第二話

ぼんやりと椅子に座っていると扉が開く音がする。
音が鳴ったほうを見ると、うつむいたまま掃除道具入の前に立っているみくるちゃんの姿があった。
「み、みくるちゃん…」
顔を伏せたままこっちへ近づいてくる。
身体が…動かない!
みくるちゃんは目の前でぴたっと止まると小さな声で話し始めた。
「なんで…こんなことしたんですか…ただキョンくんに…わたしの気持ちを伝えたかっただけなのに…どうして…」
泣いているのだろうか、身体を小さく震わせている。
「ち、違うの…わざとじゃ―」
「うるさいっ!!」
怒鳴り声をあげ、みくるちゃんは顔をあげる。
今まで見たこともないような…まるで鬼のような顔を…
「わたしを殺しておいて…自分だけうまくキョンくんと幸せになるつもり…?そんなの…絶対に許さない…ゼッタニユルサナイ」
みくるちゃんがあたしのほうへ手をのばしてくる…あたしを…殺すつもりなんだ…!
「嫌!みくるちゃん…やめて…やめてえええええええええええええええええええ!」
「―いっ、ハルヒ!しっかりしろ!おい!」
ハッと目を開けると目の前に心配顔のキョンがいた。 
「大丈夫か…?顔色がすごく悪いぞ…」
今のは…夢?
夢とは思えないくらいリアルな出来事だった…
「平気…眠っちゃったみたい…」
返事を返すとキョンは少し安心したような顔になった。
「そうか…だいぶうなされてたみたいだったが…嫌な夢でも見たのか?」
「うん、ちょっとね…」
辺りを見回すと外はすっかり暗くなっていた。
時計を見ると6時をさしている。
2時間近くも寝てたんだ…
「ちょうどいい大きさのバッグが見つかったよ。死体を運ぼう。手伝ってくれるか?」
あたしが頷きかえすとキョンは掃除道具入を開けた。
中から死体を取り出すと二人でバッグの中へ入れる。
ついさっきまで〈みくるちゃん〉だったものが今ではただの〈死体〉になっている…
自分でやったこととはいえその事実にあたしは悲しくなった…
「かばんと…制服も入れなきゃな。…よしっ、これで全部だ」
あたしの悲しみに気づくこともなく、キョンは淡々とバッグへつめていく。
今は…悲しみに浸ってる場合じゃない。
これからも変わらない日常を過ごすために 、なによりキョンと一緒にいるために頑張らなくてはいけないのだ。
「さあ、行こう」
「うん…」 
二人で部室を出て、誰にも見つからないように学校をあとにした。
そして長い下り坂を歩いている時、あたしはふと思った。
「ねえ、いきなりみくるちゃんがいなくなったりしたら…みんな変に思うんじゃないかしら?」
「そうだな…いや、たぶん大丈夫だ。最近女子高生誘拐事件が続いてるだろう?きっとみんな朝比奈さんも事件に巻き込まれたと思うんじゃないか。なんだったら俺達が〈朝比奈さんも誘拐されたんじゃないか〉って噂を流してもいい」
そういえば…阪中さんから聞いた誘拐事件。SOS団で調べて犯人を探そうなんて言ってたのに… こんな形で隠れ簑になるなんてね。
「それよりも今は死体をどこに隠す―」
キョンはいきなりバッグを道路脇の側溝の中へ投げ入れた。
突然の行動にあたしが戸惑っていると、
「よお、キョン。こんな時間まで何してんだ?」
「やあ、キョン。涼宮さんとデートかい?」
谷口と国木田に声をかけられる。
こんなタイミングで会うなんて…
「そんなんじゃねえよ。ただ一緒に帰ってるだけだ。お前らは何してるんだ?」
すぐ側に死体があるのにもかかわらず、キョンは平然と返事を返す。
あたしはキョンの後ろでただうつむくことしかできなかった。
「谷口が今日発売する新しいゲームを買いに行きたいって言い出してね。しかたなくつきあってるんだ」 
「そーそー、すっかり忘れててな。ってお前…しかたなくって…」
国木田は谷口を無視するように、
「さあさあ、二人の邪魔したら悪いよ」
と谷口を促し始めた。
「お、おお。じゃあまたな。…ん?」
谷口が何かに気づいたように足を止める。
「おい、そこの側溝の中にバッグが置いてあるぞ」
その言葉にあたしの身体は固まった。 
しまった…見つかってしまった…せっかくキョンが隠したのに…
「あれ、本当だ。キョンのバッグかい?」
「札束が入ってるかも知れないぜ!開けてみよう!」
谷口がバッグを開けようと近づく。
あたしが思わず〈やめて!〉と叫びそうになった時、
「おいおい。札束なんて入ってるわけないだろう。気味が悪い…放っておけよ」
