最終話

公園を出て、暗い夜道を歩いていく。
人のいない道を選んでいるのだろう、誰に会うこともなく歩き続けた。
しばらくすると町のはずれにある、木々に覆われた小さな森が見えてきた。
「ここに死体を隠そう。シャベルで穴を掘って埋めるんだ」
予め用意しておいたのだろう、キョンは地面に置いてあったシャベルを手に取ると、手近な地面を掘り始めた。
その光景を見ながら、あたしはあることについて考えていた。
鶴屋さんの言葉だ…頭から離れない…
―キョンくんには…気をつけたほうがいいよ―
キョンが…誘拐された女の子と一緒にいた…
どうして…?偶然なの?それとも…いや…そんなはず…キョンが誘拐犯だなんて…信じられない…
「どうした?気分でも悪いのか?」
地面を掘る手を止め、キョンがあたしの顔を覗きこみながら聞いてくる。
「ううん、何でもない…」
視線をそらしながらあたしは答えた。
「さっきから様子が変だぞ?何があったんだ?」
心配するようにキョンがあたしの肩をつかんだ。
「いやっ!」
反射的にキョンの手を振り払ってしまう。
気まずい沈黙が辺りを支配した。
「本当に…何でもないの…」
「ハルヒ…」
キョンが困ったような、何かを考えるような顔をしている。
「正直に話してくれ。俺達の間に隠し事はなしだ。そうだろ?何があった?」
キョンはシャベルを地面に置くと優しく微笑みながら言った。
信じたいけど…その笑顔が怖い…冷静でいられるキョンが怖い…
真実を知ることが怖い…けど…このままモヤモヤしてるのも…嫌だ…
あたしは泣きたくなるのを堪えながら、意を決したようにキョンへ問いかけた。
「キョンが…誘拐された女の子と一緒にいたって…本当なの?」
キョンに張り付いていた笑顔が消え、睨むような目つきであたしを見る。
「…何のことだ?俺はそんなのことしてな―」
「鶴屋さんが一緒にいるところを見たって!」
あたしが叫ぶとキョンはハッとした顔をする。
時が止まったように二人とも動かない。
しばらくするとキョンが嘲笑うかのように喋り始めた。
「はははは…そっか…鶴屋さんが…―っ!?」
キョンはシャベルを手に取るとあたしのほうへむかって振り降ろそうとした。
「いやあああああ!」
あたしはキョンを全力で突き飛ばした。
「うぐっ…」
バランスを失ってキョンは後ろへ倒れる。
その隙にあたしは森の出口のほうへと走った。
そんな…信じられない…
キョンが…キョンがあたしを殺そうとするなんて…
秘密を知られたから? 
やっぱり…やっぱりキョンが連続誘拐事件の犯人だったんだ!
最初から殺すつもりで協力してたんだ…
ひどいよ…キョン…なんで…なんで…
あたしは後ろも振り向かず、夢で見たようにただ走り続けた。
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どれくらい走っただろう、気がつくとあたしは家の近くまで戻ってきていた。
早く…キョンが追いかけてくる前に家へ戻らないと…
再び走り始めようとした時、後ろから腕を捕まえられた。
「いや!やめて―」
「ハルにゃん!そんなに慌ててどうしたんだい!?」
後ろを振り替えるとそこには鶴屋さんがいた。
「鶴屋さん…う…うわああああああああああああああああああああん!」
恐怖を我慢しきれず、あたしは鶴屋さんに抱きつき大声で泣いた。
鶴屋さんは最初驚いた顔をしていたが、慰めるようにあたしの頭を撫で始めた。
鶴屋さんの優しさに触れ、涙が止まらない。
「ハルにゃん…何があったの?お姉さんに話してごらん?」
「うっ…キョンが…キョンがぁ…」
あたしは鶴屋さんに今日あった出来事を話した。
みくるちゃんを殺してしまったこと…
キョンと一緒に死体を隠そうとしたこと… 
そしてキョンが誘拐犯であたしを殺そうとしたこと…
涙でぐちゃぐちゃになりながらつたない言葉で話す。
鶴屋さんは黙って最後まで聞いてくれた。
「そっか…そんなことがあったんだ。様子がおかしいから何かあると思ってたけど…そっか」
鶴屋さんは何度か頷くと再びあたしを優しく抱きしめてくれた。
「ハルにゃん…公園でも言ったけど…あたしはハルにゃんを許すよ。大切な友達だからね」
包み込むような笑顔で鶴屋さんは言った。
キョンに裏切られ、傷ついていた心が癒される。
「でも…あたし…許されない事をした…最低の…人間なんだよ?」
「そんなことない!ハルにゃんはすごくいい子だよ!だって…」
鶴屋さんは震えながらあたしをきつく抱きしめる。
「だってみくるを拐って殺す手間を省かせてくれたんだからねっ!」 
そう言うと鶴屋さんは大声で笑い始めた。
驚いたあたしが顔をあげると口許に布を押しつけられる。
遠くなる意識の中、ただ鶴屋さんの笑い声だけが聞こえた。

