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「なあ古泉。ちょっと聞いていいか?」
「何でしょう?」
 古泉がお茶二杯目をすすり始めたタイミングで、俺は次の疑問をぶつけてみることにした。
「神人ってのはただ暴れているだけだろ? 弾を当てれば、倒せないにしてもダメージはあるってのはさっき聞いたが、
神人の方からお前らに襲ってくることはないんじゃないか? 大体、ハルヒの奴が無意識とはいえ、
そんな通り魔的無差別攻撃を仕掛けるようなまねをするとは思えないしな」
「僕も墜落地点に移動し始めたときはそのように楽観的に考えていましたが、現実は違いましたね」
「どういうことだよ?」
「最初にあなたが言ったとおり、涼宮さんは意図的に傷つけるようなマネはしないでしょう。
そのための閉鎖空間でもありますからね。どれだけ暴れても誰も傷つけることがない。
逆に言えば、閉鎖空間の中では神人は何も気兼ねすることなく暴れることができると言えます。
本来、涼宮さんが招き入れた超能力者以外は存在しないはずですから」
「誰もいないはずの場所だから派手に暴れられる。でも、万一そこに誰かがいればそいつの命の保証は全くできない。
そう言うことか?」
「その通りです」
 古泉が頷くのを見て、俺は少々複雑な気持ちになる。神人を暴れさせているハルヒは人に危害を加えるつもりは全くないが、
結果的に誰かが傷ついてしまっている――なんかやりきれない。ただ神人の存在すら知らないハルヒに責任があると言えないのも
事実ではあるが。
 古泉は話を続ける。
 
~~~~~~~
 
 出発だ行こう!
 リーダが地上部隊全員に声をかけ、一斉に墜落地点に向かって走り出した。数百メートル離れた場所では
神人の破壊活動により、砂煙が立ちこめ始めていた。
 最初、神人は勝手に暴れているだけだから墜落地点には楽につけるだろうと思っていた。
 だが、それは甘かった。
 まず第一にやっかいなのが、たまに神人がやり出す――なんと言えばいいのか、そう地団駄を踏むといえばいいのか。
まるで子供がだだをこねるように足をばたつかせ地面を蹴りまくり始めるのだ。その時の衝撃と来たら、
マグニチュード7クラス(想像)の大地震が発生した状態になる。周辺の家は崩壊を始め、ビルからは窓ガラスが飛び散り
僕らの頭上を襲った。さらに電柱が倒れ、僕らの行き先を阻む。10メートル進むだけでも一苦労だ。
 さらに神人が僕らを無視してくれそうにもない。
 地上部隊10名が狭い路地は入り、墜落地点への道を進んでいたが、突如左上の民家の2階の壁をぶち抜いて、
何かが出現した。
 下がれ!伏せろ!
 誰かの怒鳴り声が狭い路地に乱反射する。出現したのは、あの神人と全く同じ輝きを放つ太い触手のようなものだった。
その先にはあの神人の頭と思われる部分にあった三つの赤い点が顔のように並んでいる。神人の一部みたいなものか。
 それはしばらくこちらの様子を探っているかのように、にょろにょろと動いていたが、やがて猛烈な勢いで僕めがけて
向かってきた。
「――古泉っ!」
 森さんは僕を突き飛ばし、接近するそれの目の前に立つ。そして、持っていた自動小銃をそれに向けて撃ちまくり、
数発が命中した結果、そいつは痛がるように身をよじると出現した民家の二階に引っ込んでいく。
 だが、危機は去らない。続けざまに前方に神人の巨大な足が落下――桁外れの大きさのため、そう表現するしかないのだ――
してきた。どすんと地面に加えて空気までも揺るがす。
 下がれ下がれ!とリーダが自動小銃を撃ちながら手を振った。あんなものを相手にして進むわけにはいかない。
別の道を変更するということだろう。
 だが、神人もそう簡単には見逃してくれない。神人の足の指の一部が地面にめり込んでいることに気がついたときは
もうすでに遅かった。デコピン足の指版のように、それが振り上げられると道路のアスファルトが一気に飛び散り、
その無数の破片が僕らを襲う。そして、そのうち一発が一人の兵士の足に直撃し、衝撃で前のめりに倒れ込んでしまった。
 銃弾のように人体に効率的なダメージを与えるようなものではないが、あの恐るべき怪力から作り出される威力は
それと大差なく、人体に当たれば当然その箇所は大きなダメージを追うことになるだろう。
 次々と足の指からとばされる破片を避けるために、全員が地面に伏せて逆匍匐前進のように下がり始めた。
負傷した兵士は衛生兵が伏せた格好のまま足の状態をチェックしている。
 幸いなのか、僕は森さんと一緒に最後尾にいたため、すぐに路地から出ることができた。
無力な僕はただ物陰から様子をうかがうだけだが、森さんは神人の足めがけて他の兵士を援護するために
自動小銃を撃ち続けていた。
 民家やビルの壁に反響する強烈な銃声音に、耳を軽く押さえていたが、ふと背後に何かの気配を感じて振り返る。
見れば、さっき僕を襲った神人の一部が背後の地面から生えるように現れ、こちらにその身をのばしてきていた。
 とっさに声にならない悲鳴を上げると、即座にそれに気がついた森さんが僕を肩ではねとばし、またそいつの前に立った。
しかし、今度は銃を撃つ暇もなくそいつに体当たりを食らって、そのまま背後の民家にねじ込まれてしまう。
 僕は森さんにはねとばされた勢いでしばらく転んで動けなかったが、腕にありったけの力を込めて立ち上がると、
彼女がねじ込まれた民家に近づいて――
 その時だった。衝撃でガス管か何かに引火してしまったのか、民家内で火炎を伴った大爆発が発生して、
窓という窓から炎が噴出される。その火にいぶり出され、神人の一部はテープの逆再生のように地面の中に戻っていった。
「森さぁんっ!」
 自然と僕は絶叫した。万一、爆発した時点で森さんがまだ民家内にいたなら……
 嘘だ。あの人が死ぬわけ無い。こんなにあっさりと死ぬわけがない! そんなことなんて絶対にない!
