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「キョンくん?」
いつものように大学から帰る電車の中で、懐かしい顔のクラスメートに出会った。
彼は高校時代の三年間、わたしといっしょのクラスだった思い出の人。そしてわたしの……
毎日、ほとんど同じ時間に同じ電車に乗っているにも関わらず、彼とこんな風に出会うのは今日が初めてだ。
確か、彼が進学した大学は涼宮さんと同じだったはず。だったらなんでこんなところにいるのだろう。この電車の向かう先は彼の大学とは逆方向のはずなのに。
予期せず声をかけられた彼は、ハッと顔を上げてわたしの顔を見ると、
「阪中……か」
ちょっとびっくりした様子で、気まずそうに微笑んだ。
「涼宮さんはいないのね? 高校時代はいつもいっしょだったのに」
「ハルヒは……ちょっとな……」
涼宮さんの名前を口にすると、彼は表情を曇らせて目を背けた。その様子から、彼が涼宮さんと喧嘩をしたんだということが分かった。
卒業式の日以来、ずっと会っていない彼の姿を見て、高校時代の思い出が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
高校時代、彼は涼宮さんといっしょにSOS団という部活を立ち上げて、いつもその部のメンバーといっしょに遊んでいた。
正式名称は彼曰く「世界をおおいにもりあげる涼宮ハルヒの団」なのだそうだ。
そう説明してくれた後、彼が大きくため息をついてあきれたようなポーズをとっていたのが印象的だった。
でも、わたしや国木田君、谷口君になんだかんだと不満を漏らしながらも、彼が涼宮さんとの学生生活を楽しんでいることは、みんなが知っている公然の秘密だった。
わたしはそんな彼らを、いや彼を遠くから見守ることしかできなかった。
彼らの輪の中に入ることをしなかったのはなぜだろう。なぜか入ってはいけないような気がしたからだ。そう、わたしは輪の外から彼らを見ているだけで満足だった。
それが、わたしの、彼との高校時代の思い出。
「今日、これから予定はあるの?」
「いや、別にないが……」
「じゃあ、わたしの部屋に来ない? もし、涼宮さんの件で困ってるのなら相談にのれるのね」
彼はわたしの誘いを聞いて、少し戸惑ったような表情でわたしを見た。
「いいのか?」
「キョンくんさえ良ければ、わたしはいいのね」
どうして、わたしはこんなことを言ってしまったのだろう。
いったい、わたしは何を考えていたのだろう。
ごく自然にこんな言葉を口にしてしまったこの時の自分が、後から振り返ると、まるで別人のようにさえ思える。
そんな会話の最中、車内に響き渡るアナウンスの声が、わたしに降りるべき駅が来たことを教えてくれた。
駅からわたしが下宿しているアパートまで、彼は表情を曇らせたまま無言でわたしについて来た。
涼宮さんの隣にいた彼はいつも元気だった。笑っているときも、怒っているときも。なのに、いまはとても寂しそう。そんな彼の姿を見て、わたしの胸にも悲しみがこみ上げてきた。
アパートに到着し、部屋の中に上がると、わたしは彼を居間に案内して、台所へと向かった。
彼のいたSOS団の朝比奈さんほどお茶を淹れるのはうまくないけど、わたしも彼にお茶を飲んでもらいたかったから。
お茶を淹れている間、彼は悩んでいるような表情でじっと座って、わたしが台所から戻ってくるのを待っていた。
お茶と茶菓子を机の上に置き、彼とコタツ机を挟んだ正面に座る。
しばらくお互いが沈黙した後、わたしは少しうつむきながら彼の顔を見て涼宮さんのことを尋ねた。
「す、涼宮さんと何があったの? 話してみるのね」
すると、彼はポツリポツリと涼宮さんとのことについて語り始めた。
要約すると、彼と涼宮さんの卒業後の将来のことについてふたりの間に行き違いがあったというだけのことだった。
涼宮さんとしては卒業後すぐにでも結婚したいと思っているが、彼は就職をして生活が安定してから結婚しようと思っていたようだ。
そのことで口論となり、彼が同棲していたアパートを飛び出してしまったというのが事の顛末だった。
彼はすべてを語り終えると、少し落ち着いたようだった。おそらく冷静になってみて、それほど揉めることではなかったことに気がついたのだろう。
それでも、彼は自分の非を認める言葉を口にはしなかった。きっと涼宮さんに対して意地を張っているのだ。
学生時代もふたりが些細なことで喧嘩をして、お互いが謝りたいのに素直になれない様子を何度も見てきた。変わらない彼の姿を見て、少しだけホッとする自分がいることに気づく。
「そういえば、ルソーはここにはいないのか?」
「アパートだからペットは飼えないのね」
「そうか、彼氏とかはいないのか?」
一通り話し終えて、周囲を見回す余裕ができたみたいで、彼はわたしの近況を尋ねてきた。いきなりだったので、かなり戸惑いながら彼の質問に答える。
「い、いないのね」
「そっか、ひとりだと寂しいだろ。早く彼氏でも作ればいいのに。阪中ならすぐできるよ」
彼の目に、わたしはどんな風に映ったのだろうか? あの頃と変わらないままのわたしを見てくれたのだろうか?
あの頃と比べて、わたしはいろんなことを知りすぎてしまった。自分自身を省みると、決してあの頃と同じとは言えない。
それでも、彼にはあの頃の自分の姿を見て欲しかった。学生時代の穢れのないわたしの姿を。
しばらく大学生活のことや将来のことについて話し合い、わたしの淹れたお茶が冷めてしまった頃、彼が立ち上がった。
「じゃあ、そろそろお暇するよ。あんまり邪魔しても悪いしな」
「待って!」
無意識に叫んでしまったわたしの言葉に、ちょっとだけびっくりしたように彼が振り返る。
「もうちょっとだけでいいから、傍にいて欲しいのね」
彼はちょっとだけ困った顔を見せた後、無言のまま少しだけ微笑み、そのまま腰を下ろした。
わたしはどうして彼を呼び止めたのだろう。この後、起こることまで予測していたのだろうか。
やっぱり、今日のこの日だけは、普段のわたしとは違っていたような気がする。それぐらい、この日のわたしの行動は普段からは想像もできないほど積極的だった。
呼び止めた彼に話すべき話題はもう尽きかけていたのに。
「お茶……淹れ直すね」
わたしが台所に入っていく後姿を、彼は無言で眺めていた。
どちらから求めたのかは覚えていない。気がつくと、わたし達は一縷の衣類も身に纏わずベッドの中で抱き合っていた。
 
