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かち、こち、かち、こち。

時計の針が回り、長針短針秒針が全て十二を指して、ついさっきまでの今日は昨日となり、明日だと思っていた日が今日になった。

ふむ、なんだか分かりにくいな。ようはあれだ、あれ。さよなら昨日、こんにちは今日ってやつだ。あれから二ヶ月近くがたち、もう数時間後には二学期の始業式が始まろうとしている。

あの日から俺の心にはぽっかりと小さな穴が開いてしまったように思える。

今ではもう気持ちの整理はできているつもりなのだが、別れたあの日は思い出すのも恥ずかしいくらいに取り乱しており、家に帰ってからというものの、いたるところであいつのことを思い出しては泣きそうになり、というのを繰り返し、最後には長門に添い寝までされる始末。次の日の団活では目を真っ赤にしていたためか、ハルヒに馬鹿にされ、それに俺は切れかけて危うく喧嘩になるところに。長門や古泉が止めてくれなかったらどうなっていたことか。

・・・・・あぁ、なんたる俺の黒歴史。だがやっぱり今でも何かきっかけがあるたびに少し寂しく思うわけであって、どうやら整理はできていないようで、これが完治するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

それにしても久しぶりの学校である。どうせ放課後は今までどおり、部室に集まってぐだぐだと過ごす毎日なのだろうが、それでもやはりどこかその生活を楽しみにしている自分がいたりする。

って何を考えてるんだ、俺は。俺はごく普通の生活を望んでいたんじゃなかったのか?一体いつの間にこんなに洗脳されちまったんだろうね、全く。

「はぁ、寝よ寝よ」

こんなにうじうじ考えたって仕方がない。さっさと寝ちまおう。

俺はうだうだとベッドに潜り込んで目を瞑ると、さっきまでの悩みが嘘だったかのようにあっさりと眠りについた。

「キョ~ンく~ん、お~き~て~!」

久しぶりのシスターズボディプレスを腹部に受けて朝を迎えた。

はぁ。それにしても何も変わってないな、マイシスターよ。

学年が一つ上がって六年生になったんだ。そろそろ毎朝の過激な起こし方はやめてくれないか?お前だって成長して大きくなってるんだぞ、お兄ちゃんの身体がそのうち壊れちまうじゃないか。起こしてくれるのは助かるがもっと静かに起こしてくれ。少しはミヨキチでも見習ったらどうだ?

・・・・・ん?なんかこの台詞、前にも言わなかったか?まぁいいか。

「知らないも~んっ」

当の本人がこんな感じなんだからな。やれやれだぜ。

ここしばらく腕の通していなかった制服に腕を通し、適当にお袋の作った朝ごはんを食べてから簡単に身支度を整えると学校に向かうのだが・・・

久しぶりの坂はやはり辛い。いくら九月と入ってもまだ残暑の季節。これが暑くないわけがない、ということで太陽はこんな朝っぱらからかんかんと俺たちを照り付けている。

太陽もたまにはちょっとくらい地球からはなれてくれてもいいんじゃないだろうか。そうすりゃ地球温暖化問題も解決するってもんだ。

「うっす、キョン」

そんなことを考えていると、むさ苦しい笑顔と共に軽薄な男が俺に声をかけてきた。わざわざこいつ相手に立ち止まることもあるまい。振り返るだけでいいだろう。

「よう、谷口」

そう言ってからもう一度視線を目の前に立ちはだかる坂に目を向ける。

なんでったってこんな朝っぱらからこんなに苦労しなければならないのだろうか。

そもそも坂があるようなところに学校を作ること自体間違いだ。もう少し通う生徒のことも考えてくれればよかったのに。

「確かになぁ。ほんとやってらんねぇっての。あ、そういえばキョン。お前知ってるか?」

「何をだ?」

俺と谷口は他愛のない話をしながら重い足取りでだらだらと坂を上り続けた。

教室に着くと、涼宮ハルヒは俺の後ろの席でつっぷして寝ていた。どうにも、夏休み最後の日だから、といって夜遅くまでずっと起きていたらしい。ほんと、なにやってるんだろうね、この団長様は。

始業式であるが・・・ここでは割愛させてもらうことにする。別に面白いようなことがあったわけでもなく、ただただ校長のつまらない話をサウナと化した体育館の中で聞いただけだ。

そして体育館から帰ってからのホームルーム。

教壇では岡部教諭が二学期の注意事項や夏休みはどうだったか、などといった他愛もない話と、相変わらずのハンドボール部への勧誘話を続けている。他のクラスメイトはそれらをうんざりしながら聞いているのだが、幸いな事に俺の席は窓側であったため、久々に眺める席からの景色を楽しんでいた。

