「キョンくんあさだよ!」
「おきなさいっ!遅刻しちゃうよっ!」
「はやくぅ~」

むぅ…妹よ、大学生は必ずしも土日が休みというわけではないんだ。カリキュラムによっては平日を休みにすることもできる。
そして俺の定休日は火曜と日曜だって言ったじゃないか。ハルヒの時間割に合わせたからな…ん?ハルヒ…!


「うぉわっ!」
「わぁあっ!」
まずい、まずいぞ大変まずい。
いくら外見上はそう変わっていないとはいえ思春期真っ盛りの妹にハルヒと添い寝している所など見せたくない。
教育上完全にアウトだ。さぁどう言い訳しようか。
とりあえず起きろハルヒ、おい…

「何やってんのあんた」

ベッドのハルヒがいた辺りをバンバン叩いていた俺を正気に戻したのは、母親のエプロンを着けたハルヒだった。

…寝ぼけてたんだよ。悪いか。

「いくら寝ぼけてたとは言っても、自分の妹を突き飛ばすような男はダメね。さっさと起きて顔洗ってきなさい」 

階段を降りていく足音を見送り足元を見れば確かに妹がベッドの下に転がっている。すまん。
「いたい~…」
すまんと言ってるだろ。
手を差しのべるとすがりついてくる。よいしょ。軽すぎやしないか?兄としては少しばかり心配だ。
「キョンくんだって昨日ハルにゃんと一緒に寝てたくせにぃ」
バレてたのか。
「まだ子供だねっ」
動揺が思い切り顔に出ていたらしい。妹はにへっとした顔を作ると階下へ降りていった。

覚醒していくと共に妹の顔から朝比奈さんを連想し、自然に昨夜の事を思い出す。ダメだ。朝っぱらから胸がムカつくような事を考えるもんじゃない。
ハルヒのいで立ちから考えるときっと朝メシを作ってくれているのだろう。あいつの料理の腕は数々の前例によって証明されているし、
そうでなくともしこたま飲んだ翌朝に(まだ7時を回ったとこだ)、わざわざ起き出してくれたんだ。御相伴にあずかるとしよう。
--------------

朝メシは文句なしに美味かった。美味かったのだが、妙に和気藹々とした朝食の場で味わう料理と複雑な感覚には未だに慣れない。
恋人の家族と飯を食った事のあるヤツなら分かってくれるかもしれんな。
ただ何より複雑なのは両親が俺よりもハルヒを一層気に入ってしまっていることか。うーん…疎外感。

「いってきまーす」

最後に家を出る妹を見送りハルヒと俺だけが残る。母親は俺が大学に進学して以来パートに出ている。父さん母さん、ありがとう。
食器を洗いに行ったハルヒを手伝うとしよう。こんな事を思ったのは昨夜の出来事のせいかな。いいや、歳のせいだろう。
そうに決まってる。そうじゃなきゃ、こんな柄にもない事は考えないさ。

この時が永遠に続けばいい、なんてな。 
---------------

眩しいほどの白で統一された部屋。時間を跳躍する際の精神統一を助ける色調である。
今日(『そこ』ではそんな時間概念はそう重要ではないが)、世界人類共同体にとって最重要任務である涼宮ハルヒの時空震対策のエージェントが帰還した。
帰還した彼女に立体映像が告げた言葉は非情な物であった。表面上は労いの皮を被ってはいたが、
彼女にとっては耐えられる物ではなかった。

立体映像の送信者は言った。

『常に正解となる選択はない。ゆえに、一度なされた選択を最良の結果に持っていくことが我々の義務である』

出発前の研修の際にも聞いた言葉。同じ言葉が、今彼女の胸に深く突き刺さる。
最良の結果。

本当にそれが最良の結果なのか。

真っ白な部屋で朝比奈みくるは涙を流した。声を出して泣き続けた。

同じ顔の立体映像の送信者も涙を流した。

違うのは涙の理由が解るか、解らないか。
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「ちょっと、あんた洗剤ちゃんと流したの?いくら植物生まれとか言っても危ないもんは危ないんだからね」
失敗した。感傷に浸った流れで「手伝うぞ~」などと言った途端ハルヒは後方支援に徹する事にしたらしく、
洗いからすすぎまでは俺の役目となりハルヒといえば拭くのと文句を言う任務を帯びて隣に待機している。やれやれ。

「溜息つかない!面倒な仕事ほど明るくやらなきゃダメなの!」

…やれや…わ、分かったやるから睨むなよ!

