結局その日、SOS団の活動を「腹が痛い」という理由で俺は欠席した、それをすんなりと了承したハルヒにどこか後味の悪さを覚えたけれど。
廊下ですれ違った時、古泉は何も言ってこなかった。いつも饒舌なあいつだが、寡黙になる事もあるんだな。ニヤニヤは相変わらずだったが。
ひょっとしたら廊下で長門とすれ違うんじゃないかとドキドキしたが、杞憂に終わった。
実のところ腹なんか全く痛くなかったわけなのだが、致し方あるまい。長門からケツまいて逃げているって事、アタマでは理解してる分だけ心がズキズキと痛んだ。
モヤモヤとした俺の心とは対照的に、お空は気持ちいいくらいすっかりと晴れている。
しかし、綺麗なはずの夕焼け空は不思議とこれっぽっちも俺の目にはいってこない。
俺はただ下を向いてトボトボとハイキングコースを転げ落ちた。ローリングストーン、読んで字の如くだ。

 

 
目の前を大きなバスが通り過ぎる。排気ガスが鼻を刺激した。
「おやおや? 誰かと思えば、キョンくんじゃないかいっ?」
赤信号で立ち止まっていると、聞き覚えのある声がして俺は顔を上げた。
「つ、鶴屋さん」
そこには片手を上げながら、チャームポイントの八重歯を出してカラカラと笑う鶴屋さんが居た。
いまは、国木田と一緒じゃないらしい。野暮かと思ってその事は聞かなかったけれど。
あいつは、委員会とか何かあったのかな? 最近は予備校で忙しいみたいな事も言ってたしな。 
俺は、こんにちわ鶴屋さんと言ってペコリと頭を下げた。
朝比奈さんのお友達である鶴屋さんには、いまもSOS団でかなりお世話になっている。
団長のハルヒ曰く鶴屋さんは名誉顧問。受験生となった今でもたまにSOS団の活動に参加している。
合宿の時などは施設を提供してくださっている。まさに、鶴屋さんさまさまというわけだ。
「元気ないねっ? そんなんじゃ青春は謳歌できないにょろ」
「ぐっ」
国木田にも指摘されたが、俺がわかりやすいというのはやはり本当の事なのだろうか。
今日は、会う人会う人ほとんど皆に言われている気がする。
そんなにわかりやすいですか? 俺って。
「キョンくんの顔に、誰かた~す~け~て~くださ~い、って書いてあるよ?」
ははっ。
はぁ……。
「おやおや? だめだよキョンくん、ため息ついた分だけ幸せは逃げていくっさ。はい吸って吸って、大きく吸い込んで」
笑顔でバンバンと背中を叩かれた。カラカラと笑いながら、鶴屋さんは相変わらずハイテンションな人だった。
鶴屋さんは年がら年中こうなのだろうか。今は、少しばかり羨ましい。
そんな鶴屋さんになら。今の俺の気持ち、言える気がした。

 

 
話ならそこの公園でどうだい? という鶴屋さんに引っ張られて、適当なベンチに腰を下ろした俺と鶴屋さんだった。
さっきまで砂場では子供達がピラミッドやの砂漠のお城やのをせっせと作っていたのだが、親が迎えに来て帰ってしまった。
街灯の明かりが灯り、草むらからは虫の鳴き声が聴こえてくる。
「――、というワケなんです」
長門のこと、それから俺のこと。
昨日のこと、今日のこと。
粗方話し終えた後にはもう周囲はすっかりと闇に包まれていた。
俺は鶴屋さんから「年上には奢らせておけばいいのっさ」と、ご馳走になった缶コーヒーを一気に飲み干す。
一気に話したせいでカラカラだった喉が潤った。
終始、鶴屋さんはいつになく真剣そうな表情で俺の話を聞き込んでいた。
やおら立ち上がり、
「キョンくん! 君はダメな奴っさ」
開口一番、鶴屋さんは言い放つ。
があん! という効果音と共に俺はドナ○ドの如くベンチからころげ落ちそうになった。
それに輪をかけて恥ずかしいという感情が俺を包む。
昼も国木田と谷口に相談(尋問?)に乗ってもらったが。
女の鶴屋さんの視点から見て、俺はダメな奴、という事のようで。
「そう、ですよね」
ははは、と自嘲する様に笑った。痛いところをつかれてしまった。
ストライクドーンの、真ん中を。百五十キロの直球で。
「でもね。それがどうしたっていうんだい?」
鶴屋さんは諭すように、いつになくトーンを落として言った。
「キョンくんが有希っこを思う気持ちは、どうなんだい?」
「俺は、長門の事……」
「嫌いなのかい?」
「ち、違います! 嫌いなんじゃなくて。むしろ、好きです。本当に」
「それじゃ、もう決まってるじゃないっか。それを言うだけっさ」
「で、でも。俺と長門じゃ釣り合わないというか……」
「釣り合わない?」
「あの、その……」
俺は言葉を濁した。
俺は臆病者なのだ。
石橋を叩いて叩いて、これでもかと思うくらいに叩いて。
皆が渡りきった後にようやく一番最後に渡るくらいの臆病者だ。
「長門が、迷惑するんじゃないかって」
「有希っこが、迷惑?」
だからそんな心の中にある気持ちをずっと、隠してきたんだ。
だけど。
そんな心の奥にある本音を、初めて人に話す事に、した。
「俺は……、俺は。普通の人間です」
いや、あたりまえだろ! と突っ込むところなのだが、鶴屋さんは黙って聞いてくれた。
今は、それがありがたかった。
「長門は、いつも。俺が困っていると助けてくれます。でも、反対に。俺が長門にしてやれた事は数えるくらいで。長門が本当に困っているとき、俺は何もできなくて」
俺は続けた。
「長門を守る、なんて事。できないかもしれなくて。それが情けなくて」
気がつけば、左手の缶コーヒーはくしゃりと拉げていた。
「付き合うって事、よくわからなく。好きって事、よくわからなくて」
昨日から何回も、わからないという言葉を使って、俺は逃げている気がした。
それを薄々感づいている自分に腹が立つ。
どうして俺は、こうなんだ。
鶴屋さんはふうと息を吸い込んで、一呼吸置いた。
「キョンくん」
はい。
「めがっさ真面目だねえ、キョンくんってさ。それって、有希っこが迷惑だって言ったのかい? 有希っこが釣り合わないって言ったのかい?」
鶴屋さんは、飲みかけの缶コーヒーを一気に飲み干した。
「あたしの話、国木田くんからもう聞いてる?」
鶴屋さんの話? 国木田と付き合っているって話ですか?
「そうっさ、あたしから告白したんだけどね、国木田くんにね。でも、あたしも好きってのが何なのか正直な話わからないっさ。でもずっと一緒に居たいっていう気持ちがあるなら、それに素直に従うべきだと思うにょろ。キョンくんは真面目だから、いちいち自分が納得しないと次に進めないっさね。でも、ここは一発素直になるべきだと思うっさ。まずは話さない事には有希っこもわかってくれないにょろよ?」
手に持っていた缶コーヒーをゴミ箱に向かって投げる。
綺麗な放物線を描いたソレは見事にゴミ箱の中に吸い込まれた。カコーンと、小気味良い音が周囲に響く。
手でピースを作って、鶴屋さんは立ち上がった。
「幸せってのは、二人で見つけていくもんだと思うにょろ。そりゃあ生きていれば辛い事や苦しい事もあるけれど、一人じゃ無理でも二人なら乗り越えられるかもしれない。それに、二人で居れば喜びも楽しさも二倍になるっさ。あたしも、国木田くんから教わった事なんだけどね」
それから照れ隠しの様に鶴屋さんは笑った。なぜだか国木田の笑顔とその姿が被る。
「今日の話を、有希っこにすればいいっさ。きっとわかってくれるっさ」
それじゃあね、元気だしなよ! 鶴屋さんはいつものテンションで駆けていった。
公園の入り口には国木田の姿。目が合って、国木田はニコリと笑った。ひょっとして国木田が鶴屋さんに言って俺に助け舟を出してくれたのだろうか?
二人は手を繋いで歩いていった、その幸せそうな後姿を俺は見送る。
「幸せは二人で見つけるもの……、か」
俺が呟いた言葉は、そのまま闇の中へと消えた。