 やがてようやく後退してきた他の兵士たちが路地から出てくる。リーダが様子のおかしい僕の肩をつかみ、
どうしたんだと聞いてきた。
 僕は動揺のあまり震える唇で必死に、
「も、森さんがあの化け物に襲われて――そしたら民家が爆発して、でもまだあの中に――森さぁんっ!」
 また燃えさかる民家に向かって僕は叫んだ。
 次の瞬間、爆発した民家の隣にあった店舗の扉がすっ飛ぶ。そして、そこから、
「今なんか呼んだ!?」
 そう確認しながら、無傷の森さんが現れた。
 その無傷な姿に、僕はほっとする前に唖然としてしまった。
 
 路地から脱出すると、神人はこちらの姿を見失ったのか、全く別の方へゆっくりと歩き出す。
しかし、こちらが10メートル進むだけでも苦労するというのに、向こうは2~3歩で墜落現場から数百メートルを
行き来できるんだから、なんかずるい。あんだけでかいんだから無理もないが。
 さて、かといってこちらも油断はできない。少しでも神人の気が変われば、またもやピンチに早変わりだからだ。
 さっきの路地の一戦で負傷者が一人出てしまっている。足をやられたおかげで自力で立てず、
別の兵士二人に抱えて歩いていた。
 僕はそんな兵士の集団の最後尾をいる森さんにくっつくように歩く。周りには真剣なまなざしで銃口を辺りに向け警戒する
兵士たち。その表情に全く動揺は伺えない。ヘリが撃墜、負傷者発生と最悪な事態に追い込まれているにもかかわらず、
全員が平静さを保っていることに僕は驚いていた。
「すごいですね。こんな状況だから誰か一人ぐらい逃げ出したりするんじゃないかと思っていました」
 僕の言葉に、森さんは周りと同じく背中を向けたまま、
「ここにいるのは全員、こういったことで飯を食っているプロよ。あっさり逃げ出すようなら明日から失業は確実ね」
「でも、怖かったりしないんですか? あんなでっかい化け物が暴れている真下に向かっているんですから」
「……怖いわよ。みんな」
 さっきと相反することをいう森さん。僕は意味がわからずはてなマークを浮かべていたが、
「みんな怖い。そりゃそうだわ、死にたくないからね。でも、だからといって何もしないわけにはいかないわ。
怖いと思ったとき、いやだと思ったとき、その時にどう行動できるかで人間の価値が決まる。わたしはそう思っている」
 ――と、ここで僕の方に振り返ると、
「それにね。墜落したヘリにいた超能力者がいないと、あたしたちはこの閉鎖空間から出れないのよ」
 その森さんの言葉に、僕の胸がちりっと痛んだ。確かにその通りだった。あの超能力者しか神人は倒せず、
この閉鎖空間に導くこともできない。だから、どうしても彼を助けなければならなかった。そのために全力を尽くしている。
 でも、同じ超能力者である僕は、その力を与えられたにもかかわらず、何もできない。せめて閉鎖空間の出入りぐらいできれば、
いったん全員を外に出して増援を呼ぶなり、部隊の再編成ができるというのに……
「焦ることはないわ。悪い意味にとらえてほしくないけど、最初からあんたに頼ろうっていう人間はここにはいない。
戦力として数えていないものを計算に入れるほど馬鹿じゃないわよ。今は他の人の邪魔にならないよう、できることをしなさい」
 森さんの口調はいつもと同じくぶっきらぼうで無愛想だったが、少しだけ励ましてくれているように感じた。
 
 僕たちは狭い路地の迷路を抜け出し、市道の二車線道路に出た。その道が延びる先では神人が
手近なビルを片っ端から殴りつけている神人の姿がある。このまま一直線に進めば、ヘリの墜落地点に到着するはずだ。
 しかし、そんな簡単にはいかない。上だ!という誰かの叫びにつられて、空を眺めると大きさ数メートルの
ビルの破片が無数に降ってきているのが目に入る。気がつけば、神人が殴っていたビルの破片をやけを起こしているかのように、
上空に放り投げまくっているのだ。これではまるで隕石群の落下である。
「なにぼーっとしているのよ!」
 またもや森さんは僕の襟首をつかむと、近くの商店の中に投げ込んだ。背中から床に倒れ込んだため、一瞬息が止まり
咳き込んでいたが、地面を揺るがす轟音にはっと気がつき、まだ二車線道路上に立つ森さんに振り向いた。
見れば、さっきまで僕のいた場所に森さんが立っている。その数十センチとなりには、大きさ3メートルはあるだろう、
巨大なコンクリート片がアスファルトにめり込んでいた。間一髪のところで森さんへの直撃は避けられたらしい。
森さんはそんな紙一重のタイミングにも全く動じていない――いや違う。それどころか、あのいつも感じる溜息を
ついているように見えた。
 さすがに3度目になると、ちょっとした疑念が確信に変わってくる。
 閉鎖空間突入後、森さんは三度僕を救ったが、代わりに自分の命をぞんざいに扱っているように見えなくて仕方がないのだ。
神人に襲われたときも僕の身代わりになったし、今だって少し落下してきたコンクリート片がずれていたら、
僕の代わりにつぶされていただろう。僕の命を助ける一方、自らのそれを軽視している。しかも、それが僕に対する保護心から
来るものではなく……ああ、何と言っていいのかわからない。とにかく、そんな気持ちで僕を守っているようには感じない。
 それを証拠に、次々と落下してくるコンクリート片を全く避けることなく、路上に森さんは立ったままだ。
今は小さい破片がたまに当たっているだけだが、そのうち致命傷になる大きさのものに当たってもおかしくない。
 僕は店舗から顔を出し、森さんのところへ向かう。
「ちょ――何やっているのよ! 戻りなさい!」
 そんなわけに行くか! 僕は森さんの言葉を無視して、その腕をつかむと無理矢理さっき投げ込まれた店舗に彼女を引き込む。
ほどなくして数個の巨大な破片がさっきまで森さんのいた辺りに次々と落下してきた。あと数秒遅かったら……
「何考えているんですか!?」
 僕はそれを認識したとたん、森さんを怒鳴りつけていた。もうちょっとで森さんは床にぶつけられたトマト状態だっただろう。
この人は死にたいのか!?
