まずは前日の話からしよう。その日は、いつものように学校までの急勾配コースを谷口と他愛もない話をしながら歩き、校門をくぐった先の下駄箱で上履きを入手し、教室でハルヒに軽い挨拶を済ました後ホームルームが始まり、続いて1限目がお馴染みのチャイムとともに開始され、俺が授業終了までどう暇を潰そうかと考えているといった普段通りの1日だったのだが、昼休み、ある訪問客が来たことで俺は少し驚くことになった。
 振り返ってみることにする。俺の、ちょっとした過去の記憶を。
 ………
 ……
 …
 
 
「キョンくーん、お客さんだよ」
 クラスの女子にまで広まった俺のキテレツなあだ名で呼ばれ、谷口アンド国木田とランチの食卓を囲んでいた俺は義務的に教室の入口の方を伺い見る。そこに、カーディガンを身にまとった小柄の女子生徒を見つけた。
 ちなみに例の如くハルヒは教室には居ない。今頃は食堂で常識の範疇を越えた注文をしておばちゃんを困らせていることだろう。
 俺は、なぜかニヤニヤ顔の谷口を尻目に置いて、どこか不安な心境を保ったままその訪問客に声をかける。
「よう長門、どうした?」
「あなたに話がある。あとで文芸部室に来て欲しい。時間はさほど取らない」
「ああ、構わないが……」
「それじゃあ」
 俺が詳しい事情を訊く前に、長門はそそくさと立ち去り、まるで線香の煙のようにさっと消えてしまった。
 自分の席に戻った俺は、谷口の質問攻撃を華麗にスルーして、残り少なくなった弁当を箸でかきこむことに努める。
 しかし、長門がわざわざ教室まで来て話したい内容とはなんだろうか。教室で話していかないということはそれなりに内容の混んだ話だということだが、時間はさほど取らないと言っていたし……ま、文芸部室に行けば全て解かるさ。
 
 
 着替えてる人は誰も居ないというのに俺のノック習性は健在しており、そのまま扉を開けてもし長門がメイド服に着替えている最中だったらどうしよう、なんてことを考えていたしょーもない俺を、長門はいつもの読書スタイルのままでこっちを見てくれた。
「座って」
 言いながら長門は隅のパイプ椅子から腰をあげ、長机を挟んで俺の向かいに座った。現代の小学一年生が見習うべきほど綺麗な姿勢に、俺は少々緊張してしまう。
 なぜか長門は自分から話を切り出さず、しかたがなく俺が訊くことにした。
「それで、話ってなんだ?」
「……古泉一樹の、こと」
 『こ』のあたりから嫌な予感がして、『いずみ』のあたりでほぼ古泉のことだとは解かっていたのだが、もしかして元首相の小○さんのことかもしれないと妙な期待をし、『いつき』のあたりで長門の頬に朱の色が加わったことで俺は古泉に変な羨望感を覚えた。
 長門、どんな時も無表情で無感情なあの頃のお前はどこへ行っちまったんだ。ウブなお前も最高にそそられるのだが、なんかもっとこう……って、俺はなにを言っているんだろうね。
「……聞いてる?」
「ああ、すまん聞いてなかった」
「……ちゃんと聞いて」
 おうよ。
「明日は古泉一樹の誕生日。だから、わたしから彼に何かプレゼントをしたい」
 そういえばそうだったか。
「彼が喜んでくれそうな物がいいけど……わたしにはそれが解からない。そこで、今日の団活動終了後、わたしに少し付き合って欲しい」
「それは構わないが……」
「彼へのプレゼントを一緒に探して欲しい。いい?」
「俺なんかでいいのか?」
「……あなたに任せる」
 やれやれ、長門に頼られることは大いに嬉しいのだが、果たして長門を満足させられるのか――正しくは古泉を満足させられるか、か――不安だね。
 俺が古泉の喜びそうなプレゼントを頭の中で模索している内に昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。
「それじゃあ、また放課後に」
 長門の少し安堵したように見える表情を脳内補完してから、俺は文芸部室の扉を開けた。
 
