読者諸賢には申し訳ないが、話は合格発表から一週間後にとぶ。

 

「だーっ、もーっ、あんたら議論をまとめる気あるわけ!?もう一週間よ!?一週間!!」

ハルヒは新居の要望がびっちり書かきこまれた黒板をガシガシと消し、飛び散ったチョークの粉にむせていた。俺は何度目かわからないため息をついた。だいたい議論がまとまらない最大の原因は、ハルヒ、お前のせいだろ。

「なんでよ!」

俺の要望は『コンビニに近いこと』。長門の要望は『学校近いこと』。俺らの意見だけならどう考えても議論はまとまる。

「それだけじゃ、逆に絞り込めないの!」

ハルヒは再び、チョークを手に取る。

「それじゃ仕切り直しっ。まずあたしの要望ね。まず『海が見えること』、それから……」

ダメだこりゃ、俺は視線を逸らし徐々に暮れなずむ春の夕日を見た。今日は卒業式前日だというのに新居はまだ決まらない。俺の隣に座らされている長門をうかがうように見ると、こちらに気づいたのか微苦笑を返してくれる。古泉は自分には関係のない話だからか、さっきから熱心に読者中だ。このあいだから古泉の長門の親分に対する興味は収まるところを知らない。俺はハルヒの声が頭上を素通りしていくのを感じつつ、黒板の上を踊る字をただぼんやりと見ていた。

 

 

「結局卒業式前日になっても決まらなかったじゃない!全員明日までにもう一度要望をまとめること!それから、明日は六時半集合。わかったわね!」

それぞれの帰路につく前に、ハルヒはプリプリしながらそう言った。俺は精一杯の反論をしたが、未だかつてそうであったように俺の意見が聞き入れられるなんてことが起こるわけがなかった。

「キョン!明日遅刻したらお茶奢りなんかじゃ済ませないんだからねっ」

俺にそう怒鳴りつけるとクルリと背を向け、早足で歩いていく。春の夕べの穏やかでいて、不思議と胸をざわつかせる風が、自信と虚栄心を背負ったハルヒの背中を撫でた。

「それでは僕も」

古泉は背中越しに片手を上げると、中指と人差し指を頭のよこからピッと払って、歩いていった。映画みたいなキザな別れ方だ。

「俺達も行くか」

長門がコクリと頷くのを見て歩き出す。長門と俺の帰宅コースは光陽公園を抜けるまでは一緒なのだ。

くすんだ灰色の石の門を抜けると、地面がアスファルトから土にかわり、鼻の奥に青い匂いが張り付いた。とうとう日も落ちたようで、点々と街灯の灯る公園にはいつものことだが人の影がない。俺はさほど話すことも思いつかず、長門が俺の三歩後ろをついてきていることを意識しながら、味気のない白色光に照らされた木々を見ていた。

「お、桜が咲きそうだな」

俺は木々に付いた丸々と膨らんだつぼみを見て、意味も無くしゃべっていた。

「ほんと」

足を止め見た長門の横顔も、また同じように照らされ、もともと透き通るような肌が余計に白く感じられた。

「ちょっと見ていかないか?」

長門がコクリと頷く。いつもは通り過ぎる道をそれ、足の向くままに歩いてみた。俺の頭の中ではこれまでの三年間がぼんやりとパラパラマンガみたいに思い出された。色々なことを思い出し終えたころ、俺達はあのベンチの前にいた。

 

「なあここ、懐かしくないか」

俺はそこに静かに佇むベンチを指差し言った。

「ここに長門が座ってて、その後にハルヒのことを説明してくれて。それから、全てが始まっ」

長門を視界に入れた瞬間、俺の脳神経一本残らずばっさりと断ち切られたかのように言葉が続かなかった。

その顔、その目、その口元に、はっきりとではなく、ガラスが結露するように、長門の顔に悲しみが薄く重く現れ始めたからだ。コールタールの海に足を取られ、爪先、踝、臑、膝、徐々に深みに沈み込むような悲しみ、そんな比喩がぴったりとくる。のどがヒクつき、言葉が、出ない。

 

 

うん、まだ覚えてる

 

 

石灰でかためられたように動けなかった俺を溶かす一言は、いったい何分後に呟かれたのか、それとも何時間後?俺はその言葉の意味を探りきれないまま、長門がこちらを向き唐突に笑うのを見る。

