(涼宮ハルヒの陰謀のネタバレを含みます。)

  • 目次

 

 

1章 失踪

長門が失踪した。

その日は風邪が流行っており、高校生活1周年をまもなく迎えようかという時期だった。放課後、部室に行くと驚くことにいつも長門が鎮座しているはずの窓辺の椅子が空席なのだ。はじめは、コンピ研にでも行っているのだろうと考えていたが下校時間になってもとうとう部室に現れなかった。
SOS団に不可欠な無口キャラが来ないことに業を煮やした我らが団長は携帯電話で電話をした。。。。が出ない。
「何回コールしてもでないんだけど、有希どうしちゃったのかしら」
ハルヒは動物園のライオンのように部室を無意味に歩き周っていた。
キョン「すまん、探してくる。」
とてつもない不安に駆られた俺は堪らず部室を飛び出した。
「待ちなさい。勝手な行動は団長への背信行為と見なすわよ。」
ハルヒは怒声をあげ俺の後を追い、その後ろから朝比奈さん、古泉も付いてきた。コンピ研の扉をノックをせずに開けた俺はそこに長門がいないことを0.2秒で判別し、長門のクラスへ走り出した。コンピ研の部員はただ呆然と立ち尽くしていることだろう。今日ばかりは俺もハルヒの影響を少なからず受けていると認めざるを得ないな。全力で走ったのですぐに教室に着いた。幸いにも教室には数人の生徒が残っている。俺はその生徒の1人から長門が今日学校に来ていないという事実を聞き出した。今度はハルヒが走り出した。
「おい、どこに行くんだ。」
「職員室よ。担任の先生なら休んだ理由を知ってるかもしれないでしょ。
さっさっとついてきなさい。」
今度は俺がハルヒの後を追った。このとき俺は団長にはなれないな、と考えるまでもない事実を再確認した。が今はそんなことを言ってる場合ではない。長門が学校に来ない。なぜ?風邪か?インフルエンザか?そんな訳はない。何か用事ができたから、、、いや、あいつの任務はハルヒの観察でそれ以外にすることといえば読書ぐらいのものだ。以前、長門が口にした言葉が頭を横切った。「処分が検討されている。」まさか情報統合思念体の仕業なのか?

ハルヒは職員室に入るなり長門のクラス担任を睨みつけ、誘拐犯をみる刑事のような目で
「有希はどうしたの?」
と声を張り上げた。先生は戸惑いながらも無断欠席で全く連絡がつかないという情報を提供してくれた。それを聞いた我らが団長はすぐに行動を起こした。
「有希のマンションに行くわよ」
俺たちは長門の住むマンションへと向かう。長門のマンションに着いた一行はインターフォンを何度もならしたが、応答はなかった。
古泉は微笑を浮かべながら
「風邪の流行っている時期です。きっと長門さん風邪なのでしょう。寝込んでいて、呼び鈴に気づかないのではないのでしょうか。
昨日長門さんと話していたら、風邪気味とおっしゃっていたので。風邪で間違いないでしょう。今寝ているのであれば無理に起こさない方がいい。今日は解散しましょう。」
ともっともらしい嘘を言った。こいつは超能力者よりペテン師になるべきだな。ハルヒは眉間にしわを寄せ考え込んだが、
「そうね。」
と言って、俺たちに解散を宣言した。俺はすぐさま古泉をみた。それに気づいた古泉はウィンクを返してきた。何のつもりだ。気持ち悪い。
これ以上古泉と目を合わせる必要もないので、朝比奈さんに目配せをした。朝比奈さんもすぐにこちらの視線に気づき真剣な顔で見つめ返してくれた。俺は「あ・と・で」と口パクをして地面を指さした。通じただろうか。まあもし通じていなくとも携帯電話に電話すれば足りることだ。そうして長門のマンション前で解散した。

そして、俺はハルヒの姿が見えなくなったのを確認してマンションに戻った。古泉、朝比奈さんは既に玄関前にいた。

「長門が休むとはどういうことだ。古泉、何か心当たりはあるか?」

「私には検討もつきません。とりあえずインターフォンをならしてみましょう。」

インターフォンを鳴らす。無音が続いた。しかしそれはいつもの無言の返事ではない。本当に誰もいない無音だった。
「参りましたね。手の打ちようがありません。お手上げです。」
諦めの早い古泉をぶん殴ってやろうかと思ったがそういう自分も解決法があるわけではない。人のことを言える立場ではない。だが俺はこいつと違い諦めの悪い方だ。考えろ!何か糸口があるはずだ。何かが。
「そうだ」

