………。

「…なぁキョンよ」

………。

「…確かにショックなのはわかるがな…全力で机にへばりついて落ち込むのはやめてくれないか?」
「…あぁ、誰かと思ったら谷口か」
「…お前本当に大丈夫か?」






















岡部の言葉を聞いたとき、俺はどうして良いかわからなかった。
ただ、半ば困惑気味な担任の顔を見ると、「それ」が嘘でもなんでもないということはすぐにわかった。

何故?一昨日普通に会って、普通に話してたはずなのに…
…普通?どこが?

やっぱりハルヒは無理に楽しもうとしてたのか…

周りの奴らも驚いてる。
きっとハルヒは誰にも話さなかったんだろうな。

「両親の仕事の都合で県外に行くことになりました。短い間ですが楽しかったです」

みんなの前に立ったハルヒが喋る。
よく覚えてないが確かこんなことを話していたと思う。

みんな何も言えなかった。
あまりにも突然過ぎたんだな。きっと。

俺も何も言えなかった。

ありがとう。

そう言ってみんなにお辞儀をするハルヒ。
顔を上げた時に俺の顔を見て笑ってくれた。

だけど何となく目を反らしてしまった。

その日の放課後、事実上最後の団活の日、俺は部室に寄る気になれなかった。
だけど寄ってしまった。
なんでだろうね。

放課後になってみんなから別れの言葉を貰ってるハルヒを見てると何となくそうしなきゃいけない気がしたんだ。

「…寒い」

心境的なそれか、はたまた単純に暖房の付いてないこの部室そのものがそうなのか。
…何でもいいか。

唯一の備品であるホワイトボードを眺めながらボーっとする。
…これも返しに行かなきゃな…




しばらくするとハルヒが来た。

「…ごめんね」

開口一番にこう言った。
謝られる筋合いも無かったし、どうしようもないことだってのもわかってた。

「………」

ただ、何も言えなかった。
何も言う気になれなかった。

「もっと早くから言わなくちゃって思ってたんだけど、言えなかったのよ」

話を聞くところによると、秋の半ばくらいには県外に行くことが決まってたらしい。
出来る限り喉を振り絞って返答する。

「…そっか」

うん、これが限界。
何でか知らないけど、泣きそうだった。

恥ずかしいな、この年で泣きそうだなんて。
















そこから先はよく覚えてない。
覚えてるのは、ハルヒが空港を出発するのが今日の2時くらいだってことと、誰もいなくなった部室で小一時間立ち尽くしたことだけだ。

「…あ、雪が降ってる」

窓の外を眺める国木田が呟く。

雪か…ハルヒと一緒に見る約束したんだっけか。


…あんなに世界が色付いていたのに雪まで白くなってら…

「…頭大丈夫かこいつ?雪は元々…」
「ほっといてあげなって、谷口」

結局、俺はハルヒに助けてもらってただけで、自分から世界に色を塗ろうとはしなかったんだな。

『自分から動きもしないのに楽しいことが玄関のベルを鳴らしてくれるわけないじゃない!』

…わかってるって。そんなこと。

「…はぁ」
「はい、これで本日通算70回目のため息ね」
「…朝倉さんそんなの数えてたの?」
「だって見てて面白いんだもの」

自分から動く、か。

「………」
「うぉっ!どうしたキョン?いきなり立ち上がって」
「あぁ、部室のホワイトボードを片付けに行くんだ。ハルヒが勝手に取ってきたままだったからさ」
「もう次の時間が始まるわよ?…って、行っちゃった」

「え、どうすんだあいつ?」
「どうするも何も…行こう、谷口」
「え?2人とも授業は?」
「すぐ戻ってくるよ。キョンも連れてくるからさ」




あぁ、そういや授業あったんだっけか。

パタパタと教室に入っていく生徒を見ながらそんなことを思う。

「あ、キョン!やっと追いついた…」
「国木田、どうしたんだ?」
「お前が不安だから2人で着いてきたんだよ。ったく、ひとりでフラフラしやがって…」

…あぁ、そう。

「というかホワイトボードってどこに返せば良いんだ?」
「お前はそんなことも考えずに出てきたのか…」
「ま、とりあえず部室に行こうよ。というか部室ってどこなの?」

ここだ。
気がついたら目の前まで来てたみたいだな。


「結局旧校舎にしたんだ」
「あぁ、なんかすんなり借りられた」

恐らくはこれが最後に訪れることになるであろう部室の扉を開く。
ホワイトボードは…あった。

…あれ?

