悪いが、俺はいま非常に混乱している。 自分の眼を信じたくないからだ。
 以前、ハルヒが朝倉の部屋の前まで乗り込んだのと同じ手法をつかって、長門の部屋まで漕ぎ付けた俺は、ある種の懇願に似た思いを抱きながらドアノブをひねった。 すると、俺の願いが通じたのかドアには鍵が掛かっていなく、俺は勢いよくそれを開けると開けっ放しにしたドアには目もくれず、そのままドッグレースに使われているグレー・ハウンドなみにすばやく部屋にあがり込んで、ただ一人の少女の名を叫んだ。

「長門!!」

 ――― シーン

  真っ暗の部屋には幽霊すらいないんじゃないかと思わせるくらいの空虚感がただよっており、俺は電気をつけて長門の姿を探すべく居間にあるコタツ台の近くまで寄った時、その上に置かれている一枚の紙と栞を発見した。
 俺は二つの内、コピー用紙くらいの紙を拾い上げると、中に書いてあることをザッとだけ目を通してみた。 しかし、それはどうみても長門が書いた字ではなく、それだけで興味を失ってしまった俺はハラリと紙を床に落とすと、もう一つの栞のほうを手に取り読んだ。

『昨日のあなたの言葉 うれしかった
 今までありがとう そして さようなら』

  そこには、まるで理解できない、いや、理解したくない長門の綺麗な文字が躍っていた。

「……どういうことだよ…、これ」

  そして、冒頭へもどる。


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  茫然と立ち尽くしていた俺は、さきほど学校から来るときにマナーモードを解除していた携帯により正気を取り戻した。 喧(やかま)しく音を立てて震えるそれを手に持って、通話ボタンを押す。

「あんた、いきなり何やってんのよ!
 誰だかわかんない名前訊いてきたかと思ったら、急に血相変えて飛び出していくんだもの!
 どこにいるんだか知らないけど、さっさと帰ってきなさい!!」

「……お前、ほんとうに知らないのか…?
 古泉も朝比奈さんも…。 『長門』って、名前だぞ…」
「だーかーら、知らないって言ってんでしょ!
 古泉くんもみくるちゃんも知らないって、あんたもちゃんと聞いたじゃない!!
 いい加減にしないと、あんたも無名みたいに寿司を奢らせるわよ!!」

  そう一方的に言い立てると、ハルヒはプッツリと電話を切ってしまった。 若干SOS団のメンツに対してえも表現できない悲しさを感じたが、それに落ち込んでばかり居るわけにもいかず、俺はハルヒに言われた通り一度学校までもどって現状を把握する情報を集めるため、落ちていた紙と栞をポケットにねじ込んであの小高い丘にある北高へと自転車をはしらせた。
 その間も、『あいつから連絡があれば…』、と淡く望み薄な想い持って解除した携帯が鳴ることは無かった。 何故だ、なんでおまえが居ないことになってるんだ。 俺に何も言わないで…。
 坂下で自転車を停め、一気に駆け上がると、息を切らしたまま門をくぐり文芸部室へと向かった。 部室前まで来た俺は文芸部室のプレートにSOS団と書かれた紙が貼り付けられているのを確認すると、ノックをすることなく入った。

「キョン、あんたは今週の不思議探索のときに無条件でおごりの刑だからね!」
「お疲れ様です」
「お帰りなさい、キョンくん」

  三者三様の出迎えの言葉であったが、ここで無言のメッセージを送ってくるやつが居ないのが何故だかひどく悲しかった。 俺は生返事に「ああ」と三人に返し、本当ならこの上なく美味しい筈の朝比奈さんのお茶を、まるで味覚が丸ごと削がれたように味を感じないまま啜った。
 古泉が持ち出してきた盤上ゲームをしながら、これからどうしたものかとずっと考えていると、「どうやら、あなたはえらく大事な悩み事があるようで。 ですが、歩でそのまま飛車の動きをトレースするのは、非常にやめていただきたいですね」との古泉の抗議の声にハッとすることがしばしばあった。

「無名は、どうなってんだ?」

「べつに、あんな遅刻魔のことなんか知らないわよ。
 岡部に聞いても、朝から『面倒くさい』・『明後日まで、サボる』とかって連絡が入った以外にわからないわ」

  なるほど、どうやらあの死神は学校に遅刻するだけでなく、『サボる』と教師に公言するまでの傍若無人振りらしい。 だが、これで自体ははっきりした。
 ハルヒも古泉も朝比奈さんも、なぜだか『長門』のことは忘れ、『無名』のことは知っている。 ということは、古泉は無名の正体が『死神』であることを知っているはずだ。
 というか、朝から無名が教室に居ないのになんの疑問も持たなかった俺のミスだ。 それに加えて誤算だったのが、あのハルヒが無名がいないことに何の関心も示さなかったこと。 俺はハルヒが暴れだしてから、無名のことに係われば良いと思っていたからだ。

