その日の放課後のことでした。ホームルームを終え、部室に向かうと、そこには外の景色を眺めている長門さんとどこか放心状態の朝比奈さんが。はやく見慣れた風景に戻ってほしいものですね。僕が長テーブルの端の椅子に腰をかけたところでやっと朝比奈さんが僕に気づき、あたふたとお茶の準備を始めました。その様子を眺めていると、ノックもなく勢いよく扉が開き、
「さあ、今日もちゃっちゃっと撮影を始めるわよ!」
と涼宮さんが入って来られました。
「今日は校内で有希と古泉君がいちゃつくシーンから撮るから!」
初めてそのようなシーンがあることを聞いたのですが…。台本が涼宮さんの頭の中にしか存在しないのだから仕方ありませんか。おっと、今はそれよりも、
「しかし、涼宮さん。今日は撮影係がいませんよ?」
ストレートに彼の話題を出す。遠慮しても仕方ありませんしね。朝比奈さんがおろおろと涼宮さんと僕の顔を伺う。
「撮影ならずっとあたしがやってなかったっけ?」
と、不思議そうな表情を浮かべている。
おやおや、いなかったことにされていますよ?嫌われたものですね、あなたも。
「ほら、涼宮さん。これにも書いてありますよ」
僕はノートの切れ端を取り出し涼宮さんに手渡す。
「それの助監督の下の方にキョンと書かれているじゃないですか。とぼけてもダメですよ?彼のことなんですが実は…」
言いかけたところで、
「キョン?誰それ?」
の一言。本格的にしらを切るおつもりですか?そういう訳にはいきませんよ。彼には早く帰ってきてもらわなければ。これ以上僕の負担が増えてはさすがに持ちませんからね。
「あなたと同じ一年五組の一員で、席はあなたの前。そして、我らがSOS団の団員その一にして唯一のつっこみ役だった、極々平凡な一般人の彼ですよ」
これでもしらを切れますか?そろそろ彼が脱団した事実を受け止めてください。
「知らない。それに、団員その一はみくるちゃんじゃない。でも変ね、これ確かに私の字で書いてある。キョンなんて奴いた覚えがないんだけど。…なんか頭が痛いわ」
驚愕する。本気で言っているのですか?まさか、本当に彼のことを覚えていない!?朝比奈さんもこれ以上ないくらい驚いた表情をしている。長門さんですらこちらを振り返っている。
「本当に、覚えていないのですか?」
再度、確認を取る。
「ぜんぜん。なんか思い出そうとしたら頭痛いし、頭が痛くなるようなことは思い出さないほうがいいのよ!きっとそうだわ!」

「涼宮さん、そんな…」
朝比奈さんが悲しそうな表情で呟く。
「…………」
窓辺から無感情な視線がただまっすぐこちらに向けられている。
どうしたものでしょうか。どうやら、本当に彼のことを忘れている。何をどうしたらこんな状況になるのでしょうか。やれやれですね、本当に。


整理してみましょうか。彼がSOS団を抜け、それにより涼宮さんの精神は荒れに荒れ、どういう訳か彼を閉鎖空間に類似した空間の白い巨人の中に閉じ込めた。救出は不可能で、解決できるのは涼宮さんの力のみ。しかし、当の本人は彼のことを忘れている。鍵を車内に残したまま、ドアをロックしてしまったようなものでしょうか。この場合、どこを探してもドアを開けてくれる業者はいませんが。いたらぜひともお目にかかりたいものです。


「なんでみんな困ったような顔してんの?」
何も知らない当事者が尋ねる。
あなたのことで困っているのですよ、とは口が裂けても言えないので、代わりの妥当な返答を考えていると、長門さんが突然立ち上がった。
「有希?」
怜悧な瞳が一点を見つめている。
「あなたは彼のことを思い出すべき」
「どうしたの?さっきからみんな変よ!」
涼宮さんはあきらかに困惑の表情を浮かべている。
「おねがい」
真摯な瞳が困惑顔を凝視する。
「いい加減にして!知らないって言ってるでしょ!!」
困惑顔が怒りの形相に変わる。
「みんなおかしいわよ!さっきから変なことばっかり言ってるじゃない!あーもう、頭痛い!
今日はもう解散。明日までにおかしくなってる頭をなんとかしなさいよ!」
そう言って部室を飛び出して行く涼宮さん。
部室に言い表しづらい沈黙が流れる。
しばらく経って、僕は部室を後にした。いてもどうにもなりませんしね。それにしても、彼がいないとこうも違うとは。やはり、彼はSOS団に必要不可欠な存在。一日で身に沁みました。はやく帰ってきてもらわなくては、僕にはあなたの役目はできそうにありません。
そして、帰ってきたなら相応の責任を取っていただきますよ。相応のね。

 

旧館と校舎を繋ぐ渡り廊下を渡り終えようとしたとき、何の気もなく、ふと文芸部室の窓を見上げてみる。長門さんがまだ外を眺めている。瞬間、ありえないものを見た気がした。
目を凝らして再び見る。…気のせいでしょうか。長門さんの頬を光るものが流れていった気がした。あなたも罪な人ですね。魅力的な女性を二人も泣かせるなんて。

 

帰路の途中。おっと、このままでは彼が行方不明となり騒ぎになりますね。教師たちは特に変わった様子はありませんでしたから、捜索願いはまだ届けられていないのでしょう。
彼の家族が、今日は早く出て行ったくらいに思ってくれていればいいのですが。とりあえずは僕の家に泊まりに来ていることにでもしますか。そのためには…少々、頼みごとをしなければ。「男子生徒の部屋から制服等を盗み出していただけませんか」では誤解を受けるでしょうか?
事は速やかに済みました。30分後、指定のポイントに向かった僕を黒塗りのタクシーが出迎えました。
「急な依頼で申し訳ありません」
「いえ、それよりこれをどうするのですか?」
見た目はただの可憐な女性にしか見えない先輩がトランクを開けながら言った。中には高校生が部活で使うようなスポーツバッグが入っていた。
「こちらで預かりますか?」
「いえ、僕が保管します。その方が都合がいいので」
「そうですか」
バッグを受け取る。
一瞬、なにか冷たい視線を、異常な者でも見るような視線を感じた。僕になにか不満でも?
やはり、機関のエージェントにこそ泥まがいのことを頼むというのも失礼でしたか。
「このようなことを頼んですみませんでした。」
「いえ、それでは」
タクシーは風のように去っていった。

さて、それでは。僕はバッグから彼の携帯電話を取り出すと、次のようなメールを打った。       『To おふくろ』

『今日は古泉という奴の所で
 世話になることになった。
 もしかしたらしばらく世話
 になるかもしれん。心配す
 るな。優等生に勉強教わる
 だけだ。明日、またメール
 する。            』

こんなところでしょうか。たちまち捜索願いが出されることはないでしょう。これでどっちにしろ早期に解決せねばならなくなりましたね。まあ、策は一つ考えつきました。あとは、涼宮さん次第ですね。明日、また五人が文芸部室にそろうことを祈りましょう。

 


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