「遅いわよ、キョン」
俺の耳に飛込んできたのは慣れ親しんだ、忘れる事も出来ない声だった。そう涼宮ハルヒだ。
声の方をゆっくり振り向くと、そこには夜風に髪をなびかせ暗闇にひっそりと佇むハルヒいた。
「…ハルヒ?」
俺は予想をしていなかった突然の来訪者の姿を見て動揺を隠せなかった。速まる鼓動が俺を不安へと駆り立てる。
「まったく、あんたを待ってた所為で風邪引く所だったわ。それより話があるの、付いて来てくれない?」
真摯な瞳で俺に淡々と語りかけてくるハルヒを、俺は釈然としない頭で眺めていると。
「ちょっと、聞いてんの?」
「あぁ…聞いてるさ」
「それで?来るの?来ないの?どっちなのよ」
「行くよ、行けばいいんだろ」
いつもの調子で言葉を連ねるハルヒに、俺がそう答えると。ハルヒは、不適な笑みを浮かべ「それでいいのよ」
と口から溢していた。その言葉が妙に引っ掛かり、漠然としていたが違和感を覚えずにはいられなかった。

 ハルヒに付いて歩く事十数分。光陽園駅前公園に着いた。確か…初めて長門の家に上がりこんだ時もこの公園に来たな。
「それで、話ってなんだ?」
俺はハルヒの背中を見詰めながら問掛ける。するとハルヒは中途半端に伸びた髪を巻き上げる様に、勢いよく此方を振り向いた。
「ねぇキョン。あんた私の事どう思ってたの?やっぱりウザイ女?」
無表情なまま表情を変える事なく平坦な声で俺に問掛けてくる。
「そんな訳あるか、俺はお前の事を…そう、好き…だった」
「じゃあ何で、私からSOS団から離れていったの?」
「それは…」
俺は言葉が詰まり黙り込む。暫しの間、沈黙が続きそれを断ち切る様にハルヒが口を動かす。
「言えない訳?そんなにあの女が大事なの?」
ハルヒが俺から目線をそらし、俺から見て右の方向に向ける。その視線の先には、思わぬ人物がいた。
成…崎?何でお前がここにいる。縄で縛られ、口には猿轡をされ俺を見て呻き声を上げていた。
「これは…一体どう言う事だ。ハルヒ」
俺は込みあげる怒りを噛み締めハルヒを睨み付けた。ハルヒは不気味な笑みを浮かべ笑い声を上げる。
「フッフフフ…良いわその表情。憎い?私が。私を苦しめた罰よ」
ハルヒの口から出た言葉に俺は驚愕と疑念を隠せなかった。そう、コイツは違う。ハルヒじゃない。
「お前は誰だ?」
目の前の少女は急に笑いを止め、少し顔を強張らせた。
「何言ってのよキョン、私は私よ?」
「違う。ハルヒじゃない。ハルヒは自分の事を私じゃなくて、"あたし"って言うんだ。
それにハルヒは間違ってもお前みたいな事はしない」
俺の言葉が核心を突いたのか、驚きの表情を隠せないようだ。そして、俯く様に顔を下に向けた後、再び不気味な笑みを浮かべた。
「意外と鋭いのね…。フフ…まさかバレちゃうなんて思わなかったわ…アハハ」
目の前の少女が高らかに笑い声を上げ、一瞬ままたくとその姿を露にした。お前…何でお前がいる。
いや、まさか。そんな事あるはずかない。あの時長門に消されたはずじゃ…。
俺の目の前に現れたのは、過去に俺を殺そうとし、助けに入った長門と激闘を繰り広げた末、
