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「キョン! 何か出た!」
 何もかもが灰色になった妙な部室で呆然としていたら、あいつが眼を輝かせて入ってきた。
 確かに出ていた。股間からスカートを突き上げるように。
「なにコレ? やたらでかいけど、怪物? 蜃気楼じゃないわよね」
 股間から棒状の突起がそそり立ってスカートが持ち上がりチラリと純白の下着すら見えている。
 輪郭がはっきりと見えるからそりゃ蜃気楼じゃないだろうなというか俺よりでかいじゃないか怪物と言って差し支えはないだろうよ畜生。
「宇宙人かも、それか古代人類が開発した超兵器が現代に蘇ったとか!」
 宇宙人……長門ならこんなこともできるかもな。んでもって、ある意味では超兵器だ、ソレ。
「これさ、襲ってくると思う? あたしには邪悪なもんだとは思えないんだけど。そんな気がするのね」
「わからん」
 襲うかどうかや邪悪か否かは持ち主次第というかお前のそういった欲求の対象はどっちなんだ。ホモかヘテロか。どっちにしても俺は願い下げだ。
「何なんだろ、ホント。この変な世界もこの巨根も」
 お前なら作り出せるかも知れんが、いったい何考えてるんだ。

 と、そんなとき。
「キョンちゃん起きろー!」
 などと言って妹はわたしをふとん越しにぼすぼす叩きベッドに飛び乗ってとび跳ね怪力で引きずり出した。
 しばし呆然とした後、頭を抱えた。
 なんて夢を見たのだろう。
 見知った、いや、見覚えがない女の子と二人だけの世界に紛れ込んだ上に、その女の子の股間に男のアレが生えてるわそれが怪物並みの代物だわソレをわたしは冷静に見つめてるわ、しかも夢の中でわたしの一人称は俺になっていた。
 つまりわたしは男になっていたということだ。
 フロイト先生が引きつった笑みを浮かべそうな、そんな変態的な夢をわたしは見ていたのか。
 頭が痛くなってきた。
 わたしの深層意識はいったい何を考えてるのだろう?

 妹とともに洗面所で歯を磨くと、鏡に映るは無造作に縛られたポニーテールにクラスの男子谷口くんが言うところのAランクである割と整った顔。
 Aランクの女子はフルネームで覚えたとか言ってたが、彼もわたしをキョンとしか呼んでくれないのはなぜだろう?
「朝起きたら女の子になっていました」
 などと、なに訳のわからないことを呟いたんだろうねわたしは。なっていたもなにも、わたしは元から女だ。
 ちなみにキョンというのはわたしのことだ。 最初に言い出したのは叔母さんの一人だったように記憶している。
 何年か前に久しぶりに会った時、「まあキョンちゃん綺麗になって」と勝手にわたしの名をもじって呼び、それを聞いた妹がすっかり面白がって「キョンちゃん」と言うようになり、家に遊びに来た友達がそれを聞きつけ、その日からめでたくわたしのあだ名はキョンになった。
 全く、それまでわたしを「お姉ちゃん」と呼んでいてくれてたのに。妹よ。

