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<<前回のあらすじ>>
 涼宮ハルヒはおかしな夢を見ました。自分たちSOS団がみんなして無職のまま公園でブラブラしたり暇にかまけて大型特殊免許を取ってみたりしている夢です。
 夢を夢のままで終わらせておけばよかったのですが、何故かいつになく涼宮ハルヒはその夢に思い悩まされてしまいます。
 というのも、その夢が彼女にとってもっとも考えたくない、目を反らしていたかった問題に関することだったからです。
 ずっとひとりで考え込んでいた涼宮ハルヒでしたが、そんな彼女の家へSOS団のメンバーたちがお見舞いに現れました。

 

 

~~~~~

 

 

 SOS団を結成してから長い時間が経つけれど、私の家へ皆がやってきたのは初めてのことだわ。来てくれるのは嬉しいんだけど、何かあったのかしら。
 私は扉の施錠を開け、みんなを玄関に招きいれた。何故だかみんな一様に愛想笑いを浮かべたふうに微笑んでいる。ああ、そうか。私、今日は学校で調子悪そうにしてたから、みんなでお見舞いにきてくれたんだ。たぶんそうだわ。
 家に帰ってからも谷底を這うような晴れない気分だったけど、みんなの顔を見ると少し元気が戻ったような気がした。本当はとても嬉しかったけれど、素直に小躍りするのも恥ずかしかったので、ちょっと訝しむ素振りをしてみせた。
「お前今日、調子悪そうだったよな」
 私に促され、客間にやってきたみんなは遠慮がちに振る舞いつつも、思い思いの場所に腰を下ろす。
「別に調子が悪かったわけじゃないわよ。なに? みんなして私のお見舞いにでも来てくれたの?」
 せっかく私を気遣ってみんなが来てくれたんだもの。あまり心配をかけるのも悪いし、無理にでも笑顔を作っておこう。

 

 今日は本調子じゃないなんて思ってたけど、なんだかんだ言ってもみんなと話していると胸の底の方が暖かくなっていくのが感じられる。今日一日、気持ちが不安定だったからだろうか。みんなの気遣いが耳から胸へ染み込んで行くように、とても嬉しい。
 本当は素直にお礼を言いたいところだけど、しおらしくするよりも普段の私通りに振舞った方がみんなも安心するに違いない。だから私は、心の中で感謝の言葉を思い浮かべ、いつも通りの調子で笑顔を作った。
「やっぱり持つべきものは出来た団員よね。私も団長として鼻が高いわ。ちょっとキョン、ぼさっとしてないでジュースでも持ってきてよ。冷蔵庫に入ってるから」
「俺がかよ!? お前ん家は、客にお茶を出させる流儀なのか?」
「何言ってるのよ。雑用はあんたの仕事でしょ? 私がジュース持ってきてもいいんだけど、それじゃあんたの仕事をとっちゃうものね。役割分担は組織の基本よ」
 とても客に対して言うセリフじゃないわよね。でもまあ、キョンならそれくらいのことで怒ったりしないわよね? ちょっとくらい甘えさせてくれるわよね?
 ほんの少しだけ、胸の外側を針がかすめるように鋭い痛みが走る。
 でもいいの。いいのよね。これくらい遠慮ない方が、きっと私らしいのよね。

 

 

 ぶつぶつ文句を言いながらもキョンは台所へ向かってくれた。なんだか今の状態がやたらと嬉しくて、私はクッションに腰かけるみくるちゃんの隣にくっついて座った。みくるちゃんの髪、きれいでいいにおい。
 そういえば、私の家に友達が来るなんて、小学校の時以来だ。なんだか新鮮だわ。
「彼から涼宮さんの具合が悪そうだと聞いていたのですが、お元気そうで安心しました。部室にもお顔を出されなかったので、たちの悪い風邪にでもかかってしまったのかと思いましたよ」
「風邪にやられるほどヤワじゃないのよ、私は。ちょっと考え事してただけよ。キョンがそれを大げさに吹聴するから、みんなにも心配かけちゃったみたいね」
 いつものように人あたりのいい笑顔を浮かべる古泉くん。その隣には、口数は少ないけれどSOS団にはなくてはならない文芸部員の有希が床に正座で座っている。
 感謝の言葉を口に出せない分、行動で示そうとみくるちゃんに抱きついてみる。素直じゃない私にはこれくらいしか気持ちを伝える方法がないから、いつも私の抱擁を受け止めてくれるみくるちゃんは何だかんだで大人だなと実感できる。
