えらい目に遭ってしまった。犬にかまれたなんてレベルじゃねえぞ。よもや炭水化物を摂らなかっただけで衰弱死の憂き目に遭ってしまうとは。
 ハルヒ提案のローカーボダイエットに取り組んだ挙句、最終的に病院送りになってしまった我らSOS団は、病院監修の健康管理指導を強制的に受けさせられた結果、ようやくある程度体脂肪を落とすことに成功したのだった。やれやれ。
 しかしはっきり言って、まだまだ俺たちは太っている。入院中にかなりつらい減量を行ってきた俺たちだが、それでもヘドロのようにしつこく溜まった脂肪はセルロイド化したように固まって取れないのだ。
 それでも炭水化物ダイエットを始める前よりは健全な肉体を取り戻してきたので、俺たちは晴れて退院する運びとなったのだ。いやいや、助かったよ。あと2,3日退院が遅れていたら、ストレスの塊となったハルヒによって世界が終焉を迎えていたところだ。

 

「やっと退院できましたね」
 朝比奈さんは三段畳みになった首の肉ともちもちのアゴ肉を撫でながら、ほっとした表情で喜びを口にした。
 ようやく退院ですね。やっとあの味気ない食事ともおさらばできるかと思えば、嬉しさもひとしおですよ。入院中の楽しみといえば、朝比奈さんの淹れてくれるお茶だけでしたから。
「今までずっと不規則な生活を送ってきた自分に非があるとは言え、突然生活習慣を変えさせられて、僕的にもけっこう辛い日々でした」
 夜中の活動も多かった古泉にとってみれば、完全に理想的な生活リズムを強要されることは辛いことだったんだろうな。眠くもない時間に消燈させられて、眠い時間に叩き起こされるなんて年寄りかお寺の坊さんみたいな生活は、徳の低い俺たちにゃまだ早い。
 あまり自分の意思というものを主張しない長門や受動的な生き方に慣れている朝比奈さんには、俺や古泉ほどのストレスはなかったようだが、SOS団の中でも他人の管理下で減量を強制されることにかなりの心労を募らせていた人物がいた。
 他でもない。涼宮ハルヒその人である。
「あの病院、明日あたり倒壊しないかしら」
 やめてくれよ、そういうことは冗談でも言うべきじゃない。本当に倒壊したらえらいことになるぜ。

 

 

「ねえみんな、これからファミレスにでも行かない? 久しぶりのシャバよ。パーッと退院祝いをしましょう!」
 ぶるぶると頬の肉をゆらしながら、ハルヒが高らかに宣言した。
 おいおい。ようやく多少の減量に成功して退院できたってのに、いきなり高カロリーな食事はまずいんじゃないか?
「なによ。退院祝いに1度ファミレスに行ったくらいで体重が元に戻るわけないじゃない。固いことは言いっこなしよ!」
「そうですよ。ようやく退院できたわけですし、心機一転、新たな生活に向けての英気を養うという意味でも会食の場を設けることは意義深いことだと思いますよ?」
 まあ、確かにな。古泉の言うことも分かる。ずっと病院で囚人並にストイックな生活を強いられてきたんだ。そのストレスをパーッと解消して、明日からの新生活の糧にすることも大事だな。
 朝比奈さんも隣で嬉しそうにうなづいている。ま、いいか。1回くらいの外食じゃ、大したことないさ。
 こんな時に面白みの無いことを言うのもKYだ。割り勘なら、ファミレスでも中華料理屋でもどこへでも行こうじゃないか。

 

 気にはなっていたんだ。みんなが退院祝いの話で盛り上がっている中、ひとりだけ不満そうな様子だった長門のことが。
「どうかしたのか、長門?」
「……別に」
 今にして思うと、この時長門は、後々どういう事態になるかを理解していたのかもしれない。いや、きっと分かっていたんだろう。
 だがここでそれを口にしても、一度盛り上がったハルヒを制止させられるわけなどない。だから長門は何も言わなかったのだろう。
 俺もそれに気づくべきだったと後悔している。

 

 退院祝いに駅前のファミレスに出かけた太めのSOS団たちは、その日の遅くまでドンチャン騒ぎにかまけていた。それは久々の、とても楽しいお食事会だった。
 あんまり楽しくて、タガが外れてしまったのだろう。そうとしか思えない。そう思いたい。
 あれから数日後。俺たちは見事にリバウンドを果していた。入院前よりも皮下脂肪がパワーアップしたのだ。

