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<<前回のあらすじ>>
 佐々木はとても小心者です。新しいことへのチャレンジをとても怖がります。新しいことになど興味ないのです。既存のことで満足なのです。
 そういう意味では、ハルヒや鶴屋さんとは正反対の人物です。そこは個人の性格的なものもありますので、どちらが良いとも言えません。
 どんな物事にも必ず長所と短所がありますが、佐々木はまだ、その短所を克服できていないようです。

 

 

~~~~~

 

 

 彼のバイトが始まって以来、少しづつ閉鎖空間が発生する頻度が増えていたのですが、先日のバイト視察昼食会で彼と佐々木さんの仲むづましい場面を目撃してしまってから閉鎖空間の発生回数はさらに増えてきました。
 閉鎖空間の発生は涼宮ハルヒの無意識的な部分が反応を起こして発生している物なので、一概に彼女が悪いというわけではありません。ですが、こう閉鎖空間が頻発してしまっては、僕も心身を休める暇がなくついつい苛立ってしまいます。
 今朝も払暁に突然 『機関』 から連絡があり、新川さんの運転する車で片道1時間もドライブしてきました。頭は眠くて仕方ないのに、神人との戦闘を控えているので、身体が緊張で強張り眠ってくれないのです。これは結構辛いことですよ。
 そんなこんなで肉体的にも精神的にも疲弊した僕ですが、神人退治が一段落しても、なお休みに入ることはできません。その後に 『機関』 の中でも僕にしかできない、ある意味神人退治よりも大変なお役目が待ち受けているのです。
 SOS団の副団長として、無理難題をおっしゃられる涼宮ハルヒ団長のお相手を承るのにはもう慣れてしまっている僕ですが、それでも彼女が暴走して爆発しないようさりげなくサポートすることには相当気を遣うのです。
 心も身体もボロボロに近い僕ですが、すべてはこの世界のため、そして愛するSOS団のため。涙ぐましいまでの自己犠牲精神をもってSOS団の一員として涼宮さんの傍らに控えているのです。

 

 それを殊更PRするつもりはないのですが、僕も人間です。いつもはにこやかな笑みを浮かべていますが、理不尽に腹の立つことだってあります。
 長門有希のマンションに押しかけて泊まりこんだ? 団長の精神安定剤という重要なポストを開けてまでアルバイトを始めたかと思ったら、今度はバイト先で中学時代の女友達とよろしくやっている?
 いい加減にしていただきたい。彼がごく普通のどこにでも転がっているフリーター風情なら、いつどこで何をしようが勝手ですが、彼は決してそんな一般的な人物ではないのです。世界の命運の鍵を握る男なんです。
 なのに。何度言ってもそれが理解していただけない。遠まわしな言い方に終始している僕の及び腰を責めないでくださいね。「涼宮さんはあなたを好いているのですよ」 と直球勝負で教えてしまい、2人の間がきまずくなるのは危険なのです。
 そもそもこう言った問題は個人間の問題なのですから、第三者である僕が口をはさむこと自体NGで、ナンセンスで、無粋なこと。だから僕には、明確に彼に事実を伝えることができないのです。彼自身に自覚してもらうしかないのです。
 早く自覚してくださいよ、まったく。おかげで昨日も徹夜だったんですよ。貸しひとつにしてやりたいところですが、彼には貸し借りなんて意識はまったくないんですよね。ああ、僕はつくづく、なんて損な役回りなのでしょう。
 だいたい涼宮さんも涼宮さんです。一体何年間、待ちの体勢でいるつもりなのでしょう。思いは言葉にしなければ伝わらないのですよ。分かっているのでしょうか。
 僕らのように、気持ちを伝えたくても伝えられない事情のある者もいるというのに。

 

 

「退屈よねぇ。なにか面白いことはないのかしら」
 長門さんのマンションに新しく持ち込んできたクッションに背を預け、涼宮さんは天井を仰いでいます。あまり宜しくない兆候ですね。彼女が退屈を始めると、統計的に穏やかでない事態につながりやすいのです。
