「まったく世の中広いな、涼宮とつきあう奴がいるとは……」
隣にいた谷口が、数人の人だかりができている方向に視線をやり、そうつぶやいた。
今日は北高の卒業式の日。空は澄み渡るほど青く雲ひとつない。淡いピンクの花びらをつけた桜の木は、その花びらを惜しげもなく舞い散らし、僕達の門出を祝福しているかのようだった。
谷口の視線の先にはキョンと涼宮さん、そして彼らとともに高校三年間を過ごしてきた長門さんと古泉くん、彼らの卒業を祝福するために駆けつけた朝比奈さんと鶴屋さんの姿があった。
「いまじゃあ涼宮も少しはおとなしくなったのかもしれないが、中学の時は本当にすごかったんだぜ。あの時は絶対関わりたくないと思ったものだ。
いまでも中学時代のダチに涼宮に彼氏ができたって話をすると、最初は『冗談だろ』と言って笑い、最後は顔をしかめるんだ。中学時代を知ってる奴なら、絶対アイツとはつきあえないわな」
SOS団のメンバーに祝福されて笑顔のキョンと涼宮さんを眺めている僕の横で、谷口は独り言なのかそれとも僕に話しかけているのか分からないような感じでそう言うと、大きくため息をついた。
キョンと涼宮さんから視線を外し、隣に視線を移すと、彼らの様子を複雑な表情で眺めている谷口の姿がそこにはあった。そんな谷口の顔をしばらく眺めていると、僕の視線に気がついたのか、こちらを向いて僕の顔を見る。
「ん、どうしたんだ国木田」
「別に、キョンがうらやましいのかなって思っただけだよ」
「ハッ、バカいうなよ、涼宮とつきあうなんざ、頼まれてもごめんだね」
谷口は両手を広げてあきれたようなポーズをとりながら、僕をおきざりにするように数歩前を歩き始めた。
再び、人だかりほうに視線を向けると、涼宮さんが、その中心で、拳を天に突き出して何かを宣言し、そんな彼女をSOS団のメンバーが拍手で祝福している光景が飛び込んできた。
周囲には、後輩に見送られる運動部のOBや、おそらくつきあっていたのであろう後輩との別れを惜しむ卒業生の姿が見受けられたが、その中にあっても、涼宮さんの姿はまぶしく輝いているように見えた。
「おい、ちょっと待ってくれ谷口」
彼女を眺めるのをやめ、前を歩く谷口に声をかけて、小走りで追いかる。
僕が追いついても、谷口は不機嫌そうな顔でこちらを見ず、スタスタと無言で歩いていた。仕方がないので、僕も谷口の隣を無言で歩くことにした。
卒業式とはいっても、僕や谷口には別れを惜しんでくれる人も、卒業を祝ってくれる人もいない。そんな風に考えるとちょっとだけキョンが羨ましいような感じがした。
そんな僕の心情を察したのか、谷口が独り言のようにつぶやく。
「しかしまあ、キョンを見ていて思ったよ。やっぱり青春には彼女がつきものだってな。まあ、だからといって涼宮とつきあうってのもどうかと思うがなあ。そう思わないか、国木田」
谷口は気づいてないのだろうか。自分が涼宮さんに惹かれているということに。
キョンと涼宮さんが仲がいいことを冷やかしたり、涼宮さんの過去の言動や行動を振り返って悪態をついてみたりするのも、自分が涼宮さんに惚れていることが原因なのに……
きっと気がついていないのだろう。だから、ふたりを見ているうちに、自分の胸のうちにあるモヤモヤとした感情にイラつきを覚えて、そういう行動に出てしまうのだろうな。
思えば、涼宮さんのことを一番よく知っているのはキョンではなく谷口なのかもしれない。キョンは高校に入学した後の涼宮さんしか知らないけど、谷口は中学時代からずっと涼宮さんを見続けてきたわけだから。
中学時代に谷口が涼宮さんを見続けてきたことは、彼の涼宮さんに対する言動や行動から容易に判断できるしね。もし仮に、僕がこのことをここで告げたとしても、谷口は絶対に僕の言うことを事実だと認めないんだろうな。
「そうかもね」
僕が澄んだ空を仰ぎながら答えると、谷口は少しだけ笑みを浮かべながらいつもの提案を行う。
「だからな国木田、これからふたりで軟派に行かないか?」
「ちょっと、今日は卒業式だよ。そんな日に軟派だなんて……」
「バーカ、だからいいんじゃねえか。考えてもみろよ。このまま大学生になっちまったら、彼女もいないまま大学生活を過ごすことになりかねないぞ」
いつもと同じ様子で、谷口は独り身の空しさについて熱く語りだした。僕もいつもと同じように彼の言葉に耳を傾ける。きっと谷口の軟派は成功しないだろう。だって、彼はふたりの女性を同時に愛せるほど器用じゃないから。
「そんなこと言って何回も女の子を口説いてるけど、成功したことは無いんじゃなかったっけ」
「バカ言うな、一年の文化祭の時には彼女ができたじゃないか。他にも、ええっと……」
「なんで軟派が成功しないか考えたほうが有意義だと思うよ。成功しない軟派を何度も繰り返すよりはね」
谷口の軟派が成功しない理由、それは相手にあるんじゃなく自分の心の中にあるのに……
無意識のうちに涼宮さんと比べてしまっていること。それが谷口の軟派が成功しない理由。涼宮さんより魅力的な女性なんてそうそういるわけないからね。この様子だと、当分気づくことはないだろうな。
谷口は少しだけ戸惑った様子で立ち止まり、僕の言葉の意味を考えるそぶりを見せた後、置き去りにされていることに気づいて、あわてて僕を追いかけてくる。
「おいちょっと待て、そりゃどういう意味だ。まさかその余裕、お前すでに彼女がいるとかいうんじゃないだろうな」
「さあね」
もちろん彼女なんかいるわけがない。なぜなら、僕もふたりの女性を同時に愛せるほど器用な人間じゃないからだ。
ふと、疑問が頭に思い浮かんだ。どうして僕はこんな風に他人事のように自分の恋心を見ていられるのだろうか。自分のことなのに。
きっとそれは、自分の気持ちだけではなく、涼宮さんの気持ちにも気づいてしまったからだ。涼宮さんが好きなのはキョンだけで、ふたりの間には僕の入る余地など無いということに。
「チッ、しょうがねえ、軟派はやめだやめ。でも、ゲーセンぐらいつきあってくれてもいいだろ」
自分の気持ちにさえ気づいていない谷口と、涼宮さんの気持ちにさえも気づいてしまった僕。果たしてどちらの方が幸せだったのだろうか。比べても仕方ないか。どちらも五十歩百歩だろうからね。
「しょうがないなあ。じゃあ、つきあってあげるよ」
いつか谷口も自分の気持ちに気づくときが来るのだろうか。そのときは、傍で彼の愚痴でも聞いてあげることにしよう。
親友として、同じ女性を愛した男として。
「じゃあ、行こうか」
少々ふて腐れた表情の谷口の肩を叩き、いつも行くゲーセンの方向へと走り出した。
 
~終わり~
 

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最終更新:2020年03月15日 16:11