 それが、新たな地獄の始まりだった。

 


 ~2週目 ・ スポーツダイエット~

 


「炭水化物ダイエットは完全に失敗だったわ」
 前よりも一回り大きくなった腹周りを抑えながら、ハルヒは遺憾をあらわにパイプ椅子に腰を下ろした。
「やはり何事もほどほどと言うか、ボーダーラインが大事よね。いくら太る元とはいえ、健康を支える栄養分を摂らないようにするなんて、無謀にもほどがあるわ。楽をして痩せようなんて考えは甘すぎたわね」
 ハルヒの口から反省の言葉が出てくる日が訪れるとは。なんだかんだ言っても、やっぱり懲りているんだな。懲りた割にはあっさりリバウンドしちまったが、それは俺も同じことだからハルヒを責めることはできない。
「やはり脂肪を落とすなら、それなりの覚悟をもって行うべきね。運動よ! エクササイズで健康的にスマートボディーを手に入れるのよ!」
 口角泡を飛ばす勢いで主張するのはいいが、冷蔵庫からファンタを取り出して一気飲みするのはやめろよ。やっぱこいつ反省してないんじゃないか?

 

「でも、運動って言っても何をするんですか? エアロビとかですか?」
 XLサイズのメイド服をビア樽のように着こなす朝比奈さんが、急須から湯のみへお茶を移しつつ疑問を口にした。
 そうだ。運動と一口に言っても、激しい動きのものからゆったりしたものまで様々な種類がある。しかし俺たちの体型から鑑みて、あまり動きの大きな運動は無理があるのではないか。ダイエットの定番といえば、エアロビのような体操だろうか。
「普通じゃつまんないわね……」
 いつも通りと言えばいつも通りの、不満顔のハルヒ。おい、そこは普通にしとけよ。普通にエクササイズしとこうぜ。
「せっかくなんだから、ストレスを溜めることなくゲーム感覚で楽しみながら運動したいわね」
「僕もその意見には賛成ですよ。嫌々ながら運動したって、長続きするはずがありません。楽しみながら継続していける物を選ぶべきだと思いますよ」
 確かに、古泉の言うことにも一理ある。せっかく減量運動を始めたって、それが病院での減量指導のように辛いだけのものなら続けていくことは難しいだろう。
「よし! なら、私が明日までにどんな運動にするかを考えてくるわ!」
 ファンタのペットボトル (500ml) をラッパで飲み干し、ハルヒは土管のような腕を振り回して椅子から立ち上がった。
 こいつに任せておくのは心配だが、俺がハルヒを納得させられる案を出せる自信はない。どうせ最終的にはハルヒが全てを決定するわけだ。なら最初からこいつに提案をさせておいた方がいいか。
 炭水化物ダイエットの反省を活かしたメタボ対策会議を終え、今日のSOS団活動はお開きとなったのだった。

 

 

 メタボな生活を送ることとなった原因は自分自身にある。俺自身が自堕落な毎日を送ってきたからこそ、こんなことになってしまったんだ。その責を他人に押し付けるつもりなんて毛頭ないのだが、ひとつだけ気になることがある。
 病院送りになるような危険な事態にまで陥り、そしてハルヒ自身が肥満を解消しようと躍起になっているというのに、何故ハルヒは 「痩せたい!」 と願わないのだろうか。
 太ったのは自分に原因があるんだから何もせずに痩せられるなんてムシのいい話があるはずないとハルヒが考えているのかもしれないが、それでもハルヒ本人が心底 「減量したい!」 と願えば、少なくともリバウンドなどしなかったはずだ。
 ハルヒが心から 「痩せたい!」 と願ったならば、それは不思議な涼宮パワーによって叶えられ、こんな苦悩のメタボ人生からも解放されるはずなのだ。
 他力本願を是とするわけではないが、さっさとハルヒの超人的神様パワーで俺たちを元の体型に戻してはもらえないだろうか。
 学校の帰り道で、ハルヒが朝比奈さんに抱きついている間に俺は古泉に尋ねてみた。
「それがですね。少々まずい事態になっているのですよ」
 土気色だった肌にもツヤが戻ってきたことが確認できるほど顔を近づけてきた古泉は、深刻そうな顔つきでそう言った。
「実はですね。新年度が始まる前の春休み中。まだ僕らがメタボリックシンドロームを心配したりする必要のなかった時期のことです。涼宮さんは本屋へ立ち寄った時、偶然ある書籍を目にしたのです」