 さすがにキョンと古泉くんには恥ずかしくて抱きつけないから、今日は有希にも、男2人分を余計に計上して抱きつくことにしようっと。
「やっぱり有希って小柄ね。外見もだけど、抱きついたらもっと線が細いって分かるのよね。古泉くんもちょっとさわってみる?」
「ははは。大変名誉なことですが、辞退させていただきますよ。僕が長門さんに抱きついては、いろいろ問題があるでしょうし」
「問題なんてないわよ。同じSOS団の団員同士なんだもの。たまにはこうやってスキンシップを図っておくのも良いことよ」
 紳士な古泉くんが有希に抱きついたりしないことは分かって冗談で言ってたけど、やっぱり古泉くんはマメよね。
 言葉遣いに気を配りながらも、他人を安心させられる古泉くん。私は余計なことばかり言って、思ったことを言葉に出せない性格だから、そんな古泉くんが羨ましいわ。
 みくるちゃんに抱きついたりキョンに雑用を言いつけたり。謝辞のひとつも満足に言えない自分って、やっぱり寂しい人間なのかしら……。

 

 自分が望んだ道とはいえ、私の中学時代は荒れっぱなしだった。
 目の前にちらつく普通の人生が嫌で、変化のない退屈な生活が耐えられず、そして私を異端視する世間に苛立っていた。
 そんな目に見えない物事に対して憤ってばかりの灰色の時間を過ごし、紆余曲折あって、私は今この位置にいられる。
 SOS団の団長という立場は第三者にしてみれば猿山の大将みたいな物なんだろうけれど、私にとってはかけがえのない物。それは団員に対して威張れるからとか、そんな下らない理由じゃない。
 私がSOS団の団長という肩書きに殊更思い入れを持つのは、みんなが私を見てくれるから。

 

 中学時代は、私が何を言おうと、誰も振り向いてはくれなかった。誰も私を見てくれなかった。物質的な意味で、ではない。誰も私の言い分を理解してはくれなかったという意味だ。
 普通じゃなくて、他の誰もが経験したことのないような、トビッキリに不思議で、愉快で、心躍る体験をしたいと思っていた。ただそれだけだったのに。本当に私という人間を理解してくれる人はいなかった。
 当時はなぜ自分が苛立っているのかすら分からず、私は必死になって欲しい物を手に入れようと、足掻き続けていた。

 

 今だから分かる。欲しかった物を手に入れ、それが大切な宝物だと知ることができた今の私だから、過去の自分の姿を客観的に省みることができる。
 あの頃の私は、寂しかったのだ。
 誰かに抱きしめてほしかった。誰かに手を引いて、背を押して、肩をたたいて、隣に並んで、私の心を酌みとってもらいたかった。

 だから私はSOS団団長という立ち位置をとてもとても大事に思っている。
 声を張り上げなくても、私の言葉は聞いてもらえる。私の心を、みんなが感じてくれる。共感してもらえる。だから私は、救われる。
 みんなが救ってくれた。私を助けてくれた。つまらない普通の生き方を享受している奴らはみんなバカだと貶めることでしか自分を確立できなかった自暴自棄の私を、色あせた世界から掬い取ってくれた。
 みんなが教えてくれたんだ。ひとりでは出来ないことでも、みんなで力をあわせれば何でもできるって。
 それは、重い荷物は一人より複数人で運んだ方が効率的だとか、そういう意味じゃなくって……

 

「す、涼宮さん、どうしたんですか? おなかが痛いんですか?」
 言葉にしなきゃいけないと思っている。きっといつかは言葉にして伝えようと思っている。
「涼宮さん、やはりお加減が良くないんじゃないですか?」
 『ありがとう』 の一言だけだもの。口にすれば1秒もかからない、一息分の言葉なんだもの。簡単よ。
「涙をふいて」
 そうしたら、みんな分かってくれるわ。私がどれだけみんなに 『ありがとう』 と思っているか。
「ジュース持ってきたぞ……って、どうしたんだよ? ハルヒ、お前大丈夫か?」
 もう大丈夫だから。私は、もう、大丈夫だから……。みんながいてくれれば、私は絶対に大丈夫だから。
 だから……

 

 

~~~~~

 

 

