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その日、わたしは涼宮さんを見送るために駅へと向かう高架下の道を走っていました。普段から人通りの少ない道で、この日も周囲にはまったく人影が無く、わたしの息を切らした音だけが聞こえていました。
「もしかしたらわたしが一番最後になってしまうかもしれない。涼宮さんに罰ゲームを与えられるかも」
そんな考えがふと頭に思い浮かびました。同時に、涼宮さんが嬉々としてキョンくんに罰ゲームの内容を告げる高校時代の情景が頭の中に思い浮かびます。まるで、昨日の出来事であるかのように。
高校時代、罰ゲームを受けるのはいつもキョンくんでした。涼宮さんがそれを望んでいたし、キョンくんも心のどこかではそうなることを望んでいたから。
でも、キョンくんはもうこの世にはいない。そのことを考えると、わたしだけがこの世界に取り残されたような、そんな気持ちに苛まれてしまいます。
そんな思いに少し気持ちが落ち込んだものの、涼宮さんの前ではそんなそぶりを見せないようにと自分に言い聞かせながら、みんなが待っている駅へと走っていました。
突然、「長門さん!」と叫ぶ古泉くんの声が聞こえてきたかと思うと、同時に何か重い鈍器のようなものがぶつかるような『ゴン』という音がしました。
その音を聞いた瞬間、身体がびくっとなって立ち止まってしまいました。周囲を見回してみても人影は見えません。声が聞こえてきた方向は、たぶん前方に見えるコンクリートの柱の向こう側……
恐る恐るコンクリートの柱に近づき、身を潜めながら慎重に様子を窺うと、戦闘服を着た屈強な男性が大きな銃のようなものを長門さんに向けて、いまにも彼女を射殺しようとしている場面が飛び込んできました。
まったく予想もしていなかった状況に気が動転してしまい、何か悲鳴のような声を叫びながら、咄嗟に足元に落ちていた石をその男性に投げつけました。
その男にはさほどダメージを与えられなかったものの、男の気がわたしに逸れたことで、その一瞬の隙をついて長門さんが彼を攻撃し、彼は光の粒子になって消えてしまいました。
「長門さん!」
わたしは必死になって彼女に駆け寄ります。彼女はわたしを見て少し安心したような表情を向けると、その場に膝をつきました。
「だ、大丈夫ですか! 長門さん」
長門さんの身体はボロボロでとても大丈夫そうには見えません。体中に銃創を負いとても痛々しそうに見えました。衣服は血で染まり、まるでたったいま戦場から帰ってきたかのようです。
それでもそれ以外に投げかける言葉を思いつきませんでした。彼女は血の滴り落ちる腕をゆっくりと動かし、わたしの背後を指差します。
「わたしは大丈夫。しばらく休息すれば肉体の損傷は回復できる。情報処理能力もかろうじて底をついていない。それよりも……」
背後を指差す長門さんの姿を見て、確か古泉くんの声が聞こえたことを思い出しました。まさか、そんなことが……ゆっくりと振り返ると、そこには血まみれの古泉くんが無造作に横たわっていました。
古泉くんは死んでいるように見えました。まったく微動だにせず、まるで物のようにそこに置かれているようでした。たとえ生きていたとしても全身血まみれでとても助かるようには見えません。
「嘘……どうしてこんなことが……いったい何があったんですか」
長門さんが大怪我を負っていることも忘れて、彼女に問い詰めます。
「涼宮ハルヒを巡ってわたし達は機関と対立した。そのため、やむを得ずこのような戦闘を行うことになってしまった」
「じゃあ、まさか長門さんが古泉くんを……」
「そ……それは……違います」
「え?」
うめくような小さな声が聞こえ、わたしは古泉くんのほうを振り返りました。
「僕が……長門さんに……依頼したのです……機関の手から……涼宮……さんを……自由にするために……」
「どういうこと?」
古泉くんが詳細をわたしに説明しようとしましたが、とてもそのようなことができる状態ではなかったので、代わりに長門さんがいきさつを説明してくれました。
すべてを知ってわたしは言葉を失ってしまいました。この時間平面に派遣される時、わたしは確かに自分の死をも覚悟して来たつもりです。
しかし、現に目の前で古泉くんや長門さんが瀕死の重傷を負っている姿を見て、自分の覚悟がいかに足りなったかということを痛感しました。
古泉くんは自分の信念のためにあえて自らの所属する組織とすら敵対したのに……それに比べてわたしは……
少し間があった後、長門さんはゆっくりと古泉くんに視線を向けました。
「古泉一樹、あなたの生命活動が停止する前にひとつだけ聞きたいことがある」
