※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

今年も早いもので十の月も最後の日。
晩秋の太陽はそれなりに強い。
秋の風は、爽やかさよりも冷たさを多くはらんで吹きすさぶ。
 
ハロウィンにあてられて、あたりの人間に菓子を配りまくる女子の嬌声が教室に響く。
楽しければそれでいいんだが…、「トリックオアトリート」の表題に則るとすれば
菓子はせびるものであって配るものではないんじゃないかと思ったりもするわけで。
 
まあ結局、ハロウィンの詳しい由来やあるべき姿などを知らない俺は、その姿をぼんやりと見つつ、
時折渡される菓子の包装紙を、逐一ごみ箱に捨てに行ったりしていた。
これでもポイ捨てはなるべくしないようにしているんでな。
 
当然のことながら、このお祭り騒ぎにハルヒは参加していない。
無類の祭り好きであることは間違いないのだが、根城である文芸部室内ならともかく
教室で他の女子とキャイキャイ言いながらハルヒが菓子を配っている様子など、ありえないし想像できない。
…まあよく考えたらどこにいようとあいつが菓子を配るなどありえないことだな。
他人に菓子を要求する様子なら克明に、その時に相手がするであろう表情まで思い浮かべられるが。

 

 

 

教室にいても、その恩恵はあまり意識できないのだが、いざ教室の表に出てみると、
いかに教室が暖かかったかがよく分かる。「人がたくさんいる」ということは本当に温度の上昇に寄与しているんだな。
 
冷え込んだ風が教室に入ってきてしまうことを嫌う風習はいつもどおりで、教室のドアを開け放したまま出入りすると
かなりイヤな目で見られる。それはもう、すごすごとドアのところに戻って、
自主的にドアをしめなければならないというような気分になるほどのな。
 
まあ、何が言いたいかというと、教室に比べて廊下は校外と同じくらい寒いということだ。
そんなわけで俺は、SOS団専属の天使でいらっしゃる朝比奈さんのお茶に一刻も早くありつくべく、
こうして部室棟の中を文芸部室へと急いでいるわけだ。
 
コンコン
 
紳士の配慮はいつでも変わらない。
この程度の行為で語れる紳士の名もないだろうが、ま、思うだけで口に出さないなら構わないだろう。
 
この時期に朝比奈さんに着替えをさせるのははっきりいって非常に酷だ。
ただでさえわざわざメイド服に着替えるなんてアレなのに、
その上この寒さの中下着姿にまでならなければならない朝比奈さんのことを思い、俺は溜息をつく。
 
そこんとこ、ハルヒに進言してみるか。

 

 

 

「はぁーい」
 
甘やかな声。
それは入室の許可を示すものであり、俺の心をほぐす天使の囁きでもある。
そう、この扉を開けばいつもの光景が広がっているのだ…。
 
 
扉を開けば一面の装飾。
俺は一瞬あぜんとする。
 
いや…そうだったな。なに、知らなかったわけではない。
ただ忘れていただけだ。
 
適当に挨拶をすませ、鞄を机の上に置きながら俺は思い返す。
 
我らが団長は昨日、団員総出で部室の飾り付けをさせたのだ。
総出といってもハルヒは扉の近くに立ってあれこれ指示していただけだったが。
 
ハロウィンだろうがなんだろうが乗ってしまうハルヒは、自分のおかれる環境もかえなければ気がすまないらしい。
まったく、こういうときこそお得意の情報改変能力を駆使してくれないものだろうか。
次の日に部室にきたら、昨日までなんの飾り気もなかった部室の代わりに、まさにハロウィンらしいと形容すべき
光景が広がっている。…いかにもハルヒがこのみそうな展開じゃないか。
 
しかし本人に自覚のない能力を使えといってもそれはせん無きことであり、結局俺らが動く羽目になるのも、
至極残念ながら仕方のないことなのである。

 

 

 

部室にいたのは、無口宇宙人と華やか未来人、そしてニヤケ超能力者の三人だけだった。
俺がした挨拶には、それぞれがいつも通りの反応――つまり、長門は無反応、
朝比奈さんはかわいらしい笑顔を見せながらお茶の用意を、そして古泉は決してかわいらしくはない
笑顔で首を動かすというものだが――を見せてくれた。
 
窓は当然閉まっている。
そこから見える、暗い空。
さっきまで晴れていたのに、今はどんよりとした灰色に覆われ、思い出したくもない場所を連想させる。
 
女心と秋の空は移ろいやすいらしいが、まいったな…今日は傘は持って来ていないんだが。
すでに移ろった秋の空を眺めながらの俺の憂いは、もう一つの移ろいやすいそれの登場で終了した。

 

 

 

静かに扉が開いて、ハルヒが入ってくる。
 
ここで主に展開される二パターンが、どうでもいいように見えて実は大きな意味を持っている。
ハルヒが笑顔で入ってきた場合、困ったことになるのは俺と朝比奈さんで、
ハルヒが不機嫌な顔で入ってきた場合には、困るのは俺と古泉ということになるのだ。
 