 だが、森さんは僕の言葉にただ憂鬱な表情でいるだけ。そして、あの見えない溜息をつき、
「どうでもいいわよ、別に……」
 ぽつりとそう言った。確かにそう言った。まるで自暴自棄になっているような人間の言う言葉だ。
 僕は激高して再度怒鳴ろうとするが、その一歩前に森さんは頭を振ると、
「あー! ごめん。ちょっと弱気になっていたわ。次からは気をつける。作戦中だってのにあたしは何を考えているんだか……!」
 そう自分に対する怒りをあらわにした。それを見て、僕の怒りもすっと終息していく。よかった、どうやら正気を
取り戻してくれたらしい。やはりヘリ墜落から神人のあばれっぷりに外見に出さないだけで動揺しているに違いない。
 おい、そっちは大丈夫なのか? 別の兵士が店舗の入り口から顔を出す。
 僕らはそれに頷くと、店舗から出て他の兵士たちとともに、再び墜落地点へと歩みを進め始めた。
 
 
 ようやく墜落現場近くまで僕らは移動した。見れば、交差点の中央に傾いた形にヘリがひじゃけている。
あんな変形ぶりを見ると、中で無事な人間なんているのか?と疑問に思ったが、ヘリの周辺の民家やビルに
兵士数人が立っている姿が見えた。どうやら生き延びて周辺を確保していた兵士もいるようだ。
 ところで、基地であったきり見かけない車両部隊だが、閉鎖空間に突入し撃墜現場に向かう途中、神人の襲撃にあったらしく
行く手を阻まれているとのこと。崩壊した建物がバリケードの役割を果たしてしまっているため、墜落地点への別ルートを
現在空中指揮所のヘリが探索している。つまり、当分の間僕らだけでヘリの周辺の確保をしなければならないと言うことだ。
 地上部隊の僕たちは建物の陰に隠れ、墜落したヘリの様子をうかがう。すぐそばを神人の巨大な足が踏みつけられ、
強烈な振動が建物をきしませる。墜落したヘリのチームの兵士たちは周辺にいるものの発砲はしていない。
恐らく神人の足下で手出しができないのだろう。下手に刺激して、また地団駄を踏み始めればヘリを踏みつぶされる恐れもある。
 僕たちの方の地上部隊リーダが手を頭の部分で降る。一気にヘリまで近づくという合図だ。
兵士たちはぞろぞろと一直線に並び、ヘリに向かって走り出した。僕と森さんもその最後尾にくっついて移動する。
ふと、先頭のリーダが大きく左方向にある大きな看板へ指を指しながら腕を振った。それに反応した森さんが走る速度を上げて、
数発発砲した。すぐに神人の触手が看板の陰から神人の触手が飛び出す。僕からはちょうど陰になって見えていなかったが、
どうやら待ち伏せていたらしい。さらに森さんの銃撃が続くと、悲鳴を上げるように身をよじらせてどこかへ引っ込んでいった。
 僕らは障害を排除したと判断し、墜落したヘリの民家の陰に入る。そこには墜落したヘリから脱出した3人の兵士がいた。
 どんな状況だ?とリーダが叫ぶ。
 パイロット2名と乗員・兵員6名負傷。あと機内に3名が重傷者で、ドグが治療中だ。
超能力者もその重傷者の一人だが、意識が戻らない。出血も酷くて早く機外に出したいが、ヘリの残骸に足を挟まれて
動かせない状態だ。
 返答に、リーダと一同は苦悩の表情を浮かべる。当然森さんもだ。
 超能力者の死亡により、閉鎖空間からの脱出は不可能になる――この最悪の事態は避けられた。しかし、意識不明で
適切な治療を受けさせないと死んでしまう状態。車両部隊の方にはもっと治療するためのものがそろっているが、
神人の作り出したバリケードのおかげで、目下周辺を迷走中だ。到着するのはいつになるかわからない。
 リーダは自分のチームを集め、指示を飛ばす。
 よし、車両部隊が来るまでここを確保する。ドグは俺と一緒に来い。ヘリに入って一緒に負傷者の治療に当たれ。
あと森、お守りの最中で大変かもしれないが、5名を引き連れて南東の角に移動しそこを確保しろ。残りはここを確保し、
車両部隊を待つ。いいな!
「了解」
 森さんは凛とした声で答えた。これで彼女は1分隊の指揮官か。真っ先にリーダから指名されると言うことは
その実力を認めているようだ。
「行くわよ!」
 そう言って森さんは僕の手を引きながら、民家の陰から飛び出した。他5名もそれに続く――が、神人が振るった腕で
飛び散った民家の破片が一人の足に直撃し、空中で一回転するように転んだ。
 すぐに周りの兵士が肩を担いで走り出す。
 ……これで僕のいたチームは二人目の負傷者、墜落したヘリのチームはもう戦える人はほとんどいない。
 絶望的な状況だった。
 
 墜落地点到着から3時間が経過した。だが、一向に車両部隊はやってこない。神人が墜落現場を中心に回るように
走り回ったりしているため、どの方角からでも進入しがたい状態になっているのだ。
さらに走り回った後は当然のごとくがれきの山となり、車両なんて通れる状況ではない。
結局、ルートの探索は中止し、車両部隊はがれきの山を取り除きながら墜落現場に向かっている。
 この間、ヘリの中では懸命な治療が続けられ、負傷者は一命を取り留めていた。超能力者も同様である。
しかし、もうすぐ輸血も底をつきかけつつあった。どうにかして車両部隊の治療物資をこちらまで
持ってこなくてはならない状況になってきている。
 こちらから取りに向かうという案も出されたが、ここに到着してから負傷者が3名増え、これ以上ここから一人でも動かせば
防御に影響が出るとして却下された。
 どうすればいいんだと、僕を含め皆頭を抱える。
 その間も、涼宮ハルヒの作り出した神人はお構いなしに小さなビルを持ち上げて遠くに放り投げたりしている。
たまに墜落現場周辺にも投げつけられるため、その破片がまるで流星群のように僕らを襲っていた。
さらに時たま、あの触手が現れてこちらを攻撃してくる。絶え間ない攻撃に全員の疲労もピークだ。
 また来るぞ!と誰かの叫びが飛んだ。
 見れば、上空から今までより遙かに多いがれきが空を埋め尽くしていた。見れば、水をじゃぶじゃぶと振り返る子供と同じように
民家などのがれきを上に向けて放り投げまくっていた。それらが次々と墜落現場周辺に落下してきている。
「隠れて! みんな隠れるのよ!」
 森さんの指示に、一斉に物陰に隠れる。しばらくして、RPGゲームの隕石落としの魔法のように、どかどかと
残骸の破片の豪雨が降り注いだ。その中、大きめの破片が数個墜落したヘリに直撃した。
 やがて、一過性の豪雨は去り、神人はぼかすかと手近なビルの解体作業へを始めた。いったんあれを始めると、
粉になるまでやるのでしばらくは残骸ばらまきは無いと言うことになる。
 しかし、森さんの持っている無線から流れてきた声はさらなる状況の悪化を示していた。
 くそ、さっきの攻撃で輸血がダメになった。このままだと確実に負傷者が死ぬぞ! あと30――20分持つかどうかだ!
