先週の土曜日に彼女に会ってから、図書館に来る頻度が週に一回から三回に増えちゃった。

塾がない月水の放課後と土曜。勉強がはかどるのはいいんだけど、あれ以来まだ彼女には会えてない。
やっぱり土曜日にしか来ないんだろうか。大学生は授業時間が決まってないからなぁ。
あの時は何時からいたんだっけ…
「おい国木田、どうしたんだ変な顔して」

え、あぁ別に何でもないよ。ちょっと考え事をね。
何て事ない風に返事したつもりだったんだけど、
さすがに付き合い三年目にもなるとごまかせなかったみたいだ。

「お前月曜からおかしいぜ。土日に何かあったのか?
飯の時くらい勉強の事は忘れろよ、脳がオーバーヒートするぞ」

…そうなんだ。実はまだあの日から四日しか経ってないんだよね。
つまり僕はあのあと月曜と水曜に図書館に行って鶴屋さんに会えなかっただけで、
モヤモヤした気持ちのままいつもの二人と弁当を食べてるってわけ。 

はぁあ…。

「おいお前、本当に大丈夫なのか?今のため息は恋患い中の乙女のモノマネか?」

キョンに見抜かれるようじゃ、僕はきっとかなり分かりやすい表情してるんだろう。
でも自分じゃどうしようもない。キョンの言う通り、僕は女々しくも恋の病を患ってるみたいだ。

早く次の土曜が来ないかなぁ。土曜なら会える気がする。
っていうか、会いたい。会えないとやだ。会う会う時会えば会わず…
男がこんな事考えてるのは正直気持ち悪いと思う。うん。

でもこれには理由があるんだよ。賢明な人ならこういう疑問を持つと思う。

        『おい、今は情報化社会だぞ。会いたいならメールでも何でもすればいいじゃないか』

それは確かにそうだ。でもそれが出来たらこんなに悶々としない。

僕鶴屋さんの電話番号とアドレス知らないんだ。

笑ってもいいよ。

とにかく、次会えたらちゃんと聞かないといけない。っていうか順番が逆だよ。
あんな恥ずかしい事言った後で「メールアドレス教えて下さい」?何それとか思われないかな。
待てよ、よく考えたらどうやって女の子にメールアドレス聞けばいいのかわからない。
いきなり聞かれて嫌じゃないのかな。谷口を見てると嫌がられるのが普通っぽいけど。
そうだ、キョンはどうやって涼宮さんに聞いたんだろ?

弁当時の下らない話のネタみたいな感じで聞いてみようかな。

ねぇキョン。

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「ハルヒのアドレス?何だいきなり…まぁどうしてもと言うなら教えるが、
俺の携帯を強奪して勝手に登録した」

そ、そうなんだ…

涼宮さんらしいけど、参考にならないや…

「まさかお前、どっかで道行く女に一目惚れか?
国木田もやっとナンパに目覚めたか!でもよ、アドレスに聞き方も何もないだろ。
クラスの女子のはどうやって聞いたんだよ」

聞いた事ないんだ…聞かれて答えるだけで。

「…そうかい。お前は敵だ。敵に与える情報など何一つない」
谷口が拗ねてしまったところで、昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。次の授業の用意しなきゃ。

問題は解決しなかったけど…次英語だしね。
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気になる事-キョン風に言うなら懸案事項-はあるけど、
それと同じくらい大事な三年生になって初めての近隣の塾主催の模試が明日ある。
この時期から自信をつけていくのが大切だと思うし、今はそれに集中しないと。

…ふぅっ。

この日月火水木の五日間で幾度となくついた溜息。

幸せが逃げないように、深呼吸してごまかした。
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模試は周りの緊張感溢れる空気のおかげで何とか集中して受けることができた。
第一志望のあの大学、A判定取れるかな。教えてもらった英語のコツはちゃんと身になってるかな。
今、鶴屋さんは何をしてるだろう…
…終わった途端コレ。こんなの初めてだから、どうしたらいいかわからない。
いっその事僕もキョンみたいに鈍感だったら楽だったのに…
でも、自分の気持ちに気付けないのも嫌だしなぁ…
ジレンマだ。どうすれば治るんだろこの病気。どんなテストよりも難しいや…

「どうしたんだい頭を抱えて。模試の結果が芳しくなさそうなのかい?」

…?


