1月のとある日、この日は朝から寒い日だった。
涼宮ハルヒが非合法で活動しているSOS団も何とか無事に年を越すことができた。
この日もいつもと同じように金曜日の1時限目は英語の授業行なわれるはずだったが……少しばかりおかしな事態になっていた。
ひとつは俺が座る、窓際後方2番目には俺ではなく国木田が座っているということ。
もうひとつは俺が学生服ではなく、濃いグレーのスーツに赤いネクタイの組み合わせで教壇に立っていることだ。
ホワイ? なぜ俺は教師になっているんだ。
 
 
英語の授業をしながら、今日の朝の記憶を辿ってみた。
まず朝起きて、顔を洗って鏡を覗いくと少し顔が老けていることに気づいた。
寝ぼけているのかと思いながら、部屋へ戻ってみると学生服の掛けてあるはずのハンガーにはスーツが掛かっており、学生服が見当たらなかった。
とりあえず、スーツに着替えるとスーツの胸ポケットに教員証が入っていた。
もしやと思い、ハイキングコースの通学路を上がり、校舎に到着すると教師用の玄関に俺の名前の下駄箱があり、そして職員室には俺の教員用の机が存在していた。
しかもご丁寧に1年5組の担任というおまけ付きだ。
ちなみに本当の担任の岡部は消えた訳ではなく、2年5組の担任にされていた。
 
 
そんなこんなで俺は1年5組でハルヒ達に英語を教えている。
英語を人に教えられる学力を与えてくれたことには感謝しなくちゃいけないが、俺を教師にしたところで何の得があるんだ
まー、せっかく教師になったんだ。その特権を生かさせてもらうぜ。
俺は暇そうに外を眺めているハルヒを指して、かなり難しい問題を出してやった。
さすがのあいつでも解けまいと思ったがあっさり解きやがった、しかも俺のスペル間違いも併せて指摘しやがった。
全く教師と生徒という間柄でも全くもっていまいましい。腹いせに谷口を5回連続で指してやった。
 
 
何とか4時限までそつなく終わらせて、昼休みへとなった。
昼飯に教師達がよくやる蕎麦屋への出前を一度試してみようかと思ったがそんなことをしている時間はない。
俺がなんで教師になったのかを知る為に文芸部に足を運ばなければならない。
あいつの所に行く前についでだがあのニヤケ顔も呼ぶか。
1年9組まで行ってもいいが、せっかく教師になったんだ一度やってみたかったアレで呼ぶか。
俺は隣で弁当を食べている20代後半の胸が豊かな国語の教諭に話しかけた。
「あの食事中にすいません。校内放送の使い方を教えて欲しいんですが」
「いいですよ」
国語の教諭は快く返事を返して、箸を置いて俺を案内してくれた。
 
「ここのスイッチを押して、マイクに話せばいいんですよ」
「すいません、ありがとうございます」
礼を述べると国語の教諭は自分の席へと戻っていった。
初めてで少し緊張しながら、マイクのスイッチを押した。
『1年9組の古泉一樹君、至急部室棟の入り口まで来てください』
こんな感じでいいのか。とりあえず、俺も部室棟に向かうか。
 
部室棟の入り口は風を凌げる場所がなく、冷たい風で身が縮んだ。
こんなことなら文芸部で待った方が良かったのかと思ったが、校内放送で文芸部の名前を出せば、ハルヒのことだあいつの方が飛んでくるやもしれん。
そうこう考えているうちにあのニヤケ顔が姿を見せた。
「よう」
「お待たせしました。そのお姿も似合ってますよ」
古泉が俺のことを覚えていてくれたことに少しホッとした。
「じゃ、長門の所に行くとするか」
 
文芸部に向かう途中で疑問に思うことを古泉に尋ねた。
「お前には俺が教師の記憶があるのか?」
古泉はこう返答した。
「はい、最もあなたが教師の方が主で高校生の方は夢物語な感じですかね。もっとも、先程お会いして直ぐに教師の方が作られた方かと察しましたが」
おいおい、俺の高校生活は夢物語なのかと思ったいると文芸部の部室へと到着した。
扉を開けるといつも通りの定位置でそいつは読書をしていた。
「よ、長門。少しいいか」
長門は顔をこちらに向けて、静かに頷いた。
 
