第2話 長門有希 文芸部員の正体

 

SOS団設立直後のごたごたは・・・俺にもかなりのトラウマとなっているのでふれたくない。

まあ、SOS団室(正式には文芸部室)にいろいろなものが増えたことだけ報告しておこう。

 

団長の机とパソコン、それにハルヒ手製と思われる団長と書いた三角錐。

やかん、急須、カセットコンロ・・・後、朝比奈さんにトラウマを田植え機のごとく植え続けているコスプレ衣装の数々である。

 

ちなみに、ハルヒと朝比奈さんの活躍?によりSOS団の知名度はうなぎの滝登り(ハルヒ談)である。

俺の評価がナイアガラの滝から落ちる樽のように下がっているのは触れたくない。国木田や朝倉だけじゃなく谷口にまで同情されたさ・・・

 

そして、SOS団に五人目がやってきた。

 

そのときまで、ハルヒは口癖のように、「無口キャラと萌えキャラは揃えたわ。次は謎の転校生よね。」といっていた。

まだ、5月である。普通に考えて、転校生の来るような時期ではない。そんなに都合良く転校生がくるわけないだろ。という俺の考えをわざわざ否定するように、その転校生は文芸部室にやってきた。

「みんな、紹介するわ。即戦力の転校生、古泉一樹くんよ。」

と紹介されて姿をみせたのは、ほとんどの人間がイケメンと評価するような顔に人畜無害を形にしたような笑顔を貼り付けた男子生徒だった。

 


部室に入るなり、古泉一樹の視線が長門と朝比奈さんへ向けられたのを俺は見逃さなかった。
古泉の前に立つハルヒには見えなかっただろうけどな。

 

「古泉一樹です。よろしくおねがいします。」

 

とまるで入学試験の面接のような挨拶をしたそいつは、言葉を続けた。

 

「すいません。SOS団に入るという件は涼宮さんから伺っているのですが、それは一体どんな活動をする団体なのですか?」

 

・・・いきなり、核心をつくやつであった。

 

俺は、朝比奈さんと長門にまず視線を向けたが、朝比奈さんは首を横に振り、長門は本から視線を外そうとはしなかった。
結果、俺はハルヒにいい加減説明しろ!という風に視線を送るしか選択肢がないことに気づいた。

ハルヒは待ってましたという表情で、満面の笑みと共に宣言した。

 

「SOS団の目的!それは、超能力者とか未来人とかそうね・・・妖怪とかそういう不思議な存在と友達になって一緒に遊ぶことよ!」

 

・・・・・・世界が止まったかと思った。というのはうそであるが、俺はハルヒの最初の自己紹介を思い出していた。
『妖怪』が加わっているのがちょっと気になったが、それ以前に呆れていた。

 

 ちょっと落ち着いて、周囲を見渡すと、朝比奈さんは呆然としている。長門ですら、本からハルヒに視線を向けていた。
 古泉の表情は読み取れないが多分呆れて入団をやめるといいだすだろうと思ったよ。

 

 しかし、古泉は再び朝比奈さん、長門、俺を一通り見回した後、

 「さすがは涼宮さんですね。わかりました、入りましょう。」

 と予想外の答えを返していた。こいつも変わっているな・・・と自分のことを棚にあげて思ったものだ。

 

 そろそろ部活動の時間も終わりに近づいていた。
 明日は土曜日だから、やっとゆっくりできると考えている俺の思考を断ち切るように、ハルヒの声が再び室内に木霊した。

 

 「SOS団もメンバーが揃い、本格的な活動をすべきときが来ました。不思議な存在というものを待っている時代は20世紀で終わりました。現在は21世紀、あたしたちは積極的に不思議な存在を探すべきだと思います。明日土曜日午前9時に駅前に集合し、SOS団全員で不思議探しを決行します。来ない場合は死刑よ!」

 

 とまあ、理不尽な宣言と共にその日の活動は終わり、解散となった次第である。

 

 

 帰り際、長門が珍しく声をかけてきた。

 

 「本読んだ?」

 

 「ん?いやまだだが、返したほうがいいか?」

 

 一頁も読んでないとは答えられん。 

 

 「必要ない。でも、今日読んで」

 

 有無をいわさないという視線で長門はそういってきた。ふむ、あの本になにかあるのだろうか。

 長門は表情には出さないが、文芸部室占領という事態に直面しているわけだし、いつの間にやらよくわからない団体の一員扱いだ。
 しかも、SOS団の存在は学校中の噂になっている。
 この無口無表情でおとなしい文芸部員が本で何かを伝えようとしてるのだろうか? 