「大型特殊免許の方はどうなったのですか? 涼宮さんも朝比奈さんも、後は筆記試験に合格するのみという段階なのではないのですか?」
「そうなんだけどね。仮免に受かって特殊車輌も乗りこなせるようになっちゃったし。あの退屈で面白みのかけらもない筆記試験を受けないといけないかと思うと、やる気が出ないのよね」
 僕らのような一般的な感覚を持った人間でさえ、あの筆記試験は二度と受けたいと思わない類の物ですからね。涼宮さんにとっては、拷問級に退屈な代物に違いありません。
「そう言わず。免許をとるために、今まで頑張ってきたんじゃないですか。後少しの辛抱なんですから、筆記試験も頑張りましょうよ」
 ゆらゆらと白い湯気のくゆる湯のみを差し出し、朝比奈さんが涼宮さんに微笑みかけました。
 朝比奈さんはああいう、大して考える必要もなくコツコツと単純作業をこなしていくことが得意ですから、むしろ苦手な実技試験が終わってホッとしているのでしょう。
「でもねぇ。あんなセコセコしたマーク式試験なんてやってらんないのよね」
 ああ、退屈だわ。ぼやくように独り言を呟くと、涼宮さんは熱いお茶を一気に飲み干してまたクッションの上に横になったのでした。

 

「そんなに退屈なら、またキョンくんのバイト先の中華料理店に行きませんか? 私、今度はビーフンが食べてみたいかな?」
「またキョンの視察に? う~ん……」
 本当は行きたいのだけれど、前回のように見たくもないシーンを目撃してしまったらどうしよう。そういう思いがあってか、少し落ち込み加減な表情で涼宮さんは言葉を濁しました。
 いけません。これはいけませんよ。
「きっとキョンくんも、気分転換になるって喜んでくれますよ」
「いえ、そう何度も訪れるのは考え物でしょう。ああいったサプライズは一度だからインパクトがあって意味があるのです。何度も行えば、ただの嫌がらせのようにとられかねません」
 あまり涼宮さんを刺激しないでくださいよ、未来人のお姉さん。
「そんなことないですよ。キョンくんはそんなこと思ったりしませんよ。きっと快く迎えてくれます」
 涼宮さんを挟んで左右から挟撃するような形で、真っ向からぶつかりあう僕と朝比奈さん。
 そんな僕らに囲まれ、珍しく答えを出し渋っている涼宮さんは、考え込むように唸りならが、ちょっとコンビニに行ってくるわ、と言って部屋から退出されました。
 気分転換に外出されたのでしょうか。しかしそれはそれとして、今こそチャンスです。少々無神経な朝比奈さんに注意を促すには、ちょうどいい機会でしょう。

 

 

「どういうつもりですか、朝比奈さん?」
「え? どういうつもりって?」
 昔は朝比奈さんのこのとぼけた態度もわざとやっているのでは?と疑ったこともありましたが、今はそんなことカケラも思いません。この人は表も裏もなく、ただ個人として思ったことを口にしているだけなのです。実に幸せな人です。
 未来人である彼女は僕のように、全て自己責任で話したり動いたりしているわけではありません。
 未来人たちは一様に、過去の世界で口外されたくない情報を 『禁則事項』 という都合のよいフィルターでシャットアウトしてのです。伝えたくても暗示によって口をふせがれているわけですから、伝えられないのです。
 逆に、極端な話ですが、禁則事項にかからないことなら何を言っても良いわけです。彼女たち個人には、言っても良いことかどうかの判断は必要ないというわけです。
 ですから、こうした先を考えないその場限りの散発的な発言をするのでしょう。まったく。勘弁してもらいたいものです。その尻拭いをするのは未来人ではなく、現代人である 『機関』 の面々なわけですから。
「そ、そんな。私は別に、古泉くんたちに後始末を押しつけるつもりなんて……」
「あなたにそのつもりがなくても、事実そうなのですよ。先日、中華料理店へ出かけて彼と佐々木さんが仲良くしている場面に出くわし、結果として閉鎖空間が現れる頻度が確実に増えています」
「そ、それはたまたま運が悪かっただけですよ」