不可思議が脳幹を詰まらせる。

 

ヴゥゥゥン、ヴゥゥゥン

 

突然胸ポケットの携帯が振動し、

「どうしたの?」

長門がそう言葉を発したことでやっと、目の前の長門が不思議そうにいつもの表情でこちらを見ていることに気がついた。

いったいあれはなんだったのか。長門はキョトンとした顔で俺を見ている。携帯はいつのまにか鳴り止んでいた。

「かっ、帰ろうぜ。もう日も暮れたし」

俺は素早く身を翻し、出口に向かって大股で歩き始めた。

 

         ※

 

これが、俺が見た消える前最後の長門の姿であり、一昨日の出来事である。お分かりのように、こういった諸事情を抱えていたため、俺は卒業式当日にもかかわらず、早朝に家を出たのだのである。

俺が回想にふけっている間にも、古泉と長門の質疑応答は途切れ途切れながらも続いていた。

古泉は回りくどく、ネチネチと質問をしていたが、ついに核心に迫ることを聞き始めた。

 

「長門さんは、あなたは犯人を覚えていませんか?」

答えはノー、長門は顔を左右に振った。

「そうですか、これはかなり困ったことになりましたね」

古泉は眉間を人差し指で押さえ、必死に思考を巡らせているようだ。

「森さんといつから連絡が取れないんだ?」

長門が質問責めに少しうんざりしたように見えたので、俺は古泉に話をふってみる。古泉は組んでいた腕をほどき、携帯を操作し始めた。

「森さんとの最後の通信は……九時前です」

「それは電話ってことか?それともメールか?」

「メールですが、それが……何か?」

「いや」

最後の『通信』が携帯のメールで、それが古泉の携帯に残っているらしい。古泉の携帯に直接そういう形で『通信』が入ると言うことがどういう意味なのか、俺は詮索することはしない。ただ、古泉がいつもより動揺している理由はこの辺にあるのだと思った。

「えっと、森さんは朝比奈さんを監視するために京都にいたんだよな?」

「はい。しかしまあ、監視とは言っても朝比奈さんが未来に帰っていないか、在宅を確認する程度ですが」

「なるほど。じゃあ京都にいる『機関』員は森さんだけだったのか?」

「そういうことです。実は、涼宮さんに警戒する必要が無くなりつつあるので、『機関』自体かなり人員を削減しているんですよ」

そうだったのか。俺は心の中で密かに『機関』の裏方の皆さんの労をねぎらった。

「森さんもむこうに住み込んでましたし」

「そうか。じゃあお前が最後に森さんを見たのはいつなんだ?」

「それは、ほら、朝比奈さんが1ヶ月前に来られたじゃないですか。その時に一緒に来てましたね」

なるほど、森さんの失踪の様子が少しつかめてきた。ん?でも、朝比奈さんと一緒に住んでいた鶴屋さんはどうなったんだ?

「鶴屋さんなら実家に戻られているそうです。もちろん我々の警護付きでね。それから、朝比奈さんのことは何も関知してないそうなんです」

ん?そうなのか。俺が頷いていると再び部屋に静寂が戻ってきた。

あの長門が消えた日、その前後、何かあったのかもしれない。俺はもう一度記憶の海に飛び込んだ。

 

                   ※

 

事件の朝、俺はメール十五件、着信履歴三十二件を表示する携帯を見て事態の深刻さを光のスピードで理解した。ハルヒとの待ち合わせの時間にどう考えても間に合わない。寝不足の頭を叩き起こし、焦ってタンスや机に足をぶつけるたびに俺の脳髄は覚醒していった。だいたい今うちには親がいないんだ、なのにそんな早朝に起きられるわけがないだろう。俺は文句を頭の中のルーズリーフに書き連ねておくことにした。

「すまないな、遅れそうだ」

俺はヨレヨレの革靴の踵でアスファルトで鳴らしながらハルヒに電話をした。

《ばっかやろーーー!》

鼓膜をぶち破りそうなラウドボイスが、通話口から放射された。きっ、効くぜ…。

《昨日から何回も電話したのに出ないし、心配したじゃないの!》

そうか、昨日の電話はお前だったのか。俺の頭が昨日の奇妙な長門のことでいっぱいだったことを説明しようかと思ったが、長話になるだろうし、ハルヒじゃ俺の話を信じないだろう。こういう時、きっと古泉だったら無難に受け答えするのだろう。