 

 古泉の話によれば、ハルヒは何気なくその本を手に取り、目にしてしまった。それは、ハルヒだけでなく俺たちにとっても運の尽きだったのだ。
 端的に言うと、その本はデブ専向けのフェチ本だったらしい。
 ハルヒは何故そんな本を手に取ったのか? たぶん、ただの気まぐれな偶然だろう。あいつにそんな嗜好があるとは思えないし。
 しかし。それ文字通り俺たちSOS団にとって運の尽きだったのだ。
「涼宮さんはその本を見て以来、こういうのもありかな? と思い始めているのです」
 ……マジかよ。勘弁してくれ。
「ははは。僕も同感ですよ。他人の趣味に口をはさむ気はありませんし、ふくよかな体つきが好まれる時代もあったそうですが……まったく勘弁してもらいたいという心境です」
 まさか、ハルヒがぽっちゃり趣味に目覚めてしまったから、俺たちは元の体型に戻れないってワケじゃあるまいな?
「いえ、それは違います。涼宮さんはあくまでも 「こういう方面もありなのかしら?」 と思っているだけであって、否定していないだけで肯定もしていない中立的な立場にあるのです」
 そうか。ハルヒパワーで脂肪を落としてもらえなくて惜しむ気持ちでもあるが、自分の努力次第で痩せられると分かってよかったよ。ハルヒの願望のせいでメタボになってるんだったら、自分でなんとかなんてできないだろうからな。
「その通りです。太ってしまったのは、あくまでも僕ら自身の問題です。ですが、ひとつだけ憂慮すべき問題があるのですよ」
 二重アゴの汗をハンカチでぬぐいながら、古泉はさらに俺に顔を近づけてきた。やめろよ、ただでさえ暑苦しいってのに。なんか変な水蒸気みたいなもんが顔にかかるだろうが。
「涼宮さんはあれ以来、少しづつ肥満嗜好に傾きつつあるのです」
 古泉は、真面目な顔でとても嫌なことを言い切った。

 

「先ほども言いましたが、諸外国に限らず日本でも太った体格の人が好まれるという時代があったのです。ですから、肥満趣味はおかしいとか変わっている、ということはないのです。ただ現代では少数派であるというだけのことなのです」
 まあそう言われれば、そうなんだろうな。人の好みなんてのは千差万別なわけだし。
「ただ、あくまでもそれはごく普通の一般人の方を対象とした意見です。涼宮さんが万が一、そのような趣味に目覚めてしまった場合、恐ろしいことになりかねません」
 鈍感な俺にも、次第に古泉が何を言わんとしているかが理解できてきた。
 つまりは、要するにだな……
「ええ。その通りです」
 肉厚な眉間にシワを寄せ、古泉はまだ口に出していない俺の懸念を肯定した。
「世界は、ピザになってしまいます」

 

 

 

 荒い息を吐きながらやっとこさ学校前の殺人的急勾配を登りきり、必死の思いでなんとか階段を上がって教室にたどり着くと、タオルで汗をふきながら満面の笑みを浮かべたハルヒが俺に手をふってきた。一瞬季節はずれの雪だるまかと思ったぜ。
「やっぱり運動といえば、格闘技よね!」
 酸欠状態の脳みそでハルヒの言った言葉の意味を理解するのには、5秒ほどのタイムラグが必要だった。
 格闘技って、お前、まさか……昨日話していた、次のダイエットのこと言ってるのか?
「そうよ!」
 そうよって、お前な。ダイエットのために格闘技をやるだなんて、安直な考えで出来るわけないだろ。
「何言ってるのよ。何事もやってみなきゃわからないじゃない。あんたはそうやって、やる前から諦める悪い癖があるのよね。反省しなさい」
 この場合考えを改める必要があるのは、果たして俺の方なのだろうか。お前はもっと物事をじっくり考える思慮深さを身につけるべきだ。
 そもそも格闘技の 「か」 の字も経験がない、しかもこんな体型の俺たちが、何の格闘技をやれるというのか。
「任せておきなさい。ちゃんと考えてあるから」
 ちゃんと何を考えていると言うのだろうか。減量といえばボクシングがまっ先に頭に浮かぶが、よもやメタボなボクサーがやっていけるなんて、さすがのハルヒも思ってはいないだろう。
 体型を優先的に考慮するなら、相撲か? しかし相撲も、男女入り混じったSOS団が全員でできる競技というには疑問が残る。
「まあ、放課後になれば嫌でも分かるわよ。今日は絶対に帰らずに部室に来るのよ!」
 そう言って、きらきら輝く目でハルヒはカバンから一冊の本を取り出し、丸い肩をすぼめるように読書の体勢にはいったのだった。
 その表紙には、こう書かれていた。『レスリング入門』。