「何で……しょう? 僕に……答えられる……ことでしたら……何で……も……」
瀕死の古泉くんを目の前にして、いつものように淡々と話す長門さんの姿を見ても、なぜかそのことを冷酷とは思いませんでした。
「わたしはこの戦闘に臨む前、あなたはわたしを裏切ると思っていた。そうすれば、あなたは涼宮ハルヒと共に自由を得ることができるからだ。あなたがその思いに至らなかったとは考えにくい。
なぜ、そうしなかったのか? その機会は戦闘中いくらでもあったはず。なのになぜ、あなたは最後までわたしにつきあったのか?」
長門さんが古泉くんに問いかけた後、しばらく二人の間に静寂がありました。じっと古泉くんを見つめる長門さんの目は、いままで彼を見ていたものとは何か違う感情が宿っていたように思います。
「あ……あなたも知ってのとおり……」
古泉くんはゆっくりと口を開き、まるで遠い過去を振り返るように言葉を紡ぎます。
「僕が……涼宮さんとつきあうように……なったのは……機関の陰謀のためです。本来であれば……彼女は鍵であった彼……とつきあうはずでした。でも、僕は……ずっと以前から……涼宮さんのことが……好きでした。
だから……機関から……この計画を持ちかけられた時、一抹の罪悪感……を感じながらも、反対はしませんでした。もちろん……僕には命令……を拒否する権限などは……無かったのですがね」
『命令』というキーワードを古泉くんが長門さんに話した時、一瞬だけ彼女の表情が変化したように感じました。それが何を意味していたのか分かりません。
「だが、佐々木さんに……計画を持ちかけ、彼が……彼女とつきあうことを決め、計画が進むにつれて、最初は一抹でしかなかった……罪悪感がだんだんと大きくなり……やがて自分の中で無視できなくなってきていたのです。
僕は……敢えてそのことには……気がつかない振りをして……涼宮さんの気を引くために……毎日奮闘しました。自分の心を誤魔化すために……」
「古泉くん……」
古泉くんの口から真相を聞いた時、なぜかわたしの心は平静でした。想像すらしていなかった機関の陰謀を聞かされているはずなのに……
なぜでしょう。その理由……わたしは知っていたから? そう、わたしはおそらく最初から真相を知っていたからです。キョンくんが涼宮さんにつきあえないと言ったあの日からずっと……
あの時のキョンくんと涼宮さんの違和感。それは彼らと共に過ごしてきたわたし達三人には分かって当然のことでした。でも、わたしは真実から目を背け、あたかもそれに気がつかないふりをしてきたのです。
臆病だったから? いや、それだけじゃない。涼宮さんに嫉妬していた……から? 違う! わたしは大好きな二人がわたし達の、いえ、わたしのもとから離れて行くのが怖かったのです。
ずっと、ずっとSOS団の活動が続けばいいと思っていました。いつまでも五人仲良く過ごせればいいと……そんなことはありえないのに…………
「念願かなって……涼宮さんとつきあい始めた後も……ずっと自分の心を偽ったまま過ごしてきました。それだけでなく……涼宮さんといるときは……いつも彼が現れるのではないかという恐怖に脅えていたのです。
いつか……彼がすべてを知って……僕達二人の前に現れるのではないかと。そして……涼宮さんに真実を告げ……僕から涼宮さんを奪っていくのではないかと。僕は……確信にも似た予感を……常に抱いていました。
だから……佐々木さんから彼が亡くなったと知らされた時……僕はようやく自由になれると……密かに……心の中で喜びました。もう不安要素は……無くなったと……
だが……安堵したのもつかの間……みんなの彼を慕う声を聞いて、僕の……心の中には……別の感情が込み上げてきたのです……
死んだ後も……みんなに慕われている彼……に比べて、仲間であったはずの彼を裏切り、最愛の人である……涼宮さんを裏切り、そしてみんなの前で……彼の死を偲んだふりをして嘘をついている自分がいる……
そう考えたとき……自分の置かれている境遇が……機関の一員としての自分が……いまも涼宮さんを騙し続けている自分が……彼の死を喜んでいる自分の人格が……自分のすべてが嫌になったのです……
だから……機関から今回の命令を受けた時……これを機会にすべてを清算しようと……涼宮さんのために……そして……彼のために……
たとえ自分の命を失う結果になっても……仲間を裏切ることはしないと……自分の心に誓ったのです……」
息も絶え絶えになりながら自分の心のうちを吐露する古泉くんの姿から、学生時代とは違った雰囲気を感じました。
古泉くんはずっと心の内を隠して生きてきたはずです。その頃の古泉くんからは、どこか長門さんよりも無機質な、雰囲気を感じていました。どこか人形やロボットのような雰囲気を。