見上げた空は、綺麗な星空だった。
上を向いて歩こう。涙が、こぼれないように。
どこにベガとアルタイルがあるのかと探そうとして、自分には星座の知識が全くといって良いほど無い事に気がついた。
でも、この星空の綺麗さだけは。
知識が無い俺にも、わかった気がした。

 

 
◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 
夜。
家に着いた俺は部屋に入るなりベッドに倒れこむ。色々な事がありすぎて頭がパンクしそうだ。
ケータイを取り出して、その番号を探した。
後は通話ボタンを押すだけで通じるという便利な道具なのに、一向に俺の親指は動いてはくれない。
くそ、動け。
動け。親指よ。
くあ! だめだ……。いや、落ち着け俺。
これはまだ階段の一段目じゃないか、こんなところで躓いてどうするんだ。
もう、石橋を叩くのは辞めたんだろ?
押せ、押しちまえ。
脳内のポジティブな部分が俺の背中をそっと押した。
着信ボタンまで後、ニセンチ、一センチ、五ミリ……。
よし、決心――
「キョンくーん、ごはんだよー! 今日は鯛の塩焼きだよー!」
──できたと思ったのに。
「キョンくーん? キョンくーん!」
妹の声で一気に俺は現実へ引き戻された。
ぶはっ、勢い良くいつのまにか忘れていた呼吸が再開された。
肩で息をして呼吸を整える。そして、
――あと告白がほとんど電話だったのは何なの、あれ。そういう大事な事は面と向かっていいなさいよ!
という、誰かさんの言葉を思い出した。
その時俺は、どう答えた?

 

 
ええい、ちっくしょう。
俺は最速記録で晩御飯を平らげ、順番にすればハンバーグに次ぐくらいの好物である鯛の塩焼きを味わう暇もなく、しかしながらきっちり三十回以上咀嚼するという器用な技を披露した。
食は彩るもの、スローフードを心がけましょうという家庭科の教師の言葉を思い出したが、今だけはそっと胸の内にしまっておくことにした。
部屋に戻り携帯電話を手にする。
少し時間が遅いが、この際そういう事を気にしてられない。もう石橋を叩くのは辞めたんだろ?
長門の電話番号を探して、壊れるんじゃないかと思うくらいに強い力で通話ボタンを押してソレを耳に押し当てる。
機械的な呼び出し音が鳴る。その音が聞こえて、さっきまで掛ける掛けないで悩んでいたのがアホらしく感じた。
三コール目で、ソレは突然途切れて、聞こえてきたのは、柔らかい声だった。
「もしもし?」
「長門、俺だ。光陽園駅前公園に来てくれないか?」
「わかった」
「あぁ、頼むぜ」
「……、感謝する」
感謝? そりゃこっちの台詞だ。
俺は通話終了ボタンを押して部屋を飛び出た。
「ふえ? キョンくんどこいくの?」
「駅前」
あと、物食べながら話すんじゃありません。
なんだがデジャヴだ。
自転車に跨った瞬間に、場所は言えたが、何時までに来て欲しいという事を言いそびれていた自分に気がついた。ええい、できる限り早く行く!
駅前までの信号が全部青だったのは、奇跡ですか?

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 
高校入学と同時に新調した愛車を走らせる。
俺は安いのでいいって言ったんだけど、お袋が奮発して一番良いのを買ってくれた。
おかげで朝遅刻しそうになったのを何回か助けられた。
思い切りペダルを踏み込んで道を駆ける。
風が鬱陶しかった。
公園まで、後五分。

 

 

着くと、初めて待ち合わせたベンチに座る長門の姿を見つけた。
俺は自転車を止めて長門へ言葉を投げかけた。
「すまん、遅くなった」
息が切れている。
道中ずっと青信号なのは良かったが、逆に漕ぎっ放しだったのが裏目に出て、既に体の節々からは赤信号が灯っている。
長門は「いい」と呟いた。
「用事」
なに?
と、聞かれて。
息を整える。
スーハー。
スー……、ハー……。
「付き合って、くれって言う話、少し待ってって言ったけど」
長門と目が合う。
くらりとなる。
くっそ、何やってんだ俺。

 

 
「付き合ってくれるの?」

 

 
「あ、あぁ……」

 

 
「……、感謝する」

 

 
勢いで言ってしまったが。
というか先に言われてしまったが。

やはり、こういう場合は夜景をバックにとか、男の方からとか。そういう想像が次々溢れ出てくるのをどうにかこうにか抑えた。
今更格好良いだの悪いだの言っても始まらないと、ポジティブに考える事にした。
前回と違うこと。
不恰好ながら、俺は返答する事ができたのだ。
大きな、前進。
自己満足かもしれないけれど。

 

 

「横、いいか?」
うなづく。
了承のサインはいつもよりほんの少し長く行われた。
気のせいだったのかもしれない、俺がそう見えただけかもしれない。
長門の横に腰掛ける。
ここから見える長門のマンションは、矢張りそこだけ切り取った写真の様で。
満月が闇を照らしていた。ウサギは笑っていたがついこの前のような嫌な感じはしない。
気分一つでこうも違うものなのだろうか。
長門と結ばれた。
この事実に、言い様の無い何かが俺の中からこみ上げてくる。
いますぐ叫びたい気持ちを必死で抑えた。

 

 

手を合わせ人差し指をクルクルと回して。
ポケットの中、国木田と鶴屋さんから譲り受けたソレに気がついた。
「あ、そうだ。長門」
「なに」
「あ。あのな、これなんだが、明日。空いてるか?」
「問題ない」
長門はじいとチケットを見つめている。
そんなに珍しいのだろうか? たしかに、俺もその類のチケットは初めて見たが。

「そ、そうか、良かった。」
「……ここに書いているセロとは?」
その名前に見覚えがなかったのだろうか? セロと言えば最近すっかり有名になったあの人なのだが。
「あ、あぁ。マジックの革命児、ってコトでいいのかな?」
「マジックの革命児……、非常に興味深い」
「そうか?」
「そう」
その後。
革命というのは~と、長門が原稿用紙一枚くらいの長い台詞を演説したのだが。
残念ながら俺の記憶には残っていない。