 


 教室の掃除を終えて谷口たちに別れを告げ教室を出た俺は、カバンを持って部室棟に向かった。
 まさかハルヒのやつ、本気でレスリングなんて始める気なんだろうか。ダイエットでレスリングなんて聞いたこともないぜ。
 真偽のほどを図りかねながらも文芸部の部室前に到着した俺の耳に、室内から威勢の良いハルヒの声が聞こえてきた。

 

『フォールよ! 有希、カウント!』
『ワン、ツー』
『うぅ~、か、かえせましぇ~ん!』
『スリー』


 カンカンカン


『ピンフォール! まだまだ甘いわね、みくるちゃん! レスリングで私に勝とうなんて100万年早いわよ!』
『もうちょっとだったんですが……』
『んじゃ、次は古泉くん、かかってきなさい!』

 

 SOS団の活動にも慣れてきた俺だったが、久々に心の底から帰りたいと思ったね。
 しかしここで帰ってしまっては、今夜あたり電話でハルヒにこっぴどく怒られた上に古泉からネチネチと遠まわしな嫌味を言われそうだ。帰るわけにはいかないか……。
「おーす」
 意を決して扉を開いた俺の目に、アルゼンチンバックブリーカーの体勢で古泉を担ぎ上げ、机の上に仁王立ちするアブドーラ・涼宮の姿が飛び込んできた。
 レスリングって、アマレスじゃなくてプロレスだったのか?

 

「全員そろったわね!」
 至極ご満悦の様子のハルヒの腕章には、デカデカと 『リンピオ』 と書かれていた。リンピオはバックブリーカーなんてしないだろ。
「おいハルヒ。お前、本気でプロレスでダイエットするつもりなのか?」
「ダイエットするためにレスリングをするなんて思っちゃダメよ。減量のためにやるって考えたら重荷になるだけだから。趣味でやってると思い込めば、楽しめるわよ!」
 そりゃお前は楽しいかもしれないが、趣味でプロレスって。
「んじゃ、ウォーミングアップも終わったことだし。そろそろ行くわよ」
 意気揚々と歩き始めたハルヒは、まったくもって事態が飲み込めない俺を置き去りにして扉のノブに手をかけた。
 行くってどこへだよ。プロレスの興行でも観戦に行くのか。
「観てるだけじゃカロリーは消費されないわよ。実際に体を張って戦わないと!」
 だから、どこへ行く気だよ? まさかプロレス同好会に殴り込みをかけるわけじゃあるまいな。
「同好会なんて目じゃないわよ。レスリング部よ。女子レスリング部に試合を申し込んでおいたのよ」
 レスリング部!? おま、何勝手なことしてるんだよ!? いつの間にそんな所業を!?
「昼休み。あんたが谷口たちと弁当を食べてる間に日向に話をつけといたの。あの子、女子レスリング部でしょ。放課後に5人で試合に行くからよろしくって」
 やっぱり帰っておくべきだった……。

 