「ん?どうした、キョ…あぁ…」

………。

…確か二度目になるのか、このホワイトボードが使われたのは。

『短い間だったけど、キョンと過ごした日々がとても楽しかった!ありがと!』

…相変わらずハルヒらしい字だな。

「何時の間に書いたんだろうね、涼宮さん」
「…なぁ、谷口」
「なんだ?やっとマトモに話す気になったか?」
「…空港まで電車でどのくらいかかるっけ?」

…ちゃんとハルヒに伝えなくては。

「んー…今雪が降ってて電車止まってるみたいだね」
「…国木田」
「多分電車だと2時には間に合わないよ?それでなくてもチェックイン前に捕まえないと」
「あー…走ってく。時間が勿体無い」
「待て、落ち着けキョン」

…何だよ谷口。

「走って行ったところで間に合うわけないだろうが、ちったあ自分の身体能力を考えろ」
「んなこと言ったって…どうすりゃいいんだよ」
「だから落ち着けって…バイクの免許をとってあるって言っただろうが」
「小型原付バイクでの2人のりは犯罪だよ?」
「細かいことは気にすんなって!」

というかお前、俺のこと絶対に乗せないとか言ってなかったか?

「馬鹿野郎、親友のピンチなら話は別に決まってんだろ」
「…谷口」

…俺達いつから親友に?

「…てめぇ」
「冗談だ。恩にきるぜ、谷口。というわけで国木田、後は頼んだ!」
「うん、先生には適当に言って誤魔化しておくよ」
「おっし、そうと決まれば早速バイク取ってくるぜ。キョンは校門で待っててくれ」

あ、すまん谷口、俺の家に寄ってもらって良いか?

「別にいいぞ。だけど何でまた?急ぐんだろ?」
「取りに行かなくちゃいけないものがあるんだ」
「了解、んじゃまたあとでな!」




















…で、俺の家に寄ったまでは良いんだが…

「もっとスピードはでないのかこのバイクは!?」
「馬鹿言うな!只でさえ2人乗りで危ない上に雪が降ってんだぞ!?」
「限度があるだろ!何台自転車に抜かれたと思ってんだ!」
「そこまで言うならスピード出してやるよ!捕まってろよ!」

おぉ!かなり怖いがさっきよか大分早くなったぞ!

「…確かに早くはなったんだがな…なんか後ろからサイレンの音が聞こえないか?」

…気のせいじゃないのか?

「…そんなわけねぇだろ!巻くぞ!」「のわっ!あぶねぇ!おい!俺吹き飛ばされるところだったぞ!」
「良いから黙って何かに捕まってろ!ほら、空港見えたぞ!」
「…後ろからパトカーの追跡も見えるんだが…」
「…流石に簡単に巻けないか」
「で、どうするんだ?」
「んー…そうだ!」

おい、そのまま空港に行くのか?

「黙ってろって…よし、怪我すんなよ?」
「へ?…うわっ!」

てめぇ!何故俺を茂みに振り落とす!?

「って、行っちまった…」

パトカーも谷口の方を追いかけったな…

「もしかして囮になってくれたのか?あいつ…」

…戻ったらもう一度お礼言わないとな…





で、ハルヒはどこだ?

なんとか空港に着いて現在2時15分前。
時間はギリギリセーフと行ったところか…

…だからハルヒはどこだ?
まだチェックインを済ませてなければ良いが…

ハルヒの乗る便のゲート前をウロウロする。
…もう乗っちまったのか?