 その後、何食わぬ顔で身支度をし、登校する。
「よっ、キョン。今日はな……」
 わたしの真後ろの席に陣取った男子の奇妙奇天烈な思いつきに振り回される非日常的な日々があいも変わらず展開される。
 何かおかしい。
 なんだろう、この夢の続きみたいな変な感覚は。
 SOS団なる団体を結成してわたしを巻き込み、合宿やら推理劇やら映画撮影やらでわたし達を振り回した団長、涼宮ハルキは、今日も今日とて栗拾いがしたいなどと言い出し、都合よく鶴屋先輩が所有する山林に栗林があるとかでそこに向かった。
 そしてイガがついたままの栗でキャッチボールをおっぱじめる始末。
「ただトゲトゲ生やすだけじゃ能がない、触れたら周囲にトゲを飛ばすようなアグレッシブな進化をしてもいいだろうホウセンカを見習え」
 などと物騒なことを言い出した。栗は対人地雷じゃないしホウセンカが種飛ばすのは獲物を仕留めるためではなく子孫を広範囲に広める戦略だ。
 まあ、カニは人間が食べやすいよう進化すればいいのになどと以前にのたまっていた記憶があるから、それよりはマシかもしれない。
 喰われやすくなるためではなく、喰われまいとするのが生き物の進化だと、生き物それぞれの都合があるのだと理解しただけマシだと。
 ウシ、ブタなどの生き物は神様が人間の食べものにするために作ったなどという傲慢な教義を信奉する某一神教の連中ほどには自己中心的ではなくなったようだ。
 朝比奈さんが悲鳴を上げてうずくまり長門さんが淡々と受け止める異様なキャッチボールを遠巻きに眺めながら、古泉くんと共にハルキの困った世界改編能力について話す。
 バカハルキはロクな思いつきをしないが、それでも楽しそうに笑っている今は充分に平和だという。この世を揺るがすことはしないとのこと。
 だといいんだけど。
 古泉くんはわたしがわざとらしく溜息をついたのをどう取ったか、軽く鼻を鳴らすように笑い……。
 その時、彼は奇妙な表情をみせた。
 見慣れない表情、つまり薄ら笑い以外の顔つきになった。眉を寄せるような仕草。
 わたしの「どうしたの」という問いに珍しく言い淀んでいたが、すぐに微笑をとりもどした。
 脳の情報伝達に小難しいプロセスの齟齬があったのかも。
 そんな涼宮ハルキは今、わたしの愛車に跨り栗林からの帰り道をチェーンも切れそうな脚力で漕いでいる。
「ほらほらキョン、もっと力込めてしがみつけ、振り落とされるぞ」
 振り落とさんばかりに激しく動くアンタに言われたくはない。
 と言うかさ、健康な男子なんだから背中に伝わるわたしの胸の感触に戸惑ったりしないのかね? 朝比奈さんほどじゃないがわたしにもあるんだぞ、それなりに。
 って、なにを腹立ててるんだろうねわたしは。
 さてはて、今ハルキに漕がれているわたしの愛車は悲鳴を上げてるのか本来のスペックを出せると歓喜の声を上げているのかどっちだろう。
 もっとゆっくり走ってというわたしの要望は、「古泉に抜かれてる。負けてたまるか」とあえなく却下された。