 

 帰宅してすぐに借りていた本を開いてみると、栞が落ちてきた。これかな?などと思いながら目を通す。

 

 『貸した日に読んでくれると思ったのにキョンたんひどいよ~っ!(。>0<。)
  今日の午後七時。光陽園駅前公園で待ってるから、絶対に来てね♪絶対だよ! by長門有希』

 

 ・・・えっと、ずいぶんと長門のイメージと違う内容なのだが、というか俺の名前と最後の部分がなかったら、前に読んだ人宛てのものだと判断して間違いなく無視したな。
 年賀状印刷の毛筆のようなきれいな字で書かれたその内容を無視するには謎が多すぎた。
 まあ、長門の悪戯という可能性もないわけではないが、一応、指定の場所に向かって、自転車を飛ばすことにした。誰もいなかったら笑うしかないな。


 まあ、笑わずに済んだ。公園のベンチにいつもの制服姿の長門がいて、本を読んでいた。どこか寂しげな印象は否めない。

 

 「待たせたか?」

 

 俺に気づいて無感情ないつもの視線を向けてきた長門にそう声をかける。さっきみた栞のイメージとはかけ離れたいつもの長門だった。

 

 「少し」

 

 まあ、家から公園までは20分近くかかる。7時を5分ほど過ぎてしまったことはやむを得ない事情と理解してほしいものだ。

 

 「あの栞はお前からだったのか?」

 

 「そう」

 

 「部室や学校では話せないことなのか?」

 

 「そう」

 

 「ここならばだいじょうぶなのか?」

 


 長門は目線を落とす。おそらく、ここでも話せないことなのだろう。

 

 「わたしの家に来て」

 

 唐突な発言だった。しかも、長門はそのままおそらく家のある方向に歩き出していた。なるほど、家でなければ話せないほど困っているということなのか・・・と思った。
 
 まてよ、家といえば、この時間だ。親御さんがいるはず・・・俺の頭の中にひとつのストーリーが生まれた。

 長門はもの静かでおとなしい性格だ。しかし、こいつの親もそういうキャラとはかぎらない。モンスターペアレントなんて言葉もあるくらいだしな。
 で、長門に文芸部のことを尋ねた親が、今の状況を聞いて・・・
 怒り心頭して、学校に殴りこみに行こうと言い出し・・・
 長門はなんとかそれを止めようとして、しかし、ハルヒには連絡できないから、俺をここに呼び出したんじゃないか?
 とすると、俺はハルヒの暴挙の協力者として、長門の親に釈明しないといけないのか・・・どうやって?
 SOS団なる団体の説明をして、喜んで娘を差し出す親がいるだろうか?
 まして、学校での噂というかやっちゃったことを見聞きしていたら、orz。
 気分は失意体前屈だった。キョンたんぴんちってやつだ。

 

 そんなことを考えながら、長門に案内されて、家だというマンションの一室の前についた。ここは相当な高級マンションだったはず。
 ・・・やばい。マジやばいって。
 防刃ベストを着てくるべきだったか?

 

 「防刃ベストって何?」

 

 「いや、なんでもない。ここがお前の家なのか?」

 

 しまった口に出ていたか。親馬鹿な父親が包丁を持ち出してくるところまで想像して、俺の中の長門の親御さん釈明プロジェクトは立案途中で中断を余儀なくされた。

 

 「そう、入って、中に」

 

 中は、3LDKクラスの普通のマンションだった。
 いや、普通というと語弊があるな。なにせ、玄関から見える範囲のほぼすべてを本棚が占領していて、しかも全部本がぎっしりつまっていた。
 古本屋かここは?と思ってしまうような光景だった。

 

 「奥に」

 

 そういわれて、室内に入ると、コタツ机がひとつ。

 向かい合わせに腰を下ろすと、長門は電気ポットからお茶を入れてくれた。
 
 ・・・・・・

 しばらく、沈黙が続いた。いたたまれない気分でお茶を飲んだ後、俺から話を切り出した。

 