…いずれにしろ、俺は困るわけだが。
 
さて、今入ってきた我らが団長のその顔は…
そうだな。
とりあえず言えることは、笑顔でもないし、かといって不機嫌でもないということだ。
 
挨拶もなしにずんずんと団長の机に向かったハルヒは、
鞄を置いて開口一番、とんでもないことを言い出した。
 
「あたしとキョンが付き合ってるって噂が流れてるって?」

 

 

 

部室を満たしてなお、扉から染み出していくんじゃないかというほどの沈黙が、
俺たちを包む。
 
あー、こいつは今なんて言った?
古泉、にやけてないで俺に教えてくれないか。
 
「…その…噂というのは…つまりどういうもので?」
 
まっさきに沈黙を破り、状況把握に努めようとする古泉。
いいぞ、その調子だ。
 
「どうもこうもないわ。学校にあたしとキョンが付き合ってるって噂が流れてるらしいのよ」
 
自分の専用席にドカッと座りながらハルヒが答える。
そしてこう付け加えた。
 
「有希、古泉くん、聞いたことある?」
 
相変わらずの無反応を通してきた長門が、顔を上げて俺を見る。
いや俺を見てどうするんだよ。
 
「知らない。聞いたことがない」
 
長門はハルヒに視線を移し、そう告げて再び読書に戻った。
 
「僕も知りませんね。そんな噂が流れていようとは」
 
憎らしいほどに似合う様で、肩をすくめて見せる古泉。
笑顔は未だ崩れていない。

 

 

 

「あ、あの~それって本当なんですかぁ~?」
 
朝比奈さんが遠慮がちに声を出す。
ハルヒが朝比奈さんに尋ねなかったのは俺たちと学年が違うからだろう。
そして俺に尋ねないのは…。
 
「本当なわけないでしょ」
 
一蹴。
ふえぇ、とかわいらしい声を上げて縮こまる朝比奈さん。
だが今回ばかりは俺もハルヒと同意見だ。
俺とハルヒが付き合ってる?なんなんだその超展開は。
 
「キョン、あんたはどうなの?」
 
結局俺にも振るのか。
俺は返事に、しておくべき疑問を添える。
 
「…知らないな。誰から聞いたんだそんなこと」
「谷口よ。さっき教室を出ようとしたら話しかけてきたの。
 お前とキョンが付き合ってるって本当か?って」
 
本当ではない、といわざるを得ないだろう。
当然ハルヒもそう言うはずだ。
 
「で、お前はなんて答えたんだ」
「付き合ってなんかいないってはっきりといってやったわ」
 
アクセントの添えられた「はっきり」という部分が、耳によく響く。

 

 

 

賢明だな。
そこで答えを濁そうものならあの谷口のことだ。
二分後にはうちの学年の半数の知るところとなってしまうだろう。
まあハルヒが答えを濁すなどあるはずもないのだが。
 
ハルヒは俺からも有効な回答を得られなかったことに失望してか、
窓の外を見る。
 
もう、寒空といってもいいほどに、冷たさをかもしている灰色の空を。
 
 
――沈黙がどれくらい続いたか分からない。
おそらくそれほどは長くなかっただろう。
 
ハルヒが窓枠から視線を切ると、再び部室内の空気が動きはじめた。
一概にそれと決められないなんとも複雑な表情を俺に向け、
ハルヒが再び口を開く。
 
またも、俺を仰天させる言葉が飛び出した。
 
「…ねぇ、あたしとあんたって…付き合ってるの?」

 

 

 

もう勘弁してくれ。
今日は何があってもおかしくないんじゃないか?
どうしたハルヒ。
何を言っているんだお前は。
 
俺とお前が付き合ってるかどうか?
そんなことはお前が一番良く知っているだろう。
 
「…普通に考えて、そうではないと思うがな」
 
至極まっとうな意見だ。少なくともハルヒと交際するようなきっかけはなかったし、
知らぬまに付き合っているというのもありえない話だ。
だいたいさきほど、ハルヒ自身が谷口との会話の下りできっぱりと否定している。
 
「…そう…そうよね。うん、そんなわけないわ」
 
自分に言い聞かせるように言葉を発するハルヒ。
お前ともあろうものがこんなことに自信を持てずにいたのか?
 
「じゃあ…そうね、なんかしらけちゃったし、今日は解散!」
 
訳の分からぬ理論を一瞬のうちに展開させると、ハルヒは鞄を引っつかんで
部室の外へ消えた。

 

 

 

――沈黙。
 
さて、どういうことなのか。
どうなっているのか。
…専門家の意見を伺おうじゃないか。
 
「それで?こいつは一体どういうことだ?」
 
俺は机の向かいに座る超能力者に問う。
古泉は笑顔を崩さぬままに、椅子の背もたれに寄りかかって答えた。
 
「…どういうことなんでしょうねぇ」
 
おい。ふざけてるのか?
 
