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 時は進んで翌日、土曜日の午前。
 俺は今、いつもの不思議探索の際の集合場所である北口駅前で、ハルヒが訪れるのを待っている。
 とまあ昨日の今日なので、もしやハルヒを待つ俺の心境は伝説の木の下で待ち合わせている女子のそれと同じなのではないかと思う者もいるかも知れない。
 なので説明しておくが、俺は別に告白をするためにここにいるんじゃない。
 俺がここでハルヒを待っているのはもちろんこれから不思議探索を行うからであり、そして自分に課せられた責務を果たすためだ。そう。俺は遂にポエムを完成させることが出来たので、それをハルヒに渡さなければならないというわけだ。これの完成までの経緯は、今から昨日のその後を話す予定なので、そこで説明しようと思う。
 だから現時点で普段と違うことといえば、俺が待ち合わせに一番乗りしているくらいだろう。



 と……ハルヒを含めSOS団のメンバーはまだやってきそうにないので、ここで昨日のあれからを振り返ってみることにしよう。


 あの後、俺と古泉と長門は学校へと戻り、小さい方の朝比奈さんは『機関』と未来側との諸々の調整のために元々学校を休んでいたので、そのまま自らの仕事を全うするため公園にて別れることとなった。
 そして俺達学校組は、放課後の文芸部室で大人の朝比奈さんと朝比奈みゆきを交えて異世界問題の解決策を講じていたのだが、ここを俺の言葉のみで語るのは少々難儀しそうなので、少しばかり回想して時を遡ってみることにする。