「運の問題ではないでしょう。佐々木さんがあの職場にいる限り、あのようなことが起きる可能性は決して低くありません。我々としては、これ以上涼宮さんの機嫌を損なうような行為は遠慮したいのですよ」
 エプロンの裾をつかみ、床に正座した朝比奈さんは顔を伏せ、自分の考えをどう言葉にしたものかと思案しているようです。僕はその様子を眺めながら、彼女の言葉が決まるのを待っていました。
 ここにいるのが 『機関』 のエージェントである古泉一樹ならば、ここで他勢力の未来人に反撃の機会を与えず、一気に舌に任せて言い負かしていたことでしょう。
 しかし今の僕は違う。ここにいるのは、SOS団の副団長・古泉一樹なのです。だから僕は待ちました。朝比奈さんも主張したいことがあるのなら、それを聞いてあげるのもまた仲間である古泉一樹の役割でしょう。

 

「私たちは、高校生の頃からずっと、いつも一緒でした」
 ぽつぽつと、朝比奈さんは伏せ目がちのまま語り始めました。
 きっと彼女がこれから口にするの言い分は、未来人としての物ではなく、同じSOS団の仲間としての物でしょう。いいでしょう、伺いますよ。
「なのに突然、キョンくんが欠けてしまって。涼宮さん、とても悲しんでいると思うんです」
「それについては同感ですよ。涼宮さんは我々6人で結束しているSOS団に強い愛着をもっています。それが崩れてしまうことにとても不安や戸惑いを感じているでしょう」
「だから、私は少しでも涼宮さんの不安を解消してあげたいんです。キョンくんの姿を見れば、涼宮さんもきっと安心してくるはずです」
「ダメなんですよ」
 僕は、深い嘆息をもらし、朝比奈さんを制止しました。
「……ダメなんですよ、今のままでは」
 自分でもおかしくなるほど、僕の声は弱々しくて。朝比奈さんは僕が何か重大な考えを抱えていると思ったらしく、開きかけた口を閉ざして沈黙を保ちました。
 僕と朝比奈さん、長門さんの3人しかいない部屋が、とても静かです。

 

 そもそもSOS団は、涼宮ハルヒが自分の願望を達成しようと思い作った団体でした。
 宇宙人や未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶ集団。涼宮ハルヒはSOS団が始めて5人そろったあの日、僕らの前でそう宣言しました。宇宙人、未来人、そして超能力者。普通に考えればそんなものはいるはずがありません。
 涼宮ハルヒも例外ではありません。それらに類するものが実在するわけがない。しかもこんなちっぽけな町内をいくら探したところで、見つけられるわけがない。彼女も非常に冷静に、そう意識していたようです。
 非科学的な存在を信じてなどいないのに、非科学的な存在を探索するサークルを作る。そこだけを抜き出せば矛盾することのようですが、もっと深いところまで探っていけば、決してそれは矛盾することではないのです。
 彼女は非科学的存在をあくまでも妄想のレベルまでしか信じておらず (この妄想が厄介なのですが)、本当にいるとは思っていない。いたなら面白いだろうな、自分の嫌いな退屈がまぎれるだろうな、くらいに認識しているだけなのです。
 では何故、Unknownを探し出すことを目的としたSOS団を結成したのかと言えば、ただ単に楽しい思いをしたかったからに他なりません。
 「非科学的な存在などいるわけないが、それを探索するという名目で自分の気に入った仲間たちと活動できればきっと楽しいに違いない」 僕が察するに、それこそが本来のSOS団の存在意義のはずです。
 涼宮ハルヒにとってSOS団とは、テレビの中のヒーローに憧れて必殺技のマネをする子供のようなもの。実在しないとは分かっていても、その影を追い求めずにはいられない投影行為。
 一見宇宙人や未来人を追い求めているように見えて、実はその目線の先にあるのは超能力者などの不可思議な力を持った非凡なる者たちの姿ではないのです。その先にあるのは、あくまでも、自分自身のあるべき姿でしかない。