「そういえばこの前、俺は見れなかったんだけどな、セロのマジック特集やってたらしいぞ」
台詞の切れ間を見つけて俺は記憶の端にあった事象を述べた。
長門の耳がピクリと動いた気がした。
「それは……、本当?」
「あぁ、妹がビデオに録画したみたいだから見に来るか?」
写ってるのはセロだけじゃないけどなと付け足した。
「是非」
って、今から?!
いやいやいやいや、さすがにそれは色々とマズいだろう。もう、何か。色々な法律に引っかかる気がする、たぶん。
「あ、あぁ。でも今夜は遅いからまた今度な」
「約束」
わかったよ、約束な。
その約束という響きに、どうしてだろう、くすぐったくなった。
恋人との秘密の約束。
自分には縁の無いものだろうと思っていた分、その反動は大きく、ダメージは全て俺に跳ね返ってきた。
嬉しい悲鳴であることに変わりはないのだが。

 

 

さてその帰り道。
体の節々から上げられる悲鳴。
対して俺の顔は緩みっぱなしである。
谷口曰く、
「自転車に乗って怪しい笑いをしながら道を進んでいる変人を見た」らしい。
それ俺だ。

 

 
◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 
さて、話は俺が鶴屋さんに相談した時までさかのぼる。
国木田が迎えに来て、鶴屋さんと国木田は手を繋いで帰っていったのだが。
国木田は思い出したように振り返り、小走りに戻ってきて俺にソレを二枚渡した。
「そうだキョン。これ、使ってよ」
「え? いいのか?」
「いいよ、使って使って」
「いや、でも」
「いいって、是非長門さんと一緒に行ってよ」
「しかし、本当にいいのか? これって鶴屋さんと行く為に」
「その日は模試があってね、鶴屋さんも予備校だって言うし」
「そうか……」
「これくらいさせてよ、キョンには感謝してるんだしさ」
「俺に感謝? どうして?」
「鶴屋さんと出会えた事、キョンのおかげだしね。これくらいさせてよ」
「そんな、俺は何も……」
「ふふっ、キョンはそういうトコ大事にした方がいいよ」
「そういうトコ?」
「そういうトコさ」
持つべきものは友だと思ったさ。
真剣に。
「告白、するんだろ?」
「あ、あぁ」
「ちゃんと男らしさ、見せなよ」
ポン、と。
国木田は軽く肩を叩いた。
鶴屋さんの元へ駆けて行く国木田。
あいつ、あんなに男らしいヤツだったんだな。

 

 
国木田から譲り受けたチケットを見せてテレビ局の中へと入る。
ひょこひょこと付いてくる長門を見て案ずるより生むが安しという諺を思い出した。
ひょっとしたら廊下とかで知っている芸能人に会えるかもしれないと思っていたが、一般の入場者のスペースに芸能人が現れるわけはなく、ちゃちゃっと手際よくADらしき人に連れられてCスタジオという場所に到着した。
俺と長門はAブロックという、一番ステージが見渡せるポジションに座った。
広いステージの上にはたくさんの照明やカメラ、スタジオの隅の方には見た事も無いような機械が所狭しと並んでいた。これが噂に聞く収録スタジオってやつか。

 

 
前座で若手芸人がネタを披露して観客を盛り上げる。まだ仕事の少ない彼等にとって、その場は自分を知ってもらう貴重な場ということらしい。
以前テレビでその様な話を見た事があるが、どんなドラマだっけ?
男女のコンビである彼等は持ちネタを披露したその後に、拍手の合わせ方や、今日のスケジュールの説明などを行った。
特番という事で、撮影は休憩を挟んで三時間ほどで取り終えるらしい。
そういえばそんな内容の事がチケットに記入されていた気がする。
スタジオってのは、ごちゃごちゃしていて狭いもんだと思っていたが。
どうやら俺の意見は偏見だったらしく、広いステージに観客の席もちゃんと用意されてリラックスして収録に望めそうだった。
「どうだ? 楽しめそうか長門?」
長門は、コクリと頷いた。
いつもの制服ではなく、今日は白を基調とした可愛らしい私服姿だった。
それは、収録前の薄暗いスタジオでよく映えた。

 

 
司会の芸能人が登場して、カメラに向かい番組の説明をし始めた。
その後「本日の主役」であるセロが登場して、ニ度三度テーブルマジックを披露すると、もう観客はすっかりセロの虜になっていた。俺のその中の一人だ。
俺はいままで、所詮マジックなんてもんはタネと仕掛けなんだ、と冷めた事を思っていたが。
こうして実際にプロのマジシャンのマジックを見ていると、そういったファクターをすっかり忘れてしまう。
どの世界にもプロフェッショナルってもんがいるんだと、銀行強盗のニュースを見た時に軽い気持ちでハルヒに言ったが、こうして実際目にすると本当に魅了される。
セロ曰く、今日は騙されるという事を楽しんでください。という事らしい。
ああ、この人は本当のエンターテイナーなんだ、と思った。
自分のマジックをやりつつ、テレビ的にも盛り上げ、かつ観客も魅了する。
それは凄いの一言に尽きた。川相の送りバントではないが、職人技ってのは、まさにこういう事を言うのだろう。
観客の中には未だ疑い深い目線を送っていたヤツも混じっていたが。
本当のプロフェッショナルってやつは、本当に凄かった。少なくとも俺は積極的にこのスペクタクルに飲み込まれていた。

 