 あれは授業が終わってすぐ、掃除当番のハルヒを除いた俺達が文芸部室へと集まったとき、そこには大人の朝比奈さんとみゆきが待っていて…………




「本題に入る前にお聞きしたいのですが」
 古泉は朝比奈さん(大)に真面目含有率八十パーセントの微笑を向けると、
「……正直、今日のあなたと『機関』の動きには驚かされてばかりでしたよ。僕の関知せぬところでのTPDDの製造、そしてあなた方未来人との協力体制。組織内でこれほどの重大かつ主要な出来事が僕の与り知らぬ場所で展開されていたなど、機関で僕が占める立場からすればとても信じられません。これはどういうことなのですか?」
 返事をちょうだいするように手の平を差し出す古泉。その手を一瞥もせずに大人の朝比奈さんは、
「それを語るのには時間が足りないけれど、そう遠くないうちに彼……藤原くんが、古泉くんの疑問を解消してくれるはずです。だからごめんなさい、それまで待っててね」
 その返答に古泉はスッと手を引っ込めると、
「ええ、そうすることにしましょう。これは機関の人間に問いただせばある程度は判明し得えることだ。ですが、あなたの口から是非聞いておきたいこともあります。それは未来側から現代の僕達に、あの次元理論をもたらしたことについてね」
「……古泉、そういった理論に対する質問は後でいいんじゃないか」
 特に俺がいない場所で行うことをオススメするぜ。っと古泉はほのかな笑いを作り、「そういうことではありません」と言った後で少し難渋な顔を浮かべると、
「……未来の次元理論では、次元とは性質の足し算によって形成されるものであるとされ、それらは『流れ』という概念によって説明されていましたね。これは確かに、次元の要素が『広がり』という概念によって捉えられ、『縦×横×高さ』……つまりXとYとZの掛け算によって立方体という三次元が形作られるという現在の理論と違っているように思われます。ですが、僕には未来の次元理論に対し疑い問う程の能力は備わっていません。僕が疑問を抱いているのは、未来から現代にその理論がもたらされた、というそのままの事柄についてです」
「その論法で行くと、未来から指示を受けることだってまずいんじゃないか?」
「いいえ、それとも違います。未来側から指示を受ける場合、こちらからは未来を予察できない様に考えられていますから。ですが……次元理論は違う。公理を分出することが出来、その真偽を明らかにしてしまう次元理論とは……いわば人類にとって善悪を知る樹そのものであり、それから知識をもぎ取ることは、まさに禁断の知恵の果実に手をかける行為に等しいと言えるでしょう。……我々にとって未来の次元理論は、知るに時期尚早なのではないでしょうか」
 そう言い切るとピッと前髪を弾き、
「そして世界人仮説。次元に関する理論を、人間に関わるものへと置換して考察されているこの理論は実に興味深い。世界人仮説は、矛盾の存在するこの世界を上手く表していますから」
 どういうことかと聞けば、
「まず人間の進化において、その身体の進化は原始生命から延々と受け継がれてきたアナログな流れだといえます。ですが、人間の精神……人の心においてはそうではありません。個人の人格、例えるなら僕の思想は、この世界上で新たに組み上げられた全く新しいものです。なので身体の進化とは違い、その過程で発生する人の心の繋がりは、0から1という現象が続くデジタルな流れだと考えることが出来ます」
「それがどうしたんだ?」
「このように人間の『心』には、偽とされる連続体仮説が当てはまるということですよ。そして世界人仮説が矛盾を認めた理論だというのは、まさに世界人仮説が提唱する新概念を表す言葉なのです」
 と、古泉は右手の指を一本ずつ開きながら、
「例えば四則計算において、足し算のみならば何も問題は発生しません。1に2を足しても3ですし、2に1を足しても同じく3という答えです。ですが……引き算となるとそうともいかない。何故ならば、1から1、もしくは1から2を引いてしまった場合には自然数では答えを表現し得ませんからね。なので人は、そこで生まれた0やマイナスなどの新しい概念を記号で表すようにしたのです。掛け算と割り算にも同様の流れがあり、このように人間は、算数や数学が展開されていくにつれ様々な概念を発見してきました。そして次元理論とSTC理論によって生まれた世界人仮説は、矛盾を認めるという概念を論じていますね。……いえ、これは『互いを認め合う概念』と言い表したほうが適切でしょう。ですがそれは哲学的見地から表されている世界人仮説の姿で、数学的には……今まで人類にとって不変の法則であった、『イコール』の概念に切り込んだ理論だと言えるのではないかと僕は考えます。これは絶対的な神の摂理である『イコール』で結ぶことの出来ないもの同士が『矛盾』として否定されずに、『認め合う』という人間的な概念によって結びついているという物理法則に対する新たな考察になる。そうであるからこそ、世界には矛盾というものが存在出来るのかもしれませんね」
 ……互いを認め合う、ね。なんだか長門と同じようなことを言ってるような気がするな。
「ええ。だって世界人仮説は……長門さんが構築した理論だから」
「は?」
 大人の朝比奈さんから飛び出した言葉に疑問符を飛ばしていると、
「……次元理論の姿は『箱』で、STC理論の姿は『紙』だとするなら、世界人仮説の姿は何だと思います?」
「……只の勘なんですが、そりゃあ『人』なんじゃないですか?」
「あたりです」
 と朝比奈さん(大)は微笑み、俺達に視線を配ると、
「世界人仮説は、全ての理論を統合した理論なの。世界の全てのモノが混ぜ合わされば、純粋な溶媒と溶質という二つのモノが生まれます。それらを一つの存在として考え、溶媒を『体』、溶質を『心』と置換して生み出される『人』の姿こそが……世界人仮説を総括する姿。それでね、世界人仮説の中での有形の次元理論は、無矛盾な物理法則からなる『人の体』。そして……無形のSTC理論は、時には矛盾を起こしてしまう『人の心』なの。次元理論とSTC理論は本来、お互いを矛盾として否定しあってしまうもの。だけど、それらがお互いを認め合うことによって、初めてわたし達の世界は作られていくんです。そして、そうやって異なる存在が繋がりあうことで『進化』という現象が形作られていく……と、世界人仮説では論じられています」
 話を聞いて、沈黙する古泉。俺はそんな古泉を視界にいれながら、
「……よくわからないんですが、その理論を長門が構築したってのはどういうことなんですか?」
 それは、と、大人の朝比奈さんが話し出そうとしたときだった。
「……この世界の歴史を成立させるためには、朝比奈みくるの時代まで情報創造能力を維持していかなければならないから」
「………?」 
 長門が横から言葉を出してきた。長門は続けて、
「また、歴史を知る者による世界の調整も不可欠。だから……誰かが情報創造能力の寄り代となり、この世界を見続けていくことが必要となる。それを実行する際、最も適切と思われるのは……わたし。そして、これから人と共に歩むわたしがその理論を構築していくのだろう」
「――なるほど。世界人仮説……解析するまでもなく、それは長門さんが構築した理論だったというわけですか。そして長門さんは、これから世界の維持と調整を担っていくことになる。となると、僕の機関の成すべきことは……。そして、未来人が僕達にあんな理論をもたらしたのは……つまり……」
 何やら呟いている古泉はそれっきり思考の海にダイブしてしまったようで、あいつからこれ以上の質問は出ないようだった。



