「おや、キョンさんですよね?」
平日、いつも通りの古泉とボードゲームをするだけの団活を終え家へ帰る途中、親に買出しを頼まれていたことをふと思い出し、
途中、立ち寄った二十四時間営業のスーパーで後ろから俺を呼ぶ声がした。
後ろを振り向くとそこにはいつぞやの夏休みの孤島合宿でメイドだった森さんがいた。
当たり前だが服装はメイド服ではなく、至って普通の女子大生のような結構ラフな服装である。
「森さんじゃないですか。どうしてここに……って普通に考えたら買い物ですよね」
「はい。キョンさんの方こそ、学校の帰りにお買い物ですか?」
買い物かごを両手で持ちながら笑顔でそう尋ねてくる森さん。
「ええまあ。親に買出しを頼まれてまして」
「そうなんですか。親孝行なんですね」
そういいながら森さんはクスッと笑みをこぼす。
その笑みに対し、俺もつられて笑みをこぼした。

「森さんの家ってこの辺なんですか?」
スーパーであったのも何かの縁、と言う事で俺と森さんは二人で買い物をしている。
二人で回るのは別にいい、というより寧ろ嬉しいのだが、如何せん森さんのことがよく分からないので、どんな話をしたらいいのか分からない。
知ってるのは機関に属しているって事だけだ。
そのため、俺は当たり障りの無い質問を投げかけた。
「はい。閉鎖空間は主にこの周辺に出来やすいので、私もこの辺に住む事にしたんです」
住む事にしたと言う事は以前は別の所にすんでいたのだろうか。
「大変ですね」
「なにがですか?」
「ハルヒのことですよ。毎度毎度あいつの機嫌が悪いせいで戦わないといけないっていうのは大変でしょう?」
俺がそう言うと森さんは何一つ暗い顔をせず、
「そんなことないですよ。それは確かにしんどいですけど、もう慣れました。それに、あなたのおかげで助かってもいるんです」
そういえば以前古泉が言っていたな。俺と出会うまではずっと閉鎖空間が出っ放しだったって。
「あなたのおかげで、ここ最近はすっかり閉鎖空間も、神人もでなくなりましたし。寧ろ腕が鈍ってるくらいですよ」
そう言いながら森さんは腕をまくるポーズをとる。
そのポーズを見て、俺は少し笑みを浮かべた。
「どうかしましたか?」
心配そうに下から覗き込むように俺の顔を見る森さん。
「いえ、森さんもそんな可愛いことするんですね」
そう、俺はさっきの森さんの腕まくりのポーズを見て可愛いと思ってしまったのだ。
俺はそう述べると少し顔を赤らめて、
「お、お恥ずかしい所をお見せしました」
と言った後に、
「私だって普通の人なんですからそんな事だってしますよ」
と言って少し頬を膨らませながらそっぽを向いた。
正直、それも可愛いだけです。

買い物を終え、帰り道。
スーパーで出会っておいて女性を一人だけで家に帰すのも何かと思い、俺は森さんを家まで送っていくことにした。
「何から何まですいません」
暗く街路灯だけが道を照らす中、俺の隣で森さんがそう言った。
「いえいえ。女性を一人で帰らすのはどうかと思いますから」
実際、俺なんかより森さんの方が強いような気もするが。
「……優しいんですね」
森さんが静かにそう言ったので、
「当然ですよ」
とだけ言っておいた。
それから暫く俺と森さんの間に無言が続いた。
森さんは何かを考え込んでいるようだったし、俺もその邪魔をするわけには行かないような気がしたので、無言を貫いた。
「そうか、こういう所が……」
などと呟いていたのが聞こえたが、俺には何のことかさっぱりだった。
森さんの考え事も終わり、また再び世間話などをしているうちに森さんの家に着いた。
普通のマンションに住んでいて、いかにもOLらしいなと思えた。職業は全然普通ではないが。
「では、これで」
と言おうとした瞬間、
「よければ、家に上がっていきませんか?お茶ぐらい淹れますよ」
森さんがそう言った。
流石に抵抗はあったが、その厚意を無駄にするのもどうかと思い、俺はそのまま森さんの家に上がる事とした。

「どうぞ、汚い部屋ですが」
そう言いながら俺を家の中へと案内する森さん。
長門の家ほどでも無いが、それでも一人暮らしをするには充分な広さであり、長門の家とは違いちゃんと物がたくさん置かれてある。
ちゃんとこまめに掃除されているのか、部屋には埃一つ無い。
うーん、流石はメイドをやるだけの事はある。
居間に連れられ、出された座布団の家に座り、森さんが台所から戻ってくるのを待った。
辺りを見ると結構な数の人形もあるし、家具もどれも可愛らしい。改めて、森さんも女の子なんだと認識させられる。
「遅れてすいません、色々と準備してたもので」
お盆に二つ湯呑みを乗せ、居間の机へと持ってくる。
「はい、どうぞ。粗茶ですが」
と言いながら俺の前に湯飲みを置く。
「ありがとうございます」
そういいながら俺は一口、お茶を飲んだ。
その美味しさは、朝比奈さんと言い勝負、いや朝比奈さんを凌駕しているかもしれないと言えるほど美味だった。ここも、流石はメイドさんと言った所か。
「おいしいです」
俺は素直にその一言だけ言うと、
「ありがとうございます。淹れた甲斐がありますよ」
と言ってニッコリ笑った。