 
携帯電話を使ったマジックが終わり、セロがパチンと指を弾いたと思ったら、スタジオの中に五十センチ四方ほどの水槽のセットが運び込まれた。
その中では、五匹ほどの金魚が我が物顔でスイスイと泳いでいた。
水草と日本家屋をあしらえた置物が置いてある。金魚五匹だけにしては少しばかり豪華な水槽だった。
「OK デハ。ダレカ、キョウリョクシテクダサイ」
セロが観客の中を見渡す。ザワザワと騒ぎ出す観客たち。
スっと長門が手を上げる。私にやらせろという事なのだろうか、私服姿の長門はセロに指名されてスタスタと前に歩いて行った。
長門は長門なりに積極的にこの状況を楽しもうとしているのだろう。
「Hello コンニチワ、セロデス。What's your name? アナタ、オナマエハ?」
セロは長門の手をとってステージに迎えた。
「長門有希」
ユキサン、ヨロシクネ。
セロはそれじゃあマジックに協力してくれと片言の日本語で長門に頼んだ。
「ココニトランプガアリマス、テキトウニ、STOP! イッテクダサイ」
セロが手馴れた動作でトランプをパラパラとシャッフルし始めた。
ストップと、長門の無機質な声が聞こえる。随分小さいがちゃんとマイクは長門の声を拾っているんだろうか?
セロはぴたりとシャッフルする動作を辞めて、おどけた様な仕草をみせた。
「This is one. ダイヤノエースデス」
カメラに向かってカードを見せた後に、観客に見えるように確認させるようにカードを見せる。なるほど、確かにいまセロの手に握られているのはダイヤのエースだった。
これから一体そのカードをどうするつもりなのだろうか? 俺にはまったく予想もつかない。
「ユキサン。ココニ、サインシテクレマセンカ?」
セロが長門に片言の日本語で話しかける。カードに名前を書いてくれという頼みだった。
長門の二つの目がキラリと輝いた気がした。本当に楽しそうだな、長門よ。
「これでいい?」
長門はセロに確認する様に自分の名前が刻まれたトランプを見せる。
「OKデス、アリガトゴザイマス」
そこには綺麗な明朝体で「長門有希」と書かれたダイヤのエースが一枚。
ひらひらとそれを主張するようにセロはアピールした。
トランプに観客の名前を書かせるというマジックは実によくある事だが、あれはサクラじゃなかったんだな。とか、俺はそんな事を考えていた。
「イマ、セカイニ Only one イチマイダケノカード、カンセイシマシタ」
セロはOnly oneという言葉を強調する様に人差し指を立てて、カメラに向かってポーズを取った。
この人、英語の発音やたらといいな。そういえば外国人だったんだな。それも全部含めて計算されているとしたら、本当に凄い人だな。
再びセロはそのカードを入れて、デッキのシャッフルを開始する。これでもうどこに長門の名前入りのカードが入っているかわからなくなった。
セロは観客にその事を確認すると、長門に一組五十二枚のカードを持たせた。
「OK ユキサン。イマカラ、コノスイソウノナカニ、アナタノカードヲ、イレテミセマス」
なんと、シャッフルされたカードの中から、一枚だけ、しかも長門のカードだけを水槽に入れるというのだ。
ガラスを飛び越えて? とか、長門のだけをカードをどうやって? とか、色んな疑問が俺の頭の中を通り過ぎた。
セロはもう一度長門にカードをシャッフルさせた。
二回シャッフルして、これでもうセロには長門のカードがどこに入っているのかわからないはずだ。
セロは、
「アリガトウゴザイマス、デハ、カードヲコチラニ」
と言って、長門からカードを受け取った。
「サテ Everybody ミナサン。ソレデハ、ゴランクダサイ」
水槽の真ん中あたりに手を当ててそこに視線を集めようにする。
セロがプラスチック製のトランプを、勢い良く水槽目掛けて放った。
カードは水槽のガラスに当たって当然の様に床に落ちていった、が! ガラスに一枚だけカードが張り付いて残っていた。
セロはニコリと笑った。長門の目が、見開かれた様な気がする。
スっと手を出して確認する様に水槽のガラスを触り、そのカードを長門は剥がそうとしたが、それは叶わなかった。
なぜなら、それはガラスを通り越えて内側に、つまり水の中へと入っていたからである。
「OK セイコウシマシタ、ユキサン。アリガトウゴザイマス」
拍手が巻き起こる。俺もその中に加わった。スタンディング・オベーションだ。指笛を鳴らしているヤツも居た。
長門はセロと握手をして、戻ってきた。
「どうだった?」
「ユニーク」
長門は短く感想を述べた。マジックというものを積極的に受け入れている様子の長門だった。
その後も、まるで本物の魔法のように繰り出されるセロのマジックを、長門は食い入るように見つめていた。
帽子から鳩が飛び出してきては、
「どうしてあそこで、鳩を出す必要があるの?」
とか。
セロが女の人を口説きだしては、
「どうして口説く必要があるの?」
とか、長門なりに疑問に思った点をいくつか指摘していたが、それはご愛嬌ってもんだ。

 

 
セロは両手を広げ、最後のマジックをすると宣言した。
「デハ、サキホドノスイソウヲ、ミテクダサイ」
セロがそう言うと、スタジオの中にポツンと置かれていた水槽に視線が集まった。
中には長門のサイン付きのカードが水槽の中に張り付いていた。金魚がその横をスイスイと泳いでいる。
少しばかりシュールな光景だった。
いつ片付けるのかと思っていたが。そうか、まだ続きがあるという事だったのだろうか。
「コノガラスヲ、ツキヤブッテ、ナカノカードヲ、トリダシマス」
まさか、そんな事できるもんか。観客の誰かが漏らした。
セロはそんな観客の声を聞くとニコリと笑い。
ポケットからハンカチ(どこにでも売ってそうなデザイン)を取り出して、ヒラヒラと振って見せた。
「フツウノハンカチデス。コレヲツカイマス」
セロはハンカチをガラスに押し当てると、円を描くようにその手を動かした。
何やらブツブツと呪文の様な言葉を呟いたかと思うと次の瞬間、ハンカチから水滴が垂れてきた。
観客からは「すごい!」とか「おい、ガラス割れてるぞ!」とか様々な反応が出ている。
セロがグっと力を入れると、水槽の中に手がみるみるうちに入っていき、内側のガラスに張り付いた長門のカードをひっぺがした。
観客のボルテージは本日最高潮にまで達していた。
手が抜けると、ガラスには手を入れた跡どころかヒビの一本すら入っていなかった。
長門は、あれが自分のカードである事に衝撃を受けていた様子で。
「……、ユニーク」
時々、長門はユニークという言葉を使うが。
それは長門なりの最大級の賞賛なのだろう。今日はそれを連発していた。

 

 
マジックの革命・セロのマジックショー。
終始長門は食い入る様にセロのショーを見つめ、俺は長門が楽しんでくれていることに安心した。
日が合わないからっていう理由で観戦チケットをくれた鶴屋さんと国木田には感謝してもしきれないくらいの恩ができちまったな。
セロは予定されていた全てのマジックを終え、ペコリと頭を下げた。
拍手喝采。
これでフィナーレだ。
だが、不意にスタジオの一部がザワザワと騒がしくなった。
何事かと思ってその方向を見る。
長身の男が一人と、アシスタントらしい女性が二人。
まだマジックあるのか? セロのマジックは終わりじゃなかったのか?
ひょっとして、尺が足りないから追加でシーンを取るという事なのだろうか。
前座で説明が無かったシーン取りという事はよくある話らしいが。

 

 
「ちょっと待ちなさい! セロ、わたしたちとマジックで勝負よ!」
 

 

なんとなく聞き覚えのある声が……。
嫌な予感がして俺は目を凝らした。
「ぶっ!」
な、なんで古泉が居るんだ!? というあのアシスタントっぽい女性って、ハルヒじゃないのか? その横のバニーガールは朝比奈さんじゃないのか?!
朝比奈さんに至ってはバニーガール姿というだけではなく、SOS団と書かれたプラカードをひっさげての登場だった。
俺の頭はパニックだった。
一年の時の文化祭で、ハルヒがENOZの代理としてステージに立ったという事はあったが。
それはそれで。
ここはテレビ局で、いくら関西ローカルの番組といっても、公共の電波を使って間違いなく各家庭へと配信されるわけで。
SOS団の名前を全国に知らしめてやるのよ! というのが口癖のハルヒだったが、まさかついに実行される日がくるなんて……。
とにかくもう、気が気ではなかった。
「さあ、覚悟しなさいよセロ!」
何を覚悟しろと言うのだろうか。
セロも気丈に振舞っているが、知らない人物に宣戦布告されてこうもにこやかな笑顔を作れる人材が古泉以外にも居たなんて。
プロデューサーらしき人物と目を合わせセロは頷いた。
素人如き何もできないという自信の表れだろうか、すごい余裕だ、さすがエンターテイナー、どんな不測の事態にも対応してる。むしろそれさえも最初から予定されていたかのように振舞っている。
ハルヒなんかに絡まれた日にゃ、そりゃもうえらい事になるという事で相場は決まっているのだが。
そう、あの上ヶ原パイレーツの様に……。
 

 

