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若葉萌ゆる春という表現がぴったりのうららかな休日の朝、汗まみれの俺は駅へと急いでいた。
うららかだろうが、冷ややかだろうが全力で自転車を漕げば誰だって汗をかく。
しかし、このままだと最後に到着するのはいつものこととして、ハルヒが一方的に「映画の予告を取るから、九時に集合よ」と言った時刻に遅れてしまう。
それもこれもビデオカメラのバッテリーを我が家の愚猫がどこかへ隠してくれたおかげだ。
てめえカリカリはしばらくやらん。ついでに帰ったら風呂にぶち込んでやる。
と、自転車の籠のキャリーボックスで撮影の小道具にされる予定のシャミセンに悪態をついた。
自転車を有料駐輪場に止めて荷物とシャミセンを持って、やっと仁王立ちのハルヒを先頭とした非常識なやつらの前に到着した。
時刻は九時ジャスト。
「遅い! 最後に来るなんていつものことだから万歩譲って許してあげるわ。だけど、遅刻は許さないわよ」
だから九時ジャストだろうが。
俺は息も絶え絶えに言った。
「三秒の遅刻よ。言い訳するし、反省の色はないわね。キョン、今度みんなにお昼奢りなさい」
もう何も言う気が失せた。
「はい。これどうぞ」
そんな俺に、天使かと見紛うばかりに可愛らしい朝比奈さんが水筒から汲んだお茶を手渡した。
これが沸点ギリギリを保ったままの煎茶でなければ、彼女を抱きしめていたところだった。
「遅かったですね。なにかあったんですか?」
ニヤけた面で尋ねる古泉に、キャリーボックスの中で無言の長門と見つめ合うシャミセンを示した。
あれが、カメラのバッテリーを隠匿しやがったんだ。
「主人を行かせまいとしてやった行動かも知れませんよ。よく飛行機事故を運良くキャンセルして免れたときの話なんかに出てくるような」
不吉なことを言うな。
「まあ、そうならないことを祈りましょう」
古泉は肩をすくめた。
「今日は鶴屋さんも来るから、喫茶店に入って待ってましょ」
そう言ってハルヒはいつもの喫茶店へ入っていった。
今になって気付いたがハルヒがやたらと大きなバッグを背負っている。
また、朝比奈さんの“変身コスチューム”なんだろうか。次はなんだ?
そう思いながら後に続いこうとしたが、いかんせん片手は荷物、もう片手は朝比奈さんのお茶が握られている。
シャミセンはどうしたもんか。蹴りながらいってもいいな。
そう思っていたら、長門がひょいとキャリーボックスを持ち上げてハルヒについていった。
店に入り、席についた所で各々好き勝手に注文する。
どうせ俺の払いだから気楽だよな。
どうでもいいが、朝比奈さんの煎茶がまだ冷えないのは未来的な技術かなんかだろうか。
お冷やで割って一気に飲み干した。
捨てるなんて考えは毛頭ないからな。俺にとっては朝比奈さんのお茶はRPGで言う重要アイテムと同義だ。
おお、それを捨てるなんてとんでもない。
長門に見つめられたシャミセンも静かにしているし、まあ店も目をつむってくれるだろう。
 
ハルヒがさっそく届いた紅茶を啜りながら、
「今日はね。鶴屋さん家が車で送ってくれるのよ」
どこへ行く気だ?
「前にも行った神社よ」
俺の脳裏に、真っ白いインクをぶちまけたようなハトが浮かんだ。あと、お情けで焼けた鉄板の上を裸足で踊り狂うような神主さんの姿も。
あそこは不味いんじゃないか?
「大丈夫よ。鶴屋一族がなんかあの神社立てるときにお布施を一杯出したみたいだし」
それとこれとは別問題な気がするが。まあそれはいいとして、なにを撮るんだ?
「ヒ・ミ・ツよ。極秘、いえ絶秘ね。余所に撮られたらたまったもんじゃないわ」
頭の湧いたことをほざきながら、ハルヒは大事そうに小脇に抱えたバッグを持った。
なんだ、朝比奈さんの次の衣装は水着かなんかか?
ぽろりもあるのかどうかは知らんが、なんとしても阻止する必要があるな。
そう固く決心をしたところで、店の入口に見慣れた顔がひょっこり現れた。
SOS団名誉顧問の鶴屋さんは、唇の前に人差し指を当てるジェスチャーをする。
静かにってことか。
そのまま、そろりそろりと歩を進める先には憂鬱げに溜め息をつく朝比奈さんがいる。
「みっくるー!」
「わひゃぁ!」
鶴屋さんにいきなり後ろから抱きつかれた朝比奈さんは悲鳴を上げる。
「おっはよ。ハルにゃんにみんなぁ」
朝比奈さんに抱きついたまま、鶴屋さんが言った。
「おはよう。じゃあ役者も揃ったし、出ましょう」
ハルヒはそう言って伝票を俺に滑らせた。
へいへい。もう慣れたよ。
一々反応してやるのもしゃくなので、荷物とシャミセンを持って会計に行こうとしたところ、
「私が持ちたい」
いつの間にかソーダ水を飲み干していた長門がそう言った。
「なら頼む」
こくんと二ミクロンほどうなづいて、外へと出ていった。
 
