まさか、と思ったのが最初だった。

窓から差し込む燃え上がるような赤の日差し。
秋季を迎えた今、この血のような陽光に、校庭に居並ぶ木々も、紅葉もより鮮烈に色付けられていることだろう。眼に痛いくらいの強烈な照りは、ひときわ暑さの厳しかった夏の名残を思わせた。
僕達は外界と切り離されたような、現実味の薄い、夕暮れの光と闇がコントラストとなった文芸部室にたった二人きり。僕の鼓膜を不意に叩いた発言が、目の前の相手から発されたものであることは間違えようもなく――だから心底、僕は困惑した。

「申し訳ありません、長門さん。もう一度、」
「わたしと付き合ってほしい」

僕の要請を待たぬきっぱりとした物言いは、それがそれが僕の聞き間違い・幻聴である、もしくは彼女の気まぐれのジョークであるという薄い望みを、一分の隙もなく粉砕した。僕は唖然として、彼女を見返す他にない。

「……どうして、そのようなことを、僕に?」

宇宙より派遣された端末である少女が、恋愛感情の機微すらも人並みに理解できているか怪しい彼女が、あろうことかこの僕に。その発言が意図された通り僕に伝えられているというのは、それこそ、信じ難い話だ。
何かの勘違いか、誤解の産物だろうと思わずにはいられなかった。彼女がその言葉を唇から漏らすことがあるとするなら、「彼」の前であろうと思っていたから。

微風が窓から吹き込む。揺れる前髪。長門有希の淡い眼差し。
ほんのりと色付いたヴェールに覆われた、ひそやかな声が、僕の耳を侵す。


「あなたが、好きだから」 


――今だから語ろう。それはまるで、雷に打たれたような衝撃であったと。
この瞬間、僕の未来は決まったようなものだった。その瞬間からの記憶は、海馬に穿たれでもしたかのように明瞭に、僕の視覚と聴覚に刻み込まれている。
僕は息を切り詰め、長門さんを見据えた。疑い出せば切がないあらゆる可能性を思い浮かべ、迷い、……僕が最終的に選んだのは、彼女の視線に合わせ、微笑むことだった。
それが上辺だけのものとは気取られないように気遣いつつ。

「それは、何とお返しすればいいか……。とにかく、ありがとうございます。今のあなたの言葉を、僕は告白と受け取ってもいいでしょうか」
「……それで、構わない」

それは彼女らしいすげない肯定だった。だが、これで、逃げ場はなくなった。拳を固めて笑う。
「では、僕もあなたの告白に誠心誠意お応えしたいと思います。よろしくお願いします、長門さん」
長門さんの眼が、不思議そうに瞬いた。餌を与えられるとは思っていなかった親鳥から、嘴を突き出された雛鳥のように無垢な瞳が僕を映す。
「それは、わたしの言葉を受け入れるということ」

そういうことです、と僕は笑みを深めた。



彼女がどのような思考の果てに「僕が好き」という結論を導き出したのかは分からない。人間とは製造過程から完全に異なっているのであろう彼女の思惑など、僕の与り知るところではない。
ただ、彼女は「彼」が好きなのだと思っていた。それが好きと当人に自覚できているかは別にして。

この告白は好機といえるものだった。僕にとってではなく、「機関」にとっての好機である。
殊に涼宮ハルヒの安定を願う上層部にとっては、願ったり叶ったりというところだろう。神の鍵に近しくある宇宙人端末という不安要素を一つ、何のリスクもなしに排除出来るのだから。
彼女と彼の間の障害は、少しでも削り取っておいたほうがいい。
そこに僕の自由意志など、元よりあってないようなものだ。ここで判断を保留し指示を仰いだところで同じこと、機関から下される命など分かりきっていた。


本当に、長門有希が古泉一樹に恋をしたというのなら、この僕の判断と対応は、卑劣そのものだろうけれど。
僕は信じていなかった。彼女に恋をされるようなきっかけが、僕と彼女の間にあったとは到底思えない。


「……今日から、恋人同士」
「そうですね」
「なら、下校は共にすべき」

ふっと。雰囲気が空気のように緩やかに変わった。そう見えた。
心なしか楽しげな彼女が、鞄を手にとって、改めて僕を見上げた。大きな瞳が薄い水の膜を張ったように、潤んで見えた。反射鏡のように僕を照らす瞳の美しさに、僕は笑みの余裕を喪う。

「デートはいつにする?」

――別人のように柔らかな瞳に、僕は戸惑う。まさか。いや、でも。
こんな風に、表情は変わらないまでも、弾んだ様子の彼女は初めて見る。こんな彼女は――まるで、本当に、恋する娘のようじゃないか?
 
「あなたが決めて」
「……そうですか。気が早いですが、今度の土曜日はどうでしょう?」
「わかった」

まるで恋する少女のように。人間でないはずの少女が、ふわりと頷く。
僕はもしかしたら、決定的に判断を誤ったのかもしれない。
長門有希の静かな眼に灯る柔らかさに驚きながら、僕は、己の対応にほんの少しの罪悪感と、恐れを募らせた。 





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