<<前回のあらすじ>>
 キョンがバイトを始めました。初バイトでウェイターというのは、まあ無難な線ではないでしょうか。
バイト先へSOS団の面々が視察に訪れるハプニングもありましたが、そんなのは世間一般的にもよくあることです。
職場には、驚いたことに中学時代の友人・佐々木がいました。初めてのバイトで気が弱っていたキョンは、とても救われた思いでした。
不安な時、心許せる人がそばにいてくれることはとても幸せなことです。キョンはもっと頑張ろうと思いました。
しかし不安に押しつぶされそうな中で心許せる人物に出会え、キョンよりももっと頑張ろうと励まされた人がいます。
佐々木です。

 

 

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 私は平坦で起伏のない、よどみなく流れ続ける川の水のような、ごく普通に過ぎ去って行く日々が好きだった。
朝、目が覚める時は自分が一番いいと思えるタイミングで布団から出たいし、朝食も急がず慌てずマイペースに食べて出かけたい。
私にとっては、顔を洗って歯をみがくのも、それ自体に確固たる意味があるわけではなく、それが 「普通の一日の始まりの一般的な行動」 という意味を持っているから行っている、いわば流れ作業にすぎない。
たとえばプールで泳ぐ時、まずシャワーを浴びて腰洗い槽で下半身を洗い、プールサイドで準備運動をする。それら一つ一つの行いに意味はあるのだが、深く考えなければそれらはプールに入る前の前提的な一連の動作でしかない。
何の懸念もない、平和で平穏な、安穏とした1日を送るためにはそうした形骸化した行動を途絶えることなく行うことが大切なのだ。
私は、二十数年間そうやってごく普通の人生を送ってきた。

 

 普通でないことはステータスだ、という自己顕示欲を丸出しにしたようなことを言う人がいるが、私にはその理屈が理解できない。
誤解のないように言っておくが、私は自分が特殊な才能を持つ人間であると主張する人の思考が理解できないわけではない。そういう自己表現欲は人間の持つ欲求として誰にでもあることだから、そこに異論を挟む気は毛頭ない。
何が理解できないのかと言えば、そういった自己主張をするあまり他者を蹴落としたり傷つけたりすることに無頓着な人の神経が理解できないのだ。
自己主張がしたければ、『常識の範疇』という枠の中ですればいいだけのこと (そのための枠なのだから)。その枠を越えてまで自分を顕示しようとすると、おかしなトラブルを招いたりする。
枠の中でのみ、個人を主張する。そういう自己主張こそが 『普通』 の在り方なのだ。私はそう思っている。

 

 普通であることに埋没すれば、森の中の一本の木のように自分という個人は隠れてしまう。よほど強い輝きを放っていない限り、他人から注目してもらえる可能性はない。普通を嫌う人は、その埋没こそを最も恐れているに違いない。
他人との関わり合いの中でこそ、人は自分という人間の存在を確認することができる。他人という鏡を使わない限り、人は自分の姿を視認することができないのだ。
他者を貶めてまで自分を目立たせようとする行為は、自分をより良く、より美しく映してくれる歪な鏡を求めて手元にある数多くのまっすぐな鏡を叩き割っていくことに等しいと思う。
自分の姿を、自分自身に対して美しく見せたいから、満足のいく鏡が見つかるまで足掻き続ける。それは非常に迷惑な行為だし、非常に醜いことだし、本人にとっても非常に不幸なことだと思う。
だから私は手元の鏡、一枚一枚をとても大切にしていきたいと願っている。そうするためには、『普通』 であることを貫くのが最も良いのだ。

 

 それに普通であるということはとても良いことだ。まず、自分が他の大多数の人間と同じであると認識することにより、自分が孤独でないという相対的な安心感をお手軽に得ることが出来る。
あれやこれやと余計な悩み事を抱えることがないから、楽でもある。変化のない状態を維持できれば、消費するエネルギーも最小で済む。

 