「マナーモードで気づかなかったんだ。注意を喚起しようとしてくれたことには感謝してるぞ」

《な、なによそれ。ばかじゃないの、別にあんたのためを思ってじゃなくて、私は議論がスムーズに進むようにと思っただけで……》

 

朝の閑散とした街を携帯を頭に押し付け、時々頭を下げながら全速力で駆け抜ける俺。

牛乳配達にすれ違い、犬の散歩爺さんにすれ違い、そして喜緑さんとすれ違った。

声をかけようかとも思ったが、今の俺に談笑している暇はなく、電話口のハルヒをなだめ、部室に急ぐことを優先したのだった。

 

俺が息を切らせながら駆け込むと、部室にはハルヒしかいなかった。そのハルヒはひじょーに機嫌が悪いらしく、『SOS団卒業パーティー』や『SOS団入学パーティー』とか『SOS団設立の代金』などの俺に対する罰で黒板を真っ白に埋めていた。しかしながら、どうやら古泉や長門も珍しく遅刻しているようだ。前代未聞のことだったが、時間が時間だ、まだ学校には人の気配すら感じられない。

「最後の最後で、この体たらくはなんなのよ!」

ハルヒの投げたチョークが俺の額の真ん中を捉えた。

 

俺たちはギリギリまで粘ったが、結局長門と古泉は現れなかった。初め怒声をぶつけてきたハルヒも、徐々に何か良からぬことが起こっているのでは悟ったようで、口を噤んだ。

体育館に向かう俺達の足取りは重かった。

 

「御両人、こっちですぜ!」

谷口の非常に恥ずかしい呼びかけに突っ込む気も起こらない。俺とハルヒは岡部に顔を見せ、卒業生の列に加わるのだった。

なんだかハルヒとも話しづらい雰囲気になってしまって、俺は空を見ていた。本日快晴。優しい風に呑気に流される雲がなんだか羨ましくなってきた。

そうやってなかなか始まらない式を待っていると、古泉が青色顔で走ってきた。なんだ、お前もたまには遅刻か?などとジョークを言えるような雰囲気ではない。古泉に気づいたハルヒがいぶかしそうにこっちを見ている。古泉はハルヒにニコリと笑顔を送ったもりなのだろうが、顔がひきつって泣き顔みたいになっている。そうこうしないうちに、古泉は口を手で覆い俺の耳元で

「長門有希が蒸発しました。」

とだけ、言ってうつむいた。

その言葉の瞬間、初め俺の頭の中で数多の疑問符が渦を巻き、徐々に感嘆符に変化をとげていった。

「なんだって」

つい、驚きの言葉が口をつく。俺の声に素早く反応したハルヒが、俺達の間に割り込んでくる。

「ねぇ、なんかあったの?」

しまった。古泉の顔を見ると、やつはいつものニヤけ面を取り繕っている。

「ねぇねぇ、ひょっとしてなんか事件なの?」

ハルヒの目は少しの不安と好奇心が渾然一体となって、マーブルのビー球みたいになっている。どうするんだ古泉?俺が視線を向けても、やつはニヤけを崩さないで俺の方を困りましたねっ、という顔をしてチラッと見てくる。

「実は、キョン君の猫が逃げてしまったそうなんですよ」

危機的状況を脱するにはあまりにもな言い訳、どうやら顔面の方は取り繕えても、胸中の方はダメらしい。

「古泉くん……?SOS団副団長の席は覚悟のうえってことね?」

「困った…もの……です。」

ハルヒが腕を組んで流し目で古泉を睨みつけている。そんな怖い顔で見るなよ。

「あんたもよっ」

高々と振り上げた革靴の踵で思いっきり足を踏みつけられる

「いってぇな!」

分かっていても反射的に声が出てしまう。整列した三年全員は何事かと、こちらを見る。その様子を嗅ぎつけた、モーニング姿がさっぱり似合わない担任岡部が歩いてくる。

「うるさいぞ!はしゃぐのは後にしろ!」

俺のせいじゃないんだ。俺は釈明をしようとまわりを見渡したが、ハルヒは俺の後ろでマネキンのようにピシッと立っているし、古泉はすでにいなくなっていた。

「相方はお前か!谷口ぃ、最後まで騒がしいヤツらだ!」

どうやら岡部はハルヒの後ろで、俺達が怒られるのをほくそ笑んでいる谷口と勘違いしたらしい。すまんな、悪く思わないでくれ。元はと言えばハルヒが乱暴なのとお前の日頃の素行が悪いせいだからな。谷口をぶつぶつ言わせ、俺は足を引きずり、ハルヒのイライラは天を突き、長門が現れないまま、卒業式は始まった。