「コンニチワ。アナタ、オナマエハ?」
「ハルヒよ、涼宮ハルヒ。よろしく、セロさん?」
勝ち誇った様に腕を組みながらハルヒは自己紹介をした。まだ勝負もしていないのに勝気でいる、ある意味ですごい才能だ。今日はカメラが回っているせいか、ハルヒの存在が余計に際立ってみえる。
「ハルヒサン。ショウブ、イイデショウ。ナニシマスカ?」
両手を挙げて古泉見たいなポーズを取る。
イケメンがやるとこうもしっくりくるものなのか。
「私達は三人で脱出マジックをやるわ。でも、そうね。まずその前にあなたのマジックを見せて頂戴。わたしが一発で見抜いてあげるから」
「ハハハ、ソレハタノシミデス」
ハルヒは古泉と何やら目線で合図を交わし、したり顔でニヤリと笑った。何かしらの含みを持たせるような顔に見えた。
朝比奈さんはおろおろしている。
公共放送で朝比奈さんのバニーガール姿が映し出されるという事を考えると頭が痛くて仕方が無い。
というかこのシーンは放送されないか。
なら安心だ。安心してしまっていいのだろうか、いいんだろう、多分。
いや、でも、一言くらい言ってやるべきだろうと、立ち上がろうとした俺を長門の手が制した。
「長門?」
「ここは静観すべき、今わたしたちが介入する事は好ましくない」
「しかしだな」
「大丈夫、観客もこの状況を楽しんでいる。セロも、涼宮ハルヒも」
「そ、そうか?」
「今止めに入って涼宮ハルヒの機嫌を損なう方が危険」
確かに、不平や不満を言っている様なヤツは見当たらないが。

 

 
「OK デハ、コレヲミテクダサイ check it out」
するとセロは財布の中から硬貨を取り出した。どこにでもあるような日本の硬貨だった。確認できるのは百円玉と五百円玉が複数枚。
ジャラジャラと手の中でそれを鳴らした。
それをハルヒに確認させるために持たせる。
「フツウノ、オカネデス」
「確かにね。どこにも妙な小細工は無さそうね」
ハルヒはセロに硬貨を突っ返した。もっと優しく返してあげても良いと思う。
「デハ、ハルヒサン LOOK テーブルヲミテクダサイ」
すると、さっきまで水槽のあった位置に変わりにガラス張りのテーブルが用意されていた。
テーブルを囲うように四つの椅子が用意された。古泉とハルヒ、セロと朝比奈さんがそれぞれの位置に座る。
ハルヒはうさんくさそうにテーブルを見つめ、ガラスをちょんちょんと突付いて、それに穴が空いていないか確認しているみたいだった。
セロと古泉はニコリと笑っている。微笑みの頂上対決とでも言うべきなのだろうか。
朝比奈さんは……、ああもう今すぐにでも倒れてしまいそうだ。律儀にもSOS団と書かれたプラカードをまだ持っていらっしゃる。
セロはコンコンとガラスのテーブルを叩いて、それがちゃんとしたガラスであることを主張した。
「ハルヒサン、オテツダイシテクダサイ」
「いいわ、何をすればいいの?」
「Here ココニ、テヲオイテクダサイ Put your hands」
セロはハルヒの手をテーブルの下に潜り込ませて、両手をくっつけさせた。
何をするというのだろうか?
「デハ、コノ MONEY ヲ、ガラスヲコエテ、ハルヒサンノトコロマデ、オトシマス」
ガラスの貫通、さっきはトランプでやってみせたが。なるほど、今度は硬貨を通そうというのか。

 

 
古泉はどっしりと腕組みをして事の成り行きを見守っている。
手をかざした状態のままのハルヒは早くしなさいよ、などといってセロを急かしている、もう少し落ち着けよ。
セロはおもむろにいくつかの硬貨のうちの一つを取り出し、観客に向かって見せた。
俺の目には普通の五百円玉に見える。
口元に指を立てて、セロは観客に静かにしてくれと頼んだ。それをガラスのテーブルの上におもむろに置き、自分の手を重ねる。
次の瞬間。
カシャン。
ガラスに当たった音がしたと思ったら、テーブルの上の硬貨は消え失せ。
ハルヒの手にテーブルの上にあったはずの五百円玉が。
「えぇぇ?」「なんで?」という声が上がる。ニコリと笑うセロの横で、ハルヒは不気味にニヤリと笑った。

 

 
「へぇ、やるわね。さすがプロフェッショナルね」
「Thank you アリガトゴザイマス」
セロは両手を広げ、ハルヒの言葉に応えた。
すると、ハルヒは古泉になにやら耳打ちをし始めた。それまで沈黙を保っていた古泉は数回頷いて、わかりましたと呟くと立ち上がった。
「セロさん、今のマジックなのですが」
僕もやってみたいのですが、と宣言した。
セロは気丈に振舞う、イイデスヨ、ドウゾ。
手で古泉を促す。
テーブルの上のコインを、古泉は拾い上げ、ここぞとばかりにセロがやってみせた様に観客にアピールする。
その仕草がサマになっていると思うのは俺の気のせいだろうか。
古泉は、テーブルの上に硬貨を置いて右手で覆い被せた。
得意顔でカメラに目線を送る。そういえば古泉って「超能力者」だったんだよな。
カシャーン。
それは、床に落ちた。
ガラスを、貫通して。

 

 
「すごい!」「にいちゃんすげーぞ!」
ややあいて、スタジオに歓声が巻き起こった。
俺も開いた口が塞がらない。
当然だ。セロがやってみせたマジックと同じ事を素人がやってみせたのだ。
古泉はしたり顔で笑っている。あのいつも見せるニヤケ顔だ。
セロの心中も穏やかものではないだろう。セロと古泉の目線がカチリと合ってバチバチと火花が散っている。
ハルヒはその横で満足げな笑みを浮かべている。
きっとハルヒの脳内では今の十倍ほどの拍手喝采が巻き起こっているに違いない。だとしたらその規模は相当なものになるのだが。
っていうか古泉よ。
一体なにをどうやったんだ。 
さっぱりわからん。が、この雰囲気、どうもセロが窮地に追い込まれているらしい事だけはわかる……。
プロデューサーらしき中年の男性が慌てて飛び出してきたが、セロはそれを手で制し、
「イイデショウ、コレハ、アクマデ、ショホテキナモノデス」
あくまで冷静に言い放った。
慌てた様な仕草はみせない、むしろそれを利用している様にも見える。プロ根性というのは、いやはや。
いやしかし、強気になればなるほど、逆にハルヒのペースにハマってしまいそうだが……。
「とにかく、これで私達の一勝ね。さあ次は私達の番よ」
腕を組み、ハルヒは高らかにそう宣言する。
一勝というのは、強引だと思うが。
どうもハルヒがマジックを解き明かしたらしい事が先程証明されたわけで。
つまり、次に行うハルヒのマジックをセロが見抜けなければセロの敗北、という事なのだろうか。
ルール説明がなされていないので、イマイチ勝敗のラインがわからないのだが。
とにかく、観衆は勝った負けたには興味が無いらしく。彗星の如く現れた素人の見せる次なるマジックに興味津々といった様子であった。
「ハルヒのヤツ、無茶しやがるぜ」
「……すごい」
「へ?」
「わたしには見抜けなかった、涼宮ハルヒの洞察力及び、古泉一樹の演技力は賞賛に値する」
それは、今日これまでで一番長い台詞だった。
するとつまり、
「長門にも見抜けない事をハルヒは見抜いたってのか?」
うなづく。
なんてこった。
すると、今からやる脱出マジックってのはマジで本格的なモンなのだろうか?
「おそらく」

座ってるのに立ちくらみしそうになった。 

 