 白い目で見られるのではないかと心配していたが、女子レスリング部の皆さんはありがたいことに暖かく俺たちを迎え入れてくれた。
 そういえばハルヒは入学当初、レスリング部にも仮入部してたいたな。こいつの運動能力は各運動会系部から買われているんだった。
 女子レスリング部には、これを機にハルヒに正式に入部してもらいたいという思いがあるのかもしれない。そうなってくれれば、俺としても非常に助かるのだが。
 しかしハルヒに言わせれば、アマレスは退屈な競技なんだろうな。なんせプロレスと違って打撃や関節技はないんだからな。確かアマレスは、相手の両肩を1秒間床につけるか、審判の判定しか勝利条件がなかったはずだからな。
「約束通り、女子レスリング部の看板をいただきに来たわよ!」
 本気とも冗談ともつかないことを言っているが、今のハルヒの体型では、どうせレスリングの本職たちにはかなうまい。
「いらっしゃい、涼宮さん。それに、キョンくんたちも。果し合いって言っても、練習試合みたいなものだから、あまり気張らずに気楽にいきましょう」
 苦笑する日向にすまない思いでいっぱいだ。果し合いって……。そんなこと言ったのかよハルヒのやつ。マジでプロレスする気だな、こいつ。

 

「で、日向はまずSOS団の誰と対戦したい? 選んでくれて結構よ」
 むくんだように太い腕を組み、偉そうに言い放つハルヒ。なんでそんなに意気高なんだよ。
「一応自己紹介しとこうかしら。そっちの小柄なのが、長門有希。得意技は飛び技よ。ドロップキックにモンキーフリップ、450°スプラッシュまでこなす実力派よ」
 得意技ねえ。俺は今まで長門がコーナーポストから飛んでいる姿なんて一度も見たことないんだが。まあ長門のことだから、ぶっつけ本番でもできそうだが。
「そしてこっちが朝比奈みくる。得意技はショルダータックルにスピアー、セントーン、そしてミクルビームよ」
 突進技ばっかりかよ。って、ビームなど出ない!
「最後に私、涼宮ハルヒ! 何でもこなすパーフェクトな実力を持つ、最強の戦士よ!」
 そこは笑うところじゃないですよ、女子レスリングの皆さん。こいつは冗談で言ってるんじゃなくて本気で言ってるんですから。本気で長門や朝比奈さんが格闘技できると思いこんでるアンポンタンですから。
「なかなか面白い人ばかりね。是非うちに入部してもらいたい逸材たちだわ」
 よせよ。やめといた方がいいぜ、日向。
「じゃあ、早速だけど涼宮さんと対戦させてもらおうかしら? それとも、長門さんと朝比奈さんを倒してからじゃないと最強の戦士には挑戦できないのかしら?」
「そんなことないわよ。うちは平等主義の団体なの。団長だから出番はトリなんてルールはないわ。ノープロブレムよ」
 やる気満々のハルヒはむちむちの身体を翻し、日向の待つリング内へと歩を進めて行った。

 

 

 もうすでにダイエットのことなど微塵も頭にないような様子で、満面の笑みを浮かべたハルヒは試合開始の合図と同時に駆け出した。
「とりゃああああ!」
 人間というより肉団子という感じの肉体を駆使し、のしかかるように日向に襲い掛かるハルヒ。あの重圧を受けては、いかに本職のレスラーと言えど苦戦は免れまい。
 しかしそこは歴戦の強者。向かい来る肉の塊からさっと身をかわした日向は倒れこむように床に伏せ、両足で上手にハルヒの足を絡めとる。突進に対抗するカウンター技、レッグシザースだ。
 足を挟まれバランスを崩したハルヒは前方へ倒れこむが、そこは腐っても……いや、太っても涼宮ハルヒ。抜群の運動神経を発揮して上手に受身をとる。
 床に背をつけまいと身体を丸めて身を守るハルヒ。その様は、まさに巨大なダンゴムシ。
 なんとかハルヒを仰向けにしようとハルヒのサイドに回る日向だが、これはどう考えても持ち上げるなんて無理な体格差だ。なんとかハルヒを転がそうと押したり引いたりしている日向だが、案の定ハルヒの山はびくともしない。
 レフェリーの指示でニュートラル状態に戻るふたり。手痛い反撃を受けたのだからハルヒももう少し慎重な攻めを
「おりゃあああああ!」
 ……全然反省してねえな。
 それでも足元に気を配り、低空のタックルで飛びかかるハルヒ。多少は学習しているようだな。
 しかしそれでも日向の優位は変わらない。ハルヒの飛びかかる勢いを逆に利用し、横に回りこんでサイドスープレックス!
 野球ボールが転がるようにリング上を転がっていくハルヒ。今こそ好機とばかりに、日向がそこへ襲い掛かる!
「涼宮さん、危ない!」
 古泉の声が上がるが早いか、日向がハルヒの腰に絡みつく。と同時に、なんてこった、ハルヒの野郎が日向に張り手をかましてふっ飛ばす!
 やりやがった! 打撃禁止のアマレスのリングで掌底突きかましやがった!