 なんとか無事に行きつけの喫茶店へと辿り着き、反省会の後に解散。そしてしばらくしてハルキ抜きで再集合した。
 困惑しきりの朝比奈さんは古泉くんに促され、おずおずと話し始める。
「未来に情報送るための『禁則事項』で涼宮さんに初めて部室に連れてこられたときの記憶を映像化していたら、身に覚えのない光景がいくつか出てきて」
 ひょっとしてその禁則事項ってのは放送禁止用語か何かなのかしら。
「でも『禁則事項』で検証してみたらまぎれもない現実で、その映像の中では団長である涼宮さんが女性で、あたしの胸を『禁則事項』……はううう言えません~!」
 顔を赤くして連発されるとますます放送禁止用語に思えてくる。
 前にもTPDDとかいうタイムマシンのようなものがなくなったと言ってたことがある。
 今回はそういった器具が不調をきたしたんだろうか。パソコンで例えるなら、インストールされたソフトの設定を間違えて自分の経験を溜め込むフォルダと映画かなんかの情報を溜め込むフォルダを入れ替えてしまったような。
「いえ、どうも涼宮さんは自分の性別を変えてしまってるようです」
 今、なんと言いましたか古泉くん?
「かつての涼宮さんは、自分を取り巻く退屈な状況は自分が女であるためだという発想に至ったようです」
 だから性別変えたって? いつから? あいつは出会ったときからずっと男だったはずだ。
「前にも言ったでしょう? 涼宮さんは言動こそエキセントリックですが、ああ見えて常識というものをよく理解してると。だから、男になれればなあと考える一方で、簡単かつ完全に性別が変わるなんてありえないと考える常識も持っている。それらがぶつかりあった結果、はじめから自分が男として生まれたものとして世界を作り変えてしまったようです。もちろん、自分自身の体と記憶も含めて」
 長門さんが引き継いだ。
「わたしの観測対象である涼宮ハルヒが自らを過去情報に至るまで全て改変し再構築した異性同位体、それが涼宮ハルキ。該当する個体が受精した瞬間にまでさかのぼり、本人だけでなく周辺情報も全て、自分が男性として生まれたという前提で世界を再構成している」
 まさかそこまでデタラメだとは。
 だが、言われてみれば時折抱く違和感は全て性別に基づくものだった。
 その違和感があった情況を掘り下げて考えると、あるはずのない情景が自らの経験という形で浮上する。
 わたしの脳をパソコンのハードディスクに例えるなら、『ハルキという男子』と名づけられたフォルダに、なぜかハルヒという女子に関する記憶が大量に格納されていた。
 ハルヒという女子が、まだ教室に男子が残ってるうちに無造作に着替えを始め、同性であるはずのわたしが慌てて教室を飛び出す光景。
 他にも、長門さんに呼び出され自分やハルキ……いや、ハルヒ? の正体について説明するため呼び出されたとき、女同士のはずなのに色々と戸惑った記憶もある。
 そもそも、ハルキの思いつきや発見の中でも最もロクでもないもの、SOS団の結成を授業中に思い付いたとき、真後ろにいたあいつはわたしの襟首を掴んで引っ張り、机の角に後頭部がぶつかって刻の涙を見た記憶がある。
 ポニーテールが邪魔になって掴みづらいはずだし、多少はその房がショックを軽減してくれそうなものなのに。第一、男子が女子にあんなことしたら流石にクラスにあいつの居場所などなくなるはずだ。
 他にもおぼろげながら色々な記憶が浮上してきた。
 その女子は、わたしが知るハルキという男子よりずっと奔放に過ごしていたようだ。
 とくに朝比奈さんへの行為はものすごく、自分の手で朝比奈さんの制服を剥いて着替えさせたり胸揉んだり写真撮ったりする光景が蘇った。そりゃ禁則事項にもしたくなるか。
 そのハルヒってのは女同士なら許されるじゃれあいと認識してるんだろうか。いや、女同士でもどうかと思うけど。
 同じ女として同情を禁じえない。
 泣き崩れる朝比奈さんを抱きしめ頭を撫でてやる。この人のほうが先輩なのにな。
 古泉くんは肩をすくめる。
「どうやら、今の涼宮さんは男としては許されないとわきまえ、自重しているようですね」
 あれでも自重してるの? だったら男としてやりたかった事をさっさとやって満足して、元に戻ればよさそうなものなのに。
「そうもいかないのですよ、そもそも、その願望は女性として生まれ育った故に抱いたもののようです。だから、男として生まれ育ったことになっている今の涼宮さんはその願望を抱きようがない。したがって、仮に実行していても満足することはない。試しに、この前の不思議探索パトロールで彼と二人組になったとき連れション……おっと失礼、とにかく男性でないとできないことをやってみたわけですが、現状はこの通り。もちろん、女性としての涼宮さんがやってみたいと思ったことがアレとは限りませんが」
 わたしと朝比奈さんが赤面する一方で、長門さんが口を開いた。
「そういう方向でのアプローチは無意味となる可能性が高い。女性である涼宮ハルヒも、幼少期に野外で遊んでいた際は男子に混じって堂々と排尿を行っていた。彼女にとって女性であることが制限となる要素はあまりない」
 この年齢になっても平然と男子の前で着替えていたとしたらソレもあり得る……のかな?
 わたしと朝比奈さんをよそに、長門さんは淡々と、更にものすごいことを言い放つ。
「女性には生物学的に不可能な方向で考える必要がある。その一つが射精」
 ちょっと待てちょっと待て待ちなさい宇宙人に作られたインターフェースだか人造人間だか知らないけど年頃の乙女なんだから少しは恥じらいを持ちなさい。
「しかし既に、睡眠時の淫夢で数回。更に各種情報媒体や自分の記憶を用いたイマジネーションの喚起によって自発的かつ定期的に行われているため、その線の可能性も低い。あるいは、ただの射精ではなくパートナーを伴う……」
 とうとう耐え切れず、わたしと朝比奈さんとで口を塞ぐ。様々な意味で、その先の発言は聞きたくないし考えたくなかった。
 苦笑した古泉くんが肩をすくめる。
「……まあ、こうして日々を過ごしているうちに、また似たような願望を抱くようになります。今の退屈な状況は男として生まれ育ったためだとね。このようにして性別の変更をかれこれ10回は行っているようです。本人も、周囲も気付かないまま」
 いつだったか夏休みの後半を何度もループしてたことがあったが、あの時と同様に何度も記憶を消されるというか書き換えられているうちに耐性のようなものがついて、その結果書き換えられずに残ってしまった記憶を朝比奈さんがほじくり出してしまったらしい。
 実害はあまりない。それどころか男として自重してる分、まだハルヒよりはハルキのほうがマシみたい。朝比奈さんの平穏のためにも、今のままのほうがいいか。
「あなたがそれで構わないんでしたら」
 わたしが? 古泉くん、どういうこと?
「違和感がある記憶を照らし合わせて気付きませんでしたか?」
 そんな返事に困惑するわたしを長門さんが見つめて冷徹に言った。
「過去情報だけではなく肉体も改変された異性同位体はもうひとり存在する。それが、あなた」
 いやその、薄々とは感づいてたんだけどさ。