俺はひらめいた。
「時間遡航だ。昨日に戻って長門に直接事情を聞けばいい。
朝比奈さん。今すぐ申請してください。」
「ええ。はい。えっと。そうですね。わかりました」
朝比奈さんは数秒間、目を閉じた。
「だめです。許可が下りません。」
どういうことだ。朝比奈(大)さん。行く必要がないからか。それとも長門が消えることが規定事項だからか。俺は冷静さを完全に失っていた。
「申請なしではTPDDは使えないのですか」
俺は声を荒げた。
「駄目です。ご、ごめんなさい。」
くっそ!どうなってんだ。朝比奈(大)さん。
「もう一度申請してください。」
朝比奈さんはぐっと目を閉じた。
「ごめんなさい。やっぱりだめです。」
朝比奈さんの目には涙が溢れ出していた。

「ごめんなさい。」

その涙で俺は正気を取り戻した。
キョン「いえ、許可が下りないということは、解決策が別にあるか、本当に風邪なのかもしれません。いずれにしろ、時間遡航は解決策にはなりえないということでしょう。気にしないでください。朝比奈さん。」
朝比奈さんはただ泣くばかりだった。

 いつまで考えても他にいい考えが見つからず俺たちは結局、解散した。まだ寒さの残る3月。俺は家路につくため1人自転車をこいでいた。今更ながら後悔した。結局長門がいないと何もできないのかよ。長門が失踪して身にしみて気づいた。俺はいつも長門に頼ってばかりだった。自分で努力することをせず無敵のスーパーマンに任せっきりだった。俺は修羅場をくぐり中学生のときより格段に成長したと思っていたが、そうじゃない。人に頼ってばかりで自分で何もしてないじゃねえか。くそ。そんなんだから朝比奈さんを追い詰めてしまうんだろうが。自分じゃ仲間も助けられないのかよ。

 

 俺は別に急いでいるわけでもないのに全速力で自転車をこいだ。進行方向12時に見覚えのある「やつ」が立っていた。

「やあ。」
古泉とは違う微笑を浮かべそいつは言った。朝比奈さんの誘拐に関わった、あの未来人だ。

「君は自分の置かれている状況がわかってないようだから説明しよう。長門有希とは二度と会えない。」
きさま。俺は胸ぐらをつかんだ。
「おまえがやったのか」
「やめたまえ。僕ではない。あの宇宙人はおまえらを守るために自らを犠牲にした。涙ぐましじゃないか。」
「どういうことだ。」
「情報統合思念体は涼宮ハルヒの精神が安定することを快く思っていない。「進化の可能性」というやつがなくなるからな。情報統合思念体は涼宮ハルヒに大きなショックを与え情報爆発を観測しようとした。それを防ぐため、あの宇宙人はそれを阻止するため涼宮ハルヒの力を使い自らの存在もろとも情報統合思念体を消したと言うわけだ。」
「うそだ。なぜ朝比奈さんは時間遡航の許可をださなかった。なぜおまえが俺を助けようとする。理由がない。」
「朝比奈みくる達は情報統合思念体の存在を恐れていた。もし彼らが涼宮ハルヒに大きなショックを与えれば、未来が大きく変わりTPDDが存在しなくなるからな。
朝比奈みくる達はあの宇宙人を見限った。それは賢明な判断さ。僕の目的はそれを阻止することだ。あの宇宙人の行動を止めれば、情報統合思念体は存続し行動を起こす。そうすればTPDDが発明されなくなる。」
キョン「TPDDが発明されなければおまえも時間遡航できないじゃないか。」
「僕の使っている装置は彼らのTPDDとは若干違う。
99パーセント同じ理論だが、最後の1パーセントが違う。朝比奈みくる達のTPDDはその1パーセントに涼宮ハルヒが大きく関わっている。情報統合思念体が行動を起こしSOS団を崩壊させれば未来は変わる。彼らはTPDDを使えなくなる。僕の目的は朝比奈みくるのTPDDを封じることだ。

