いつの間にかエアコンのタイマーが切れていたようで、うだるような暑さに思わず目を覚ます。そういえば毎朝我が肉体と精神に多大なダメージを伴う起こし方をする奴は、お袋と一緒に一足お先に田舎に里帰りをしていたんだっけな。ちなみに親父も出張中だが、終わっても家には戻らず直に田舎に行くことが決まっており、夏休みに入るなり塾に放り込まれた俺だけが、今現在ただ一人家に残っているというわけだ。
 おかげで珍しく塾も団活の予定も無い今日は昼近くまで惰眠を貪ることができたのだが、代償としてお袋がいるときは朝昼晩用意されていた食事は当然自分でなんとかしなければならない。正直夏バテ気味であまり食欲は無いのだが、気のおけない友人がいる塾はともかく、ただでさえ受験生であらせられる朝比奈さんの出席率が低下した団活で、朝比奈さん謹製茶による癒しをなかなか受けられない中、日々体力を削られている身の上だ。無理にでも体に詰め込まないと夏休み半ばにして体力が尽きてしまうだろう。仕方がない、素麺でも茹でて食うか。
 やや血糖値が不足している頭を必死に稼動させ、当面の問題を解決する手段を導き出すのになんとか成功した頃唐突に玄関からチャイムの音が鳴り響いた。
 
「おはようキョン。いや、既にこんにちはと言うべき時間帯かな」
 
 開かれたドアの前に立っていたのは、穏やかなそれでいて胆に何かしら一物抱えたような微笑みを湛える中学3年時の級友にして、現在は塾における級友でもある、自称親友の佐々木だった。
 佐々木の格好は塾に行く時とさほど変わらないのだが、挨拶のためにひょいと挙げられた右手の反対側、左手には塾仕様のテキストが入ったバッグではなく、代わりにスーパーのレジ袋をぶら下げている。
 
「よう佐々木、お前が塾でもないのに家に来るなんて珍しいな。まさか俺のために飯でも作りに来てくれたのか?」
 もちろん冗談のつもりだったのだが、
「御明答」
 ち、ちよっとお待ちください佐々木さん。普通そういうのは家族内か、でなければ恋人同士とかの極めて親しい間柄の人達がすることであってだな……
「正確には半分だけ正解で半分は不正解だけどね。
 体調管理には充分に注意を払っていたつもりだったのだが、この暑さに僕ともあろう者が少々夏バテしてしまって――ここ数日の様子を見るにキミも御同様のようだが――あまり食欲がないんだ。
 だからいっそ熱い鍋料理でも食べて、この暑さを克服してやろうと一念発起したのだよ。
 で、鍋といえば大人数でやるものだ。最近は一人用鍋というものもあるらしいが、やはり大勢でつついてこその鍋だと僕は思う。
 なのでキョン、今からここに皆を集めても良いかい?」
 なるほどな、暑い季節だからこそ逆に熱い料理を食べて乗り切るのはある意味定番だ。鍋を皆で囲めば食欲不振何するものぞ、軽く吹き飛ばしてくれるだろうよ。もちろん反対する訳がない、思う存分やってくれ。……多感な時期の少年特有の、アレやらコレやらに対する細やかな期待を返せって気持ちはぐっと飲み込んどくから。
「ありがとう、では早速。
 僕の側の人達はどうにでもできるから、まずは涼宮さん達だね。彼女等を呼ぶには……と。キョン、ひとつキミの携帯を貸してくれないか?安心したまえ、メールを盗み読みしたりはしないから」
 
 俺が直接電話するより簡単なのか?確かにハルヒなら、今までの俺の経験から言ってもこちらから電話を掛けた場合の第一声は大抵文句と相場は決まっている。だが佐々木にはきっと何か良い考えがあるのだろう、俺が携帯を渡すと、佐々木は手際良くメモリからハルヒの名前を呼び出した。
 
『何よキョンあんた「もしもし涼宮さん?佐々木です。今からキョンの家で鍋パーティーを開こうかと思ってるのだけど、涼宮さんも良かったら“来るなー!!”」ブツッ
 あああああの佐々木さん!?貴女は一体全体どのような意図で先ほどのお電話をおかけになったのですか?
「直に解るよ。さて次は長門さんか、うーん、どうするかな」いや直に解るよじゃなくてだな「ゼェゼェ……ど、どーゆーことかしら佐々木さんっ!!」
「…………」
「ここどこですか、何であたし連れてこられたんですか」
 
 
 直に解るとはこのことか。諸兄も大体のところはお察しだと思うが、一応説明しよう。
 
 ハルヒが来た。右腕に長門、左腕に朝比奈さんを抱えて。
                           以上。
 つか何だそれ!瞬間移動術を開発したのか?それとも物理法則をねじ曲げやがったのか。
 
「さっきの電話の意味を教えて頂けるかしら佐々木さん」
 俺のツッコミは無視ですかそうですか。まあその方が、下手に神様モドキ的な変態能力自覚されて、世界を好き勝手に弄くられるよりは幾分かマシかもな。
 