 
 放課後。本日のSOS団活動時間も刻々と過ぎてゆき、俺が古泉をちらちら見ていたせいかあっちに不審がられた可能性もあるが気付けば下校時間間近になっていて、いつものように5人で固まって下校して解散後、俺と長門は他の3人の目を盗んでまた解散場所に落ち合うことになっていた。
 すたすたとさっさと帰っていくハルヒや普段おっとりとしてぽやぽやした朝比奈さんの目を欺くことはなかなか容易かったが、古泉に運悪く見つかって「まあちょっと、そのだなあ、あははは」と言いながら誤魔化し通した時には肝を冷やしたぜ。問い詰められる前に早歩きで立ち去って良かった、本当に。
「おう長門、待ったか?」
「わたしがここに到着してからあなたが来るまでの時間は24.77秒。『待ったか』と訊かれると『待っていない』と答えるべきと推測。」
「そうか、じゃあ待ってないんだな」
「でも、わたしはあなたを待っていた」
「…………」
「……今のはジョーク」
 俺は、実は谷口に隠し子が居たなんてニュースをもし聞いた時よりも驚きを隠せなかったであろう。どうしてなんて訊く奴は今すぐ古泉の所へ行って機関ご自慢の腕のいい医者を頼んでもらい脳を、ついでに耳も取り替えてもらうといい。
 
 
「男の人は、なにをもらったら嬉しい?」
 そろそろ街頭に明かりが灯る頃合いのショッピングモールで、長門は訊いてきた。
「そうだな……男が喜ぶものねぇ……」
 長門が期待の目で俺を見る。いかんな、残念ながら俺は長門の期待に応えれそうな解答を持ち合わせていないようだ。
「それなら、あなたは何をもらったら嬉しい?」
「金だな」
 俺は即答した。
「…………」
「だって、金さえあればなんでも買えるぜ?」
「ひねくれ者」
「うっ……」
 俺がなんとも言えぬ虚無感を感じていると、
「もう、見てらんないわね! ねっ、みくるちゃん!」
「え、その、はあ……」
 俺らの背後に人間暴走電車ことハルヒと、人間マイナスイオン発生器こと朝比奈さんの制服姿があった。
「ハルヒ、お前なんでここに?」
「なんでって、どうもあんたの調子がおかしいからつけてみたのよ。みくるちゃんと一緒にねっ」
 やはりバレてたのか。朝比奈さんも無理に連れてこられたんだろう。可哀想に。
「有希と会ってるところ見てぶん殴ってやろうかと思ったけど、話を聞いてみたら古泉くんの誕生日プレゼント探しだっていうじゃない? だから特別に許してあげてたけど、全然選べてないわねっ」
 しょうがないだろ。どうにも俺と長門にはそういうセンスが少し欠けているらしいからな。
「でも安心してちょーだい。あたしがいい店を知ってるから!」
 ハルヒのウインクが、俺には悪魔の微笑みに見えた。
 
 
 壁にかけられたドクロ。立ち並び飾られた怪しい仮面や人形。どうみても悪趣味な商品。
「おい……なんだ、この店は」
「どう、この怪しさは!」
 そりゃあ樹海の中で変な色のキノコを採取してる黒装束の婆さんよりもずっと怪しいさ。怪しいと言うより、気持ち悪いの域に達していると俺は思うがな。
「古泉くんってミステリアスな感じがするじゃない? きっとこういうのも好きだと思うのよ! ほら、これなんてどう?」
「『悪魔貯金箱』、この中が小銭で満たされた時、あなたは悪魔の魂を受け継ぐだろう……ってなんだこりゃ! 誰がこんなもん欲しがるんだよ!」
「すっごく怪しくていいじゃない!」
「怪しさなんぞ求めてない!」
 見ろ、朝比奈さんなんて、まるでこの世の物とは思えない物を見るような目で店内を見渡しているだろうが。これ以上彼女をこんな店に置いてはおけない。
「出ましょう、朝比奈さん」
「あ、ははい!」
「ほら長門も、行くぞ!」
「あー! ちょっと、待ちなさーい!」
 