キョンが谷口に言い聞かせるように言った。
「あー?そうか?…ま、いいけどよ。確かに死体でも入ってたらシャレにならないもんな!ハハハハハッ!」
ちっとも笑えない冗談だ。
「今日新作ゲーム買いに行くんだろ?早く行かないと売り切れるかもしんないぜ?」
からかうようにキョンが言うと、
「お、そうだった!早く行こうぜ!」
と国木田を急かすように歩き始めた。
「じゃあキョン、また明日学校で。涼宮さんも、またね」
「おう。谷口に買ったら俺にもやらせてくれって言っておいてくれ」
わかったよと国木田が返事をし、谷口の後を追うように駅のほうへと歩いて行った。
二人の姿が見えなくなると、あたしは全身の力が抜けたようにその場へうずくまった。
頭が痛い…一体いつまでこんな気持ちを抱えてなきゃいけないんだろう…
「大丈夫。俺がついてるだろ?ほら、後少しの我慢だ」
キョンが抱きかかえるようにあたしを支え、立ち上がらせてくれる、
「ほら、行くぞ」
そして側溝の中に投げ入れたバッグを持ち上げ、あたしの手を引っ張り歩き始めた。
幸いその後は誰に見つかることもなく、あたしの家までたどり着いた。
「一度夜中まで待ってまた近くでおちあおう。バッグは俺が家に持ち帰るよ」
「でも…キョンにそこまでしてもらえないよ。大丈夫…あたしが自分の部屋に運ぶから」 
ここまで協力してくれれば十分だ。さすがにそこまで甘えられない…
キョンはすこし考えるような顔をしていたが、
「そうか。じゃあまた夜中に連絡するよ」
と諦めたように頷いた。
「うん。あたしを信用して」
「わかってる。じゃあ行くよ」
キョンはあたしを一度抱き締めると名残惜しそうに自宅のほうへと歩いていった。
その姿を見送りながらあたしは今日起こった出来事を考えていた。
勢いとはいえ…大切な友人を殺してしまったのだ…
とてもじゃないが冷静でなんていられない。
罪悪感から小さな声で
「みくるちゃん…ごめん…」
とつぶやいてみる。
だが少しも心が晴れることはなく、あたしはバッグを手にとり家の中へと入っていった。

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まず最初にしたことはバッグを部屋のクローゼットの中にしまうことだった。
だがクローゼットにバッグごとしまうスペースはなく、しかたなく服を何着か外に出し
、バッグから死体を出すとクローゼットの中へ押し込んだ。 
バッグをベッドの下へ隠し一息ついていると、
「ハルヒー、ご飯よー」
と下から母さんの呼ぶ声が聞こえた。
せっかく用意してくれた夕飯だけど今は食べる気にならない…
「今日はいらない」
下へ叫ぶとあたしはベッドの上に寝転がり目を閉じた。
――夢を…夢を見ている…
いつかの夢は灰色の世界だったけど、この世界は真っ暗な暗闇の世界だ。
あたしは暗闇の中を必死で走っている…何かがあたしを追いかけてくるからだ。
その何かが見えなくても…あたしにはわかる。
みくるちゃんだ。みくるちゃんがあたしを殺そうと追いかけてくるのだ。
永遠に続く道をただただ走り続ける。
止まることはできない。止まったらそこであたしの人生は終わりなんだ――
その時、ノックの音が聞こえてきてあたしは目を覚ました。
「なに?」
と返事すると、
「あなた今日夜ごはん食べなかったみたいだけど…体調でも悪いの?」
心配そうな顔をした母さんが部屋に入ってきた。
「平気…今日はちょっと疲れただけだから」 
「そう…せめてスープだけでも飲んでおきなさい。おなかに何も入れないのは身体に悪いし、暖まるしね。ほら、持ってきてあげたから」
そう言うと母さんはあたしの前に熱いスープを置いてくれた。
「ありがと…」
あたしはお礼を言ってスープに口をつける。うん…おいしい。
「それ飲んだらしっかり休みなさい。あら?あなた服出しっぱなしじゃない…だらしないわね…」
そう言いながら母さんは床にちらばっていた服を集めるとクローゼットへ戻そうと扉に手をかけた。
いけない!今開けられたら…
「待って!ごめん…あたしが片付けておくから」
「あら、あなた疲れてるんでしょ?遠慮することないのよ。ゆっくり休んでなさい」
立ち上がりかけるあたしに言うと、母さんは再びクローゼットを開けようと手をのばした。
どうしよう…!見つかる…!…そうだっ!
