第一話 ジ・O すべてのはじまり

 
 サンタクロースをいつまで信じていたか、なんてことはたわいのない世間話にもならないどうでもいいような話だが、サンタクロースが実在することを知ったのは、実にごく最近のことである。

 まあ、年に一日クリスマスにしか仕事をしないと信じられている北欧にいるらしい赤服の爺さんに実際に会ったわけではないのだが、それが存在することを信じるに足る体験を、俺は高校一年の若さでするはめになった。

 
 とりあえず、俺をこんな状態に追い込んだ元凶との出会いから語ることにしよう。

そう、それは忘れもしない入学早々、真後ろの席から聞こえてきたこんな発言からはじまった。


 「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、異世界人、超能力者、その他普通の人間ではな
いものがいたら、わたしのところに来なさい。以上。」


 ここで振り向いていなければという考えは、今ならば浮かぶが、こんな電波な自己紹介を聞いて振り向かない人間はいないだろうな。俺の記憶ではクラスの全員が振り向いていた気がする。
 
 当然、俺も振り向いて、そこにえらい美人の姿を見出すことになった。
 
 それが、俺の脳内自叙伝の中では、おそらく涼宮ハルヒとの最初の出会いという題になるのだろう。


 最初の電波な自己紹介の件を除けば、涼宮ハルヒはごく普通の女子高生にみえた。そう、当時はそう見えた。俺が、やつのまん前の席であることもあって声をかけてしまったことはそれほど不思議なことではないだろう。
 

 それが、平凡な日常の崩壊のはじまりとも知らずに・・・

 

 「なあ、しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったんだ?」


 腕組みをして不機嫌そうな表情・・・この表情は入学式の日から一度も変化していなかった・・・をデフォルトにしていた涼宮ハルヒは、眉ひとつ動かすことなく、その睨むような視線を俺に向けてきた。


 「しょっぱなのアレって何。」


 「いや宇宙人とか人間じゃないものがどうとか?」


 「あんた、宇宙人なの?それとも幽霊とでもいうつもり?」


 俺を睨む目がさらに鋭くなっていた。


 「・・・違うけどさ」


 「違うけど、なんなの?」


 「・・・いやなんでもない」


 「だったら話かけないで。時間の無駄だから」


 思わず、謝りたくなるようなそんな視線だった。ただひとつ、こいつが自己紹介でいったことが、冗談などではないこと、真剣な発言であったことだけが伝わってきた。まさしく、鋭い針で刺すようにではあったが・・・
 
 涼宮ハルヒの過去の奇行の数々が耳に入りだしたのは、それから間もなくのことだった。

 中学時代クラスメイトだった国木田の近くの席になった谷口というやつが、涼宮とおなじ東中出身で三年間ずっと同じクラスだったことから、実に様々な情報をご教授くださったわけである。


 校庭一面に絵文字を書いた事件。(これは市内でもちょっと話題になった、なにぶん関東であんなことがあった後だったため、何か起こるのではないかとかデマすら飛び交っていたな)
 クラス中の机を廊下に出して教室いっぱいに赤チョークで魔方陣のようなものを書いたこと。
 廊下中に御札を貼ったなどさまざまな武勇伝(というのかね?)を聞く羽目になった。


 また、涼宮ハルヒの男性遍歴とやらも教授してくれた。まあ、男性遍歴といっても、性的な意味じゃなく、最長一週間、最短五分という告白されてから振るまでの話題ではあったが。
 
 ちなみに谷口は否定していたが、振られたやつのひとりはおそらく谷口であろうというのは、俺と国木田の感想である。
 というか、谷口よ、もうちょっと上手に誤魔化さないとバレバレだと思うのだが。。。なんで最短五分のやつの展開だけみょーに丁寧だったのかね?しかも、心理描写のオマケつきで。


 四月は、涼宮ハルヒも比較的おとなしかった。まあ、後になれば比較的おとなしかったなあ。。。という程度ではあったが・・・涼宮ハルヒのハルヒらしい行動の片鱗はその頃徐々に現れていたわけだ。


 片鱗その1
 髪型が毎日変わる。腰に届くほどの長髪なのだが、月曜日はストレート、火曜日はポニーテール(これがまた、よく似合っていた)、水曜日にはツインテールになりと髪を結ぶ箇所が増えていく。日曜日は一体どんな髪型なんだ?