でも、心の内をすべて打ち上げる古泉くんからは、近寄りがたかった雰囲気はまるでなく、とても身近な感じを受けました。完璧ではない弱さを持った人間という。
「……あなた達に聞いてもらいたいことがある」
古泉くんの告白が終わり、わたしが言葉を失って沈黙している中、突然長門さんが何かを決意したようにわたしと古泉くんを見ました。
その表情からは覚悟のようなものを感じました。このように長門さんが感情を表に出すことはおそらくわたしの知る限りでは初めてだったと思います。
「わたしは今回の戦闘で重大な損傷を負ってしまった。そのため、これ以上この惑星で活動を継続することはできない。もちろん、涼宮ハルヒの観察を続けることも不可能になる。
わたしがこの惑星から姿を消すと同時に、情報統合思念体は長い休息を必要とすることになるだろう。おそらく次に活動を再開するときには、涼宮ハルヒの寿命はもう尽きていると推測される」
「え?」
「長門……さん……?」
「あなた達と活動した経験は、わたしにとってとても有意義だった。休息の間も情報統合思念体は、いままで収集した情報をもとに自立進化の可能性を探るだろう。
わたしはこの惑星で集めた情報こそが思念体の自立進化に繋がると確信している。だから、そのときが来る前に、二人にお礼を言わせてもらいたい」
突然の長門さんの告白にわたしと古泉くんは言葉を失い、ただ呆然と彼女を見つめることしかできませんでした。そんなわたし達に彼女は優しく微笑みかけます。
「ありがとう」
ただ一言そういい残して、すっと音も無く消えてしまいました。その後には彼女がいたという痕跡すら残っていません。まるで最初から長門有希という人物などいなかったかのように……
長門さんが消えてしまった場所を呆然と見つめていると、後ろから古泉くんの消え入りそうな声が聞こえてきました。
「朝比奈さん……最後にひとつだけお願いがあります。あなたに……こんなことをお願いするのは……筋違いかもしれません。でも……でも……どうしても聞いてもらいたいのです」
そう懇願する古泉くんの姿からは鬼気迫るものが感じられた。
「な、なんでしょう」
「駅で……待っている涼宮さんに……僕が長門さんとつきあうことになったので別れてくれと言っていた……と伝えて下さい。だから……僕達は……見送りには来ないと」
「え? そ、そんな……それより手当てをしなきゃ……」
持っていたバッグから携帯電話を取り出そうとするわたしの手を掴み、首を横に振った。
「僕は……もうこの傷では……助かりません。僕がここで死んでも……地方版の新聞の隅に載るだけで……涼宮さんが知ることは無いでしょう。僕はもうこれ以上……彼女の悲しむ姿を見たくないのです」
「そんな……こと……」
「自業……自得です。それより早く行かないと……間に合いませんよ。涼宮さんが……電車が出てしまいます。僕のことはいいから……早く行ってください」
「で、でも……」
「早く!」
古泉くんの気迫に気圧されるように後ずさりした後、その場から逃げ出すように駆け出しました。涙が後から後から溢れてきました。それでもけっして後ろを振り返ることはしませんでした。
全力疾走し、駅の改札口にたどり着きました。柱に手をつき呼吸を整えている最中、さっきの情景がよみがえり、あの場から逃げ出してしまった卑怯な自分が惨めに思えてきました。
古泉くんを助けることもせず、まして気が動転して救急車を呼ぶことすら忘れていた自分が情けなく感じました。自分の無力さが歯がゆく感じました。
それでも、涼宮さんにそのことを悟られるわけにはいきません。時計を見てまだ時間があることを確認し、涙を拭き気持ちを落ち着かせてから、入場券を買い涼宮さんの待つプラットホームに向かいました。
プラットホームの階段を登ると、涼宮さんと佐々木さんの姿がありました。二人は何かを話し合っているように見えましたが、話の内容までは分かりません。二人の表情からあまり楽しい話ではないようでした。
「みくるちゃん?」
涼宮さんがわたしに気づき、暗い話を悟られないようにか笑顔になって小さく手を振りました。わたしも話には気づかなかったふりをして二人のもとに駆け寄ります。
「みくるちゃん、ひとり? 有希と古泉くんは?」
「ええっと、古泉くんは……その……」
涼宮さんから目を逸らして、わたしは一瞬躊躇いました。しかし、ここで本当のことを言えば古泉くんや長門さんの決意を無駄にすることになります。なにより、わたし達の正体を知らない涼宮さんには説明のしようがありません。
なんとか辻褄を合わせながら、古泉くんと長門さんは実は以前から恋仲で、ふたりは涼宮さんを裏切った後ろめたさもあってここには来れないと言っていたと説明しました。