「きゃあ!熱い…熱いよぉ…」
あたしはこぼしたフリをして足に熱いスープを思いっきりかけた。
クローゼットを開けた母さんが叫び声につられ、あたしを見る。
「大変!大丈夫?手当てしてあげるから一緒に来なさい」
母さんはクローゼットを閉めるとあたしを連れて部屋を出る。
よかった…なんとか見られずにすんだ…
下でヤケドの手当てをしてもらうとあたしは部屋へ戻り、ベッドの上へ腰かけた。
本当に危なかった…あのままクローゼットの中を見られていたらと思うと吐き気がこみあげてくる。
あたしは吐き気に耐えられなくなり、トイレに駆け込む。 
胃の中のものを少し戻すとその場に座りこんだ。
もう…嫌だ…
いつまで…いつまでこんな…………
わかった…一生だ…あたしは一生この気持ちを抱えて生きていかなきゃいけないんだ…
それが…それがあたしが犯した罪の罰なんだ…
トイレから出ると、不安に耐えられなくなりキョンへ電話した。
「キョン…あたし…もう…」
『どうした?何があった?』
「耐えられない…一人でいると怖いの…お願い…助けて…キョン…」
『わかった。すぐ行くから待ってろ』
そう言ってキョンは電話をきった。
切れた電話をしばらく見つめたあと、あたしは膝を抱えてキョンが来るのを待ち続けた。 

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しばらく待っているとキョンからメールが届く。
どうやら近くの公園で待っているらしい。
あたしは急いでベッドの下からバッグを取りだし、クローゼットの中に隠していた死体をバッグに入れた。
そして親に見つからないように外へ出ると公園へ向かって走り始めた。
バッグが重い…
まるで自分の罪の重さのように両腕にのしかかる。
許して…みくるちゃん…
考え事をしているとあっという間に公園へたどり着いた。あたしはキョンの姿を探そうと辺りを見回す。
その時後ろから肩を叩かれた。
「あ、キョ―」
「やあ、ハルにゃん。こんな遅い時間に何してるんだい?」
そこには鶴屋さんが立っていた。
「鶴屋さん…あの…眠れなくて…散歩でもしようかなって…」
「こんな時間に?そんな大きなバッグを持って?」
ジロッとバッグを見られ、思わずバッグを地面へ落としてしまう。
ドサッと鈍い音がした。
「………ハルにゃんさ、みくるどこ行ったか知らない?今日一緒にご飯食べる約束してたのに…ちっとも来なくってさ。家にも戻ってないみたいだし」 
あたしを疑うような目でゆっくりと話してくる。
「し、知らない…用事を思い出したって…先に帰っちゃったから…」
口がうまく動かない。
あたしは震える声でたどたどしく答えた。
「ふーん…先に、ね…どうしたの?顔色が悪いよ?」
鶴屋さんはまるでキスするみたいに顔をこっちへ近づけてきた。
「…ハルにゃん…隠し事してない?たとえば…そのバッグに入れてるものとかさ?」 
あたしはバッグへ視線をうつした。
なんで…なんで鶴屋さんが知ってるの…
勘がするどい人だ…
あたしのおかしな様子を見て何かあると思ったのかもしれない。
「このバッグは…あの…」
言葉が出てこない。もう、おしまいだ…
「もしさ、ハルにゃんが許されないことをしていても…あたしは許すよ。他の誰が許さなくてもあたしは許す。だって…大切な友達だからさ」 
さっきとはうってかわり、鶴屋さんが優しい声で微笑んでくれた。
その笑顔を見て、凍りついていたあたしは涙が出そうになる…
もう…疲れた。
これ以上隠すことはできない…
全部話して楽になろう…
「鶴屋さん、あのね―」
その時、静かな公園に携帯電話の着信音がなり響いた。
「もしもし―ああ、キミか…え!みくるを駅のほうで見た?うん、うん。わかった。すぐ行ってみるよ」
携帯を慌てた様子でしまうと鶴屋さんは、
「ごめん。みくるを駅のほうで見かけたって…すぐ行かなきゃ。またね」
と言って出口のほうへ走っていく。
しかし立ち止まるとこっちへ戻ってきて小声で話し始めた。
「あのさ…キョンくんには気をつけたほうがいいと思うよ」
「えっ…何で…?」
あたしは驚き目を見開く。
「前…見ちゃったんだ…キョンくんが知らない女の子を連れて歩いてるところ…あの後ニュースでやってた、誘拐されたって子と…一緒だった…」
「それって…どういう…」
「あ、早く行かなくちゃ!また見つかったら連絡するよ!またね!」
そう言い残し、鶴屋さんは公園の出口へ走っていく。
あたしはしばらくその場から動けなかった。
キョンが…誘拐された子と一緒にいた…? 
なんで…なんでキョンが…
でも…確かにキョンの態度はおかしい…いつもはふにゃふにゃしてるのに…
まるでこういう事に慣れてるみたいに冷静に行動している… 
まさか…まさか連続誘拐事件の犯人は…
一人で考えていると、
「ここにいたのか。探したぞ」
とキョンがやって来た。
さっきの話が頭を回り、キョンの顔をまともに見れない。
「あ…ごめん…」
「気にするな。さあ行こうぜ」
そう言って置いてあったバッグを手にとり、出口のほうへ歩き始めた。
「待って!キョン…どうしてそんなに冷静でいられるの…?」
「どうしてって…そりゃあ俺だって正直怖いさ…でも大好きなハルヒのためだからな」
何でもないって顔をしながらキョンが答える。
「信じて…いいんだよね…?」
「ああ、もちろんだ。ほら、誰かが来る前に早く行くぞ」
ニッコリと笑ってまた歩き始める。
その笑顔が…なんだかとても恐ろしく…薄気味悪いものに見えた…

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最終更新:2008年06月05日 18:32