普通の人生という意味では、今にして思えば学生の頃はとても楽だったように思う。
学校だけではなく予備校にまで通って勉強を続けるのは楽なことではなかったけれど、そこそこ良い成績をとっておけば誰にも文句を言われることなく普通の生活を送れたわけだから、周囲の人たちが言うほど大変なことだとも思っていなかった。
男子生徒たちから異性として見られたくなかったから、男子生徒たちの前では意図的に一人称を 「僕」 と言い、女性っぽくない話などをしたりしていた。
普通、高校生にもなれば恋のひとつでもして彼氏を作るものだと言われたこともあるが、とんでもない。そんなのは論外だ。
同性ならばともかく、特定の異性とのみ親交を深めるなど、私の中の 『普通』 の定義から外れてしまうことになる。
誰も区別することなく分け隔てなく接し、波風を立てず、できるだけ変化を避け、平穏無事に時を過ごす。それが私の人生観だった。
少なくとも大学卒業までは、勉強と交友関係だけを保っていれば、自分の中の正義を守ることができた。
しかし。常に周りに気を配っていればその美学は侵されることがなかったから、私は大きな過ちを犯していたことに気づかなかったのだ。

 

 自分の考えが甘かったことに気づかされたのは、大学卒業後、企業に勤めるようになってからだった。
最初のうちは仕事を覚えたり社会のあり方に慣れることに忙しかったし、視野も狭かったから気づかなかったが、少しづつOLに慣れていくに従い、そこは自分の持論が通じない世界であることを教えられていった。
まずつき当たった問題は、積極性の壁だった。
あれをやれ、これをやれと上司から仕事を与えられるが、どれもこれも1+1=2のように単純な答えが出せるものではなかった。自分で考え、いかに行動すれば最大の成果が上げられるか。自分なりの工夫が非常に重要な世界だった。
与えられた課題をこなしていくことには慣れていたが、自分でも気づかないうちに、次第それが重荷となり自分の中の 『普通』 を圧迫し始めた時、私は徐々に行き詰まりを感じるようになっていった。
自らの意思であらゆる分野に触手を伸ばし、自分に不規則な生活を強いてまで日々を送ることに段々と苦痛を覚えていく。
良くも悪くも保守的な生き方を好む私には、そういった自分を波乱の中へ放り込むような仕事は向いていなかった。

 

 いや、たまたま就職した企業が私に向いていなかったというわけではない。私自身が社会に向いていなかったのだ。
そもそも今の時代は実力主義の能力至上社会だ。旧態依然とした何も変わらないやり方で仕事をこなしていたって、到底成功を収められるものではない。
自分の中の 『普通』 が守れない。物心ついたころからずっと周囲に自分を合わせ、身をふり、当たり障りのない人生を送ってきた自分にとって、それはとても耐え難いことだった。

 

 そして事実上、私の社会人人生にトドメをさしたのは、職場での人間関係の壁だった。
周りの空気に同調し、流れに身を任せることには自信のあった私だったが、上司のひとりにどうしてもうまく波長を合わせられない人物がいたのだ。
いわゆる陰険な上司というやつで、セクハラやパワハラは当たり前、自信過剰で目立ちたがり屋、そのくせ責任は絶対に自分でかぶりたくないという典型的な嫌な人間だった。
人の中に埋没して目立たないことは得意だったのだが、何がいけなかったのかそいつに目をつけられてしまったのが運の尽きだった。
セクハラまがいの行為を受け続けた私は……いや、あれは確実にセクハラだったね。とうとうある日、堪忍袋の緒が切れて、ヤツにグーパンチをくらわせてしまったのだ。
普段の私なら、平穏無事な人生を送るためにも絶対に暴力なんてふらないんだけれど。あの時ばかりは怒りで頭が真っ白になっていたとしか言いようがない。

 

 私のその勇気ある行動は、彼を煙たがっていた同僚たちに随分ともてはやされものだが、そんなプライドの高いヤツが公衆の面前で恥をかかされて黙っているわけがない。あれこれ難癖をつけられ、とうとうクビにされてしまったというわけさ。
まあ、まったく後悔はないけどね。遅かれ早かれ、きっとあの仕事は辞職させてもらっていただろうから。
そしてその時になって、私はようやく悟る。大人になってもっとも難しい生き方、それは、自分を見失わず、普通の人生を維持していくことだって。

