衣に染まる紅い意思
羽は貴方を置いて行く
何一つそれに触れる事許されず
心も私を置いて行く
朝になれば戻るだろう
今は動かないこの手も、足も
明日になればきっと私の支えになる
血は命の滴
見惚れるのは泉
泉は語る
『心は貴方と共にある
貴方が、貴方そのものが永遠に失われる事はないから
望みなさい
高く、高く望みなさい
あの朝に、その手が届くぐらい』
無意識に私の頬を伝うもの・・・これは何?
遠い昔、でも近い過去、私はこれを知っていた気がする。
なんだろう、この感じは?
なんだろう、この心の奥底から溢れ出すものは・・・
目の前に女の子がいた
どこか悲しそうで、どこか苦しそうな俺を見つめる瞳
目と目が合った
視線は流れるようにして、表情は曇るように女の子は目を逸らす
懐かしく、切ない、そして胸の奥から何かが溢れてくる
なんだろう、この感覚は?
なんだろう、俺の心がこんなにも涙を流す理由は…
久々にリアルな夢を見た気がする。
ハルヒに巻き込まれたあの閉鎖空間みたいにほぼ現実って訳じゃないが、それでもかなり現実に近い映像だった気がする。
いや、それを夢と言うなら気持ち悪いぐらいリアルだ。
まさかハルヒが絡んでいるんじゃないだろうな?
そんな筈は無いか。
どんな夢だったかは微かにしか覚えてないが確実にハルヒには無関係だったと断言できる。
朝比奈さんも長門も、ましてや鶴屋さんも関係ないだろう
それは覚えている。
そして微かな記憶と言えど夢の登場人物だけは覚えている。
俺ともう一人、女の子だ
そして忘れちゃいけないような、凄く重要な夢だったような気がする
深く、重い記憶が俺に不安を掛ける
まあなんにせよ夢だ
暗い夢だったならそれを忘れて一日を快適に過ごした方がいいに決まっている
楽しい事を考えよう
そうだな、谷口の馬鹿話がこれほど聞きたいと思った朝もないね
で、今学校へ向かう途中の通学路だ。
相変わらず殺人的なハイキングコースが俺の前にそびえ立っている
まあ毎日同じ道を歩いてれば、そんな凄まじいものにすら慣れてしまうもので、やはり慣れってもんは色々な意味で怖いなと改めて実感するね
「うおっすキョン!は、走らねえと遅刻だぜ?そ、そそそんじゃSASASAさき行くな!!」
慌てて下駄箱に駆け込む谷口を俺は見送りつつ、改めて遅刻の可能性を刹那に見出した俺は、オリンピック100M走に出場する選手以上の本気を発揮せざるを得なくなった
教室に着くとまだ先生は来ていないらしく、チャイムもなっていない事からどうやら間に合ったらしい。
安心したぜ。遅刻なんかで将来的に不利な環境を作りたくはないからな
いつも通り机にうつ伏せになっているハルヒに「よう」と一言声をかけ席に座る。
「アンタ朝っぱらから何ハァハァ言ってんのよ?」
「かなり急いでこの教室まで来たんだ。息が上がっていて当然だろう」
「あそ・・・それじゃオヤスミ」
おいおいまた寝るのか?
最近こいつは活力に欠ける。『面白い事』とやらのネタもそろそろ切れてきたのだろ
俺はその分とんでも事態に巻き込まれなくてすむから非常に有り難いんだがね
うつ伏せになったハルヒを一瞥して俺が自分の席に腰を掛けた瞬間、タイミングを見計らったように担任の岡部がドアを開けて入ってきた。
ああ、こいつは本当に空気が読めるな・・・などと思いつつ、俺は視線を窓の外にやっていたその時、その空気を読める担任が何か普段と違う事を言い出した
「今日は転校生が居るぞ。お前達があっと驚く転校生だ」
あっと驚く転校生?
なんだまた何かのネタか?
まさか自分が女装をして『岡子ちゃんです☆』なんて馬鹿な真似は流石にしないだろうが、あっと驚くってのはなんだ?
転校生に対して驚くってのはどういう意味だ?
余りの美形だとか、余りのゴリラだとか、マジックが超絶上手いとか?
色々なパターンを俺が脳内で展開している間に、その転校生は小さな足音を響かせながら教室に入ってきた
・・・・っ!?
その転校生を見て俺は驚きと恐怖と怒りの感情が一度に湧き上がってくるのを感じた
周りのクラスメイトは大騒ぎである
男は泣いて喜ぶものさえ居て、女は女で嬉しそうに話してやがる
俺はと言うと、自分の冷静さを保つために必死だった
長くしなやかな髪、透き通った大きな瞳、形のいい鼻、潤んだ唇・・・そして、人一倍整った顔
そう、長門に情報連結を解除された急進派のインターフェイス、朝倉涼子がそこに居たのである
「父親の仕事の都合でまたこっちに戻って来たらしくてな。みんな、改めて宜しくしてやるんだぞ」
「朝倉涼子です。みんな、またよろしくね」
そう言って微笑んだ朝倉の顔は、俺にとって悪魔の浮かべる笑みにしか見えなかった。