 
 その後も、ハルヒによって十分も居れば気分が悪くなりそうな店に連れて行かれたり、朝比奈さんによって妙にメルヘンチックな店に連れて行かれたり、長門について行った先が市立図書館だったりと、古泉へのプレゼント探しは難航を極めた。
 空は絵の具で塗り固められたようにすっかり暗く、人通りも夕暮れに比べて結構少なくなっていた。俺らの周りにも諦めムードが漂う。
「なにがいいんでしょう……古泉くんへのプレゼント」
「キョン、あんたもなにか考えなさいよ」
 考えてるさ。きっとこの中で一番まともな自信もある。
「じゃあいいアイデアを……あら? もうこんな時間?」
 言いながら時計を確認したハルヒは、
「あたしたち、明日有希んちでするパーティの買出ししないと」
「あたしたち?」
「もちろん、みくるちゃんも来ないとだめよ!」
「ででも、プレゼント探しが……」
「それは有希とキョンに任せましょ。あたしとみくるちゃんはもう買ったしねっ」
 勝手に振り回しておいて結局これか……まあお前らしいが。
「そいじゃ、がんばってちょうだい!」
 そう言うとハルヒは朝比奈さんの手をとって悠々と走り去っていった。つくづく元気な奴だ。
「……どうする?」
「そうだなー、これだけ歩き回っても考え付かないなら、いっそ金では買えないものにしたらどうだ?」
「お金で買えないもの……?」
「プライスレス、ってやつだ。例えば『愛』を贈るとかさ!」
 ちょっとふざけ半分で言ってみたのだが、長門はそれを真面目に受け取り、
「それがいい」
 俺の目を真っ直ぐ見て言った。長門は真剣な顔なまま、
「それはどうやって贈るの?」
「それはお前が考えて贈るものさ。愛のかたちなんてものはひとつじゃないからな」
 なんてクサいセリフだ。喋る相手が長門じゃなかったら、俺は今頃頭から溶岩とともに火山灰を噴射させていることだろう。
「……解かった、考えてみる」
「おう、がんばれ」
 俺は時計を確認する。まずいな、もう結構遅い時間なのに、家には連絡なしだ。親の機嫌を取っておかないと不思議探索での茶店代金が賄えなくなっちまう。
「すまんが、俺はもう帰らないとまずい。1人でも大丈夫か?」
「大丈夫」
 俺はもう一度「ごめんな」と申し訳なく言って、帰路の途についた。
 
 
 …
 ……
 ………
 以上が前日の出来事である。
 長門が古泉になにをプレゼントするのかちょっと楽しみであったが、自分の持ってきたプレゼントを見るとちょっと恥ずかしい感じもする。
 押入れの奥深くにあった、昔よく遊んだ野球盤である。それはそれは陳腐なもので、ほこりを掃除してもまだ汚れが目立つ部分があったが、「レトロな感じで良いですね」と古泉が言ってくれることに期待するしかなく、放課後まで――本日の団活は中止である――この野球盤を古泉に気付かれないように気を使っていた俺は、本日も文芸部室に向かった。
 今日は文芸部室に行かなくても良いのだが、長門の家のパーティ準備ができるまで古泉の話し相手になってやるというのがハルヒから出された俺の任務である。
 ちなみにパーティのことは古泉に伝えていない。あとでびっくりさせてやろうという作戦だ。
「おや? あなただけですか」
「不満か?」
「いえ、むしろ好都合。あなただけとの時間が欲しかったんです」
 どういう意味だろう。
「ひとつ質問していいですか」
「なんだ?」
「……率直に訊きます。昨日、長門さんと2人でなにをやっていたんですか?」
「お前見てたのか?」
「ちょうど見かけたんです。あなたと長門さんが肩を並べて歩いているところを」
 こいつ、夜に1人で街を散歩でもしてるのか。どうやら誤解してるっぽいな。
 しかし、どうやって説明すればいい? お前のプレゼントを探していたとは口が裂けても言えまい。
「あれはだな……その」
「僕に内緒で会う約束をしてたのですね?」
 まあ事実そうなんだが、ちょっと履き違えてるぞ。
「長門さんはどこですか?」
 古泉の笑顔が少し怖い。森さんの殺人スマイルに似ている。
「……長門は、今家に居るはずだが、ええとだな」
「家ですね。長門さんと直接話してきます」
「お、おいちょっと待てよ」
 古泉は席を立ち、早急に部室から出て行ってしまった。……なんかまずいぞ。説明する暇さえ与えられなかった。
 10秒ほどボーっとしてた俺は、我に帰って古泉を追いかけた。
 