 

 私にもっとも欠如していた物。結局のところそれは、逆境に対する免疫力だったと思う。
普通であることを願い、変化のない日々を過ごす。それは言い替えれば、自分をより良い方向へ変化させていく努力を放棄し、苦境に対面する覚悟を投げ出していたということ。
昔から苦難を避け、反骨心を身につける必要のない安楽な道ばかりを選んできた自分は、ここにきて大きなしっぺ返しをくらってしまったのだ。
今の僕なら、つくづく理解できるよ。「若い頃の苦労は買ってでもしておけ」 ということわざの意味がね。
苦労というものは厄介なことに、人の成長に比例して大きくなっていく。子供の頃から無菌室状態で過ごしてきた僕には、大人の苦労に耐えるだけの抵抗力はなかったのだ。

 


私は普通に生活していきたい。決して高望みするわけじゃない。ただそれだけのことなのだから。
だが、そうするためには働かなくてはいけない。普通に生活を送るための資金を得るには職に服さねばならないし、私の今の年齢では何らかの職に就いていることが普通一般的だ。
しかし皮肉なことに、私にはもう就職に費やせる気力は残されていなかった。あんなことがあった後なんだから、それも当然だと言える。
しばらくは心の傷を癒すためにゆっくりするといいよと友人は言ってくれたが、私はその言葉に甘んじるわけにはいかなかった。
私にとって 『働く』 という行動には、大きな意味がある。朝起きて顔を洗うことと同じような意味を持っているのだ。つまり、私が普通の生活を送るためには、職に就いていなければならないのだ。
しかし私の中に就職する気力がないのも事実だった。まだ自分には、ごく普通の社会人として、普通に働いていく経験値が足りていないから。
だから私は迷った挙句、自己鍛錬も兼ねてアルバイトを始めることに決めた。バイトも労働であることには変わりないけれど、正社員に比べればその責任は推して知るべし程度のものだ。

 

 しかしバイトでも、仕事は仕事。初体験である中華料理屋のバイトは不安でいっぱいだった。
またソリの合わない上司がいるのではないだろうか? 私の人生を狂わせる要因が、そこかしこにひそんでいるのではないか? 辛い壁に打ち当たってしまのではないだろうか?
怖い。恐ろしい。できることなら、すぐにでも逃げ帰りたい。そういった過去のトラウマが、私の心の弱い部分に囁きかける。
ダメだ。ダメだ、ダメダメ。ここで逃げたら、会社に居た頃と何も変わらない。逃げてばかりでは何も進歩しない。誓ったじゃないか、私はそんな自分の弱点を克服するんだって。そのためにこのアルバイトに志願したんじゃないか。
自分自身を奮い立たせ、私はふるえそうな身体を押さえつけ、バイト先の中華料理店にやってきた。
そこは、何もかもが初めての空間だった。初めての建物、初めて会う人たち、初めての食品を扱うアルバイト。
不安が止まらない。心臓が跳ね上がるほどに上下している。ここには私の心を平穏に保ってくれる 『普通』 が存在していない。すべてが、そう。新しい。
そんな中で、私は出会ったのだった。昔と何も変わらない、私の 『普通』 が具現化したような過去の知人に。それが、キョンだった。

 

 


「キョン。キミは、リョコウバッタという種類の昆虫を知っているかい?」
特に意味があったわけじゃない。どうせ彼にこんな話をしたって乗ってきてはくれないだろうが、それでもこの愛すべき安穏とした退屈な時間を、聞き上手な彼と会話をして楽しみたかった。
「いや。なんだそりゃ?」
「リョコウバッタは、その名の通り各地を旅行して行くバッタのことさ。有名な名前を挙げれば、大昔から畑の作物を食い荒らす虫害の元凶として有名なイナゴだね」
「イナゴなら知っているが、あくまでイナゴという昆虫の名称を知っているレベルであって、俺は詳しい生態なんて全然知らないぞ」
そっけない返事を返しながら厨房で春雨の束を巻いているキョンだが、彼はしっかり話し手の言うことは訊いている人だ。昔からそうなんだ。
「リョコウバッタはね。食料を求めて群れで各地を転々とする昆虫なんだ。安定した餌場を見つけたらその場に住み着き、繁殖する。そうやってどんどん子孫を増やしていく」