 

学校史上類を見ないであろう奇人涼宮ハルヒの、卒業式に似合わないほど高らかな『卒業生のことば』は終わり、卒業証書授与に進行は進んでいた。一年九組の点呼が終わろうとする時、ハルヒが俺の横でぼそりと呟いた。

「おかしいわ、有希がいないじゃない」

きっとハルヒは俺に言ったんじゃないく、独り言みたいなもんだったんだと思う。だが、俺はうっかり反応してしまっていた。勘の鋭いハルヒのことだ、一瞬で俺達の意図を読み取ってしまうのだろう。ハルヒの頭の中で長門が現れない理由と、古泉が血相を変えていた理由は連結してしまうのだ。ハルヒは、今まで見たこともない冷たい目で俺を一瞬見た後、向き直り、両の拳を色が変わるぐらい強く握りしめていた。俺は猛烈に後悔をしていた。ハルヒは史上類を見ない奇人、神様、進化の可能性である前に人間なのだ。親友がいなくなれば心配して当然なのである。配慮が足りなった、どうして俺達はハルヒに何も告げてやらなかったのか。

 

ハルヒは体育館を出ると、すぐに俺と古泉の首根っこを万力のようにがっちりと掴み、在校生のつくるアーチを横断して、校舎裏に俺達を引きずっていった。在校生のどよめきを聞きながら俺はハルヒに本当のことを喋ろうと決意した。

「どういうことか説明しなさい」

あくまでも冷静に、それでいて高圧的にハルヒは問いかけた。

「実は長門が」

「実は長門さんが」

古泉とハモってしまう。ハルヒのこんな顔を見ればコイツでも本当のことを言うのかと、俺は内心驚きながらも安堵した。

「長門が行方不明になったんだ」

ハルヒだって最悪の可能性として予想していたと思うが、やはりショックのようで、その紅顔がみるみる曇っていく。

「別に俺達はお前を仲間外れにしようとしたわけじゃない。、お前を心配させたくなかったんだ」

俺の言ったことは半分本当だったが、半分嘘でもあった。嘘をついたことにさらに嘘を重ねて俺はやや自己嫌悪気味だった。

「とにかく言い訳はあとにしなさいっ」

感情に流されず、今出来る最善を尽くそうとするハルヒ。コイツは強い。いつも前しか見てない。

「私とキョンは街中を捜すわ。古泉くんは誰でも良いから関係者をあたって!」

ハルヒは真剣な顔でそう言うと手首をグイグイ引っ張って学校を後にした。あっけない惜別だな、我が学び屋よ。

 

 

家についた時にはすでに日付が変わろうとしていた。足早に学校近辺、長門の家近辺を何周もしたが収穫はなかった。俺はすでに足腰が立たなくなっていたが、ハルヒに引きずられるように日が暮れても探し続けたのだった。あの無駄のない体のどこにあれほどのスタミナを蓄えているのか……。鍵を開け、明かりのついていない家に入る。そうか妹たちは旅行に行ってるんだったな。笑う膝を抑えつけながらシャワーで体を軽く洗う。もう空腹感よりも早く休めと体が言っている。もうだめだ。俺は落下傘部隊のように睡眠という安寧の大地に速やかに着陸した。

 