 その言葉に森さんの苦渋の表情を浮かべた。治療器具か何かがさっきの一撃で破壊されたと言うことだろう。
そうなると別のものを用意しなければならないが、遠く離れた車両部隊にしかそれはない。
 何かいい手はないのか――何かいい手は……!?
 と、僕はあることを考え、
「車両をいっそ放棄したらどうですか? 徒歩でこっちに向かってもらうんです。そうすれば、時間はかかりますが
がれきを取り除く必要もなくなりますから……」
「ダメよ。車両部隊は何としてでもここにたどり着かせる必要があるから」
「なんでですか?」
 ――森さんは、また対面の民家の窓から姿を現した神人の触手に向け数発発砲して追い払ってから、
「いい? ここは閉鎖空間、そして、わたしたちはそれができた後にここに入った。閉鎖空間って言うのは、
涼宮ハルヒがストレスを膨張させたときにできるものであり、そのタイミングの世界をコピーして作っているようなものなの。
だから、神人を除去して閉鎖空間を崩壊させると、消えるのはコピーして作り出されたものだけ。
わたしたちは後から入った異物のようなものだから、閉鎖空間が消えてもわたしたちは消えない。
そのまま閉鎖空間と重ね合わせた通常の空間に現れるだけ」
「あ……!」
 僕はそこでピンと気がついた。つまり、たとえ神人を倒せたとしても、このままでは通常の世界に突然墜落したヘリの
残骸が出現してしまうことにある。閉鎖空間や神人の存在なんて恐らく世間は信じないだろうが、
突然そんなものや重武装の兵士が町中に現れればどうなるか。警察沙汰になるのは間違いない。閉鎖空間の存在を隠したい機関に
とってはあまり好ましくない事態に陥るだろう。
 ヘリの残骸だけなら、情報統制でも何でもしてそのうち忘れ去れるかもしれないが、場所が交差点である以上、
突然出現した残骸にぶつかるなどして通常の世界で死傷者が出る可能性も捨てきれない。
そうなれば、もはや取り返しがつかなくなる。
「だから、車両部隊が到着後ヘリを解体してトラックに詰め込む必要がある。わたしたちのような兵員は武装解除していれば
町中にいてもそこまで怪しまれないから大丈夫だけど」
 森さんの苦悩はそこにあったんだ。ヘリをこのままにするわけにもいかないから車両を放棄できない。
しかし、あそこのいる部隊の支援がなければ、超能力者や他の負傷者はもうもたないだろう。それに超能力者が死んでしまえば、
僕らは一生ここから出れなくなる。どうすれば……
 ふと、僕はあることが頭によぎりぞっとした。ここで本当に超能力者が死んでしまえば、他の人たちは別の超能力者に
期待をかけるだろう。当然ながら、それは僕だ。助けてほしい、なんとかしてくれ。そんな感情を一心にぶつけられることになる。
だが、今の僕は自分の力を自覚しているだけで何にもできない役立たずだ。そんな視線が集められれば、
精神的に耐えられるとは思えない。
 それを自覚したとたん、僕は必死になった。何か手はないのか。どうにかして超能力者の命を救わなければならない。
そのためにはどうすればいいのか――
 だが、僕よりも森さんの方が頭の回転は速い。僕のさっきの話をヒントにどうやら打開策を思いついたようだ。
すぐに無線機で空中指揮所と連絡を取り始める。
 森さんの言った内容はこうだ。
 まず車両部隊の中の衛生兵だけをヘリの着陸できる場所まで移動させ、そこで僕たちを乗せてきたヘリが回収。
その後この墜落地点に降下させるという方法である。
 しかし、この提案に空中指揮所の指揮官は苦い返事を返してきた。
 車両部隊から衛生兵のみを切りだせば、そちらの方に負傷者が出た場合に対処ができなくなる。
さらに墜落地点に降下させようにも、それを神人が黙って見過ごすとは思えない。
「わたしたちにとっての最大の生命線は超能力者です。彼が死んでしまえば、神人も倒せず、ここからも出られなくなる。
つまり作戦失敗は確実なものとなってしまうんです。だから、まず彼の生命の確保を最優先に判断すべきだと思います」
 森さんは強い口調で説得にかかる。しばらく、空中指揮所からの連絡が途絶えたが、やがて許可するという判断が下った。
もう他に手段はないということだろう。
 
 15分後、車両部隊の衛生兵を乗せたヘリが墜落地点上空に到着した。バタバタと猛烈な風圧で辺りに砂煙が
辺り一面に立ちこめた。
 ヘリはしばらく墜落地点上空でホバリングをしていたが、やがて降下ポイントを固定するとロープが下ろされ、
車両部隊にいた衛生兵たちが降下を開始した。しかし、その光景が神人の目にとまったのか、
ずんずんとこちらに向かって歩き出していた。僕たちのチームが必死に発砲してその動きを食い止めにかかった。
 僕はそれを耳を押さえて見ていることしかできないわけだが、それでも何か役立とうと周辺に目を配った。
ふと、ヘリの左側にある4階建ての小さなビルの3階の窓が、うっすらとあの神人の光を発していることに気がついた。
さらに神人の方を見てみると、手から一本の触手――指のようなものがのび、地面と伝ってそのビルに向かっている。
さっきから地面や民家から現れるあれは神人の指とかだったのか。