 そんな衝撃の事実を告げられた数日後。
「妹汁って、知ってます?」
 普段接してる朝比奈さんよりもっと未来から来た、綺麗な大人になった朝比奈さんに会った時、赤面しながらこう聞かれた。
 そしてわたしは、知ってしまっていた。
 ハルキがコンピ研から強奪したパソコンのハードディスクを何気なく漁っていたとき、様々なアプリが格納されたフォルダの中にやけに容量を喰っているフォルダを見つけた。
 女のカンなのか、本来の性別である男としての経験によるものなのか、そこを探っているうちにインストールされていたゲームに辿り着いてしまった。
 元々そういう仕様なのか、コンピ研のメンバーがインストールの仕方を工夫していたのかはわからないけどゲームのディスク無しでも起動したソレは、って、なぜ本来はディスクなしでは起動できないって知ってるんだろうね。やっぱりわたしは本来男だったようだ。
 とにかくそれは、Hな画像とストーリーで構成されたいわゆるエロゲーであり、その中の一つが「妹汁」だった。
 困った状態になったときその言葉を思い出して欲しいとか何とか言ってたけど、困った状態なら今も継続してるんだけど。
 大人バージョン朝比奈さんによれば、詳しく言えないがそのとき傍にあいつが傍にいるとの事。これ以上困ることがあるんだろうか。あるんだろうな。

 相変わらず違和感を感じる日常が続く。今のわたしは女である。ということは相変わらず改変されたままなのか、それともあいつは一旦は元に戻ってまた女としての生活に飽きたのか。
 知覚はできていないがどうにもこういうループってのは気分が悪い。どっちかにしてほしい。
 って、わたしは本来の男に戻りたいと思ってるんだよね?
 でもまあ、朝比奈さんがハルキの無理難題で困り果てたときわたしに抱きついてくるときの柔らかい感じ、特に互いのほっぺや胸が当たるふにふにとした感触が結構気に入ってるわけで。
 他にも女としての楽しい思いをしているわけで、こうして女として固定されて生きていくのも悪くはないなとか考ることが多くなった。
 他の仲間も変ではあるけど面白い人達で、そこそこ非日常な感じがして楽しい。
 こんな時間がずっと続けばいいと思っていた。そう思うでしょ? 普通。
 でも、思わなかった人がいた。
 決まっている。涼宮ハルキだ。