「古泉、お前は無名が『死神』だと知っているんだよな?」

「ええ。 去年の五月の、そうですね、朝倉涼子がいなくなった辺りでしょうか?
 唐突にあなたの前に現れて「主は死にたいと思った事が有るか?」と訊いてきたと、あなたが言っていたではありませんか。
 そのあと、一週間ほど調査して見送りの報告を出すと、彼は死神たちが住む次元に帰ろうとしたらしいのですが、死神の力を失っていたらしく戻れなくなったと言ってました。
 ゴリ押しで彼を部に入れ込む涼宮さんを見て、僕が「涼宮さんの力では?」と訊くと、「神が神の力を奪う事が出来る筈無いじゃろ、恐らく別の誰かじゃ」と言ったっきり、一年が過ぎてしまった訳です。
 あの死神も、ほんとバカですよね」

  古泉との会話でわかったが、俺の知らない間にあの死神は一年前から居たことになっており、その間にハルヒはあの死神の遅刻魔っぷりを見てきたわけで何の関心も示さなかったわけか。
 若干、古泉の言動に違和感を感じないわけでは無いが今はスルーして置くに越したことはない。 ちなみに、今までの会話はすべて小声だ。 ハルヒに聞かせるわけ、ないだろ?
 俺たちは長門の居ない部室で、下校時間になるまで時間をつぶして、家に帰った。


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  家に着いた俺は、さっそく部屋に駆け込むとポケットに入れっ放しだった栞を取り出した。 何度も何度も見直し、読み直すがそこにはなんのヒントも長門の字で『無い』証拠もなかった。 『さようなら』、長門はこれをどう思って書いたのだろうか。
 俺はそう思うと、自然と涙が出てきた。 それは長門の気持ちを考えたからとかじゃなく、完全な俺個人の感情が爆発したことによるものだった。 長門の口から直接言われたわけでも、長門の書いている時の気持ちがわかったわけでもないが、ただ字面であろうと長門からの拒絶の言葉は心底俺の心に堪えた。

「……どこ行きやがったんだよ、バカ野郎…」

  頬をつたう涙が認めれず、俺は手で乱暴にぬぐいながら、ベッドの上で壁に背をつけて座っていたのだが、ふと思い出したことがあった。 そう、あの誰かが書いた紙だ。
 俺はポケットでクシャクシャになっていたそれを広げ、改めてちゃんと読んでみると、それはある一人の人物しか思い浮かばない内容の手紙だった。 ってか、わりと綺麗な字なんだな、あいつ。

『主の事じゃから、儂の文章等放ってしまって、長門嬢の言葉に愚図って居るに違い無いじゃろう』

  人の行動を見透かしたような言葉が綴ってある。 うるせえ、黙れ。

『長門嬢を無事に返して欲しくば、『答え』を見付けろ。
 其れは、主に係わる事でも長門嬢に係わる事でも涼宮嬢に係わる事でも…、何でも良い。
 其の答えを得る為に、主は一人考え込むも良し、其処等辺を奔走して探し回るも誰かの力を借りるも良しじゃ。
 じゃが、若し答えを見付けれ無ければ、『命は無い』と思え。
 其れから、此れは本のserviceじゃ。 『儂は死神、死を統括する者』』

  文章はこれで終わっていた。 こうやって漠然としたことしか書かないのは死神の趣味なのかは知らないが、一番ハッキリさせて欲しいところをぼかされたことに俺は歯軋りを立てた。
 この『命は無い』と思えの、『所有格』だ。 『誰の命』のことを言っているのか、それがわからない。 もちろん、『俺』か『長門』の命に変わりは無いだろうが、そこが一番のポイントなんだよ。
 俺の命か長門の命か、この無名が書いた文章では『俺が答えを見付けれないことで、長門の命がなくなる』ことだって十二分に有り得る。 もし、そんなことになれば、俺はこの世界を生きていく自身が無い。
 そして、これを書いているということは『長門の命がなくなる方法』をこの死神は知っているのだろう。 ちくしょうめ!!

  俺は無名が出したなぞの答えを探すべく、自身に心当たりは無いかと問い続け、それはめしを食う間もふろに入る間も、そして眠るときだって頭から離れず翌日を寝不足という最悪のかたちで迎えた。




   - To  be  continued - 


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