荷物は少ない方がいいからな。
会計で胃痛持ちの先生を二枚生け贄に捧げた俺もあとに続くと、黒くて長い車がどーんと店の前に止まっていた。
リムジンと言うんだろうか、やたらと長いタイプのいかにも金持ちが乗ってそうな奴だ。普通車を二台縦に繋げたらこうなるのだろうか。
「ささ。キョン君も乗った!乗った!」
バイタリティー溢れる鶴屋さんに押されて中へ入ると、予想を裏切らない豪華な車内だった。
六人と一匹に大荷物を積み込んでも、まだまだ余りある。
「ねえ、クイズしましょうよ。クイズ」
静かに発進したリムジンの中でハルヒが提案した。
「やろー、やろー!」
鶴屋さんもとても乗り気だ。
「じゃ、あたしからね。全部で四つあるわ。第一問、冷蔵庫に一頭のキリンを入れます。さあどうやって入れましょう?」
鶴屋さんは上を見上げてぺろりと舌を出す某菓子メーカーのマスコットキャラのような顔をする。やはり、考えているのだろうな。
みな考える中で長門だけが、キャリーボックスから出したシャミセンを抱えて見つめあっていた。
「ぷっ、ぷっ、ぷー。はい、時間よ。じゃあ、みくるちゃんから答えて」
朝比奈さんはしばらく考えて、
「……無理ですよね?」
と九官鳥のように首をかしげた。
「ブッブー」
ハルヒ的には不正解だろうと、俺的には正解だ。
「じゃあ次、古泉君!」
「身体の中で水分の割合は七十パーセントですので、水を飛ばします。つまりはキリンにはミイラになって貰います。そしてあの長い首も邪魔ですから、粉末にでもしましょう。これなら恐らく入りますよね?」
そう自信たっぷりな古泉だが、
「ブッブー。それにキリンが可哀相でしょ!」
ハルヒにしては極正論のような気がする。まあ、冷蔵庫に入れるのがどうかは別としてだが。
古泉の妄想の中で虐殺されたキリンに線香の一つでもやりたい気分だ。
「じゃあ、鶴屋さん」
「私もやっぱり古泉君と一緒かな」
あんな可愛い顔をしながら、そんなこと考えてたのか。
本日二頭目の犠牲となったキリンに黙祷を捧げる。
 
「キョンは?」
分からん。
「そりゃそっか。じゃあユキ」
くそっ。なんか腹立たしい。
長門はシャミセンの方から視線をハルヒに移して、
「ただ入れればいい」
「なんで?」
「大きさは指定されていない」
「正解よ! 流石ユキね。これは物事を必要以上に複雑に考える傾向があるかのテストよ」
なんだそりゃ。下らん。
 