 夕食や入浴、明日に備えた予習を終え、長門さんから借りた本をある程度読み進めて眠りに落ち……。

 ブレザーの制服姿のハルキに叩き起こされた。わたしはわたしで寝巻きがわりのスウェットではなく、セーラー服がわたしの身体をまとっていた。
 おまけに、ここは学校だった、見覚えのある静寂と薄闇に支配された状態。ああ勘弁して欲しい、閉鎖空間だった。
 ハルキは男として女であるわたしを支えなくてはと思ってるのか、勤めて冷静に振舞っている。
 でもベースがあのハルヒなせいなのか、この状況ではかなり弱気になっている。そう、改変される前の本来の世界の記憶が蘇りつつあった。
 行く当てがないので部室に向かった。そこで一休みしたあと、ハルキは探検してくるとかいって立ち上がる。
「お前はここにいろ。すぐ戻るから」
 言い残してさっさと出て行った。そういうところはハルキもといハルヒらしいなと思っていたらやっと彼が現れた。
 赤玉モードの古泉……君。むぅ、君をつけるのも呼び捨てにするのも違和感が出てきた。
 などという戸惑いをよそに、この状況について話し合う。
 ハルキもといハルヒは現実世界に愛想を尽かし新しい世界を創造することにしたらしい。
 男として自重する生活が想像以上にストレスだったみたい。
「それでわたしがここにいるのはどういうわけ? そもそもどうしてわたしとあいつだけが性別を改変されてるの?」
「本当にお解りでないんですか? あなたは涼宮さんに選ばれたんですよ。こちらの世界から唯一、涼宮さんが共にいたいと思ったのがあなたです。そして、あなたは涼宮さんにとって異性でなくてはならないのですよ」
 わたしはこめかみを押さえるべきかどうか迷ってから、やっぱり押さえることにした。
 世の中にはああいった感情を同性に抱いたり男女の区別なしに抱く人もいるようだが、あいつはその点でも普通の思考もとい嗜好だったようだ。
 その結果がコレか。
 考え込んでいるうちに赤玉の古泉……君の光度は落ちていた。
「こんな灰色の世界で、わたしはハルキと二人で暮らさないとならないの?」
「アダムとイヴですよ。産めや増やせばいいじゃないですか」
「……殴るぞ、お前」
 ああ、この言い方、しっくりくるようで違和感が根強く残ってる。
 世界と性別、どちらもハルキが元に戻ることを望めば何とかなるとか古泉くんは言うが、さてどうしたものか。
 そうこうしているうちに、古泉くんは朝比奈さんの謝罪と長門さんからの『パソコンの電源を入れるように』という伝言を残して消えてしまった。
 よくわからないが伝言に従いスイッチを押したが、いつまでたってもOSは起動せずモニタは真っ黒のまま、カーソルだけが点滅していた。
 OSが壊れたかと冷や汗掻いたとき、カーソルが動き出し文字を紡ぎ出した。

YUKI.N>みえてる。

 しばしほうけた後、わたしはキーボードを引き寄せた。指を滑らせる。
『うん』

YUKI.N>あなたの下着、水色のストライプ。

 噛み合わない返答にしばし困惑し、お尻に伝わる冷気で我に返った。慌てて立ち上がりスカートの裾を直す。
 無造作に座った際に椅子のひじ掛けに裾が引っかかり捲れあがっていたようだ。
 そして案の上と言うかなんと言うか、定位置のパイプ椅子に長門さんはいなかった。

YUKI.N>あなたの女性としての記憶や経験は数度に及ぶ改変で劣化し、本来の男性としてのソレに侵食されつつある。時折抱く違和感や今のような失敗もそのため。

『何とかならないの? 時折どころか、今ではずっとそう。このままってのは色々な意味で辛いよ』
 TVなどに出てくる性同一性障害の人みたいな悲壮感はないが、正直言ってしんどい、この状況。
 こうしてデタラメなこの世界や現状についてのややこしいチャットが続いたが、最終的に長門さんとしても親玉の情報統合思念体としても戻ってきて欲しいだのわたしに賭けるだのと言い出した。
 モニタの文字が薄れてきて、カーソルはやけにゆっくりと文字を生む。