 片鱗その2
 体育の授業は2クラス男女別で行われるので、男子は隣のクラスで着替えることになっているのだが、ハルヒはまだ男子がいるうちに服を脱ぎ始めたのだ。
 その結果、体育の授業の直前の休み時間になり次第、男子一同は着替えを持って、隣のクラスへ移動するのが規定事項になってしまった。
 ハルヒには、普通の男子高校生はジャガイモ程度にしか思えないらしい。


 片鱗その3
 休み時間、放課後にはすぐに姿を消す。
 休み時間には、プールやら部室棟やらはては校長室まで、学校中すべてを確認しているかのように見て回っているらしい。四月のプールになんの用があるというのだろうか?屋外プールだから水は緑色してるぞ?ミジンコの観察かね。
 放課後消えるのは、帰宅しているのかと思えば、実はすべての部活動に仮入部していたらしい。ちなみに、そのすべての部の先輩方から入部を勧められていた。
 これは休み時間になると訪ねてくる上級生が現れるようになってはじめて知ったことである・・・涼宮ハルヒは例によって姿を消していたのだが。

 


 まあ、やつの奇行はすぐに話題になり、北高のほとんどの人間が涼宮ハルヒという奇妙な新入生の存在を認識し始めていたが、これがこれから起こることの序章であるなんて誰も予想してなかったはずだ・・・俺を含めて。


 カレンダーのいたずらで普通よりちょっと長いゴールデンウィークが訪れた。谷口はゴールデンウィークには女の子とデートだ、と休み前に言っていたが、結局のところそれはまさしく企画倒れに終わったらしい。
 俺の方は、親に言われて、小学生の妹と高校入学祝いのお礼も兼ねて、島根の祖母の家に出かけたものだ。
 特に変わったことはなかったと思うが、偶然訪れていた遠縁という渡橋のおばさんから臨時収入を得られたのは、ゲンキンなことだが、ちょっとラッキーと思ったものである。

 そう・・・今まで一度もあったことのないおばさんだったことを気に留めなかったとしてもそれは仕方ないことだろう?



 そして、運命のカミサマとやらが悪戯をはじめたのは、ゴールデンウィーク明け初日だった。まあ、その頃はそんな存在まったく信じてはいなかったがね。
 
 俺より先に席についていた後ろのツインテールに、なんの気の迷いか再び声をかけてしまった。

 「曜日で髪型を変えるのは宇宙人対策か?」

 ハルヒはデフォルトの表情を崩すことなく視線に鋭さを加えた。驚きが混じっていたのだろうが、ハルヒ研究家(この頃はまだいなかった)以外にはわからなかっただろう。
 また、氷の槍(アイスランス)のような返答が来るだろうと身構えていたが、ちょっとだけ違っていた。
 
 「いつ気付いたの。」
 
 そう言われればいつからだっただろう。

 「んー・・・ちょっと前」


 「あっそう」


 ハルヒは頬杖をついて、こっちを凝視しながら面倒くさそうに答えてきた。


 「あたし、思うんだけど、曜日によって感じるイメージってそれぞれ異なる気がするのよね。」


 初めて会話が成立した瞬間だった。

 


 「色で言うと、月曜は黄色、火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は茶色、日曜は白よね。」


 陰陽五行説かね。とも思わないでもなかったが、わからなくもなかった。


 「つうことは、数字にしたら月曜が零で日曜が六なのか?」


 「そう」


 「俺は月曜が一って感じがするけどな」


 「あんたの意見なんか聞いてない」


 「・・・・・・そうかい」


 投げやりな返事を返した俺が気に入らなかったのか、ハルヒはデフォルトの表情にさらにきつい眼光を乗せてこっちを睨んできた。

さすがに沈黙が続くと精神的に厳しいな・・・と感じた頃、


 「あたし、あんたとどこかで会ったことある?ずっと前に」


 と訊いてきた。

 

 「いいや」


 あるきっかけが状況を一変させることがあることは、本などで読んだことがないわけでもないが、自分の身に降りかかるなんてほとんどの人間は予想しないものだ。

 しかし、まさしくそれがきっかけだったわけだ。


 運命の歯車というのか?それは静かにしかし着実に動き始めていた。

 


 翌日、俺を驚かせたのはハルヒが法則に反した髪型だったこと・・・というか、腰まで届くほど長かった麗しい黒髪を肩の辺りで切りそろえていたのだ。
 それは活動的な性格を表しているようで実にハルヒらしくめちゃくちゃ似合っていたんだが、しかしなんの心境の変化だ?
 俺が指摘した次の日に短くするってのも短絡的にすぎないか?