 それはともかく……俺には、一つ気になったことがある。
 先程の会話から察するに、長門は朝比奈さんの未来まで長い時間を過ごしていくってことだよな。それは長門が自分らしく――思念体に属したまま――ありのままを生きる道を選んだということによるのだろうが、それでも相当辛いことなんじゃなかろうか。感情を持つ……長門にとって。



 そして俺は、中学生のハルヒの言葉を思い出す。
 何でも叶っちまう能力ってのは、実はそれを持つ者の自由を奪ってしまうものなんだ。そして長門は、それに程近い能力を自覚的に持ってしまっている。だから…………、
「――長門、」
 俺は大人の朝比奈さんから貰った金属棒を長門に差し出すと、
「これ、良くは知らないんだが……花言葉をこの金属棒に書き込むと、お前の能力を制御する髪飾りになるらしい。だからSOS団で不思議探検なんかをするときくらいは……その髪飾りをつけてさ、肩の荷を降ろして遊んだっていいんじゃないか?」
 まさに気休め程度にしかならないが、俺が持っているよりは意味があることだろう。……これでいいんですよね? 朝比奈さん(大)。
 長門はマジマジと金属棒を見つめ、交互に朝比奈みゆきを見やると、
「……取り扱いは、わたしに任せてもらっていい?」
 いいとも。ぶん投げられたら流石にショックだが、それはもうもう長門のモノだからな。
 そして俺は朝比奈さん(大)に視線を移し、
「ところで、異世界の問題はどうするんですか? 長門が何か知ってるって聞きましたが、長門、お前何か知ってるか?」
 長門は目をパチクリさせると、
「……異世界の状態を打開するヒントは、喜緑江美里と涼宮ハルヒ、そしてわたしの小説の一ページ目によって既に示されている。それらを複合的に読み取って私達が成すべきことは、記憶を取り戻す『鍵』を異世界へと持ち込み、あちら側のわたし達に自ら問題の解決を促すこと」
 言いながら長門は俺に前回の機関紙を渡し、俺がそれに目をやると、切り取られていた長門の小説がすっかり元通りになっているのが確認された。長門の小説を読んでいる俺に長門は、
「その小説の二ページと三ページは、わたしが世界を改変した後で生じたエラーデータを不完全ながら解析し、その結果を書き綴ったもの。そのデータの正体は、今回の出来事によって……もう一人のわたしの記憶だったことがわかった。そして一ページ目は、あの世界でのわたしが書いた小説の一部をサルベージしている。尚、これもあの世界のわたしがもう一人のわたしの影響を受けて作成されたものと思われる」
 俺の頭の中で七人の長門が騒ぎ立て始めていると、
「つまり二ページ目と三ページ目は彼の小説を見ていた長門さんの記憶であり、一ページ目は、その長門さんから今の僕達に向けられたメッセージだったというわけですか。つまり異世界の問題を解決するためには、完成型TPDDによって閉鎖された異世界へと渡れるようになった朝比奈みゆきさんに『鍵』を送り届けてもらい、まずはあちらの長門さんの記憶を取り戻すことが必要ということですね」
 ……よう分からんが、古泉の解説によってやるべきことは判明したみたいだな。
「ええ、流石にあなたも気付いたのではないですか? これから、あなたがやるべきことにね」
 スマイル古泉に対し俺は全てを納得した顔を向け、確認するまでもないだろうが、俺の出した答えを伝えることにした。
「ああ。どうやら俺は『いばら姫』の話になぞって、閉ざされちまった異世界を開放するためにあっちに行かなきゃならんらしいな。だから俺が鍵なんだろ?」

