◇プロローグ

サンタクロースは実在するのだろうかなんて人類が何度も繰り返し議論したであろう使い古しの問いに律儀に答えるあたしではないけれど、
それでもあたしがサンタを信じているのかいないのかという件について答えるのならばこれは確信を持って言える、
存在を疑ったことなど微塵も無い。
あたしが寝静まったと思われる時間帯になると部屋に忍び込みプレゼントを枕元に置いて行く赤い人影は寝ぼけた頭でもキョン君――あたしの兄のことね――だと瞬時に理解できたし、
夜空でそれらしい飛行物体を発見したことだって無かったけれどあたしはサンタの存在を信じてやまない。

何故かって?
だってその方が面白いじゃない!―――ハルにゃんならきっとこう言うと思う。 

 

何か普通じゃないことに憧れていた。
例えば突然変な事件が起きてそれに巻き込まれたい!なんて常日頃考えていた幼少期を今でもよく覚えている。
決して日常に飽き飽きしていた訳では無かったし友達や家族と過ごしているのだって申し分無いくらいに楽しかったけれど、
それでもこうちょっとしたスパイスか何かが欲しいなーなんて貪欲に思ったりしていた小学生時代、あたしはSOS団と出会った。
彼らはあたしに刺激的なことをたくさん教えてくれた。その中でも特に団長である涼宮ハルヒ――ハルにゃんの一挙手一投足はあたしに多大な影響を与えた。
宇宙人や未来人や異世界人や超能力者に会いたいなら自ら探しに行けばいいと、面白いことを次から次へと教えてくれたハルにゃんはあたしの憧れの存在で、当時は心底キョン君が羨ましかったなあ。

彼女たちとは今でもキョン君を通して交流があり――ハルにゃんは今やキョン君の"彼女"だしね――会う度に楽しいことを提供してくれるハルにゃんは相変わらずだけど、
与えてもらうだけで、待っているだけで満足するあたしでは無かった。

義務教育を終えたあたしは今日、彼らの母校である北高に入学する。
この学校ならきっと楽しいことが見つかるかもしれない。ハルにゃんやみくるちゃんや有希ちゃんや古泉君のような存在に出会えるかもしれない。
そう期待に胸を膨らませながらまるでハイキングコースのような長く険しい坂道を汗水垂らして登りつつ、
早くも北高を選んだことを後悔しそうになったその時から―――
事件は既に始まっていた。ううん、その瞬間に始まったと言った方が正しいのかな。 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ 


「―――じゃあ、これもハルヒが望んだことだって言うのか?」
朦朧とした意識の中でキョン君の声が聞こえた。
「こんなふざけた話があるかよ。何でよりにもよって俺の妹が……なあ、どうしたらいいんだ?」
「現段階で改善策は何も見えてきませんね。ただ先程も述べた通り彼女はこれからありとあらゆる勢力に―――」