 そのことについて尋ねたが、まあ予想通りまともな返事は返ってこなかった。

 
 それでも、それから俺とハルヒが会話する機会がわずかに増えた。まあ、ハルヒは休み時間や放課後はすぐ姿を消すから、朝のHR前のわずかな時間だけであったが。

 クラブ活動のこと、中学時代の男性遍歴のこと・・・

 
 まあ、たわいもない話ではあった。
 
 その中でわかってきたことは、涼宮ハルヒは何か面白いことを求めることに実に真剣であるということだった。
 その点に関して、十年近く前にそんな気持ちを失い、平凡というか倦怠した日々に満足している俺がわずかながらうらやましいと感じたなんてことは否定したい。絶対に。

 
 数日すると、俺とハルヒの関係がクラス中の話題になっていることを自称親友の谷口が教えてくれた。
 最初はなんのことかわからなかったが、谷口に言わせると、中学時代を通して、ハルヒとこれほど会話を成立させたやつはいなかったとのことであった。
 ハルヒの心境の変化じゃないのかね?とも思ったが、クラス委員長になった朝倉 涼子やふるい付き合いの国木田にまでそれを指摘されるとさすがに否定することは困難だった。

 
 しかし、ハルヒの友達として公認というのが。。。ちょっとな。俺は、ハルヒのデフォルトの不満げな表情しかみていないし。

 
 
 それからも、ハルヒとは毎日のように会話を交えていた。まあ、ハルヒの愚痴を聞く日々だったわけで・・・さすがに飽きてきた俺は、変わらない日常と仮入部して納得いく部活に出会えないことへの不満を今日も漏らしていたハルヒに意見してやった。

 

 「結局のところ、人間はそこにあるもんで満足しなければならないのさ。それが出来ない人間が、発明やら思索やらをして文明を発達させてきたんだ。
 空を飛びたいと思ったから飛行機を作ったし、楽に移動するために車や電車を作り上げたんだ。でも、それは一部の特別な人間の才覚や発想によって生じたものなんだ。
 まあ、天才がそれを可能にしたわけだ。凡人たる俺たちは、人生を凡庸に過ごすのが一番であってだな。分不相応な冒険心なんか出さないほうが・・・」


 「うるさい」


 ハルヒは俺の演説を中断させて、窓の外に目線向けた。かなり、機嫌を損ねたのはさすがにわかった。

 しかしなあ、ハルヒよ、現実から乖離した現象なんて、そうそう起こるものじゃない。それはお前だってよくわかっているんじゃないのか?
 普通の日々に感謝する気持ち持っても悪くはないだろ?などと思っていたが、このときハルヒの心情に大きな変化が生じているなんて思いもしないさ。俺は読心術なんて使えない普通の高校生だったからな。

 しかし、さきほどの会話がネタ振りにだったのは間違いない。

 それは突然やって来た。


 春のうららかな日差しは実に眠気を誘う、まして午後の授業となればなおさらだった。
 うつらうつら授業を聞き流していたのはたしかに咎められることかもしれないが、襟首をわしづかみにされて後ろに引っ張られ後頭部をハルヒの席の机の角にぶつけられるとは思わなかった。


 うむ、頭に強い衝撃を受けると目の前に星がチカチカするというのは本当だな。

 などと思いながら、俺は振り返り、叫んでいた。


 「何しやがる!」


 そこには驚くべきものがあった。

 それは、俺が初めて見る涼宮ハルヒの笑顔だった。

 それは真夏のひまわりのようで、ハルヒの強い意志を示す大きな瞳に映えるもので・・・なんというか、子供が宝物を見つけた表情とでもいうのだろうか。まあ、それなりに魅力的ではあったさ。認めたくはないけどな。

