涼宮ハルヒが無事に帰宅したことを確認した機関特別警護隊は、
彼女の自宅付近にある小さな二階建のアパートの監視兼待機所に戻った。
このアパートは建物ごと機関の所有物であり、平時及び緊急時に必要なものは大方揃っている。
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日付が変わる頃、一人の隊員がアパートに近づいてくる複数の人影を監視カメラの映像で確認した。
だが、彼が驚いたのは、その人影が訓練されたプロの動きをしていたからではなく、
彼がいる部屋の扉が突如として開け放たれ、
黒い戦闘服に身を包んだ正体不明の人間が彼に向けて小銃を構えていたからである。
彼と他にいた三名の隊員はすぐさま腰のホルスターに手を掛けたが、
そこに収まっていた拳銃が火を吹く前に、その持ち主達の頭は吹き飛んだ。
絶命した隊員達の隣室では二名の隊員が仮眠していた。
だが、彼らが隣で起きた殺戮に気付く可能性は、
そこに突入した先程とは別の戦闘員が放った銃弾によって永遠に失われた。
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正体不明の戦闘員達はほぼシュミレート通りの仕事をしていたが、
一つだけ懸念材料があった。武器庫が見つからないのである。
事前に得た情報では武器庫は確かに存在する。
全ての部屋を制圧し、そこにいた警護隊員達を殺害した彼らはもう一度部屋を確認する羽目になった。
捜索のために一階の一室に立ち入った二名の戦闘員は、
壁やフローリングの床を隈無く調べていたが、何も見つからなかった。
彼らが部屋を出ようとした時、どこからか現われた警護隊員が
黒光りする大きな軍用ナイフで戦闘員達の喉を裂いた。
その隣室で同じく捜索を行なっていた三名の戦闘員は床の畳を全てはずしていたが、
むき出しの床には何もなく、代わりに戸口に立っていた一人の戦闘員が床に崩れた。
それに気付いた二名の戦闘員は慌ててサイレンサー付きの小銃を構えたが、
戸口から現われた三名の警護隊員の射撃によって二名共即死した。
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二階を捜索していた戦闘員達も同じように成果を上げていなかった。
部屋には警護隊員の死体と監視機材や食料品しかなく、
武器庫の「ぶ」の字も見つからないでいる。
それに生き残りの警護隊員がまだ多数いることは、
事前に得た情報と死体の数からして明らかである。
警護隊員達と機関との通信を遮断する措置はとってあるものの、
ここに長居することは極めて危険であると認識していた。
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地下の武器庫にいる警護隊員達は重武装に身を固めながらも混乱に陥っていた。
何名かの侵入者を殺害したものの、いつここが発見されるかわからない。
警護対象者である涼宮ハルヒとその家族の安否も不明なまま、
更に機関と全く連絡がとれないという異常事態に隊員達は恐怖していた。
しかしそれでも彼らの士気は高く、
少ない人員の中、三名の隊員を涼宮ハルヒの自宅へ向かわせた。
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二階から一階に下りた戦闘員達は驚愕の表情を浮かべた。
一階で捜索していた戦闘員達がすっかり姿を消していたからである。
殺害されたのであれば死体や血が残されているであろうが、そのような痕跡は全く無かった。
だが、この状況では殺害されたと判断するしかなく、
焦りを覚えた指揮官は本部に連絡するよう部下に命じた。
だが遅かった。
六名の戦闘員の前に二名の警護隊員が突如として現われ、
驚いた戦闘員達は小銃の引き金に素早く指を掛けるが、
彼らの後ろには更に四名の警護隊員がいた。
彼らは全員血飛沫を上げながら地面に倒れこんだ。
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謎の侵入者達を殺害した警護隊員達は、
涼宮ハルヒとその家族が無事であることを確認して安堵したが、
未だ連絡がとれない機関とその他の特別警護隊、及びその他の警護対象者の安否を確認するために
直接その場所へと何名かの隊員を向かわせた。
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涼宮ハルヒの鍵である『キョン』の自宅に車で向かった二名の隊員は、
警護対象者が無事であることを確認すると、
念の為、一名の隊員を自宅前に停車させてある車に待機させ、
もう一名はキョンの警護をしている特別警護隊の待機所へ徒歩で向かった。
この待機所も同じく二階建のアパートであり、
隊員が周囲を確認したところ、何ら異常はなかった。
しかし、彼がアパートの敷地内に入ると、すぐに先程の判断が誤りであると気付いた。
空の薬莢が辺り一面に転がっていたからである。そして鼻に付くのは間違いなく硝煙のにおい。
彼はホルスターから拳銃を抜いて安全装置を解除し、
通信が行なえない中、この事態を知らせるべくもう一人の隊員が待機する車へと向きを変えた。
しかし、彼が動き出した瞬間、茂みから放たれた銃弾が彼の胸を貫いた。
まだ幼さの残る顔をしたその隊員は崩れ落ち、灰色のアスファルトは鮮血に染まった。
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車で待機していた隊員はもう一人の隊員の帰りが遅いのを不審に思い、改めて辺りを確認した。
しかし不幸なことに、彼の目に先程一戦交えた戦闘員と同じ格好をした人間が映るのと、
彼の頭が吹き飛ばされるのはほぼ同じタイミングだった。
その数十秒後、複数の謎の戦闘員がキョンの家に足を踏み入れた。
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