長門になんで俺が教師になったのかを尋ねるとハルヒの力に因るものだと返ってきた。
全くあいつの変態的な力には困ったもんだ。
「しかし、なんで俺を教師にしたんだ」
「……昨日のあなたとの会話がトリガーになっている」
昨日か、あいつと何の話をしたっけ?
「何か心当たりは?」
俺が記憶の糸を辿っていくとひとつの答えに辿りついた。
それは昨日の放課後にこの文芸部で話したことだった。
 
ハルヒは4月の新学期までにこのSOS団を同好会にしたいと言いやがった。
新入生を入部させるには同好会の方が都合がいいとの考えらしい。
その時に俺はハルヒにこう言った。
「ハルヒ、同好会として承認させるには顧問の教師が必要なんだぞ」
俺はこう告げるとハルヒは少し考えて、「教師がいればいいのね」と言ったっけ。
 
「もしかして、それが原因か!」
「……そう、それ」
本当にあいつは滅茶苦茶だ。
「1番の理解者であるあなたを教師にして、SOS団の顧問に添えようとしているのですね」
その為に俺の人生の何年かはすっ飛ばされたのか。
「なあ長門、お前の力で元には戻せないのか?」
「……無理、私の力では元に戻せない。それに今回の件は情報統合思念体から見にまわる様に指示されている」
「そうか」
「では、涼宮さんからのアプローチを待つしかなさそうですね」
だなと思い、解散した。
 
 
ホームルームも終わり、本日の授業は全て終了した。
全く慣れない教師生活で今日は肩がこった。
俺が教室を出ようとしたその時、ハルヒが俺のネクタイを掴んで走り出した。
教室を飛び出して、屋上へ出るドアの前まで連れ込まれた。
「ハル、涼宮なんだよ」
ハルヒは何かを企んでいる笑みを浮かべた。
「先生、我がSOS団の顧問になって」
相変わらずの直球できやがった。
ここは1つとぼけて。
「SOS団ってのはどんな活動をしている部なんだ?」
「SOS団とは世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団よ」
続く言葉は宇宙人と未来人と超能力者を探し出すだろう。
「まずは活動内容を教えてくれよ」
「活動内容ね、そうだ部室に来てよ! 部室で我が団の功績を教えるわ」
ハルヒは俺のネクタイを再び掴んできやがった。
「ま、待て! 一旦職員室に戻らせてくれ」
「そう、じゃ急いで戻って、必ず文芸部に来なさいよ!」
ハルヒは軽快な足取りで階段を降りていった。
やれやれ、教師と生徒の間柄でもあいつは変わらないな。
 
 
俺は職員室に戻り、隣の国語の教諭に淹れてもらったお茶を飲み、文芸部へと向かった。
 
 
文芸部の入り口の前に立つと若干の違和感がした。教師として、足を踏み入れるのだからな。
俺は扉をノックすると中から朝比奈さんの返事が返ってきた。
扉を開けるとSOS団の団員たちが俺を出迎えてくれた。
「よく来てくれたわね」
という挨拶の後にハルヒからの各団員の紹介が始まった。
「副団長の古泉君」
「よくぞ、お越しくださいました」
古泉はいつものニヤケ顔で挨拶した。
「こっちが萌えキャラのみくるちゃん」
「初めまして」
朝比奈さんは礼儀正しく、お辞儀をしてくれた。
初めましてってことはこうして話すのは初めって設定なのかな。
「で、これが有希よ」
長門は会釈をした。
「そして、私がこのSOS団団長の涼宮ハルヒよ! それじゃ我が団の輝ける活動を教えてあげるわ」
ハルヒは我がSOS団の活動記録を誇らしげに語った。
春の野球大会、文化祭での映画上映、そして夏と冬の合宿、さらに俺の作ったホームページの紹介もした。
最後は『朝比奈ミクルの冒険 Episode 00』を見させられた。
映画のお供で出た朝比奈さんのお茶は、国語の教諭が淹れてくれた物より格段においしかった。
なお、この映画のナレーションは俺ではなく、なぜだか知らんが谷口が担当していた。
映画が終わるとハルヒは立ち上がり叫んだ。
「先生、明日の九時に北口駅前に来なさい! SOS団の市内不思議探索を一緒に体験させてあげるわ。いい来なかったら死刑よ!」
教師に向かって、死刑なんて言うと内申書に響くぞと思いながら、本日のSOS団の活動は終わった。
 