「心当たりのないことです。涼宮さんが嘘をついているというのも考えにくいですし…
 ただ僕自身、こんな噂は聞いたことがありません」
「…そうか」
 
そのニヤケ面からは真意は汲み取れそうにないが、まあいい。
 
「長門も何か心当たりないか?それと朝比奈さんも。
 何か知りませんか?」
 
さきほど知らないと答えたにもかかわらずこうして再度尋ねるのは、
決して俺が団員を信じていないからではない。
言葉を選ばなければならないハルヒの前と違って、
今なら何か教えてくれるのではないかと思ったからだ。

 

 

 

しかし返ってきたのはいずれもさっきと変わらない内容だった。
そんな噂は聞いたことがないし、心当たりもない。
 
どうやら事は思ったよりも複雑らしい。
どこの誰かは知らないが、ふざけたことをしてくれたぜ。
 
お前はただほんのいたずらのつもりで噂を流してみたんだろう。
まあ、俺はいい。しかし簡単に事が終わらないやつがいる。
 
そう、今さっき部室を後にしたSOS団団長、涼宮ハルヒだ。
 
なんせ長門いわく自律進化の可能性であり、朝比奈さんいわく時空のゆがみであり、
そして古泉いわく、神だ。
いたずらにあいつの精神を刺激するようなことはしないで欲しいんだがな…って、
なんで俺は古泉みたいなことを言ってるんだ。
 
また、沈黙。
俺は溜息を一つ。
 
「今日は解散」
 
ハルヒの言葉を思い出し、俺は同様の提案をする。
主のいなくなった部室にいつまでもとどまることもないだろう。

 

 

 

高い灰色。
吹く風に優しさはない。
下る坂道に人は少なく、俺たちは四人、横に並んで家路を急ぐ。
こんな中途半端な時間に帰る人となると、さすがに少ないんだな。
 
語られる言葉は強い風に乗ってどこかへ飛ばされてしまったかのように少なく、
俺はただ、雨が降らないかと心配しながら無言で坂道を往く。
 
そういえばせっかく飾り付けしたのになぁ。
結局ハロウィンの当日は早期解散とあいなってしまったのだから、
部室も今頃嘆いていることだろう。
 
はぁ、どうしたもんだろうな…。
 
帰り着いた家の中は前日からそこそこに飾り付けられており、
妹が無邪気に「トリックオアトリート!」といってくるのをいなして俺は自分の部屋に入った。
 
秋にせきたてられて、夜の帳はあっという間に降る。
たかが噂…そう断じられないのはなぜだ?
 
その日、結局最後までもやもやを抱えたまま、俺は眠りについた。

 

 

 

見たのは高尚な夢ではなかった。
だが決して低俗な夢でもなかったように思う。
いずれにせよ、翌日の目覚めは爽やかとは言えなかった。
 
それは妹のボディブローを受けたからではなく――いや、それも十分
理由になりえるのだが――もっと影響を及ぼしたのはやはり昨日のことだ。
 
俺とハルヒが付き合っている。
 
こんな噂を流すメリットはなんだろうか?
 
いたずら?
それは昨日の俺の一つの結論ではあったが、今思えばはっきり言ってメリットが皆無だ。
まあそういうことをするようなやつは大抵愉快犯だから、俺たちが戸惑っているのを見て密かに
笑っているのが楽しいのかもしれないが。
 
だが相手はハルヒだ。
いくらハルヒの力を知らないとはいえ、その奇人っぷりは学校中の人間の知るところだ。
もちろん、噂を流したであろうそいつも。
 
普通の人間なら、ハルヒとは関わりたくないはずだ。
ましてやハルヒをでっち上げの噂で翻弄しようなんて思わないだろう。
よほど肝の据わった人間か、あるいは単純に何も考えてない馬鹿でないかぎりは。

 

 

 

ハルヒに近しい人間ならばどうだ?
…やりそうにない。
俺を始めとして、団員もその他の友人も、みなハルヒを翻弄した結果どうなるかくらい分かるだろう。
 
坂道を上りきる。
 
…しかし念には念を。
一つずつ潰していくとしよう。
 
 
教室に入る。
生徒はまだまばら。
 
さてさて…。
 
ホームルームの最中に、俺は教室を一通り見渡す。
まずは谷口だ。

 

 

 

ハルヒはこいつから噂について聞いたらしいが、さて、本当にこいつも人づてに聞いたのだろうか?
実はこいつが自分で捏造したんじゃないか?
 