「久しぶり。卒業式以来だから、二年一ヶ月振りという事になるね」

くしゃくしゃの頭を上げると、僕が勝手に学業のライバルにしている佐々木さんが缶コーヒー片手に立っていた。

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「高三にもなると次第に焦燥感が沸いてくるよ。まだ焦る時期ではないかもしれないけれど」

相変わらず、ちょっと変わった喋り方をする佐々木さん。
試験会場の塾のロビーでコーヒーを飲みながら僕らは久しぶりの会話を楽しんでいる。
すごく受験生的な話題から歓談は始まった。
平常心を保ちたかった僕にはありがたい。

「ところで、君はどこを志望しているんだい?差し支えなければ、
是非教えてほしいところだ」

あの大学の名前を告げる。

「なるほど、君らしいね。理工学部志望だろう?それとも医学部かな?
あそこは理系学部の選択肢が豊富だからね。
君の模試の理系科目の優秀さを考えればピッタリだと僕は思う」

僕の成績、知ってたんだ。ちょっと嬉しいよ。この際だから言うけど、
僕佐々木さんを勝手にライバル視してるんだ。

「それは僕としても喜ばしい事だよ。受験生という立場からすれば、
馴染みはあれど恨みっこなしの競争相手がいるのはとても有益なことだからね」

それは言えてるね。お互いがんばろう。

「あぁ。だからこそ、先程の君の様子は心配せずにはいられない。
あまり頑張りすぎるのは上策とは言えないな。悩みがあるなら言ってみたらどうだい?
正直に言って、飄々としているのがお似合いの君に頭を抱えさせているのは何なのか…
それを知りたいという好奇心もあるけどね。あぁ、話したくなければ構わないよ」

うっ…平常心がグラリと揺れる。
でも…佐々木さんならキョンや谷口と同じく信用できる。いや谷口は微妙かなぁ。
谷口の事は置いといて、佐々木さんにはなぜか異性なのにそういう事を相談しやすいような雰囲気がある。
喋り方のせいかなぁ。せっかくだし、相談してみようかな。ちょっと恥ずかしいけど…

佐々木さんはさ、いきなり男子にメールアドレスを聞かれたらどう思う?
やっぱり嫌かな?


「………」

えっと、聞こえなかったかな。あの…

「いや、そうではないよ。ただ余りにも意外な問いだったので驚いてしまった。
質問に質問で返して済まないけど、それはどういう関係の男子にだい?
全く知らない人?それとも親しい間柄なのかい?」

わ、わからない…

「う…」

佐々木さんが珍しく言葉に詰まる。

「た、例えば全く面識のない人間にアドレスを聞かれたら、正直僕は嫌だと思う。申し訳ないがね。
しかし少しでも面識があって、嫌いだという感情がなければ別に嫌悪感は抱かないよ」

そうかな…。嫌われてなければ…。

「と、とにかくあと一年適度に頑張ろう。僕はもう帰らなければならない。
キョンや涼宮さん達によろしく。じゃあ失礼するよ」

うん。…どうしたんだろ?あんなに慌てた佐々木さんは初めて見たなぁ。 

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「やぁキョン、夜分にすまないね。だが少し話したいことがあるんだ」

「あぁ、ありがとう。あの国木田くんの事なんだけどね。彼、最近変ではないかい?
…そうだ。そうなんだよ。
これは口外しないでほしいんだが、今日模試が終わった後偶然会ってね、相談を受けたんだ」
「…そう。メールアドレスについてだ。
その時の彼の顔はもうキョンと手を繋いで歩く涼宮さんのようで
僕としたことが思わず動揺してしまったよ。
くくっ、済まない。けれど彼はどうやら重い『精神病』にかかっているようだよ。
友人のよしみで気にかけてやってくれると、彼の学業のライバルとしてもありがたい。
あぁ。ではまたいつか」

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最終更新:2008年04月25日 14:10