 長門の胸に顔をうずめて肩をゆらしていたハルヒも、ようやく落ち着きを取り戻してきたようだ。ちょっと取り乱しちゃった!と明るく振舞うハルヒだが、赤く泣き腫らしたその目元が痛々しい。
 こいつはいつも強がっていて、自分の気持ちを表に出すことを極端に嫌うやつだから、こんな状況でも 「なんでもないのよ!」 と言い張って普段通りの自分を貫こうとしている。
 なんでもなくないことは一目瞭然なのに、プライドの高いハルヒは涙を、弱みを見せまいと強がって、弱音を抑止しているに違いない。
 言いたいことがあるんなら何でも話せよ。力になれるかどうかは分からないが、話すだけで楽になれることだってあるんだぜ。
 しかしハルヒは絶対に本音を口にしないだろう。そういうヤツだから。
 だから俺たちには、いつものようにハルヒに接し、少しでも気持ちを和らげてやることしかできない。

「ほら。ジュース持ってきてやったぞ。好きなだけ飲め」
「なによ、これうちのジュースでしょ。あんたに飲めなんて言われなくても飲むわよ」
「何言ってるんだよ。持って来たのは俺だぜ」
 俺とハルヒが言い合いをしている間に朝比奈さんがジュースをコップに注ぎ分け、それを古泉と長門が眺めている。いつも通りの、当たり前の光景だ。
 これでいい。ハルヒも自然体でいられれば、思い悩んだりはしないだろう。

 


 しばらく俺たちは涼宮家の客間で談笑していた。顔をつき合わせて世間話、なんていつもやってることだが、いつもと場所が違うと気持ちまで新鮮になってくるから不思議なもんだ。
 最初のうちは照れ隠しのように率先して会話を進めていたハルヒだったが、しばらくするとその好調も次第に失速し、朝比奈さんにくっついたまま黙り込んでしまった。
 そんなハルヒの様子は今朝からずっと変わらないものだが、何故だろう。朝とは少し違って見えた。
 今朝ハルヒを見た時は落ち込んでいるのかと思ってしまったが、よく見るとそうではない。覇気もなく落ち着いているが、思い悩んでいるという感じはない。ただ何かを考え込み、思考に夢中になっているという具合だ。

 

 原因は分かっている。おそらく、ハルヒも俺たちと同じ 『夢』 に見たに違いないのだ。その夢の内容が胸にひっかかり、考え込んでいるのだろう。
 ずいぶんリアルな夢だったからな。まあ実際には夢じゃなかったわけだからリアリティーがあって当然なんだが。
「ねえ、キョン」
「なんだ?」
「あんた、将来の夢とかある?」
 ハルヒ自身に悩みを打ち明けているという意識はないだろうが、まさか直球で尋ねられるとは思わなかった。
「将来の夢ねえ。特には考えてないな。夢があれば、もっと根を詰めて勉強なりなんなりしてるだろうし」
 ハルヒは何とも言えない意味深な表情で黙り込むと、続けて朝比奈さんに同じ質問を投げかける。
「私ですか? う~ん、私もあまり詳しく考えたことはないですね。一応、大学へ進学できたらいいな、とは思ってますが」
「みくるちゃんはそうでしょうね。有希も進学?」
「そう」
「まあ、そうよね。有希ならどこの学校にでも行けるわよ。古泉くんは、もちろん進学よね?」
「いえ、お恥ずかしながら僕はまだ決めかねているのですよ。大学と言ってもピンからキリまでありますし、それに大学に進学したからといって必ずしも良い方向に進めるとは限りませんので」
「ふぅん。でも、やっぱり進学が多いのね」
 そういうお前はどうなんだ。ほとんど無意識のうちに口にした何気ないその俺の一言で、一瞬ハルヒの表情が固まった。ひょっとして、マズイこと言ったか、俺?
「私ももちろん進学よ。どこへ進むかとかはまだ考えてないけど、私の能力を開花させることができるなら、四年生大学でも短大でも専門学校でもどこでもいいわ」
 ハルヒにしては歯切れが悪い、と思った。良くも悪くも感情的な性格のハルヒだ。嘘をつけば、すぐにそれが嘘だと分かる。
 ハルヒは、まだ決めかねているんだ。進路を。いや、決める決めない以前に、進路そのものを真面目に考えたことが無いのだろう。場当たり的というか、刹那主義というか。

 