「ごめんなさい、どうしても涼宮さん達にも参加してほしかったから敢えて挑発的な態度をとらせてもらったの。長門さんと朝比奈さんも一緒に連れて来てくれてありがとう、どうやって呼び出すか考え中だったから助かりました」
「そ、そう……」
 
 ぐうの音も出ないハルヒ。完全に性格を読まれた揚げ句、まんまと乗せられて家まで来てしまったのだから当然か。
 なお、この期に及んで長門は我関せずとばかりに抱えられて来た時から変わらず読書中、朝比奈さんは漸くパニックが治まってきたようだが、未だ状況は掴めてない御様子だ。安心してください、多分当事者の一人であるはずの俺でさえ状況の半分も理解出来てません。
 
「それで佐々木さん、鍋パーティーってことだけど、何を作るか決まってるの?」
「いいえ、まだ。今こちらの女性陣を呼ぶので、それから決めましょう」
 ハルヒに軽く受け答えをしながら、佐々木は懐から何か写真のようなものを取り出すといきなりそれを床に落とし、以下の如く宣った。わざとらしく、大きな声で。
「ああーっ!私のお気に入り写真ベストショットの一枚を落としてしまったああっ!」
「よっしゃあ佐々木さんのベストショットゲットォッ!!ってこれ佐々木さんの写真じゃないじゃないですか!?また騙されたのです……」
 
 
 再び説明しよう。
 
 佐々木が落とした写真目掛けて、橘がヘッドスライディングをかましてきた。超能力者は神様モドキに仕えるのが仕事とはいえ、いきなり現れるかよ普通。つーか『また』騙されたっつったよなコイツ。普段から佐々木にいいようにコキ使われてるのだとしたら、少しだけ同情してやっても良……くはないな、うん。朝比奈さん誘拐という大罪は、例え7度死んで生まれ変わってを繰り返したとしても決して消えることはないのだ。
 
「これで女性陣は全員揃ったようだね。じゃあ何を作るか決めようか」
「ちょっと待て佐々木、あの等身大日本人形みたいな奴は呼んでないが良いのか?」
 いや、ただの確認だぞ?別に呼んで欲しいというわけではなく、寧ろ居なくてもいいというか、会うなり長門と喧嘩になって、とばっちりで地球ごと木っ端微塵にされる可能性も必ずしもゼロとは言い切れない二人を同席させるのは些か躊躇われるのは事実だが。
「九曜さんのことを言っているのかい?彼女はちょっと特殊でね。全然気配はしないのに、居ると思って目を凝らすと大抵実際に居るんだ。だからほら、既にキミの後ろに」
「んなっ!?」
 
 言われて振り返ると、確かにそこには1/1スケールのいかにも永遠に髪が伸び続けそうな人形然とした姿があった。
 
「あのー、つかぬことを伺いますが、あなたは何時からそこにいらっしゃったのですか」
「最初――から――――」
 さいでしたか。ところであなたと長門、それに長門のお仲間様達にお願い申し上げたきことがございます。どうか今暫く、あと100年くらいは喧嘩なんかしないでくださると私共としては非常に助かりますので、どうか御自重のほど宜しくお願い致します。
「心配無い。わたし達は、」
「仲――良し……?」
 ……。とりあえずは安心なようだ。なんですか?最後に疑問符なんてありませんよ?
 
「揃ったみたいね。それじゃそろそろメニューを決めましょ」
「敢えて辛い料理というのも選択肢のひとつ」
「辛い料理ですかぁ、いいですね~」
「カレー鍋を提案する」
「タイの辛さで有名なスープなんかも良さそうなのです」
「――――」
「各種スパイスは俗称夏バテと呼称される夏季の食欲減退・疲労感等の解消に効果的」
「スパイスもハーブも、殆どが漢方薬の一種に数えられるくらいだからね」
 
 女性陣が何の料理を作るか議論している間、やることが無い俺は先ほど佐々木が九曜について語った言葉を思い出していた。居るぞと思って見てみると本当にそこに居る、か。ならばと目を閉じ、九曜は目の前に居ると自分に言い聞かせながら手を伸ばしてみる。
 
「痛――い――」
「うわ、ス、スマン」
 
 九曜との間には少なく見積もっても2m程は距離があったはずなのに、いつの間にか俺の手は九曜の髪を掴んでいたらしい。当然すぐに放したが、邪魔をするな云々の罵倒やら冷たい視線やらで六者六様の非難を浴びる羽目になってしまった。勘弁してくれ。
 
 そんなこんなしてる間にも議論は進み、最終的にどうやらキムチチゲを作ることが決定したようだ。何を作るか決まったなら、次にやることは手分けして買い出しだ。メニュー自体の珍しさもだがなんせこの人数だ、家にある材料だけで足りるわけがないからな。ついでに約一名、自棄になって大食いに走りそうな奴がいるので、食材は予定の2倍買うべきだろうと俺からも一言申し添える。
 が、ここに至り一つ問題が発生した。重要な食材のひとつである長ネギは、冬が旬の野菜なので今の時期は入手が困難なのだ。
 
