針と短い針が丁度真上で一つに重なっているぜ。

…完璧に寝過ごしてしまったようだ。
一瞬状況の判断に遅れたが、枕元の携帯を手探りで掴んで、時間を再確認すればこれだ。
午後12時。なんて馬鹿なんだ、俺は。
何故か目覚し時計は昨日妹が強奪していったが、俺は余りの興奮で滅茶苦茶早く起床すると自負していたが…甘かったか。
予想以上に心地よく睡眠をとっていたのだ。
…まずい! 非常にまずくないか、これ。
いつもなら起床(妹に起こされた場合は除く)したあと、しばらくはベッドに座って放心状態が続くのだが、一気に意識が覚醒した俺は飯も食わずに外へ飛び出し自転車に跨った。
こうなれば空腹感なんてまるでなくなる。
人間が結構適当に出来ていることに感心しつつ、ペダルに足を乗っけ、漕ごうとした時であった。
「ん? 何だこれ」
ポケットの中に何やらゴツゴツしたものが入っている事に気がつく。
躊躇なく取り出してみれば、何てことのない、あのカプセルのケースだった。
そういえば昨日寝る前にそのまんまポケットに入れたっけな…。
…今更家に戻って置いてくるのも面倒だと思った俺は再びペダルを踏み、漕ぎ始める。
まだ戦いが終わっていないのを祈るばかりだな、全く…。

そしてここで誰かさんに俺を目撃されるのは規定事項なのであろうか?

誰かさん? そんなの宇宙人、未来人、超能力者がいなければ一人しかいないだろ。
まあ、この時の俺はその視線に微塵も気づくことはなかった訳だがな。


              ――――――???――――――

何時以来だろうか。TPDDを使ったなんて。
一応これ専用の特殊な酔い止めは飲んだが、それでも微妙に吐き気がする。
…にしても、空気がなんとなく懐かしいな。
まさにタイムスリップしたって感じだね。
つか、そんなことより、初っ端からあんな殺人レーザーなんて止めてほしいぜ。
ただでさえこっちはインターフェースを含めて20名程度しかいないってのによ。
ここ一帯の空間を隔離してなかったら多分半径数キロに渡って長巨大分度器が出来てたところだ。
ああ…インターフェースがいなかったら出落ちだよ、カッコワリいーな、おい。
「もうシールド解いていいぞ」
「分かった」
俺たち全員を隠蔽する為に囲んでできたドーム型の不可視の壁はキラキラと煌く粒子を振りまきながら消滅した。
証拠として相手側からもこっちが見えるようになったみたいだ。
最初に俺たちを隠す理由? そこまでしっかりとした理由は持ち合わせてないな。
強いて言えばちょっとしたビックリショーだ。
こっちだって凄いんだぞ! と言うアピールさ。
現にあちらだってあんな派手なレーザーショーで楽しませてくれたんだからな。
…さて、そろそろあいつらと話すか。
まあ、どうせ講和条約を結びましょうなんて持ちかけたって結局は殺し合いになる気がするんだがな。

一歩踏み出すと、後ろの大勢の部下たちも俺に習って一歩を踏み出す。

それに伴うかのようにフリーザ達もこちらに歩んでくる。いや、あいつは乗り物か。

空気が重く、まるで混沌が周囲を渦巻いているかのようだ。
こんなに空は晴れていてもちっともいい気分なんてしない。そういや、今のこの時間平面ではそろそろ七夕だろ?
そう考えると色々とこう、複雑な気分になる。