「私のことはどうでもいいのよ。来年中に考えておけば済むことだから。私や古泉くんたちは進学だろうが就職だろうが、大した問題はないわ。問題はあんたよ、あんた。キョン!」
 まずいな、話の矛先がこっちに向いてきたぞ。ハルヒが調子を取り戻したのを見て安堵しているふうな古泉のニヤケ顔が、「僕にとってはまるっきり他人事ですね」 と物語っているようで腹が立つぜ。
「あんた、成績は大丈夫なの? 赤点ギリギリで落第寸前なんじゃないでしょうね? 少数精鋭のSOS団からおちこぼれを出すような事態だけは避けてちょうだいよ」
「心配するなよ。そこまで酷くはないつもりだから。俺には谷口という心強い友がいるんだからな」
「クラスのブービー賞争いに精を出しても仕方ないでしょう。進学するにしても就職するにしても、成績はそれなりに良くないと惨憺たる未来が待ち受けているのよ。理解してるの?」
「なんとかなるって……だからそんなに脅すなよ」
 まあ、なんとかならなかったからこそ、長いこと無職やっていたんだが。
「私はね、あんたのためを思って言ってるのよ。何をするでもなく日がな毎日ぶらぶら公園と家を行き来するような人生なんて……」
 威勢よく能書きを垂れていたハルヒの顔に、再び陰がさし始める。
「……そんな生活……離れ離れなんて……」

 

「……いやだ」
 窓の外から聞こえる風の音のように、小さな声でハルヒはそう呟いた。
「みんな……一緒がいいよね。これからも。ずっと」
 ハルヒは目を細め、遠くを見るように宙を眺めながら朝比奈さんの肩にしなだれかかった。
 ハルヒがみんなの前で弱気になるなど、そうそうあることじゃない。誰も、何も、口にしない。室内は水を打ったように静まり返っていた。声を発すること自体が憚られる、いつの間にかそんな雰囲気が辺りに漂っていた。
 言葉にしたい事は頭の中にたくさんある ──ハルヒを除くSOS団メンバーたちの暗黙の了解── それらひとつひとつが、些細なことまでも、走馬灯のように鮮明な像をもって脳内に浮かび上がっては消えていく。
 けれど、それらは、語ることはできない。どうハルヒに伝えて良いかも分からない。ピアノの旋律から受ける感動を言語で説明しかねるように、俺たちは俺たちの思いを言葉でハルヒに伝えきれない。

 


 人は誰しも、自分という存在の居場所を捜し求めている。居場所とはつまり、自分が安心していられる心のよりどころという意味だ。人に限らず、動物だってそうだ。自分が安心して休める巣を作ることは、生物が持つ本能的な欲求だ。
 人によってはそれが自宅であったり家族の輪であったり、仲の良い友人たちの中であったりするわけだ。羽を伸ばせる場所があるからこそ人は安定して日々を過ごすことができるし、いろいろな方向に目を向けることができるんだ。
 人と違った特殊な価値観を持つハルヒは、いろいろと足掻いてみても、結局過去に自分の居場所を見つけることができなかったのだ。
 閉鎖空間なる奇怪な空間を作り出して世界を壊してしまいたくなるほど悩んで悩んで、ようやくあいつは自分の存在をさらけ出し、安心して心を休めることのできる居場所を手に入れた。
 それがSOS団だったのだ。
 SOS団のメンバーが散り散りになってしまうということは、すなわちハルヒにとっては、自分の巣が無残に崩れ去っていくように感じられるのだろう。
 考えてもみてもらいたい。たとえばある日を境に、突然自分の家族がバラバラになってしまうとしたら、どう思うか。うっとうしいと思っている親兄弟たちでも、離れ離れになってしまうのは悲しいことじゃないかと思う。
 非公認同好団体と家族を比較するということ自体が詭弁っぽいが、しかしハルヒにとってはそれに類する苦痛であることに違いない。なぜなら、涼宮ハルヒという人間をさらけ出せる場所はSOS団の中にしかないのだから。
 日頃の言動からもハルヒが並々ならぬ愛着をSOS団に抱いており、いくらこいつに行動力とパイオニア精神があろうとも、SOS団を解散させてまで新しい新天地を目指そうとしているとは思えない。
 常に目新しいことを求め続け、普通を嫌っていて、エキセントリックな人間・涼宮ハルヒ。そんなふうに認識されているこいつだが、その心の奥底は俺たちと同じ、普通の人間なんだ。

 

