僕は、あなたが好きで好きで仕方がありませんでした。
でも、今のあなたは……

 


と、ここまで書いて携帯を閉じる。
ふうっと深い溜め息が出る。
脳裏に浮かんだのは僕では無く"彼"に向けられた笑顔で。
何ですか?彼にあって僕には無いもの。

 

 

『>>DEAR.』

 

10分間のまどろみを捨てきれず妹にボディプレスで起こされ、遅刻ギリギリに教室に滑り込む。
今日もまた変わらない一日が始まるんだな。
あの黄色いカチューシャを見つけて疲労感が朝から募る。今日は何を言い出すのか。想像するだけで俺の背中は自然と丸まる。
この生活に満足しているんだろう、とか言ったら負けだ。ハルヒに振り回されるのも慣れたもんだが、それでも毎日となるとうんざりするってもんだ。

まあ、だからと言ってこの生活を手放すのも嫌なんだがな。

 

と、こんなことを思いながら席に着く。悲しいかな、体を90度横に傾けてハルヒの不機嫌顔を見るのも習慣になっているとはね。
しかし、ハルヒの顔は不機嫌顔などでは無かった。
目は虚ろだ。だがそれは不機嫌から来るものでは無く何か病に犯されたような、そうだなむしろハルヒの言う"精神病の一種"による症状の様だった。

 

ああ、もうそりゃ衝撃を受けたね。
何かを話し掛けても適当にうんと答えるだけだし、何かを思い出したように顔を赤くしては顔を覆ってうつむいた。
極めつけはこれだ。何とあのハルヒが上目づかいで消え入りそうな声で控えめに「あたしってかわいいのかな」と聞いてきたのだ。
ズキュンと胸を撃たれる効果音を聞いた気がしたね。朝比奈さんに初めて微笑まれた時だってこんなにときめかなかったかもしれない。

あのハルヒが、だ。こんな風にされて抱き締めたい衝動に駈られ無い野郎がいたら手挙げろ。な、いないだろ?

 

しかし、それと同時にに俺は非常に動揺していた。
ハルヒが恋?誰に?
あの、「恋愛感情は一種の精神病」という持論をお持ちの我等が団長様だぞ?
俺か。そんな考えが頭をかすめたがすぐに思い直した。んなわけあるか。ハルヒが俺の事を好きだなんてそんなこと地球がひっくり返ってもあってたまるか。
じゃあ、谷口か?いやいや、あいつだったらまだ俺の方が可能性があるぞ。これは過信では無い。確信だ。
それじゃ誰だ?ハルヒに興味を持つ男は星の数程いても、ハルヒが興味を持つ男なんざそれこそツチノコ並に希少なはずだ。


…まさか、

「古泉か?」
あのニヤケスマイルを思い出した瞬間にそう声に出してしまった。しまった、俺としたことが。
だが結果的にこれで俺の疑問は解かれたな。
俺は赤くなって机に伏しているハルヒを見て、初めて知る衝動の様なものを感じているのに驚いた。何だこれ?
だから気付かなかったのさ。教室の前にあの困ったニヤケスマイルが立ってたことなんざね。

 

 

 

終業のチャイムで俺はハッとした。何だ、もう放課後なのか。
授業中も睡魔にこそ襲われなかったが、何か別のものが俺の中を掻き乱していく様な感覚に襲われて集中出来なかった。
……本当に何なんだ。誰かここに来て説明してくれ。
後ろを振り向くとハルヒはまだぼーっとしている。
つまり、いつもなら授業が終わった途端に真っ先に飛び出して部室に向かうはずが、今のハルヒは大人しくSHRを受けているということだ。
岡部がチラチラとハルヒを見ては槍でも降るのでは無いかという顔をするのも無理が無い。

 

……こんな日は朝比奈さんのお茶を飲んで癒されるべきだろう。
今は一刻でも早くあのお方のエンジェルボイスと聖母マリアの様な微笑みを堪能したかった。
が、何故か部室に向かう足取りは重い。俺の嫌な予感は案外当たるんだよな。畜生。忌々しい。

 

案の定、ドアをノックして返って来た返事はあの舌っ足らずな朝比奈ボイスでは無く、無駄に爽やかで流暢な古泉ボイスだった。
朝比奈さんがいないと思うだけでドアノブが一気に重くなった気がした。
しかもよりによってコイツか。何か一番会いたく無かったんだがな。
仕方なしにダンベル並に重いドアノブをゆっくりと回すと、自然とドアが開いた。何かと思って目線を下に下げると長門がじっと俺を見つめている。
その人形の様な顔は何かを伝えたそうにチラリと古泉の方を見て言った。
「私は帰る」
「あ、ああそうかお疲れさん」
何か珍しいな。あれだけハルヒの様子がおかしいのだから何かアプローチがあるかと思ったんだがな。
俺の方から何か聞こうかとも思ったがそういう雰囲気でも無かったのでそのまま長門の小さな背中を見送った。

 

 

ああ、先に言っておくぞ。俺はこの後激しく後悔することになったんだ。

>>to be continued

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最終更新:2020年03月13日 01:06