宇宙人を助けSOS団を崩壊させるか、SOS団を守るため宇宙人を見捨てるか。どっちを選ぶ。」
 選ぶも何もない。そんな選択肢は存在しない。長門が消えればその時点でSOS団は崩壊したといっていい。よってそんな選択肢は存在しない。情報統合思念体が何をするか知らんが、そんときはそんときだ。今は長門を助けることが先決だろう。

しかし。そもそも、こいつの言っていることは信用できるのか?朝比奈さんとこいつどちらが信頼できるかと聞かれたら、俺は100%朝比奈さんを信用すると言うはずだ。だが、なぜなんだ朝比奈(大)さん。どうして時間遡航を拒否したんだ。

いけすかない未来人は言った。

「過去に行くといっても縄文時代じゃない、昨日だ。簡単に帰ってこられる。それに昨日に行ってどう行動するかは君の自由だ。僕は何も束縛しない。なんの不満があるというのだね。」
俺は決断した。別にこいつの言うことを信用したからではない。それ以外の選択肢がなかったからだ。長門失踪の理由を知るには過去に遡航するしかない。長門には助けられてばかりだ。一度ぐらい俺が助ける役になってもいいはずだ。俺は迷いのないまっすぐな視線を未来人に向け、こう言った。
「昨日に連れて行ってくれ。」


2章 長い夜

 

 後になって冷静に考えてみれば俺はどうにかしていたのかもしれない。朝比奈さんを誘拐しようとしたやつの言うことをほいほいと信じたのだから。

その未来人は律儀にもきっちり24時間過去に連れていった。

「着いたぞ。あれから24時間0分0秒前、3月6日木曜日の午後6時12分だ。
約束通り僕は帰る。あとは好きにしろ。君の自由だ。」
そう言い残し闇へと消えていった。
「ありがとよ」
まさか、あいつに礼を言うとは誰が予想しただろう。俺はすぐさま長門のマンションへと向かいインターフォンを鳴らした。
「・・・・」
無言の応答があった。これほど長門の無言に懐かしさを覚えたことはないだろう。
「俺だ。話したいことがある。あけてくれ。」
ドアがゆっくり開いた。
「入って」
長門はいつもと変わらない無表情で、長門の部屋もいつも通り殺風景だった。俺はリビングの隅にかばんを置き、こたつの前に座った。長門は急須と2つの湯飲みを持ってきた。
「飲んで」
「ああ」
長門のお茶を飲んで驚いた。以前より格段にうまい。もしかしたらこいつはお茶を煎れる練習をしていたのかもしれん。まさかな。俺の精神状態がそう感じさせただけだろう。長門は俺の前に座っていた。
「長門」
「なに」
「実は俺は明日から来たんだ。明日、おまえがいなくなる。」
「・・・・」
「なぜだ。なぜだか知っているか。」
「知らない。」
長門は淡々と答えた。
「私があなたの前から姿を消すことはない。」
「じゃあ、なんで学校に来なかった。何か心当たりはないか。」
「ない。」
長門はいつもより強い口調で言ったように思えた。長門は嘘を言っているようには思えない。これから何かが起こるのか。長門が予想もしない何かが。俺はとてつもない不安に駆られた。長門を失いたくない。俺は長門の両手を包み込むように両手で握りしめた。

「長門。約束してくれ。明日学校に行くと。明日だけじゃない。これからもずっとSOS団にいると。」
「約束する。」
俺は長門の手を握りしめたまま離さなかった。離してしまうと消えてしまいそうな不安にかられずっと握りしめ続けた。長門は液体ヘリウムのような目で俺を見つめていた。手を離してもよかった。いっそのこと抱きしめようか。しかし、俺は変化を恐れた。このまま何もしなければ永遠にこの時間が続くような気がした。長門を失わなくてすむ。そう思うと俺の手は長門の手から離れなかった。
長い夜が続いた。

 

3章 旅

 