長門が部屋に突っ立っていることに気づいたのは、もう部屋の中も白み始めたころだった。

あぁ、そうか夢か…あんだけ長門を探したんだ、現実のことを投影する夢に出てきたって、フロイト先生も納得だろうな。そんな馬鹿みたいなことを俺は考えていた。

「長門何やってだ。」

長門の顔は窓の外から差す薄明かりに照らされ、透き通っているように見えた。

「わからない」

「そうか、俺は寝るからな」

俺は、夢の中でさえも休息を求めるほど疲れていたのだ。

「お前はどうするんだ?」

3センチぐらい頭を傾ける。

「そこに突っ立てると俺が気になる、お前も寝ろよ」

布団の端に寄った。

「早くしてくれ、俺は眠いんだ」

俺は長門の手首を掴もうとしたが、羽毛のような反発感だけを残し、すり抜けてしまう。流石は夢だ、良いところですんドめ。妙に納得した。

「早くしろ~」

長門がスルリと布団にスベリこんだ所で、俺は深い眠りについて意識がなくなった。

 

 

俺を眠りの中から引きずり出したのはけたたましい呼び鈴の音だった。あ、あと十分……。

「ちょっと~キョン~?あれ、開いてる、入っちゃいましょ古泉君」

「では、失礼します」

「いらっしゃいませー」

目をつぶっててもわかるこの声はハルヒだなっ、なにがいらっしゃいませーだ、ここは俺の家だぞ。というか、何であいつはあんな元気なんだ?俺は筋肉痛で起き上がりたくない程だと言うのに。

ハルヒの襲来に備えて俺は布団に潜り込んで団子虫のように丸くなっておく。乱暴にドアが開く音がする。

「おっはよー、寝込みを襲いにきたわよー。って……ちょっ、ちょっとあんた何してんの!?」

ハルヒがでかい声を出すので、上半身を起こしぼやける視界をこすりながらベットの上に座った。部屋の入り口に腕

を組み怒りに顔を引きつらせたハルヒと、明らかに驚いている古泉がいた。

「あんた、昨日の夜なにがあったの?」

何か?何にもなかったな、疲れてたし。

「へーっそう、疲れるようなことをしてたわけね。」

何を言ってるのかわからんぞ?

「あんた、私達に顔向けできないような、イヤラシイことをしてたのね!?」

はぁ?何言ってんだ?んなわけないだろ。あ、でも昨日夢に長門が出てきた時はちょっとドキドキしたなあ。そうだよな、長門?

少女はコクリと頷いた。うん、そうだそうだ、でもあれは夢だから!!

ん?

あれ?

冷や汗が顔を伝う。

ま、まさか……恐る恐ると自分の横をみる。

………

……

そこには、正座をして真っ赤な顔をした長門が

 

もじもじしていた。

 

……

………

そう言うわけで何もイヤラシイことなんてしないんだっ!!!信じてくれ!!

俺は精一杯純潔を主張した。

しんじて!

シンジテクダサイ…

「あんたのどこをどうを信じろっていうのよ!このばかーーーーーー」

ハルヒのドロップキックが顔面を捉え、世界が一回転した。

み、水色……。

スカートを抑え真っ赤になるハルヒ。

「ややや、やっぱり、エロキョンだわっ有希、聞きたいことがあるから、そこから降りて、ちょっと来なさい」

ハルヒが長門の方に歩みよる。

「ちょっと待て、今なんか大切なこと思い出しそうになった!」

「なによ?」

あれ?何だっけ?

「もういいわ」

長門が短く「あっ」と言うのと、俺が思い出したのは、ハルヒの手が長門をすり抜け、空を切った後だった。

 

「へっ?」

ハルヒの口から素っ頓狂な声が漏れるまで、俺は古泉の細い目が久しぶりにはっきりと開かれているのを見ていた。

「う、嘘」

ワナワナと震えるハルヒ、俺にはどうすることもできない。

「えっ?えっ?」

何度掴もうとしても、ハルヒの手が長門の雪のように白くか細い手首を掴めることはなかった。

「え、ホログラムみたいなやつなのね?」

長門が首を横に振る。

「えっ?それじゃぁ、幽霊って……こと?」

一瞬にして部屋が静けさを取り戻す。

ハルヒの上気した顔から、血の気が一気に引いていくのが分かる。

顔を真っ青にして何かを呟こうとして、俺のベットに倒れ込んだ。

「大丈夫か!?」

思わず駆け寄り、肩を揺さぶった。

「落ち着いてください。ここは僕にお任せ下さい、幸い緊急時ののレクチャーは何度か受けていますし」

俺達はベットを古泉に明け渡した。古泉はハルヒを軽々と持ち上げると、仰向けに寝かせ気道の確保などを慣れた手つきで処置していった。長い間超能力者としての活躍はなかっただろうに、日頃から訓練を怠っていないようだ。