「よう、こんにちは。宇宙人の皆さん」
「ホホホ、こんにちは。下等生物の皆さん。こんな天気のいい日に態々ご苦労様です」
フリーザ…。
ん?こいつの姿、こんなんだっけか? なんか餓鬼だな。俺よりずっと長生きしてるらしいけど。
「あっ」と俺は小さく声をあげ、懐から携帯を取り出す。
「何ですかその玩具は? …ん?」
携帯をフリーザの方へ向けると、小気味よく、ププッと音が鳴る。
「あー…戦闘力530000か、ハハ、化け物だな」
「ほう、スカウターですか、珍しい形状をしていますね」
「これはお前らの不細工な顔に貼り付けている玩具とは違って色々と使えるんだよ。通話…通信だって可能だし、最大で999999桁まで戦闘力が測れる優れものだぜ」
「驚きましたね…人間の今の文明はそこまで進んでいるのですか」
当たり前だ、俺は未来人だからな。どれもこれも全部ハカセ君達のお陰だな。
「それよりも、私の最初の一撃で一人も死んでいないのはどういった手品を使ったんでしょう?」
「そいつぁ教えられないな、むざむざ敵にそんなこと教えるなんて余程余裕がない限りはしないな」
「私にはあなた方に余裕がないとは見受けられませんね。特にあなたですよ、よく私の前でそんな悠々と口が回りますね」
「ああ、こういうのは慣れている」
慣れている、というのは間違いか。
「しかし、あなた方お一人お一人の戦闘力は大体100程度ですが、数だけで私に勝てるものじゃあありませんよ?」
「意外と勝負は分からない物だぞ? 最初から双方のスキルを天秤にかけて勝敗を判断するのは余程の自信家かナルシストの考え方だ」
「自信家? そうですか…。ここで一つ言っておきますが、私は"宇宙最強"です。そんなことは自分が嫌でも分ってしまうのですよ。結論を言えば私に敗北という選択肢は無いのです」
「アホか、"宇宙最強"だから負けないなんて仮定でも定義でもなんでもねえよ。一体いつ誰がそんなこと言ったっつうんだよ。証明になってねえんだよ、自意識過剰も程ほどにしろ」
…随分と長々とあいつを罵倒してやった。
いや、実際そうだろ? あいつが一人で勝手に自己満足の証明を立てちまっているんだから救いようがねえ。
頭の悪い捻くれた中学生でもそんなぞんざいな証明はしないな、絶対。
だが、まあ確かに最強というのは認めてやろう、宇宙最強かどうかはしったこっちゃねえよ。
「…自意識過剰ではありませんよ、今からそれを証明しなおします…と言いたいところですが、まずは私の部下たちが相手になりますよ」
「話にならねえよ、お前から来い」
その言葉に逆上した一人の宇宙人がしゃしゃり出てきやがった。
「テメエ! 俺らを舐めてんのか? 戦闘力100の雑魚の癖によお!」
冷静な判断が出来ていない、あんだけブラスター乱射したらすぐに燃料が尽きちまうだろうが、やれやれ。
雑魚の相手はマジでかったるいぜ。こんなの片腕で十分だ。
そう心で呟いたあと、猛スピードで飛んでくるエネルギー弾を手首の軽いスナップだけで全て空へと軌道を変えてやった。
「な! 片手で全て弾きやがった!」
大層驚いてやがるな。
だってそうだ、普通なら人間にはこんな芸当は不可能だ。
じゃあ俺が人間じゃないって?