一瞬だけ、涼宮さんの表情が曇り、じっとわたしの顔を見つめました。
こうやって、涼宮さんが表情を曇らせてわたしを見ることは高校時代から何度かありました。わたしだけでなく、古泉くんや長門さんと話しているときも時々このように表情を曇らせることがあったように思います。
でも、それは一瞬なので長門さんも古泉くんも気づいていないようでした。でも、この時は表情を曇らせたままじっとわたしを見つめていました。
「みくるちゃん、それ……本当なの?」
「は、はい、さっき……古泉くんと長門さんに偶然出会って直接本人の口から聞きました。だから……間違いないです……」
「そう……」
涼宮さんは何かを諦めたような表情で視線を遠くに向けて、消え入りそうな声でつぶやきました。
「あたし……古泉くんにもふられちゃったのね。キョンにもふられて……古泉くんにもふられて……」
涼宮さんの悲しむ姿を見ているのがとても切なくて、彼女から視線を逸らして横を向くと、佐々木さんが驚愕の表情で目を見開いて息を呑みわたしを見つめていることに気づきました。
わたしと目があった彼女は、すぐに普段の表情に戻り、何事も無かったかのように装うと、ちょうどその時、プラットホームに涼宮さんが乗る予定の電車が入ってきました。
「みくるちゃん」
優しさと寂しさの入り混じったような声でわたしを呼ぶ声が聞こえ、わたしは佐々木さんから視線を外して涼宮さんのほうを向きます。
「古泉くんも有希も……キョンもあたしの元から去って行ったわ。最後まであたしの傍に残ってくれたのはみくるちゃんだけ……
みくるちゃんはどこにも行かないよね? ずっとあたしの傍にいてくれるよね?」
「も、もちろんです。呼んでくれれば、いつでも涼宮さんに会いに行きますよ」
いままで見たことも無いくらい弱気な涼宮さんを見て、わたしはこう答える意外にありませんでした。
「…………ありがとう、そう言ってくれるのは、もうみくるちゃんだけだわ…………」
一瞬表情を曇らせた後、そう言って寂しくわたしに微笑みかけてから、涼宮さんは佐々木さんのほうを向きました。佐々木さんは表情を曇らせたまま視線を下に落としていました。
「さよなら、佐々木さん」
「あ、ああ、さよなら」
妙にたどたどしくふたりがさよならの挨拶を交わした時、ちょうど発車のベルが構内に鳴り響きました。
涼宮さんは電車に乗り込むと、
「みくるちゃん」
何かを思い出したように後ろを振り返り、わたしの名前を呼びました。
「は、はい」
「え、ええっと、いえなんでもないわ。身体に気をつけて元気でね」
「え、あ、はい」
何かを伝えようとして躊躇した涼宮さんとわたしの間を遮るかのようにドアが閉まり、電車はゆっくりと動き出しました。
このままこの時間平面に残ることもできました。この時点で、未来人の勢力は機関と情報統合思念体には敵わないと判断し、涼宮さんの監視を終了させる決定をしていたのです。わたしにも帰還命令が出ていました。
もし古泉くんや長門さんの件を報告すれば、わたしの帰還命令は取り消され、涼宮さんの傍にいることもできたと思います。でもそれは、古泉くんと長門さんの思いを裏切ることになります。
だから、わたしは報告はせずにこのままこの時間平面を後にするつもりです。涼宮さんの乗った電車が見えなくなってしまうのと同時に、たくさんの想い出のつまったこの街を。
「朝比奈さん」
佐々木さんが背後から声をかけてきました。わたしは振り向くことをせず、ただ黙って涼宮さんの乗った電車を見続けていました。
「きっとあなたは私のことを軽蔑しているでしょうね。あなたは古泉くんからすべてを聞いたはず。意図したことではないとはいえ、結果的に彼の命までも奪ってしまうことになってしまったのだから。
あの話を聞いたとき、古泉くんを苦しめることになるのではないかと思わなくもなかったわ。でも、それでも私はキョンといっしょになりたかったの。どうしてもこの想いを無視することはできなかったのよ」
背後から語りかける佐々木さんの声からは、彼女の悲痛な感情が伝わってきました。彼女に視線を向けることなく、わたしはずっと電車を見続けていました。
「佐々木さん、わたしは……わたし達からキョンくんを奪っていったあなたを憎く思ったことはありました。でも……あなたを蔑んだことは一度もありません……」
涼宮さんを乗せた電車は最後尾の車両が微かに見える程度にまで遠ざかっていました。
「わたしがあなたの立場でも……きっとそうしたでしょうから……」
 
~終わり~
 

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