森さんは俺と面を向くようにして座り、お茶を軽く口に含んだ後、話し始めた。
「本当に、ありがとうございます」
いきなりそんなことを言われ、困惑する俺。
「……なにがですか?」
「涼宮さんの事ですよ。先程も言いましたが、涼宮さんが高校に入学してあなたと出会ってから、非常に精神状態は良好を保っています」
「でも、まだ閉鎖空間はあるんでしょう?」
森さんは話を続ける。
「もちろん、あなた方だって人間です。ケンカをする事だってあるでしょうし、その時は閉鎖空間は出来ます。
ですが、それぐらいの閉鎖空間だったらすぐに収まりますし涼宮さんが中学の時の方が酷かったですから。全然平気ですよ」
少し愛くるしい顔で俺に語りかける森さん。ほんと、可愛らしく思えてきた。
社会でと私生活でのギャップがあるってこんなに素晴らしい事だとは思わなかった。俺はもっと冷徹な人とイメージしていたからな。
「……どうかしましたか?」
おっと、少しモノローグが長すぎたらしい。
「いえ、何でもありませんよ」
お茶を再び飲み、俺は話題がここで尽きるのもどうかと思い、話を続けた。

「森さんたちのほうが凄いですよ」
「どうしてです?」
「今はそうでないにしても、昔はほぼ毎日あのでかい神人とかいうやつと戦っていたんでしょう?
今はほぼ安定状態になっているにしても、時々出てくるわけですし、それとずっと戦い続けるなんて、相当の気力が要りますよ。
俺だったらすぐに投げ出してるかもしれませんからね」
そういった後、森さんは少し俯き、
「そう……ですか」と呟いた。
「ええ、凄い事ですよ。それに相当疲れるでしょう?」
相変わらず、森さんは俯いたまま。
「はい、疲れることは疲れますよ。何しろ世界を守ってるんですから」
俯いていた顔が少し上がり俺の方を上目遣いでじっと見つめる。
「……疲れたときは何時でも俺を呼んでください。愚痴なら、いくらでも付き合いますよ」
そういった瞬間、森さんの表情が緩み、
「ありがとうございます」と言って、
「……こっちに来てくれませんか?」
と俺を隣に来るように言った。
「どうかしましたか?」
隣に移動しそういった瞬間、俺は森さんに抱きつかれた。
「ちょっ、森さん?」
「……今はこのままでいさせてください」
そういった後、俺の服が微かに濡れるのを確認し、俺は声を出すまいと必死に堪えて泣く無言で森さんを抱きしめた。

どれくらい、時間が経っただろう。
既に一般家庭での夕飯の時間は過ぎており、帰ったら母親にどんな言い訳をしようかと考え……る暇もなく、俺はずっと森さんを抱きしめていた。
「……とても、辛かったんです」
抱きしめた体制のまま、森さんは話し始めた。
「いきなり、こんな力に目覚めて。あんなでかくて怖いものと戦わないといけないってなって。
どうして私が?って思いました。普通の生活を送りたかっただけなのに、何でこんな目に遭わないといけないのって。
最初は涼宮さんを恨みました。それはもう殺したいほどに。私の生活を奪ったといっても過言ではない程でしたから」
まだ涙が止まってないのだろう。所々鼻声になっている。
それほど、辛かったという事か。俺も結構悲劇の主人公ぶっていたが、森さんたちに比べたら全然だな。
そう思いながら、俺は森さんを改めて力強く抱きしめた。とは言っても、痛くは無い程度に。
「だけど今は違います。この生活にも慣れ、十分に楽しんでいます。この前の孤島の時もとても楽しかったです。
それに、こうやって昔の愚痴を言えるのもあなただからです。私たちの事情を知っている一般人。あなたじゃないとこんな事言えませんよ」
泣き止んだのか、埋めていた顔を上げ、俺の顔を見つめてくる。
その顔は目がひどく充血していながらも、端正な顔立ちで、美しさを備えていた。
俺と森さんはしばらく見つめ合ったのだが、
「……行けない!時間」
と森さんはいきなり立ち上がり時計を見る。
俺も釣られて時計を見ると俺が森さんの家に着てから既に一時間以上経過していた。流石にまずいな、これは。

「す、すいません!私のせいで……」
何度も何度も俺に謝る森さん。
「いえこれぐらい、どうって事ないですよ」
そういいながらスーパーの袋を手に持ち、玄関へと向かう。
「今日は本当にありがとうございました」
別れ際、深々と俺に頭を下げる森さん。
「いいですって、これぐらい。それと」
俺がそう言うと森さんは顔を上げ、俺の言葉を待つ。
「辛くなったら、何時でも呼んでください。また何時でも相手になりますよ」
そう言うと森さんは、
「……はい」
とこれ以上の無い最高の笑顔で返事をしてくれた。

暗かった外はより一層暗さを増し、俺を不安な気持ちにさせる。
だが雲の切れ間から現れた月は、今まで見たことの無いほどに明るかった。
さて――親にどんな言い訳をしようか。
そんなことを考えながら俺は帰り道を歩いていった。


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