 

 

 「気づいたのよ!」


 ハルヒは唾を飛ばして叫んでいた。


 「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかしら!」


 ハルヒは一光年先に接近した天狼星もかくやという輝く瞳を俺に向けてきた。しかたないので、俺は尋ねた。


 「何に気づいたんだ?」


 「ないんだったら自分で作ればいいのよ!」


 「何を」


 「部活よ!」


 めまいを感じたのは、頭を机にぶつけたせいではないだろう。


 「そうか。そりゃよかったな。ところでそろそろ手を離してくれ」


 ハルヒが無意識に締め上げる襟首の手を離すようにと俺はいった。


 「なに?その反応。もうちょっとあんたも喜びなさいよ。この発見を」


 「その発見とやらは後で詳しく聞いてやる。状況しだいではよろこびをわかちあってもいい。ただ、今は静かにしろ」
 
 「なんで?」


 「授業中だ」


 ようやくハルヒは俺の襟首から手を離した。
 おれは、教卓の方に振り返り、こちらを見つめる全クラスメイトと今にも泣き出しそうな表情を浮かべている今年から教壇にたっているという女教師を視界に確認することになった。
 どうぞ、授業の続きを・・・と手で合図した。ハルヒはなにやらぶつぶつ言っていたが、とりあえず授業中は無視した。


 で、俺はなんでこんなところにいるんだ?


 俺は今屋上へとつながる踊場で、涼宮ハルヒにネクタイをつかまれている。うむ、状況次第ではほぼ間違いなくカツアゲの風景にみえるな教師が見かけたらなんといわれることやら。まったく、こんなところに連れ込んで俺をどうするつもりなんだ?


 「協力しなさい」


 ハルヒは言った。


 「あたしの新クラブづくりに協力しろといってるのよ!」


 俺がいまいち理解できない表情をしてるのを読み取ってハルヒは言い直した。ちょっと語気が強くなってる。


 「なんで俺がお前の思いつきに協力しなければならんのか、それをまず教えてくれ」


 「あたしは部室と部員を確保するから、あんたは学校に提出書類を揃えなさい」


 ああ、聞いちゃいないし。


 「ああ、そうそう実は部室は確保してあるのよ。ついてきなさい。」


 俺はそのまま引きずるように引っ張るハルヒを止めるのに必死で、協力の有無を答える余裕すらなかった。

 


 「なによ?」


 「部室とやらにいくのはいいのだが、まず教室に戻ってかばんをとってこないと、週番が帰ったら、教室に鍵がかけられるぞ?」


 「教室の鍵ねえ。外すのは簡単だけど・・・まあ、一理あるわね。」


 物騒な発言があった気がするが、それは無視しよう。


 で、かばんを回収した俺は、結局ハルヒに引きづられるように、部室棟へいくことになった。あれ、なんでこんなことに?


 その疑問の答えを得る前に、部室棟三階のひとつのドアをハルヒは壊れるんじゃないかという勢いであけた。


 「ここよ!」


 その部屋は意外と広かった。長テーブルとパイプ椅子がいくつか。まあ、意外なほどに多いのは左側の壁天井までの全面とドア左側の一部まで覆うように存在する本がぎっしり詰まった本棚くらいだった。

 老朽化が目立つこの建物の床が抜けるんじゃないか・・・などといらぬ心配をしながら、室内を見回す。


 そこにはこの部屋のオマケのように、一人の少女がパイプ椅子に腰掛けて分厚いハードカバーを読んでいた。


 「これからこの部屋がわたしたちの部室よ!」


 両手を広げてハルヒが宣言した。まあ、神々しいまでの笑顔に彩られている。普段もその表情なら、教室でも孤立することはないだろうに。などとは口にはしなかったが、かわりに俺はひとつの疑問を口にした。

 