長門に情報なんたらの解除とやらで消された朝倉涼子が立っていた。
その姿にを見た俺は何も言葉を発する事が出来なく、只愕然とし身動きも取れずにいた。
「あら…やっぱり驚いちゃった?それもそうよね、いなくなったはずの私が目の前にいるんだもんね…」
朝倉が不適な笑みを浮かべ、淡々と言葉を連ねる。
「そうだ…お前は長門に…。何でここにいる」
「解らないの?幾ら待っても涼宮さんが情報爆発を見せないからに決まってるじゃない」
またか、こいつはまた俺を殺しに来たって言うのか。
「貴方が勝手に涼宮さんを苦しめてくれたのに、涼宮さん何も行動を起さず今でも貴方の事を待ってるのよ?
健気なものよねぇ…たがら、私が手伝ってあげなきゃいけないの。ねっ涼宮さん?」
何訳の解らない事を言ってるんだこいつは。って今呼び掛ける様に…。
若干俺から視線を外し、俺の後ろ見るその先を確認する為に後ろを振り向くと、そこには…ハルヒがいた。
「おい…ハルヒ、何でお前がここに。って聞いてるのか?」
どうやら俺の声は届いてないらしい。表情を一つも変えず、焦点の合っていない虚ろな瞳でこちらを見ているだけだった。
一体、どうしちまったんだ?俺がハルヒの元に駆け寄ろうと体を動かそうとした時、それを制する様に朝倉が俺を呼び止める。
「良いのかしら?自分の彼女を放ったらかして」
いつか見た月明かりに妖しく光るゴツイナイフをチラつかせている。
「…解った」
「それでいいのよ」
従うしかなかった俺は、此方を見て不気味な笑みを浮かべる朝倉を睨み付ける事ぐらいしか出来なかった。
「本当はね、涼宮さんに自分の姿をした私が貴方を殺す所を見せて上げたかったんだけど。
貴方が見破っちゃうんだもん予定が狂っちゃったわ。でも、そうねぇ。良い事思い付いちゃった」
子供みたいに嬉しそうな笑顔を浮かべる朝倉を見て、俺は血の気が引きそうになった。
そして唐突に後ろから駆け足の音が耳に飛込んで来る。俺はとっさに後ろを振り返ると、ハルヒがナイフを持って俺に向かってくる。
そして、何も躊躇わず振り翳されたナイフが一閃。寸での所で何とか避けた俺の耳に、空を切り裂く金属音が纏わり付く。
ハルヒが振り回すナイフを躱ながら、俺はハルヒに呼び掛け続けた。
「おいっハルヒ!しっかりしろ!自分が何してるのか解っているのか!?おいっ!」
駄目だ、聞こえちゃいねぇ。どうする?どうしたらいい。ナイフを叩き落とすか?いや、俺より遥かに運動神経が良いハルヒに敵う訳がない。
それに、躱のでやっとじゃないか。
「どう?自分の大切な人に襲われる感覚は」
後ろから嘲笑うかの様な声が聴こえてくる。
「くそったれが!」
俺がそう叫ぶと同時に体が動かなくなる。
「そろそろ終わりにしてあげる。じゃあ…死んで?」
ハルヒの持つナイフが俺の胸辺りに向けられる。おい…まじかよ。今回ばかりはさすがにやばいか?
「ハルヒ!!」
迫るハルヒに向けて叫んだ声は、届く事もなく闇夜へと消えていく。もう、駄目だ。
諦め半分、自己嫌悪半分の心持ちのまま俺は瞼を閉じた。…あれ?何も起こらないぞ。