 
翌日、俺が九時五分前に北口駅前に到着すると既に全員到着した。
「先生、遅い!」
教師になっても俺が一番最後なのは変わらないんだな。
俺達はいつもの喫茶店へと移動した。
 
喫茶店でいつものクジ引きが開催されて、俺とハルヒの組み合わせになった。
喫茶店の会計は、いちおう年長者にされている俺が払うか。
 
俺はハルヒと駅の南側を探索した。
ハルヒのお勧めの不思議スポットをあいつの解説付きで次々と巡った。
そういえば、ハルヒと二人で市内を回るのは初めてかもしれないな。
 
午前の探索も終わり、再び駅前で待ち合わせて、俺達はファミレスで昼食を頂くことにした。
店内で午後のクジ引きが行なわれたが午前と全く同じ組み合わせとなった。
ここでの会計は古泉が気を利かせて、割り勘となった。
 
午後は公園のベンチに座り、今後のSOS団の活動展開を一方的に語られた。
話の節々でこいつなりのSOS団に対する思い入れが聞けて、元団員その1として喜ばしい気持ちになった。
とても寒い日だったが気持ちはすこし暖かかった。
 
こうして、市内探索の全日程が終わった。
「先生どうだった、SOS団の活動は! これで顧問になってくれるわよね」
ハルヒは自信満々に聞いてきた。
「……顧問になってもいいかな」
「本当!」
ハルヒは弾けるような笑顔を見せた。
「だがな涼宮、俺が顧問になっても同好会への承認は無理じゃないのか」
「え、何で?」
「それは……」
俺が同好会の規定に満たしていない点を指摘するとハルヒは
「そっか……じゃ、月曜日までには何とかするから、そうしたら顧問になってね」
俺は「おう」と言って、ハルヒを見送った。
 
 
日曜日はあっという間に過ぎ去って、月曜日を向かえた。
目を覚ますとハンガーには学生服があり、元に戻ったことにホッと胸を撫で下ろした。
 
 
放課後、俺はいつも通りに文芸部に居た。
ハルヒと朝比奈さんはまだ来てはいない。
俺と古泉はチェスを行い、長門は読書をしている。
「で、涼宮さんに何を指摘したんですか」
古泉はクィーンを移動させたながら、聞いてきた。
俺はポーンを動かしながらこう答えた。
「同好会の部員は5人以上いないと承認されないぞって言ったんだ」
古泉はそれを聞いて笑った。
「それであなたを団員に戻したんですか」
「そうみたいだ、部員は5人になったかもしれんが今度は顧問がいなくなった」
「しかし、あなたもよく同好会の規定なんて知ってましたね」
なあにハルヒに言われて、同好会の新設規定を調べたのを覚えてただけだ。
「それにしても教師なんて慣れない事して疲れたよ。日曜日が無くなったかのように寝ていた」
「奇遇ですね、僕も疲れていた為か昨日そのものがないように思えましたよ」
それを聞いて、長門がゆっくりと口を開いた。
「……日曜日は存在していない。涼宮ハルヒの力で日曜日の0時0分0秒から23時59分59秒まで消滅させられた」
俺と古泉は顔を見合わせて、大笑いした。
早く同好会にしたいのか日曜日を消滅させやがった。
俺はせっかちな団長さんが扉を開けて、俺を見た時にどんな顔をするのかを、チェスをさしながら待つことにした。
 
 
END

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最終更新:2022年01月12日 15:34