 

「やるわね日向、さすがだわ!」
「涼宮さんもなかなかやるじゃない!」
 って、おい! いいのかよ日向!?
「うるさいわよ、キョン! 部外者がゴチャゴチャと真剣勝負に口をはさむものじゃないわ!」
 なんで俺が怒られてるんだよ。

 

「やっぱり涼宮さんはただ者じゃないわね。それでこそ倒し甲斐があるってものだわ!」
「私を倒せるものなら倒してみなさい! SOS団団長の名にかけて、絶対に私は負けないわよ!」
 どうやらリング上のふたりの間には、当人たちにしか見えない熱い火花が散っているようだ。
 人間vs熊と形容しても差し支えないこの試合。長期戦は不利と思ったのか、日向がとうとう勝負に出る。どっしり構えるハルヒに、日向が低空のタックルを仕掛けた!
「これで終わりにしてあげるわ!」
「きなさい日向! 勝負よ!」
 ハルヒの足をがっしりと捕らえる日向! いくのか? いけるのか!?
「甘いわよ、日向。この私がその程度のタックルで崩せると思ったのかしら!?」
「くぅ、なんていうバランスの良さなの!?」
 レスラーのタックルを耐え切ったハルヒが、驚愕の色を隠せない日向の腹部を頭上からクラッチ! そのまま信じられないほどのパワーで日向の身体を肩まで担ぎ上げるハルヒ!
 そのままハルヒは日向の身体を、股を広げた逆さ状態で固定する! まさか、この体勢は!!
「今こそ決着の時! 安らかに眠るのよ、日向!」


 キン肉マンがプリンス・カメハメから伝授された48の殺人技の一つであり、キン肉マンが超人オリンピック ザ・ビッグファイトにて強敵・ウォーズマンに対して使った必殺技! その名も!

 

「いくわよ!」
 日向の身体を肩に担いだまま助走とともにジャンプするハルヒ! なんという脚力!
「キン肉バスタ────!!」
 やりおったあああぁぁぁああああぁぁぁぁ!!

 

 


 あの後。日向が失神してマット上に転がされた後。俺たちは勝利に酔うハルヒを引きずって文芸部室に逃げ帰った。
 ハルヒは約束通りレスリング部の看板をいただくんだ!とゴネていたが、SOS団総出で無茶苦茶言うなと説得した。
 もう、とにかく後味悪かったし気まずかった。明日どんな顔して日向と教室で会おうか……。
 そう思い憂鬱な気分になっていたが、次の日、結局日向は学校に来なかった。
 岡部教諭の公式発表によれば、日向は昨日、股関節を脱臼して病院に送られたのだという。
 日向の負傷の原因がつまびらかに語られることはなかったが、生徒たちの間では秘密裏に都市伝説のごとく語り広められていたのだった。

 

 日向が搬送された病院は前に俺たちが健康指導を受けた病院であり、そして再びハルヒが運び込まれた病院でもあった。
 日向だけでなく、ハルヒもあの後、肩と足の関節を痛めて病院送りになってしまったのだった。
 まあ、ハルヒの場合は自分の体重を省みぬ大技を繰り出した結果の負傷であるから、100%自業自得なわけだが。

 


「体重が増えるとどうしても身体の間接に無理が行くから。あまり激しい運動はしない方がいいんだよ」
 昼食時に弁当に入っていた魚の骨を神経質により分けながら、国木田大先生がそうおっしゃられた。
「巨漢レスラーは短命だって言うし。運動をするんなら、体重に見合ったものにするべきだったね」
 困ったものだね、と苦笑いしながら国木田は空席である、ハルヒと日向の席を一瞥した。
 まったく。本当に困ったもんだ。
 その様子を見守りながら、俺は今日の帰りに行くハルヒと日向のお見舞いには何を持っていってやろうかと考えていた。

 

 

  おわり

 


|