「僕がこの時間平面で行ったことは無駄に終わったが、一つだけ言えることがある。……キミと過ごした時間は、無意味じゃない」


「限られた条件下でなくとも、キミには私の傍にいてもらいたい―――そう思っているのは、こちらだけだろうか? ああ、人はそれを確かめるために……自分の気持ちを伝えようとするのだな」


「もしこれが叶わぬ想いだとしても、僕にはそれを捨てることなど出来ないのですよ。願いは届かないかもしれない――そう思ってしまえば、人は星に願うことを止めてしまいますから」



―――藤原くん。会長。……古泉くん。




「わたしは、人を好きになるという感情を知りませんでした。でもそれは人も同じで、みんな誰かから愛情を教えて貰うのですね。あなたは……わたしにそれを教えてくれました」


「人間はさあ、よく『愛とは求めるものでなく、惜しみなく与えるものだ』って言うけど、わたしには無理。だってあなたにあげられるものなんて、わたしは何も持っていないもの。……だからわたしは、あなたがわたしにくれたものを100倍にして返してあげる」


「―――わたしは、独りじゃない――――」



―――喜緑さん。朝倉さん。九曜さん。

 



「僕は自分を臆病だと思ってた。可愛いなと思う子がいてもさ、僕はちっとも行動できない。恋愛に興味がないのかとすら思った。だけど違ったよ。……うん。昨日ね、話しかけたいと思った女の子を見つけたんだ」


「あの、今度さ、映画でも見にいかねぇか? 遊園地でも、公園でもいいんだ! ……ん? まあその、なんだ。つまり―――俺は、お前と一緒にいたいんだよ……」


「……色んな友達と仲良くしてるとさっ、特別な関係ってのがわっかんないんだよね! でもあたしは、キミといるとすっげー自然にしてられるんだっ。……だからね、キミはあたしにとって特別な人ってことにょろ!」 



―――国木田。谷口。鶴屋さん。




「――いつかは僕も恋をすると思う。今はその相手となる人の姿など皆目見当もつかないが、その人と僕が見ている月の姿は一緒なんだ―――そう思って、僕は月ばかりを見ていたよ。僕の隣には……いつもキミがいたのにね」


「……いつだって不安。あたしの、あなたの為にやりたいっていう思いは、見返りを期待する心を隠しているだけの卑怯な言い訳なんじゃないかって。……結局は自分の為だなんて、嫌。だけど、それを否定できない自分もいる。そうやって考えていけばいくほど、あたしは自分が解らなくなるの。……ちょっとは、あなたの気持ちも教えて欲しいのです……」


「ずっと好きでした。―――ずっと、ずっと前から」



―――佐々木さん。橘さん。……みくるちゃん。




 …………
 ………
 ……




 いつのことだか思い出してごらんなんてな言葉から始まる歌を俺が最初に知ったのは幼稚園最後の催し事の際で、卒園式に華を飾るために卒園生がホンキートンクな歌声で合唱しているのを聴いたときだった。
 普段から幼児としては感情表現に乏しかった俺であり、その自分を鑑みてはあまりにも同年代あるいはその年齢に相応しいとされるであろう児童の行動形式と己の思考形態に差異を感じて反省を重ねていたといういやに醒めた幼少期時代の俺だったのだが、この――題名は何だったろうか――歌を聴いたときは素直に心打たれ、感涙にむせび泣こうかとも思った程だった。
 それ以来、俺にとってこの歌は我が心の琴線に触れ過ぎるものとして頭の片隅に封印されることとなった。
 もしこれに封がなされることがなければ、それは俺の感情をマグニチュード八・五で揺らしまくり普段は雨に濡れるようなことさえないこの顔面が崩壊を迎えることは必死だからだ。
 だがそれでも、俺が懐古の情にほだされてしまったとき、あれはいつのことだったかなんて思いが自然と浮かんでくるときにはそのメロディが脳内で流れ出すのだ。そしてそのときを今日、俺は迎えている。


 ――3年間。本日をもって、俺は北校を卒業する。


 俺は涙を流しはしなかった。
 これが4年間になっていたら別の意味で絶対に涙を流していただろうなとも思える余裕すらあった程だ。
 だが、決して無感動であったわけではない。
 意外と早く慣れ親しむことが出来た坂道の通学路や最後まで友達になれなかった学業にも相応の哀愁は感じていたし、何よりも、俺がここで手に入れたものは列挙することすらはばかられる程に多かった。
 と、入学当時の俺からすれば現在の俺はえらい変わりようだなと言えるのだが、そんな俺と違って入学当初の表情へと逆戻りした奴が一人いる。