 「ちょっと待て。どこなんだよ、ここは」


 「文化系の部活動のための部室棟よ。そしてここは文芸部の部屋」


 「じゃあ、文芸部なんだろ」


 「でも今年の春三年が卒業して部員ゼロ。新たに誰かが入部しないと休部が決定していた唯一のクラブなのよ。でこの子が一年生唯一の新入部員」


 「てことは休部になってないじゃないか」


 「似たようなもんよ。一人しかいないんだから。それにこの子の許可は取ったわよ」


 そういわれて、俺はさっきから俺たちを無視して読書に耽る少女に目を向けた。眼鏡をかけた髪の短いおとなしそうな少女だ。


 「本当に許可を取ったのか?」


 脅迫とかしたんじゃないかと心配して確認してしまった。

 

 「前に仮入部で知り合っていたから、休み時間に会いにいって部室貸してって言ったら、どうぞって。本さえ読めればいいらしいわ。変わっているといえば変っているわね」


 ハルヒよ、お前がいうかね。


 しかし、本当にいいのか?とその少女に視線を向けていると、ふいに少女が本から目線をあげて、俺たちの方をみた。


 「長門有希」


 と平坦な声でいった。どうやら自己紹介だったらしい。

 


 それで用が済んだとでもいうように、少女は本に目線を戻し、再び読書に戻った。


 「長門さんとやら」俺は声をかけた。「こいつはこの部室を何だか解らん部の部室にしようとしてんだぞ。それでもいいのか?」


 「いい」


 長門有希は本から目をそらすことなく答えた。


 「いや、多分ものすごく迷惑をかけると思うぞ」


 「別に」


 「そのうち追い出されるかもしれんぞ?」


 「どうぞ」


 うむ、まるで無感動というか感情がないかのような返答だ。心の底からどうでもいいと思っているのだろうか?


 「まっ、そういうことだから」


 ハルヒが先ほどの宣言を続ける。


 「これから放課後、この部室に集合ね。絶対来なさいよ。来ないと死刑だから」


 お前は小学生か!というツッコミは封印した。ハルヒの満開の笑顔で言われたから、不承不承ながらうなずいた。
 死刑はいやだったからな・・・そういうことにしておいた。

 

 次の日の放課後。

 俺が文芸部室を訪れると、俺より先に姿を消していたハルヒの姿はなく、今日も本を読みふける長門有希の姿だけがあった。

 沈黙・・・静寂・・・

 うわあ、いたたまれねえ。
 しかたなく、パイプ椅子のひとつに腰掛け、本棚に目を向けていたが、特に興味を持つ題名も見当たらず、長門有希の方を見れば読書に没頭中。この頃の俺はまだ長門の沈黙に慣れていなかった。


 「・・・・・・何を読んでいるんだ?」


 沈黙に耐えかねて、俺は長門有希に声をかけた。長門有希は返事の代わりにハードカバーの背表紙を俺に見せてきた。睡眠薬かなにかみたいなカタカナが踊っている題名でSF小説らしい程度しかわからなかった。


 「面白いのか?」


 俺のその問いに、長門有希は眼鏡に手をやり、平坦な声で答えた。


 「興味深い」


 とりあえず答えているという感じだ。その後も、本が好きなのかとか、たわいもない質問とそれに対する最短の答えの応酬を行った。質問をすると律儀に答えてくれたのには、助かったさ。
 この少女は本は相当好きらしい。わかったのはそれくらいだったがな。

 
 ドアを蹴破るように涼宮ハルヒが入ってきた。

 
 「ごめんごめん!ちょっと捕まえるのに手間取っちゃって!」

 
 と満面の笑顔で入っていたのはいいが、そのまるで逃げた子猫を捕獲してきたような発言はなんだ?

 


 ハルヒは後ろ手に誰かをつかんでいた。その人物が部屋に入ったのを確認すると、がちゃりとドアの鍵を閉めた。
 よくみると、ハルヒが捕まえているのはまたしても少女だった。

 
 不安げに震えた小柄な体の少女は、うん、すんげー美少女だった。しかし、今日ハルヒは「適材な人間」に心当たりがあるからと部活の勧誘に行ったはずだ。
 この子のどこが、「適材な人間」なのだろうか?

