文字サイズ小で上手く表示されると思います


 

 その計画は、完璧と呼ぶに相応しい内容だった。

 


 僕達の作ったゲームで戦い、僕達だけに許された特権で完勝し、僕達にこそ相応しい
パソコンを取り返す。
 その為に僕達は数ヶ月の歳月をかけて入念に準備をしてきたんだ。
 もちろん、相手に勝負を受けさせる為の対策にも抜かりは無い。
 僕達が用意した新型パソコン4台を前に、SOS団の団長さんはあっけなく勝負を受
け入れた。
「賞品の前渡しなんて気前がいいじゃない!」
 ……今のうちにせいぜい喜んでおくといい。
 悔しがる彼女の顔を思い浮かべつつ、僕達は決戦の日を待った。

 


「復讐」

 


 漆黒の宇宙空間を悠然と前進する、我らコンピ研の大艦隊。
 その中央に位置した旗艦の中で、僕はその時を待っていた。
「……部長、SOS団の艦隊がログインしました」
 部員からの報告を耳に、僕は新たにモニターに浮かんだ5つの船影に視線を送る。
 ほほう……前衛1、中央に3、後方に1か……。どうやら、かなりこのゲームをやり
込んできたようだな。
 特に前衛に位置した艦隊の索敵行動は素晴らしく、開発側である僕達にも劣っている
とは思えない。
 後方の艦隊は一見すると彷徨っているようにしか見えないが……何か作戦の一環とい
う可能性も捨てきれない。
 なるほど、流石はSOS団といった所か。
 しかし、君達がどんなに知略を尽くそうとも僕達の勝利は揺るがないのさ。
 戦闘領域到達を前に、僕は部員達に音声回線を開いた。
 これより、コンピ研はSOS団との戦闘を開始する。今回の我々の「作戦」に対して
納得できない者も居るだろう。しかし、この戦いは報復戦なのだ! 卑劣な手段を用い
た相手に遠慮をする必要など存在しない! SOS団の団長によって奪われたパソコン
と尊厳を、今こそ取り戻すんだ!!
「部長!」
「やりましょう!」
「任せてください!」
 士気を向上させた部員達の声に、僕は勝利を確信し――
 コンピ研、出撃!
 全艦隊に攻撃命令を飛ばした。しかし――
 圧勝間近の僕達に襲い掛かった突然のプログラム修正、混乱した僕達の艦隊は見る間
に宇宙の塵へと変わっていく。
 何が起きたのかなんてわからない、僕は敵から逃れようと艦隊を動かしていたはずな
のに、気がついた時には敵に完全に包囲されていたのだった。
 次々と打ち落とされていく護衛艦隊、そして
「部長!?」
「た、助けてくださいー!」
 次々に聞こえてくる部員達の悲痛な叫び……。
 ただ呆然としていた僕の視界は、前方に現れた艦隊のレーザーによって真っ白に染め
られた。
「コ……コンピ研に栄光あれー!」
 母艦を貫く閃光の中で、僕の叫びは虚しく消えていく。
 勝利を約束されていたはずの戦いは、そうして幕を閉じた。


 
「部長……あのパソコンの支払い請求がきています」
 申し訳なさそうに話す部員の言葉は確かに耳に届いていたが、僕には返事をするだけ
の元気は残されていなかった。
 そもそも、あの4台のパソコンはSOS団に勝利したあと返却する予定でレンタルし
た物だったのだ。
 だが、勝負に敗北してしまった以上、購入して支払いをしなくてはならない。
 世界に通用する凄腕ハッカーと知り合えた事を考えても、それはあまりにも重い代償
だった。
 ……し、支払い期限はいつだったかい?
 なんとか机から顔を上げると、部員は躊躇いながら請求書を差し出す。
 そこには、今日を含めて10日後に迫った日付が書かれていた。
 つきつけられた現実の前に思わず胃に手をあてる。
 コンピ研に割り当てられた今年度の予算を全てつぎ込んでも、請求に書かれた金額を
精算する事はできない。となれば……。

 