 ………………。


 静寂が広がった。


「ん? どうしたんだみんな? 驚いた顔なんかして」
 古泉も朝比奈さん(大)も、長門でさえも目を丸くして信じられないといった表情を浮かべている。
 俺はなにか間違ったこと言ってしまったのかなと不安になっていると、
「そうではない」
 間違っていたようだ。否定句を飛ばした長門の横から古泉が、
「……一つお尋ねします。あなたが涼宮さんと共に過ごしてきた時間には、実は普遍的なピュアラブコメディの側面があったことにお気づきですか?」
「何言ってる。それはお前が、俺達に内緒で密かにそんなのを繰り広げてたっていう話か? 世界存続のかかった野球大会だったり無限ループの夏休みが、一体どんな見方をしたらラブコメになるってんだ」
「説明しましょう」
 古泉はどこか若干嬉しそうに、
「時系列的に順序立ててお話すれば、涼宮さんは、野球大会ではあなたの活躍を見たいと思い、あなたを四番にしましたね。そしてエンドレスエイトの無限ループはあなたの家で遊んだ後に開放されていて、それはつまり、涼宮さんはあなたの家で遊びたかったということを示しています。……そして前回の機関誌では過去のあなたの恋愛話を知りたいと願っており、つまりこれまでの涼宮さんの行動には……恋する少女特有の、複雑な心境が反映されていたのですよ。しかも涼宮さんの望みは、時を経るにつれて順調にあなたへと近づいてきている。そうやって考えてみたうえで、今回の異世界の創出では何を望んだのだと思いますか?」
 …………沈黙する俺に、古泉はハッキリとした声調で、 
「ズバリ、自分に対するあなたの『気持ち』を知りたかったのです。そして異世界は、これを涼宮さんが知ろうとした結果、情報創造能力のパラドックスに陥ってしまったがために生まれてしまったのだと考えられます」
「……それは佐々木も言っていたような気がするが、そのパラドックスというのはなんなんだ?」
「簡単なことですよ。告白する際、それを行う側としては、嘘偽りのないちゃんとした相手の本音を聞きたいものであると同時に、自分を拒否されたくはないとも願っている。いえ、むしろ受け入れてもらいたいという方向への考えが強いでしょうね。そこで自分が、己の願望が叶ってしまう能力を持っていたとしたらどうです? その者は、好きな人の本音を聞きたいがノーという返事は聞きたくないという願いによって、結果的に相手の本当の気持ちを知り得なくなってしまいます。好きな人と心から結ばれるためには、惚れ薬を飲ませて返事を貰うようなことでは自分が納得出来ませんからね」
「……つまり、ハルヒは俺の、あいつに対する気持ちを知りたいってことなのか?」
「恐らくはね。そしてそれこそが、今回の涼宮さんの願いだったというわけです」
 今になってようやく僕も気付きましたよ、と自らを揶揄するように言って古泉は言葉を終えた。
 そして……俺は考える。
「じゃあ、俺のやるべきことは……」
「あなたの気持ちを、涼宮ハルヒに伝えること。そしてその方法は、喜緑江美里が生徒会側からこちらに行動を促したことによって、涼宮ハルヒ自身が既に提示している。これを達成すればこちらの問題も解消され、異世界の問題を解消する『鍵』にもなり得る」
「…………」



 ――どうやら俺は、幸せの青い鳥の居場所に気付いていなかったみたいだな。
 答えはいつも、俺の胸の中にあったんだ。



「……これで全部繋がった気がするよ。ハルヒが俺達に自分の詩を書かせようとしていたこと、そして、これまでの一連の流れがな」
 そうさ。俺は自分に課せられたポエムを完成させなけりゃならないんだ。
 それは、他の奴らにやらされることじゃない。
 俺が自主的に、そう望んでやることだ。
 ハルヒはずっと待っていて、待たせていたのは俺であり、今だってあいつは俺を待っているんだ。
 だから俺は、俺にとってハルヒってやつはどんな存在なのかってのをそろそろ伝えなきゃならない。だってさ………、



 これ以上ハルヒを待たせちまったら、どんな罰ゲームが俺を待っているかわからないだろ?




「……そうか。じゃあ長門、今日は二人そろって遅くまで居残り決定だな」
 やっと見えてきた目標に向かって頑張ろうと長門に求めると、
「わたしはしない」
 と言われた。目が点になった。
「わたしの分はもう完成しているから。でも、あなたが付き合ってくれというのなら拒否はしない」
 その台詞は別の機会に言って欲しいね。お前からそう言われて喜ばないやつなんかいやしないぜ。
「あ、先輩ひどいっ。早速浮気してちゃダメですよっ? 涼宮先輩に言っちゃいますからねっ」
 ひどく恐ろしいことを朝比奈みゆきが言っている。すると古泉が、
「ふふ、まだ厳密には浮気だと決まったわけではありません。それに、例え彼の意思がなんであろうと涼宮さんは納得してくれるでしょう。彼女は強いようにみえて脆くもありますが、全てを認め受け入れることの出来る聡明さを備えている人ですから」
 とか言いながら、あなたの答えは既に分かっていますよといった顔で俺を見てくる古泉。
「……長門。良かったら、お前の完成した詩を見せてくれないか?」
 俺は古泉に対してなんの反応も出来なかったため、古泉の視線を無視することにして長門へと話しかけた。