 俺だって、できることならずっとSOS団を続けていきたいぜ。ハルヒほどじゃないだろうが、俺だってこのアホバカ集団に居心地の良さを感じているんだからな。
 だがな。それは理想でしかなく、無理な相談なんだ。お前だって分かってるんだろう。本当は。
 人は変わらずにはいられない。変わらなきゃいけない。変わるってことは不安と苦労の塊で、膨大なエネルギーを使うことだけど、ずっと昔のままで生きていけるわけなんてないんだ。
 遠くない将来、俺もハルヒも朝比奈さんも長門も古泉も、自分だけの道を進み始める時がくる。それが自然な流れなんだ。そうなれば、SOS団の存続は困難だ。
 SOS団を解散するしかないと言ってるわけじゃないぜ。今までと同じ形のSOS団は存続できない、と言いたいんだ。
 俺は今までたくさんのことをハルヒから学んできた。当時はこいつの思いつきに振り回されて疲労困憊の毎日だなんて思っていたが、そんな新鮮な体験のひとつひとつが、実は俺にとってかけがえのない人生経験になっていたんだ。
 高校時代のSOS団を思い出してみても、心底つまらないと感じられる活動は何一つなかったように思う。当時は大変だとか辛いと思っていたもんだが、大人になって考えてみればそれらはどれもこれもが誇ることの出来る思い出なわけで。
 恥ずかしくって口が裂けても言えないことだが、俺はSOS団に、涼宮ハルヒという人間に出会えて本当によかったと思っている。

 

 だから、今度は俺が。
 俺がハルヒに教えてやる番なんだ。
 人生をリセットしてもう一度同じ時間をやり直したって、考え方を変えなければ何の意味もないということを。
 それはつまり、SOS団という組織の変化を受け容れる覚悟を持て、という意味だ。

 

 

「俺、将来はラーメン屋になろうと思うんだ」
 意を決した俺の突発的な発言に、落ち込み気味だったハルヒの表情にクエッションマークが浮かび上がる。
「ラーメン屋? なんでラーメン屋なのよ。あんた、料理とか好きだったっけ?」
 口をついて出ただけなんで、別に意味なんてない。俺が社会に出た経験といえば、バイト先の中華料理屋だけだ。あのバイトが結構気に入ってたから、ラーメン屋になるのも悪くないなと思っただけだ。ただそれだけの内容の発言だ。
「ほら、うまい料理を作って食べてもらって、食った人に 『うまい』 って言ってもらえると、嬉しくなるだろ」
「そんな理由でラーメン屋になりたいと思ったの?」
「なんだよ。俺の将来の夢にケチつけるつもりか?」
 曇天の空に太陽が顔を出すように、曇りがかっていたハルヒの瞳に徐々に輝きが戻っていく。
 突拍子も無いことを言い出して、俺たちを引っ張りまわす前兆、涼宮ハルヒ団長殿ご乱心の兆候だ。

 

「へえ。あんたにそんな夢があったなんて、知らなかったわ。なんで今まで黙ってたのよ?」
「別に黙ってたわけじゃないさ。ラーメン屋になりたいって言ったって、料理の勉強をしているわけでもないし。小学生がサッカー選手になりたいって言ってるようなもんだ。気にするなよ」
「ダメよ。少しでも憧れるものがあるなら、その目標にむかって全力で取り組まないと。じゃないと、どんな悔いを残すか分かったもんじゃないわよ。あんたの年で将来に具体的な夢が持てるって結構ステキなことよ?」
 それはどうも。ごもっともな意見だが……何故お前が悪巧みするような顔をしているのか。それが非常に気になるのだが。
「いいこと思いついたわ!」
 すっかり血色のよくなった顔を上気させ、ハルヒは拳をにぎりしめて仁王立ちに立ち上がった。
 なんとも言い難い表情で、古泉が俺の方にアイコンタクトを送ってくる。「余計なことを言いやがって」 という合図なのか、それとも 「よく言ってくれました」 という意味なのか。俺には分かりかねるね。こっち見んな。
 そんなことより、今にも光を放ちそうなほどにまぶしい笑顔を浮かべた朝比奈さんが無言で俺に向かって小首をかしげてくれたことが嬉しかったね。
「一人はみんなのために。みんなは一人のために。とっても良い言葉だと思うわ」
 付き合い長いんだ。こいつが何を言わんとしているのかは、もう分かった。だからハルヒが全員を見回している間からもうため息が漏れ出ていたね。
「みんなでラーメン作りの修行をするわよ!」
 やれやれ。言うと思ったよ。
 でも、悪い気はしないな。

 

 

  つづく

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