…却下だな。
こいつはハルヒのことを良く知っている。
こんな噂を流せばどうなるかは分かるだろう。
 
それにそれでなくともこいつは俺とハルヒがどうのこうのなんて話はいつも吹聴している。
いまさらこんな回りくどいことをするとは思えない。
 
では国木田は…?
これもなさそうだ。
こいつはそういうことを好む奴じゃない。
愉快犯にはならないタイプだ。
いや、もちろん他のタイプの犯人にも。
 
谷口に誰から聞いたのか聞いてみるのもいいが、
それをやると犯人に行き当たるまでずっと質問を繰り返さなければならないし、
最悪、途中で詰む可能性だってある。
 
他人に「俺とハルヒが付き合っているって誰から聞いた?」
なんてとても聞けたもんじゃないしな。それに相手が噂のことを
知らなかったらもう踏んだり蹴ったりだ。

 

 

 

同じような理由で他のクラスの連中を全員却下するのは…少し尚早か。
こいつらも噂を知っているのかもしれないが、もちろんそれに関して聞くなんてことは出来ない。
そのつどいちいち否定したところで、不祥事の火消しにやっきな
政治家を見るような目を向けられるのがオチだ。
 
漫然と、時間は過ぎていつのまにか放課後。
どいつもこいつも怪しく見えてきたが、考えてみれば俺は犯人を見つけてどうしようというのだろう。
 
怒るのか?…正直、怒るほどのことでもない。
理由を聞く?うん、それはなかなかいい動機だ。
いずれにせよ、どこかでほくそえんでいるであろうやつの思うとおりにはさせたくないしな。

 

 

 

部室の近くにたどり着く。
ふと見ると、入り口付近できれいな長い髪がゆれている。
 
「おや!キョンくんじゃないかっ!」
 
元気のいい声。
鶴屋さんが訪ねてきていた。
 
「キョン!遅いわよ!」
 
昨日とはうってかわって明るい声だ。
ハルヒはいつもの太陽のような笑顔で俺を見る。
 
「なんだ?どうして鶴屋さんがいる?」
「昨日はハロウィンパーティできなかったでしょ?だから今日やるの!」
 
勝手に帰っておいて次の日にいきなりとは、さすがはハルヒといったところか。
 
「…それはいいけどな。パーティっていってもなにするんだ?飾りだけ見て楽しむつもりか?」
「そんなわけないでしょ?みんなで食べたり飲んだりするのよ!」
 
俺の目が確かなら、部室にはパーティで消費されるのに耐えうる量の食べ物や飲み物は
特に見当たらないような気がするんだが。
 
「…まさか」
「そ、買ってきて」
 
まるで学食に行ってパンを買って来いとでもいうような軽い口ぶりで、ハルヒは俺にそう告げた。

 

 

 

「あっはっは!キョンくんも色々と大変だねぇ~」
 
そんなわけで俺は今、古泉と鶴屋さんと一緒にスーパーに買い物に来ている。
古泉は力仕事要員として、鶴屋さんまで同行していただかなくてもよかったのだが…、
 
 
「大丈夫!おねえさんがついていってあげるっさ!」
 
ハルヒに買い物に行けと宣告された後、鶴屋さんにそう言われて俺はたじろいだ。
いや、もちろん歓迎は歓迎なんだが…。
 
「いいですよ鶴屋さん。俺と古泉で行きますから」
 
さりげなく買い物要員に古泉を加えつつ、俺は丁重に申し出を断る。
ところが…。
 
「そうね!鶴屋さんなら安心して任せられるわ!」
「一体何を任せるっていうんだ」
「もちろんあんたがお金を持って逃げ出さないか見張ってもらうのよ!」
 
お前じゃあるまいし。言われたことはちゃんとやるさ。たとえ理不尽な命令でもな。
 
「あ、でもキョン、鶴屋さんに荷物持たせちゃ駄目だからね!」
 
言われなくてもそのつもりだよ。
金と一緒に渡された買い物リストに記された飲食物の量に辟易しながら、
俺は適当に生返事をして古泉と鶴屋さんを連れ、一緒に部室を後にした。

 

 

 

スーパーでの買い物は非常にスムーズに進んだ。
鶴屋さんが買い物リストを見ながら適切に指示してくれたおかげで、
余計な陳列棚を周らずに済んだからだ。
 
どうやら鶴屋さんはこのスーパーのことをかなり詳しく把握しているらしい。
この人は大財閥のご令嬢のはずなのだが、自分で買い物に出るということもあるのだろうか?
 
しかし会話をするうちに、俺の心に浮かぶものがあった。
なるほど、これは盲点だったかもしれない。
 
 
噂を流したのが鶴屋さんだという可能性は?
 
 
この人は面白いことが好きそうだし、友人も多そうだ。
ある意味これほど怪しい人はいない。
それに鶴屋さんなら、たとえばれてもハルヒはそれほど怒らないだろうしな。

 

 

 

ネックは学年だ。
俺たちより一つ上の世代のこの人が、俺たちの学年に及ぼせる影響はいかほどのものだろうか?
…少なくはないかもしれない。
鶴屋さんと後輩の関係について聞いたことはないが、
おそらく知り合いはいるだろう。
 
失礼だが、現時点でもっとも有力な容疑者となってしまった。
もちろんもっとも有力といっても、他に候補がいないだけで、
その可能性が高いとは考えていない。
 
だが…そう。
いかにもという雰囲気はある。
こういうささやかないたずらをしそうな人じゃないか。
 
「ん?あたしの顔になんかついてるかいっ?」
 
不意を突かれて俺は戸惑い、そしてどうやら鶴屋さんの顔を
じっと見つめてしまっていたらしいことに気づく。
 
「いえ…なんでもありませんよ」
 
…あくまで、一つの可能性だ

 