「……ん?」
何やら話しこむ声で目を覚ますと、見慣れた天井がそこにあった。
「あれ、あたし……?」
「ようやくお目覚めか」
声の方に首を傾けてみればキョン君と古泉君が神妙な面持ちでベッドのすぐ横に腰掛けていた。
殴られたようにズキズキ痛む頭を無理矢理回転させて最後の記憶まで辿り着くと、
「……キョン君、あたし入学式はどうしたっけ?何で寝てるの?」
「お前は学校に辿りつく前に力尽きて坂で伸びてたんだよ」
スーツ姿のキョン君が呆れ顔で言った。
「入学初日にあの坂道に敗れた生徒は北高史上お前くらいだろうよ。初日からこんなんでこれから三年間どうするつもりなんだ?学校に行くにはあの坂登るしかねえんだぞ」
やれやれ、とそれまで首元まできちんと絞められていたネクタイを解きながら溜め息をついた。
わざわざ仕事を抜け出して来てくれたのだろうか。こういう優しいところは昔から変わらない。 
「まあまあ、それはそうとご入学おめでとうございます。お似合いですね、セーラー服。こうして見るとますます朝比奈さんにそっくりで麗しい」
古泉君が昔から変わらぬ爽やかな微笑――でもちょっと大人の色気があるように感じる――であたしにそう言う。やだなあ古泉君ったら、麗しいだなんてそんな……
「頬を染めるな頬を」
「ふんだ、キョン君なんて何にも言ってくれないもんねー」とあたし。
「何だよ、言って欲しいのか?」
「べっつにー」
「……ほんっと可愛くねえなお前は。昔はあんなに素直でいい子だったのに」
しかめっ面したキョン君の横で古泉君が笑った。
「お二人は相変わらず兄妹仲がいいようで。……と、それより」
キリッと真面目な表情に切り替えた古泉君が頷くと、キョン君までマジな顔をした。
……あれ?そういえば何でこんな昼間から古泉君が家に居るの?
「それも兼ねて話があるんだ」
「その話って今ここでしなくちゃいけないことなの?」仮にもあたし病み上がりなのに。
あたしを遮るようにキョン君が口を開いた。 
「いいから黙ってろ。とりあえず最後までよく聞け。いいな?俺はさっきお袋とニュース番組を見ながらふと思った。
ただでさえ危ないこの時世でお前のような幼い容姿の女子高生が一人で外をほっつき歩いているのはサ○ァリパークを自転車で走ることくらい危険だと。
だからこれからお前にボディーガードをつけることになった。そのボディーガードがコイツ、古泉一樹だ」
「改めましてどうも、古泉一樹です」
「古泉はこれからお前と行動を共にするためにうちに居候するからな。ボディーガード代としてうちでしばらく養ってやるというわけだ」
「ちなみに貴女のプライベートには極力干渉しないように致しますのでご安心を」
「とにかく、これからの登下校は古泉の車に乗せてもらうこと。あのどぎつい坂を登らなくて済むのはお前にとっても好都合だろ?
その他コンビニに行く時だろうと友達と遊ぶ時だろうと、外出の際はいかなる場合も古泉と行動を共にしろ。いいな」

…………。

 

「おい、わかったのか?」
「…………」
「お前ちゃんと聞いてたのかよ。しょうがないからもう一度言ってやる、これからお前は……」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「何だ」
「正直言うとさっぱりわかんない!」
「だからもう一度説明してやるって」
「そうじゃなくて!意味がわからないって!」
だってそうでしょ?何でまた突然古泉君があたしのボディーガードに?
危ない時世?サファリパークを自転車で走る?What,何が?全く持って意味不明だって!
「とりあえず落ち着け。今はわからなくてもいいから黙って古泉に守ってもらえ。簡単なことだろ?」
「ちょっとちょっと正気なの?あたしもう高校生なんだよ?そんな過保護にしてくれなくっていいよ!もしかしてキョン君あたしが好き過ぎてどうかしちゃった?」
「お前なあ……いや、この際何とでも言えばいいさ。シスコンと呼ばれようが構わん。だから言うとおりにしてくれ、頼む」
いつになく真剣な表情のキョン君に思わずたじろいだ。あたしのそんな様子に困り顔の古泉君が、
「お気持ちは察しますが、都合いい移動手段が出来たとでも思って諦めてはもらえませんか?
そうですね、ボディーガードではなく便利屋とでも言い換えましょうか。時には貴女の友人にも財布にもなりますから、何でも仰ってください」
何なりと承りますから、とジェントルマンな動作で深々と頭を下げた。普段の数倍胡散臭い。
「あー、うー、いやーでも……」
「……僕では頼りないですか?」と眉をひそめる古泉君。
「そ、そういうわけではないんだけどっ!……ないけど……うん……まあ」
「では決まりですね」
高校時代より幾分爽やかさを増量させたスマイルで、あたしはうんともすんとも言えなくなってしまった。 

まさか古泉君があたしのボディーガードになるなんて。
何で古泉君があたしなんか守らなくちゃならないんだろう。そもそも何の脅威から守るっていうの?
到底受け入れられる話ではなくあたしはその後もしばらく二人が「冗談でした」と言ってくれるのを待っていたのだけど、キョン君も古泉君もいつになく真剣でとても冗談を言い出す雰囲気ではなかった。

こうしてあたしのちょっとした"非"日常は思わぬ形で幕を開けることとなったのであった。

 

 

――第一章へ続く


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