ハルヒは白けきった場のムードなど気にせず、
「第二問、では象を冷蔵庫に入れるには?」
考える必要もない。普通に入れればいいだろ。
無言の長門意外、みな賛同した。
「ブッブー!」
えっ?なんでだ?
「まだよ。ユキは分かった?」
長門ならばと思っていたが、呆気なくわずかに首が左右にふられた。
ハルヒはにやりと笑みを浮かべた。
「正解はね、“キリンを冷蔵庫から出して入れる”よ」
これには一同、負けた気がした。屁理屈もここまでくると天晴れだ。
「第三問、ライオンの王様が会議を開きました。来なかったのはだれ?」
ふむ、と俺は首を捻った。
しかし、しばらく考えていたが、まったく分からんかった。
どんな屁理屈があるんだ。
「あっ」
鶴屋さんがそんな声を上げた。
「分かった、分かった。答えは象ね」
「正解!」
なんでだ?
「キョン君、象はまだ冷蔵庫の中だよ!」
「流石、鶴屋さんね。これは記憶力を問う問題よ」
くそっ。ほんとに腹立つ。
「じゃあ、ラスト! 第四問。ワニがいるという川を渡らなければなりません。さあ、どうやって渡る? この問題は分かった人からあたしに言いなさい」
鶴屋さんと古泉はすぐに分かったようでハルヒの耳元でこしょこしょと言った。
「正解! ちょっと簡単過ぎたわね」
いらいらと考えていた俺に天啓が舞い降りた。
「分かった!」
「言いなさい。不正解なら罰金よ」
普通に渡ればいいんだ。ワニは動物会議とやらに行っている。
「正解。それにしても遅かったわね。それじゃ、SOS団の団員一の名が廃るわ」
ハルヒはぷんと横を向いた。
この怒りどこに向けてたもうぞ、と俺がいらいらとしていると、
「僕も出題していいでしょうか?」
ニヤけフェイスがしゃしゃり出てきた。
「いいわ。古泉君、いきなさい!」
「では、皆さんこれを」
そう言って、何の用途で持ってきたのか分からんがマッチを皆に六本手渡した。
「問題です。これを用いて正三角形を四つ作って下さい」
ハルヒは古泉が言い終るやいなやがちゃがちゃとマッチをいじり始めた。
鶴屋さんは相変わらず、あのふざけた名前のマスコットキャラの顔になる。
彼女は俺を笑わせたいのだろうか。
俺も適当にいじっていると、案外簡単に出来上がった。
「古泉、これが正解だろ?」
四本のマッチで四角を作り、残りでバッテンを作ったような形だ。
「残念、不正解です」
なんでだ?正三角形だろ?
「いえ、このマッチを1とすれば、その半分ですから、二分の一です。対してこのバッテンの辺は√2の半分だから二分の√2です。よって不正解と言えます」
わけが分からん。簡単に言え。
すると古泉は残念な奴を見る顔をして、
「つまり、これは二等辺三角形です」
肩をすくめるな。
SOS団の半分は腹立たしさで出来ているんじゃないだろうか。残りは可愛らしさと優しさと無感情でバランスが取れてるかも知らんが。
 
「できた!」
ハルヒがべきべきと折ったマッチを持って叫んだ。
「言い忘れてましたが、マッチは折らないで下さい」
古泉は苦い顔をして言った。
「最初に言ってよね」
とぶつくさ言いながら新なマッチを受け取ったハルヒは、再び猛烈な勢いで形を作り出した。
「分かったあ!」
ずっと舌を出しっ放しで乾かないかと心配していた鶴屋さんがハルヒに負けない声で叫んだ。
「はい、鶴屋さん」
「正解は三角錐でしょ?」
「正解です」「あっ、なるほど!」
ハルヒも気付いたようだった。
試しに俺は三角錐の形にマッチを組んでみた。
なるほど。たしかに正三角形が四つある。
「これは涼宮さんの問題と似たような物です。マッチのせいで誰しも勝手に二次元的に考えてしまいますからね」
勝手に解説を始める奴を余所に、やられっぱなしの俺も問題を出すことにした。
「夜になると腹が減り、朝になると腹が一杯になるものってなんだ?」
気持ちいいくらいの正当派である。
ハルヒはいらいらと、古泉はにやにやと、鶴屋さんは某キャラクターの顔で思案を始めた。
だから、俺を笑わせたいのか!
着くまでがリミットだな。
後三分ってとこか。
…………。
……。

「残念!アウトだ」
積年の恨みをかえしてやって俺の胸は雨後の空のようにすっきりした。
「答えは? つまらなかったら罰よ!」
答えは、押し入れだ。夜は布団を出すから減るし、朝になったら畳んで入れるだろ。
 