YUKI.N>Xchange

 そこで普通に見慣れたOSのデスクトップが出た。
「どうしろってのよ。長門さん、古泉君」

 そこで、何気なく見上げた窓の枠内を青い光が埋め尽くしていた。
 呆然としていたらハルキが飛び込んできた。
「キョン! なんか出た!」
 興奮した口調であれこれまくし立てる。先ほどの悄然とした様子が嘘のよう。不安など感じていないように目を輝かせている。
 古泉君の話では、あの巨大な人型の青い光はハルキもといハルヒのイライラが具現したものであり、周りを破壊することでストレスを発散させているとのこと。
 つまり……!!
 咄嗟にハルキの手を取り部屋から飛び出す、と同時に轟音。
 攻撃の対象となった部室棟から脱出し、その際わたしが負った擦り傷の手当てをすべく保健室へ向かった。
 横目でうかがったハルキの顔は嬉しがってるように見える。とんでもない事態だというのに、それを無自覚とはいえ引き起こした張本人なのに。
「何なんだろ、ホント、この変な世界もあの巨人も」
 アンタが生み出したものらしいわ、ここも、あいつもね。それよりわたしが聞きたいのは、なぜわたしを巻き込んだかということ。アダムとイブ? バカみたい。そんなベタな展開をわたしは認めない。認めてたまるもんですか。
 ハルキに元の世界に戻るよう諭すも、聴く耳をもたない。
 つまらん世界にうんざりしてなかったか? もっと面白い事が起きて欲しいと思わなかったかと問うてきた。確かにそう思ってはいた。
 だが、実際に世界は面白い方向に向かっていた。アンタが知らないだけで、ね。
 そのことを理解させるにはどうしたらいいか? そしてこの、自分の性別に違和感がある厄介な状況に終止符を打つにはどうしたらいいか?
 長門さんは言った、「進化の可能性」と。朝比奈さんによると「時間の歪み」で古泉くんに至っては「神」扱い。ではわたしにとってはどうなのか。涼宮ハルヒ、その異性同位体である涼宮ハルキの存在を、わたしはどう認識しているのか?
 小難しい理屈でごまかすつもりはない。
 わたしにとって、ハルキはただのクラスメイトじゃない。もちろん「進化の可能性」でも「時間の歪み」でもましてや「神様」でもない。あるはずがない。
 思い出して。朝比奈さんはなんと言ったか、その予言を。
 それから長門さんが最後にわたしに伝えたメッセージ。
 妹汁、Xchange。両者に共通することと言えば何?
 わたし達が今置かれている状況と合わせて考えてみたら答えは簡単だ。
 強奪したパソコンにインストールされていたあのゲームは、どちらもいくつかのエンディングや要所要所の直前のセーブデータが保存されており、何となくいじっているうちにいくつかの展開を見てしまった。
 複数ある結末の一つとして、または冒頭からという違いこそあるものの、どちらも主人公の男が女になり、Hして悶えて男より女の方が気持ちいいと感じる場面があった。
 そしてハルヒもといハルキには願望を現実化するデタラメな能力がある。
 なんてベタなの、ベタすぎるわ、朝比奈さん、そして長門さん。それ何てエロゲってな展開をわたしは認めたくはない。絶対にない。
 わたしの理性がそう主張する。しかし人間は理性のみによって生きる存在にあらず。
 わたしはハルキの手を振り解いて、ブレザーの肩をつかんで振り向かせた。
「なんだよ……」
「わたし、実はポニーテール萌えなんだ」
「なに?」
「いつだったかのアンタのポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたわ」
 男としてのわたしの本来の記憶が蘇りつつある。
 あいつの奇矯な振る舞いの片鱗、その一つだった。アレはどこから見ても非の打ち所がなかった。
「バカじゃねーの? ポニーテールにしてるのは今のお前じゃ……!?」
 怪訝な顔をした。こいつもまた、男としての記憶や経験は数度に及ぶ改変で劣化し、本来の女としてのソレに侵食されつつあるのだろう。
 その隙にわたしは強引に唇を重ね、さらにベッドへと押し倒した。
 こういう時は男にリードさせるのが作法なのでわたしはそれに則った。ゆえに、ハルキもといハルヒだったらどういうやり方を望むかは知らない。
 本能に従い身体を開いているのか、今のわたしのように相手に合わせリードさせているのか、今にもぶん殴ろうと手を振りかざしているのか、わたしに知るすべはない。
 だがわたしは殴られてもいいような気分だった。賭けてもいい。誰がハルキにこうしたって、今のわたしのような気持ちになる。わたしはハルキの肩にかけた手に力をこめる。しばらく離したくない。