 
 追いついた頃にはもう遅かった。俺が古泉を見つけた時には、あいつは長門マンションのキーを使って開錠しており――なんであいつキーなんて持ってんだ――、エレベーターに乗り込んでいた。
 俺は毎日の急勾配登校のおかげで鍛えられた足腰で、階段をめちゃくちゃに駆け上がったがそれでも間に合わず、古泉が長門の部屋に入った瞬間、俺も2,3秒送れて中に入った。
「ちょっとキョン、早いわよ! まだ準備ができてないのに!」
「涼宮さん……!? どうしてここに?」
「わっわっ、どうしましょうっ」
「朝比奈さんまで!」
「……長門、説明してあげたらどうだ?」
 長門はこくりと頷き、
「古泉一樹、今日はあなたの誕生日」
 古泉の口がどんどん開いていくのが見える。
「わたしたちは、あなたを祝うパーティの準備をしていた」
 あんぐりと開口する古泉。面白い顔をしやがる。
「それじゃあ、昨日のは……」
「ああ、お前へのプレゼント探しをしてたんだ。お前は見なかったようだが、ハルヒと朝比奈さんも居たんだぜ」
 すると古泉は顔を真っ赤にして、両手で頬をおさえた。
「ぼ、僕はなんて誤解を……みなさんが僕の為にしてくれていると言うのに……」
「古泉くん、そんなに照れなくてもいいのにっ!」
 照れる他にもっと赤くなる理由があるのだが、ハルヒが知るはずもない。
「まだ部屋の装飾が準備不十分だけど大丈夫よねっ! さあ、始めましょ!」
 
 
 古泉誕生日会が始まり、ハルヒはなんと例の『悪魔貯金箱』、朝比奈さんはなんとも可愛らしいクマのぬいぐるみをプレゼントし、俺も野球盤を取り出した。
「誕生日おめでとう、古泉」
「ありがとうございます、それと、先ほどは本当にすいませんでした……」
 謝るなよ、お前らしくもない。
「しかし、僕は……」
「気にするなって。誤解が解けたんならそれでいいさ。そんなことより、ほら」
 お前は長門からのプレゼントのほうだけに気にしてればいい。
「古泉一樹……」
「長門さん……」
 古泉が、俺が、ハルヒが、朝比奈さんが、長門を見た。結局プレゼントは何なのか、と。
「あなたと、合体したい」
「…………え?」
「それがわたしの愛のかたち」
 空気が死んだ。空気を読めと言われ続けてきた俺でも解かる。空気が死んでいる。
「……どうしたの?」
「有希、それはどういう……」
「本で読んだことがある。男女同士で愛を分かち合うためには――」
「――あーそれ以上言わなくていい!」
「どうして?」
「どうしてもだ!」
「はわわっ……」
「みくるちゃん!?」
 朝比奈さんが目を開いたまま倒れこんだ。なんだ、この状況は!
「古泉一樹、嫌?」
「いえ決して嫌では……って、僕はなにを……!」
 『愛』を贈るなんて言った俺がばかだった。いや、普通こんな愛のかたちをプレゼントするなんて俺は知らなかったんだ! って俺は誰に言い訳しているのだろう?
 無表情のままそんなことを延々と言い続ける長門を鎮めるのにはそれなりに時間がかかり、もはやパーティどころではない状況になってしまった。長門には「やはり物のプレゼントがいいんじゃないか」とみんなで説得してなんとか言いくるめることが出来たが、やれやれ、清純とは恐ろしいものだね。
 俺は、今度また長門のプレゼント探しに付き合わされるのかと少し暗鬱な心境と、間違っても長門が確信犯ではないよな、と願を懸けながら、長門の家を後にするのだった。
 長門の愛のかたちを見れた日であった。
 
 
 愛のカタチ end
 
 
 
 
……これは、小野大輔さんの誕生日に掲載させていただいたSSです。

他の誕生日作品はこちらでどうぞ。

 
 

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最終更新:2020年03月11日 23:05