明らかに質量を持ったハルヒの視線に突かれながらカチャカチャと皿を洗う。朝食に使ったやつだけだからな、そう時間はかからない。
仕事を終えるとエプロンを外したハルヒが無言で二階へ上がる。…まぁいつもの俺だったらとりあえずほっとくのだが、
よくよく考えるとハルヒも昨日朝比奈さんとの別れを終えたばかりなのだ。俺のモヤモヤとは少し種類が違うが…
いや、何考えてやがる俺!朝比奈さんは未来に帰っただけだ。分かっていた事だ。
ちゃんちゃらおかしいね、モヤモヤする必要なんかないのさ。さて、ハルヒに構ってやりに行くか。 

いつだか国木田には話したが、ハルヒのヤツは実はかなりの淋しがり屋だって事が一歩進んでみて分かった。その時の国木田の妙な笑いが気になるが…
あぁそういえば谷口もその場にいたな。まぁ、あいつはどうでもいい。何を言ってたかも忘れたがどうせ裏切り者とか何とかだろう。
とにかく、こういう時はハルヒの側にいなくちゃならん。仕方ないヤツだ。
決して俺が不安なわけじゃないからな。
---------------

部屋を覗くとハルヒはベッドに顔を埋めていた。何やってんだ…?まさか泣いてたり?いやいや、まさかな。

「ハルヒ」
「ぅあい!?」

やたらと大きな声を出すな。平日の午前とはいえ。
「うるさいわね!もっとちゃんと足音たてて階段昇りなさいよ!」
どういう説教だそれは。わざわざうるさく歩行するメリットが俺には全く解らないぞ。
「プライバシーってもんを考えなさいって言ってるの!」
俺の部屋で俺のベッドに突っ伏している奴のプライバシーをどう保護しろというのだ。
とか何とか言いつつ、ハルヒが思ったより元気なのに安心する。情緒不安定なだけか?

試しにベッドの上に座り込むハルヒを眺めてみるとエネルギーゲージのごとく顔が赤くなっていく。
100%に達した所で発射された枕キャノンを受け止め、隣に座ってみることにした。
「……」
「……」
ハルヒが無言を保ったまま足元を見つめているので何とも居心地が悪く、天井を見上げている事にした。
やはりさっきのはカラ元気というか強がりだったようで、ちらと隣をうかがうと実にしんみりとした表情だ。
こう言うのも何だが、ハルヒがこの弱さを俺だけに見せる事をひそかに嬉しくまた誇りに思う気持ちがある事は否定できない。
あの涼宮ハルヒが、だぜ?

「…会えるわよね?」
会えるさ。確証はないが、こう言うしかないだろう。しんみり顔はいいが泣き顔までは行かせたくない。
「何でそう言い切れるのよ」
それはな、お前が会いたいと思っているからさ。朝比奈さんだってもう一度お前に会いたいだろう。
高校時代、朝比奈さん(大)はSOS団を懐かしんでいた。
お前の力が失われたからと言って、お互い会いたがっているのに会えないなんて事はない…と思いたい。 
ってな感じの事を胸中で語りながら、
「わからん、でも確信してる」
と言った俺の言葉に納得したかどうかは確かではないが、ハルヒは笑顔を取り戻して言った。

「…そうよね!」
不覚にもその顔にクラッと来たね。思わず抱きしめてしまったのを責めるかい?

…とは言ってもベッドで隣り合って座っていたわけで、抱き着いた時ハルヒは後ろに倒れて…

…まぁゴニョゴニョ…な体勢にだな…
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起きたら夕方五時半だった。
さすがに慌てたね。妹がまだギリギリ部活から帰って来ていなかったのが不幸中の幸いで猛スピードで服を着るとハルヒは帰っていった。
送っていかなきゃダメだクズ男などと言うなかれ。お互いそのそういう事はファーストエクスペリエンスだったわけで…
気恥ずかしいものがあったのさ。理解してくれ。

とはいえ、一人になった部屋でしばらくぼーっと過ごしていると淋しさと共に幸福感が込み上げてくる。
相互間の愛情を確かめられたというか…まぁなんだ、固い言葉を使ってることから察してくれ、恥ずかしいんだ。
しかしそれを三回りくらい上回って幸せなのも確かだな。幸せ過ぎるくらいだ。




幸せ過ぎて、ハルヒが机の上にある物を忘れて行った事に俺もハルヒ自身も全く気付かなかったくらいだ。


-エアコンをつける程ではない暑さに耐えかね開けた窓から吹く風に、俺の背後のソレがパラパラとめくれた。

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最終更新:2020年03月11日 19:35