 「長門、一人暮らしなのか?」

 

 そうなのだ、親御さんの姿が見えないし、この部屋の状態で複数人が生活してるという感じはない。

 

 「そう、最初からわたししかいない。」

 

 おいおい、それじゃあ、別の意味でやばくないか?とりあえず、釈明プロジェクトを実行しなくて済んでほっ、としたが。

 

 「すごい本の量だな。本が本当に好きなんだな。」


 「この本はわたしの・・・一部。」

 

 えっと、この本はわたしのコレクションの一部とでもいいたいのか?ってことはこいつはちょっとした書店より大量の本を持っていると?
 まあ、娘に高級マンション暮らしをさせている親なのだから、それなりに金持ちなのかも。

 

 「それでだ、学校や公園で出来ないような話って何だ?」

 

 本題をきりだす。

 

 「涼宮ハルヒのこと・・・それと、わたしのこと」

 

 長門は背筋を伸ばしたきれいな正座で話始めた。

 

 「あなたに教えておく」

 

 といって、また黙った。沈黙が痛い。長門はうつむいて俺の方の茶碗をしばらく凝視している。もしかして、躊躇しているのか?

 

 「涼宮とお前がなんだって?」

 

 俺がそういって即すと、長門は立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出してきた。

 

 「うまく音声化できない。文章化でも情報の伝達に齟齬が生じるかもしれない。でも、読んで。」

 

 そういって、その本を渡してきた。

 

 題名は・・・なんだこれ?

 『涼宮ハルヒとSOS団』

 しかも、著者名が、俺?俺は夏休みの日記を書くのも31日にまとめてやるくらい文章を書くのが嫌いだ。当然こんな本を書いた記憶もない。

 

 「読んで」

 

 これはなんだ?と聞く前に長門はこちらをじっとみてそういった。

 パラパラとめくると、へんな本であることに気づいた。この本、最初の一部を除いて全部真っ白じゃないか。
 とりあえず、空白を読むのは無理なので、文章が書かれている最初の部分から目を通した。

 そこには高校入学時のハルヒとの出会いからSOS団設立までの経緯が書かれていた。俺の言葉で・・・だ。

 そして、ここで長門と会っている部分まで書かれている。

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 長門有希はその夜はじめて自分の正体を俺に明かした。長門の説明によると、彼女は『妖怪』なのだという。
  
 この本を読んでいるやつ、笑うなよ。こいつは本当のことなんだからな。

 妖怪なんて古臭い存在、俺も信じてはいなかったさ。このとき、俺が信じられなかったことはいうまでもないことだろう。

 まあなんだ。まず『妖怪』とやらの説明をしとかないといけないな。俺たちが普通に思う『妖怪』とはちょっとばかし違うんだ。

 『妖怪』と長門たちが自称している存在を生み出しているのは、人の想いであるらしい。
 たとえば、狸が人を化かすと人々が信じていれば、人を化かす『妖怪』化け狸が生まれると・・・

 

 じゃあ、長門の正体とやらはなにか?というと、文車妖妃(ふぐるまようび)という『妖怪』だ。
 メルヘンチックにいうと本の精というか、文字の精とでもいうのかね。つまりは、こいつは文章に込められた想いが『妖怪』化したもの。

 ちなみに、3年前に前世と呼ぶべき存在が東京で起こったあれのせいで滅んでいるが、人の文字への想いの強さのおかげで再生したのが今の長門有希なのだそうだ。
 まあ、俺にもよくわからなかったがね。

 

 そうそう、重要なことを書き忘れてしまうところだった。

 その長門有希の説明によると、ハルヒも普通の人間とは違うらしい。

 長門とは違い、ハルヒは普通の人間として、生まれている。
 事情が違ってしまったのは、3年前・・・つまり、長門の前世とでもいうべき存在が滅んだのとほぼ同時期だ。
 『妖怪』たちのなかでも最強クラスのやつがそのとき滅んだのだが、そいつは自分の力をある呪いと共に人間に宿らせることを考えたらしい。
 ・・・で、選ばれちまったのが、涼宮ハルヒだった。
 その力は、相当なもので使い方次第では人類を滅ぼすことも容易なほどだという。正直、今でも信じられないがね。

 

