「おい、古泉。ちょっといいか?」 

昼休み、彼がわざわざ僕のクラスまで訪ねてきました。
「なんでしょうか?」
「長門がしょげてるんだ。で、どうしてもお前に謝りたいと言っていた。」
TFEIが本当にしょげることなんてあるんでしょうかね?
「今日の放課後、部室でお前を待ってるから来て欲しいそうだ。俺からも頼む。」
「といっても僕もバイトがありますからね。もしかしたら今この瞬間、呼び出されるかもしれませんよ?」
実際その可能性は無くはないのですが、今の状況ではありえないでしょう。
なんせ涼宮さんは上機嫌なんですから。 

「頼む。あいつが泣きそうな顔してるところなんて初めてみたんだ。行ってやってくれ!」
すさんでいる僕の心情も理解してほしいところでもあるんですが、
「仕方ありませんね。ほかならぬあなたの頼みですから。行きましょう。」
彼にも長門有希にも文句はありますが、過去に受けた恩もあります。
それに彼が涼宮さんの「鍵」である事実も無視するわけにいきませんからね。
「すまん古泉。恩にきる。」

放課後、部室に行くと部屋には長門有希しかいませんでした。
「おひとりですか?」
「二人には出て行ってもらった。」
聞かせたくない話でもあるんですかね? 

「まずはあなたに謝罪したい。わたしの言葉が足らず不快な思いをさせた。私は思考を言語化することが苦手。」
「一応話を聞きましょう。」
生徒会長を手玉にとる喜緑江美里とは大違いですね。
聞いた話によれば朝倉涼子というインターフェイスは明るく優しい人気者の委員長だったらしいですが、
長門有希とどこで差がついたのでしょうかね。 

「わたしは人物Aが現れて、あなたがそれを不快に思うなら『あなたが思う方法を取るべき』と言った。」
「ええ、だから僕は涼宮さんを監視まがいのことをしていました。」
自虐。
「あなたが涼宮ハルヒを想っているのはその程度のこと?」
喧嘩をうっているのですか? この色ボケ宇宙人は。
「あなたにはわかりますか!? 僕が!涼宮さんに会うまでの3年間と会ってから今までの期間、
 どんな気持ちで彼女と接していたかを!」
「わかるかもしれない。」
「インターフェイスのあなたが? 冗談じゃない。」
「では、あなたもわたしの気持はわからない。」
「ええ、わかりませんね。わかると思いますか?」 

「わたしは涼宮ハルヒの観察とその結果報告のためだけに生み出された。
 しかし、わたしという個体にとって大きな出来事があった。それは彼が時間遡行してきてわたしの前に現れたこと。
 彼が現れたことによって、わたしという個体は変わってしまった。観察以外何もなかったはずの3年間には
 彼の『部室で待っていてくれ』という発言によって、『彼を待つ』というファクターが生まれた。」 

「……。」 

「3年後、彼は部室に現れた。涼宮ハルヒに連れられて。彼にとって『待っていてくれ』という発言は
 それから3か月後のものだったが、わたしにとっては3年前の約束。
 わたしは3年間彼を待ち続けた。突然現れた彼のことを思考しつづけた。
 初めて彼を見た時から処理しきれず蓄積されたエラー、
 本から得られた知識に照らし合わせると『恋』と同等のものであると考えられた。
 インターフェイスでありながらそのような状態に陥るとはにわかには信じられなかったが、
 人間には『一目ぼれ』という現象があり、わたしの状況はまさしくそれだった。
 そしてようやく動き出した時間。しかし、彼には涼宮ハルヒがいた。
 わたしの任務上、涼宮ハルヒの観察と保護は最重要課題。ゆえに彼への想いを口にできなかった。」 

「……。」 

「蓄積され続けるエラー、彼はそれが『感情』であると教えてくれた。
 わたしもそうであると感じていたが、なぜか認める気にならなかった。
 そしてその『感情』でわたしはこの世界を改編してしまうという暴走を引き起こしてしまった。
 それでも彼は私を嫌うことなく、むしろ前以上に親しく接してくれた。
 だからわたしは彼に想いを伝えた。
 確かにタイミングが悪かった。第三者からみるとわたしの行為は軽蔑されるものと勘違いされても仕方がない。
 でも、わたしはそのような批判は気にしない。いつか認識を改めさせる。
 古泉一樹。わたしはもう迷うのも、ためらうのもやめた。あなたはどうする?」 

「僕は……。」
長門さんはインターフェイスでありながら、むしろインターフェイスだからこそ人間の倍以上悩んだはずです。
そして決断し、彼を得ることができた。
それに引き替え僕は何もやってこなかった。ご機嫌取りだけで、彼女に本心から認められる努力を怠った。
むしろ想いを隠す努力をしていた。
だから人物Aの出現とその後の展開に指をくわえて眺めているしかなかった。すべて僕のせい。
「まだ間に合う。」
長門さん……。
「涼宮ハルヒは次の土曜、つまり明日結論を出すと言っていた。今はまだ金曜日。」