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ここは…どこだろう…どれくらい時間がたったのだろう…
すごく…寒い…あたし…鶴屋さんに何か嗅がされて…
目を開けると、目の前に防寒ジャケットを着た鶴屋さんがいた。
「やあ、目が覚めたかい?」
嬉しそうな顔をしながら鶴屋さんが言う。
「ここは…どこ?それに…なんで鶴屋さんが…」
身体が動かない…
地面から伸びた鎖に手と足を縛られてるみたいだ。
「ここはね、あたしん家が所有してる食品用の冷蔵施設なんだよ。とはいっても今は使ってないんだけどね。だからあたしのコレクション置場にしてるんだ」
「コレクションって…」
「ああ、周りを見てみたらわかるよ」 
クスクスと小さく笑う鶴屋さん。
その言葉につられあたしは辺りを見回す。
「……っ!きゃああああああああ!」
思わず叫び声をあげる。
最初はマネキンが床の上に置かれてると思った…
けど…違う!人間だ…人間の女の子が床の上に何人も横たわっている…
その中にはみくるちゃんの姿もあった。
なんで…みくるちゃんがここに…
「あたしはね綺麗なモノが大好きなんだ。ぬいぐるみでも、アクセサリーでも、人間…でもね。だから綺麗なモノを見るとついつい欲しくなっちゃうんだよ」
鶴屋さんはあたしの目を見ながらさらに喋り続ける。
「ぬいぐるみならお金を出せば買えるけど…人間はそうはいかないでしょ?だから拐ってきてここに置いておくんだ。ここなら腐ることも年老いることもないからね。ずっと綺麗なままだよ」
うっとりとしたような顔で鶴屋さんは言った。
「そんな…じゃあ…あなたが…」
「そう。連続誘拐事件の犯人はあたし」
事も無げに鶴屋さんが答えた。
「でも…キョンが誘拐された子と一緒にいたって!」
目の前の現実が受け入れられず、あたしは叫んだ。
「あれは嘘だよ。キョンくんが犯人だと思い込んでくれたほうが都合がよかったからね。人間って弱ってると優しくしてくれる人のこと信じちゃうんだね。おもしろいね?あはははは。ちなみに公園の電話もあたしの演技だよ。自分で着信音を鳴らして電話するフリをしたのさ。あの時ハルにゃんに本当の話を聞いて拐ってもよかったけど…キョンくんと待ち合わせてたみたいだからね」
「じゃあ…なんでキョンはあたしを殺そうとしたの…」
「それはハルにゃんの勘違い。二人が森で死体を隠そうとしてる時、公園を出たフリしてこっそり後をつけてたあたしはずっとハルにゃんを殺す機会を伺ってた。
ハルにゃんの注意がキョンくんにそれてた時に後ろからナイフで刺そうとしたんだけど…キョンくんに気づかれてね。 だからあれはハルにゃんじゃなくてその後ろにいるあたしを殴ろうとしたんだよ。でもハルにゃんは気づかないでキョンくんを突飛ばしちゃった…あはははは!可哀想なキョンくん!」
そんな…キョンがあたしを助けようとしてくれた…?
なんで信じてあげられなかったんだろう…
キョン…キョン…!
「キョンは…どこなの?」
睨みつけるように鶴屋さんに問いただす。 
「キョンくんなら今頃冷たーい海の中にいるよ。キョンくんはいらないし…けど生きててもらっても困るから 。友達を殺した罪に耐えきれなくて自殺…ってね。遺書も用意したし。キョンくんがみくるとハルにゃんを殺す。死体が見つかる前に自殺。死体が見つかることなく事件は終わり。どう?なかなかいいシナリオじゃない?」
キョンが…あたしのせいだ…あたしのせいでキョンは殺されてしまったんだ…
「この人殺し!あんた狂ってるわ!」
感情を抑えきれずにあたしは怒鳴る。
すると鶴屋さんは心底おかしそうに笑いだした。
「あはははははは!ハルにゃんもみくるを殺したでしょ?同じようなもんじゃん。それに…あたしは狂ってなんかいないよ。至って正常さ」
するどい目つきになると鶴屋さんはあたしのほうへ近づいてきた。
「実はね、最初からハルにゃんがみくるを殺しちゃったことは知ってたんだ。みくるがなかなか来ないから部室に行ったら中から二人の会話が聞こえてきたからね。
最初は驚いたよ…でもみくるのことも狙ってたし、ちょうどよかったから利用することにしたんだ。でもここまでうまくいくとは思ってなかったけどね。ハルにゃんに感謝しなくちゃ」
そう言うと鶴屋さんはまたクスクス笑いだした。
なんてことだ…全部鶴屋さんの演技だったんだ…
それに気づかずあたしはまんまと騙されて… 
本当に助けてくれようとした人を拒否してしまったんだ…
「さて、あたしはもう行くよ。また後で来るからね。バイバイ」
鶴屋さんは出口のほうへ歩きだした。
嫌だ…こんなところで死ぬのは嫌だ!
「待って!あたし達…友達でしょ…?お願いだから…助けて!」
「そうだね…けど、友達だから…ずっと一緒にいたいじゃん?これなら永遠に一緒にいられる。ハルにゃんも嬉しいでしょ?みくるが一緒だから寂しくないしね」
そう笑いながら言うとドアを開け外へ出ていく。
明かりを消され、ゆっくりとドアが閉まっていく。
「いやあああああああああああああああ!」
暗い部屋にあたしの叫び声だけが響いた。 

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あたしはずっと同じ場所を見つめていた。もう身体は動かない。
これがみくるちゃんを殺した罰なんだろうか。
みくるちゃん…ごめんなさい…
キョン…ごめんなさい…
みんな…ごめんなさい
気づくと鶴屋さんがいた。
「思った通り…ハルにゃんが一番綺麗だね。ふふふ…あはははははははははっ!」
あたしの頬を撫でながら嬉しそうに笑う。
涙も出ない目からあたしは涙を流す。
どうして…どうしてこんなことに?
答えもわからぬまま、あたしはただ涙を流し続けた。


end 






 

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最終更新:2008年06月07日 17:46