 その証拠に、本当に涼宮さんが非科学的な物を望めば、世界はとっくの昔にメチャクチャになっています。宇宙人や未来人や超能力者が涼宮ハルヒに正体を明かさないのは、彼女にとってそんな物は実はどうでもいい事だからなのです。

 

「本来なら趣味的団体であるSOS団は、高校卒業の時点で解散されているべきだったのです。しかし、僕たち全員があまりにSOS団に馴染みすぎ、愛着を抱きすぎてしまったがために、その機会を逸してしまったのです。悔やむべきことです」
「いいじゃないですか。みんなで楽しく、仲良くいつまでもいられるって……」
 精一杯の朝比奈みくるの返答も、語尾は尻すぼみになり、とうとう溶暗するように消えてしまいました。
 本当は彼女だって、分かっているんです。ただ、みんなが愛するSOS団の存続を否定することを、厳格になりきれない性格の朝比奈さんは是とできないのです。

 

「SOS団がある限り、涼宮さんは変革を望まないでしょう。それはつまり、自ら進んで夢を見続けるということで、現実を見つめようとせず、労働という行為に過剰な幻想を持ち続けるということです」
 自分をより高次へ導いてくれる手立てだとか、自分のすべてを賭すことができる事だとか、涼宮ハルヒは労働に対してそういった類の美化した先入観を持っているようです。
 だから実際に就職して理想と現実のギャップにつまづいた時、簡単に折れてしまうのです。どうしても深層意識の部分で労働とSOS団を比較してしまっているのです。
 仕事は自分の理想をかなえてくれる場であるはずだったのに、現実はそうではなかった。SOS団は私の理想の全てだ。なら、ずっとSOS団団長として生きて行きたい。彼女はそんなふうに考えているではないかと推測します。
 実際にそう考えているわけではなく、無意識の部分でそういうイメージがあるのでしょう。

 

「だから、本当に涼宮さんのためを思うなら、SOS団は解散するべきなのです。逃げ場が存在すれば、人はどうしてもそこを頼ってしまう。涼宮さんにとって、SOS団がまさに格好の逃げ場になってしまっているわけです。
 たとえ逃げなかったとしても、逃げたい気持ちを我慢することでストレスを貯めてしまえば、辛い思いをしてしまう。
「……だから古泉くんは、キョンくんがSOS団から離れたことを機会に、このままSOS団を解散させてしまった方が良いと言うのですか?」
「そうです。それに、考えてもみてください。SOS団を解散したとしても、僕らの友情までもが消えてしまうと思いますか?」
 ああ。また僕は、詭弁くさいことを口にしてしまう。我ながらおかしなことですね。
「消えたりしませんよね。たとえSOS団というサークルが無くなったって、僕らは心の中で一生、大切な時間を共有した仲間としてつながっているのです」

 

 朝比奈さんは肩を落とし、黙り込んだまま、憂鬱そうに考え事をしているようでした。
 心の中でつながっている。これは朝比奈みくるにとっては、もっとも救われる解釈に違いありません。未来人である彼女は、遠くない将来、元いた時代へ帰還する時がくるはずです。それはつまり、僕らとは、時を越えた別離。
 離れ離れになっても僕と涼宮さん、鶴屋さんたちは連絡をとって会うこともできますが、時の彼方にいる朝比奈みくるにはそれもできないのです。なら、せめて、思い出の中の絆を、心の中で……
「そうですね。古泉くんの……言う通りです。えへへ。やっぱり古泉くんは、頭がいいですね」
 すべてを察した上で、朝比奈みくるはにっこり微笑みました。それは、とても痛々しい笑顔でした。
 SOS団の解散。朝比奈みくるにとってそれは、きっと彼女が未来へ還ることを意味しているに違いないのですから。
 他勢力同志の僕たちですが、勢力など関係ありません。僕たちはSOS団の団員という絆で結ばれた仲間です。仲間の強がる姿というのは、やはり辛いものです。
 その時でした。部屋の隅で静かに本を読んでいた長門さんが、不意に頭をもたげました。
「情報フレアが発生している。発信元は、涼宮ハルヒ」

 

 