 長い夜の終わり告げるように、鳥のさえずりが聞こえた。窓からかすかに光が差し込む。俺は手を握り続けていた。
「離して。行かなければならないところがある。」
長門が突然言った。
「どこへ?」
おれは血の気が引いた。ついに来たか。
「大丈夫。私はあなたの前から姿を消すようなことはしない。信じて。」
「東経140. 0872278度 北緯36. 2293542度の地点で波動型情報生命体が見つかった。今は問題がないが情報拡張活動が活発化する前に処置を施す必要がある。」
いつもながらわけがわからん。
「ほっておくとどうなる。」
「波動型情報生命体は増殖力が弱く驚異とならない。しかし現在彼らがいる空間は特殊。彼らに適した環境。爆発的な増殖の危険がある。すぐに対処すべき。」
長門が俺から離れるための口実ではないだろうか?いや違う。長門は約束してくれた。俺は世界で一番長門の感情を読み取る能力に長けているといっても過言ではない。あの言葉はうそではない。しかし、そうなるとあの未来人の言葉はなんだったんだ。嘘か?だとしたら何のため。やはり罠なのか。しかしもう乗りかかった船だ。途中で引き返すわけにもいかない。
「わかった。俺もついて行く。行こう。」
俺はこのとき奴らの真の目的が何なのか全くわかっていなかった。
わかっていれば事前に古泉に電話くらいはしていただろう。困ることになるからよろしく頼むと。

 俺たちはマンションを出て駅へ向かった。朝早くまだ人はまばらだ。駅から私鉄に乗った。早朝の電車に揺られながら長門へ問いかける。
「で、どこへいくんだ。」
「東経140. 0872278度 北緯36. 2293542度」
「いや、すまん。わからん。それがどの辺なのか検討もつかん。何市にあるとか、最寄り駅はどこかとか、俺でもわかるような説明で頼む。」
IT市。T駅が最寄り駅」
俺は意表を突かれた。てっきり電車で数駅行ったところだと思い込んでいた。しかし長門が示した場所は新幹線やら飛行機を使わなければ行けそうにない場所だったのだ。
「ちょっと待て。そんなに遠いのか。まさかそんな旅行をするとはみじんこほども思っていないから、俺は何も準備しちゃいない。手ぶらでマンションを出てきちまった。お金も持ってきていやしない。」
「大丈夫。」
長門は封筒に入った札束を見せた。こいつの所持している現金は日本銀行で発行されたものなのだろうな。俺たちは私鉄を乗り継ぎターミナルへ行き、そこの駅員に長門の言った最寄り駅への順路を聞き、切符を手配した。そこから在来線で新幹線の駅まで行き、俺たちは新幹線に乗った。新幹線の車中、俺が昨日(正確には今日だが)経験したことになることを事細かく説明することにする。
説明途中で俺はあることに気づいた。
「長門、学校に電話しろ。」
「・・・・」
「無断欠席だとみんなが心配する。風邪で休むといっておけばいい。」
「携帯電話を部屋に置いてきた。」
俺の携帯で、と言いかけてやめた。俺は今携帯電話を使えない。
同じ時間に同じ番号の携帯電話が2台存在したとすればそれはクローン携帯に他ならない。長門は言う。
「あなたの記憶では私は学校に電話していない。その事実に従うべき。」
「そうだな。」

 新幹線に乗ること2時間半。そこからさらに電車に乗り継ぎ長門の指定する駅についたのは昼過ぎだった。長門の指定する場所は山の中らしく、とうてい歩いていける場所ではなかったのでタクシーに乗ることにした。駅前に広がっていた田園都市はみるみる田んぼへと変化し、気づけば見渡す限り山となった。長門の正確なナビゲーションにより目的地付近に難なくついた。T駅から車で40分ほど走り着いた場所は本当に何もない山奥だった。俺はすぐに戻ってくるからここで待つようタクシーの運転手に伝え、長門の後を追う。そこから車では入ることのできない獣道を歩くこと1分、すぐに視界が開けた。そこには巨大な携帯電話の基地局があった。フェンスに囲まれ立ち入り禁止の看板がある。
「着いた。」
長門はつぶやき、黙々と塀を登った。俺も後に続き塀を超える。

長門はまっすぐ歩き、巨大な建造物で立ち止まると、そこについた小さな塵を取って言った。
「これが波動型情報生命体。有機生命体は粒子性と波動性の両方に束縛される。
情報統合思念体はそのどちらにも束縛されない。波動型情報生命体は物体の波動性のみに束縛される。」
全くわからん。古泉を連れてくればよかった。
「通常は驚異となり得ないがこの空間は波動エネルギーが異常に大きいため、増殖の危険性がある。」
そう言いながら長門は指先にのせた塵を見つめるとその塵は消えていった。
俺たちがやるべきことは終わったようだ。
「ありがとう。」
長門は小さくうなずいた。
永遠と続く夏休みを解決しようともせず、ただ観察するだけのあの長門が、今やSOS団はおろか、地球の心配までしてくれるんだ。感謝の一言ぐらいあっていいだろう。