 
「さあさあ皆さん! お待たせしました!! 本日はSOS団によるマジックショーを見に来ていただき、まことにありがとうございます!」
ハルヒはこのステージを、もやは自分達のマジックショーだと思っているのだろう。あくまでこれは特番の収録なのだが。
しかし、収録に予定されていないはずなのにカメラは回っているようで。ハルヒの機嫌もいつになく良さそうだった。
バニーガール姿の朝比奈さんが、キャリアカーに乗せられた人一人が入れそうな大きさのハコを運んできた。木製で手作り感溢れるソレだったが、一体いつ作ったものなのだろうか?
「さてさて、持ってきましたのは、なんの変哲も無いただのハコです」
ハルヒは中身を開け、観客とセロに中身が空っぽである事をアピールした。
ふむ、たしかに何も無い普通のハコに見える。
「チョット、イイデスカ?」
セロがハルヒに向かって言った。
「何ですか? セロさん」
古泉がかわりに答える。
二人の目線が交わされ、まるで特殊効果の様に火花が散る。もしかしてキャラが被っている事を気にしているのだろうか?
セロはコホンと咳払いをすると。
「カクニンサセテクダサイ」
ハルヒはコクリと頷いて、セロを促す。
セロは何やらハコの裏側や、取っ手の部分。それから材質をチェックしている様で、三十秒ほど確認すると自分の席へと戻っていった。
「もういいかしら?」
ハルヒが訊ねる。
「OK ワカリマシタ、ツヅケテクダサイ」

 

 
いつの間にかあの聞きなれた定番の音楽が流れ始めた。マジックといえばやはりこれなのだろう。
「じゃあ、みくるちゃん。アレ持ってきて。古泉君、中入って」
ハルヒの指示により、古泉はハコの中へ入って行った。
ガチャリと南京錠でロックする。さっき確認した通りどこにでもあるような普通の、中に入れば出られない箱だ。
そして今、この中には古泉が入っている。唯一の出口にはハルヒが今南京錠で鍵を掛けた。文字通り古泉は閉じ込められた格好になる。
さて、脱出マジックと謳っているのだから、ここから古泉は脱出するのだろう。
と、呑気にそんな事を考えていると朝比奈さんが持ってきたものはなんと!
サーベルだった、それはギラリと怪しげに輝いている。
おいハルヒ、朝比奈さんになんて危なっかしいものを持ってこさせるんだ。
マジックの場にサーベルと言えば相場は決まっている、アレしかないのだろう。
中に古泉が居るというのに。まさかな……、まさかとは思うけど、先に言っとく。さらば古泉……っ!
ハルヒは朝比奈さんからサーベルを受け取ると、観客にそれをたっぷりと見せつけた。本物だぞと言っているような目線を向ける。
なんか俺、不安で不安で仕方ないんですが。
「大丈夫」
長門?
「わたしも、不安」
長門さん、あなたもですか。
気がつくと長門は俺の腕をぎゅっと握っていた。
嬉しいような恥ずかしいような、でも不安で。そんなのが全部入り混じった変な気分だった。

 

 
「さあさあ、今からこのサーベルを突き刺します!」
ハルヒがそう言うと、一分の躊躇いもなくハコに向かってソレを突き刺した。
赤い血が滲んでこない事で古泉が生きている証拠にならないだろうか。いや、ひょっとして脱出に手間取った古泉は串刺しになってしまったのかもしれない。
嫌な汗が背中に広がる。
腕に伝わる力が、一瞬強くなった。
「みくるちゃん、もう一本お願い」
「ひゃ……、ひゃい」
朝比奈さんはハルヒの言うとおりにもう一本のサーベルを持ってきた。
今度は反対側からソレを突き刺す。ソレは合計で四回繰り返された。
今、木製のハコには四本のサーベルが刺さっている。中の古泉は無事なのだろうか、上手い事全てのサーベルを避けていれば良いのだが。
ハコは見るも無残な姿だ。
おそらくあと一本でもサーベルを突き刺せばひび割れて壊れてしまうのではないか。

 

 
「ひゃ?!」
不意に朝比奈さんの声が上がる。
朝比奈さんは、力なくペタンと床に座り込んでしまっていた。
何だ? 俺は視線をそちらに向けた。
ハコの右側、ハルヒが最後に刺したサーベルから赤い液体が滲み出している。
まさか……、まさかあいつ?! サーっと血の気が引いたのがわかった。
ざわざわと騒ぎ出す観客をハルヒは制した、
「大丈夫よ、これは余興にすぎないわ」
と、強気の姿勢を崩さない。
俺は立ち上がって叫ぼうとした、ふざけんな! 血がながれてんだぞ! 今すぐそんな事はやめるんだ!
しかし、長門がそれを止めた。
「おい、長門。止めてくれるな!」
「だめ」
「どうしてだ? こんな事今すぐ辞めさせないと!」
「まだマジックは途中」
「そんな悠長なこと言ってられるか! 手遅れになるぞ!」
「だめ」
くそ、なんでそんなに冷静になれるんだ?!
長門もハルヒも!

 

 
「おや? どなたの心配をなされているのですか?」

 

 
バっと立ち上がって振り返る。
そこには、ニヤケ顔の超能力者の顔があった。
全身の力が抜ける。
俺は、ふにゃりと座り込んだ。
はは。
ハルヒが全員を観客席に登場した古泉に注目させた。
一瞬にして、大喝采。
鳴り止まない拍手がスタジオを包んだ。

 

 
◇ ◇ ◇ ◇

 

 
「Aランチ三つと、Bランチ二つお願いします」
オーダーを告げる。
どうして俺が言っているのかは、この際どうでもいいだろう。
いつもの事だ。

 

 

SOS団乱入というハプニングがあったが、特番の収録は昼に終わった。
ハルヒが腹が減ったとうるさいので適当に近くにあった喫茶店へ入る。
どうやらここでの支払いも俺という事らしい、やれやれ。理不尽極まりないやつだぜ。

ハルヒはずーっとニヤニヤした顔で俺と長門を見ている。
古泉のソレが伝染したんじゃないかと思うくらいのニタニタだ。
あんだよ。
「べっつにーい、まっさかキョンが有希とデートしてるなんて、ねー? みくるちゃん」
「は……、はいい。びっくりしちゃいましたあ」
いえ、俺からしたら三人がセロとマジック対決してる方がびっくりなんですが。
「それは、涼宮さんがそう望んだからですよ。おそらく、この前放送していたマジックの番組に影響されたのかと思われます。僕もその番組を拝見したのですが、実に巧妙にできていまして……」
古泉が耳打ちしたが、そのうち半分も俺の頭には入ってこない。
やはりハルヒ的変態パワーがからんでいたという事だろう。
というか。ええい、顔が近いぞ。
ああ、こいつが死んだんじゃないかって心配して損したぜ。
もう死にそうになっても心配してやんねーからな。
「はは、手厳しいお言葉ですね」
いつものニヤケ顔に、俺は少しだけ安心した。

 

 

昼食のAランチを頼んだのに、もう三十分も運ばれてこない。
どうなってんだこの店は。
腹の虫が暴れている。
なんかもう疲れたぜ。
「はは、気苦労が耐えませんね」
お前に言われると本当にそんな気分になってきた……。
「キョンくん、頑張ってください! あと少しファイトですう」
「ちょっとみくるちゃん? 余計な事言わなくていいのよ」
「ん? 何が余計な事なんだ?」
「あんたには関係ないわ」

