『梅雨空に舞う雪』

 

 

   プロローグ

 

「雨ね」

「そうだな」

「今日も雨ね」

「そうだな」

「明日も雨ね」

「そうだな」

「……んがー、退屈だわ、退屈! キョン、何とかしなさーい!」

団長席でうなりをあげるハルヒを横目に、俺は古泉に止めを刺す一手を指した。まいりました、という表情の古泉の向こう側では長門が珍しく文庫本を読んでいる。朝比奈さんはお茶のおかわりの準備中。放課後の文芸部室では、非日常な面々による日常の光景が繰り返されていた。

「しかたないだろうが、今は梅雨だ。雨が降るのはどうしようもない」

俺は、諭すようにハルヒに話しかけた。

「わかってるわよ、そんなこと」

ハルヒは不機嫌オーラを撒き散らしながら、アヒル口で続けた。

「雨が降るのは仕方ないけど、どうせなら、宇宙人でも一緒に降ってこないかしら」

俺は、文庫本を読みふける真の宇宙人をチラッと見てから、

「おいおい、無茶言うな、そんなどっかの漫画かアニメみたいなことがそうそう起こってたまるか」

「もう、夢がないわね」

「夢とかいう問題じゃなかろうが」

「たとえばさぁ、降ってきた雨粒がだんだん集まって、人間の形をした宇宙人になるとか」

もはや俺の話は聞いていない我田引水なハルヒは、夢物語を語り始めた。

「ほら、アメリカのどっかの州知事が昔やってた映画に出てきたような液体人間。銀行みたいな名前のテーマパークのアトラクションにもあったでしょ?」

ハルヒが言っている有名映画のワンシーンが蘇ってきた。水滴が集まってだんだんと人間の形に構成されて行くやつだ。テーマパークのやつは水滴を思わず手づかみしたくなるような3D効果のことが思い出された。

「あれは、液体金属かなんかだろ。それにあの話は、どっちかと言うと宇宙人というより未来人の範疇だったが」

今度は、お茶を淹れながら俺とハルヒの会話を興味深げに聞いている未来人さんの姿を視界の隅っこに入れつつ、俺は軽く腕組みをしながら答えた。

「別に宇宙人でも未来人でもいいのよ。とにかくそんなやつと楽しく遊べれば」

SOS団創設時の目的は今でも有効なようだ。本人が知らないだけで、その目的はとうの昔に達成されているわけだが。

「何して遊ぶつもりなんだ?」

「なんだっていいのよ、楽しければ。その雨男だか雨女だかと梅雨明けを祈る儀式でもやるわよ」

どうせならかわいい雨女の方がいいなぁ、ハルヒのことだからまた何かコスプレさせられるんだろうなぁ、と想像の輪を広げていると、

「こらこら、また、よからぬことを考えているでしょ。このエロキョン!」

「ん、いや、何言ってんだ」

「ふん、図星ね」

くっそー、ハルヒには他人の心を読む超能力があるのかね。俺の向かいに座っている限定的超能力者のあきれたような笑顔を見ながら、俺はごまかすために続けた。

「ま、そんな宇宙人は必ずしも友好的とは限らんし、一緒に遊んでくれないかもしれないぞ、何しろ、雨と一緒に降ってくるぐらいだから……」

と言ったとところで、奥から我らの親愛なる宇宙人の静かな声が聞こえた。

「……水くさいやつ」

な、長門ぉ……。

静かな部室に雨音だけが響いている。その束の間の静寂を破ったのはハルヒだった。

「ちょっと、古泉くん、キョンの座布団全部持って行きなさい!」

「わかりました」

「お、お前ら……」

なんの会話かいまひとつ理解できなくてきょとんとする未来人と、その笑いのきっかけを作った無表情の宇宙人以外の3人の笑い声が、雨音をかき消すように響いた梅雨時の文芸部室だった。

 

でもその時は、まさか本当に宇宙人が降ってくるなんて寝耳に水な出来事が起こるなんて思いもしなかったのだ。

 

 

第1章:水もしたたる……

 


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