 
 「なんなんですか!」

 
 その美少女は気の毒にも半泣きの表情だ。

 
 「ここどこですか、何であたし連れてこられたんですか、何で、かか鍵を閉めるんですか?いったい何を」

 
 「黙りなさい」

 
 ハルヒの押し殺した声に少女はビクッと固まった。

 
 「紹介するわ。朝比奈みくるちゃんよ」

 
 おい、それで紹介終わりかよ。

 
 「っていうか、どこから拉致してきたんだ?」

 
 と俺がいうと、「拉致」と言う部分で朝比奈みくるという美少女はビクッと不安げに反応した。いや、俺はなにもしませんし、何も知りませんよ?共犯者じゃないですから。

 
 「拉致じゃなくて任意同行よ」

 
 いや、それもどうなんだ?

 

 ハルヒの説明によると、朝比奈みくるさんはこの高校の二年生でハルヒが書道部に仮入部したときから気にいっており、今回部活を立ち上げるにあたり、この部活の萌えキャラとして任意同行を求め、そのまま引っ張ってきたとのことであった。
 
 かなり、問題な行動じゃないのか?

 しかし、その後の朝比奈みくるさんの行動も俺の予想外ではあった。

 拉致同然につれてこられたというのに、ハルヒの書道部をやめてわが部活にという指示にしたがったのだ。そのとき、ほんのわずかだが、長門有希の方をみたような気がする。


 「とりあえず、四人揃ったところで、紹介するわね。」


 「そこのぼーっとしてるのが、団員一号のキョン、で窓際で本を読んでるのが、団員二号の長門有希。そして、わたしが団長の涼宮ハルヒよ!」


 うむ、ツッコミどころ満載なのだが、まず最初にこのSSは現在第一話終盤になろうとしているのだが、俺の名前でやっと出てきたと思ったら「キョン」というのはどういうことだ?
 作者の悪意を感じるぞ。・・・と、この世界に存在しないものに不満を述べてもしかたないので、とりあえず、目の前の存在に苦言を呈しておくとしよう。


 「団とはなんだ?そもそもどんな部活をつくるつもりかそろそろ明らかにしてもいいんじゃないのか?」


 「あれ?言ってなかった?まあ、いいわ。とりあえず、名前なら決めたわよ。」


 「・・・いってみろ」


 期待感ゼロの状態俺の声に反して、涼宮ハルヒは満面の笑みで命名宣言を行った。

 

 ・・・とりあえず、お知らせしよう。

 なんだかよくわからない涼宮ハルヒの思いつきではじまった部活動設立計画(現在総員4名)の活動の名前は、

 「SOS団」

 と相成った。

 別に、救難信号ではなく、いや、そっちの方がよかったかもしれん。しかし、ハルヒの宣言文には違う言葉が書いてある。


 S=世界を

 O=大いに盛り上げるための

 S=涼宮ハルヒの
 団


 で略してSOS団だそうだ。うむ、呆れてよいとおもうぞ。

 とりあえず、その日は下校時刻になり、解散した。
 今日最大の謎について、俺は朝比奈さんに問わずにはいられなかった。

 


 「朝比奈さん」

 「なんですか、キョンくん」
 
 ・・・あなたもその名前で呼ぶのですか?と名づけた親戚のおばさんと広めた妹をうらめしく思ったものだ。


 「書道部をやめてまで、こんな活動に参加することはないと思いますよ。あいつのことなら気にしないでください。俺が後から言っておきますから。」


 「いえ、いいんです。入ります、あたし」


 「でも、多分ろくなことになりませんよ」


 「大丈夫です・・・それにおそらくこれは必然・・・なのでしょうし、長門さんがいるのも気になります。」


 「気になる?」


 「え、や、何でもないです」


 朝比奈さんは慌てた感じで首を振った。ふわふわの髪の毛がふわふわと揺れた。

 そして、朝比奈さんは俺の方を向いてお辞儀をしながら、


 「ふつつかものですが、よろしくお願いします。」


 「まあ、そこまで言われるんでしたら・・・」


 「それから、あたしのことでしたら、どうぞ、みくるちゃんとお呼びください」


 とにっこり微笑む。ハルヒの笑顔とは違うめまいを覚えるほど可愛い笑顔だった。

 


 そういえば、帰る直前、長門から本を渡された。


 「貸すから」


 読めということだろうか?しかし、こんな分厚い本を読む習慣は俺にはない。


 「いつ読み終わるかわからんぞ?」


 「いい」


 それだけ言って、長門は帰っていった。 


 ジ・Oはこうして動き出した。


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