 

 
ハルヒがそういうので、それ以上触れない事にした。
触らぬハルヒに祟りなしだ。

 

 
「それにしても有希、遅いわね。何かやっかいな事に巻き込まれてなければいいんだけど」
ハルヒが時計を確認しながら言う、先程からお手洗いに行くと行って長門は席を外していた。
しかし、本当に遅いな? もう三十分は経つよな? 何かあったのか?
「や……、やっかいな事、ですかあ?」
朝比奈さんが生まれたてのヒヨコの様な声で震えている。
「そうですね、例えば、銀行強盗とか」

 

 
はは、長門に限ってそんなまさか。

 

 
「ご、強盗だっ!!! 銀行強盗だっ!!」

 

 

音が聴こえた方向に顔を向ける。
次の瞬間、俺が見たのは。
黒服の男の小脇に抱えられた長門の姿だった。
『堂々、白昼の犯行』
『現代のルパン三世』
部室でハルヒに見せられたwebニュースを思い出した。
まさか、まさか。
俺は考えるが早いか、店を飛び出した。
後で俺を呼ぶ声が聞こえたが、耳まで届かない。

 

 
『プロの犯行よね、犯行時間は三分。人質を誰一人傷つける事無く、逃走経路も完璧』

 

 

まさか。

 

 

『まぁな。良いか悪いかは別として、どの世界にもプロフェッショナルってのが居るんだよな』

 

 

まさか。
まさか。
まさか。

 

 

俺は、人生で一番速いんじゃないかと思うくらいの速度で駆けた。

 

 
◇ ◇ ◇ ◇

 

 
「長門を返せっ!!」
俺は犯人のうちの一人に飛び掛った。
ギラリと黒光りする銃が見えて、ああ、俺はこれで死ぬのかもしれないと思ったが。
長門を見捨てるより何倍も良かった。
好きな女の子を見捨てる男なんて、最低だろ?
俺はもう、石橋を叩くのは辞めたんだよ。
なりふり構わず、そいつの腹を一発殴った。
「ぐあ……っ!」
普段何も鍛えていない俺だったが、うまく急所に入ってくれたらしく、そいつは悶絶して倒れた。
後は二人、長身の男に銃が向けられたが構わない。
撃たれても、良い。
長門を、守るんだ!
捨て身で飛び込む。

 

 
が、次の瞬間。
乾いた音が、聴こえて。
俺は天を見上げた。

 

 
撃たれたのではなく、どうやら俺は転んでいた空き缶に足を滑らせた様だ。
しかし、これでチェックメイトなのだろう。
一発目は上手く外れてくれたみたいだが。こいつらにとって転んでしまって動けない俺をニ撃目で撃ち殺すのは造作も無い事だろう。
さようなら、俺の十数年の人生。
色んな出来事が瞼の裏で走馬灯の様に駆け巡る。

 

 
お袋、親父。
俺を産んでくれてありがとう。
こんな息子だけどさ、最後は好きな子の為に死ぬんだぜ?
でも。
親よりも先に死ぬなんて、親不孝な息子だよな。
本当に、ごめん。

 

 
妹。
いまなら、お前がキョンくんって言っても咎めないさ。でも、最後にお兄ちゃんって言って欲しかったな。
はは。
もう一度会えたらそう呼んでくれよな。
ミヨキチと仲良くするんだぞ。
シャミセンの事も、よろしくな。

 

 
SOS団。
楽しかったな。
財布は随分軽くなっちまったがな。

 

 
朝比奈さん、最初にあなたを見たときは天使が地上に舞い降りたのかと思いました。
未来の事は、もう俺にはどうしようもないです。
でもこれも、規定事項ってやつなのでしょうか? 俺にはわかりませんが。
とにかく、これからも。頑張ってください、ハルヒをよろしくお願いします。
なんだかんだ言って、ハルヒは朝比奈さんの事、すごく頼りにしてるんですよ。
あ、でも。今度何か変なことしやがったら一度叱ってやってください。そういう役、任せてもいいですか?

 

 
古泉。
正直に言おう。
お前の事、最初は嫌なやつだと思ってた。
でも、そんな認識はすぐ覆ったけどな。
お前はいつも張り付いたように同じ笑顔で笑うけど、たまにその仮面、はがれてる時あるぞ。
そっちの方がお前らしいって事も、俺はわかってるつもりだ。
すまん。先に逝くわ。
後のこと、任せた。お前ならやれるさ、副団長。

 

 
ハルヒ。
すまんな。
どうやら俺の命ってのは、ここで尽きちまうらしい。
もっと不思議な事、探したかったのにな。
宇宙人、未来人、超能力者に異世界人。
お前はそいつらを見つけ出して一緒に遊ぶんだーなんて事を言ってたけどさ。
実はお前の近くに居るんだぜ? 本当だぜ? いつか俺がそんな話したときお前は、違うって言ってたけどさ。
この世界はお前が思ってる以上に不思議に満ち溢れてたんだ。だから、さ。
俺が居なくなったら、俺の事なんか忘れて。そいつらと一緒に遊ぶ事だけ考えてろよ、な。
その方がお前らしい。でも、あんまり朝比奈さんに迷惑かけるんじゃないぞ。

 

 
長門。
俺は、お前に。何もしてやれなかった。
いつも、迷惑ばかりかけてた。
何かある度にお前を頼って、お前に負担ばかり掛けてたよな。
すまん。
でも、長門に付き合ってくれって言われた時。
嬉しかったんだ。
返事はちょっと遅れちまったけどさ、それは許して欲しい。俺はこんな性格だから。
好きだ。好きだ、長門。
あの時公園では、言えなかったが、今なら言える。
俺の最初で、最後の恋人。
それが長門で、本当に良かった。
一回しか、デートらしいデート、できなかったな。
マジック・ショー。
お前の嬉しそうな顔が、見れてよかったよ。
はは。
俺のいなくなった後も、ちゃんと。
生きてくれ。
俺の分まで。

 

 
スローモーションの様に、世界が回った。
ぐるりと回って、背中に痛みを感じる。
その痛みで、急に現実に引き込まれる。

 

 
覚悟して、目を閉じた。

 

 
◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

結果的に、俺の予想した様な最後の瞬間は訪れなかった。
神様というものは本当に気まぐれだと思う。

 

 

吉本新喜劇のようなタイミングよくパトカーがやってきて、次の瞬間には犯人を確保していた。
目を開いた時にはもう既に事は終わっていた。
どうやら、俺は延命したらしい。
腰が抜ける。
やれやれ、だ。
まだ、その場から立ち上がれない。
「大丈夫ですか?」
刑事らしき人物から声を掛けられた。
「ええ。でも、力。抜けちゃいまして」
「そうですか」
 

 

ニコリと笑う女性……俺は、その刑事の顔に見覚えがあった。
 

 

「え? 森さん?」
「こんにちわ」
ペコリと頭を下げる森さん、今日はいつかの孤島の時の様なメイド姿ではないが、その刑事の格好もすごく似合ってます。
って、そうじゃなくて。
ど、どういう事なんですか?!
すると、強盗三人組の内の一人は諦めた様にマスクを脱いだ。
「はは、捕まってしまいましたなあ」
そこにあったのは、これまた孤島の時にお世話になった執事の新川さんだった。
「え? 新川さん? これって。ど、どういうことですか?」
残りの二人もそれに続いてマスクを取った。
まるで、当然の様に。その人物は多丸さん兄弟だった。