 そして俺は長門から渡された一枚の用紙に目を向ける。
 ついぞ完成した長門の詩の内容は、これまたなんとも独創的で俺の理解が及ぶものではなかったのだが、それは以前の長門の小説を締めくくっているように感じられた。



 ……あと、一つ言い忘れていたことがある。
 これは俺が先程元通りになった機関誌を読んでいたときに気付いたのだが、長門の小説のページからは無題という文字が消え、三枚それぞれに、極短い単語ながらもちゃんと題が記されていた。ページ順にどう書いてあったのかを言えば、それは――――。



『雪、無音、窓辺にて。』



 そして今回の長門の詩の題名は……。
 何となく、長門が自分の意思で己の歩む道を決めたことの大きさと決心を物語っているような気がした――。




「…………」
 と、回想はここまでで十分だろう。
 そんなこんなで昨日、俺は自宅に帰ってからも夜遅くまでポエム制作に身を乗り出し、やっとの思いでポエムの完成にこぎつけたってわけさ。
 ちなみに、俺は完成したポエムを読み返していない。
 それはポエムが書きあがったのと同時に封筒に入れて机の中に仕舞い込んだためであり、なぜそんなことをしたのかといえば、これは深夜のラブレター作成理論に由来する。
 恋という題目で俺が書いたポエムは、その、なんだ。はっきり言ってしまえば……今までの生活で、俺がハルヒのことをどう思っていたのかってな内容になってるんだ。
 そんな恥ずかしいものを朝の俺が見てしまえばそれは世界の終わりを見るようなもので、顔を真っ赤にした俺が「さよなら世界!」と言いながら紙を破棄し、世界との運命を共にする方を選んでしまう恐れがあったからな。
 ……あと、これは言わなくても良いことかもしれないが、俺のポエムは妹が持っていたパステルカラーの便箋に書かれており、封筒もそれにあわせた若干可愛らしいものとなっている。
 どうしてそれを選んだのかといえば……まあ、なんとなくとしか言いようがないのだが。


「……あら、キョン。早いじゃない。珍しいこともあるもんだわ」
 ――ハルヒがやってきた。
「……ああ、前に一回あったくらいだっけ。俺が一番乗りだったのは」
「たしか、あんたが妙なことを言いだしたときよね。有希やみくるちゃんが……」
「俺が何か言ったのか? まるっきり思い出せないんだが」
 鮮明に、かつ明確に覚えている。
 あのとき俺はハルヒにみんなの正体を語っていたんだ。
 今思うとなんて迂闊だったんだろうと恐ろしい思いでいっぱいになるね。
「まあいいわ」
 とハルヒは周囲を見回し、
「他のメンバーは? いつもこの時間には全員揃ってるはずだけど。なにか知ってる?」
「いや、俺も知らん。一体どうしたんだろうな」
 と、これは本当だ。俺はいつもより早めに着いた方ではあるが、あいつらの姿は欠片も見かけなかった。何処かで待ち伏せしてるわけでもなさそうだ。
「ま。集合時間までにはもうちょっと余裕があるし、そのうちやってくるでしょ」
 それより……、とハルヒは眉間にしわを作って、
「あんた、ちゃんと詩は書いてきたんでしょうね? 昨日の宣誓がちゃんと果たされているか、あたしが早速確認したげる。ほら、早く提出しなさいよね」
「そう急かすなよ。ちゃんと書いてきてるからさ。これでいいか?」
 ほい、と俺は封筒を差し出す。ハルヒはそれを見ると、
「ふうん? やけに可愛らしいわね。レターセット? どうしたのよこれ?」
「妹から貰ったんだ。コピー用紙を持ち歩くのもなんだと思ってな。別にいいだろ?」
「いいけど、なんだかこれって……」
 ――やっぱりなんでもない。と何やらはぐらかすハルヒ。
 そして俺の手から手紙をひったくるのと変わらぬくらいに封筒を開き、中に収納されていた便箋に注視する。
「…………」
 俺の書いたポエムを読むハルヒはどこまでも無表情だった。
 やがて顔を上げると、
「……んー、見た目もそうだけど、中身もやっぱりラブレターっぽいわね」
「なんでだ?」
「だってそうじゃない。これが告白以外の何になるのか、逆にあたしが聞きたいくらいだわ」
 ポエムの内容が……と言いながらハルヒは視線を手元の便箋に落とし、
「……あなたとの日常を振り返ってみたら、ようやく、あなたのことが好きだっていう自分の気持ちに気付きましたなんて……」
「……確か、宛名のないラブレターには何の意味もないんじゃなかったか?」
 からかうような口調で答える俺に、ハルヒは納得出来ない自分を納得させるように、
「……そうね。まるで夜更けに書いたやつみたいに言葉を羅列しただけの支離滅裂な出来だけど、これはこれで恋のポエムって感じなのかな。でも……」
 ハルヒは片手に便箋と封筒を持ち、ポエムの書かれている文面を俺に突きつけて、
「……これ、誰に言ってるの?」
「誰とはなんだ」
「う……」
 ハルヒは少し怯んだ様子を見せた。