「遅くなると行けない。帰ろう。」
まだ、日は高い。いまからだと今日中には帰れるだろう。そう思いタクシーの止まっているはずの場所に戻り俺は愕然とした。ない。ないのだ。待ってくれと頼んだはずのタクシーがいないのだ。ここは見渡す限り木しかない山の中だ。どうする。歩いて麓まで歩くべきか。

俺は長門をみた。昨日あれだけ後悔したにも関わらず、長門がどうにかしてくれるだろうと心のどこかで期待する自分が嫌になる。長門は俺の視線に気づき言った。
「道順は正確に把握している。歩けば10時間ほどで帰れる。」
淡々と言う長門をみて思わず頭を抱えた。それしかないか。
別に急いで帰る必要もない。どうせ明日は土曜日、学校は休みだ。このとき俺は知るよしもない。これこそがあの未来人の罠であり、急いで家に帰らなければ後々面倒になるということを。

 

 

俺たちが10時間強制ウォーキングを開始して一分も経たないうちに一台のタクシーが俺たちの目の前で止まった。ドアが開き助手席に乗っていた女性が降りようとする。俺の中にあるトラウマが蘇り、長門の肩を持ち体を寄せる。誰だ。刺客か?女性は車から降り笑みを浮かべた。俺が全く予想もしていない人がそこに立っていた。
「お久しぶりです。」
年齢不詳のその方は俺の緊張を吸い取るような笑みを見せてくれた。俺は運転席をのぞき見る。やはり。そこにいたのは、森さんと新川さんだった。
「どうしてここに。」
「事情はあとでお話します。とにかく乗ってください。」
俺と長門は車に乗り込んだ。車はすぐに走り出す。
「どうして森さんはここに、いや、どうして俺たちがここにいることがわかったんですか。」
「あなたの居場所を教えてくれた方がいました。誰だと思いますか。」
森さんは微笑を浮かべた。俺は今日ここに長門と2人で来ていることを知っている人を検索した。古泉、、は知るはずない。俺の後をつけていない限り、いくらあいつでも俺が朝比奈さん以外の未来人と遭遇することは予想できない。
古泉ストーカー説を却下した後、知っていて不思議ではない該当者が1人思い浮かんだ。

古泉は「機関」と未来人はそれほどの協力関係にないようなことを言っていたが多少は交流があるはずだ。
「朝比奈さんですか。」
「正解です。朝比奈さん。といってももっと未来の朝比奈さんですが。」
朝比奈(大)さん。疑ったりしてすまなかった。
「どうして朝比奈(大)さんが?」
「あなたは明日の9時ごろ北口駅にいる必要があるのです。朝比奈さんはそれを私たちに知らせてくれました。今回の件で私たちと朝比奈さんは利害が完全に一致しています。もちろん、あなたや長門さんとも。」
「利害とは?」
「現状維持です。急がなければ間に合いません。あなたが間に合わなければ未来が変わってしまいます。朝比奈さんと対立する未来の人たちはあらゆる手段であなたが北口駅に行くことを妨げるでしょう。」
「どうして北口駅に行く必要があるんですか。この後、何が起こるんですか。」
森さんは微笑みながらこう言った。
「未来を知りすぎることはよくありません。あなたが知りすぎた未来に束縛され、ぎこちない行動を取れば涼宮さんが不自然に思います。あなたも今にお分かりになると思います。心配しないでください。不安を抱く必要はありません。別に何もありませんから。」
そういわれると余計気になる。
俺は長門を見た。長門はそんな俺にぼっそとつぶやくように言った。
「禁則事項です。」
どうやら2人にいいようにからかわれているらしい。