まずいぞ、そうなったらもう会えなくなっちまう。

あと10分。

…谷口から連絡が入る。

「会えたか!?」

会えてねぇよ。
というかそれどころじゃねぇ。

あと5分。

…忍び込むか?
というか呼び出してもらえるのだろうか?

まぁいい…係員の目を盗んで…
…げ、見つかった。
ダメか…

あと2分。

…終わった…
全部終わった。

…間に合わなかったのか…

「…はぁ」

2時を告げるベルが鳴る。
…帰ろう。

『ねぇ、キョンは小さい時にあたしとあった最後の日のこと覚えてる?』

…今回のは思い出したくもないな…





















「…あんた何やってんの?」

…あれ、デジャヴ?
いつかの時のように、後ろから声がした。

「…ハルヒ」

「え?何…ってちょっと!こんなところで抱きつかないで!」

…良かった…会えた。

「いいから離しなさい!恥ずかしいから!」
「あ、あぁ…すまん。というか2時発の便じゃないのか?」
「雪が降ってるから遅れてるのよ。まぁ弱いし30分くらいの遅れだけどね」

そうだったのか…

「とりあえずさ、雪見に行こう!ほら!早く!」

いつかのようにハルヒが手を掴んで走り出す。

「で、あんたは何でこんなとこに来たの?」
「あー…色々伝えなくては、って思ってたんだが…お前と会ったら全部忘れちまった」
「…変なの」
「ほっとけ」

…とりあえず

「…ありがとな、ハルヒ」
「え?」

「なんつーか…本当に楽しかった」
「…何よいきなり」
「昨日言えなかったからさ。ほら、これ」

そう言ってハルヒに包みを渡す。
あの日買った、桜の花の髪飾り。

「くれるの?」
「本当はこないだ渡そうと思ったんだがな」
「うわぁ、綺麗。ありがと!…んと、似合うかしら?」

物凄く。

「良かった!」
「俺も喜んでもらえて良かったよ」

のんびり話しながらも時間が過ぎていく。

「ねぇ、キョン」
「…なんだ?」
「あたし達が離れ離れになってもSOS団は無くならないからね」
「…当たり前だ。それに、もうハルヒのことも忘れない」

「うん!」
「…時間ができたらたまに会いに行っても良いか?」
「拒否すると思うかしら?」
「…知らん」
「うん!ならSOS団改め新生SOS団をよろしくね!」

…どこが変わったんだ?

「世界のどこかでお互いに再会を望む涼宮ハルヒとキョンの団よ!」
「…相変わらず変な名前だな」
「うるさいわね。あんたも、あたしがいなくなったからってまた腐るんじゃないわよ?」

…なるわけないだろ。
お前が世界に色を塗る楽しさを教えてくれたんだから。

「うん、じゃあそろそろ行くね!」
「おばさんにもよろしく言っといてくれ」

お互いに約束だなんてしない。泣くこともない。

一度巡り会うことができたんだ。

「…何度でも会えるに決まってる」
「え?」

「いや、独り言」

そう言ってハルヒの唇を塞ぐ。

「………」
「…泣くほど嫌だったか?」
「…そんなわけないじゃない、バカ…」

俯いて泣き続けるハルヒの頭を撫でる。

「嫌で泣いてるんじゃなくて…うん…絶対にまた会うんだからね?」
「…あぁ」
「もし会いに来なかったら…」
「罰ゲーム、だろ?」

ハルヒが満面の笑顔を見せる。

「わかってるじゃない!キッツイの考えておいてあげるから、覚悟しなさい!」
「…やれやれ」
「っと、そろそろ本当に行かないと…じゃあキョン!」
「あぁ…」

「またね!」
「…またな」

走っていくハルヒに向かって手を振り続ける。
ハルヒは振り向くことはなかったし、俺も未練たらしく追いかけることもしなかった。

伝えたいことは充分に伝わった。
それだけで充分だろ?

どんどん遠くなっていくあいつの姿を眺めながら、何となくそう思った。

底冷えする雪空の下、色鮮やかな一輪の桜の花が、そこに咲いていた。



エピローグにつづく

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最終更新:2008年12月13日 18:30