 やがて、そのビルの窓を破って神人の指先が顔を出した。じっとヘリの方を見てニョロニョロしているところを見ると、
これから攻撃しようとしているのは確実だ。
 僕はそのビルを指さし、
「森さん! あそこ!」
 その呼びかけに、森さんはまずいと言った表情を浮かべた。こっちは神人の対処で手一杯だからだろう。
 と、彼女は無線機を取ると、今まであまり出番の無かった攻撃ヘリに対して、指示を飛ばした。
しばらくして、低空で飛んできた攻撃ヘリが脇に取り付けられたロケット弾を発射し、神人の指先をビルごと吹き飛ばす。
痛みに耐えかねたのか、神人の指はメジャーを巻き戻すかのように本体に戻っていった。
 ナイスショット! 兵士たちの声が響く。
 3人の衛生兵をようやく降ろし終えたヘリは神人から距離を置くべく、加速して飛び立った。何とかぎりぎり乗り切ったか。
しかし、それと入れ違いになるように神人が速度を上げて、こちらに向かってきた。そして、その長大な腕を
振り子――先はギロチンなみの凶器だが――のように僕たちとは違うチームのいる建物へ振り下ろした。
すぐさま、携帯式のロケット砲がこちらの一人が撃ち放ち、それに直撃させた。
 全身に響く爆発音が広がり、その衝撃で神人の腕があさっての方に吹っ飛ぶ。だが、これが悪かった。
コントロールを失った腕が僕たちのいる民家の屋根に落ちてきたのだ。
 激しい衝撃とともに、家の残骸が頭上に降り注ぎ2名が生き埋め状態になる。しかし、幸いなことにがれきの隙間だったらしく、
他の兵士たちによって引きずり出され、命を失うまでにはならなかった。
 僕は衝撃の大きさのあまり、路上に飛び出してしまう。がれきの飲まれないように身体が勝手に反応したからだ。
だが、そこで待ちかまえていたのは遙か頭上から見下ろす神人の姿。それはすぐもう片方の腕の指を僕の方に伸ばしてきた。
猛烈な勢いで迫るそれに僕は全く反応できず、思わず目を強くつぶってしまう。
 ――すぐに来るであろう痛みを覚悟していたが、代わりに誰かが僕を抱えて地面に伏せたのを感じた。
すぐに目と鼻の先で爆発のような音が鳴り響き、アスファルトの破片が全身にぶつけられる。
「古泉っ!」
 女性らしき声が耳に入ったが、真正面でなった轟音のせいでうまく聞き取れない。
 痛みに耐えつつ、ゆっくりと目を開けると今にも泣き出しそうな彼女の顔が近くにあった。
「大丈夫っ!? しっかりして!」
「……え、ええ」
 僕は身体中にこびりついていたアスファルトの破片を払いながら起きあがる。にしても森さんがあんな顔するなんて――
 だが、次に森さんの顔を見たとたん、僕は絶句した。言語で表現できるようなものじゃない。引きつりきって
何かにおびえて……いや、酷いショックを受けているような顔をしている。少なくても人を助けて見せるような顔じゃない。
 てっきり僕のどこかにおかしなところがあるんじゃないかと思い、全身を触って状態を調べるが特に変わったところはない。
なら何だ今の森さんの表情は?
 次に森さんの表情を見たときには、作戦中の引き締まった顔に戻っていた。すぐさま僕の手を引くと、
「ここにいたらまずいわ。戻るわよ」
 そう言って走り出す。上空では攻撃ヘリが神人を追い払うように機関砲っぽいものを撃っている。
 僕たちがさっきいた場所――今では残骸と化した民家に戻った。森さんはすぐにこの場に残っているのはまずいと判断し、
隣の小さな商店への移動を指示し始める。
 見れば、攻撃ヘリの活躍で神人はかなり遠いところまで移動していた。少しの間余裕はできそうだ。
 また森さんが無線で連絡を取り始める。車両部隊の位置について確認しているようだ。
 現在車両部隊は墜落地点のすぐ目の前まで移動していて、あと一つがれきの山を越えればここにたどり着けるとのこと。
もう少しの辛抱で――終わりはしないが、状況の改善が見込めるというわけか。
 すっかり忘れていたが、ヘリから降下した衛生兵は現在ヘリの中で、負傷者の救護活動に入っていた。
幸い、輸血など新しい治療物資が入ったため、負傷者の危機的状況は去った模様である。
 状況が安定したためか、チームの間で少々安堵感が生まれているのがわかった。ともに小さな笑いを浮かべながら
なにやらしゃべっている光景も見える。
 一方で森さんは無線連絡の最中も様子がおかしかった。何か我慢ができないというように、たまに壁を叩く仕草を見せていた。
さっき僕を助けたときと言い、一体何なんだろうか。森さんの気持ちがわからなくなっていた。
 しばらくして無線連絡を終えると、いったん指揮を他の人間に任せて、彼女は人目のつかない店の奥の方に行ってしまった。
 …………
 …………
 …………
 どうしよう? はっきり言って今すぐ森さんのところへ行きたい。そして、助けてくれたことへの礼を言いたい。
 だけどどうしても躊躇してしまう。
 僕を助けてくれたときのさっきの表情は何だろう?
 それに自分の命を軽視しているのはなぜ? 
 そもそも僕が機関から抜け出すといったら喜んで、残るといったら溜息をついているのはどうしてだ?