 

 

買い物から戻った俺たちは、袋を机に置いて呼吸を整えた。
結局鶴屋さんは小さな袋を持ってくれたのだが、それでも俺と古泉の疲労は
なかなかのものになっている。
 
スナック等、食べ物に関しては大して問題はない。
やっかいなのは飲み物だ。
液体はとてつもなく重い。
こんなに飲めるのかという量のペットボトルの重みを受けて、
手で持つ部分が食い込んで最後のほうは痛かった。
 
「お疲れ様!ご褒美に最初に食べるおかしを選ばせてあげるわ!」
 
そりゃどーも。
あまりありがたくもない褒美の提案に俺は適当な返事を返し、
それを聞いたハルヒがわんさかあるスナック菓子の袋のうちの
一つを開けるのをぼーっと眺めていた。
 
 
「それでは!我がSOS団のますますの繁栄を祈って!かんぱ~い!」
 
音頭をとるのは当然のごとくハルヒである。
全員がグラス、もとい紙コップに口をつける。
長門とハルヒは一気に全部を飲み干し、さっそくスナック菓子に手を伸ばし始めた。
朝比奈さんは二人の勢いに押されてなかなか手を出せないようである。
 
そんな中、俺の頭は低速回転を続けていた。

 

 

 

鶴屋さんはひとまず置いておこう。
やはり考えなければならない可能性がまだある。
 
そう、SOS団の団員だ。
 
一度は話を聞いた。
しかしやはり腑に落ちない。
 
団員たちは、ハルヒに近すぎるほどに近い。
それなのに、俺の質問に対して全員が知らないと答えた。
 
おかしくはないだろうか?
仮にも宇宙人と未来人と超能力者なのだ。
しかも、ことハルヒに関してはエキスパートのはずなのだ。
 
なのになぜ、ハルヒの精神に少なからず影響を与えるはずのゴシップを知らないのか?
知ったうえでなぜ放置するのか?
 
観察だから?
いや、長門や朝比奈さんはともかく、古泉にとっては間違いなく良くないことのはずだ。
化け物を生み出すハルヒの精神をかき乱すような原因に、なぜ対処しないのか?
 
それは…。

 

 

 

ひょっとしてこいつらが仕組んだ芝居か?
ハロウィンを彩るささやかなイベント…。
 
即座に俺はその可能性を捨てる。
仮にも神とあがめるハルヒの精神をもてあそぶような危険を、古泉が犯すとは思えない。
ハルヒも初めの頃にくらべればいくらか丸くなったとはいえ、世界を変える力を持つやつだ。
秤にかければリスクが余る。
 
こうして考えている間にも、菓子は竜巻に出会ってしまったかのごとく巻き上げられてハルヒや長門の口に消える。
鶴屋さんは別の袋を開けようと模索していて、そして朝比奈さんと古泉にいたってはもはや食べようとすらしていない。
いい加減、俺も思考を中断したほうがよさそうだ。俺の金で買ってきたわけではないが、働いた分は食わないとな。

 

 

 

二十分後、俺たちはなぜか外を歩いていた。
時間とともに増した寒さが、今まで温室でぬくぬくとしてい俺たちの体をブルブルと震えさせる。
宴もたけなわ…というわけではなかったのだが、ではなぜこうなってしまったのか。
 
簡単に言えば、教師に見つかったのだ。
ハロウィンということで昨日一日多少の菓子の氾濫にも目をつぶっていた教師は、
その鬱憤をはらすかのように今日は容赦がなかった。
大声で怒られたわけでもないんだが、まあとりあえずそこで、
文芸部室でぼりぼりと菓子をむさぼる今思えばハロウィンとはなんの関係も見出せないただの
パーティは打ち切りと相成ったわけだ。
 
 
しかしそこでそのまま「じゃあ解散」とはならないのがハルヒだ。
教師に注意されている間も、片付けをしていた間もおとなしかったハルヒだが、
校舎の外にそろって出たとたん、こんなことを言い出した。
 
「鶴屋さん!今から鶴屋さんの家行っていい?」
 
笑顔でせまる。
有無を言わさぬいつもの気迫はさすがに鶴屋さん相手には発揮されていなかったが、
鶴屋さんも笑顔で答えた。
 
「おっけー。いいよ!」

 

 

 

そういうことで、今俺たちは鶴屋さんの家に向かって寒空の下を歩いているわけだ。
 
 
相変わらず大きな家だ。
しばらく訪ねなかったからといって家の大きさが変わるわけもないのだが、
俺みたいな一般庶民は、ただただ大きいという事実を前にするとついそんなことを考えてしまうのさ。
 
急な訪問、しかも人数は鶴屋さんを除いても五人。
それにもかかわらず、鶴屋さんの家族はいやな顔一つせず俺たちを迎え入れてくれた。
どうやら家の大きさと主の包容力は比例するらしい。
 