 ――まあ、ハルヒが言いたいことはよく分かる。前回のミヨキチの小説と同様にこれは俺の実体験を元にしているであろうから、このポエムの登場人物にもモデルがいるのではないか? ということだろう。実際、それは間違いじゃないしな。だから、俺は………。
「ハルヒ?」
「な、なによ……」
「お前が手に持ってる封筒なんだが、ちゃんと見てみたらどうだ?」
「………?」
 ――こういうときは、意外と相手の言葉の意味に気付かないものだ。
 ハルヒは全くの受身で俺の言葉に従い、手に持っていた封筒をヒラリと裏返す。
 そしてそこに書かれている文字に視線を落とし、しばらくそのまま押し黙っていた。




 さて。
 俺がそこに書いたのは、恐らくハルヒ自身が一番見慣れているものだ。
 ハルヒは今、封筒の裏側に書かれているそれを見ながらどんなことを思っているのだろうね。



 ――宛名の欄に記されている、自分の名前をさ。



「……キョン?」
「なんだ?」
 ハルヒは視線をそのままに、小さく俺へと話掛けてきた。


 ……そして、今まで自分が抱えていた不安を一気に押し出すかのように、ハルヒは語り出した。


「……あたしね、今まで、自分の存在っていうのはとてもちっぽけなものだって感じてた。自分が沢山の人間の中の一人に過ぎないんだっていうのを実感したとき、自分の世界がいかに普通かってことに気付いたあたしは、逆に世の中にはあたしの想像もつかないような面白い出来事を体験してるような特別な人がいるんじゃないかって考えたわ。……だからあたしは、宇宙人や未来人や超能力者なんかと友達になりたいってずっと思ってた」
 ここで顔を上げ、俺をその大きな瞳で捉えると、
「けどね、SOS団のみんなと出会ってから、その考えは変わったの。実は最近、もしかしてあたしには特別な能力があるんじゃないかって思うようなことがあったんだけど、でも……それはあたしが望んでたことだったはずなのに、なんだか嬉しくなくて、むしろ不安になった。なんでそんな気持ちになったんだろうって考えたら、意外と早く答えは見つかったわ。あたしが特別な存在になる、それってね、今までの普通だったあたしを否定しちゃうことになるのよ。特別な存在なんかを求めることだって、今まで好きだった友達を否定しているのとなにも変わらない。――まあ、つまり何が言いたいのかって言えばね……」



 ここまでを話し終えたハルヒからは憂鬱な感情が消え、そして、俺の目が眩んでしまいそうな程の微笑みをこちらに向けて――――、



「あたし……SOS団のみんなと、キョン。あなたに出会えて良かった」



 ふんわりと作られた笑顔の端には一粒の涙が零れ出し、それはまるで、灰色の雲に覆われた空の後に訪れる晴々とした太陽のように眩しく、輝いていた。




 ……俺がしばらく見とれるばかりであったとき、ハルヒは手で自分の目元を一回だけ拭うと、
「ちょっとキョン! ぼーっとしてるヒマなんてないんだからねっ! ほら、早く探しに行かなくちゃ!」
 今まで以上に元気な声で言い放つと、ハルヒは踵を返してそそくさと歩き出してしまった。
「ちょっと待ってくれ」
 この言葉でハルヒは進むのを止め、俺はその場に立ったまま、
「それって、宇宙人や未来人や……超能力者をか?」


 手を伸ばしたまま質問する俺に、ハルヒは何を言ってるのよといった表情を浮かべ、そして今までよりもためらいのない百ワットの得意顔を作り――心地の良い意気を込めて、こう言い放った。



「有希とみくるちゃんと、古泉くんに決まってるじゃない!」



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