「なるほどねー」
うんうんとうなづく鶴屋さんを余所にハルヒは朝比奈さんを引っ掴んで出ていった。
ひぃだのひぇだの森で向かれる朝比奈さんの悲鳴が児玉する。
しばらくして、目を赤く濡らしたウェイトレス姿の朝比奈さんと憮然とした顔のハルヒが登場した。
あれ? あの衣装は?
「後で使うのよ。あとで」
相当際どい衣装なんだろうか、鶴屋さんに写真を撮られる朝比奈さんが不憫でならないと同時に少しみたい気がしないでもなくない。
なにはともあれ、無事かどうかもあやふやだが朝比奈ミクルの冒険のコマーシャルのため、朝比奈ミクルこと朝比奈さんは飛んだり跳ねたり、対する魔女っ娘長門も肩にシャミセンを乗せて飛んだり跳ねたりして昼食となった。
朝比奈さんお手製のお弁当とやはり、何かしらの未来技術の介入が怪しまれる沸点ギリギリのお茶が振る舞われた。
分け前にありついたシャミセンにはもったいないくらいだ。
それからしばしの歓談のあと、第二部に入った所でハルヒがとんでもないことを言い出した。
 
「キョン、古泉君。これ来て」
ハルヒが例のバッグから取り出したのはゴーグル付ヘルメット、グローブ、アームガード、レガース、剣道の胴のようなやつ。白黒各一組み。
 
何をさせる気だ。
「バトルシーンよ、バトルシーン! CG抜きのガチンコバトルよ。観客は興奮の坩堝に引き込まれるわ。でも、怪我はやっぱり心配だから用意したの」
ハルヒにしては凄い心配りだ。明日はスイカ大の雹が降るんじゃなかろうか。
それにしても、
「古泉がコレ着たらエスパー少年じゃねえだろ」
これを着たとして、ぱっと見日曜の朝にやってる特撮ものになっちまう。
「そうね……だったら次の映画は古泉イツキが悪の組織に囚われて、改造人間にされたってことにしましょう!」
次の悪の組織は長門だけじゃないんだな。
誰だ。その不幸な貧乏クジを引くやつは。今から同情する。
「さっさと来て着なさい。時間はないのよ」
仕方なく俺と古泉は連立って、少し離れた茂みで着替えだした。
「これは涼宮さんにしたら、凄い進歩ですよ」
古泉はレガースをつけながら呟いた。
そうだろうか。
「昔ならこれを与えられずにビルから飛び降りるスタントをやらされていましたよ」
たしかにな。そう言われればればそうだな。
「もう、急ぎなさい!」
ハルヒの大声に急かされるまま、藪からはい出た。
 
当然と言えば当然か。ヒーロー役の古泉が白、謎の悪役の俺が黒だ。
なんかこんな格好していると、強くなった気がする。
「じゃあ撮るよー」
いつの間にか鶴屋さんがカメラマンになっているのはいいとして、朝比奈さんとなぜか長門までが明らかに俺にガスガンの銃口を向けているのはなんでだろう。
あの読めます? 人に向けるなって。
「なんのための防具だと思ってるの? 装備しなきゃいけないのは当たり前だけど、使わなくちゃもっと意味がないわ。ユキいきなさい!」
パンと小気味よい音がして俺の胴当てに軽い衝撃が走った。
ポロッと白い玉がこぼれ落ちる。
やっぱり明日にスイカ大の雹が振るってのは嘘だな。ちゃんと快晴だ。あいつはなんら変わってない。
「ひぇぇ……キョン君ごめんなさい!」
そう言って撃つ朝比奈さんの玉はほとんど当たらないし、
「…………」
無表情で撃つ長門の玉は正確に防具に当る。
つうか長門と朝比奈さんは共闘するのか。宇宙の果てまで吹き飛ばされたくせに。
どんだけ人がいい宇宙人なんだよ。
そんなことを考えているうちに、用意した玉がなくなったのかカットになった。
ハルヒは鶴屋カメラマンによる映像――後で見せてもらったのだが、まったくブレずに素晴らしいカメラワークで撮られていた。ほんとにこの人は不得意なことがあるんだろうか――をチェックして、満足したようにうなづいた。
 
「じゃあ次は、古泉君とキョンのバトルね!」
特撮ヒーローの格好でレフ板を持っていた古泉にも役目がきたらしい。
「んー……じゃ、とりあえず殴り合いなさい!」
殴り合えと言われてはい、そうですかと言う奴がいるのか?
「演技よ、演技。軽くでいいけど本気でやりなさい!」
どっちだよ。
「いや、まさかこんなことになるとは思いませんでしたね」
こいつはヘルメットの下でいつものニヤけた顔をしてるに違いない。なんならかけてもいいぜ。
「お手柔らかにお願いします。では」
古泉は右の拳を振り上げて力強く殴ってきた。
ヘルメット越しとはいえ、中々の衝撃が走る。
てめえ、やる気か。
お返しとばかりに俺はミドルキックを放つ。
「胴あてのない所を蹴らないで下さい!」
ばごんと左のフックが飛んできた。
顎はねえだろ、顎は!
古泉の肩につるべ打ちの所謂デンプシーロールを食らわせる。
「いだだだだ。だから防具のない所は狙わない!」
とか、言いながら古泉も俺の内腿にローキックをかます。
いだっ! そこはレガースがねえんだよ。
 