~~~~~

 

 

 有希のマンションを出てから、ずっと私は考えていた。キョンのいないSOS団のこと。今の自分のこと。それはつまり……私自身の気持ちのことであるわけで。
 SOS団は5人+1人そろってこそSOS団なのに。それが1人欠けてしまうなんて。しかも、よりにもよって、それがキョンだなんて。
 別にキョンがSOS団を脱退すると言ったわけじゃないし、バイトが終わった後にお土産を持って有希のマンションにやってくることもよくある。キョンはSOS団に所属してはいるけれど、ただ単にアルバイトを始めたというだけなのよ。
 そうよ。古泉くんだって昔からバイトをしていたじゃない。何のバイトなのかは未だに知らないけれど。
 そうよ、そうそう。何をネガティブになってるのよ、私は。キョンがバイトを始めたからって、SOS団を辞めるわけないじゃない。私たちを置いていくわけないじゃない。
 でも……それでも、なんだろう。この寂しさは。まるであいつが、私を置き去りにして遠くへ去って行ってしまうような感覚。

 

 そりゃ、いつまでもSOS団を続けられるなんて思ってないけどさ。いつかは皆、バラバラになってそれぞれの人生を送ることになるだろうけどさ。
 けど……なにもこんなにも突然……。

 

 あ、いけない。いけない。またおかしなことを考えてたわ。もう、調子が狂うわね。
 これは、あれよ。あいつが無事アルバイトを続けていけるかどうか心配だから、団員思いの団長として不安になってるだけなのよ。そうよ。これはSOS団の雑用が、私の顔に泥を塗るようなマネをしてないかが気になってるだけなのよ。
 ああ、もう! ムシャクシャするわね! なんだか知らないけど、やたらイライラするわ!
 こうなったらあいつのバイトが終わり次第メールで有希のマンションに呼び出して、団長に心配をかけた罪を罰してやるしかないわね! 今のうちにどんな罰則を与えるか考えておかないと!
 さて、コンビニにも着いたことだし。炭酸ジュースでも飲んですっきりしてから……
「あれ、ハルヒじゃねえか」
 コンビニの前に、キョンがいた。それだけのことなのに、私の心臓は大きく膨張するように跳ね上がり、じわじわと血の気が引いていく思いがした。
「キョン……? あんた、なにしてるの? 今はバイトの真っ最中の時間でしょ? どうしてコンビニなんかに?」
 今は13時前。今日は定休日でもないのに、忙しいはずの時間帯なのに、なんで……
 なんで、佐々木さんと二人でコンビニにいるの?
「ああ、ちょっと野暮用でな。今日は休みもらったんだ」
 野暮用? 佐々木さんと、ふたりで?
「野暮用って何よ?」
「あ、いや、何かと訊かれると答えずらいんだが……まあいいじゃないか。たまにはこうしてゆっくり休みたい日もあるさ」
 信じられない……信じられない、信じられない!

 

 私の脳裏に、先日の店での光景が浮かび上がる。とても親しげに厨房前でジャレているキョンと佐々木さんの姿。
 思い返してみれば、キョンがSOS団から、いや、私の元から離れて行くような感覚に捕らわれたのは、あの時からなのではないのか?
「用って何よ? 行ってみなさいよ。私には言えないような用事なの?」
「な、なんだよ。何マジになってんだよ? お前には関係ないだろ」
「関係ないって何よ!?」
「ちょっと待てよ、何でお前がムキになってんだよ?」
 キョンの胸倉をつかんで問い詰めてやろうかと、勢いに任せて腕を伸ばす。しかし、その時。私は気づいた。
 こっちとむこう。私とキョン。その間に、何て言うんだろう、どう形容しようか。温度差のある空気の層が立ちはだかっているような気がした。
 キョンの襟元に手が届く直前。その瞬間、私の手は確かに空気の壁を突き抜けた。とても冷たい、真冬のような冷気が私の腕を包み込む。
 ぞくっと背筋に悪寒が走る。キョンが、隠し事を必死に隠し通そうと焦る子供のような目で私を見ていた。

 

「どうしたんだい、涼宮さん? 何かキョンと行き違いのでもあったのかな?」
 隣にいるはずの佐々木さんの姿は私に視界に入らなかった。声だけは鮮明に頭の中でリフレインしていた。
「用事って言っても、そんな大層なものじゃないんだよ。本当に些細なことなんだ。ただのお買い物だよ」
「そう、ただの買い物なんだ。それで、今日休みだった佐々木に無理行ってつきあってもらったんだよ」
 きっと私は険しい目をしていたと思う。自分でも分かるくらいだから、きっとキョンと佐々木さんは私が怒っていると思ったに違いない。
 違うの。私は怒ってるんじゃないのよ。あなたたちに腹を立ててるんじゃないの。
「なあハルヒ、俺……何か悪いことしたか?」
 それが、そのキョンの一言が、私を気遣うその表情が、私の中のもやもやした感情を一瞬にして私に理解させる。
 私の心の中で深い霧のように満ちて、決してその正体を明かすことなく暗雲のように漂っていたその気持ちの正体。それは───