 

 

俺は未だに混乱している。最近そういう事が多かった気がするが、これはその最たるものだった。
どうして銀行強盗が機関の人たちなんだ?
機関という事は古泉関連なのだろうか?
またハルヒを退屈させないために?
疑問符が次々と浮かんでは消えた。 
「まだわかんないの? キョン。あんたがウジウジしてたから、みんなで一芝居うったってわけ。銀行強盗役は古泉君の知り合いに頼んで、テレビ局も古泉君繋がりよ。キョン、みんなに感謝しなさいよね?」
知らぬ間にハルヒ、朝比奈さん、古泉が後に立っていた。
「な、なんだ? もしかして、今日の事全部芝居だったのか?」
未だに状況を把握できていない俺は疑問を吐き出した。
朝比奈さんの手には、テレビ番組で見慣れたアレ、
「ドッキリ」の文字が書かれたプラカードが握られている。
なんとなく現状を把握できそうな自分と、
それを否定したい様な自分が鬩ぎあっているが。
おそらく、これはそういう事なのだろう。
「そうです、騙しているようで悪い気もしたのですが。涼宮さんがどうしてもと言うものですから」
古泉がお決まりのポーズを取りながら、特に悪びれた様子もなく話した。
「ふん、男の癖にいつまでもウジウジして、情けないのよ。わたしたちが居ないとどうしようもないんだから。あんた有希を泣かせたのよ? これってどういう事かわかるかしら?」
ぐ……、人生初の「ドッキリ」に一言言ってやりたいのは山々なのだが。
長門を一度泣かせてしまっている分だけ罪悪感がこみ上げる。
「ごめんなさいね、キョンくん」
しかも。朝比奈さんにこう謝られてしまっては、これ以上どうこう言う気にもなれなかった。

 

 
テレビ局 = 機関のコネ
銀行強盗 = マスクを取ると新川さんと多丸兄弟
セロ = サクラ、なのか

 

 
ああ、完璧に、俺は騙されていたというわけだ。
いつの間にか鶴屋さんと国木田の姿もそこにあった。
「ごっめんね~キョンくん、悪く思わないで欲しいっさ」
「ごめんね、キョン」
俺にチケットを渡したのは国木田だった。
そうか、なるほどな。
こいつらもグルだったのか。

というよりコレ、いつからなんだ?
「有希が相談に乗って欲しいって言うから聞いてあげたのよ、あんた有希の告白に「待って欲しい」って言ったらしいわね? っかー、それでもあんた男なの? だから、あたし達がこうして楽しんで……じゃない、こうして二人の仲を演出してあげたんじゃない」
つまりあれか、長門の部屋に行った後からずっとって事か。
「ま、そうなるわね」
カンベンしてくれ。

 

 
舞台はそのままテレビ局の特設の会場へと移された。
これも機関のコネというわけですかい。
「これで晴れてキョンと有希はSOS団公認のカップルというワケね!」
ハルヒのその宣言で、この場に拍手が巻き起こる。
森さん、新川さん、多丸圭一さん、多丸裕さん。
古泉、朝比奈さん、ハルヒに長門。
鶴屋さんに国木田、おまけで谷口も居た。
プロデューサーらしき男性、テレビ局に居た人も何人か居る、機関関連の人なのだろうか。
セロはスケジュールの都合だとかで一足先に東京へ向かったらしい。
しかし、笑って○いとも! でしか見たことのないくらいの大きくてハデな造花が届けられている。

電報も届いたが英語だったので俺には読めなかった。

  

 
特設会場のテーブルには豪華な料理が並んでいる、ちょっとしたパーティーが始まっていた。
長門は、その並べられた料理を片っ端から食べている。
俺も、お腹がすいていたが、どうしてだろう。食べる気になれなかった。
はぁ……、最初からコレは仕組まれていた、ってワケ、か。
それならばここ数日、俺はハルヒ達の掌の上で踊っていたのだ。
くそう、さぞかし楽しかっただろうな。
あのとき、腹が痛いと言ったときにあっさりと受け入れた理由はこれだったのか。
考えるといい気分にはならないが……、こうして皆に祝福してもらうのは悪い気分ではない。
が、どうしても俺はハルヒに聞いておかなければいけない事があった。
「し、しかし、ハルヒよ? いいのか? その、俺が長門と付き合う事は」
「なによ? 当たり前じゃないの、団員の幸せを願うのが団長の仕事よ?」
ああハルヒ。
ありがとう。
おまえがまさかこんなにも団員の事を思っていてくれたなんて。
普段雑用だの荷物もちだの場所取りだの予約取りだの、ロクなポジションに居なかった俺の幸せも願ってくれるのか?
「ふん。あんたも男なんだからシッカリしなさいよ? いい? これからも有希をちゃんと守るのよ」
「ああ。もちろんだ」
「良かったわね、有希。うりうり、どう? キョンの彼女になった感想きかせてよ」
黙々と料理を食べ続ける長門をハルヒは肘で小突いた。

 

 
しかし、この暖かいパーティー会場は、長門の次の一言で氷河期にまで一気に逆行する事になる。

 

 
「? 私達は交際などしていない」

 

 

は?
え?
長門さん?
今なんと?

 

 
しれっと言い放つ長門。
「へ?」
ハルヒはぽかんと口を開けている。
「長門さん?」
朝比奈さんは、飲んでいたノンアルコール・カクテルのグラスを落とした。
「おや? それはどういう事ですか?」
セロとのニヤケ顔の頂上対決を繰り広げていた古泉だが、今だけは真顔になっている。
 

 

「わたしは、確かに涼宮ハルヒに相談した際。彼に付き合って欲しいと言ったがそれは「マジックの練習に'付き合って欲しい'」という意味において」
「へ? で、でも。有希、わたしに言ったじゃない。キョンに付き合って欲しいって言ったら、少し待ってくれって言われたって」
「客観的に、言葉どおりの意味をそのまま伝えたにすぎない。現に彼はそれを理解して、後日チケットを持参してわたしをセロのマジックショーに誘ってくれた」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、何がどうなってるんだ?」
「つまり僕達」
「みんなめがっさ勘違いしてたってことっさ?」

 

 

なんと
SOS団
機関
はたまたセロをまで巻き込んだこの一連の騒動は、はじめの小さな勘違いが巻き起こした爆笑事件だったというわけだ。

爆笑というには痛すぎる俺の勘違いがあるわけだが。

ぐあ! 首つりてえ! 

もうどうにでもしてくれ。

 

 

勘違いが勘違いを呼んで。

更なる勘違いが勘違いを呼んだ。

 

 
さすがのハルヒも力が抜けてしまったらしい。力なく椅子へ座り込んでしまっている。
鶴屋さんは相変わらずハイテンションでカラカラと笑っている。もう、爆笑だった。
古泉も引きつった様な笑顔に変わっていた。
いや、それは俺も。なんですけれど……。

 

 

えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?

 

 

ぼんやりと現状を把握したらしいハルヒの絶叫が木霊する。

 

 
長門はそんな周りの様子を気にせず黙々と料理を食べ続けていた。

 

 
この会場の氷がようやく溶け出したのは、長門が最後の皿を平らげたのと同刻だった。

 

 
「……ユニーク」

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最終更新:2008年05月09日 01:42