「・・・・・というわけで転校生を紹介するぞ」

耳に入った突然の言葉に俺はしぶしぶ前を向く。誰もこのことは聞いていなかったようで、教室の中がざわざわと途端にうるさくなった。どうやらあの谷口ですら情報を手に入れていなかったようだ。周りの奴らと一緒になって騒いでいる。そして我らが団長様はというと、

「キョン!もし転校生が面白そうな人だったらSOS団に勧誘するわよっ!」

と目をキラキラさせている。お前、眠いんじゃなかったのかよ。それにもう一つ言わせて貰うとだな、お前のは勧誘ではなく拉致だ。そこのところを間違えるな。

「おいおい、一旦静かにしろ」

岡部教諭の一声で教室の喧騒がフェードアウトする。

「男子共、喜べ。女の子だぞ。それじゃあ入って来ていいぞ」

教室中の視線が岡部教諭の向いている扉に集中する。

そいつは長い黒髪をふわりとたなびかせながら教室へと入ってきた。

「・・・え?」

俺はハッと息を呑む。目を見開いた状態で金縛りにあったかのように身体が硬直して、教壇へ一歩一歩進んでいくその姿を呼吸さえも忘れて見つめる。

「一年五組の人はもう知ってると思うけど、他のみんなははじめまして、になるのかな」

その言葉が頭の中でエコーがかかって反響する。

「朝倉涼子です。よろしくお願いします」

ペコリとお辞儀をした。

その姿にあいつの姿を重ねてしまう。

・・・・・まてまて。ちょっと落ち着け、俺。長門はあの時俺になんて言ったんだ?

―――情報統合思念体全体の意思として、朝倉涼子の再構成が決定した

だろ。ということはだ。別にここに朝倉がいてもおかしくない訳だ。

ははは。ほんと、何を勘違いしちまったんだろうね。

涼子と間違えちまうなんて。

俺は、はぁ、とため息を一つついてから頬杖をつきながら視線を窓の外へと戻す。周りはうるさく騒いでいるようだが、俺にはそんな事をする気が起きなかった。なんか少し寂しい気分だったからかもしれない。

手持ち無沙汰になっている右手を何の気兼ねもなくポケットに突っ込む。

何もないはずのポケットの中で、俺の右手はこつんと何かに当たった。

はて、なんだろう。今朝クリーニングからおろしたばかりだから何も入っているわけないんだが。まさかハルヒがなにか突っ込んだとか?いや、ハルヒがそんなことをする気配なんぞ感じなかったぞ。ま、いいや。考えるのはやめだ。どうせポケットから出せばすぐに分かることなんだし。

ごそごそと取り出してみるとそれは普通のものに比べると多少小さな可愛らしい便箋であった。中に入っている手紙を取り出して読む。

『放課後、誰もいなくなったら屋上に来て』







「時間、か」

俺は今、文芸部室に一人で残っている。他の奴らには、用事があるから鍵は俺が返しておく、と言って全員が校舎から出た後にもう一度部室に戻ったところまではいいものの、踏ん切りがつかなくてなかなか屋上へ行く気になれず、かれこれ一時間。学校に残っている人はほとんど残っていないだろう。外を見ると、西の空が茜色になりかけている。

「差出人は・・・朝倉だろうな」

いつの間にかポケットに紛れ込んでいた手紙を見る。前にも見た文字だし、それ以前に時期が時期だ。むしろ、これで朝比奈さん(大)だったりしたら、そっちのほうが驚きというものだろう。