 それに……
 
 そこで僕ははっと気がついた。
 森さんの考えていることがわからない。だったら聞けばいい。それだけじゃないか。
 
 僕は小走りに商店の奥に入った。そこには憂鬱そうな表情で銃の点検をしている森さんの姿があった。
「…………」
 何かを言おうとした。でも、言葉にならずただパクパクと口を動かすのみ。
 森さんはいつもの溜息をつく――いや実際には吐いていなくて僕がそう感じるだけだが。
「さっきの礼ならいいわよ。任務なんだから」
 そう森さんの方から先に切り出してきた。話し方はいつものようにぶっきらぼうで無愛想。そういえば、昔はこんなんじゃ
無かったんだと聞いたな。どんな感じだったんだろうか。
 僕はしゃべるのをあきらめ、森さんの隣に座る。一方の彼女は視線をこちらに向けようともせず、弾薬の数をチェックしていた。
 二人の間にいやな沈黙が流れる。まるで二人で外に出ようとバス停で待っていた時みたいだ。
「と、とりあえず、さっきはありがとうございました。おかげで助かりました」
「別にいいって行っているでしょ」
 森さんの声には多少のいらだちが混じっているように感じた。
 ふと、森さんが今までにない表情でうつむいていることに気がつく。憂鬱さに、何か後悔しているような……
「ねえ古泉。聞いてもいい?」
「――な、なんでしょうか?」
 突然の問いかけに僕はあたふたと答える。彼女は視線はこちらに向けず、銃をさすりながら、
「あんた、何でここに残ったの? 一回は帰るって言ったのに」
「ええと……」
 僕は答えに迷った。
 どうしよう……
 どうする……
 結局僕ははっきりと答えることにした。
「途中で逃げ出すのがいやだったからです。あと――その、森さんがちょっと気になっていて――」
 正直な気持ち。森さんのあの見せる溜息っぽいものがずっと気になっている。今でもそうだ。
その気持ちはこの閉鎖空間に入ってからも落ち着くどころか、ますます強くなっていた。
自らの命を軽視した行動、あの複雑きわまりない表情……僕の中で森さんの存在はとてつもなく大きくなっている。
「そう……わたしが原因が……」
 森さんはすっと銃を片手に立ち上がった。だが、僕の答えに満足した様子はない。むしろ後悔しているような顔つきだ。
 そして、ゆっくりと……憂鬱な口調で言った。
「わたしはもう誰もいらないの。誰にも頼られたくないし、誰も頼りたくない。わたしの中に誰も入ってきてほしくない。
だからお願い、これ以上わたしの中で大きな存在にならないで……」
 その言葉に僕は言葉を失った。だれもいらない。誰も頼りたくない。頼られたくない。
 初めて聞かされた森さんの心情は、絶望の色に染まったものだった。たまに見せる溜息もそれが原因なのか?
そう言えば、僕が何か森さんに関わろうとするたびにしていたような……
 しかし、一度だけ見せた矛盾もある。さっき僕を助けたとき最初に見せた心配に満ちたあの表情。
誰も要らないというならあんな顔をできるわけがない。
 僕は自分の思いを森さんにぶつけるべく、言葉を発しようとするが、即座に彼女は銃口を僕の口元に当て、
「何も言わないで。お願いだからもう何も言わないで……!」
 森さんの声は悲鳴のようだった。
 ふと、また辺りが騒がしくなり始めた。神人が動き始めたらしい。
「……行くわよ」
 そう言って森さんは外に向かった。再び兵士の顔に戻って。
 
「南東の角に射手をつけて!」
 見上げれば、すでに神人は目前まで迫っていた。突然ダッシュしてこちらにやってきたらしい。
まったく、意味のわからない行動をとってくれるよ。
 森さんの指示で、次々と銃火が神人に上げられるが、さっきまでとは違い銃撃に全く堪えることなく、
のっしのっしと歩いてくる。
 空中指揮所からの無線連絡が耳に入る。攻撃ヘリ2機で一斉掃射を仕掛ける。ありったけの弾薬をぶつけてやれ。
その間、地上部隊は誤射誤爆を避けるために、安全な場所に待避しろ。神人が墜落現場から距離を取り次第、
車両部隊がそこに突入する。
 僕の周りで一斉に歓声が上がった。ようやく車両部隊が到着する。そうすれば、状況はかなりよくなるはずだ。
 森さんがそれに従って、指示を飛ばす。
 だが、問題が発生したここから少し離れた場所にいるチームに連絡が取れないのだ。
その場所周辺から発砲音とその光が見えるため健在なのは確実だ。このまま連絡が取れないまま掃射が始まれば
巻き込まれる恐れがある。
 無線で何度も呼びかけるが、一向に返答はない。さらに、ちょうど他のチームから死角になった場所になっているため、
黙視での合図もできない。物陰に隠れて移動することも他の兵士から提案されたが、僕たちとそのチームの間を遮っている
住宅がめちゃくちゃに破壊されているため、その中を通り抜けるのは不可能だった。そこを迂回すると墜落現場の交差点に
出てしまうため、いったん神人の眼下に出なければならない状態になってしまっている。
 森さんは、真剣な眼差しで考え込んでいるようだった。だが、結論が一向に口からでないところを見ると
いい手が思いつかないらしい。
 ふと、僕は連絡のとれないチームと僕らの間にある破壊された住宅に目をやった。大地震で倒壊した状態になっている
それはとても大人が通り抜けられるような隙間がない。しかし、一方で銃火の光はかすかにその隙間を通してこちらから
視認できている。
 ひょっとしたら未成年で未発達な僕なら通り抜けられるかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
 ここから倒壊した住宅までも障害物のない路上だが、神人からまだ見えない位置になる。やるなら今しかない。
「森さん、提案が」
「……言ってみて」
 さっきのことをまだちょっと引きずっているのか、森さんの口調はやや尖った印象を受ける。しかし、今はそんなことを
気にしている場合ではない。
「僕が向こうの人たちに、攻撃を知らせてきます。あの倒壊した住宅も僕なら隙間をかいくぐって抜けられますから、
神人に見つからずに行けるはずです!」
「無茶を言わないで! 路上で見つかる可能性もあるし、くぐり抜けている間にさらに崩壊でもしたら……!」
 僕は森さんの反論に、作り笑顔を浮かべて彼女の肩を叩き、こう言った。
「そんときは、森さんが助けてください」
 それに森さんは一瞬唖然としていたが、やがて歯を食いしばり、
「あんたってやつは……! わかりました。わたしがついて行って援護します!」
 そう力強くうなずいた。僕もそれに同じる。
 そして、二人そろって路上に飛び出した。幸い、神人はこちらに気がつかず、無事に倒壊した住宅の前にたどり着く。
あとは僕がここを通り抜けて向こうの人たちに、掃射を知らせれば――
 だが、神人が気がついていないというのは甘かった。突然、三軒先の民家から2本の神人の指触手が現れ、
こちらへと向かってきた。
「古泉、行って!」
 森さんはしっかりと銃を構えると、それらに向けて発砲を始める。僕は無我夢中で残骸の隙間をくぐり、反対側の路地に抜けた。
 そこでは数名が向かってくる神人に応戦する姿がある。何か大きな攻撃を受けたのか、負傷者の方が多い状態に陥っていた。
それで無線機も壊れてしまったのかもしれない。
 僕は残骸から首だけ出して、手近な兵士を呼び止める。
「攻撃ヘリからの一斉掃射です! 今すぐ身を隠してください! 巻き込まれます!」
 了解した!とその兵士は叫ぶと、負傷者共々近くの建物に待避を始めた。それを見て、僕はまた来た道を戻る。
そこでは神人の指触手を蹴散らした森さんが待っていてくれた。
「伝えました! 大丈夫です!」
 僕の言葉に、森さんが頷くと手を引いて路上をわたり、元いた店舗を目指す。しかし、ここで神人の動作の確認を
しなかったのがまずかった。僕が何気なくそっちを見ると、大きなビルの残骸を空に放り投げている姿が見える。
いつもの放り投げかと思いきや、それをバレーボールのアタックのように、空中で地面に向けて殴りつけた。
粉砕されたビルの残骸が銃弾のように地面に突き刺さる。
 万事休すかと思いきや、突然身体が中に浮かんだ。見れば、森さんが荷物を抱えるように僕をつかんで
器用に一つ一つ破片をかわしながら走っている。なんて人だよ全く!