 
カーテンの隙間から漏れる朝日で目を覚ますと、彼がベッドから出てシャツを着ている最中だった。その愛しい背中を眺めながら声をかける。
「涼宮さんのところに戻るのね」
「あ、いや、その……」
彼はびっくりしたように振り向くと、申し訳なさそうにわたしの目を見つめた。
「いいの。こうなることは最初から分かっていたのね」
「え?」
上半身を起こし、身体を白いシーツで纏いながら、彼を見つめる。
「高校の頃、わたしはずっとキョンくんのことを見ていたの。だから、キョンくんがいま何を考えているかぐらいは分かるのね。涼宮さんに謝りにいくんでしょ」
「阪中……」
それでも、彼は気まずそうに着替える手を止めて、わたしを見つめていた。わたしは彼から目をそらし、懐かしい過去を振り返りながら言葉を紡ぐ。
「わたしね。初めて会ったときからずっとキョンくんのことが好きだったのね。でも、わたしは涼宮さんみたいにキョンくんに告白もしなかったし、SOS団に入ることもしなかった。キョンくんと行動を共にすることもほとんどなかった。
それは、わたしは涼宮さんが好きなキョンくんが好きだったから。だから、キョンくんの姿を遠くから見ているだけでよかったの。昨日のことは一夜限りの過ち、謝るのはわたしの方なのね」
「……でも」
「キョンくんと涼宮さんが仲良くしていることがわたしの願いなの。だから……このまま出て行ってくれてかまわないわ。涼宮さんと幸せにね」
頬を涙が伝っていくのが分かった。彼は、わたしの気持ちを察して、それ以上何も言わなかった。
「ありがとう」
服を着て部屋から出て行くとき、一言だけこういい残して、彼は出て行った。
きっと、わたしは自分のこの想いを、彼に聞いて欲しかったんだと思う。決して叶うことのない初恋の想いを。
彼が出て行った後、部屋の中にはいつもの静寂が戻ってきた。
わたしは彼のぬくもりの残る布団の中に潜り込み、再び目を閉じた。
高校時代の懐かしい夢が見られれば良いと思った。
 
~終わり~
 

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