いいや、ちゃんとした人間さ。

まあ厳密に言えば多少体を構成する遺伝子がほんの少し人間と違うくらいだ。
人生で見ればほんの一瞬、人間では無くなっちまったから、それの名残とでもいうのかね?
お陰で色々役には立っているが…。
例えば、動物園の檻から脱走したライオンの捕獲や不良を返り討ちにしたりと…て、今何を考えているんだ俺は。
「だから言ったろ、こいつらじゃ話にならないってよ」
「おい! お前らもぼうっと突っ立てないでこいつらをぶっ殺すぞ!」
おいおい、こいつら単細胞馬鹿の集まりじゃねえか。
やっぱり馬鹿の下には馬鹿がつくもんだよな、そういう俺も昔はそうだったかもな。
「おい、お前らは下がってていいぞ。俺一人で十分だ」
「分かりました」
「了解」
再び飛来してくるブラスターの弾を、また俺は片手で弾くが、今度は軌道は逸らさずダイレクトで返してあげた、勿論全弾な。
「うわ、帰って来やが――――」
そう、例えるならば火が一瞬激しく燃え上がった時のような音が俺の鼓膜を震わす。
そして僅かながら、おまけで爆発音も一緒についてくる。
眼前では煙が立ち上り、黒い塊がいくつも地面に転がっている光景、もう見慣れてしまっている。
後ろで待機している奴等もようやく俺の脅威を感じ取ったのか、怖気づいている様がそりゃあ滑稽なもんさ。
「何をしているんです! あの虫けらを早く殺しなさい!」
お前が前線を張れよ、と言いたいね。
「なあお前ら、俺の今の戦闘力の数値見てみろよ」
「…! なんじゃこりゃあ!? 戦闘力5000だと!? 100位のはずじゃ…」
フリーザ以外は皆顔が受験当日に筆記用具を忘れた奴みたいな表情になっている。
「それは普段の俺の数値だよ。5000てのもまだ全然本気じゃあない」
これはハッタリではなく大マジ。
「…はあ、やはりザーボンさんとドドリアさんを同じ船で連れて来た方が良かったみたいですね。直陸前に彼らの船が消えたのはきっとあなた達の策略でしょう?」
「ご名答、もうちょっと警戒して来た方が利口だったな。どうせ地球だからって手を抜いてたんだろ?」
あくまでフリーザは笑みを崩さずゆったりと答えた。
「認めたくはありませんが私はそう考えてましたよ。軽い計算ミスを犯してしまったようです。あなたみたいな方は地球にはいないと思ってましたが、それは勘違いだったようですね」
「ああ、立派な勘違いだ。それと言っておくがそのお強い宇宙人さん達には役10000程の軍勢を用意させた」
今頃はもう戦闘は始まっているはずだ。
俺もそろそろ始めないとな、別の時間平面にはあまり長居はしたくない。
「んじゃあそろそろ雑談はここまでにしといて、始めようぜ。フリーザ」
「おや、名前をお教えしたつもりは無いのですがねえ。それほど私は地球人にも有名ですか」
「いいや、俺が知ってるだけだ」
「…そうですか」
そう言うと奴は俺に背を向けた。一体何の真似だ?
「怖気づいた罰ですよ」
ピュンッ、と昭和時代のシューティングゲームでありがちな幼稚なレーザー音。
「え?」
奴の部下の宇宙人の一人が何とも間抜けた声を漏らした。
「フリーザ様…?」
すると再びレーザー音が立て続けに鳴り響く。
注視してみればフリーザの指先から紫色の細い線が飛び出して部下たちの頭を通り抜けていく。
「…終わったか?」
「いいえ、まだ終わってませんよ。あなた方が残っているじゃあありませんか」
処理を終えたフリーザが振り向く。
狂喜に溢れた表情、こいつは味方を殺すのにもなんの躊躇いも無い。
そう、不謹慎だが兵(つわもの)と呼ばれる奴らの典型的な行動の一つかもしれない。
ポッドの中から緩慢に這い出したフリーザはやはり、小さい。
「さあて、始めましょうか。ドドリアさん方と早めに合流しなくてはいけないのでね」
「…そうか」
フゥ、と軽く溜息もついた所で、

俺は一瞬でフリーザに接近し、顔面に拳を入れた。

弾丸並のスピードで奴は吹っ飛んでいく。
うん、やはり出だしは肝心だな。
麻雀のように安い手でもいいから数順でアガるのと同じ、流れを作る。

数十メートルにも渡って飛んでいったフリーザを、俺は間髪入れずに追い討ちをかけに行く。


              ――――――キョン――――――

そういえばその森林地帯て所は蚊の宴会場だったのをふと思い出し、コンビニで虫除けスプレーを買う羽目になった。
しかも土曜日ということでファミ通も出ていることが気になったが、これ以上時間を掛けるわけにはいかない。
ギンギンと太陽の照りつく中、チャリンコを再び漕ぎ始め、目的地へと向かう。
少し漕いだだけで額から汗がつつーと流れ落ちるのが気持ち悪い。
しかも町の外れと言っても、ここからだと結構距離があるのだ。
歩いたら普通に3時間は掛かるような気がする。
けれど、ここで頑張ったら至高のご褒美が待っている。

宇宙人、ヤバくないか?

これを考えるだけで心臓が激しくドラムを打つ。
お陰で暑さや疲れなんてのは、薬物を一時的に打ったときみたいに忘れられるのだから不思議で堪らない。
ちなみに薬物は打ったことなんぞある訳がない。それっぽいのは貰ったけど。
だが…本当にあのカプセルはいつ使うんだ?
使うから長門が俺に渡してきた訳で、確実に意味のあるもんだと思うね。
もしかしたらコレを飲んで宇宙人と戦え―――とか?
ハハッ、そりゃあねえか。

 

続く

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最終更新:2009年05月22日 22:15