 僕を抱えた森さんは滑り込むように、店舗に飛び込んだ。しばらく僕たちはあがった息を整えていたが、
「死ぬかと思いました」
「あんたを死なせないって言ったでしょ」
 森さんは少しだけ微笑んでそう答えた――が、やっぱりすぐに憂鬱な表情に戻る。
 僕は確信した。森さんはまだ僕を受け入れられる余地がある。完全におかしくなってしまっている訳じゃない。
 やがて、低空を飛ぶヘリの轟音が部屋を揺さぶった。神人への一斉掃射が始まったのだ。
店舗から身を乗り出さないように、その様子を見る、強烈な回転音とともに薬莢が地面に大量にばらまかれる。
時たま発射されるロケット弾が神人の身体に直撃し、痛みか衝撃かでその身をよじらせた。
 攻撃ヘリは神人の振るう腕をきれいにかわしながら、掃射を続けていた。たまに機関砲の弾が僕たちの近くをかすめ
身を硬直させられる。
 やがて、攻撃ヘリが放ったロケット弾が神人の顔面らしき場所に直撃した。神人は思わず顔を押さえ、
視界を失ったようにふらふらと僕らのいる方角とは逆に歩き出した。やがて、そのまま地面に倒れ込む。
倒したわけではないようだが、かなりのダメージがあったらしい。動けなくなったのか、僕のいる位置から
一向に立ち上がる神人の姿が見えなくなっていた。
 ヘリによる一斉掃射は大成功を収めた。それを見届けたのか、ついに車両部隊――大型トラック5台が墜落現場に姿を現し、
墜落したヘリを囲むように展開する。そこから次々と兵士たちが降りて周辺の確保を始めた。
 僕たちのチームも店舗から出て、車両部隊に合流した。ようやくこちらの全戦力が結集したことになる。
 やがて車両部隊の一部がヘリの解体を始めた。森さん曰く、何度も訓練をしているのですぐに終わるはずとのこと。
 その間に、リーダクラスが集まって今後の予定を話し始めた。
 まず、負傷者を救助後トラックに乗せる。その後、ヘリの解体を完了し、兵員をすべて回収して、
いったんここから離れよう。神人から相当な距離を取った後、超能力者の意識回復につとめる。
それが成功次第、状況に応じて閉鎖空間からの脱出か、神人掃討か判断する。
 全員がうなずき、またそれぞれの持ち場に戻った。
 この間、負傷者が次々と運び出され、トラックに乗せられる。やがてヘリの解体が進むと、あの超能力者も救出された。
血を相当失っているのか顔面は蒼白で、服は赤く染まっている。意識もやはり回復していないようだった。重傷なのは間違いない。
 こんな状態で意識が回復するなんてあり得るんだろうか?
 僕は前途多難な状況を再認識させられ、車両部隊到着の安堵感もすっかり失ってしまっていた。
 
 
 車両部隊到着後2時間でヘリの解体と負傷者の回収が完了した。周辺確保に努めていた兵士たちも
次々とトラックに乗り込み始めた。
 森さんは最後の一分隊を率いて、起きあがった神人を食い止めている。しかし、一斉掃射のダメージが回復したらしい神人は
再びこちらへの移動を始めた。まずい、とっととここを離れないと。
 戻れ戻れ!と叫び声が響く中、僕と森さんは撤収する部隊の最後尾を走っていた。地面の震動が大きくなるのを感じるにつれ、
神人が近づいてきていることを感じた。
 僕は振り返り、神人の様子を確認して――驚いた。始めてみせる動き、それは手近にあった10階建てぐらいのビルに
回し蹴りを食らわそうとしている。当然、破片の飛び散り先はこちらだ。
 みんな伏せろ! その神人の行動に他の誰かが気がついたらしく、怒鳴り声が聞こえてきた。
僕がそれに反応するよりも早く、森さんが僕を抱きしめて地面に伏せた。
 細かい破片が全身に浴びせられ、数十センチとなりを数メートル級のコンクリート片がバウンドしていった。
キックはパンチの三倍の威力とはよく言ったものだ。放り投げられるよりも遙かに強烈な勢いで破片が飛んでくる。
 やがて、こぶし大の破片が近くの兵士に辺り、衝撃で地面を滑るように倒れ込んだ。
森さんはそれを見るや、すぐにかけだしその兵士の足をつかんでトラックまで引きずり始めた。
 僕もそれについてトラックに乗ろうとして――
 唖然とした。
 僕のすぐ目の前に立つ神人。伏せている間に目前まで迫られていることに気がつかなかったのだ。
 あまりの恐怖心から身を硬直させてしまう。頭は動けと神経回路に指示を出し続けるが、動いてくれない。
 動け動いてくれ!