 俺がうっすらと瞼を開くと、ナイフを素手で受け止めている半端なおかっぱ頭が視界に飛込んでくる。
「長門!」
「状況は理解した。涼宮ハルヒに掛けられた情報操作を解除する」
平坦な声で淡々と語った後、例の高速呪文を唱えると手に握られたナイフが砂の様に消えていく。
「有…希?キョン?あれ…あたし何でこんな所に…」
正気を取り戻したのかハルヒは混乱していた。頻りに周りを見回した後座り込んでしまう。その瞳は虚ろなままだった。
「ハルヒ。危ないから下がっていてくれないか」
俺の言葉を聞き、ハルヒは訝しむ様に俺を眺めた後、黙って頷き後ろに下がっていく。
勘が良いアイツの事だ、訳が解らずとも何かしら感じとったんだろう。
「何故」
「長門、彼奴は…」
「急進派が再構成したと思われる。確に彼女は朝倉涼子本人」
俺を見上げた後、黒ようせきの様な瞳が朝倉に向けられる。
「前回の事であなたも理解しているはず。一つ一つのプログラムが甘い、だから
私に気付かれる。侵入を許す。それに貴女は私が情報連結の解除をしたはず。何故」
長門から朝倉に向けて放たれた言葉に、何も怯む様子すら見せない朝倉が不適な笑みを浮かべた。
「フフフ…貴女何も知らないのね…。今情報統合思念体の大半は急進派が抑えたのよ。勿論、この粗末な情報閉鎖空間もあなたを呼ぶ為よ?
長門さん。私が貴女に対して何も対抗手段を持っていないと思ったの?」
朝倉が勝利を確信しているのか不敵な笑みを浮かべている。唐突に隣にいる長門が顔を強張らせた後、急に地面にひざまづく様に崩れ落ちた。
「おいっ長…」
気付くと地面に大量の赤い染みを作り上げている。
「長門!しっかりしろ!朝倉、長門に何をした!」
「何って…対長門さん用の破壊プログラムよ?この空間に入った瞬間、起動するよう仕掛けていたのよ」
朝倉の口から語られた言葉の真相を、俺の側で蹲る長門が物語っていた。
「に…げ…ひぐっ」
「おいっ長門…もういい。もう喋るな…」
体を痙攣させながらも、必死に俺に向けて手を伸ばしてくる。
「有希!キョン!」
ハルヒが此方を伺っている、駄目だ。今ハルヒが長門に近寄れば…。
「来るな!」
俺の叫び声に驚いたのか、体を上下に揺らしたハルヒが足を止めた。
「長門さん、良い事教えてあげる。貴女の体内に蓄積され続けている大量のエラーは人間で言う感情よ。
そう、貴女は心を持ち始めてしまっている。だから、今の貴女では私には勝てない。
情報統合思念体からの接続が弱まっている貴女ではね。私はね、そのエラーを円滑に処理し感情という表現に入力出来るプログラムが施されているの。だから、今の私はね。彼を殺したくて仕方ないの。
親愛なる長門さんには、最高のプレゼントをあげたくてね」
淡々と語りながらこちらに近付いてくる朝倉が、俺の目の前まで来ると。
「最愛の人間が目の前で死ぬ恐怖と絶望を味わせてあげる」
「だ…め…」
朝倉の右手に握られていたナイフが一閃。俺の右肩を貫いた。
「うぐぁっ!」
あまりの激痛に顔を歪めてしまう。刺されるのってこんなに痛いのか…。
朝倉が突き刺したナイフを抉る様にぐりぐりとナイフを回そうとする。刺された時より強烈な痛みと電撃が体中を駆け巡る。
危うく意識を失いそうになったが寸での所でなんとか踏み止まったがその場に倒れ込んでしまう。
「いやぁぁ…キョン!…朝倉!あんたって奴は!」
ハルヒの声が霞む意識の中聞こえてくる。駄目だ、来ちゃ駄目だハルヒ。
「涼宮さん貴女はそこで見ていてね」
朝倉の歓喜に満ちた声と共にハルヒの猛進する足音が鳴り止む。
「ちょっと何よこれ!身体が動かな…」
朦朧とする意識の中ハルヒの声が頭の中に木霊する。そして、霞む視界に俺を見下ろしている朝倉が映る。
その手には、いつの間にか肩から引き抜かれたナイフを持っている。
「だ…めぇ…」
「キョン逃げて!」
二人の声を切り裂く様に、一気に振り下ろされたナイフが俺の胸にドスンと鈍い音を立て突き刺さった。
喉の奥から込み上げてくる大量の液体。俺は…死ぬのか?激痛に耐えきれない意識が完全に途絶えようとした時。
「キョン…キョン!?イヤァァァァァァァァァ」
ハルヒの悲鳴を最後に俺は気を失った。