「仕方ない。行くとするか」

うじうじしていても何も変わらない。覚悟を決めるとしよう。

俺はため息を一つついてから部室を後にした。

一段一段階段を昇り、屋上の入り口へと辿り着く。

目の前に立ちはだかるのはいつもは鍵のかかっているはずの扉。

「これでいつもどおり鍵がかかって・・・」

ドアノブに手を伸ばし、回す。ガチャリ。

「・・・いませんでした、と」

ここまで来たのなら、もう何も戸惑うこともあるまい。俺は伸ばした腕に力を込めて前へ進んだ。

―――――――扉を開けると、そこには美しい風景が広がっていた。

地平線の燃えるような夕焼けと、街を覆い始める夜の帳。ところどころに点在する雲がよりいっそう幻想性をかもし出す。

その紺と赤の美しいコントラストの中に一つの輝く点があった。一番星だ。

「遅いよ」

そして一人の少女。屋上の真ん中で後ろを向いたままそう言った。

「・・・・・」

俺は何も言わずに歩み寄る。

「もう少し早く来てくれても良かったんじゃない?」

くるりと振り返る。綺麗な黒髪が流れるようにして宙を舞った。

「悪いな。SOS団の会議が長引いちまってな」

嘘だ。本当は行きたくなかっただけ。こいつを見ると塞がりかけている心の傷が開いちまいそうで怖かっただけだ。

「それならしょうがないわね。涼宮さん関連ならわたしは何も言えないもの」

くすり、と笑う。その仕草に俺は・・・・・

くっ、まただ。またあいつと重ねてしまった。分かっているはずなのに。分かっているはずなのに重ねてしまう。

「んで、用件はなんだ?何のために俺を呼び出した」

自分の考えを振り払うようにして尋ねる。

「そんな怖い顔しないでよ。ね?あなたに危害を加える気なんて毛頭無いんだし・・・」

朝倉は悲しそうな、それでいて寂しそうな顔をしていた。

全く意識していなかったが、どうやら俺の口調が強くなっていたらしい。そんな自分に少し自己嫌悪を覚えた。

ちっ、何をやってるんだ、俺は。別にこいつが悪いわけじゃないだろうが。こいつに当たってどうする。

「すまん、自分では強くしているつもりはなかったんだが。悪かった」

「ううん、気にしないで。わたしも気にしてないから」

「それで何の用なんだ?」

もう一度、今度はへまをしないように問いかける。

すると朝倉はくるりと踵を返し、腕を後ろで組んで、フェンスまでゆっくりと歩き出す。

「あなたには本当に感謝している。えぇ、感謝してもしつくせないくらいに」

俺はその場動かずに朝倉の話に耳を傾ける。

「あの子を受け入れてくれたのも、長門さんに許してもらえたのも。全部あなたのおかげよね」

・・・ん?なんでこいつが知っているんだ?こいつはあの時まだ情報ナンタラ体の中じゃなかったのか?

「たしかにそれらは嬉しい。でもね、本当に嬉しいのは・・・」


「何よりも、もう一度あなたに会えた事」


頭の中にガツンと衝撃が走る。どういう・・・ことだ?

「あなたが約束してくれたから。また会えると約束してくれたから」

まさか・・・いや、そんなはずは・・・

「だからわたしはここにいる。ここにいることができるの」

「ちょっと待ってくれ!それじゃあ、それじゃあお前は・・・」





「ただいま、お父さん」





振り返ったその顔にはいつか見た太陽のような笑顔。俺の目に焼きついていて、離そうにも離れないあの笑顔が浮かんでいた。

気がつけば俺は駆け出していた。一歩を踏み出すたびに心の空洞が何か優しいもので満たされ、埋まっていくのを感じながら。そして手が届く距離になると俺はいても立ってもいられなくなり、抱きしめる。その存在を確かめるように、包み込むようにして抱きしめる。

朝倉は俺の腕の中で少し恥ずかしそうな顔をしながら話し始めた。

「あの子はね。長門さんに情報結合を解除された後、情報統合思念体に保管されていたわたしの情報を元に構成されていたの。そして今のわたしはあの子の情報をベースに構成された。ようはあなたを襲ったわたしも、小さいわたしも、ここにいるわたしも皆同じわたしってわけ」

そりゃ大変だ。

「・・・ちょっと、まじめに聞いてないでしょ?」

聞いてる聞いてる。ただ嬉しくてな。

「もう。ちゃんとしてよね。でもお父さんが強く願ってくれなかったらきっと小さいわたしの記憶は消去されてたんだろうな」

そんな事、させるか。

「お母さんとは仲良くやってる?」

もちろんだ。俺が長門とケンカなぞするわけないだろう。

「ふふっ。お父さん、勝てないもんね」

だから言ったろ?たまには俺の応援もしろって。

「・・・」

「・・・」

二人を静寂の空気が包む。先ほどの明るい空気が嘘だったかのように、強張った表情をしている。

「・・・ねぇ、本当に・・・本当にわたし・・・」

そう言って俯く。

・・・あぁ、そうか。きっとこいつは不安なんだろう。自分がここにいてもいいのかどうか。だから俺は心からの笑顔で答える。

「当たり前だ。娘を嫌がる親父がどこにいる」

「お父・・・さん・・・」

愛娘は俺の胸に顔を埋めるとぎゅっと自分から抱きついてきた。

「良かった・・・ぐすっ・・・良かったよぅ・・・」

俺は安心させるために頭を優しく撫でてやる。だってこいつには泣き顔は似合わない。笑顔でいて欲しいんだ。

あぁ・・・そういえばまだ言ってなかったな。





「おかえり、涼子」


~FIN~

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