部室の窓から見上げた空は清々しく晴れ渡り、朝比奈さんの煎れてくれたお茶も美味い。
長門は定位置でページを繰り、古泉はオセロのコマを片手に爽やかスマイル。
この上なく平和な放課後。
なのに俺の気分が晴れないのはどうしてだろうね。
いや、原因はわかってるんだが。
つまり……

どうやら俺は普通の人間には興味のない、恋愛感情なんて精神病の一種だと言い切る女のことが好きらしい。

自分のことなのに伝聞形はおかしいと思った奴は俺の複雑な心境を察してくれ。
告白? そんなことしてみろ。精神病の烙印を押されて可哀相な目で見られるのは目に見えている。
あいつの興味を引く要素なんてひとつも持ち合わせていないと胸を張って断言できる、
機関とやらのお墨付きまでいただいた正真正銘普通の人間である俺は溜息を吐くしかない。
現在全力でなかったことにしようと努力中なんだが、一旦自覚してしまうとどうにも上手く行かない。
どうせなら気づくなよ俺。

「何か悩み事でも?」
盤上で自分の陣地を広げ終えた古泉が聞いてくる。
努力は報われていないらしい。
「別に。ちょっと調子が悪いだけだ」
どうでもいいがそれじゃ俺に角を取られるぞ。
たいして戦略をたてるまでもなく二つ目の角を占拠しパタパタと領土を広げる。
「具合が悪いなら早めに病院へ行ったほうが良いですよ」
「病院に行くほどでもないさ」
ハルヒの言葉を借りるなら病気だが、こんなことで病院に行ったら医者に笑われちまう。
放っておけば調子も戻るさ。鼻風邪みたいなもんだ。
次の手を促すべく視線を向けると、読んでいた本のページを捲る手を止めて長門がこっちを見ていた。
「先程から心拍数と体温に過剰な変動がみられる。これは異常」
「ええ、キョン君病気ですか?」
「やはり一度医者に診てもらっったほうが良いですね。何もなければそれで良いじゃないですか」
なんてことを言ってくれたんだ、長門!
確かにその通りかも知れないが、病気かも知れないが! 断じて医者に診せる類の病気ではないんだ。
朝比奈さんもそんな心配そうな顔でみないでください、平気ですから。
紹介はいらないからな、古泉。
このままでは本当に病院送りになりそうな雰囲気で、仕方なく俺は原因を白状した。

「そういうことでしたか」
「はあ、びっくりしたあ。でも病気じゃなくて安心しました」
二人とも嬉しそうだな。
朝比奈さんは心底安心したように笑ってるけど、古泉お前は楽しんでるだろ?
ただでさえ複雑な気分なのに余計複雑になるから止めろ。
長門はいつも通り無表情だが、もしかして楽しんでないか?
「確かに医者には手の施しようがないですね」
「不治の病、ですね」
ああ、朝比奈さん、どうしてそんなに嬉しそうなんですか。
そんな素敵な笑顔で言われたらちょっぴり哀しいです。
「原因はわかってるのですからあとは治療ですが、どうされるおつもりですか?」
そのニヤケ顔がムカつく。
どうするもないだろ、どうもしないさ。
「おや、涼宮さんには言わないのですか」
何だその心外そうな顔。わざとらしいんだよ。
勘弁してくれ。俺だって傷付きやすい青少年なんだ。誰が好き好んで自爆するか。
これは釘を刺しておかねばならん。
「いいか、あいつにだけは絶対言うなよ?」
故意に口を滑らせそうな古泉を睨みつけながら言った時、派手な音を立てて扉が開いてビクリと体が跳ねた。
こんな扉を破壊しそうな開け方をする人物に一人だけ心当たりがある。
「ちょっとどういうこと!? キョンあんた病気なの?」

最悪なタイミングで団長様のお出ましである。
一体どこから聞いていたんだ。
嫌な汗が背中を流れる。
「き、聞いてたのか」
「聞こえたのよ。あたしにだけ内緒ってどういうつもり!? もう手の施しようがない病気ってなんなの? 見た感じ元気そうだけど……」
「い、いや」
俺は健康だ。このまま放っておいても全然問題ない。だから深くは追求しないでくれ、頼むから。
どうやら「原因」は聞かれてないようだ。
だらだらと冷や汗をかきながらどうやって誤魔化そうかと視線をさまよわせていると、胸倉を掴まれて引き寄せられた。顔が近い!
「言・い・な・さ・い!!」
誰か助けてくれ!
「彼は健康」
俺のSOSを受信したのか、長門が助け舟を出してくれた。
ありがとう、長門!!
「でも不治の病」
前言撤回! わざとか?
おいハルヒ、そんなに締め上げると健康な俺の息の根が止まっちまう。

「いわゆる恋の病というやつですよ」
「へ?」
ハルヒが間が抜けた声を出してまじまじと俺を見上げた。
古泉やっぱり言いやがったな。
呼吸を整えながら睨みつけると、諦めてくださいとでも言うように目配せしてくる。
「彼には胸に秘めた方がいるのですよ」
あっこのやろう! 火に油を注ぐようなこと言うな!
こうなったら腹を括るしかないんだろうな。
全力で誤魔化せ、俺!
……無理だろうなあ。
「なんで隠すのよ?」
それはな、相手がおまえだからだ。なんて言える訳ない。
「恋愛感情なんて精神病の一種なんだろ」
「あたしはね人の恋路は思いっきり応援するわよ。前にも言ったでしょ。でもあんたがねえ、ふーん」
なんだ、俺が恋しちゃ悪いのか? 我ながら「恋」とか違和感を感じるがな。


その胡散臭いものを見るような目つきは何だ。
てっきり目を輝かせて問い詰められることを覚悟してたんだが、そうでもない。
「で、誰なの? 吐きなさい! 隠そうったって無駄よ!!」
……こともなかった。時間差かよ!
ネクタイを締め上げるのはやめろ、息の根が止まる。
ああもう、おまえだよ、おまえ。
そこまで言うなら応援してもらおうじゃないか、後悔するなよ。

「涼宮ハルヒ」

俺は想い人の名を告げた。
本人に問い詰められて告白するなんて、どこまで間抜けなんだ。
さあ、さっさと引導を渡してくれ。
以前のハルヒなら来る者拒まずだったらしいが、今は違う。
呆れるか、馬鹿にされるか、それとも説教コースか。
ぽかんと俺を見上げたまま固まってるハルヒの反応を待つ間、俺は早速後悔していた。
古泉は今日は寝れないかもしれないな。まあ、自業自得だ。
俯いてしまったハルヒの頭を眺めながら、これで気まずくなったら嫌だなとか、今日はこのまま帰ってさっさと寝てしまおうとか、明日の朝の挨拶まで考えたところでようやく返事が返ってきた。

「……応援するって言ったでしょ」
今度は俺がぽかんとする番だった。
怒ったような表情で顔を真っ赤にしたハルヒは素直じゃないけど正直で。
俺は考えていた今後の予定をキャンセル出来たことに頬を緩めた。
「全力で頼む」
「任せなさい!」

end

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最終更新:2020年03月12日 20:04