俺は長門に問うた。
「じゃあ、あの波動なんとか体も奴らの仕業なのか」
「因果関係は断定できないが可能性は高い。」
「波動なんとか体の存在に気づいたのはいつだ。」
「私が波動型情報生命体の存在を知ったのは、今日の午前6時。
微弱な異常電波を情報統合思念体が受信した。」
いくらなんでもタイミングがよすぎる。やつらが俺たちをおびき寄せる手段だと考えて間違いない。だんだんわかってきたぜ。こんな山中に呼び出した理由を。雪山の時のように異空間に飛ばしても長門ならどうにかする。タクシーの運転手が誘拐犯だったとしても長門なら、運転手を気絶させ自分が車を運転するくらいのことはやってのけるだろう。しかし、山中で置き去りにされたらどうなる。さすがの長門も手のうちようがない。しかし、なめんなよ。長門が駄目でも俺たちには未来人も凄腕ドライバーもいる。たとえおまえらがどんな罠を仕掛けようともそう簡単にはやられないぜ。

車は山道を抜け町中を走っていた。行きよりも早く感じるのは、新川さんのテクニックの賜だろう。電話が鳴った。森さんの携帯だ。

「はい。わかりました。ありがとうございます。」

何かの業務連絡のようだった。
「新川。Tエクスプレスは電力系統の故障で不通になっています。目的地を都心方面へ変更してください。」
T
エクスプレスは俺たちが行きに乗った私鉄の名称だ。何か嫌な予感がした。まさか奴らが仕掛けたのか。と思った矢先、今まで軽快に流れていた国道が渋滞になった。新川さんは迷わずハンドルをきり車一台がやっとのことで通れる路地に入った。路地に入っても全くスピードを緩める気配はない。この人の本業はドライバーなのか?そうこうしている内に大きな道にでた。幸いにも渋滞ではなかった。どうやら日本すべての交通網が麻痺しているわけではないらしい。車は颯爽と走る。高速道路の入り口が見えてきたところで、またも森さんの電話が鳴った。
「ええ。わかりました。」
「新川。高速道路は車両横転で渋滞です。高速道路には乗らず、一般道で行ってください。あとこの道は3km先で渋滞しています。次の交差点を左折してください。」
もう疑いの余地はない。そんなに偶然がそんなに重なることはない。あの未来人の仕業に違いない。俺はふと時計を見た。6時37分。たしか俺は6時ちょっと過ぎに過去へ遡航したはずだ。つまりこの時間にいる俺は俺1人だ。森さんは交通管制室の管制員のように電話応対をし、新川さんに指示を出していた。
その姿を見て俺は自分の携帯の電源が切れていることに気づいた。
もうクローン携帯の心配はない。俺は電源を入れる。とすぐさま電話が鳴った。
よりによってハルヒからだ。

 

 

 俺はつばを飲み、一呼吸おいて電話に出た。

「もしもし」
「あんた、さっきから何回電話してもつながらなかったわよ。」
「すまん。」
「明日、有希のお見舞いに行くわよ。北口駅9時集合。いいわね。」
このとき俺はどう答えなければならないのか、瞬時に悟った。
「わかった。必ず行く。」
もし、ここで用事があると言って断れば、森さん達の努力の意味がない。何の理由かはわからんが、森さん達は俺をこの行事に参加させるために、俺を送迎しているのだろう。
「キョン?横に誰かいる?」
俺は一瞬動揺した。横に長門がいることがばれてしまってはまずい。
「いや。誰もいない。」
「そう。あんた、あれから有希と連絡した?」
俺はぞっとした。ばれたか?
「いいや。」
「私はあれから連絡したけど電話に出ないの。」
ハルヒは長門を気遣っているようだった。
答え方を間違えたか。長門に電話したら風邪だと言っていた、とでも言っておけばよかった。
ハルヒは続けて言った。
「さっき古泉君に電話したんだけど、古泉君は有希に電話をかけたら通じて、学校を休んだ理由を聞いたらやはり風邪だって。」
さすが古泉だ。今日ばかりは賛美を送くらなければならんようだ。
「長門も疲れているだろう。あいつに電話するのは控えよう。あいつも風邪をおしてどこかに行きやしない。明日いきなりお見舞いに行って長門を驚かしてやろう。」
「そうね。