 だが、無情にも動けない僕に向けて神人は腕を振るってきた。振り子のように腕をこちらに振るってくる。
 
 僕は飛んだ。しかし、それは神人の手によってではない。森さんが僕を突き飛ばしたのだ。
 また助けられた。森さんは僕を助けてくれている。僕を受け入れて――
 
 しかし、そう思ったのは甘かった。森さんは神人の腕が迫ってきているというのに、一向に動こうとしない。
さっきまで僕のいた場所に立ったままだ。このままでは直撃する!
「森さん逃げて!」
 彼女によって突き飛ばされたショックが残っているため、僕は立ち上がることができずただ叫ぶことしかできない。
 
 その時、森さんは僕の方に振り向いていた。その顔はちょっとだけ笑顔で――
 
 
 彼女の存在が目の前から消えた。神人の腕にすくい上げられるように、空高く飛ばされた。
 僕は……その光景に痛いくらいに目を見開き、呆然と立ちつくす。
 
 あの高さじゃ助からない!
 誰かが叫んだ。
 助からない。
 もう森さんは助からない。
 時期に地面に叩きつけられて、床にぶつけられたトマトのようになってしまう。
 
 何で森さんは避けなかったんだ?
 あの時、森さんは待ち望んでいたような笑顔を見せていた。
 まるで死にたかったように。
 
 ……ああ、ようやくわかった。あの雨の日、言っていた次に僕が機関に来るときには自分はいないという意味が。
 森さんは戦って死ぬ気だったんだ。
 だから、車両部隊ではなく前線の地上部隊にこだわった。
 理由なんてわからない。きっと前の仕事で何かあったのだろう。
 そうか、だから誰も要らないなんて言っていたんだ。自分の中に誰かがいれば、その人のために躊躇が生まれるかもしれない。
 僕の世話係を嫌がっていたことも、守るべき人を持ちたくなかったのだ。
 
 
 
 ――ふざけるなっ!
 
 なんだその身勝手な理由は!
 僕は――僕は森さんに死んでほしくない!
 いや絶対に死なせない!
 助けてくれた!
 例え、それが本意からでなくても僕を何度も助けてくれた!
 
 だから僕は森さんに死んでほしくない!
 生きてほしい!
 ずっと一緒にいたい!
 これは僕の素直な気持ちだ!
 
 その気持ちを無視されて――たまるか!
 
 
 
 
 刹那。
 時間に換算して1秒もなかっただろう。
 森さんを抱きかかえ、空高く飛んでいた。
 ジャンプしたのではない。本当に宙に浮かんでいるのだ。
 状況が飲み込めていないのか、森さんは唖然としていた。
 僕は言う。
「死なせません」
「え?」
 意味が通じなかったらしい。もう一度言う。
「僕がいる限り、勝手に森さんを死なせません!」
 僕の宣言に、森さんは口まで開けてさらに唖然としてしまった。
 しばらく上空を吹く風に身を任せていたが、やがて森さんはふっと優しげな笑顔を浮かべると、
「……急に飛べるようになるなんて反則じゃないの? あー! まためんどくさいのかかえちゃったなぁ、もう!」
 森さんのはっちゃけた口調に、僕は思わず笑い出しそうになった。そうか、これが本当の彼女か。
 彼女はすっと僕の頬に手を伸ばすと、
「あたしと一緒にいるのは大変よ。少しでも退屈させたら許さないから」
「……退屈なんてしようがないですよ。あれがいる限りは」
 そう神人の姿を見た――
 
~~~~~~~
 
「話になるのはここまでですね。あとはあなたが以前見たように神人を解体して、車両部隊とともに撤収しただけです。
神人との戦闘は初体験でしたが、使い方さえわかれば大したことはなかったです。拍子抜けするぐらいあっさりと倒せましたから」
 古泉の話の締めで、俺はようやく現実世界に帰ってきた。あまりの怒濤の展開につい話に引き込まれてしまっていたようだ。
 話を終えた古泉は何杯目かのお茶をすすり始める。にしても、最初の神人との戦いがそんなに過激だったとは驚きだ。
「むしろ最初からあっさりと行く方が不自然ですよ。さっきも言いましたけど」
「そりゃそうか」
 俺は腕を組んで頷く。
 にしても、今日の古泉はいろいろ暴露しまくったな。特に森さんとの関係とか。
「ま、それなりに盛り上げるように話しましたからね。信じるのもあなたの自由ですよ」
 …………
 …………
 …………
 うおい、ちょっと待て。
「何か?」
「まさか、今の話全部作り話じゃないだろうな?」
 俺の指摘に、古泉はあのニヤケ嫌みスマイルを浮かべると、
「今言ったとおりです。信じるのも信じないのもあなたの自由だと」
 おいおい……
「おや、ちょっと失礼」
 俺の言葉を無視して、古泉は自分の携帯をいじり始める。メールでも届いたのか?
「たっだいまー!」
 と、ハルヒの元気な声とともに、ここでSOS団女子軍団が戻ってきた。全く女子だけでどこに行っていたんだ?
 ハルヒは口を尖らせて、
「ヒミツよヒミツ! あんたみたいな間抜け丸出しの男には一生わからない世界の話だから」
「酷い言いようだな、おい」
 俺は抗議の声を上げるものの、朝比奈さんがごめんなさいと頭を下げていることに免じてそれ以上の追求はやめた。
やれやれ、今日のSOS団活動は古泉の作り話を聞かされただけで終わりか。
 
 だが。
 ふと思う。今日、俺は事前予告していたわけでもなく古泉に話をしてくれと頼んだ。即興であんな話を作れるものなのか?
 
 俺は携帯のメールを心地よさそうな笑顔で読んでいる古泉の姿を見ながら、そんなことを考えた……
 
 
 ~おわり~

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