 

 罪悪感。

 

 私はキョンと佐々木さんに背を向けて駆け出した。一分一秒だってこの場にいたくない。そう思った
 なにも聞こえなかった。振り向きたくなかったし、立ち止まる気もなかった。振り向いてもしキョンが私を追ってきていたら、私の中の罪悪感は爆発してしまうから。

 

 ごめんなさい。ずっとあなたを束縛してきて。みくるちゃんも有希も古泉くんも鶴屋さんもごめんなさい。私のわがままにつき合わせて。私が自分の作ったSOS団にこだわり続けたせいで、みんなをそれに付き合わせたせいで、
 高校を卒業して数年した頃から、この霧は私の心の中の視界を奪っていた。罪悪感だと気づかなかったから、それを霧だと思い込んで。
 そうだ。今にして思えば、私は高校を出た時からずっと思っていたんだ。「このまま皆を束縛し続けていいのか?」 と。
 SOS団は皆そろってこその集団。自分ひとりで続けられるもんじゃない。だから皆にもつきあってもらおう。きっと皆もそれを願っているに違いない。そう思ったから。
 なんて勘違い。なんて思い込み。なんて身勝手な行い!
 優しくて思いやりがあって、人の好いあのメンバーたちだったから、ずっと私につきあってくれたんだ。本当に今さらだけれど、私はそれに気づかなかった。
 だから皆は今日まで無職のままで……それは私の思い過ごしかもしれないけれど、でも思いすごしなんかじゃないかもしれない。
 もしも、私のわがままのせいでみんなが未だに無職だったなんてことがあったら……

 

 ごめんなさい、ごめんなさい。キョンと佐々木さんが二人で仲良さそうにしているのを見るまで、それに気づかなかったなんて!
 いや、本当は気づいていたのかもしれない。ただ、変にプライドの高い私の自尊心が、それを認めたくなかったから、気づかないように目を反らしていたのかもしれない。
 私がわがままを言ってズルズル今まで来ていなければみんなは、キョンと佐々木さんのように仲良く二人でお買い物しているのが当たり前の人生を送っていたかもしれない。いや、きっとそうに違いない。

 

 私は息を切らしながら公園へ駆け込み水飲み場で、小刻みに震える手で蛇口をひねり、流れ出た大量の水でざぶざぶと顔を洗った。
 私の甘さがこんな結果につながってしまったのだ。物事のタイミングを見誤ったツケが、今になってきたんだ。
 SOS団を続けることはとても楽しいことで、皆との絆を確かめられる最高の時間だったはずなのに。
 こんなにも、こんなにも抱えきれないほどの罪悪感を感じることになるなんて。
 私は広げた口を空へ向け、私の罪を咎めるため身体全体を蹴り飛ばすように間断なく跳ね続ける心臓にあわせ、大きくあえいだ。
 皆に合わせる顔がない。私はこんな思いがしたくて、SOS団を続けてきたわけじゃないのに……。
 あの頃は良かったな。不安なんてなにもなくて、ただ退屈だけを紛らわせてて、能天気にはしゃぎまわっていられた日々。
 帰りたい。遠い昔のように思える、あの高校時代に。
 そう願ったところで時間を巻き戻せる道理なんてないけれど、それでも。無理だと分かっているからこそ、なおさら。
 北高の、ふるぼけた、あの、部室棟、文芸部室に、帰りたい……。
 そしてもし帰れたなら……今度こそ………

 

 

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「情報フレア、なおも増大中」
「長門さん、場所は!?」
「公園」
「公園!? す、涼宮さんに何かあったんでしょうか!?」
「分かりません! 分かりませんが、この感覚……涼宮さんが動揺しています。世界を変革するような事態になれば、尋常な規模では収まりませんよ!」
「こ、公園へ急ぎましょう! なんとか涼宮さんをなだめてあげないと!」
「無理。今からでは間に合わない」
「そ、それじゃ、このまま………

 

 

  つづく

 

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