ねえ、今どこにいるの?」
俺は冷静な感じの声で言った。
「どうして?」
「なんか音がするから」
「車の中だが」
「え?なんで車に乗ってんの?」

俺は動揺した。おちつけ。なんか言い訳を考えろ。
「家族で買い物に行っていて。」
苦しい言い訳だ。
「それよりハルヒ。どうして北口駅集合なんだ。長門のマンションに行くなら現地集合にすればいい。」
「バカキョン。あんたはお見舞いに手ぶらで行くつもりなの。有希がすぐに元気になるようなおいしくて栄養価の高い食材を探すのよ。団員ならそれぐらい自分で考えなさい。」

「そうか、すまない。明日9時だな。わかった。」
「たまには団長より早く来なさい。」
そう言うとハルヒは電話を切った。ふう。なんとかしのいだ。風邪で寝込んでいるはずの長門が、実は風邪ではなく俺との小旅行中で、俺とハルヒの会話の様子を眺めていたと知ったらあいつはどれだけ怒るだろう。すっかり日は沈んでいた。
どうやらこのまま車で地元まで帰ることになりそうだ。いったい何時間かかるんだ。どうやら家に夕食の不要と遅くなることを伝える必要がありそうだ。
しかし、わからん。なぜ明日ハルヒに会わねばならんのか。俺がさっきの電話で欠席すると宣言しても未来が変わるとは思えん。いくら人の意志を尊重しないハルヒでも一度ぐらい欠席を認めてくれるだろう。ハルヒも成長しているはずだ。

車は一度も休憩もせず走り続けた。新川さんの集中力にはただただ感服する。そんな新川さんには大変申し訳ないことに、俺はあえなく睡魔に負けた。昨日から全く寝ていないんだ。仕方ないだろう。

4章 真実

 

「起きてもらえますか」
俺は森さんの声で目覚めた。できれば長門にも起こして欲しかった。いや今はそんなことをいっている場合ではない。外から光が差し込みまぶしい。俺は時計を見た。間に合ったのか?時計は午前9時ちょうどを示していた。
「もうすぐ、北口駅に着きます。あなたの家まで送って着替えてもらう予定でしたが、予想以上の妨害で到着時間が遅れてしまい間に合いませんでした。時間がありません。直接集合場所に向かってください。あと、これに着替えてください。」

森さんから渡されたのは俺のサイズにぴったりあう私服だった。俺はこの時初めて自分が制服を着ていることに気づいた。俺は北口駅から少し離れた場所で車を降り、駅のトイレで森さんが用意していた私服に着替え集合場所に向かった。午前9時を10分ほど回っている。俺は俺が集合場所に着いたとき、ハルヒは目をつり上げて俺を睨んだ。
「このバカキョン。」
ハルヒの怒声が駅前広場に響いた。

「あんた。団員が寝込んでいるのにのうのうと遅刻するわけ。
私の部下にこんな不届き者がいたなんて恥ずかしいわ。」
俺はただただ謝罪した。説教タイムが終了した後、俺たちはデパートに向かった。いつものようにハルヒと朝比奈さんは前を歩き、俺と古泉は3mほど後ろをついていった。
「おまえは知っていたのか?」
「いいえ。私たち機関がこの件を知ったのはあなたが時間遡航した後ですよ。そもそも朝比奈()さんがこの一件を事前に把握していたのか、我々にもわかりかねます。」
「どういうことだ。」

「朝比奈()さんと対立する未来人にとって今回の件は規定事項でなかったと考えるのが妥当でしょう。同様に朝比奈()さんにとっても規定事項でない可能性が高いと言えます。」

「なるほどね。」

 

 

 一行は俺と古泉が持ちきれないほどの食材を買い、長門のいるマンションに向かった。部屋に入ると、長門は布団に横たわり病人のふりをしていた。俺たちは長門のマンションでハルヒ特製、風邪の治る栄養満点料理フルコースを味わったあと解散した。

 

 

もうすっかり日が暮れていた。みんなと別れ、俺が1人になった時、朝比奈(大)さんが前に立っていた。朝比奈さんと敵対する未来人の口車に乗り時間遡航をした俺はどんなお咎めをうけてもかまわないと覚悟していたのだが、俺の予想に反してこういった。
「おつかれさま。」
朝比奈さんは微笑んだ。
「立ち話もなんですから例の公園に行きましょう。」
俺も朝比奈さんから聞きたいことはたんまりある。
あの未来人の本当の目的はなんだったのか。集合場所に間に合わなければどうなっていたのか。公園のベンチで朝比奈さんから種明かしを聞いた。
「今回の一連の騒動はすべて彼らの仕業よ。私たちと対立する未来人、長門さんとは違う宇宙人、古泉君達と対立する組織が一体になって企てたの。」