「どうしましょう……」
「今からでも遅くはない、カレー鍋に変「そうだ橘さん、携帯を貸してくれるかな」
 
 食材3倍にした方がいいかもしれん。
 
「いいですけど、何するんですか?」
「ちょっと藤原君に頼み事をね」
 
 藤原に頼み事か。そういやあいつも未来人で、しかも現在の朝比奈さんよりは多少自由にTPDDとやらを使えるんだったな。なんとなく頼み事の内容が読めてきたぞ。
 
『何の用だ』
「もしもし藤原君か?僕だ。キムチチゲ用に長ネギが8本ほど入り用なのだが、本来は冬が旬の野菜なものだから今の時期は近場のスーパーには売ってなくてね。だから君に買ってきてもらいたいんだ。言ってる意味は解るね?」
『断る。何故僕が「いいから買って来い。寧ろ必要な食材全部買って来い」
「な、長ネギは、3本1束でしか、売ってなかったから、3束買って来たが、良いか?」
 
 なんか怖いぞ今日の佐々木、朝比奈さんの異次元同位体や鬼緑さんあたりが変装してるわけでもあるまいに。余り表情には出してないが内実この暑さに参っているのだろうか?いやそうに決まってる。でなければあの理性の塊みたいな奴がこんな黒い言動をするはずが無い。
 それと藤原、お前もいきなり現れるんじゃない。現代の物理法則に則った速さと時間と距離の関係からやり直せ。しかも息は切れ切れ服も汗でドロドロで、みっともない事この上無い。必死に格好つけようとしているのが逆に憐れだ。
 見ろ、お前の空気読まない行動のせいで、自己を顧みることを知らない不思議大好きな御大が、宝箱を見付けた子供のような笑顔で俺の袖を引っ張っていなさるではないか。
 
「キョン、キョン!何よあの男、まさかテレポーター?いや、かいてる汗の量をから考えると時間凍結した中を走って来たって線もあるわね!
 それに佐々木さんてなかなかいい性格してるじゃない、お友達の橘さんと九曜ちゃんも含めて全員SOS団にスカウトしたいくらいの逸材だわ」
 性格は言うに及ばず、瞬間移動に関してもお前が言うなと言いたい。通話終了後ジャスト6秒で、でっかいおまけを二人も連れて来やがって。
 
 
 藤原は大量の食材が入ったレジ袋を佐々木に手渡すと、力尽きて倒れてしまった。本来ならお前どれだけ急いだんだよ、どうせ時間指定して来れるんなら買い物ぐらいゆっくりしてもいいだろとツッコむところだが、今のコイツをみるとそんな気も起こらない。
 それどころか今俺は類い稀なる慈愛の精神を発揮して、気絶した藤原をソファまで運んだ上、団扇で扇いで介抱までしてやってるところだ。……ああそうさ、台所を追い出されてやることが無いだけさ。

 リビングから眺める台所はさながら戦場だった。勇将の下に弱卒無しとは聞くが、ハルヒ大将の号令一下、佐々木が参謀として予め適所に人員を配置したせいもあってか、全員が全員歴獅子奮迅の働きを見せているってのは何だ。
 
「すげえ……」
「ふん、お気楽なもんだな」
「お、気が付いたのか。嫌味を言えるくらいだからもう大丈夫だな。
 ところで今俺は博愛主義のバーゲンセールの真っ最中でな。だから一人だけ役に立ってないことを嫌味に言われたくらいで、わざわざ目くじら立てたりはしないんだ」
「そういう意味で言ったんじゃない」
「ならどういう意味なんだよ」
「ここが分岐点かもしれないというのに、それと気付かずのほほんとしてるあんたに呆れたんだよ」
「ほう、面白そうな話だな。詳しく聞こうか」
「禁則事項だ。言えるわけが無いだろう」
 
 
 藤原との今一つ心温まらない会話は、料理が完成したためここで打ち切りとなった。料理の出来映え?もちろん絶品だったさ。夏バテを宇宙の彼方まで吹き飛ばし、勢い余って夏休みの残りの課題を全部一日で片付けちまったくらいにな。お陰で今後の団活の予定倍増を宣言されたのは少々頭の痛い話だが。
 
 
 
 
「と、いうことが昨日あったんだ」
「それは良かったですね昨日は涼宮さんの精神状態もお昼前くらいに一度だけ揺れたのを除けば極めて安定していましたしいいえ呼ばれなくて寂しいとかまさか僕を忘れていたんじゃないですかなんてことはこれっぽっちも思ってませんよなにせ僕も森さんからしっかりみっちり戦闘訓練を受けることが出来ましたしね昨日一日で大分上達した気がしますよそうだ今度あなたも参加なさってはどうですかご安心ください僕が直接手ほどきをして差し上げますのでうんそれがいい是非やりましょう」
「…………スマン」
 
 すっかりやつれてしまった古泉の為に、今度また鍋パーティー開いてくれるよう頼んでみよう。

 


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