 涼宮ハルヒは憂鬱だった。


 卒業式もぶすくれた顔で過ごしていたハルヒは、本日の日程がほぼ終了すると同時に教室から姿を消失させて何処かへと行ってしまった。何処か……なんて言葉は相応しくなかったな。ハルヒの向かった先を解らぬ俺でもない。

 ……そうして、俺は文芸部室へと足を運んだ。

 


「……キョン。あんたも来たんだ」
 扉を開いて数歩分進んだとき、窓の外を眺めていたハルヒは振り向きざまに言った。「ああ」と俺が答えると、ノックくらいしなさいよねと返す。そんなことを言うが、俺は朝比奈さんが去年卒業してしまってからもずっと部室の中を確認する行為は欠かさなかった。SOS団には朝比奈さん以外に突然扉を開けられて困る者などいないのでそれは完全に無駄なのだが、俺はノックという行動に朝比奈さんの面影を感じていたのと、また会えたらいいなという意味を込めて部室の扉を叩いていたのだろう。
 ならば何故今日はしなかったのか。それは俺に一つの確信があったからだ。
 部室の中にはハルヒしかいない。……それは、俺の願望でもあったかもしれないな。
 何となく―――俺はハルヒと二人っきりの時間が欲しかった。
 そしてそれは、おそらくハルヒも同じだろう。憂鬱な様相を呈したハルヒはまた窓辺へと顔を向け、俺に後姿を見せながら話し出す。
「……卒業しちゃうのよね。あたしも、キョンも」
 既に卒業してるがな、という不粋なことは言わなかった。
「あたしね……夢を見たの。あたしの知ってるみんなが、自分の気持ちを―――うん。人を好きになったりだとか、そういう自分の想いを色んな言葉で表してた。それでね、あたしは……好きって言葉にも色んな形があるんだなって思ったの。それぞれ意味も違ったんだけど、みんなには一つの共通点があったわ」
「なんだったんだ?」
 と、ハルヒは俺に黒い髪を見せたまま頭を斜め下へと向け、
「みんな自分の気持ちにね、自分なりの答えを持っていたのよ。だからだと思うんだけど、あたしには、それを話すみんながとても輝いて見えたの。叶わない恋や、じれったい気持ちにだってちゃんと答えはある―――そう、あるはずなのよ! ………だけどあたしは、こうしてる今ですら答えを出せてなんかない」
 そう言って緩やかに振り返ると、不安のこもった大きな瞳を俺へと向けて、
「あたし達、このままでいいの? ううん。今の関係に不満があるわけじゃない。だけど、大事なことってある気がするのよ」
 言葉を区切らずにハルヒは続けて、
「あたしはね、キョンが好き。……だけどね、その言葉に含まれている意味がはっきりしないの。あたしがキョンに対して思ってることは、ちゃんと恋愛感情に繋がっているの? もしそうだとしたら、今までのあたし達の日々の中にそれはあったの? あたしにはね、どうしても自分の想いの形が見つけられないの……」
――目前の少女には、今まで抱きしめていた大事なものが自分の指の隙間から砂となって零れ落ちていくのを止められないでいるような……惜別に似た哀愁の色が満ちていた。
 俺はそんな怯えたようなハルヒへと歩み寄ると肩に手をやり、ゆっくりとこう言った。
「――もしそれが目に見えないもんなら、目を閉じてみれば何かが解るかもしれない。それを言葉に出来ないってんなら、口を閉じておけば他の方法で表現できるかもしれないんじゃないか? 俺もハルヒと一緒なんだ。……だからさ、二人で同時にそれをやってみたら、その形ってのが解りそうな気がするんだよ。良かったら……そんな俺の提案を受け入れてみてくれないか?」
 ハルヒは頭一つ低いところから俺を見上げると、俺の名前を小さく呟いた後で、
「……そうね。やってみる。それで何かを伝えることが出来るかもしれないのなら」
 そして、ふっと目と唇を閉じたハルヒに俺は口づけをし―――いつまでそうしていただろうか。
 気がつくと俺達は互いに見つめ合っていて、時の流れを忘れたまま……自然と、二人がさっき確かに感じたものを言葉にしてお互いにそれを認識しあっていたのだった。



「……ハルヒ。愛してるぞ」
「……あたしも、愛してる」



 開け放たれた窓から吹き込む風は、新しい季節の来訪を俺達へと感じさせていた。

 





「……大好き」


 ―――有希。

 




 魔法の言葉~would you marry me?~


 fin.

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最終更新:2020年03月12日 19:10