 

「……」
誰かが俺の体を揺すっている。
「……きて」
もう疲れたんだ。このまま眠らせてくれ。
「…っと起きなさいよ」
この声…まさか。
「ハルヒ!」
飛び起きた俺の横に、きょとんとした顔で座っているハルヒが居た。
良かった…無事だったんだな。
「ハルヒ…?」
考え込むように口をへの字にし悩んだ顔をしていると、突然何かを思い付いた様な表情をする。
「うんうん、解るわ。だけど残念ね。あたしはハルヒ本人ではないわ」
何だって?一体どういうこった?観察すればするほどその違いが解ってきた。容姿は俺が以前に会った中一の頃のハルヒだった。
それに、だ。ハルヒがこんなに冷静に喋る事は滅多にないと言っていい。
「さぁ…詳しい事は表層部分で処理されるからねぇ…あたしは彼女の深層心理なの。周りを見て」
目の前の少女の言う通りに周りを見渡す。周りは白一色の世界だった。って深層心理?
「ここは彼女の一番深い心の領域。そこに彼女はあんたを迎え入れた。正確にはあんたの思念体だけなんだけど。
何故あんたがここまでこれたのかはよく解らないけどね、暴走した彼女の力だけなら不可能なはずなんだけど…」
っていう事は俺は死んだのか…。まさか長門か?俺をここに送り込んだのは。それで、ハルヒは?世界はどうなった?
「一度無に帰す事になってしまったわ。今彼女は、ていうかあたしなのには変わりないんだけど。彼女は眠っているの」
少女の口から驚愕の事実が俺に伝えられた。
「その…何だ。俺がここにいるって事は…」
「そう、あんたを受け入れたって事は、あんたにに全てを委ねるつもりみたいね」
またか、どうしてこうも俺の肩に全てを背負い込ませるんだ。俺は只の凡人なんだぞ?
「それは違うわ。あんたを構成している情報は確かに普遍的かもしれないけど、貴方の存在は彼女にとっては違うの。そうそう、あんたに見せたい物があるわ」
そういうとハルヒは…んーハルヒとはどことなく違う感じがするから、こいつはハルヒ(小)と呼ぶ事にしよう。
ハルヒ(小)は立ち上がり、ある方角を指した。
示された方向に視線を向けると、不思議な質感の赤い扉が白い空間の中にぽつんと一つある。何だあれ。
「彼女の一番深い場所。普段は表層部分というフィルターを介して表現されるんだけど、あの扉にあるのは有りのままの彼女」
つまり、あのトンデモな性格の原型と言う訳か。
「それを見たらどうなる?」
「さあね、もしかしたら押し寄せる感情の渦に巻き込まれて飲み込まれるかもね。でも」
でも、何だ?
「あんたを受け入れたって事は、あんたなら大丈夫だと思ったんじゃない?まぁ何にせよ、初めての事だから解らないわよ」
さて、どうする。俺にハルヒの全てを受け入れる覚悟はあるのか?いやまて、中途半端な気持ちで開けてみろ。
たちまち消えちまうかもしれないぞ。
「うーむ…」
俺が考えに耽っていると、ハルヒ(小)が怪訝な面持ちで此方を見上げているのに気付く。
「何だ?」
「悩んでるみたいね。そんなあんたにもう一つ見せたいものがあるわ」
ハルヒ(小)が再びある方角に人指し指を向けた。赤い扉とは反対方向だった。
俺は示された方向に視線を向けると、今度は赤い扉ではなく青い扉が白い空間にぽつんと佇んでいる。
「今度は何だ?」
「あれは彼女がもしあんたが自分を受け入れてくれなかった時の為に造った世界に繋がっているわ。
あたしには信じられないわね…自分を誰も受け入れてくれない世界をわざわざ用意するなんてね。
だけど、それだけあんたが彼女に愛されてるって訳、その気持ちはあたしだって痛い程感じている」
俺は只黙って青い扉を眺めていた。誰も自分を受け入れてくれない世界…か。
まさか、あのハルヒが俺をそこまで想っているなんて思いもしなかった。
俺は夢の様な世界で、某漠とした時間が流れて行くのを感じながら、決意を固め始めた。

 俺が開く扉は………。

 

『赤い扉』か、それとも『青い扉』か。

 



(次回予告)

 

「そう、それがあんたの選んだ未来なのね」

 

「あぁ」

 

ハルヒ(小)に別れを告げ、俺は扉を開いた。その瞬間、瞬く間に光に包まれる。これが俺が選んだ未来…か。

 

「次回、Missing you、『貴方の選んだ世界』見なきゃ許さないんだから!」

 

「珍しいなハルヒ、お前がまともにタイトルを言うなんて。漸く改心したって訳か?」

 

「何言ってんのよ馬鹿キョン。あんたはそんな事しか見てないから駄目なのよ。ダメダメの駄目キョン」

 

「んなっ…そこまで言う事ないだろ?大体な、お前はもっと周りの事を…」

 

「あっみくるちゃん、あんたも出番少ないんだから!ほらっ早く早く」

 

「ひっ!すっすす涼宮さん、わわ私は別に…」

 

「聞いちゃいねぇ。まったく…やれやれだな」

 


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