 遠くでまた轟音が響き、巨人がまた校舎に殴る蹴るをしているんだろ、とか思った瞬間、わたしは初めてのはずなのに不意に無重力のようなふわふわとした心地になり、身体は反転し、左半身を嫌と言うほどの衝撃が襲って、いくら何でもコトを終えたら後戯どころかベッドから放り出すことはないだろうと思いながら上体を起こして目を開き、見慣れた天井を目にして固まった。
 そこは部屋、俺の部屋。床に直接寝転がっており、着衣は当然スウェットの上下、下着は当然ながら男物のトランクス。そして、畜生、中身である男のシンボルはこれでもかと言わんばかりに元気になってやがる。
 夢か? 夢なのか?
 見知った女と俺、双方の性別が逆転している状態で生活して、二人だけの世界に紛れ込んだあげくにSEXまでしてしまうという、フロイト先生が引きつった笑みを浮かべそうな、そんな変態的な夢を俺は見ていたのか。
 ぐあ、今すぐ首吊りてぇ!
 よりにもよってハルヒとは、おまけに性別が変わってるとは、俺の深層意識はいったい何を考えてるんだ?
 ぐったりとベッドに着席し頭を抱えた。夢だったとすると、俺はいまだかつてないリアルなもんを見たことになる。
 汗ばんだ右手、それに唇と股間に残る温かくて湿った感触。
 とどめに、下腹部には自分にはあるはずのない器官の疼きと、ある意味では慣れ親しんだ熱く硬い物体がソコにねじ込まれ出し入れされ熱い何かを注ぎ込まれる快感の余韻まで残ってやがった。
 いったいどうなっているのか? ここは既にもとの世界でないとか。ハルヒによって創造された新世界なのか。
 だったとして、俺にそんなことを確かめるすべはあるのか。

 結局、そんなことを考えて一睡もできなかった。
 這うようにして今日も不元気に登校。校舎は何もかもがそのまま正常だった。
 教室では窓際、一番後ろの席に、ハルヒはすでに座っていた。
 そう、男のハルキじゃない。女のハルヒ。そして俺は……自分を俺と呼称して違和感を抱かない俺はちゃんと男だ。
 ハルヒは俺を見て、視線を下に移し、なにやら未練がましい目で俺の股間を見つめ、あわててそっぽを向いた。
 後ろでくくった黒髪がちょんまげみたいに突き出していた。ポニーテールには無理がある。
 元気かとか話しかけりゃ悪夢を見たとの返答、そりゃ奇遇だ。まさに悪夢、さっさと忘れたい。
 表情が解りにくい。顔だけは上機嫌ではなさそうだ。
「ハルヒ」
「なに」
「似合ってるぞ」


 エピローグ

 古泉とは休み時間に廊下で出会った。
「世界は何も変わらず、涼宮さんは女性として、あなたは男性としてここにいる。いやいや、本当にあなたはよくやってくれましたよ。シモネタじゃありませんよ? まあ、この世界が昨日の晩に出来たばかりという可能性も否定できないわけですが。とにかく、あなたと涼宮さんにまた会えて、光栄です」
 長い付き合いになるかもしれませんね、と言いつつ、古泉は俺に手を振った。
 古泉を違和感なく呼び捨て出来ることに俺は安堵していた。

 昼休みに顔を出した文芸部部室では、長門がいつもの情景で本を読んでいた。
「あなたと涼宮ハルヒもといハルキは三時間、この世界から消えていた」
 第一声がそれである。そしてそれだけだった。
 色々戸惑って、説得試みて、行為に移って……妥当な時間か。生々しー。

 放課後の部室にいた朝比奈さんはセーラー服姿で、俺を目にするや全身でぶつかってきた。
「よかった、また会えて……」
 互いのほっぺたが擦れ合うことなく俺の胸に顔が埋まる。
 身長が違ってしまっているんだな、もう。
 朝比奈さんは涙声で、もう二度とこっちに戻ってこないと思ったとしゃくりあげる。
 その後のかけあいの最中に、あいつが来た。
「なにやってんの、あんたら?」
 戸口のハルヒが呆れたように言った。
 提げていた紙袋を持ち上げ、着替えの時間だと宣告し朝比奈さんを取り押さえ、制服を脱がせにかかった。
 ものすごく見物していたかったが、今の俺は正真正銘の男なので失礼して部室を辞し、扉を閉めて合掌した。
 朝比奈さんには悪いが、女性ということで遠慮がなくなったハルキもといハルヒの暴挙に振り回される日常の復活が嬉しかった。

 ただ、あのおかしくなった世界を元に戻したことに後悔はない。だが、少しは未練も残ってるんだ。
 朝比奈さんに抱きつかれたとき、身長が同じくらいになってて、互いに胸やほっぺたを押し付け合いふにゅふにゅしあう感触が、さ。

 完

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