 深夜の部室に、延々とキーボードをタイプする音が鳴り響く。
 モニターに流れる文字と手元の原稿用紙を確認しながら、僕は1人指を動かしていた。
 ……はぁ……僕は何をやってるんだ? パソコンを取り返すどころか、追加で4台も渡
す事になるなんて。
 しかも、最初の時とは違い今度は自業自得なんだよな……。
 知り合いを頼って運良く見つけられた打ち込みのバイトだったが、その作業量は徹夜を
覚悟せざるをえない物だった。
 癖のある字に戸惑いながら、僕はデスクに置いていた珈琲へと手を伸ばす。
 しかし、そこにあったはずのマグカップは見つからずに手は空を切った。
 あれ、そこに置いたと思ったんだが……。
 原稿用紙から顔を上げた僕の前に、そっと置かれるお茶のペットボトル。
「胃を悪くしますから」
「お手伝いしますよ」
「仲間じゃないですか」
 そこには、先に帰ったはずの部員達の姿があった。
 な、なんでここに。
「さくさくやっちゃいましょう」
「添削と原文の修正は僕が」
「じゃあ僕は打ち込みを手伝います」
 僕が何も言う前に、部員達はそれぞれのパソコンを立ち上げると作業へと取り掛かっ
ていった。
 ま、待ってくれ! これは僕の責任なんだ。
 そう僕が叫んでも彼等は気にした様子もなく、
「部長を選んだのは僕達です」
「それに、結果は負けちゃいましたけど部長の作戦は完璧でした」
「最後までお供します」
 僕は、自分がどれだけ仲間に恵まれていたのかを思い知った。
 ……お前達……不甲斐ない僕の為に……すまない……。
 泣いている暇なんてない、僕はコンピ研の部長なんだから。
 涙で滲んだ目を擦りながら、僕は必死に指を動かした。

 


 数日後――
「受領確認のメールが届きました。部長、作業は終了です。…………部長?」
 誰よりも長く、誰よりも多くの作業を率先してやっていた部長は今、机に伏せるように
して寝息を立てていた。
 そんな彼の様子を眺める部員達の目は暖かい。
 やがて、誰からともなく徹夜の作業で汚れてしまった部室の清掃が始まった。
 連日の作業の中で、コンピ研の部員達の間にはそれまでには無かった強い連帯感と仲間
意識が生まれていた。SOS団との戦いで、コンピ研は確かにパソコンと年度内予算を無
くしてしまったが、代わりにお金では手に入れられない物を手に入れていたのだ。
「じゃあ、帰ろうか」
「そうだね」
 掃除を終えた部員達が部室を後にしようとした時、部室の入口から遠慮がちなノックの
音が聞こえてきた。
 そもそも、コンピ研に部外者が訪れる事など滅多にある事ではない。
 お互いに顔を見合わせながらも、先頭に居た部員が扉を開けると、そこには清楚な雰囲
気の女生徒が立っていた。
 彼女は、部屋の中に居た部員達の姿に驚いている。
「あの……ど、どちら様でしょうか」
 部員の1人がおずおずと聞いてみると、
「2年の、喜緑江美里といいます。あの……部長さんはいらっしゃいますでしょうか?」
 彼女は遠慮がちにそう聞いてきた。
「えっと、居るには居るんですけど……」
 彼女から見えるように部員達が場所を空けると、彼女は納得したようで優しく微笑む。
「わかりました。あの、今日でなくても構わないので伝言を頼めますか?」
 気をつかって小さな声で聞いてくる彼女に、その場に居る部員全員が頷く。
「生徒会の喜緑ですが、打ち込んでいただいたデータに問題ありませんでした。こんなに
早く仕上げて頂けて助かりましたとお伝え下さい……それと」
 彼女は申し訳無さそうな顔をした後、後ろ手に隠し持っていた小さな紙袋を取り出した。
「部長さんにこれを渡してください。ごめんなさい、こんなに大勢で作業されていたなん
て知らなくって1人分しかないんですけど……」
 差し出された紙袋を部員が取りあえず受け取ると、
「それでは、よろしくお伝え下さい。ありがとうございました」
 彼女は丁寧にお礼を言って去っていった。
 残された部員達の視線は、彼女の残した小さな紙袋に集まる。
「これって、あの喫茶店の袋じゃないかな」
「あの喫茶店って……電気街の店の事?」
「そう。部長が、何故か1人じゃないと入ろうとしないあの店」
「…………」
 しばらくの間沈黙していた部員達の視線が、紙袋からまだ眠っている部長へと移っていく。
 その目には、信頼ではない何らかの感情が篭められていた。

 


 「復讐」 ~終わり~


 その他の作品

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年12月03日 19:41