 

「でもね。一箇所に住み続けているとどうしても限界が訪れる。餌の量は決まっているのにバッタの数だけが増え続ければ、餌は底を突き、その種は飢えで全滅してしまう」
秤で春雨の重さを量りながら器用にくるくると輪状に乾燥春雨を巻いていくキョンの隣で、私は大量の卵を割ってその中身をバケツの中へ放り込んでいく。
「リョコウバッタは餌場に定住し、一定期間が過ぎると二種類の性質に分かれるんだ」
「二種類?」
「そう。一方は新しい餌場を求めて旅立っていく冒険心あふれるバッタ。そしてもう一方は、定住する餌場に留まりそこに住み続ける保守的なバッタ」
「出稼ぎと留守番みたいなもんか」
「あはは。そうだね。そんな感じだよ。そして遺伝子内にそういったプログラムがあるからこそ、リョコウバッタは自分たちの勢力を広域に増やしていけるんだよ」
キョンは 「こいつ、またワケの分からない突拍子も無いことを言ってやがる」 といった表情で、そりゃ合理的なことだな、と相槌をうってくる。
実に彼らしい彼の反応に、私は嬉しくて、思わずくっくっとのどを鳴らして笑ってしまう。こういう気分の時には、私はついこういう笑い方をしてしまう。癖なんだ。

 

「僕が思うに、キミは保守的なバッタタイプの人間だね。あまり高望みをすることもなく、平凡でつつがない生活を送ることを良しとしているあたり、間違いないと思うね」
「勝手に人をバッタの次元で判断するな」
「おやおや。これは失敬」
彼とのそんな何気ないやりとりで十分だ。今この場にいてよかったと思える。

 

 そんな会話を交わしながらも、私の心の中に自嘲的な思いが浮かんでは消えていく。保守的なバッタタイプの人間は、かく言う私自身なんだ。
新たな餌場を求めてあてどもない大空へ羽ばたく勇気など、私にはない。
存在するかどうかも分からない新大陸を求めて何ヶ月も航海を続ける大航海時代の航海士たちのような冒険心も、私にはない。
ただ、今この瞬間の暖かさだけを守って生きていたい。
「リョコウバッタだかトノサマバッタだか知らないが、それがどうかしたのか?」
生物の種の意思だとか遺伝子のプログラムだなんて小難しい屁理屈など、その気持ちの間には挟みこむ余地もない。
私は平穏で、平凡で、穏やかな、東から昇った太陽が西の山端に消えていくように静かな時間を過ごしたいだけなのだ。
けれど、それがとても難しくて……悲しくて。
でも、彼と一緒なら。私と同じ、何も変わらない、変化を希求しない彼となら、心安らかに暮らしていけそうな気がする。

 

 ねえ、キョン。私はただそう思っただけだよ。別にバッタの話なんて、どうでもいいんだよ。キミとお話がしていたかっただけなのさ。

 

「お前の言う通りかもしれないな。俺は変化を望まない……いや、変わることを怖がっている守り体勢のバッタだ」
ため息まじりにキョンが呟く。
「んで、俺が保守的なバッタなら、ハルヒは新天地を求めて世界中を跳ね回る冒険心あふれる能天気バッタに違いない」
キョンはそう言うと、小気味良さそうに含み笑いをもらした。それを見て、私は少しだけ機嫌が悪くなる。
またSOS団か。
涼宮ハルヒ。彼女たちの話をする時のキョンは、悪態をついていたって疲れた顔をしていたって、いつも楽しそうだった。
その度に私は、たった一匹餌場に取り残されたバッタのような気分になり、気が滅入っていくのだった。

 

 

  つづく

 


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