「朝比奈(大)さんは奴らの企てをどうやって知っていたんですか。」

「キョン君がTPDDを申請してくれたから」

「それまでは知らなかったんですね。」

朝比奈さんは微笑んで言った。

「禁則事項です。」

「目的は何だったんですか。」
「おそらく涼宮さんの精神的動揺を狙ったもの。」
「俺が待ち合わせをすっぽかすことでですか。確かに高校に入学したばかりのハルヒなら古泉が根を上げるような巨大な閉鎖空間を作ったかもしれませんが、今のハルヒはその程度でどうこうなりません。」
「もし、あなたが集合時間に到底間に合わず、涼宮さんに断りの電話をいれたとしたらどうなっていたと思います?」
あいつなら俺抜きでも長門のマンションに行っただろう。まあ、長門は俺と一緒にいるわけでマンションにはいないが。

「じゃあ、キョン君。その誰もいないマンションの鍵が開いていたらどうなります。」
「マンションの鍵は長門が閉めていました。それに仮にハルヒが部屋に入ったとしても見られてまずいものはないはずです。」
「鍵なんて魔法を使わなくても簡単にあけることができます。彼らに取っては造作もないことです。本当に見られたらまずいものがなかったかしら。キョン君が部屋を出る時の様子をよく思い出して。」
俺は考える。何だ。見られてまずいものなんてないはずだ。

「答えを言いましょう。あなたの「かばん」です。あなたは涼宮さんに電話で、長門さんに連絡を取っていないと言いましたよね。連絡を取っていないのに、長門さんのマンションにあなたのかばんがある理由が言えますか。かばんだけではありません。机の上にはあなたと長門さんが飲んだ2つの湯飲みがあります。勘のいい涼宮さんなら長門さんの部屋で何があったか気づくはずです。キョン君が電話で嘘を言ったことも。いくら涼宮さんの精神が安定したとしても、団員2人が内緒で密会したとなれば相当ショックでしょう。しかも心配していた長門さんの風邪が嘘だと知ったら。団員に裏切られたと考えても仕方ありません。」
朝比奈さんの口調はいつもより強かったように思う。まるで朝比奈さんに責められているようだ。しかし朝比奈さんの言うことは正しい。たしかに言い訳のしようがない。俺はハルヒの激しい詰問に耐えかね、すべてを吐いてしまうかもしれん。

 俺は朝比奈さんと別れた後、もう一度長門のマンションに向かった。かばんを取りに戻る必要があったからだ。それに長門に言いたいこともあるしな。長門の部屋に入るとさっきまで引いていた布団は畳んであった。俺はリビングで腰を降ろし長門へ言った。

「すまん。」
長門は俺が何を言いたいか理解できないようで首をかしげた。
「俺はいつもことあるごとに長門に頼っていた。長門ならどうにかしてくれるだろうって。そんな俺の依存心から脱却しようと思ったが、俺は結局長門任せだった。」
長門は俺を見続ける。俺は語り続ける。
「長門が消えちまったら俺は朝比奈さんに問題を押しつけてしまった。朝比奈さんが自分の非力さで悩んでいるのを知っているのに。朝比奈さんはずっと泣いていた。俺が追い詰めちまったからだ。俺はほんとにバカだ。去年のクリスマスから何も変わっていない。」
「違う。」
長門は小さな声で、だが力強く言った。
「あなたは正しい行動をとった。朝比奈みくるが泣いた理由はあなたに追い詰められたからじゃない。」
長門は続ける。
「朝比奈みくるは私を助けられないことに泣いた。朝比奈みくるが泣いたのはSOS団として当然のこと。そしてあなたもSOS団の一員。あなたはあなたにできることをすればよい。あなたにできないことは他の団員を頼ればいい。あなたは誰かに頼れることを誇りに思えばいい。あなたがあなた自身を恥じる理由は存在しない。」
長門には頭が上がらないな。
「ありがとう。」
俺は長門に心からの感謝を述べた。

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長門有希
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最終更新:2020年05月29日 19:30