「痛ってえな! どこの策士だ、幼稚な真似しやがって!」
「いきなり一人で転んだかと思ったら、なに言い出してるのさキョン」
 国木田はなおものんびりと、
「どうしたの? どこにもつまずくようなモノはないし、誰かに恨まれるような心当たりでもあるの?」
 どこにもつまづくような理由など存在しないただの廊下で転倒した俺に放たれたその言葉は、俺にもう一度頭から転んで死ぬ決意をさせてくれるのに十分であった。
「俺は悪魔に取り憑かれてるかもしれん」
 マジに国木田から頭の心配をされてしまったが、いきなり目の前ですっ転んだ奴から霊憑き宣言などされてしまっては、それもやむなしの結論であると言えよう。
 現在の俺はどこか固い場所に頭をぶつけてしまいたい衝動にかられてしまっているのだが、はたして平坦な床で転び頭部を強打するなどという器用な芸当が俺に再現可能なのであろうか。しかし、二度とやりたくないことを自ら繰り返すほど俺の脳はダメージを受けているわけではない。
「…………」
 いつにも増してとりとめのない思考をしている理由は簡単だ。


 ぐあ! 死ぬほど大恥かいちまったじゃねえか国木田のアホ野朗!


 などと、己が喫した失態の責任を見知らぬ策士から国木田へと転嫁したところでどうなるわけでもない。
 俺は熱を持ったデコを押さえながら立ち上がり、己の不運を嘆いた。
「……泣きっ面にハチ、ね」
 長い坂の上に電波女っつーのもそうだろうな。どうしてこうもやっかいごとは重なるものかね。なにか未知のトンデモパワーが働いているとしか思えん。
「北校はキョンが自分で選んだんじゃん。転ばぬ先の杖ってことじゃない?」
 なるほどね。さっき転けたのは、急いては事を仕損じるってところか。
「じゃあ……俺を変ちくりんなクラブに強制加入させた、あの涼宮ハルヒはどうなんだ?」
「塞翁が馬」
 国木田は飄々と言い放ったが、馬と言うならじゃじゃ馬とか離れ駒とかそういったモンが相応しくあいつを形容してると思うぜ。おしとやかにしてりゃサラブレッド系種だってのも認める。
「楽しいと思うけどな」国木田は何故かうらやましそうに、「あーゆう活発な人ってさ、ちゃんと常識があるから色々できるんだと思うな。僕なんか世間知らずだから、ちょっと憧れるよ」
「同意しかねるな。昨日なんかお前、人が少ないからって他所様の部室を乗っ取ったあげく、そこに一人でいた部員まで強引に一味に加えちまったんだぞ」
 あの文芸少女はどうでもよさそうではあったが、と思いつつ、
「とにかく、あいつの行動が常識的な考えに基いているとは思えん」
 国木田は顎に手をあて、
「うーん。その子が一人ぼっちになっちゃわないようにしたとか?」
 俺の抗弁を待たずに、
「あ、でもさ。そう考えると、なんでキョンだったんだろうね」
「なにがだよ」と俺。
「涼宮さんが、一番最初に選んだ人。どういう理由でキョンを選んだんだろう?」
 だから、文芸部員を仲間に入れたのは部室が欲しかったからだろーし、俺は単に手近な人材で、何故か今も前の席にいるからだろうよ。いつだって自分本位に考えてる奴なんだあいつは。昔は知らんが。
「ひょっとしたら、似てるところがあったのかもね」
「誰が……」
 と言おうとした瞬間だった。後方からなにやらバタリと盛大に人が倒れたときのような効果音が響いてきたかと思いきや、
「……いったいわねっ! さてはあたしの命を狙った不届き者の仕業ねっ! ほら、隠れてないで出てきなさい!」
 ――誰もいないところで起き上がりながらそう叫ぶ、最近見慣れた顔の女がそこにいた。

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最終更新:2009年01月22日 01:00