 その強大な力とやらに、長門の仲間たちが気づき、再生したばかりで過去の記憶と知識を失っていた長門に白羽の矢が立ったというわけだ。
 長門自身も本来ならば相当強い妖怪であったから、ハルヒの力の歯止めとしての期待もあったし、人間社会と自分の力の制御をもう一度学習するよい機会にもなるだろうというのが、その仲間たちの主張であった。
 そんなわけで長門は中学時代からハルヒと同じ学校で離れた位置から監視していたらしい。
 長門に言わせると、ハルヒの中学時代にも多少の事件はあったが、大事にはいたらなかったとのこと。

 そして、高校もおなじ学校へ進学し、文芸部で本に囲まれながら、監視を続けようと考えていた矢先に、涼宮ハルヒの強襲を受けたというわけだ。
「妖怪と妖怪は惹きあうもの仕方ない。」とは長門たちの発言である。

 しかし、SOS団に俺が巻き込まれたことは・・・

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 ここで文章は終わっていた。


 「長門、この本は何だ?」

 

 こういう本を書くのが趣味なのかね、こいつは。

 

 「書いてあるとおり。その本は書かれなかった本の一部。わたしの力。」

 

 正直よくわからなかった。

 

 「文字での情報伝達にも限界がある。でも、理解してほしい」

 

 んなこと言われても。

 

 「何で俺なんだ。本当にお前が妖怪だとして、ハルヒに特別な力があるとしてだ。なぜ、俺にそのことを教えたんだ?」

 

 「あなたは選ばれた存在。妖怪と妖怪は惹きあう関係にある。だから、わたしと涼宮ハルヒは出会った。しかし、あなたは普通の人間、あなたが選ばれたのには理由がある。」

 

 「ねーよ」

 

 「ある。あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。あなたと涼宮ハルヒが、すべての可能性を握っている。」

 

 「本気で言っているのか?」

 

 こくり、と長門ははっきりとわかる動作でうなずいた。

 

 俺は、今までになくマジマジと長門有希の顔を直視した。度を越えた無口なやつと思っていたが、頭の中ではこんな電波なことを考えていたのか。ここまで変なやつだったとは・・・

 妖怪?文車妖妃(ふぐるまようび)?ありえん・・・

 

 「あのな、そんな話なら直接涼宮に言ったほうが喜ばれると思うぞ。あいつはそういう話題には飢えているからな。悪いが、俺はそういう話題にはついていけないし、今信じることはできないな。」

 

 「わたしの仲間たちの意見では、呪いの影響で直接伝えることはできない。もし、伝わったとしても、現在の涼宮ハルヒでは自分の力を自覚した場合、その力を制御することは困難。」

 

 「俺が今の話をそのまま伝えたらどうするんだ?」

 

 「涼宮ハルヒはその話を信じない。信じることができない。それが彼女が受けた呪い。」

 

 呪い云々はともかく、確かに信じないのは事実だろうな。

 

 「涼宮ハルヒの周りにいる妖怪はわたしだけではない。また、妖怪の中にはあの力を利用しようという動きもある。あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機が迫るとしたらまずあなた。」

 

 付き合いきれなくなってきた。
 これ以上、電波話を聞くのはさすがにつらいので、長門の部屋からおいとまさせてもらうことにした。まあ、お茶はおいしかったよ。

 長門もこれ以上留めようとはしなかった。ちょっと、寂しそうではあったが・・・


 家に帰って、親に遅くなった言い訳をして、自分のベッドに横になった。
 妖怪 文車妖妃(ふぐるまようび)ねえ・・・
 気になって仕方が無いので家のパソコンで検索すると、確かにそんな妖怪が紹介されているページはあった。まあ、絵の方は長門とはイメージが違う。
 そりゃそうだ。妖怪なんて実在するわけがない。実在すれば、ハルヒは喜ぶだろうがな。
 あんな風に本に囲まれて一人寂しく生活しているから、長門もあんな妄想に取りつかれたのだろう。思春期の少女に集団妄想などが起こるケースがあるというのもそのホームページには書かれていた。
 
 『妖怪』

 

 この言葉と俺がこれから長きわたり付き合っていくことになるとは、このときひと欠片も思っていなかった。
 
 しかし、おだやかな俺の日常はこのときすでに圧倒的な存在により激変しつつあったのだ。 


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