チョップを喉にお見舞いしてやる。
「ぐぇ! 殺す気ですか? ならば戦争だ!」
強烈な前蹴りが俺のみぞおちにクリティカルした。
胃の内容物(朝比奈弁当)が軽く込み上げてきた。
ゆるさねえ。
俺のトゥキックが古泉の足首を襲う。
「いだぁ!くるぶし、いだぁ!」
「ちょっとアンタたち。ほんきで喧嘩してどうすんの!」
見兼ねたハルヒが飛び込んできた。
「いやあ、久しぶりに熱くなっちゃいまして」
そうだよな。
「ほんと? まあ、いいわ。次行くわよ!」
この場面の映像をあとで見たのだが、勇ましい格好をした野郎二人が執拗に防具のない所を狙っているだけだったのは言うまでもない。
「次は、キョン。アンタと古泉君がもつれ合いながら階段を転げ落ちるシーンよ」
そう言いながらハルヒが示す先には五段くらいのおまけみたいな階段があった。
転げ落ちるも糞もないと思うんだが?
「何回か切って繋げればそれらしくなるわよ。感謝してよね。ほんとはあっちでやりたいのに妥協したんだから」
ハルヒの指差す方向には約百段、傾斜角が五十度くらいある階段があった。
むこうで落ちたら髭の親父がステージから落ちるくらいの確実性をもって死ぬこと請け合いである。
ここは感謝すべきだろうかと一瞬思ってしまったが、そんなはずはない。
「さあ、切って繋げるんだから三十、いえ五十は転びなさい!」
そんなことを全く意に介さない超監督の命令により、俺と古泉は階段の前に立った。
おまけみたいとは言ったが、実際に立つとかなり高いように思える。
古泉も同意見のようで、
「ちょっと高いですね……そうだ、こうしませんか?」
簡単に説明すると、古泉が俺を殴り俺が倒れる。古泉はその上に乗りかかってゴロゴロと転げていく。
中々、いい案のようだが修正すべき所がある。
それは、
「殴る役は俺にやらせろ」
「お断りします。また、どうせ防具のない所を殴るんですから」
古泉はそう言って喉を押さえた。
お前だってやたらと強打する気だろうが。
「では、一回交代でどうですか?」
まあ、それならいいだろう。
厳正なるジャンケンの結果、古泉先攻となった。
 
「スタート!」
ハルヒ超監督の叫び声とともに、正義役の古泉は階段際でたたずむ俺の顎に思いっきりフックを打ちやがった。
俺は冗談でなく、半分ノックアウトして膝をつく。
古泉がその上に乗りかかって、俺とともに階段からゴロゴロと転げ落ちた。
 
次は俺の番だ。
階段際に古泉を立たせて、両手で首筋にチョップを叩き込む。
頸動脈に流れる血流が一旦ストップして、古泉は呆気なく失神した。
その上に乗っかって惰性で階段を転がる。
 
「意識がなくなりましたよ。覚悟して下さいね」
そう言って、助走をつけて飛んだ古泉の片足が俺の首筋に直撃する。
おまけで階段を転がっていく。
延髄切りは禁止だろうが。
「そんなローカルルールは知りませんよ」
そうきたか。
延々と殴り合いながら、転がること数十回。
飽きたらしいハルヒは今日の撮影終了を告げた。
もう俺たちは立ってるのもやっとだった。
各種装備品を外すと、あざやら血が浮かんでいた。
「こんなにやったのは久しぶりですよ」
古泉が爽やかな笑顔で言った。
「俺もだ」
「いつか貴方に言いましたよね。僕がいつか、あなたと敬語抜きで話したいと」
「案外その日も近いかもしれません」
いまいち予想がつかないが、クイズやったり、ボードゲームやったりするよりはいくらか楽しいかも知れんな。
車で帰る道すがら、ハルヒや長門や朝比奈さんや鶴屋さんや古泉といろんな話をした。
下らないかも知れないけれどそれが日常である、ハルヒだってこんな日常なら退屈や憂鬱や溜め息なんてないだろう?
 

 

 

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