俺たちにあてがわれたのは、いつだったか、映画の撮影に使わせてもらった和風の畳敷きの部屋だ。
ハロウィンには少し合わないかもしれないが、お邪魔させていただく手前、もちろん文句はない。
文芸部室よりはるかに大きな部屋に、ここに来る前にいくらか買い足した飲食物を広げ、宴は再開された。

 

 

 

特筆すべきこともなく、ただすぎる時間。
飲み、食い、語らう。
ま、いいな、たまにはこんなのも。
 
「いや~部員全員と名誉顧問もちゃんと集まれたし、最っ高のハロウィンパーティね!」
 
ハルヒが赤い顔をして笑顔で叫ぶ。
その顔は、まるで小さな子供のようで。
その天真爛漫さは…
それは…
 
…ん?赤い顔?
 
俺はふと降りてきた予感に視線を動かす。
 
なんてやつだ。あいつ買うものの中に酒まで入れてたのか?
だがスーパーで酒を売っているところにに寄った覚えは…。
それにあいつ…前に二度とアルコールは飲まないっていってなかったか?
 

 

「どうです?あなたも」
 
いつのまにか隣に来ていた古泉が、片手に持ったカンチューハイを俺に薦める。
よくみれば顔が赤い…ようなきもする。気のせいだろうか。
お前のほろ酔い顔なんて見たくないぞ。
それに酒を勧められるなら我らが天使に…、と思ったりもしたのだが、
その朝比奈さんはすでに出来上がってしまっているようで、
うつろな眼をしながら時折船をこいでいた。
 
 
結局ハロウィンの要素はどこにあったんだろうな。
苦労してハロウィン仕様に飾り付けた部室で行われたのはパーティのほんの一部、
外からさす暮れた夕日に照らされて、結局ハロウィンナイトを迎えるのも鶴屋さんの家でのこととなった。

 

 

 

俺はしばし忘れていた。
あの噂によるもやもやを。
 
楽しければいい。
それがSOS団。
それが…ハルヒ…か。
 
得心が心を軽くする。
それが原因というわけでもないが…
結局俺は、古泉の手からチューハイを受け取った。
一口、吟味。
 
「…安物の味だな」
 
…別に高級なそれの味を知っているわけでもないのに何を言っているんだろう俺は。
古泉はその滑稽さに対してか分からないが、少し微笑む。
 
「涼宮さん…楽しそうですね」
 
古泉が、朝比奈さんをいじり倒しているハルヒの方を眺めながらつぶやく。
…なぜだか、俺にはそれが少しいやで。
「酔ってようが酔っていまいが変わらないなあいつのやることは。
 元気なのは結構だが、まわりに迷惑をかけるのはやめて欲しいもんだ」
 
溜息を添えて言ってやる。
 
「しかしそのどうしようほどもないほどの明るさが彼女の魅力でもあります」
 
目を細める古泉。
…なぜだか、俺にはそれがとてもいやで。
 
 
「前もそんなことを言ってたな。なんだお前…ハルヒが好きなのか?」
「…そうかもしれませんね。いえ…多分そうなんでしょう」
 
 
冗談交じりで放ったボールが、百倍の威力ではねされて俺の心を抉った。

 

 

 

「…本気か?」
「彼女はとても魅力的です。僕は今までずっと彼女を観察して来ました。
 ずっと前から彼女を知っていました。失礼ですが、あなたよりも前から」
 
こちらを見ずに、古泉は言葉を紡ぐ。
 
「…ならば、『あなたよりも前に』彼女に惹かれてもおかしくはないとは思いませんか?」
「………」
 
平静さを失う理由など無いはずだった。
誰がハルヒを好きになろうと知ったことではない。
そのはずだった。
 
…でも、俺にはそれがたまらなくいやで。
 
「…で、どうするつもりだ?」
「どうするつもりもない…と、いいたいところですが…」
 
古泉が俺のほうを見る。
 
「あなたに話したついでです。思いを告げてみましょうか。涼宮さんに」

 

 

 

言葉が消える。
少しの間。
ぎりぎりのところで俺は言う。
 
「お前、酔ってるな」
「どうでしょうね。ただ、いつか、あの噂が本当のことになってしまう前に、動いてみようと思いまして」
 
噂。
それは俺とハルヒとの間のこと。
…それがお前を走らせるのか?
超能力者はただ微笑む。
 
「さて、それでは…」
 
立ち上がる古泉を止めることは出来なかった。
古泉がハルヒに近づく。
鶴屋さんと朝比奈さんは仲良く眠っており、長門は袋の奥に残っていたらしいスナックのカスを
食べている。
 
「涼宮さん、少しお話が…」
 
ハルヒが振り向く。
古泉が口を開く。
 
「…ハルヒ!」
 
だが、喋ったのは俺だった。

 

 

 

「…なによ」
 
とっさに出た言葉に俺自身が戸惑う。
 
「あー、そうだ、実は話があるのは俺なんだ」
「は?」
 
思考など働いていない。
 
「そう、古泉に呼んで貰おうと思ったんだがな。やっぱり俺が…」
 
その瞬間、まるでツボに入ってどうしようもなくなってしまったような笑い声が響く。
 
「あーっはっはっはっは!ばれちゃった?」
 
…なんのことだ?
 