長門さんは用が済んだというように部室を出て行きました。その入れ替わりに、
「古泉くん、あたしからもいいですか?」
「朝比奈さん。」
「古泉くんは涼宮さんとキョンくんをアダムとイブのように考えていませんか?」
「そうですね。」
そう考えていたからこそ僕は二人を盛りたてる努力をしてきました。
「禁則事項があるからうまく伝えられるかわからないんですけど、
 あたし達の考え、既定事項はちょっと違うんです。
 確かに涼宮さんとキョンくんには仲良くしてもらわないと困ります。ただ、それは『禁則事項』とは結びつきません。
 SOS団のみんなが仲良くて、『禁則事項』さえ出来ればいいんです。
 もちろん『禁則事項』すれば確実といえますが、そこまでの『禁則事項』にならなくてもいいんです。
 『禁則事項』の時、……ここまでですね。
 だからいいんですよ。長門さんも言ってたじゃないですか。自分の好きな方法をとればいいって。」 


「涼宮さん!」
「あら古泉くん、偶然ね。もしかして覗いてたぁ?」
「えぇ、涼宮さんが一人になるのを待ってました。」
「え、何かあったの? キョンが何かしたの? それとも有希? みくるちゃん?」
「いえ、用があるのは僕なんですが。ちょっとお付き合い願えますか?」
「ん、いいわよ。珍しいわね。」

静かな場所となるとどうしても長門さんのマンションの前の公園になってしまいます。
長門さんや彼が通りかからないことを祈りましょう。

「さて。」
本番です。
「涼宮さん、ずっと好きでした。僕と付き合ってください。」
「え」

涼宮さんの目が大きく見開かれて固まっています。 

「このタイミングで言うのも卑怯ですが、もう今しか言えないんで。
 覚えていますか?
 僕が転校してきたその日、いきなり涼宮さんが来て僕を文芸部の部室へ連れて行った事。
 あの日から僕は涼宮さんが好きでした。一目ぼれってやつです」
出来るだけ本心を言うつもりですが、ところどころ嘘を混ぜないといけません。
本当はもっと前から好きだったんですけどね。

「不思議探索、合宿、映画撮影などなど、涼宮さんと一緒にいられて本当にうれしかった。
 一目ぼれは間違いじゃなかった。こんなに魅力的な人、他にはいませんよ。
 寝ても覚めてもって涼宮さんのことを考えていました。
 本当に好きな人と一緒にいられるとそれだけで幸せになれるんですね。
 でも涼宮さんは彼の方を向いていた。だから僕はこの気持ちを抑えてきた。」
「そんな、ごめんなさい。あたし気付かなかった……」
「気付かれないようにしてましたからね。彼や長門さんにはバレてたみたいですが。
 しかし涼宮さんは別の人間に向き始めた。最初は涼宮さんが選んだ人ならかまわないと思った。
 でももう我慢できない! 涼宮さんが他人のものになるなんて耐えられない!」
涼宮さんは「え、」とか「そんな……」と少し、いえかなり困っている様子です。

「なので、もし僕と付き合っていただけるのであれば、明日の午前10時にここに来てください。
 もし来られないならすっぱり諦めます。」
「え、ええ。わかったわ、古泉くん。でも明日、ここに来なくても怒ったりしないでね?」
「はい。当然です。それよりもすいません。急にこんな決断を迫って。」
「ううん、古泉くんの気持にちっとも気付けなかったあたしも無神経だったし……」
「では失礼します。よく考えてくださいね。それと僕を選ばなくても気にしないでください。」 

これ以上ここに居ても涼宮さんに迷惑がかかるので足早に立ち去ることにしました。
あとは明日、ここに来てくれるかどうかです。


僕は涼宮さんに告白したことで半分ゴールにたどり着いた気分でした。
これでフラれたとしても想いを伝えることができたので後悔はありません。

ただ、機関の連中が僕の一世一代の告白をきっちり記録していたのには参りました。
忘れていたわけじゃないんですが、この情報収集能力は恐ろしいばかりです。
森さんが必殺『笑いながら怒る』顔で「明日の結果楽しみね。」って言った時は本気でちびるかと思いましたよ。
知ってますか? 血の気が引く時、本当にサーッって音が聞こえるんですよ。
腰が抜ける感覚は膝が笑う感覚が腰で起きていると考えてください。
失禁は同じく……もういいですよね。

まあ現実の世界でいろいろ起こるのはそれなりに想像も覚悟もしていたんですが、
まさかあのような事態が起きるとは予想外でした。
彼はいつもこんな体験をしていたんですね。

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最終更新:2008年07月07日 22:06