あたしにとってキョンは何なんだろう?
 
放課後、文芸部部室で皆が皆何時もどうりに過ごしているのを団長席から眺めながらそう自分に問いかけてみる。
 
北高2年5組の男子生徒でクラスメイト。
ごくごく平凡で特徴の無い友人。
SOS団の団員その一かつ雑用係。
それから…。
 
「涼宮さん。」
「ありがと、みくるちゃん。」
みくるちゃんから受け取ったお茶から嗅ぎ慣れない香りがした。
「変わった香りね。これ何茶?」
「カモミール・ティーです。なんでもこれを飲むとリラックスできるそうですよ。」
「へえー。」
「カモミール。学名“Matricaria recutitia”キク科1種耐寒性一年草。ヨーロッパで最も歴史のある民間薬とされており、今から4000年前のバビロニアですでに薬草として使用されていたと言われている。」
「昔は健胃剤・発汗剤・消炎剤・婦人病の薬などに用いられていたそうですが、
今は安眠の薬と言われていますね。」
 
「詳しいな。」
「長門さんも古泉くんもさすがですね。」
本当、二人とも詳しいわね。…おっといけない、いけない思考が逸れたわね。
あたしにとってキョンは…。
 
「はい、キョンくん、古泉くん。」
「どうも。」
「ありがとうございます。」
 
バカ。
間抜け面。
みくるちゃんをや有希ばっか見てるやつ。
 
「…なんだよ。」
「別に…。」
 
他の女の子と仲良くしてるのを見たくない奴。
 
「みくるちゃんおかわり。」
「あっ。はーい。」
 
しかし、自分の事ながらキョンと”他の女の子が仲良くしてるの見たくない”
という考えには理解しがたいものがある。
キョンは別にカッコイイわけじゃないし。スポーツができるとか頭がいいとか金持ちでもない。
まして宇宙人、未来人、異世界人、超能力者なんかであるはずが無い。
普通に考えればあたしがキョンに固執する理由は無いはず、…無いはずなのだ。
なのに、あたしはこのどこからどう見てもただの一般市民に何かしら特別な感情を抱いていて、その結果、あいつが他の女の子と仲良くしているのを見ると嫉妬してしまう。
理解できないのにもかかわらず、ごく自然に。
 
ここまで考えて、あたしは一度考えるのを止めた。
このまま考え続けると思考が無限ループに陥ることが予測できたからだ。
何でそんなことがわかるかって?
答えは簡単。悪夢を見た5月以降キョンのことを考えることはや1年、これ以降思考が進んだことがないからだ。
それにしても1年も同じ事を考え続けるなんて、あたしって…、いや敢えて言うのはよそう、自分が惨めに感じられるだけだ。
 
はあ…、一体全体あたしはあいつのことをどう認識しているのだろう。
 
それ以降も、あたしはキョンのことを考え続けていたわけだけど、いくらか時間がたった時に、どういうわけか、突然今までの思い出が頭の中を駆け巡り始めた。
 
始業式に始まり、キョンとの朝の会話、SOS団結成、始めての不思議探索、夏合宿に映画撮影。
それ以降も現在までの思い出がめまぐるしく駆け巡り、これで終わりかしらと思っていると、今度はキョンと相合傘して帰った日に記憶が戻り、その次はジョンとあった時にまで戻った。
 
ちょっと戻りすぎじゃない?しかもキョン関係ないじゃん。
そんなあたしの突込みをよそに思い出シアター(命名あたし)は続き、最後には実際にあった事ですらないあの5月の末に見た悪夢を上映し終わり告げた。
 
そして、それが終わるとともにあたしにキョンに対する答えが天啓のように舞い降りた。
 
そうか、あたしにとってキョンは――。
 
「おい、ハルヒ。」
「?」
「…ハルヒ!」
「へっ?」
「やっと、起きたか。」
起きた?
あれいつの間にか皆いなくなってるし、外も暗くなってる。
「ひょっとして寝てた?」
「ああ。ぐっすり熟睡だったぜ。おかげでもう閉門時間だ。たくっ、カモミール・ティーあんなにがぶ飲みするからだぞ。」
そっか、あたし考え事したまま寝ちゃったんだ。
「皆は?」
「先に返した。」
そう、よかった。
「あんたは何で残ったのよ。」
「寝ている奴を一人置いて行くわけにいかんだろ。それに何時ぞやの借りもあるしな。」
「ふーん。」
それにしても、あたし寝る前に何考えてたんだっけ?
「とりあえず早く帰ろうぜ。腹減っちまった。」
「わかってるわよ。」
あたしはパソコンの電源を落として鞄を手に取った。
 
「ああっ!!」
「何だよ。」
思い出した。あたしが寝る前に何を考えていたのか。あたしは”キョンがあたしにとって何なのか”ってことを考えていたのだ。
そして夢の中でそれの結論が出たときに起こされたんだけど…、あれ?起こされた拍子に導き出した結論を忘れちゃった。
「あんた、何であたしを起こしたのよ!」
「はあ?」
「もうちょっとだったのに。もうちょっとで結論が出せたのに。」
「結論って、何の?」
「それは、あたしがあんたのことを…。」
「俺のことを?」
しまった。
「なっ、なんでもない!」
「おい、待てよ。」
あたしのバカ。キョンに何言おうとしてるのよ。
「急がないと門閉まっちゃうわよ。」
「それはわかってる。それよりお前さっk…。」
「何も言ってない!」
「嘘付け。確かに何か言いかけたろ。」
「うっ…。うるさい!そんなことよりさっさと行くわよ!ほら駆け足!」
ああ、今日はついてないわ。せっかくキョンがあたしにとって何なのかって問いに答えを見つけられたと思ったのに忘れちゃったし、しかもキョンに変なこと言って墓穴掘るし。
 
「はあ、はあ。たくっ、いくら閉門時間が迫ってるからって走ることは無いだろ。」
「走りたい気分だったのよ。」
「…そうかい。」
不思議ね、この間抜け面を見てるとキョンがあたしにとって何なのかなんてどうでも良くなってきたわ。
「これくらいでばてちゃってだらしないわね。」
「悪かったな。」
もう考えるのは止めた!所詮キョンはキョンであってキョンでしかないのよ。
トートロジー?知ったこっちゃ無いわ。今のあたしにはそれで十分よ。それに…、
「なあ、ハルヒ。」
「何よ。」
今のあたしにはそれより先に考えなくちゃなら事があるしね。
「お前部室で何か言いかけただろ。あれなんて言おうとしたんだ?」
そう、さっきの失態を誤魔化す方法を考えないと。
「あれはね…。」
「あれは?」
さて、何て言ってやろうかしら?

 

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最終更新:2008年10月18日 00:07