「ドッキリよドッキリ!壮大なドッキリ!」
 
…ドッキリ?
 
「あの噂!あたしとあんたが付き合ってるってやつ。あれ、あたしが考えたの」

 

 

 

「…お前が…?」
 
ハルヒは、まさに計画通りに事が進んでご満悦としか形容できないような笑顔を浮かべている。
そもそも話題自体が予想外だったため、俺はただ、唖然とする。
 
「ハロウィンの余興よ余興!つまりあんたはこの二日間、あたしが作り出した舞台でずっと踊ってたわけ。
 有希やみくるちゃん、それに谷口や国木田にも協力してもらったわ」
 
高らかな笑いを添えて、上気した顔で言い放つ。
じゃあまさか…。
俺は古泉の方を見る。
古泉は笑顔で肩をすくめた。
 
 
…ヤロー、だましやがったな。

 

 

 

「あっはっは、おもしろーい」
 
真っ赤な顔でハルヒは笑う。しかし俺は…。
 
怒りなど感じない。
戸惑いももう消えた。
 
…ならば残るのは?
 
ああ、そうか。
古泉に言い寄られるハルヒを見ていたくない。
なぜ?
 
急に思い当たった。
唐突に気づいた。
 
なぜ?
 
理由なんてどうでもいい。
 
 
「俺は…ハルヒ、お前が…好き…だ」

 

 

 

「…え?」
 
あんた何言ってんの?と、ハルヒの目が言っている気がする。
 
結局、これが俺の気持ちだった。
結局、今まで言葉に出せないだけだった。
結局、俺はハルヒに惹かれていた。
 
「お前が好きなんだよ、俺。だからその噂、本当にしてくれないか」
 
…全く酔ってるな、俺は。何を言ってるのか、もうよく分からない。
 
「あ…えと…、あたしも…好き…かも」
 
…全く、どいつもこいつも酔っている。
 
「ううん!かもじゃない!今までずっと思ってた。あたしも…キョンが好き」
 
うつむいて、そう言った。
古泉がにやけているような気がする。
しかし俺はハルヒの顔を見続ける。
 
いつも太陽のように明るいその顔は、今日は月のように綺麗だった。

 

 

 

そのすぐ後で聞いた話になるが、真相はこうなんだそうだ。
 
ハルヒが俺に内緒で、ハロウィンの余興を企てた。
しかもその内容は、SOS団で俺をかつごうというもの。
 
なぜか?
これまた単純にしてハルヒらしい理由。
その日俺が、ハルヒが要求したものを渡さなかったからだそうだ。
しかもそれが、なんとたまたまその時俺が食っていたただのガム。それをハルヒに渡さなかったことで、
あいつはこの企画を思いついたらしい。
 
菓子をくれなかったのだから、ハロウィンの日にいたずらしてやる…と。
 
むちゃくちゃだ。どのみち俺の食っていたそのガムは最後の一つだったんだ。
まあハルヒは信じなかったが。
 
どうりで引き下がるときにニヤニヤしていたはずだ。
 
 
その日の夜、俺以外のメンバーを呼び出して緊急集会を開いたらしい。
そこで案を募ったところ、こういう噂を流して俺があわてる様を楽しむというような提案がなされたらしい。
聞かなくても分かってはいたが、誰の案なのか聞いてみた。やはり古泉のものだったそうだ。
だろうな。長門や朝比奈さんが、そんな提案をするはずない。

 

 

 

ハルヒはその提案をいたく気に入り、さっそく行動に移した。
といってもやることは実に簡単、万一俺に聞かれた時の保険に、谷口と国木田を抱きこんだだけだったそうだ。
あいつらなぜかこういうことは好きそうだからな。自分で考えたりはしなくとも、頼まれれば断りはしないだろう。
 
ここでも古泉のアドバイスがあったらしい。
つまり、「俺はこういうことに奥手だから、むやみやたらに周りに噂について訪ねることはしないだろう」と。
悔しいことにそのとおりだった。
 
では、なぜハルヒは、こともあろうに自分を巻き込んだ形の噂が流れることを許したのか?
 
 
それは――

 

 

 

「綺麗ね…」
 
ハルヒとともに、鶴屋邸の庭に出る。
酔いはさめるだろうか?
 