 

「私のせいで涼宮ハルヒが…」

長門があまりにも動揺していたので

「いちお大丈夫みたいだ。お前も落ち着け」

と言ってやった。古泉は処置を終えていた。

「どうやら、貧血と疲れで倒れたようです。今はお休みになっておられますよ。」

そうか、ハルヒもあれだけ走れば疲れるし、こんなことがあるば感情が高ぶるのは当然かもしれん。よっぽど心配してたのだろう。気持ち良さそうに眠りについたハルヒに掛け布団をかけてやる。

 

                  ※ 

 

ここまで思い返したところで、古泉が俺に質問を投げかけてきた。

「あなたは昨日、犯人らしき人物……。いえ、そんな確証的なものじゃなくても構いません。昨日何か奇妙な事、違和感を感じたこと、起こりえないと思われることを体験していませんか?」

古泉はいつもの斜に構えるような態度では無く、真剣に質問をぶつけてきた。実は先ほどまで回想にふけらせてもらったおかげで、一つ気になる事があった。

「実は少々気になっている事があるんだ」

俺の言葉に二人がすばやく反応し、同時にこちらを見た。

「何かお気づきのことがありましたか?」

いつもの三割り増し顔が近い。

「実は昨日の早朝、喜緑さんを見たんだ」

「なんですって!!」

古泉のリアクションは毎度のことだが、長門もものすごく驚いている。やはりこちらも、同僚以上のつきあいだからなのか?

「ちょっと待ってくださいよ」

そういいながら、古泉はまたも携帯をいじり始めた。

「喜緑江美里は現在大阪のはずですよ!?そうか……そう言うことだったんですね!人間技ではないと思っていたんです。」

しかし、だとしても疑問が残る。

「喜緑さんに監視は付いていなかったのか?」

「えぇ、付いてますよ。しかし、今ひとつ信用に欠ける人物なんですよ」

古泉達の信用にいまひとつ欠けていて、喜緑さんと一緒にいる人物。

「喜緑江美里と現在同棲中の部長氏ですよ。大方予想がつきます。どうせ恋心にほだされて喜緑江美里のアリバイ工作に利用されているんです」

俺は、なるほどとうなずいたものの、まだ何かがひっかかっていた。そう、何かが。

「何を言ってるんですか!?やつらは一度あなたを襲いにきている。朝倉涼子のように僕達を徐々に消して、進化の可能性とやらを掴もうとしているに違いないですよ!」

異常に扇動的な古泉、熱くなるのも分からなくはないが。俺は長門を見た。

「わからない……」

返ってくるのは、なんとも歯切れの悪い返事ばかり。

「とにかく、さっそく『機関』に連絡を入れて、黄緑絵美理を拘束しましょう。」

いや、それはやめたほうがいい

「まだ何かあるのですか!?僕には彼女が犯人としか思えないっ!」

「長門、『機関』の人間が黄緑を拘束するのにどれくらいの被害がでると思う?」

俺がそう言うと古泉の顔色が変わった。

「最後に会った時のスペックのままなら、たぶんたくさんの人が死んでも、黄緑は捕まえられない」

やはりなんだか歯切れが悪い。だが、

「聞いたか?お前これ以上被害を増やすつもりか?」

「で、ではどうするおつもりですか?」

古泉はがらでもなくうろたえていた。

「どうだろう、俺が直接話し合うってのは?」

「ふざけないでください!!そんなこと言ってもしあなたが襲われたらどうするんですか?」

古泉の意見は至極まっとうな意見だった。しかし、俺の中に今の古泉に任せていてはいけないのではないか?という疑念が多少なりともあったのだ。

「それを防ぐのがお前達の仕事だ。それに、俺は曲がりなりにも鍵と呼ばれた事もある、奴さんだってむやみやたらに危害を加えられんだろう。そうだ、足止めは可能か?長門」

「私達は物理的なエラーが溜まり過ぎると肉体が保てなくなる。その前に再生を行わなないといけない。再生中は激しく行動は出来ないと思う」

やはりな

「だからな【禁則事項です】ってかんじで、ゴニョゴニョゴニョ……」

「まぁ、無理ではないですが。その……森さんのように ………あ、いえ、なんでもないです」

古泉の声は震えていた。


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