古泉はまだ来ていない、朝比奈さんもだ。ハルヒはさっきからネットサーフィンに夢中。
で、俺はする事もなくぼーっとしていたワケで。部室内には長門が規則的にページをめくる音だけが響いていたのだが、という長門さん? 一体あなたはどれだけ速読のスキルがあるのですか? 
いつも意識してなかったが、こう静かだと。本をめくる音が大きく聴こえる。その速い事速い事。宇宙製アンドロイドってのは、みんなこうなのかね?
長門が読書を好きなのは、そう設定されたからだろうか? それとも長門が自分で見つけた好きな事なのだろうか?
そんな事を考えていた。ようするにそれくらい暇って事だ。

 


「ねえキョン」
ハルヒがふと思い出したように、俺を呼んだ。
「何だよ?」
ちょっとこれ見なさいよと画面を指差した。
何かと思って覗いてみると、webニュースの一面を飾っていた記事が表示されていた。『堂々、白昼の犯行』とか『現代のルパン三世』とか、そんな文字が躍っていた。
なんだ? まさか銀行強盗するつもりじゃないだろうな?
「そんなワケないでしょ」
ハルヒはハルヒで、ある意味「普通の」常識を持っている。
いつかの孤島の時にそれはもう実証済みだった。こいつが犯罪を望むわけなんかない、わかっているがつい釘を刺しときたくなる。なぜって? 言わずもがなだ。
「プロの犯行よね、犯行時間は三分。人質を誰一人傷つける事無く、逃走経路も完璧」
「まぁな。良いか悪いかは別として、どの世界にもプロフェッショナルってのが居るんだよな」
「プロねえ……、キョン。あんたにも何か才能ないの? マジックとか」
「俺にそんな才能があればとっくにTVに出演していると思うぞ」
「何よ、つまらないわね」
それきりハルヒはネットの世界へと入り込んで出てこなかった。

 


コンコン、ノックのする音で誰が来たのかわかる。SOS団でノックをする習慣があるのは俺か古泉だけだしな。
ハルヒが入って良いわよと応えると、そいつはいつものニヤケ顔でやってきた。
「遅れまして、申し訳ありません」
特に悪びれた様子もなく、椅子に座る。
古泉が遅れてくるのはいつもの事だ、今更誰もそれを咎めたりはしない。というか、そんな規則はSOS団には存在しないしな。
規則もクソも、ハルヒの思いつきで始まった様なもんだ。長門や古泉曰く、キッカケを与えたのは俺らしいが。俺にそんな自覚が芽生えたのは、もっとずっと後のことになる。
今日は将棋でもどうですかという古泉の言葉に、そのまま頷いた俺であった。
金で飛車を取る。つーか、こんな序盤で飛び込んでくるなよ。
「そういえば、見ましたか?」
「何をだ」
桂馬の高跳び歩の餌食って言葉を知らんのか。
みるみるうちに古泉の駒が少なくなる。
「最近めっきり見る機会も減りましたが、昨日のマジック特集ですよ」
「ああ、セ○とかMr.○リックとかのヤツか。そういえば妹がビデオ取ってたな」
その後朝比奈さんが来て、長門の本を閉じる音で何事もなくその日の活動が終了した。
何事もなくという言葉がこれほど有り難いもんだって事を、俺はしみじみと思う。
何せ宇宙的、未来的、はたまた超能力者的な事件が起こらない。こんな平和な日は無いと思う。古泉あたりは、閉鎖空間が発生しなくて良いだろう。
結局、将棋は古泉の三連敗。してやったりという顔の古泉、なんでだよ。こいつの弱さは、うん。もうコメントする気力も沸かん。
ある意味で生まれもった才能なのかもしれない。絶対ギャンブルをやってはいけない人種だと思う。古泉に限ってそんな事は無いと思うが。

 


下校途中。
夕焼けが眩しい。
登りはもうメンドクサイだけの坂なのだが、帰りはこうして町の景色を一望できる。北高に入って良かったと思える点の一つだ。情緒ある町の景色、うん。素晴らしい。
それはハルヒや朝比奈さんも同じだったらしく。
「わぁ……。夕陽が綺麗ですねえ」
と、可愛いボイスが聴こえる。いえ、あなたの方が綺麗ですよとは死んでも言えない気がする。古泉ならサラリといえてしまうのだろうが。
そんな景色に見とれていると、くいくいと右の袖を引っ張る弱い力を感じた。長門だ。
「どうした?」
「あなたに頼みたい事がある」
頼み?
頼み……、長門が困っているという事なのだろうか。
それは宇宙的に困っているという事であり、ひいては世界的にみてマズい事……という事に繋がりそうな嫌な予感がしたのだが、その心配は杞憂だった様で。
「ハルヒの事か? また何か宇宙的にマズい事が起こったとか?」
「違う。涼宮ハルヒは関係ない、わたしの個人的な理由」
「そうか」
「そう」
「で、頼みって?」
「それは、わたしの家に着いてから」
今から一人暮らしの女の子の家に向かうというのに、ここでほっとするのも可笑しい話だが。俺はほっとしていた。
というのも、先週まで世界がひっくりかえる様な事件に関わっていたからだ。さすがにこうも連続してそんな事態に陥った時、普通に振舞える自信がない。
ハルヒ的変態パワーとは関係ないという事で、俺は軽い気持ちで長門のマンションへと向かった。

 


いつだったか、初めて長門の部屋に来た時よりも随分と物が増えている事に驚きを隠せない俺であった。
聞けばハルヒや朝比奈さんと遊ぶ事があるらしく、その時に二人が持ってきたものを置いているとの事だった。
可愛いくまさんの人形や、女の子らしいポップな洋服なんかが置いてある。おそらくそれらは朝比奈さんがもってきたものであろう。
エジプトの土産品らしき謎のオブジェや、ナスカの地上絵の航空写真。これは十中八九、ハルヒが持ってきたもんだろう。
まぁとにかく、殺風景だった部屋には物が存在し。カーテンの色も変わっていた。少しは人間らしさが出ている部屋に、俺は少しだけ安堵した。
長門だって、宇宙製アンドロイドという点を除けば女子高生なのだ。もっとそれらしい生活を送ってもいいんじゃないかと思う。ハルヒの監視だけでは疲れるだろうし。
「飲んで」
入れてくれたお茶を飲む。前飲んだのよりも美味しい気がする。前は正直味わっている余裕なんか無かったもんな、色んな意味で。
で、ひょっとして。
また未来だか過去だかの俺が眠っているんじゃないかと思って例の部屋の事を聞いてみた。
「誰もいない」
良かった。
「ところで長門よ、今日はどうしたんだ?」
本題を切り出す。頼みって何だ?
「付き合って欲しい」

 

 

は。

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最終更新:2008年05月05日 17:43