照らされる、ハルヒの顔が美しい。
 

 

 

寒空に――白月が浮かんでいた。
 
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~

 

 


飛ぶ鳥は近くにいながら、みなもをかすめることは無く――
 
 

 

epilogue
 

 

 

それは賭けだった。
 
 
秋は深まり、寒さはほんのりと厳しさを増し、色は橙を帯びて辺りを染める。
仕事はここしばらく入っていない。そしてそれは、彼女の心の平静を意味している。
 
そんなある日の夜。彼女から電話が入る。
何事かと呼び出されてみれば、いつもの、そう、実に彼女らしい提案。
 
僕は一計を思いつく。
 
「涼宮さん、こんなのはどうでしょう――」
 
のせる側にまわった人間は、自分がのせられているという可能性を忘れる。
あくまで彼女の計画であるという前提を崩さぬよう、
僕は慎重に下地を紡いだ。

 

 

 

もどかしいほどの二人の仲。
一線を越えられない歯がゆさ。
超えてくれない歯がゆさ。
そう、それが世界のためならば、彼は彼女に選ばれなければならない。
 
そして背中を押してやれば、あとは坂を転がる石のように…。
 
 
そう、すべてはトリガー。
必要なのはささいなきっかけ。
それだけで一緒になってしまえるほど、あの二人は近くにいる。
 
…それはもう、悲しいほどに。

 

 

 

彼に噂のことを伝えたあと、解散を命じて部室から出ていくことはシナリオには入っていなかった。
推測にすぎないが、きっと彼女には少しショックだったのではないだろうか。
 
彼が、彼女と付き合っているという事実をきっぱりと否定したことが。
 
計画自体はそのまま首尾よく進んだ。
僕の読みどおり、彼は噂について誰にも尋ねなかった。
当然だ。質問は、ただたんに恥ずかしいということだけがリスクではない。
もし質問した相手がその噂について知らなかったら?
自分で墓穴を掘ることになる。
そして彼は、意識的にしろ無意識的にしろ、そういう危ない綱渡りをするような人間ではない。
 
万が一のために、彼の親しい友人を二人ほど引き込んでおいたが、それも必要なかったようだ。
仮に聞かれたとしても、こう言えばいいのだ。
 
「誰から聞いたのかは忘れた」…と。

 

 

 

パーティ当日、食料の買出し。
力仕事という観点からも、僕がそのメンバーに選ばれることは分かっていた。
まあ、選ばれなければ自分で名乗り上げればいい話ではあったが。
 
スーパーにて。
僕は舞台を彩るささやかなスパイスをしのばせる。
…お酒だ。
 
酒は人を走らせる。
酒は人を上気させる。
 
そんなささいなことが重要だった。
 
 
部室を追い出されたのは嬉しい誤算だった。
おかげで僕たちは、さらに広い鶴屋邸へと招かれたのだから。
 
夜。
 
みなに酔いはまわる。
しかし僕は酔ってなどいなかった。
顔を赤くする程度に飲むことなど簡単だ。
見れば、予定通り涼宮さんもすっかり出来上がっている。
僕は彼のもとに向かい、酒を勧める。
受け取る彼。
 
いよいよ仕上げだ。

 

 

 

僕は語る。
 
実は涼宮さんが好きなんだ。
 
彼は明らかに動揺する。
顔が赤い。
酒のせいにしておいてあげよう。
 
そして僕は、決定的な事実を突きつける。
 
このままだと、僕が彼女をもらっていってしまいますよ――
 
 
十分だった。
手ごたえは感じた。
 
黙り込む彼をおいて僕は立ち上がり、涼宮さんに声をかけ、そして――
 
 
「…ハルヒ!」
 
 
 
 
――僕の仕事は、そこで終わった。

 

 

 

月が見える。
 
 
―ああ、あれが本当に嘘だったらよかったのに。
 
 
月は明るい。
 
 
―ああ、こんな立場で無ければよかったのに。
 
 
月は綺麗だ。
 
 
―ああ、僕は涼宮さんが…好きなのに。

 

 

 

運命は、望みのままには注がない。
そう、これが僕のあるべき姿であり、
そして彼は選ばれなければならなかった。
 
涙…?
そんなものは出ない。
 
溜息?
落胆などしていない。
 
 
それが世界のためならば、
僕の意志はそれに殉じよう。
 
酒は人を走らせる。
酒は人を忘れさせる。
 
全て終わったら飲もうと思い、買ってきた一本。
仕事のあとの一杯はうまい。
 

 

 

もし彼があの時声を出さなかったら、
僕はどうしていただろう。
そのまま、自分の思いを告げていただろうか?
そうなっていたら、果たして世界は?
 
彼は知っていた。彼女も知っていた。
自分達がお互いを好いていることを。
だから、彼女はこの話にのったし、彼もそのとおりに動いたのかもしれない。
 
すべては、きっかけ。
そう、これは賭けだったのだ。
 
 
賭け事に勝ったのあとの一杯もうまい。

 

 

 

朝比奈みくるは安らかな寝息をたて、
長門有希はじっと佇み二人を眺めている。
 
彼女達は一体、この月夜の出来事に何を思うのだろう。
 
ただ、観察するだけ?
既定事項?
 
 
…そんな些細なことだけではないと願いたい。
 

 

 

 

月明かりに照らされて、二人の姿が黒に映える。
祝福の意は、夜風にのせよう。
 
 
 
一日遅れてしまいましたが…、
 
 
 
 
――それでは よいハロウィンを――
 
 
 
 
 

|